説明

水素マイクロプリント法

【課題】本発明は、極微量水素領域も含めて水素検出効率が極めて高い水素マイクロプリント法を提供する。
【解決手段】材料の表面に、水素原子の化学吸着エネルギーの大きい金属めっきであるニッケルをめっき厚さやめっき後の表面粗さを適正化してめっきした後、その上に相対湿度50%以上の大気中で臭化銀を密着させ、生成する銀をSEMなどで観察して、水素放出箇所を可視化し、また、銀の量から水素量を見積もる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼、アルミニウム、銅などの材料中から表面に放出される水素を可視化する水素マイクロプリント法に関し、特に、極微量水素領域における水素検出効率が良好なものに関する。
【背景技術】
【0002】
材料中の水素は、遅れ破壊、溶接遅れ割れ、硫化物腐食割れ、水素誘起割れ等の様々な破壊現象の原因となり、構造物の破壊の80%以上に関与しているとされる。
【0003】
水素に起因する破壊は、水素が材料中の応力集中部や粒界等の局所的な箇所に集積し、ある臨界量を超えることによって生じるため、材料中における水素の局所的な存在箇所や量は非常に重要で、これらの情報を簡便に得る技術の確立が求められてきた。
【0004】
材料中の水素量を調べる手法として、昇温脱離式水素分析法や電気化学的水素透過法等が知られている。しかし、これらの手法では、材料全体の水素量を調べることはできるものの、材料中における水素の局所的な存在箇所や量を知ることは困難である。
【0005】
材料中の水素の局所的な存在箇所を調べるため、アトムプローブ電界イオン顕微鏡法、二次イオン質量分析法、トリチウムオートラジオグラフィー法、ヨウ素デンプン反応法(特許文献1)、銀デコレーション法、水素マイクロプリント法(非特許文献1)等の手法が用いられている。
【0006】
アトムプローブ電界イオン顕微鏡法は、高価な装置を必要とし、また、観察視野が狭い。二次イオン質量分析法は、高価な装置を必要とし、また、分解能が比較的低く、水素の存在箇所に関する情報を必ずしも充分に得ることは出来ない。
【0007】
トリチウムオートラジオグラフィー法は、水素の放射性同位元素であるトリチウムを用いるため、トリチウムの使用が可能な施設の確保が必要となり、簡便な手法とは言えない。
【0008】
また、ヨウ素デンプン反応法は、簡便に水素を可視化できる手法であるが、感度および定量性が不充分である。銀デコレーション法は、水素の放出箇所を銀として可視化する手法であるが、ジシアン化銀カリウム水溶液を用いるため、溶液のpH管理に充分な注意を必要とし、簡便な手法とは言えない。
【0009】
水素マイクロプリント法は、試料表面に臭化銀およびそれを保護するゼラチンを主成分とする乳剤を塗布し、材料表面から放出される水素と臭化銀との化学的な反応により銀を生成させ、水素放出箇所を銀粒子として可視化する手法である。
【0010】
すなわち、材料内部に存在する水素原子が材料外部に放出される場合、水素原子が結晶内サイトから表面下サイトを経て、表面に化学吸着後、再結合により水素分子となって表面に物理吸着し、自由空間に脱離する過程を経る。
【0011】
水素マイクロプリント法は、臭化銀とゼラチンを主成分とする乳剤中の臭化銀と表面に化学吸着した水素原子との下式に示す反応により、水素放出箇所を銀粒子として可視化する。
AgBr+H→Ag+HBr
水素マイクロプリント法は、安全・簡便・安価に水素の可視化を行うことが可能であるが、水素検出効率が低く、極微量水素を捉えることは困難なため、発明者等は、材料表面にパラジウムめっきまたはパラジウム−ニッケルめっきを施した後に、臭化銀を塗布して水素検出効率を向上させることを提案している(特許文献2)。
【特許文献1】特許第3545292号公報
【特許文献2】特開2006−258595号公報
【非特許文献1】長尾彰英,倉本繁,菅野幹宏,白神哲夫:鉄と鋼,86(2000),24.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、高強度材の水素による破壊現象についての最近の研究によれば、破壊現象の解明には、材料からの水素放出量が5.0×10−3mol/m未満の極微量水素領域における水素量の測定と、材料中の水素の存在状態の把握が必要で、特許文献2に記載の手法によっても、水素検出効率が充分ではないことが明らかとなった。
【0013】
そこで、本発明は、水素放出量が5.0×10−3mol/m未満の極微量水素領域においても水素検出効率が高くて水素を定量的に捉えることを可能な、水素マイクロプリント法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等は、水素マイクロプリント法において、極微量水素領域における水素検出効率を上昇させるため鋭意検討を行い、以下の知見を得た。
【0015】
1.水素原子を銀原子として検出する効率(生成銀原子モル数/放出水素原子モル数)は、水素原子の表面への化学吸着エネルギーに依存する。
2.化学吸着エネルギーが大きいほど、材料表面に水素原子がより安定して化学吸着し、その結果、近接水素原子が再結合して水素分子となりにくくなるため、より高い効率で臭化銀を還元させて銀原子を生成する。
3.ニッケルめっきの場合、ニッケルめっきのめっき厚とめっき後の材料表面における十点平均粗さ(RzJIS)とを特定範囲内に制御し、更に、臭化銀塗布時における大気環境中の相対湿度を高くすると極微量水素領域において水素検出効率が上昇する。
【0016】
本発明は、上述の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨とするところは次の通りである。
【0017】
1.材料の表面に臭化銀およびそれを保護するゼラチンを主成分とする乳剤を塗布し、材料表面から放出される水素と臭化銀の反応により銀を生成させ、水素放出箇所を銀粒子として可視化する水素マイクロプリント法において、
材料の表面に、めっき厚さが100nm以下、かつ、めっき後の材料の表面における十点平均粗さ(RzJIS)が0.010μm以上、0.300μm以下であるニッケルめっきを施した後、相対湿度が50%以上の大気環境中で、前記ニッケルめっきの上に臭化銀を密着させることを特徴とする水素マイクロプリント法。
【0018】
2.1記載の水素マイクロプリント法で、水素と臭化銀の反応により生成した銀の量から水素量を求めることを特徴とする水素の定量化方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、水素放出量5.0×10−3mol/m未満の極微量水素領域においても、水素マイクロプリント法により、水素の可視化が可能で、水素脆性の感受性が高い高強度鋼の安全性評価の信頼性が向上し、産業上極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明は、材料の表面に臭化銀およびそれを保護するゼラチンを主成分とする乳剤を塗布し、材料表面から放出される水素と臭化銀の反応により銀を生成させ、水素放出箇所を銀粒子として可視化する水素マイクロプリント法において、以下の特定を行う。
【0021】
(めっき組成)
めっきは、材料表面における水素原子の化学吸着エネルギーの大きい金属であるニッケルめっきとする。めっき種をニッケルとすることにより、後述する、臭化銀密着時の相対湿度制御、および、めっき厚およびめっき後の表面粗さ制御との間に、相乗効果があり、優れた水素検出効率を達成することが可能となる。
【0022】
材料表面にニッケルめっきを施す手法は、電気めっきや無電解めっき等、材料表面にめっきが施される方法で良く、特に規定しない。
【0023】
また、めっき浴組成・めっき浴温度・めっき処理時間・電気めっき時の電流密度等のめっき処理条件は、特に規定するものではない。さらに、材料とめっきの密着性を高めたり、めっきの平滑度を上げたりすること等を目的として、めっき浴に添加剤を加えても構わない。材料表面にめっきが密着していれば、本発明の有効性は失われないためである。
【0024】
(めっき厚さおよびめっき後の表面粗さ)
めっき厚さは100nm以下、めっき後の材料表面における十点平均粗さ(RzJIS)を0.010μm以上、0.300μm以下とする。本発明において十点平均粗さ(RzJIS)は、2001年版のJISB0601の付属書1に記載されている手法で測定したものとする。
【0025】
めっき厚さが、100nmを超えると、材料とめっきの界面からめっきと臭化銀の界面まで拡散する時間が長くなり、試験に必要以上の長時間を要する。
【0026】
また、めっきのレベリング機能のために、めっき後の十点平均粗さ(RzJIS)が0.010μmを下回り、材料表面と乳剤との濡れ性が劣化して、材料表面と臭化銀の接触面積が低下し、水素マイクロプリント法の感度が低下する。したがって、めっき厚さは100nm以下に限定し、80nm以下であることが好ましい。
【0027】
十点平均粗さ(RzJIS)が0.010μm未満の場合、材料表面と乳剤との濡れ性が劣化して、材料表面と臭化銀の接触面積が低下するために、水素マイクロプリント法の感度が低下する。したがって、めっき後の材料表面における十点平均粗さ(RzJIS)を0.010μm以上に限定する。
【0028】
一方、十点平均粗さ(RzJIS)が0.300μmを超えると、材料表面と臭化銀の接触面積が低下するために、水素マイクロプリント法の感度が低下する。したがって、めっき後の材料表面における十点平均粗さ(RzJIS)を0.300μm以下とする。
【0029】
(臭化銀塗布時における大気環境中の相対湿度)
ニッケルめっきの上に、臭化銀およびそれを保護するゼラチンを主成分とする乳剤を塗布し、臭化銀を密着させる場合、大気環境中の相対湿度は、50%以上に限定し、好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上である。
【0030】
相対湿度が50%未満の場合、乾燥に伴う乳剤の伸縮によって、臭化銀が表面から浮きやすく、臭化銀とめっき表面との密着性が低下する。
【0031】
相対湿度が50%以上では、臭化銀とめっき表面との密着性が向上し、すぐれた水素検出感度が安定して得られるからである。乳剤は、Ilford L−4等臭化銀とゼラチンを主成分とする市販のものでよい。
【0032】
乳剤は通常、純水で希釈してから試料に塗布するが、臭化銀が試料表面を完全に覆うように適正な希釈率で希釈することが必要である。乳剤塗布時における試料表面の錆びは水素原子の発生を伴うので錆の発生を防止するために、乳剤の希釈液に亜硝酸ナトリウム等の酸化剤を溶解させても良い。
【0033】
水素マイクロプリント試験を行う温度は、400℃以下が望ましい。これは400℃を越えると、50℃程度でゲルからゾルに変化する臭化銀の保護層であるゼラチンの移動に伴って、試料表面における銀の位置が変化する場合があるためである。
【0034】
未還元の臭化銀を洗い流すために定着処理を行うが、定着液は、チオ硫酸ナトリウムを純水に溶解させたものを使用しても良いし、市販の定着液を使用してもよい。
【0035】
さらに、定着処理に供する前に試料をホルマリン等に浸漬してもよい。これは、定着処理中における材料表面での銀粒子の移動を抑制する等の目的で、ゼラチンを硬膜化させるためである。
【0036】
本発明に係る水素マイクロプリント法で、水素と臭化銀の反応により生成した銀の量は、
p−ジメチルアミノベンジリデンローダニン吸光光度法、p−ジエチルアミノベンジリデンローダニン吸光光度法、ジチゾン抽出吸光光度法、AgCl比濁法、発光分光分析法、アノーディックストリッピング法等の手法で定量することが可能である。前述の化学反応式から明らかなように、生成銀原子モル数と放出水素原子モル数とは等しいので、銀の定量結果から水素量を見積もって定量化を行うことができる。
【0037】
なお、本発明によれば、生成する銀をSEM(走査型電子顕微鏡)などで観察して、水素放出個所を可視化することが可能であるが、可視化の方法を限定するものではない。
【0038】
本発明に係る水素マイクロプリント法は、極微量から通常の水素領域で極めて高い水素検出効率が得られ、鉄鋼、アルミニウム、銅、チタン、マグネシウム、セラミックス等各種材料においてもその効果が得られ、種々の材料に適用可能である。
【実施例】
【0039】
本発明の有効性を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はかかる実施例によって限定的に解釈されるものではない。
【0040】
鉄鋼の表面を湿式研磨、化学研磨後、種々の条件にてめっきを施し、ワイヤループ法(図1)によって、めっき表面に乳剤(乳剤Ilford L−4の原液:10mass%亜硝酸ナトリウム水溶液=1:1、体積比)を塗布した。
【0041】
乳剤膜が乾燥後、試料を大型の恒温・恒湿槽内に持ち込み、大気環境を所定の温度(20℃)および相対湿度に制御した状態で、乳剤塗布面の反対側から陰極水素チャージ法によって水素原子を導入し、1.0×10−4mol/mの水素原子を乳剤塗布面に拡散させた。水素原子の拡散量は、電気化学的水素透過法によって確認した。
【0042】
その後、試料をただちにホルマリン水溶液に5s程度浸漬して、ゼラチンの硬膜処理を行い、更に15mass%チオ硫酸ナトリウム水溶液に10min浸漬して、未還元臭化銀を溶解除去し、その後、純水にて充分に洗浄後、乾燥させた。
【0043】
試料の表面に付着している銀原子の量を、誘導結合プラズマ発光分析装置を用いて発光分光分析法を用いて測定した。
【0044】
また、めっき後の表面粗さとして、十点平均粗さ(RzJIS)を2001年版のJISB0601の付属書1に記載されている手法で測定した。
【0045】
表1にめっき条件と、水素検出効率を示す。水素検出効率は、生成銀原子モル数/放出水素原子モル数と定義し、0.50以上を本発明の目標値とした。また、めっき厚さはJISのめっきの厚さ試験方法(H 8501−2004年)に準拠して求めた。
【0046】
【表1】

【0047】
本発明法により水素を可視化したNo.1、2、5、6、8〜12は、水素検出効率の目標値を満足している。本発明範囲を外れているNo.3、4、7、13〜15、16、17は、水素検出効率の目標値を満足していない。No.15はめっき無しとして試験を行った。
【0048】
めっき厚さおよび/またはめっき後の材料表面における十点平均粗さ(RzJIS)が本発明範囲を外れているNo.7、13、14、16、17は、水素検出効率の目標値を満足していない。
【0049】
相対湿度が本発明範囲を外れているNo.3およびNo.4は、水素検出効率の目標値を満足していない。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】ワイヤループ法を説明する図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
材料の表面に臭化銀およびそれを保護するゼラチンを主成分とする乳剤を塗布し、材料表面から放出される水素と臭化銀の反応により銀を生成させ、水素放出箇所を銀粒子として可視化する水素マイクロプリント法において、
材料の表面に、めっき厚さが100nm以下、かつ、めっき後の材料の表面における十点平均粗さ(RzJIS)が0.010μm以上、0.300μm以下であるニッケルめっきを施した後、相対湿度が50%以上の大気環境中で、前記ニッケルめっきの上に臭化銀を密着させることを特徴とする水素マイクロプリント法。
【請求項2】
請求項1記載の水素マイクロプリント法で、水素と臭化銀の反応により生成した銀の量から水素量を求めることを特徴とする水素の定量化方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−265072(P2009−265072A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−186697(P2008−186697)
【出願日】平成20年7月18日(2008.7.18)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】