説明

水系の腐食性推定方法

【課題】複数の酸化剤が水系内に共存する場合でも、現場で簡便に酸化剤系スライムコントロール剤の管理が可能となる水系の腐食性推定方法を提供する。
【解決手段】水系から採取した水にハロゲン系酸化剤測定試薬を添加し、添加後、所定時間経過後の遊離残留ハロゲン濃度を求める。そして、予め求めておいた遊離残留ハロゲン濃度とORPとの相関関係に基づいて、水系の腐食性を推定する。所定時間は、通常は5〜180秒、特に5〜30秒程度である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水系の腐食性推定方法に係り、詳しくは、スライム障害防止のために酸化剤が添加された冷却水系等の腐食性を推定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
冷却水は、種々の産業分野、例えば、石油化学産業や鉄鋼産業などにおいて、間接的または直接的に被処理物を冷却する目的で、あるいは、ビルの空調や冷暖房およびその関連装置などに多量に利用されている。さらに、水資源の不足や有効利用の観点から、冷却水の使用量を削減するために、たとえば、開放循環冷却水系の高濃縮運転における強制ブロー量の削減など、冷却水の高度利用が行われている。このように冷却水を高度に利用した場合には、溶存塩類や栄養源の濃縮などにより、循環冷却水の水質が悪化し、細菌、カビ、藻類などの微生物群に、土砂、塵埃などが混ざり合って形成されるスライムが発生し、熱交換器における熱効率の低下や通水の悪化を引き起こし、またスライム付着下部において、機器や配管の局部腐食を誘発する。一方、製紙用水系においては、デンプン等の有機物濃度が高く、填料等を巻き込んでスライムを発生しやすく、壁面に付着したスライムが脱落し、紙切れや斑点などの原因となる。スライム付着による障害は、冷却水系、製紙用水系にとどまらず、金属加工液系、超純水製造系、用廃水の膜処理系、織物製造用水系などを含む工業用水系や、家庭用水系、農業用水系などのあらゆる水系において発生している。
【0003】
このようなスライムによる障害を防止するために、種々の抗菌剤が用いられている。特許文献1のように、次亜塩素酸などの無機酸化性抗菌剤による処理は、素材コストが安価なことから広く用いられている。水系の汚れ状況や有機物濃度が高くなるとスライムによる障害が激しくなり、抗菌剤の必要濃度が上昇するが、多くの無機酸化性抗菌剤は金属腐食性が高く、添加濃度を増加する余地はほとんどない。そこで、無機酸化性抗菌剤をヒダントイン類やスルファミン酸等で安定化することにより腐食を抑制しながら、スライム防止能力と両立する処理が実施されている。さらには無機酸化性抗菌剤と安定化した酸化性抗菌剤とを組み合わせた処理も実施されている。
【0004】
この様な酸化剤が添加された水系の酸化剤残留濃度の測定方法として種々の方法が考案されている。例えば、酸化還元電位(ORP)を測定して水系の腐食性を把握して水系の酸化剤の残留濃度を制御する技術やポーラロメーターにより酸化剤種を測定することで残留濃度を制御する技術などがある。これらの方法は水系の腐食傾向を把握できるうえに酸化剤種の構成が分析可能であることから有用な管理方法である。しかしながら、電極の安定性および寿命に課題があり、さらに特殊な装置が必要であるうえに管理も煩雑であり、一般的ではなかった。
【0005】
水系の酸化剤残留濃度を測定するには、酸化剤の量に対応して発色反応を示す試薬を用いて残量濃度を測定する方法が簡便であり広く用いられている。代表的な試薬類としては、従来はオルトトリジン法が主流ではあったが、現在はN,N’−ジフェニルフェニレンジアミン(DPD)試薬による方法が主に利用されている。この方法によると、1種類の酸化剤が水系内に残留する場合には、遊離酸化剤の残留濃度を測定することや、酸化剤の総量を測定することにより、水系の腐食性を類推できる。しかしながら、複数の酸化剤が水系内に共存する場合には、酸化剤の総量を測定することや、遊離の酸化剤を測定する方法だけでは、水系の腐食性を精度よく推定することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−189192
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、複数の酸化剤が水系内に共存する場合でも、現場で簡便に酸化剤系スライムコントロール剤の管理が可能となる水系の腐食性推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1の水系の腐食性推定方法は、スライム防止用ハロゲン系酸化剤が添加された水系における腐食性を推定する方法において、酸化剤含有水に対し酸化剤測定試薬を添加し、酸化剤測定試薬添加後の所定時間経過後の遊離残留ハロゲン濃度に基づいて腐食性を推定することを特徴とするものである。
【0009】
請求項2の水系の腐食性推定方法は、請求項1において、酸化剤測定試薬が、N,N’−ジフェニルフェニレンジアミン(DPD)試薬であることを特徴とするものである。
【0010】
請求項3の水系の腐食性推定方法は、請求項1又は2において、前記所定時間が5〜180秒の間から選定された時間であることを特徴とするものである。
【0011】
請求項4の水系の腐食性推定方法は、請求項1又は2において、前記所定時間が5〜30秒の間から選定された時間であることを特徴とするものである。
【0012】
請求項5の水系における酸化剤残留濃度の管理方法は、請求項1ないし4のいずれか1項において、ハロゲン系酸化剤が、安定化ハロゲン系酸化剤であることを特徴とするものである。
【0013】
請求項6の水系における酸化剤残留濃度の管理方法は、請求項5において、安定化ハロゲン系酸化剤が安定化塩素系酸化剤または塩素化スルファミン酸類であることを特徴とするものである。
【0014】
請求項7の水系の腐食性推定方法は、請求項6において、塩素化スルファミン酸類が、モノクロロスルファミン酸又はジクロロスルファミン酸であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
酸化剤、例えば塩素系酸化剤含有水に対しDPD等の酸化剤測定試薬を添加すると、添加直後から酸化剤測定試薬と酸化剤とが反応し、この反応が経時的に進行するので、DPD添加の場合であれば呈色が経時的に変化する。本発明者が種々研究を重ねたところ、測定試薬添加後、5〜180秒など所定時間が経過した時点での測定試薬による遊離残留塩素濃度測定値と水のORPとが良い相関を示すことが認められた。このORP値は水系の腐食性を示す指標値であるので、本発明によると、ORP電極を用いることなく、水系の腐食性を精度よく推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】酸化剤濃度とORPとの関係を示すグラフである。
【図2】全残留塩素濃度とORPとの関係を示すグラフである。
【図3】遊離残留塩素濃度とORPとの関係を示すグラフである。
【図4】遊離残留塩素濃度とORPとの関係を示すグラフである。
【図5】遊離残留塩素濃度とORPとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明では、水系から採取した水にハロゲン系酸化剤測定試薬を添加し、添加後、所定時間経過後の遊離残留ハロゲン濃度を求める。そして、予め求めておいた遊離残留ハロゲン濃度とORPとの相関関係に基づいて、水系の腐食性を推定する。所定時間は、通常は5〜180秒、特に5〜30秒程度の間から選定された一定時間である。
【0018】
本発明において測定対象となるハロゲン系酸化剤としては、二酸化塩素、次亜塩素酸類、次亜臭素酸類、クロラミン類、ブロアミン類、塩素化イソシアヌル酸類、塩素化ジメチルヒダントイン類などが挙げられる。クロラミン類、ブロアミン類としては、ハロゲンをスルファミン酸で安定化したモノクロロスルファミン酸、ジクロロスルファミン酸、モノブロモスルファミン酸、ジブロモスルファミン酸などが挙げられる。これらは単独もしくは併用されていても問題はない。本発明によれば、複数の酸化剤が併用されていて個別の酸化剤濃度が特定できないときにも、水系の腐食性を精度よく推定することができる。なお、本発明では、ハロゲン系酸化剤と共にオゾン、過酸化水素、過酢酸などの過酸化物系酸化剤が含まれていてもよい。
【0019】
本発明に用いられる酸化剤濃度測定方法としては、シリンガルダジン法、o−トリジン法、N,N’−ジフェニルフェニレンジアミン(DPD)法などが好適であるが、これに限定されない。なお、DPD法には、遊離有効塩素測定法として利用されるものと、全残留塩素測定法としてヨウ素存在下にて利用されるものがあるが、いずれも採用可能である。また、この両者を組み合わせることにより、非常に安定化された腐食性の無い酸化剤から、安定化度の低い腐食性の高い酸化剤まで非常に広い範囲の腐食性を検知することができる。
【0020】
塩素系酸化剤含有水にDPDを添加した場合であれば、DPD添加後、5〜180秒特に5〜30秒の間から選定された一定時間が経過した時点での遊離残留塩素濃度を求める。後述の実施例に見られる通り、このときの遊離残留塩素濃度は水系のORPと良い相関関係を示す。そのため、予め遊離残留塩素濃度とORPとの相関関係(例えば検量線や検量式)を求めておき、測定された添加後5〜180秒、特に5〜30秒経過時の遊離残留塩素濃度からORPを推定することができる。このORPは推計の腐食性指標値であるので、上記遊離残留塩素濃度から水系の腐食性を検知することができる。
【0021】
なお、ORP値を介することなく、上記所定時間経過後の遊離残留塩素濃度と腐食性との対比関係を求めておき、遊離残留塩素濃度から直ちに水系の腐食性を知ることも可能である。
【実施例】
【0022】
以下に、実施例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0023】
[実施例1]
ビーカーに100mMホウ酸バッファー(pH8.6)を1L入れて、スターラーで攪拌しながら恒温槽中で25℃に維持した。次亜塩素酸ナトリウム溶液と、臭素(Br)としてNaBr溶液、アンモニア(NH)としてNHCl溶液、5,5−ジメチルヒダントイン(DMH)溶液を所定量添加した。10分間攪拌した後にORP(飽和Ag/AgCl−Pt電極)、pH、遊離残留塩素(Free)、全残留塩素(Total)を測定した。残留塩素濃度は、N,N’−ジフェニルフェニレンジアミン(DPD)試薬を用いて、JIS法(K0101,K0102)に準拠して実施した。結果をまとめて表1に示す。添加酸化剤濃度、全残留塩素濃度、試薬添加10秒後の遊離残留塩素濃度、試薬添加60秒後の遊離残留塩素濃度とORPの関係を、図1〜4に示す。
【0024】
次亜塩素酸は臭素イオン存在下でより酸化力の強い次亜臭素酸を生成する。同じく、アンモニウムイオン存在下でクロラミンとなり酸化力は低下する。さらに、5,5−ジメチルヒダントインと結合することで安定な結合型塩素となる。
【0025】
添加酸化剤濃度とORP値との間には、図1の通り、いずれの酸化剤においても相関は認められるものの、絶対値が大きく異なるために添加酸化剤濃度から水系の腐食性の指標であるORPを類推することはできない。図2の通り、全酸化剤の残留濃度の指標である全残留塩素濃度とORPとの関係も同様である。試薬添加60秒後の遊離残留塩素濃度とORPとの間には、比較的相関が認められてはいるが、やはり水系内に存在する酸化剤種やその割合によって挙動が異なることが分かる。一方、試薬添加10秒後の遊離残留塩素濃度はORPと非常に良い相関関係を示し、水系の腐食性を表す指標として好適であることが分かる。
【0026】
【表1】

【0027】
[実施例2]
実冷却水系において、遊離有効塩素および全残留塩素の測定を、N,N’−ジフェニルフェニレンジアミン(DPD)試薬を用いて、反応時間以外についてはJIS法(K0101,K0102)に準拠して実施した。この実冷却水系は、空調用冷凍機冷却水系であり、その水バランスは以下の通りであった。
保有水量:2.0m
循環水量:80m/hr
冷却塔温度差:5.0℃
濃縮倍数:8倍
【0028】
本冷却水系に、モノクロロスルファミン酸5%溶液を200g/m−ブロー水量、ジメチルヒダントイン1%溶液を100g/m−ブロー水量、次亜塩素酸ナトリウム12%溶液を400mg/L−ブロー水量となるように1回/2時間にて疑似連続注入した。1週間連続運転した後に冷却水を定期的にサンプリングして遊離有効塩素濃度および全残留塩素濃度について時間を変えて測定した。サンプリング時のORP値とあわせて結果を表2に示す。試薬添加5秒後の遊離残留塩素濃度とORPの関係を図5に示す。
【0029】
表2及び図5の通り、実冷却水系に安定化剤が存在し、次亜塩素酸ナトリウムの間欠注入により、複数の酸化剤の存在が時間的に変化する場合においても、試薬添加後5〜30秒後の遊離残留塩素濃度はORPと非常に良い相関関係を示し、試薬の発色変化から水系の腐食性指標値であるORP値を精度よく推定できる。なお、反応時間が長くなっても180秒程度まではORPとの関連性があることが分かる。
【0030】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
スライム防止用ハロゲン系酸化剤が添加された水系における腐食性を推定する方法において、酸化剤含有水に対し酸化剤測定試薬を添加し、酸化剤測定試薬添加後の所定時間経過後の遊離残留ハロゲン濃度に基づいて腐食性を推定することを特徴とする水系の腐食性推定方法。
【請求項2】
請求項1において、酸化剤測定試薬が、N,N’−ジフェニルフェニレンジアミン(DPD)試薬であることを特徴とする水系の腐食性推定方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記所定時間が5〜180秒の間から選定された時間であることを特徴とする水系の腐食性推定方法。
【請求項4】
請求項1又は2において、前記所定時間が5〜30秒の間から選定された時間であることを特徴とする水系の腐食性推定方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項において、ハロゲン系酸化剤が、安定化ハロゲン系酸化剤であることを特徴とする水系における酸化剤残留濃度の管理方法。
【請求項6】
請求項5において、安定化ハロゲン系酸化剤が安定化塩素系酸化剤または塩素化スルファミン酸類であることを特徴とする水系における酸化剤残留濃度の管理方法。
【請求項7】
請求項6において、塩素化スルファミン酸類が、モノクロロスルファミン酸又はジクロロスルファミン酸であることを特徴とする水系の腐食性推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−206102(P2012−206102A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−76086(P2011−76086)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】