説明

水素化ホウ素の一段電気合成法

【課題】水素化ホウ素(テトラヒドリドボレートイオン)の一段電気合成法による製造方法を提供する。
【解決手段】炭素高表面積電極などの高水素過電圧電極による陰極、陽極、および、カチオン選択性イオン交換膜からなる電解セルを用い、非水溶媒中において、トリアルキルボレートまたはホウ素含有イオンの塩または酸を陰極と接触させる状態で電流を流すことにより、陰極において水素化ホウ素(テトラヒドリドボレートイオン)を生成させる方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素化ホウ素(borohydride)の一段電気合成法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素化ホウ素を製造するためのいくつかの電解法が、たとえば米国特許第3,734,842号(Cooper)の文献に記載されている。しかしながら、E.L.GyengeおよびC.W.Olomanにより行われ、Journal of Applied Electrochemistry、第28巻、1147〜51ページ(1998)に記載されている研究は、Cooperの方法ならびにいくつかの他の公開された水素化ホウ素の電気合成法では、実際に測定可能な量の水素化ホウ素は製造されないことを実証した。
【0003】
【特許文献1】米国特許第3,734,842号明細書
【非特許文献1】E.L.GyengeおよびC.W.Oloman著、「Journal of Applied Electrochemistry」、第28巻、1147〜51ページ(1998年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が検討する課題は、水素化ホウ素の電気化学合成の需要についてである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は水素化ホウ素の製造法に関する。この方法は、電解セル中、陽極と陰極の間に電流を流すことを含み、ホウ素含有化合物の溶液を陰極と接触させ、陰極が高水素過電圧電極(high hydrogen overpotential electrode)としての活性を有する導電性物質を含む。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本出願において用いられる場合、「水素化ホウ素」とはテトラヒドリドボレートイオン、BHを意味する。
【0007】
本発明の電解反応において、陰極で形成される水素化ホウ素アニオンは、陽極への移動が妨げられる。本発明の一態様において、これは、陽極と陰極区画を分離するためにカチオン選択性イオン交換膜を提供することにより達成される。カチオン選択性膜は、電荷のバランスをとるために、ナトリウム、または他のカチオンが陰極区画へ侵入することを許容する。そうしなければ陰極での水酸化物および水素化ホウ素の産生により電荷が蓄積することとなるためである。他の態様において、陽極液は酸性であり、プロトンが膜を通過して陰極区画へ入り、そこで比較的中性のpHを維持する。イオン交換膜の代替物として、イオンを何れかの方向に移らせるために微孔性セパレーターを使用することができ;この場合において、水素化ホウ素は陽極区画中にある程度渡り、酸化される。
【0008】
本発明の一態様において、電解反応は、たとえば、C〜C脂肪族アルコール、たとえばメタノール、エタノール;アンモニア;C〜C脂肪族アミン;グリコール;グリコールエーテル;および極性非プロトン性溶媒、たとえば、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルスルホキシド、ヘキサメチルホスホルアミド(HMPA)、およびその組み合わせなどの、水素化ホウ素が溶解し得る非水性溶媒中で起こる。好ましくは、非水性溶媒は、メタノール、エタノール、DMF、HMPA、またはその組み合わせである。好ましくは、非水性溶媒中に存在する水の量は1%未満であり、さらに好ましくは0.1%未満であり、さらに好ましくは100ppm未満であり、最も好ましくは、非水性溶媒は実質的に水を含まない。
【0009】
他の態様において、電解反応は、水性溶媒または1%より多くの水を有する水性/有機溶媒混合物中で起こる。水性/有機溶媒の混合物において用いられる有機溶媒は、溶液を形成するために十分な、水中への溶解度を有するものである。
【0010】
好ましくは、プロトン性溶媒、特に水、メタノールまたはエタノールが用いられる場合には、水素化ホウ素を安定化させるためにアルカリ、好ましくは少なくとも0.1Nのアルカリが存在する。
【0011】
好ましくは、本発明のホウ素含有化合物は、ホウ素含有イオンの塩または酸、またはトリアルキルボレート、B(OR)(式中、Rは好ましくはメチルまたはエチル)である。好ましくは、本発明において用いられるホウ素含有イオンは、ホウ素および酸素のみを含有する複合イオンである。さらに好ましくは、ホウ素含有イオンは、ボレート、テトラボレート、またはメタボレートである。最も好ましくは、ホウ素含有イオンはメタボレートまたはテトラボレートである。
【0012】
本発明において用いられる合成ポリマーは、たとえば、ポリオレフィン、たとえばエチレン、プロピレン、他のエチレン性不飽和炭化水素またはその混合物を含むモノマーから製造されるポリマー;ハロゲン化オレフィン、たとえばハロゲン化エチレン、を含むモノマーから製造されるポリマー;ポリスチレン;ポリエーテル;ポリビニルアルコール;ポリアミド;およびその混合物を包含する。本発明の一態様において、エチレン性不飽和モノマーから製造される付加ポリマーが用いられる。本発明の一態様において、疎水性合成ポリマー、たとえば、炭素、水素およびハロゲン原子以外の原子が実質的に存在しない付加ポリマーが用いられる。好ましい一態様において、本発明において用いられる疎水性合成ポリマーは、たとえばテトラフルオロエチレン、1,1−ジフルオロエチレン、またはトリフルオロエチレンなどの1以上のフッ素化エチレンモノマーから誘導されるモノマー単位を少なくとも50重量%含む付加ポリマーである。さらに好ましくは、疎水性合成ポリマーは、1以上のフッ素化エチレンモノマーから誘導されるモノマー単位を少なくとも75重量%含む。最も好ましくは、疎水性合成ポリマーはポリ(テトラフルオロエチレン)(PTFE)である。
【0013】
本発明の目的に関して、高水素過電圧電極は、反応条件下で水が電解して水素を形成するための還元電位が、ほぼボレート還元の還元電位と等しいか、またはこれよりも負であるものである。ボレート還元のための還元電位の理論値は標準水素電極(「SHE」)に対して−1.24ボルトである。本発明の一態様において、高水素過電圧電極は本来的ににかかる活性を有する金属、たとえば、鉛、亜鉛、カドミウム、水銀およびインジウムを含む。他の態様において、電極は、高表面積電極、好ましくは炭素高表面積電極を含む。好適な炭素の例は、カーボンクロスおよびフェルト、ガラス質炭素、および網状ガラス質炭素である。「高表面積」なる用語は、少なくとも0.005m/gの表面積を有することを意味する。1インチあたり約10個の孔を有する網状ガラス質炭素発泡体は典型的には約0.01m/gの表面積を有する。カーボンフェルトまたはクロスは、典型的には約0.5m/gの表面積を有する。カーボンブラックおよびカーボンブラックで作られたガス拡散電極は、典型的には約200m/gまたはそれ以上の表面積を有する。
【0014】
「ニッケルスクリーン電極」は、エキスパンドニッケルメッシュである。一例は、0.416インチ×0.170インチのダイヤモンド型の開口部、0.005インチのストランド太さ、および約75%のオープンスペースを有するDelker(商標)416ニッケルメッシュである。
【0015】
好ましくは、合成ポリマーおよび高水素過電圧電極としての活性を有する導電性物質を含む陰極は、金属またはグラファイトのベース電極で支持された、合成ポリマーおよび導電性物質の混合物を含む。好ましくは、導電性物質は金属である。好ましくは、陰極は、水中に懸濁されたポリマー粒子と、金属の塩を含有する溶液との混合物からメッキすることにより形成される。その上に混合物がメッキされるベース電極は、好ましくはそのメッキされる金属塩と同じ金属を含む。
【0016】
陰極が合成ポリマーおよび高水素過電圧電極としての活性を有する導電性物質を含む場合、好ましくは電流密度は100mA/cm以下、さらに好ましくは、75mA/cm以下、最も好ましくは50mA/cm以下である。
【0017】
本発明の一態様において、陰極は高表面積電極の表面上に合成ポリマーおよび少なくとも1種の金属を含む。この態様において、合成ポリマーの存在により、金属は高水素過電圧電極としての活性を有する。金属は好ましくはニッケル、2種の金属の合金、または本来的に高水素過電圧電極としての活性を有する金属である。2種の金属AおよびBを含む合金は、好ましくはAB、AB、ABまたはABの形態のものである。好ましくは、金属の少なくとも1つは遷移金属である。一態様において、金属の少なくとも1つは希土類金属である。一態様において、AおよびBはどちらも遷移金属である。好ましくは、金属の1つはLa、Ni、TiまたはZrである。一態様において、ABはLaNiと、任意に追加の金属、たとえばSn、Ge、AlまたはCuである。合金がABの形態である一態様において、金属はTiおよびZrと、任意に追加の金属、たとえば、Mn、Cr、Fe、VまたはNiである。合金がABの形態である一態様において、合金はMgNiである。合金がABの形態である一態様において、これはFeTiである。
【0018】
ガス拡散電極(GDE)は気相または固相からの電子の直接的移動を可能にするものである。GDEはまた、イオン移動の経路を提供する。GDEは典型的には導電性多孔質支持体、たとえばカーボンクロス、カーボンペーパーまたは金属メッシュを含む。GDEはしばしばカーボンブラックの防水層、および任意に追加の防水層を有する。最終的に、電気触媒層は、典型的には表面に施用されるか、または電極組み立て前にカーボンブラックに適用される。電気触媒は水の還元よりもホウ素化合物の還元を容易にする。防水性物質は前記のような合成ポリマー、たとえば、PTFEでよく、これは水中エマルジョンとして施用することができる。熱処理はしばしばポリマーを軟化させ、物質を単一の基体中に埋め込むための最終段階として施用される。任意に、GDEは、非常に高表面積陰極として作用することができる高度に分散された金属電気触媒を含む。陰極で発生する水素、あるいは電極のもとへ供給される水素は、その場で水素化物が形成することを可能とする活性化された触媒を提供し得る。
【0019】
金属電気触媒を含むガス拡散電極が用いられる本発明の一態様において、好ましくは電流密度は120mA/cmより高い。好ましくは、GDEの表面上に存在する金属の量は2mg/cm未満である。
【0020】
水性系において、主な陽極反応は酸素およびプロトンを形成する水の電気分解である。陽極液が酸性であるならば、プロトンはセパレーターを横切って移動し、陰極で水素化ホウ素と共に発生する水酸化物を中和する。陽極液が塩基性ならば、プロトンは陽極区画中の水酸化物を中和し、ナトリウムがセパレーターを横切って移動して、副生成物である水酸化ナトリウムが生じる。一態様において、陽極は非腐食性物質、たとえば白金メッキされたチタンまたはチタン上の酸化イリジウムである。陽極液が塩基性であるならば、より低価格の物質、たとえばニッケルがかなり安定である。非水性系において、陽極は腐食耐性金属、たとえば白金である。
【0021】
一態様において、陽極液はナトリウム塩(たとえば水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウムまたは重炭酸ナトリウムが挙げられる)水溶液である。発生するプロトンは次いで水または二酸化炭素などの安定な種を形成する。あるいは、任意の鉱酸水溶液が好適である。非水性溶媒の場合においては、有機可溶性の導電性ナトリウム塩、たとえばナトリウムアルコキシド、または非水性溶媒中に可溶なリチウム塩が好適である。
【0022】
水素化ホウ素の収率を向上させるために、本発明の方法において、非水性系中の溶媒和を向上させる添加剤;水素過電圧を上昇させるためのリチウムまたはアンモニウム塩;およびレドックス種、たとえばナフタレンまたはアントラセンをはじめとする他の成分を使用することができる。
【実施例1】
【0023】
水素化ホウ素決定のための分析法:M.V.MirkinおよびA.J.Bard、Analytical Chem.第63巻、532〜33ページ(1991)の方法を、飽和カロメル電極(SCE)に対して約−0.150Vにおいて、金の回転ディスク電極(800rpm)で水素化ホウ素が酸化されるように変更した。波の高さは、回転速度の平方根に依存し、スキャン速度と無関係である。ボルタンメトリースイープ(voltammetric sweep)を100mV/秒で行った。この方法の感度により、1ppmより低いレベルでの水素化ホウ素の検出が可能になる。
【0024】
実験は、非多孔性陰極を用いる場合、小さな分割されたガラス製Hセルにおいて行い、および、ガス拡散電極を利用する場合には、膜セパレーターの両側にそれぞれ供給する2つのアクリル製区画を有するASTRIS QUICKCELL200テストセルにおいて行った。陰極液の体積は75〜125mLであり、陽極液体積は35〜55mLであった。実験の一部はPTFE−ニッケル複合電極を用いて行った。これらの電極の調製は、Y.Kunugiら、J.Electroanal.Chem.、第313巻、215〜25ページ(1991)において記載されているものと同様である。スルファミン酸ニッケル浴(0.5LのHO中、225gのNi(NHSOおよび20gのHBO)に80mLのPTFE溶液(TEFLON 30b溶液−HO中30%TEFLON粉末)を添加した。PTFE−ニッケル物質を浴からからニッケルプレート(5cm)上に1400クーロンの電荷について20mA/cmでメッキすることにより複合陰極を調製した。ボレート還元は、次いでガラスHセル(1.0テトラメチルアンモニウムヒドロキシド(TMAH)、0.5M HBO陰極液、NAFION324カチオン交換膜(DuPont Co.から入手可能)、1.0M NaOH陰極液、室温、白金陰極)中で行った。
【0025】
ミッシュメタル(LaNi)を粉砕し、100メッシュに篩別し、かくして150ミクロンの最大粒子サイズを提供することによりミッシュメタルで作られた電極を調製した。ポリビニルアルコール粉末を添加して5重量%にし、ニッケルスクリーン上に圧縮し、均一な電極を得るために熱処理することにより電極を調製した。電極のミッシュメタル濃度は425mg/cmであった。
【0026】
すべての実験を表1に記載する。全ての実験はNAFION324カチオン交換膜と1.0MのNaOH陽極液およびPtまたはPt/Nb陽極を用いて、直流電源による電流制御下で利用した。TMAHを利用したはじめの実験により、サイクリックボルタンメトリー分析法で水素化ホウ素の存在が示された。水素化ホウ素のピークは−0.15Vから−0.10Vにシフトし、これは電気分解から得られる実際のサンプル中に存在する高濃度の水酸化物のためであると考えられる。
【0027】
【表1】

【実施例2】
【0028】
白金/パラジウム合金メッキされたグラファイトフェルトの電極調製:グラファイトフェルトを希塩酸、次に水で洗浄して、存在する金属イオン不純物を除去した。フェルトを次いで白金/パラジウム合金でメッキした。メッキは、次の組成のメッキ浴を用いて行った:
(NHPd(NO 5g/L
(NHPt(NO 0.3g/L
KHPO 5g/L
水酸化アンモニウムを用いて浴をpH9に調節した。
【0029】
20mA/cmの定電流を用い、2000クーロンの電荷を流して、90℃でメッキを行った。メッキは外観が灰色で、フェルトの外側表面に集中していた。
【0030】
この研究において使用した全ての他の電極は、表面を洗浄するための酸洗浄を除いては前処理しなかった。
【0031】
一般的電解手順:典型的な電気分解は、NAFION417膜(DuPont Co.から入手可能)で分割された2区画のガラスセルにおいて行った。陽極液は1Mの水酸化ナトリウム(80mL)からなり、陽極材料は白金メッキされたチタンまたはニッケルであった。特に記載しない限り、陰極液は水酸化ナトリウムでpH11〜12に調節された25重量%のメタホウ酸ナトリウムであった。電気分解は、定電流で行った。
【0032】
分析手順:シクロヘキサノンと反応させ、ガスクロマトグラフィーにより、生じたシクロヘキサノールの量を決定することにより陰極液中の水素化ホウ素の量を間接的に決定した。5mLの陰極液のサンプルをメタノール中2重量%のシクロヘキサノンを含有する溶液5mLと反応させた。大過剰のシクロヘキサノンとの反応後、混合物をガスクロマトグラフに直接注入した。シクロヘキサノールピークを、既知量の水素化ホウ素を含有する水性ボレート溶液を反応させることにより決定されたシクロヘキサノールピークと比較した。
【0033】
いくつかの実験結果を表2に示す。
【0034】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素化ホウ素を製造する方法であって;電解セル中、陽極と陰極の間に電流を流すことを含み、ここで、ホウ素含有化合物の溶液が陰極と接触しており、さらに陰極が高水素過電圧電極としての活性を有する高表面積炭素を含み;ホウ素含有化合物が、トリアルキルボレートであるか、またはホウ素および酸素のみを含有する複合イオンの酸又は塩である、方法。
【請求項2】
ホウ素含有化合物が、ボレート、テトラボレートまたはメタボレートの、酸または塩である、請求項1の方法。


【公開番号】特開2009−19278(P2009−19278A)
【公開日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2008−220371(P2008−220371)
【出願日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【分割の表示】特願2005−114245(P2005−114245)の分割
【原出願日】平成17年4月12日(2005.4.12)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TEFLON
【出願人】(590002035)ローム アンド ハース カンパニー (524)
【氏名又は名称原語表記】ROHM AND HAAS COMPANY
【Fターム(参考)】