説明

水素の大量生産方法

本発明は、発酵プロセスに際して水素の生産を増加させる方法を提供し、しかも電気生化学が高水素生産を達成するように考案されている。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
本発明は水素生産の分野に関する。
【0002】
背景技術
CO、SOおよびNOの発生をもたらす化石燃料の過度の燃焼は、地球温暖化および酸性雨の主要原因の1つであり、これらは地球の気候、気象、植物および水中生態系に影響を与え始めてきた。水素は最も安いエネルギー源であり、その唯一の燃焼産物として水を生じる。水素はバイオマスおよび水のような再生可能原料から生産されうる。したがって、水素は化石燃料の潜在的なクリーンエネルギー代替物である。燃料として水素の“グリーン”な性質にもかかわらず、それはスチームリフォーミングを経て天然ガスおよび石油ベース炭化水素のような非再生可能源からなお主に生産され、わずか4%が電気分解を用いて水から生成されているにすぎない。しかしながら、これらのプロセスは高度にエネルギー集約的であり、常に環境的にやさしいわけではない。これらの見通しから考えて、生物学的水素生産は代替エネルギー源として特に重要と思われる。
【0003】
バイオマスまたは炭水化物ベースの基質の発酵は、光合成または化学経路と比較して、生物学的水素生産の有望な経路を提示する。グルコース、デンプンおよびセルロースを含めた純粋な基質、さらには異なる有機廃棄物質が水素発酵に用いられる。多数の微生物種の中で、厳密な嫌気性菌および通性嫌気性化学合成従属栄養生物、例えばクロストリジウムおよび腸内細菌が水素の効率的生産菌である。水素の高い発生率を有するにもかかわらず、水素の収率は発酵プロセスを用いると4モルH/グルコール(モル)であり、他の方法を用いて得られる場合より低い。そのため、このプロセスは現状のままでは経済的に実行不能である。文献で引用された経路および実験的証拠は、最大で4モルの水素がグルコースのような基質から得られることを明らかにしている。
【0004】
すべての公知の微生物経路によるグルコース発酵は、理論的にはグルコースのモル当たり4モル以内の水素を生じる。4モルH/グルコース(モル)に基づく96.7%変換効率が、酵素を用いることでだけである研究者により達成されている。
【0005】
水素の発酵生産に伴う主要な課題は、概してエネルギーのわずか15%が有機源から水素の形で得られるにすぎないことである。理論的には33%の変換効率がグルコースからの水素生産で可能であるが(最大で4モル水素/グルコース(モル)に基づき)、そのわずか半分がバッチおよび連続発酵条件下で通常得られているにすぎない。2モルの酢酸を生じると、グルコースからは丁度4モルの水素が得られるが、酪酸(butyrate)が主要発酵産物であるときは、2モルの水素が生じるだけである。典型的には、糖発酵に際して水性産物の60〜70%が酪酸である。これは、リアクター内の高H圧がピルビン酸フェロドキシンオキシドレダクターゼおよびピルビン酸ギ酸リアーゼの阻害をもたらすからであり、この2種の酵素はピルビン酸(pyruvate)から酢酸(acetate)への変換に関与している。このため、約10−3atmの低水素圧が高変換効率を達成する上で必要である。
【0006】
より高い変換効率を達成しうる好熱性生物が最近報告された。しかしながら、水素生産のその生化学経路は未知であり、高水素生産変換の主張は独立して証明されておらず、または経済的であると示されていない。
【0007】
微生物を遺伝子工学的に処理することで水素回収率を高めることができる。しかしながら、クロストリジウムのような細菌により用いられる生化学経路を、酢酸の生産を最大化することにより水素生産を高めるように首尾よく調整したとしても、最大変換効率はなお33%以下に留まるであろう。
【0008】
上記の欠点を考慮して、本出願人はグルコースから水素のより高い生産をもたらす方法を開発する努力を行ってきた。
【発明の概要】
【0009】
本発明は、発酵プロセスにおいて水素の生産を増加させる方法を提供するをその目的とする。
本発明はまた、上記方法を実施するためのリアクターを提供することをその目的とする。
【0010】
本出願で用いられる略記
VFA=揮発性脂肪酸
【発明の具体的説明】
【0011】
したがって、本発明は発酵プロセスの水素の生産を増加させる方法に関する。これを達成するために、電荷を利用することによって発酵の酸生成期に生じるプロトンを捕捉するための電気生化学リアクターが提供される。
【0012】
発酵水素生産に関する従来技術から明らかなように、水素の収率は低く、この背景にある理由は水素の高い分圧である。高収率であるには、リアクターにおいて水素の低分圧を維持し、ピルビン酸が、酪酸のような他の還元最終産物ではなく、酢酸へ変換するように、反応を熱力学的に向けさせることを要する。しかも、発酵に際して形成されるプロトンは発酵ブロスのpHを低下させ、それにより水素生産率を減少させる。様々な戦略(例えば、窒素スパージング)が水素除去に関して報告されてきた。これらアプローチのほとんどが回収された不活性ガスから水素を分離することをさらに必要とし、それにより水素生産コストを上げている。しかしながら、従来技術はいずれも、過剰のプロトンを捕捉してそれらを水素分子へ変換させ、それにより基質から水素の変換比を増加させるための、いかなる示唆も与えていなかった。
【0013】
発酵ブロスで生じるプロトンが負荷電電極で水素へ変換され、同時に除去されれば、システムにおいて水素の低分圧および一定のpHを維持することが可能となるだけでなく、水素生産の量も増やすことができる。
【0014】
これはひいては、グルコースの1モル当たり4モルの水素を発生させるために必須の前提条件である、ピルビン酸を酢酸へ変換するピルビン酸‐フェロドキシンオキシドレダクターゼおよびピルビン酸‐ギ酸リアーゼのような2種の水素抑制酵素を活性化させることにより、低水素分圧となる結果、水素生産の率を高めることができる。本発明は、嫌気性プロセスで酸生成期に生じるプロトンを水素へ変換し、それにより従属栄養発酵(heterotrophic fermentation)において水素の収率を増加させるシステムを提案する。したがって、水素の収率は化学量論的に可能な最大収率より高くなる。
【0015】
以下は従属栄養発酵(HF)において、グルコース分解に際して生じる反応である。
【数1】

嫌気性発酵槽における上記反応は、4モルの水素分子が1モルのグルコースから得られることを明確に示している。本発明による方法は、過剰のプロトン(4H)をトラップし、それらを水素分子へ変換することで、収率を増加させる。
【0016】
上記の4個のプロトン(4H)は、酢酸の形成直前の遷移期に捕捉される。2個のプロトンは酢酸イオンの相手方であり、残りの2個は重炭酸イオンの相手方である。通常の環境と従来の発酵プロセス下では、遊離プロトンは酢酸イオンと結合して酢酸を形成し、重炭酸イオンと結合して最後にHOおよびCOを形成する。電流を印加すると、遊離プロトンは水素分子へ変換され、次いでガス収集チャンバーに採取される。プロトンを捕捉することにより、水素の低気圧が嫌気性発酵中に維持され、このことはひいては微生物が、ピルビン酸フェロドキシンオキシドレダクターゼおよびピルビン酸ギ酸リアーゼを活性化することを助ける。
【0017】
下記概略図は、プロトンの供給源とそれらのプロトンを水素分子へ変換するメカニズムを説明するものである。不安定期、即ち酢酸の形成直前は、CHCOOおよび2HCOが発生する。イオン状態は非常に不安定であるため、これらの負荷電イオンはプロトンと結合して酢酸になりやすい。本発明は、酢酸の形成を妨げるためにこれらのプロトンを捕捉し、その後、これらのプロトンが弱い電流の印加で水素分子へ変換されることを提案している。酢酸濃度に減少はなかったが、このことは、発酵プロセスに際して酢酸の形成直前のことではあるが、Hイオンが酢酸の分解により発生していないことを示している。
【0018】
酢酸への複合糖質の変換の概略フロー図。このフロー図は4プロトン(4H)の生成を示している。
【化1】

【0019】
したがって、本発明は従属栄養発酵プロセスにおける水素の大量生産方法(a process for over-production of hydrogen in a heterotrophic fermentation process)であって、
a)嫌気性条件下栄養培地で微生物を培養し、荷電電極を含む発酵槽中25〜40℃範囲の温度で36〜72時間発酵を進行させ、そして
b)電荷を電極へ印加してプロトンを電極へ選択的に引き寄せることにより、発酵に際して生じるプロトンを捕捉して水素分子を生じさせ、それを発酵に際して微生物により生じる水素とともに収集すること
を含んでなる方法を提供する。
【0020】
本発明の他の態様によれば、上記温度は37℃である。
本発明のさらに他の態様によれば、栄養培地は糖および発酵性有機酸(fermentable organic acids)を含んでなる群から選択される。
本発明のさらに他の態様によれば、糖はヘキソース、ペントースを含んでなる群より選択される。
【0021】
本発明は従属栄養発酵プロセスに用いられるバイオリアクターをさらに提供し、該バイオリアクターは:
a)発酵容器(vessel for fermentation)、
b)少なくとも1つの電極であって、印加されたとき、望ましい荷電粒子を選択的に捕捉するように適合してなる電極、
c)ガス収集口(outlet to collect gas)、および
d)所望により、生じた水素を保管するための手段
を含んでなる。
【0022】
本発明のさらなる態様においては、発酵槽における生化学反応に際して生じる過剰の荷電粒子を発酵槽からトラップする方法に関し、該方法は、発酵槽へ電極を導入し、電極へ電荷を印加して望ましい荷電粒子を電極へ選択的に引き寄せることにより荷電粒子を捕捉し、それを封入電極からトラップすることを含んでなる。
さらに、本発明の他の態様によれば、電極は所望によりガス透過性膜で封入されてなる。
【0023】
図1は、嫌気性発酵/消化に際してシステムから放出されるプロトンの捕捉と水素の同時除去により水素生産を向上するための電気生化学リアクター〔A〕(負荷電電極または陰極においてプロトンを捕捉するために(DCで)電位〔B〕に接続された2個の電極〔E1〕および〔E2〕を含有する発酵槽を含んでなる)、および負荷電電極で生じた水素の収集のためのガスコレクター〔F〕を示している。〔C〕は供給ポンプ入口を表わし、〔D〕は消費された培地を集めるための出口を表わす。CおよびDは連続発酵でのみ用いられる。ポンプはリアクターで生じたガスを集めるためにも用いられる。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【実施例】
【0026】
下記実施例は、現実の実施において本発明の操作を説明するために示されたものであり、したがって本発明の範囲を制限すると解釈されるべきでない。
【0027】
例1
培地組成
本発明において用いられる培養物の成長およびバイオマス生成のために用いられる培地は、下記成分を有している。
ビーフエキス : 45g/L
ペプトン : 20g/L
デキストロース: 2g/L
NaCl : 5g/L
結晶HCl : 0.5g/L
蒸留水 : 1000mL
【0028】
水素生産に用いられる培地組成物は下記成分を含んでなる。
プロテアーゼペプトン: 5g/L
KHPO : 2g/L
酵母エキス : 0.5g/L
MgSO・7HO: 0.5g/L
L‐シスチンHCl : 1g/L
デキストロース : 10g/L
蒸留水 : 1000mL
【0029】
例2
必要な栄養素と共に20g/Lグルコースを含有し、クロストリジウム種の純粋培養物を接種された滅菌培地1Lを、2L発酵槽中30℃の恒温で嫌気性発酵に付した。必要な栄養素と共に20g/Lグルコースを含有し、受理番号Clostridium sp.ATCC824およびClostridium cellulovoron BSMZ3052のクロストリジウム種の純粋培養物を接種された滅菌培地1Lを、2L電気生化学リアクター(図1)中30℃の恒温で嫌気性発酵に付した。印加された陰極電位は2.0〜4Vであり、一方電流密度は0.3〜3.0mAであった。全発酵時間は48時間であり、生じた全ガスを液体移送技術に基づき従来のガス収集システムで集めた。parapak Q SSカラムでガスクロマトグラフィー(電子捕捉検出器)を用いて、水素含有率についてガスを分析した。
【0030】
並行コントロール実験を電極なしで、即ち従来の発酵槽を用いて行い、本出願で開示されているプロトン捕捉の効率を評価するために、同様の微生物を実験で用いた。また、電流の培地への印加のためにHが発生するかどうかを確認するため、実験で用いられた培地を用い、培養物はなしとして電極のみで発酵を行った(表1参照)。以降、水素発生は無視しうる程度であった;本出願人は培地および電極でさらに実験を行わなかった。
【0031】
上記実施例から、約10−3atmの低水素圧下で様々な基質の嫌気性発酵/消化に際して放出されるプロトンを捕捉することにより、電気生化学システムが水素の生産向上に用いられることが、注目される。陰極においてプロトン捕捉は二重の役割を果たす。捕捉は水素生産を高め、pHをほぼ中性(約7.0)条件に維持する。本発明の相対的特徴は、pHの低下と水素の蓄積のために制限される従来の発酵水素生産と比較して、ピルビン酸を酢酸へ変換する酵素が水素に非感受性である変異培養物を用いる水素の生産向上に向けた、様々な基質の嫌気性発酵/消化に際して生じるプロトンの捕捉のための荷電電極の使用である。また、電気生化学リアクターから得られる水素ガスの純度は、従来の嫌気性発酵から生じる場合と比較して高い。
【0032】
利点
1.様々な基質の嫌気性消化に際して生じるプロトンの捕捉および発酵ブロスにおける過剰酸度を防ぐ約7.0でのpHの維持のため、従来の嫌気性発酵プロセスと比較して向上した水素生産。
2.発酵ブロスから生じるプロトンの捕捉はこのため、アルカリの付加なしでpHを維持することに役立ち、しかも反応速度の増加につながる。
3.約10−3atmの低水素圧で維持された電気生化学リアクターは、様々な基質の嫌気性発酵および嫌気性消化の際のプロトン捕捉を介して、水素生産の向上に用いられる。
4.微生物の混合共同体の使用はプロセスを操作しやすくさせ、純粋発酵微生物と比較して基質の滅菌の必要性がない。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】嫌気性発酵に際して放出されるプロトンを捕捉するための電極を備えた電気生化学リアクターの概略図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
従属栄養発酵プロセスにおける水素の大量生産方法であって、
a.嫌気性条件下栄養培地で微生物を培養し、荷電電極を含む発酵槽中25〜40℃の範囲の温度で36〜72時間発酵を進行させ、そして
b.電荷を前記電極へ印加してプロトンを前記電極へ選択的に引き寄せることにより、発酵に際して生じるプロトンを捕捉して水素分子を生じさせ、それを発酵に際し前記微生物により生じる水素とともに収集すること
を含んでなる、方法。
【請求項2】
前記工程(a)において、温度が37℃である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記栄養培地が、糖および発酵性有機酸を含んでなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記糖が、ヘキソース、ペントースを含んでなる群から選択される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
従属栄養発酵プロセスに用いられるバイオリアクターであって、
a)発酵容器、
b)少なくとも1つの電極であって、印加されたとき、望ましい荷電粒子を選択的に捕捉するように適合してなる電極、
c)ガス収集口(outlet to collect the gas)、および
d)所望により、生じた水素を保管するための手段
を含んでなる、バイオリアクター。
【請求項6】
発酵槽における生化学反応に際して生じる過剰の荷電粒子を発酵槽から捕捉する方法であって、
発酵槽へ少なくとも1つの電極を導入し、該電極へ電荷を印加して望ましい荷電粒子を前記電極へ選択的に引き寄せてそれを捕捉することにより前記荷電粒子を捕捉すること
を含んでなる、方法。

【図1】
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【公表番号】特表2009−544276(P2009−544276A)
【公表日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−554867(P2008−554867)
【出願日】平成19年2月13日(2007.2.13)
【国際出願番号】PCT/IB2007/000327
【国際公開番号】WO2007/093877
【国際公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【出願人】(508245596)ナガルジュナ、エナジー、プライベート、リミテッド (1)
【氏名又は名称原語表記】NAGARJUNA ENERGY PRIVATE LIMITED
【Fターム(参考)】