説明

水素センサ

【課題】調光薄膜層が水素を吸収・放射して膨張、収縮を繰り返しても、内部応力の変化を緩和し、ひいては調光薄膜層自体の体積変化を抑制して耐久性を向上することができる水素センサを提供する。
【解決手段】基板2と、該基板2上に備わり、水素雰囲気中で水素化されて光透過率が変化する調光薄膜層3と、該調光薄膜層3上に備わり、前記調光薄膜層3の水素化を促進するための触媒層4と、前記触媒層4上に備わり、高分子ポリマーからなる弾性材料で形成された応力緩和層5とで水素センサ1を構成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、雰囲気中の水素ガスを検出するための水素センサに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境や資源問題に関する関心の高まりから、二酸化炭素の排出を防止するため、水素がエネルギー源として注目されている。しかし、水素ガスは、酸素がある雰囲気中に漏れると爆発するおそれがあるため、漏洩水素ガスを速やかに検出できる水素センサの開発が進められている。こうした水素センサとして酸化スズを用いたものが開発され、広く用いられている。しかし、動作温度が400℃程度と高温であるため、防爆を考慮しなければならない。また、コストも高い。したがって、酸化スズを用いた水素センサはあまり実用的ではない。
【0003】
そこで、ガラスやアクリル樹脂等の基板の表面にマグネシウム・ニッケル合金等の調光薄膜層(薄膜)を形成し、この調光薄膜層をパラジウム等の触媒層(触媒膜)の作用で速やかに水素化する(調光薄膜層の物性を変化させる)水素センサが開発された(例えば特許文献1参照)。この水素センサは、調光薄膜層の水素化にともなう光学的反射率(以下、「反射率」あるいは「光透過率」と表示することがある)の変化を検知することで、雰囲気中の漏洩水素ガスを検出することができ、また調光薄膜層が常温で可逆的に水素化するため、漏洩水素ガスを安全かつ迅速に検出することができるという特徴を有している。
【0004】
しかしながら、調光薄膜層は非常に薄い薄膜形状であり、その厚さは1nm〜100nm、より詳しくは数十nmである。このようなナノレベルの薄い調光薄膜層が水素雰囲気中で水素を吸収すると、その水素分の体積も調光薄膜層に影響を与えることになる。すなわち、吸収した水素の体積分だけ調光薄膜層が膨らむ。具体的には、40nmの調光薄膜層が水素化された場合、10nm位膨らむことがわかっている。この吸収された水素は、やがて調光薄膜層から抜けていくため、調光薄膜層は再び基の大きさに縮むことになる。そして再び水素を吸収して膨らみ、これが繰り返される。
【0005】
このような調光薄膜層の膨張及び収縮の繰り返し動作は、内部応力の変化を助長し、調光薄膜層の劣化を招いて、最終的には構造の破損状態を招くことになる。
上述した水素センサは、光透過率を変化させるため、調光ガラスとしても応用されている。以下、調光ガラスを基軸にして水素センサについて説明する。
一般に、建物において窓(開口部)はおおきな熱の出入り場所になっている。例えば、冬に暖房時の熱が窓から流出する割合は48%程度であり、夏の冷房時に窓から熱が入る割合は71%程度にも達すると言われている。したがって、窓における光・熱をうまくコントロールすることにより、膨大な省エネルギー効果を得ることができる。
【0006】
調光ガラスは、このような目的で開発されたものであり、光・熱の流入、流出をコントロールできる機能を有している。
このような調光ガラスの調光を行う方式には、いくつかの種類がある。例えば、電流、電圧の印可により可逆的に透過率の変化する材料からなるエレクトロクロミック材料を用いた方式と、雰囲気ガスの制御により透過率が変化する材料からなるガスクロミック材料を用いた方式等である。これらのうち、調光層に酸化タングステン薄膜を用いたエレクトロクロミック調光ガラスの研究が最も進んでおり、現在、ほぼ実用化段階に達しており、市販品も出されている。
【0007】
この酸化タングステンをはじめとして、これまで知られているエレクトロクロミック調光ガラスは、全て調光層で光を吸収することにより調光を行うことをその原理としている。この場合、この種の調光ガラスは、調光層が光を吸収することにより熱を持ち、それがまた室内に再放射されるため、省エネルギー効果が低くなってしまうという欠点を持っている。これをなくすためには、光を吸収することにより調光を行うのではなく、光を反射することにより調光を行う必要がある。つまり、鏡の状態と透明な状態が可逆的に変化するような特性を有する材料が望まれている。
【0008】
このような、鏡の状態と透明な状態で変化する材料は長らく見つかっていなかったが、1996年にオランダのグループにより、イットリウムやランタン等の希土類の水素化物が、水素により鏡の状態と透明な状態に変化することが発見され、このような材料が「調光ミラー」と命名された。(J.N.Huiberts, R.Griessen, J.H.Rector, R.J.Wijngaarden, J.P.Dekker, D.G.deGroot, N.J.Koeman, Nature 380 (1996) 231)。これらの希土類水素化物は、透過率の変化が大きく、調光ミラー特性に優れている。しかし、この調光ミラーは材料として希土類元素を用いるため、窓のコーティング等に用いる場合、資源やコストに問題があった。
【0009】
その後、希土類金属とマグネシウムの合金薄膜の水素化物(Nagengast D.G, van Gogh A.T. M, Kooij E.S, Dam B, Griessen R. Appl. Phys. Lett. 75(1999) 2050)や、マグネシウム・ニッケル合金の水素化物(T.J.Richardson, J.L.Slack, R.D.Armitage, R.Kostecki, B.Farangis, and M.D.Rubin, Appl. Phys. Lett. 78 (2001) 3047)も調光ミラー特性を持つことが発見された。本願出願人の研究では、マグネシウム・ニッケル合金の中でも、マグネシウム成分の多い、MgNix(0.1<x<0.3)が優れた光学特性を示すことを見出している(K.Yoshimura, Y.Yamada and M.Okada: Appl. Phys. Lett. 81 (2002) 4709)。また、マグネシウム・チタン合金を用いると、透明時にはほとんど完全に無色にできることを見出している。
【0010】
このように、これまで報告されている調光ミラー材料としては、イットリウムやランタン等の希土類金属の水素化物、希土類金属とマグネシウム合金薄膜の水素化物、及びマグネシウム・遷移金属合金の水素化物等があるが、この中で、資源やコストの観点から、窓ガラスのコーティングに適しているのはマグネシウム・ニッケル合金やマグネシウム・チタン合金を用いたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2005−83832号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記従来技術を考慮したものであって、調光薄膜層が水素を吸収・放射して膨張、収縮を繰り返しても、内部応力の変化を緩和し、ひいては調光薄膜層自体の体積変化を抑制して耐久性を向上することができる水素センサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記目的を達成するため、請求項1の発明では、基板と、該基板上に設けられ、水素雰囲気中で水素化されて光透過率が変化する調光薄膜層と、該調光薄膜層上に設けられ、前記調光薄膜層の水素化を促進するための触媒層と、該触媒層上に設けられ、高分子ポリマーからなる弾性材料で形成された応力緩和層とを含むことを特徴とする水素センサを提供する。
【0014】
請求項2の発明では、請求項1の発明において、前記高分子ポリマーからなる弾性材料は、フッ素系ポリマーであることを特徴としている。
【発明の効果】
【0015】
請求項1の発明によれば、触媒層上に応力緩和層が備わり、この応力緩和層は高分子ポリマーからなる弾性材料で形成されるため、調光薄膜層が水素を吸収、放射して膨張、収縮を繰り返しても、その弾性力により調光薄膜層自体の内部応力の変化が緩和される。したがって、調光薄膜層の体積変化を抑制でき、耐久性を向上させることができる。
請求項2の発明によれば、高分子ポリマーからなる弾性材料をフッ素系ポリマーで形成することにより、調光薄膜層の耐久性が向上することが確認されている。また、調光薄膜層の透明状態を良好にし、可視光の透過率を向上させることができる。このため、水素の測定効率が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る水素センサの概略図である。
【図2】水素センサの耐久性試験に用いた装置の概略図である。
【図3】水素センサの耐久性試験を行った結果を示すグラフである。
【図4】時間に対する光学透過率の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は本発明に係る水素センサの概略図である。
図示したように、本発明に係る水素センサ1は、基板2と、調光薄膜層3と、触媒層4と、応力緩和層5で構成される。
基板2は、透明の板材からなる。例えば、アクリル、プラスチック、透明シート、ガラス等である。
【0018】
調光薄膜層3は、透明な状態と鏡の状態(金属状態)、若しくはその中間状態にスイッチングすることのできる材料で、基板2の上に蒸着される。調光薄膜層3としては、例えば、イットリウムやランタン等の希土類薄膜や、希土類金属とマグネシウム合金薄膜、マグネシウムの遷移金属の合金薄膜、あるいはマグネシウム薄膜等がある。このうち、材料コストの安さや、優れた光学特性等から、MgNix(0.1<x<0.3)が好ましい。調光薄膜層3の基板2への蒸着は、スパッタリング法、真空蒸着法、電子ビーム蒸着法、化学気相蒸着法(CVD)、めっき法等により行うことができる。なお、調光薄膜層の厚さは10nm〜300nmが好ましい。
【0019】
触媒層4は、パラジウム等が用いられる。この触媒層4は、調光薄膜層3の表面に0.5nm〜10nmの膜厚で蒸着される。この蒸着は、スパッタリング法、真空蒸着法、電子ビーム蒸着法、化学気相蒸着法(CVD)、めっき法等により行うことができる。
以上の構成で、水素を測定することができる。すなわち、水素を含んだ雰囲気にさらすことで調光薄膜層3の水素化が起こり、金属状態から透明状態に変化する。一方で、水素を含まず酸素を含んだ雰囲気にさらすことで脱水素化が起こり、透明状態から金属状態に変化する。
【0020】
応力緩和層5は、触媒層4に塗布される。塗布方法は、例えばスピンコーティング法やディップコーティング法、スパッタリング等が用いられる。この応力緩和層5は高分子ポリマーからなる弾性材料である。このため、調光薄膜層3が水素を吸収、放射して膨張、収縮を繰り返しても、その弾性力により調光薄膜層3自体の内部応力の変化が緩和される。したがって、調光薄膜層3の体積変化を抑制でき、耐久性、すなわちスイッチングに対する繰り返し寿命を向上させることができる。
【0021】
また、水素センサ1による水素測定時には、水素を吸収したときの透明状態における可視光の透過率は水素測定効率の観点から高い方が望ましい。この可視光透過率の高いものとして、MgNiがあるが、その透過率は50%程度である。これに対し、応力緩和層5としてフッ素系ポリマーを用いると、透明状態における可視光の透過率が10%向上することがわかった。これは、多層薄膜の干渉効果により可視光領域における透過率が向上したものと考えられる。したがって、応力緩和層5として、フッ素系ポリマーを用いれば、耐久性の向上と、透過率の向上という、二重のメリットがあることになる。
【0022】
なお、本発明の水素センサ1は、その用途として、水素センサに限られたものではない。調光薄膜層5のスイッチングを利用して、例えばプライバシー保護を目的とした遮蔽物や、鏡状態と透明状態に変わることを利用した装飾物及び玩具等、種々の物品に適用可能である。
図2は水素センサの耐久性試験に用いた装置の概略図である。図3は水素センサの耐久性試験を行った結果を示すグラフである。
【0023】
耐久性試験は、以下のように行った。参照試料として、ガラス製の基板2上に、バッファ層なしのマグネシウム・ニッケル合金系の調光薄膜層3と、バッファ層ありのマグネシウム・ニッケル合金系の調光薄膜層3を成膜した。これらの成膜は、ターゲットとしてそれぞれ、金属マグネシウム、金属ニッケル、金属チタン、それに金属パラジウムをセットした4連のマグネトロンスパッタ装置で行った。なお、バッファ層とは、チタン等の薄い金属膜を挿入したものである。このバッファ層により、スイッチングの繰り返しによりパラジウム層(触媒層4)の下のマグネシウムが表面に析出してくることを防止することができる。
【0024】
大きさ30mm×30mm、厚さ1mmのガラス製基板を用い、これを洗浄後、真空装置の中にセットして真空排気を行った。成膜にあたっては、まず、マグネシウムとニッケルのターゲットを同時スパッタしてマグネシウム・ニッケル薄膜を作製した。スパッタ中のアルゴンガス圧は、0.8Paであり、直流スパッタ法によりマグネシウムに30W、ニッケルに11Wのパワーを加えてスパッタを行い、ほぼMgNiに近い組成を持つ合金薄膜を作製した。
【0025】
一つの試料は、同じ真空条件下で、6Wのパワーを加えてパラジウム薄膜の蒸着を行った。mgNi層の膜厚は約40nm、パラジウム層の厚さは約4nmである。もう一つの試料は、MgNiの成膜と、45Wのパワーを加えてチタン薄膜の蒸着を行い、引き続き6Wのパワーを加えてパラジウム薄膜の蒸着を行った。MgNi層の膜厚は約40nm、チタン層の厚さは約2nm、パラジウム層の厚さは約4nmである。
【0026】
これらの試料のスイッチング特性を図2に示すような評価装置6を用いて評価した。評価装置6は、水素発生部7、マスフローコントローラ8、気体流路9、レーザー発生器10、フォトダイオード11で構成される。気体流路9は、その一方の面が水素センサ1の薄膜側で構成される。水素発生部7にて、アルゴンで4%に希釈した水素ガスを発生させ、これをマスフローコントローラ8にて水素センサ1がスイッチングするように流量調整し、気体流路9を流通させた。基板に対して蒸着直後のPd/MgNi薄膜は、金属光沢をもち鏡の状態になっているが、水素ガスを流すと、数秒で透明な状態に変わる。水素ガスを止めると端面から空気が入ってきて2〜3分で鏡の状態に戻る。このときの波長670nmにおける透過率の変化を半導体レーザーを発生するレーザー発生器10と、シリコンからなるフォトダイオード11を用いて測定した。
【0027】
図3において、(A)はバッファ層がない水素センサを用いたときの試験結果であり、(B)はバッファ層を設けた水素センサを用いたときの試験結果である。いずれも、応力緩和層5は設けていない。バッファ層がない場合は、スイッチングの繰り返しとともに透過率の変化がだんだんと乏しくなり(グラフではスイッチング回数とともに透過率の幅が狭くなる)、170回程度で使用に耐えないものとなっている。バッファ層を設けた場合は、300回程度までは全く劣化しないが、その後急激に劣化する。
【0028】
図3(C)は、上記バッファ層を設けた試料の表面に、フッ素系ポリマーを塗布したものを用いた結果を示す。フッ素系ポリマーとしては、フッ素アクリレートをハイドロフルオロカーボンで希釈した溶液を用いた。これを、バッファ層を有するマグネシウム・ニッケル調光薄膜層及びパラジウムからなる触媒層(Pd/Ti/MgNi)上にスピンコート法により塗布した。図3(C)に示すように、(A)、(B)に比し、スイッチングに対する耐久性が大幅に向上し、1000回あたりまでほとんど劣化がみられていない。3000回近くでもまだスイッチングを行うことができる。
【0029】
図4は時間に対する光学透過率の変化を示すグラフである。
図中点線で示したグラフは、本発明に係る水素センサ、すなわちフッ素系ポリマーからなる応力緩和層を設けたものを用いた結果を示し、実線で示したグラフは、応力緩和層が設けられていない水素センサを用いた結果を示している。図示したように、応力緩和層を設けたものは、設けていないものに比べて、透明になった際の透過率が10%程度大きくなっている。このように、フッ素系ポリマーを用いた応力緩和層の塗布により、透明時の透過率が高くなっていることを実験にて確認できた。
【符号の説明】
【0030】
1 水素センサ
2 基板
3 調光薄膜層
4 触媒層
5 応力緩和層
6 評価装置
7 水素発生部
8 マスフローコントローラ
9 気体流路
10 レーザー発生器
11 フォトダイオード

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
該基板上に設けられ、水素雰囲気中で水素化されて光透過率が変化する調光薄膜層と、
該調光薄膜層上に設けられ、前記調光薄膜層の水素化を促進するための触媒層と、
該触媒層上に設けられ、高分子ポリマーからなる弾性材料で形成された応力緩和層とを含むことを特徴とする水素センサ。
【請求項2】
前記高分子ポリマーからなる弾性材料は、フッ素系ポリマーであることを特徴とする請求項1に記載の水素センサ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−210243(P2010−210243A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−53342(P2009−53342)
【出願日】平成21年3月6日(2009.3.6)
【出願人】(391064005)株式会社アツミテック (39)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】