説明

水素分子を含む神経新生を促進する組成物

【課題】海馬における神経新生を促進し、海馬の萎縮に起因する疾患又は症状を予防又は治療するための組成物の提供。
【解決手段】哺乳動物の海馬において神経新生を促進する、水素分子を含む組成物又は飲料品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳動物において海馬の神経新生を促進する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
長期の心理的ストレス、肉体的ストレスによって学習能力や記憶力の障害があらわれることが知られている。これは、うつ病を含めた神経障害の一例である。
【0003】
一方、大人になっての記憶を司る脳の海馬(hippocampus)領域の歯状回(dentate gyrus)の未分化神経(progenitor)において、大人になっても神経細胞が分裂し続ける(adult neurogenesis:成体神経新生又は成体ニューロン新生)ことが明確になった。ストレスによって、神経分裂は抑制される。そのため、記憶力の低下、学習能力の低下はadult neurogenesisの低下が原因とされるようになった(非特許文献1又は2を参照)。
【0004】
多くの抗うつ剤はadult neurogenesisを促進する。特に抗うつ剤が海馬におけるニューロン新生を促進することが報告されており、ヒトの生体海馬の萎縮とうつ病とが関連している可能性が指摘されている(非特許文献1〜3を参照)。そのため、うつ病の治療にはadult neurogenesisの亢進が必要である。
【0005】
従来、モノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬等の三環系抗うつ薬やミアンセリン等の四環系抗うつ薬等が抗うつ剤として用いられてきたが、これらの化合物は成人神経新生の促進には関与しておらず、また痙攣等の種々の副作用があることが知られていた。
【0006】
一方、水素分子が生体内の有害な活性酸素やフリーラジカルを除去し、活性酸素やフリーラジカルに起因する障害の治療等に用い得ることが報告されている(特許文献1を参照)。
【0007】
【特許文献1】国際公開第WO2007/021034号パンフレット
【非特許文献1】Sahay, A. et al., Neurosci. 10, 1110-1115 (2007).
【非特許文献2】Becker, S. et al., Trends. Cogn. Sci. 11, 70-76 (2006).
【非特許文献3】白山他、実験医学 Vol.21, No.10 (7月号)2003, 1286-1291
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、海馬における神経新生を促進し、海馬の萎縮に起因する疾患又は症状を予防又は治療するための組成物の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、先に水素分子が生体内の有害な活性酸素やフリーラジカルを除去し得ることを見出している(国際公開第WO2007/021034号公報)。本発明者は水素分子の生体における新たな機能を見出すべく鋭意検討を行った。
【0010】
本発明者は、マウスを1日10時間拘束し、それを6週間続けることにより、マウスの記憶力及び学習能力が低下することを確認し、さらに、このときに脳の海馬領域の神経新生が低下していることを見出した。本発明者は、記憶力及び学習能力が低下したマウスに水素水を飲ませたところ、拘束によって低下した記憶力・学習能力が回復し、同時に海馬領域の神経新生が回復することを確認した。このことより、水素がストレスによって低下する記憶力・学習能力を回復すること、水素が物理的ストレスによって低下する記憶力・学習能力を回復すること、水素が成体神経新生(adult neurogenesis)の低下を回復すること、水素がうつ病により低下する記憶力・学習能力を回復すること、水素が精神障害により低下する記憶力・学習能力を回復すること、水素が神経障害の治療薬として用いうる可能性があることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 哺乳動物において神経新生を促進する、水素分子を含む組成物。
[2] 哺乳動物の海馬において神経新生を促進する、水素分子を含む組成物。
[3] ニューロン新生が成体における神経新生である[1]又は[2]の組成物。
[4] 哺乳動物における海馬の萎縮に起因する疾患又は症状を予防又は治療するための、水素分子を含む組成物。
[5] 水素分子を含む液体である、[1]〜[4]のいずれかの組成物。
[6] 水素分子が飽和状態で含まれる、[5]の組成物。
[7] 水素分子を含む気体である、[1]〜[4]のいずれかの組成物。
[8] 水素ガスを1〜4%(v/v)の濃度で含む、[7]の組成物。
[9] [1]〜[7]のいずれかの組成物を含む記憶力又は学習能力改善剤。
[10] [1]〜[7]のいずれかの組成物を含む抗うつ剤。
[11] 哺乳動物の海馬において神経新生を促進する、水素分子を含む飲料品。
[12] 記憶力を改善させるために用いられるものである旨の表示、又は学習能力を改善させるために用いられるものである旨の表示を付した、[11]の水素分子を含む飲料品。
【発明の効果】
【0012】
実施例に示すように、本発明の水素分子を含む組成物は、記憶力を改善させ、あるいは記憶力の低下を抑制し、さらに学習能力を改善させ、あるいは学習能力の低下を抑制する。また、本発明の水素分子を含む組成物は海馬における神経新生を促進し、あるいは神経新生の低下を抑制する。このため、本発明の水素分子を含む組成物は、海馬における神経新生を促進し、あるいは低下を抑制することにより海馬の萎縮に起因する疾患又は症状の予防又は治療に役立つ。本発明の水素分子を含む組成物は、例えば、記憶力の改善、学習能力の改善、うつ病の予防又は治療等に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
成人が心理的ストレスや肉体的ストレスを受けると、神経細胞の分裂が抑制され、成体神経新生(adult neurogenesis)が抑制される。特に脳の海馬領域において成体神経新生が抑制されると、記憶力や学習能力が低下する。海馬は、大脳の側脳室下角の底面に突出する、大脳皮質の一部をいい、海馬采、歯状回および海馬支脚が包含される。海馬は脳内でも新陳代謝が活発な場所であり、海馬への血液循環が不十分になると、海馬において新しい神経分裂が抑制され、海馬の神経細胞が減少し、海馬が萎縮する。このような海馬の変化はストレスによりもたらされる。海馬は長期的な記憶等に関与している領域であり、海馬の萎縮により記憶力や学習能力が低下する。
【0015】
さらに、うつ病も海馬の萎縮に起因することが報告されている。うつ病については種々の分類方法が提案されているが、本発明においては、うつ病は、例えば、世界保健機構(World Health Organization)が発表している「国際疾病分類・第10版」(International Classification of Diseases, Injuries and Causes of Death. 10th version; ICD-10)において「うつ病」関連障害と分類されている疾患、又は米国精神医学会(American Psychiatric Association, APA)の「精神障害の診断と統計分類のための手引き」(Diagnostic Statistic Manual of Mental Disorders, DSM)のDSM-IVによる多軸診断によって評価される「うつ病」をいう。
【0016】
本発明の水素を含む組成物は、ほ乳類の神経新生を促進し、又は神経新生の低下を抑制する。特に海馬領域における神経新生を促進し、又は神経新生の低下を抑制し、海馬の萎縮を抑制する。特に成体における成体神経新生(adult neurogenesis)を促進するので、成体の海馬領域における神経新生を促進する。神経新生の促進により、認知機能が高まる。認知機能とは、知的機能を総称した概念であり、記憶、注意、知覚、学習等が含まれる。
【0017】
本発明の水素を含む組成物は、海馬の萎縮に起因する疾患又は障害であり、神経新生が必要である疾患又は障害の予防、治療又は緩和剤として用いることができる。このような疾患又は障害としては、記憶力の低下、学習能力の低下、うつ病、アルツハイマー病若しくはその他の認知症、パーキンソン病、ハンチントン病、うつ病、不安症、神経外傷性疾患、軽度認知症(MCI:マイルドコグニティブインペアメント)、脳梗塞後の精神症状(うつ症状や記憶障害)、(交通事故後などの)高次脳機能障害、(短時間の心臓停止による)虚血性海馬障害などが挙げられる。神経外傷性疾患には、例えば手術によって引き起こされる開口性または貫通性の頭部外傷、または例えば頭部領域への損傷によって引き起こされる閉鎖性頭部外傷障害等が挙げられる。
【0018】
特に、本発明の水素を含む組成物は、記憶力の改善に有用である。ここで、記憶力を改善させるとは、記憶力の低下を抑制すること、記憶力を増強させること等をいう。記憶力の改善は老化に伴って低下する記憶力の改善を含む。
【0019】
また、本発明の水素を含む組成物は、学習能力の改善に有用である。学習とは、過去の経験の上に立って、新しい知識や技術を習得することをいい、学習能力の改善とはこの習得能力が改善し向上することをいい、学習能力の低下を抑制することも含む。学習能力の改善は、老化に伴って低下する学習能力の改善を含む。
【0020】
さらに、本発明の水素を含む組成物は、抗うつ作用を有し、うつ病の予防又は治療に有用である。本発明にいう「抗うつ作用を有する」とは、うつ病症状を軽減、改善又は予防することをいい、組成物が「抗うつ作用を有する」効果を示すかどうかは、医師の診断等により判断できる。
【0021】
本発明の水素分子を含む組成物は、ヒトを含む哺乳動物を対象とする。ヒト以外の哺乳動物としては、サルなどの霊長類、ラット、マウスなどのげっ歯類、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ等が挙げられる。本発明の水素分子を含む組成物は、哺乳動物の成体の海馬における神経新生の促進に有効に用いることができる。成体とは、個体発生を完成した個体、すなわち幼生期を経て生殖可能となった個体をいう。
【0022】
神経新生は、神経幹細胞の分化により神経細胞(ニューロン)が新たに生成することを意味し、神経新生により、海馬に新しい神経回路が追加され得る。神経の新生は、ブロモデオキシウリジン(BrdU:チミジン類似物質)標識法(Kuhn HG, et al., J. Neurosci. 16:2027-2033, 1996、Erikkson PS. Nat Med 4:1313-1317, 1998)、ポリシアル酸(PSA:神経細胞接着分子NCAMの糖鎖)に対する抗体を用いた免疫組織化学法(Seki T. et al., J. Neurosci. 13:2351-2358,1993)、NeuN免疫組織化学法、Calbindin染色法(Erikkson PS. Nat Med 4:1313-1317, 1998)等により確認することができる。
【0023】
本発明の水素分子を含む組成物は、液体であっても気体であってもよい。
【0024】
水素分子を含む液体は、水溶液からなることを特徴とする。本発明において、水素を含む液体を水素水と呼ぶことがある。この水溶液を形成する媒体としては、純水、イオン交換水、蒸留水、生理食塩水等を使用し得る。さらに、前記媒体として純水、イオン交換水あるいは蒸留水を使用し、得られた生体内の有害なフリーラジカル除去剤を一般的な水性飲料品、例えば、ミネラルウォーター、ジュース、コーヒー、お茶等に添加して飲用するようにしてもよい。ここで、飲料品は、飲料用の健康食品、特定保健用食品、栄養機能食品等を含む。ここで、特定保健用食品とは、食生活において特定の保健の目的で摂取をし、その摂取により当該保健の目的が期待できる旨の表示をする食品をいう。これらの飲料品には、例えば以下のような表示が付されていてもよい。
【0025】
記憶力の低下を抑えるために用いられるものである旨の表示、記憶力を向上させるために用いられるものである旨の表示、記憶力の低下を抑制するために用いられるものである旨の表示、学習能力を向上させるために用いられるものである旨の表示、うつ症状を軽減するために用いられるものである旨の表示、認知症に罹るリスクを低減するために用いられるものである旨の表示等。
【0026】
さらに、水素を含む液体は化粧水にも用いられてもよい。
【0027】
水素分子は飽和状態であっても水又は水溶液中にある程度の時間溶けていることができる。このような水素分子が飽和状態の水又は水溶液は、加圧下において水素ガスを水又は水溶液に溶解させた後に圧力を取り除くことにより簡単に製造し得る。例えば、水溶液を0.4MPa以上の水素ガス圧下に数時間、好ましくは1〜3時間おけばよい。あるいは大量に水素水を製造する装置で短時間で製造してもよい。水溶液形態の水素水は、飲用として用いることもでき、生理食塩水の形で静注用として用いることもできる。この場合、投与はカテーテルを用いた投与や注射による投与が可能である。注入後は生体内に摂取された水素は生体にほとんど吸収され、血液を介して全身に行き渡り、効果を発揮し、その後呼気と一緒に排出される。
【0028】
水素1気圧、室温条件で水素は水1L当たり約17.5mL溶存し得る(約1.6ppm、約0.8 mM)。本発明の水素分子を含む液体組成物は、水溶液1L当たり、10mL以上、好ましくは15mL以上、特に好ましくは17.5mL以上の水素分子を含む。また、本発明の水素分子を含む液体組成物は、1ppm以上、好ましくは1.5ppm以上の水素分子を含む。また、本発明の水素分子を含む液体組成物は、0.1mM以上、好ましくは0.4mM以上、さらに好ましくは0.6mM、特に好ましくは0.8mM以上の水素を含む。
【0029】
また、本発明の水素分子を含む液体組成物は、酸素分子を含んでいてもよい。水溶液中に水素分子と酸素分子とが共存することとなるが、水素分子と酸素分子とが混合状態であっても、ただちに反応することはなく、両者とも安定に共存し得る。ただし、水溶液が多量の酸素分子を含む場合においては安全性を確保するために水素含有量は全気体の4%(v/v)未満となるようにすることが好ましい。安全性に問題がない使用環境下においては、水素含有量は可能な限り高濃度であることが好ましい。酸素を含む液体組成物も、飲用又は生理食塩水の形で静注用として使用し得るが、注射による投与の場合には、酸素分子がない場合に比すると、生体内が局部的に酸素不足の状態となることがないため、生体組織に損傷を与えることが少なくなる。
【0030】
本発明の液体組成物は、好ましくはアルミニウム等の水素を透過できない素材でできた容器中に保存するのが好ましい。また、低温である程、より多くの水素が溶存するので、低温で保存するのが好ましい。
【0031】
本発明の水素分子を含む組成物が気体状の形態である場合、水素の濃度は、1〜4%(v/v)、好ましくは1.5〜2.5%(v/v)、さらに好ましくは約2%(v/v)である。水素ガス含有量は安全性確保のために約4%(v/v)未満であることが望ましいが、密閉条件下で静電気が発生しないように配慮された安全な条件下であれば水素ガス含有量をより高くすることもできる。本発明の水素分子を含む気体組成物は、さらに酸素ガス及び/又は他の不活性ガスを含んでいてもよい。酸素ガスを含む場合、水素ガスと酸素ガスの混合ガスからなる。酸素ガスは呼吸のために消費される。不活性ガスとしては、窒素ガス、ヘリウムガス、アルゴンガス等を使用し得るが、安価な窒素ガスが望ましい。この不活性ガスの含有量は、多すぎない範囲で当業者が任意に設定できるが、呼吸用の酸素ガス濃度を考慮すると80%(v/v)以下が好ましい。さらに、本発明の水素分子を含む気体組成物は、水素ガスと空気の混合ガスであってもよい。このような混合ガスは、空気に水素ガスを適宜混合することにより簡単に製造し得る。
【0032】
本発明の水素分子を含む気体組成物は、例えばガスボンベ等の耐圧性の容器中に入れられる。本発明は、水素分子を含む気体組成物を含む容器をも包含する。
【0033】
本発明の水素分子を含む気体組成物は、被験体に吸引させることができる。吸引は吸引手段を用いて行うことができ、前記の水素分子を含む気体組成物を含む容器から配管を通して吸引手段を介して吸引させればよい。吸引手段は限定されないが、例えば、吸引マスクが挙げられ該マスクは好ましくは被験体の口及び鼻を同時に覆うことができる。さらに、吸引手段として密閉された小密閉室がある、該小室は被験体がその中に入り込める程度の大きさを有し、該小室に被験体が入った状態で、小室内に本発明の気体状の水素分子を含む組成物を供給することにより、被験体に吸引させることができる。このような小室の一例として、密閉されたベッドが挙げられる。被験体はベッドに横臥した状態で本発明の気体状の水素分子を含む組成物を吸引することができる。
【0034】
本発明は、水素分子を含む組成物を有効成分として含む、医薬組成物等の組成物も包含する。この場合、水素分子を含む組成物は液体状であっても、気体状であってもよい。これらの組成物は、上記の疾患又は障害の予防又は治療剤として用いることができる。
【0035】
投与は、液体状の水素分子を含む組成物の場合、経口投与、静脈注射等により行うことができる。また、気体状の少なくとも水素分子を含む組成物の場合は、吸引により投与すればよい。
【0036】
さらに、本発明は水素分子を含む組成物を含む容器、ガス吸引用手段並びに前記容器中の気体を吸引用手段に供給する供給配管を備えている、上記の疾患又は障害を有する被験体に供給するための装置を包含する。容器は例えば、水素ガスボンベである。また、ガス吸引手段として前述のように、吸引マスク、密閉した小室が挙げられる。
【0037】
投与量は適宜決定できる。
【実施例】
【0038】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0039】
実施例1 水素水によるマウスの認知機能の改善
実験動物としては、7週齢(33〜34g)の成体ICR雄マウスを30匹用い、コントロール群(C)、拘束+脱気水群(I)、拘束+水素水群(HW)の3群にそれぞれ10匹ずつ分けた。HW群には水素を飽和させた精製水(水素水)を与え、CとI群にはこの水素水から攪拌により水素を脱気した水を与え、それぞれ自由摂取させた。
【0040】
IとHW群マウスには拘束ストレスを与えた。拘束ストレスは3×3×7.5cmのステンレスケージにマウスを閉じ込め、これを1日10時間、週に6日のペースで6週間行った。拘束中もマウスが自由に水を飲めるようにし、10時間の拘束終了後は両群とも30×20×10cmのステンレスケージを6分割にした10×10×10cmのスモールケージで飼育した。
【0041】
結果は全て平均値±標準誤差で表した。実験間の平均値の検定にはFisher’s PLSD post hoc testを用いて統計処理を行い、5%の危険率をもって有意とした。
【0042】
Passive avoidance test(受動回避実験)
受動回避反応を調べるためにpassive avoidance testを行った。明と暗の2部屋から構成された箱に、上下開閉式のドアで仕切られた装置を使用した。まず明部屋にマウスを入れ、20秒後に仕切りドアを開き暗室へ入るのを待ち、暗室に入った後仕切りドアを閉め、そこから20秒計測した後0.3mAの電気刺激を2秒間与えた。24時間後に明室にマウスを入れ自発的に暗室に入るかを時間と共に観察した。その時、観察時間の上限を5分とした。拘束開始後、1週間(A)、2週間(B)、6週間(C)に実験を行なった。マウスの習性として暗室を好む。そのため、マウスは待ち時間なく、速やかに暗室に入る。しかし、電気刺激を与えられたことを24時間後も記憶しているマウスは暗室に入るのをためらい、暗室に入るまでの時間が延びる(24時間)。Passive avoidance testの結果を図1に示す。図1の縦軸はマウスが暗室へ移動するまでの時間(明暗移動潜時)を示し、横軸の「1日目の学習時」は、電気刺激を与えないマウス群であり、「24時間後」は2秒間電気刺激を与えてから24時間経過したマウスである。データは平均±S.E.Mで示し(n=10/群)、**P<0.001 vs. I. *P<0.003 vs. I.である。
【0043】
1週間(A)、2週間(B)拘束を行なったマウスで、受動回避実験では、拘束し水素を含まない水を与えたマウス群(I)と水素水を与えたマウス群(HW)では統計的に有意な差は認められなかったが、I群では待ち時間が短くなる傾向を示し、記憶力低下が示唆された。HWでは明室へ入るのにためらう傾向がI群よりも強く、記憶力が保たれている傾向が認められた。6週間拘束したマウス群では、その差が顕著になり、統計的に有意であった。すなわち、6週間拘束したマウスにその間水素水を与え続けると、拘束による記憶力低下が軽減されることが明らかとなった。
【0044】
Object recognition task (新奇物体探索課題)
探索行動、物体に体する記憶力を調べるため拘束3週目(AとB)と7週目(CとD)にObject recognition taskを行った。ケージの環境に慣らすために測定の5時間前にマウスを1匹ずつ30×20×10cmのステンレスケージに入れた。1日目は形態と色の異なる2つのオブジェクト(ファルコンチューブの蓋とグロー球)をマウスのケージの中に入れて学習させ、2日目に2つのうちの一方をまた形態と色の異なるオブジェクトに換えて(ファルコンチューブを洗濯バサミに変更)、新しく入れられたオブジェクトに対する行動を調べた。1・2日目の測定時間を10分とし、始めの5分間にオブジェクトに触れるか又は触れそうになる行動回数を計測した。尚、7週目の測定では、1日目にバインダークリップとキャスターを用い、2日目はバインダークリップをバイアル瓶に換えて観察した。
【0045】
マウスは新奇物に好奇心を示し、触れる形質がある。記憶力と好奇心がある場合には、新奇物に触れる一方、記憶力が低下している場合は、新奇物かどうか認識することができない。
【0046】
一日目の学習時にはケージにふたつの新奇物を入れて触れる回数を数える。ふたつのオブジェクトにふれる確率はほぼ50%である。次の日にひとつのオブジェクトを別のオブジェクトと交換すると、新奇物に触れる回数が多くなる(記憶力維持試験)。
【0047】
結果を図2に示す。図2A及びCが一日目の学習時の結果であり、図2B及びDが記憶力維持試験の結果である。縦軸は、認識指数を示す。認識指数が高いほど、記憶力の低下が軽減されていることを示す。データは平均±S.E.Mで示し(n=9又は10/群)、**P<0.001 vs. I. *P<0.003 vs. I.である。
【0048】
拘束群(I)では、新奇物に触れる確率が低くなり、記憶力の低下の傾向があり、水素水を与えた群(HW)では、その低下がやや回復している傾向になる。6週間拘束したマウス群では、その差は顕著である、統計的に有意である。すなわち、6週間拘束すると記憶力が低下し、水素水をその間与え続けると、その記憶力低下が軽減することが明らかになった。
【0049】
Morris water maze test(モーリスの水迷路実験)
マウスの空間学習・参照記憶を調べるためにwater maze testを行った。拘束5週目に1日4トライアルを6日間行った。測定プールはクリーム色で直径125cm、高さ55cmの物を使用し、そこに無毒の白色インクを溶かし、水温24±1℃の条件で行った。プラットホームは直径10cmで水面下1cmのところに設置した。マウスのスターティングポイントは毎回変更し、着水してからプラットホームに辿り着くまでの時間を計測し、辿り着かなかった場合は60秒を限度とした。プラットホームに辿り着いた時点から20秒間はマウスにプラットホームの位置を学習させた。7日目にプローブテストを行った。プラットホームを取り除いて60秒間計測し、プールの面積をほぼ4分割し、プラットホームがあった分画に何秒居たかを計測した(隠れたプラットホーム領域の滞在時間)。時間のデータは、天井に設置したカメラで録画した映像から得た。
【0050】
マウスは水の中を嫌い、できるだけ水中から逃れようとする、濁った水の中に透明なプラスチックのプラットホームを置くと、学習すると回りの景色からその場所を覚えて、見えないプラットホームへ速くたどり着こうとする。たどり着くまでに時間が短ければ短いほど空間認知機能と記憶力が高いと言える(A)。学習後に透明のプラットホームを取り外した場合、記憶に頼り、その領域のあたりを泳ぐ(B)(プローブテスト)。記憶力が低下している場合は、その場所のあたりを泳ぐ時間は短くなるはずである。
【0051】
結果を図3及び4に示す。図3は各試験日におけるプラットホームへの到達時間を示し4回の試験の結果をプロットしてある。図4はそれぞれのマウス群のプローブテストの結果であり、隠れたプラットホーム領域の滞在時間を示す。データは平均±S.E.Mで示し(n=10/群)、***P<0.001 vs. C. **P<0.003 vs. C. *P<0.05 vs. C. ##P<0.03 vs. I. #P<0.05 vs. I.である。
【0052】
学習することによって透明のプラットホームへの到達時間が短くなったが、5週間拘束した群(I)では、プラットホームへの到達時間が遅くなり、水素水を与えることによってその速度は速くなった。さらに、7日目に透明なプラットホームを取り外すと、拘束群ではその周辺を泳ぐ時間(隠れたプラットホーム領域の滞在時間)は短くなり、水素水を与えた群では、長くなった。すなわち、水素水を与えることによって、拘束による記憶力低下が軽減されたことが明らかになった。##P<0.03 vs. I. #P<0.05 vs. I.である。
【0053】
実施例2 免疫組織化学分析によるマウスの海馬における神経細胞の新生
実施例1と同様に7週齢(33〜34g)のICR雄マウスを30匹用い、コントロール群(C)、拘束(8週間)+脱気水群(I)、拘束(8週間)+水素水群(HW)の3群にそれぞれ10匹ずつ分けた。HW群には水素を飽和させた精製水(水素水)を与え、CとI群にはこの水素水から攪拌により水素を脱気した水を与え、それぞれ自由摂取させた。IとHW群マウスには拘束ストレスを与えた。
【0054】
各群のマウスより全脳を取り出し、免疫組織化学分析を行った。
【0055】
免疫組織化学分析は新生細胞のマーカーである5-bromo-2’-deoxyuridine (BrdU; Sigma)を測定した。BrdUは解剖2週間前に生理食塩水で溶解し、50mg/kgを5日間連続して腹腔内投与した。切片の分析にはSu-MingHsuらによって開発されたABC法を用い、まず内因性ペルオキシダーゼの不活化処理を行うため4%過酸化水素を添加して37℃に30分間置いて処置した。その後、2Nの塩酸でDNAを酸変性させ、mouse Ig blocking reagent (M.O.M. immunodetection kit, Vector)でブロッキングし、Purified anti-BrdU抗体 (BD Pharmingen)を添加し4℃で2晩反応させた。二次抗体にはM.O.M. Biotinylated anti-mouse IgGを用い、室温で2時間反応させ、avidin-biotin mouse peroxidase complex (ABC)試薬を添加し、3’3-diaminobenzidine (DAB; Sigma)染色を行った。染色した切片を顕微鏡にてBrdU陽性細胞をカウントして、切片の体積あたりの染色細胞数を出した。
【0056】
図5に染色像(倍率×100、スケールバーは100μm)を示す。図5Aは対象群、図5Bは拘束したマウス、図5Cは拘束し水素水を与えたマウスの染色像である。図5Bはそれぞれのマウス群の1mm3当たりのBrdU陽性細胞の数を示す。データは平均±S.E.Mで示し(n=10/群)、**P<0.01 vs. I. *P<0.05 vs. I.である。
【0057】
本実施例においては、神経細胞の増殖と生存を調べた。神経細胞の増殖によってBrdUが取り込まれる。BrdUを抗体で検出することによって、増殖した神経細胞が測定できる。
【0058】
マウスを拘束することによって、海馬の歯状回の神経細胞の増加率が低下し(I)、その間水素水を与えることによって神経の増加率が回復した。すなわち、水素水によって神経増殖の抑制効果を軽減することが明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】マウスのPassive avoidance test (受動回避実験)の結果を示す図である。
【図2】マウスのObject recognition task (新奇物体探索課題)の結果を示す図である。
【図3】マウスのMorris water maze test(モーリスの水迷路実験)の結果を示す図である。
【図4】マウスのMorris water maze test(モーリスの水迷路実験)の結果を示す図である。
【図5】水素水を摂取したマウスの海馬における神経細胞の新生を示す典型的な一例の写真である。
【図6】水素水を摂取したマウスの海馬における神経細胞の新生を示す定量化した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物において神経新生を促進する、水素分子を含む組成物。
【請求項2】
哺乳動物の海馬において神経新生を促進する、水素分子を含む組成物。
【請求項3】
神経新生が成体における神経新生である請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
哺乳動物における海馬の萎縮に起因する疾患又は症状を予防又は治療するための、水素分子を含む組成物。
【請求項5】
水素分子を含む液体である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
水素分子が飽和状態で含まれる、請求項5記載の組成物。
【請求項7】
水素分子を含む気体である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
水素ガスを1〜4%(v/v)の濃度で含む、請求項7記載の組成物。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の組成物を含む記憶力又は学習能力改善剤。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の組成物を含む抗うつ剤。
【請求項11】
哺乳動物の海馬において神経新生を促進する、水素分子を含む飲料品。
【請求項12】
記憶力を改善させるために用いられるものである旨の表示、又は学習能力を改善させるために用いられるものである旨の表示を付した、請求項11に記載の水素分子を含む飲料品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−114084(P2009−114084A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−286002(P2007−286002)
【出願日】平成19年11月2日(2007.11.2)
【出願人】(502313347)
【出願人】(507363370)株式会社マイトス (1)
【Fターム(参考)】