説明

水素化促進剤、水素化触媒及びアルケン化合物の製法

【課題】微量でもって水素化反応を非常に高速度で進めることができる。
【解決手段】本発明の水素化促進剤は、有機溶媒中、アルキン化合物又はアルケン化合物と、一般式Pd(II)Xjk(一般式中、Lは含リン配位子を除く単座又は多座配位子(化合物中にLが2以上存在するときは各々独立して互いに同じであってもよいし異なっていてもよい)、Xはアニオン性基、jはXjが全体で−2価となるようにXの価数に応じて決まる値、kは0〜4のいずれかの整数)からなるパラジウム化合物と、塩基とを反応させることにより得られるものである。。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルキン化合物をアルケン化合物に部分水素化するための水素化触媒、及びこの水素化触媒を用いたアルケン化合物の製法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、アルキン化合物のアルケン化合物への部分的水素化反応において、パラジウムやニッケルなどの遷移金属触媒を用いた研究が行われている。例えば、H.Lindlarは、炭酸カルシウムに坦持した金属パラジウムを酢酸鉛で被毒して調製した触媒を用いてアルキン化合物の部分水素化を行い、高選択的にシスアルケン化合物が得られることを報告した。この触媒は、高活性と高シス選択性を兼ね備えたものとして現在もっとも一般的に用いられている。
【0003】
本発明者らは、既に、アルキン化合物を高活性に部分水素化する触媒として、幾つかのホスフィン−パラジウム錯体が有用であることを開示している。例えば特許文献1では、ホスフィン−パラジウム錯体として、塩化1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパンパラジウムを触媒量用いて、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)とアルコールとの混合溶媒中、tert−ブトキシカリウムあるいは水素化ホウ素ナトリウムの存在下で且つ水素の存在下、反応基質であるアルキン化合物を部分水素化してアルケン化合物を製造する方法を開示している。
【0004】
また、非特許文献1には、モンモリロナイトに担持されたパラジウムナノ粒子を触媒とする、アルキン化合物の水素化反応が報告されている。具体的には、この種のパラジウムナノ粒子を触媒として用いて1−フェニル−1−ブチンの水素化反応をTHF中で常温で行ったところ、反応時間60分で1−フェニル−cis−ブテンが約60%、1−フェニル−trans−ブテンが約30%、1−フェニルブタンが約10%生成している例が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−236386号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Journal of Catalysis, vol.194, pp146-152(2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した特許文献1に記載されたホスフィン−パラジウム錯体は水素化触媒として反応速度が速くしかも内部アルキン化合物を水素化したときのシスアルケン化合物への選択性も高いものであるが、このような優れたホスフィン−パラジウム錯体を更に凌駕する水素化触媒が開発されることは、例えば医薬品や農薬及びそれらの中間体を合成するうえで極めて有用であるため、化学薬品関連の産業において強く要望されるところである。
【0008】
一方、上述したモンモリロナイトに担持されたパラジウムナノ粒子は、アルキン化合物を水素化することはできるものの、シスアルケン化合物を高選択的に得ることは難しいという問題があった。すなわち、トランスアルケン化合物が生成したり過剰の水素添加によるアルカン化合物が生成したりするのを効果的に抑制することができなかった。
【0009】
本発明は、上述した課題に鑑みなされたものであり、微量でもって水素化反応を非常に高速度で進めることのできる水素化促進剤及び水素化触媒を提供することを目的の一つとする。また、これらの水素化促進剤や水素化触媒を用いたアルケン化合物の製法を提供すること、特にアルキン化合物から高速且つ高選択的にシスアルケン化合物を製造する方法を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上述したとおり、特許文献1においてジホスフィンを配位子とする2価パラジウム錯体と、tert−ブトキシカリウム等の塩基からなる水素化触媒を開発したが、その後、さらに高効率的な均一系パラジウム触媒の開発を目的として鋭意検討を行ったところ、水素化反応を非常に高速度で進め、ごく微量の触媒でも機能する従来にない優れた水素化触媒を新たに見出すと共に、その水素化触媒を構成すると共に単独でも水素化を促進する機能を有する水素化促進剤も新たに見出し、本発明を完成するに至った。また、本発明者らは、今回の水素化促進剤がパラジウムナノ粒子であることの解明も行った。
【0011】
本発明の水素化促進剤は、有機溶媒中、アルキン化合物又はアルケン化合物と、一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体と、塩基とを反応させることにより得られるものである。
Pd(II)Xjk …(1)
(Pd(II)Xm2-の塩 …(2)
(Pd(II)Ln2+の塩 …(3)
(Pd(IV)Xp2-の塩 …(4)
(一般式(1)〜(4)中、Lは含リン配位子を除く単座又は多座配位子(化合物中にLが2以上存在するときは各々独立して互いに同じであってもよいし異なっていてもよい)、Xはアニオン性基、jはXjが全体で−2価となるようにXの価数に応じて決まる値、kは0〜4のいずれかの整数、mはXmが全体で−4価となるようにXの価数に応じて決まる値、nは4〜6のいずれかの整数、pはXpが全体で−6価となるようにXの価数に応じて決まる値である)
【0012】
本発明の水素化促進剤は、パラジウムナノ粒子であることが判明した。このパラジウムナノ粒子は、各粒子が凝集するのを防止する凝集保護剤としてアルキン化合物又はアルケン化合物を有している。また、このパラジウムナノ粒子は、X線回折測定での回折ピークの半値幅から求めた結晶径の平均値が0.5〜5nmであることが好ましい。本発明の水素化促進剤は、次の反応過程を経て生成すると考えられる。すなわち、塩基として還元力が低い化合物を用いた場合には、まず有機溶媒と塩基とが反応することにより還元剤が生成し、その還元剤により一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体が還元されてパラジウムナノ粒子が生成したものと考えられる。例えば、有機溶媒としてDMF、塩基としてt−BuOKを用いた場合には、まず両者が反応して還元剤であるギ酸カリウムが反応系内で生成し、このギ酸カリウムにより2価〜4価のパラジウム化合物が還元されたものと考えられる。塩基として還元力の高い化合物を用いた場合には、その還元剤により一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体が還元されてパラジウムナノ粒子が生成したものと考えられる。
【0013】
また、本発明の水素化促進剤は、有機溶媒中、アルキニルアルコール化合物又はアルケニルアルコール化合物と、一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体とを反応させることにより得られるものでもある。アルキン化合物又はアルケン化合物としてアルキニルアルコール化合物又はアルケニルアルコール化合物を使用する場合には、水素化促進剤を生成するにあたり塩基は必須ではない。このようにして得られる水素化促進剤も、パラジウムナノ粒子であることが判明した。このパラジウムナノ粒子は、凝集保護剤としてアルキニルアルコール化合物又はアルケニルアルコール化合物を有している。また、このパラジウムナノ粒子は、X線回折測定での回折ピークの半値幅から求めた結晶径の平均値が0.5〜5nmであることが好ましい。
【0014】
なお、本明細書では、アルキン化合物はアルキニルアルコール化合物を含む上位概念の用語とし、アルケン化合物はアルケニルアルコール化合物を含む上位概念の用語として用いる。
【0015】
本発明の水素化促進剤は、塩基及び/又は還元剤と組み合わせて用いることにより、アルキン化合物のアルケン化合物への部分水素化反応を進行させる水素化触媒として作用するが、この水素化触媒は従来知られている水素化触媒と比べて、微量でもって水素化反応を非常に高速度で進めることができる。また、本発明の水素化促進剤は、単独で用いた場合でもこれらの水素化反応を進行させるが、本発明の水素化促進剤を塩基及び/又は還元剤と組み合わせて水素化触媒として用いることが好ましい。すなわち、一般に反応基質として内部アルキン化合物を用いた場合には、異性化反応によりトランスアルケン化合物が生成したり過剰水素化反応によってアルカン化合物が生成したりして高選択的にシスアルケン化合物が得られにくいのに対して、本発明の水素化促進剤を塩基及び/又は還元剤と組み合わせて水素化触媒として用いた場合には、その内部アルキン化合物のシスアルケン化合物への水素化反応を高選択的に進行させる。また、一般に反応基質として外部アルキン化合物を用いた場合には、過剰水素化反応によってアルカン化合物が生成しやすいのに対して、本発明の水素化促進剤を塩基及び/又は還元剤と組み合わせて水素化触媒として用いた場合には、その外部アルキン化合物のアルケン化合物への水素化反応を高選択的に進行させる。
【0016】
このように、本発明の水素化促進剤(つまりアルキン化合物又はアルケン化合物を凝集保護剤として有するパラジウムナノ粒子)を塩基及び/又は還元剤と組み合わせて水素化触媒としてもよいが、本発明の水素化促進剤の代わりに既知の方法で合成された既知のパラジウムナノ粒子を採用して水素化触媒としてもよい。例えば、2価パラジウム化合物と還元剤との反応によりパラジウムナノ粒子を合成する方法が既知文献であるJ. Am. Chem. Soc., vol.127(7), pp2125-2135(2005)などに記載されている。
【0017】
本発明の水素化促進剤は、水素化触媒又は水素化触媒の構成要素として用いた場合に、4−オクチンの水素化反応においてターン・オーバー・ナンバー(TON)が100万以上であるか該水素化反応が完結した時点でのターン・オーバー・フリクエンシー(TOF)が100sec-1以上という性質を有していることが好ましい。ここで、TONとは、触媒反応において1分子の触媒が基質に対して作用する回数であり、触媒の寿命効率を示す指標である。このTONが100万以上という性質は従来知られている水素化触媒には見られない高寿命といえる。また、TOFとは、1分子の触媒が1秒あたりに基質に対して作用する頻度であり、触媒の速度性能を示す指標である。このTOFが100sec-1以上という性質も従来知られている水素化触媒には見られない高触媒活性といえる。
【0018】
本発明の水素化促進剤の特徴の一つは、パラジウムナノ粒子の凝集保護剤がアルキン化合物又はアルケン化合物である点にある。これらが金属パラジウムへ配位する能力は他の凝集保護剤と比較して弱く、特にアルケン化合物の配位力は弱い。例えば、本発明の水素化促進剤を調製する際にアルキン化合物を添加した場合、このアルキン化合物はパラジウムナノ粒子の表面を覆うほか、一部はパラジウムと反応して環化や重合を起こしてアルケン化合物となり、その一部がパラジウム表面をアルキン化合物と共に覆っているものと考えられる。水素化反応の系中では、基質のアルキン化合物が多量に存在していることから、直ちに基質アルキンがパラジウムナノ粒子に配位し、水素化されてアルケンとなって脱離し、再び高活性なパラジウムナノ粒子になると推測される。このようなメカニズムから、本発明の水素化促進剤であるパラジウムナノ粒子が従来のパラジウムナノ粒子と比較して高活性且つ高速度の触媒性能が発現するものと考えられる。
【0019】
水素化促進剤の生成反応に使用可能な有機溶媒は、極性溶媒及び非極性溶媒のいずれも使用可能であるが、極性溶媒が好ましい。極性溶媒としては、例えばアミド系溶媒、エーテル系溶媒、アルコール系溶媒、含硫黄系溶媒、及びこれらの混合物が挙げられる。また、水素化促進剤の生成反応において塩基を用いる場合には、塩基と反応して還元剤を発生させる溶媒であることが好ましく、例えばアミド系溶媒が好ましい。アミド系溶媒としては、例えばN−メチルホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N−メチルアセトアミド、及びN,N−ジメチルアセトアミド(DMA)等が挙げられるが、このうちDMF又はDMAが好ましい。エーテル系溶媒としては、例えばテトラヒドロフラン(THF)、ジオキサン等が挙げられる。アルコール系溶媒としては、例えばメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロピルアルコール(IPA)、n−ブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノール等が挙げられる。含硫黄系溶媒としては、例えばジメチルスルホキシド(DMSO)等が挙げられる。混合溶媒としては、例えばアミド系溶媒とアルコール系溶媒との混合溶媒等が挙げられる。使用する溶媒の量には特に制限はなく、パラジウム1モル当たり、1〜1000リットル程度を目安とするが、好ましくは10〜100リットルである。
【0020】
水素化促進剤の生成反応に使用可能なアルキン化合物及びアルケン化合物としては、アルキン化合物が好ましく、そのうち内部アルキン化合物が特に好ましい。また、これらは有機溶媒に溶解させることを考慮すると、室温で液体であることが好ましい。なお、アルケン化合物及び外部アルキン化合物を用いた場合には反応が良好に進まないことがある。アルキン化合物の具体例としては、2−ブチン、2−ペンチン、2−ヘキシン、3−ヘキシン、2−ヘプチン、3−ヘプチン、2−オクチン、3−オクチン、4−オクチン、ジイソプロピルアセチレン、2−ノニン、3−ノニン、4−ノニン、5−ノニン、2−デシン、3−デシン、4−デシン、5−デシン、ジ−tert−ブチルアセチレン、ジフェニルアセチレン、ジベンジルアセチレン、メチル−iso−プロピルアセチレン、メチル−tert−ブチルアセチレン、エチル−iso−プロピルアセチレン、エチル−tert−ブチルアセチレン、n−プロピル−iso−プロピルアセチレン、n−プロピル−tert−ブチルアセチレン、フェニルメチルアセチレン、フェニルエチルアセチレン、フェニル−n−プロピルアセチレン、フェニル−iso−プロピルアセチレン、フェニル−n−ブチルアセチレン、フェニル−tert−ブチルアセチレンなどの炭化水素系アルキン類;アセチレンジオール、1−プロピン−1−オール、1−プロピン−1,3−ジオール、2−ブチン−1−オール、2−ブチン−1,4−ジオール、2−ペンチン−1−オール、2−ペンチン−4−オール、2−ペンチン−5−オール、2−ペンチン−1,4−ジオール、2−ペンチン−1,5−ジオール、2−ヘキシン−1−オール、2−ヘキシン−4−オール、2−ヘキシン−5−オール、2−ヘキシン−6−オール、2−ヘキシン−1,4−ジオール、2−ヘキシン−1,5−ジオール、2−ヘキシン−1,6−ジオール、3−ヘキシン−1−オール、3−ヘキシン−2−オール、3−ヘキシン−1,5−ジオール、3−ヘキシン−1,6−ジオール、3−ヘキシン−2,5−ジオール、3−ヘキシン−2,6−ジオール、2−ヘプチン−1−オール、2−ヘプチン−4−オール、2−ヘプチン−5−オール、2−ヘプチン−6−オール、2−ヘプチン−7−オール、3−ヘプチン−1−オール、3−ヘプチン−2−オール、3−ヘプチン−5−オール、3−ヘプチン−6−オール、3−ヘプチン−7−オール、2−ヘプチン−1,2−ジオール、2−ヘプチン−1,5−ジオール、2−ヘプチン−1,6−ジオール、2−ヘプチン−1,7−ジオール、2−ヘプチン−4,5−ジオール、2−ヘプチン−4,6−ジオール、2−ヘプチン−4,7−ジオール、3−ヘプチン−1,2−ジオール、3−ヘプチン−1,5−ジオール、3−ヘプチン−1,6−ジオール、3−ヘプチン−1,7−ジオール、3−ヘプチン−2,5−ジオール、3−ヘプチン−2,6−ジオール、3−ヘプチン−2,7−ジオール、3−ヘプチン−5,6−ジオール、3−ヘプチン−5,7−ジオール、3−ヘプチン−6,7−ジオール、2−オクチン−1−オール、2−オクチン−4−オール、2−オクチン−5−オール、2−オクチン−6−オール、2−オクチン−7−オール、2−オクチン−8−オール、3−オクチン−1−オール、3−オクチン−2−オール、3−オクチン−5−オール、3−オクチン−6−オール、3−オクチン−7−オール、3−オクチン−8−オール、4−オクチン−1−オール、4−オクチン−2−オール、4−オクチン−3−オール、2−オクチン−1,4−ジオール、2−オクチン−1,5−ジオール、2−オクチン−1,6−ジオール、2−オクチン−1,7−ジオール、2−オクチン−1,8−ジオール、2−オクチン−2,5−ジオール、2−オクチン−2,6−ジオール、2−オクチン−2,7−ジオール、2−オクチン−2,8−ジオール、2−オクチン−4,5−ジオール、2−オクチン−4,6−ジオール、2−オクチン−4,7−ジオール、2−オクチン−4,8−ジオール、2−オクチン−5,6−ジオール、2−オクチン−5,7−ジオール、2−オクチン−5,8−ジオール、2−オクチン−6,7−ジオール、2−オクチン−6,8−ジオール、2−オクチン−7,8−ジオール、3−オクチン−1,2−ジオール、3−オクチン−1,5−ジオール、3−オクチン−1,6−ジオール、3−オクチン−1,7−ジオール、3−オクチン−1,8−ジオール、3−オクチン−2,5−ジオール、3−オクチン−2,6−ジオール、3−オクチン−2,7−ジオール、3−オクチン−2,8−ジオール、3−オクチン−5,6−ジオール、3−オクチン−5,7−ジオール、3−オクチン−5,8−ジオール、3−オクチン−6,7−ジオール、3−オクチン−6,8−ジオール、3−オクチン−7,8−ジオール、4−オクチン−1,2−ジオール、4−オクチン−1,3−ジオール、4−オクチン−1,6−ジオール、4−オクチン−1,7−ジオール、4−オクチン−1,8−ジオール、4−オクチン−2,3−ジオール、4−オクチン−2,6−ジオール、4−オクチン−2,7−ジオール、4−オクチン−2,8−ジオール、4−オクチン−3,6−ジオール、4−オクチン−3,7−ジオール、4−オクチン−3,8−ジオール等のアルキニルアルコール類、および上記アルキニルアルコール類の一部又は全部のOH基がNH2基に置換されたアルキニルアミン類などが挙げられる。アルキン化合物及びアルケン化合物は、パラジウム1モル当たり0.1〜100当量用いることが好ましく、1〜10当量用いることがより好ましい。
【0021】
水素化促進剤の生成反応に使用可能なパラジウム源としては、一般式(1)〜(4)のいずれかで表されるパラジウム化合物又はその多量体を用いる。これらの一般式における配位子Lとしては、単座配位子、及び多座配位子の双方を用いることができる。配位子Lの構造は含リン化合物を除くヘテロ原子を有する化合物全般のほかアルケンやアルキンなどであり、例えばアンモニア、ジメチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン等のアミン類;アセトニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル類;N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド等のアミド類などが挙げられる。また、アニオン性基Xとしては、例えばフッ素、塩素、臭素、ヨウ素、硫黄、NO2、NO3、CN、OH、SO4、S23、アセチルアセトン、π−アリル基、プロピオネート基、カルボキシル基、CF3COO基等が挙げられる。
【0022】
一般式(1)で表される2価のパラジウム化合物としては、例えば、2価中性化合物で配位子Lを有さないものや、2価中性化合物で配位子Lを有するものが挙げられる。このうち、2価中性化合物で配位子Lを有さないものとしては、PdF2、PdCl2、PdBr2、PdI2、Pd(OAc)2、Pd(NO32、Pd(OH)2、PdSO4、Pd(CN)2、PdS、Pd(OCOCF32、ビス(アセチルアセトン)パラジウム、及びアリルパラジウムクロリドなどが挙げられ、2価中性化合物で配位子Lを有するものとしては、PdCl2(NH32、PdBr2(NH32、PdI2(NH32、Pd(NO22(NH32、Pd(PhCN)2Cl2、Pd(CH3CN)2Cl2、(2,2−ビピリジン)パラジウムジクロリド、(1,5−シクロオクタジエン)パラジウムジクロリド、エチレンジアミンパラジウムジクロリド、N,N,N’,N’,−テトラメチルエチレンジアミンパラジウムジクロリド、及び(1,10−フェナントロリン)パラジウムジクロリドなどが挙げられる。但し、2価中性化合物で配位子Lを有するものから誘導した水素化促進剤を水素化触媒の構成要素として用いた場合には水素化反応の速度が十分上がらないことがあるため、2価中性化合物で配位子Lを有さないものを用いることが好ましい。
【0023】
一般式(2)で表される2価のパラジウム化合物としては、例えば、〔PdCl42-(2NH42+、〔Pd(S23)4〕2-(2K)2+、〔PdCl42-(2K)2+、〔PdBr42-(2K)2+、〔PdCN42-(2K)2+、〔Pd(NO242-(2K)2+、及び〔PdCl42-(2Na)2+などの2価ジアニオニック化合物が挙げられる。
【0024】
一般式(3)で表される2価のパラジウム化合物としては、例えば、〔Pd(NH342+(2CH3COO)2-、〔Pd(NH342+(2Cl)2-、〔Pd(NH342+(2Br)2-、〔Pd(NH342+(2NO32-、〔Pd(NH342+(PdCl42-、〔Pd(dmf)42+(2Cl)2-、〔Pd(dmf)42+(2BF42-、〔Pd(dmf)42+(2ClO42-、〔Pd(dmf)42+(2PF62-、〔Pd(dmf)42+(2I32-、〔Pd(dmf)42+(2I)2-、〔Pd(dmf)42+(2CF3SO32-、〔Pd(dma)42+(2Cl)2-、〔Pd(dma)42+(2BF42-、〔Pd(dma)42+(2ClO42-、〔Pd(dma)42+(2PF62-、〔Pd(dma)42+(2I32-、〔Pd(dma)42+(2I)2-、〔Pd(dma)42+(2CF3SO32-、〔Pd(CH3CN)42+(2Cl)2-、〔Pd(CH3CN)42+(2BF42-、〔Pd(CH3CN)42+(2ClO42-、〔Pd(CH3CN)42+(2PF62-、〔Pd(CH3CN)42+(2I32-、〔Pd(CH3CN)42+(2I)2-、〔Pd(CH3CN)42+(2CF3SO32-、〔Pd(PhCN)42+(2Cl)2-、〔Pd(PhCN)42+(2BF42-、〔Pd(PhCN)42+(2ClO42-、〔Pd(PhCN)42+(2PF62-、〔Pd(PhCN)42+(2I32-、〔Pd(PhCN)42+(2I)2-、及び〔Pd(PhCN)42+(2CF3SO32-等の2価ジカチオニック化合物が挙げられる。このような2価ジカチオニック化合物の製造方法としては、例えば、〔Pd(CH3CN)42+(2BF42-はアセトニトリル溶媒中でパラジウムスポンジとNOBF4の反応によって得ることができる(Organometallics vol.20,p2697(2001))。また、パラジウム化合物の配位子Lを、より配位力の高い配位子へ交換することも可能であり、一例として〔Pd(CH3CN)42+(2BF42-から〔Pd(dmf)42+(2BF42-を合成することができる(Inorg.Chem.,vol.30,p1112(1991))。
【0025】
一般式(4)で表される4価ジアニオニック化合物としては、例えば、〔PdCl62-(2NH42+、〔PdCl62-(2K)2+、及び〔PdCl62-(2Na)2+などが挙げられる。
【0026】
水素化促進剤の生成反応に使用可能な塩基は、例えば無機塩基としては金属アルコキシド、金属アリールオキシド、水酸化物、アルキル金属化合物、アリール金属化合物、アンモニアなどが挙げられ、有機塩基としてはアミン、イミン、アミド、イミドなどが挙げられる。また、塩基性を有する還元剤を用いることもできる。また、これらの混合物を用いることもできる。具体的には、CH3OK、CH3CH2OK、CH3CH2CH2OK、i−PrOK、t−BuOK、t−AmOK、(CH3CH23COK、PhOK、CH3ONa、CH3CH2ONa、CH3CH2CH2ONa、i−PrONa、t−BuONa、t−AmONa、(CH3CH23CONa、PhONa、CH3OLi、CH3CH2OLi、CH3CH2CH2OLi、i−PrOLi、t−BuOLi、t−AmOLi、(CH3CH23COLi、PhOLi、KOH、K2CO3、NaOH、LiOH、Ca(OH)2、Mg(OH)2、MeLi、n−BuLi、t−BuLi、PhLi、NH3、Me3N、Me2NH、MeNH2、Et3N、Et2NH、EtNH2、(n−Pr)3N、(n−Pr)2NH、n−PrNH2、(i−Pr)2NH、i−PrNH2、n−ジブチルアミン、n−ブチルアミン、tert−ブチルアミン、キノリン、ピリジン、ピコリン、DBU(1,8-Diazabicyclo [5,4,0]undec-7-ene)、DABCO(1,4-di-azobicyclo[2,2,2]octane)などが挙げられる。このうち、アルカリ金属のアルコキシド及びアルカリ金属のアリールオキシドが好ましく、アルカリ金属として塩基性の高いカリウムを有する化合物がより好ましく、CH3OK、t−BuOK、t−AmOK、(CH3CH23COK、PhOK等が更に好ましい。なお、これらの塩基は有機溶媒と反応して還元性を有する化合物を生成させ、この化合物がパラジウム化合物と反応してパラジウムナノ粒子を与える場合もある。また、還元剤も、特に限定されるものではないが、例えば、ボロヒドリド化合物、ボラン化合物、金属水素化物、有機リチウム化合物、アルコール、アルデヒド、ギ酸化合物、水素及びこれらの混合物が挙げられる。具体的には、LiBH4、NaBH4、KBH4、Me4NBH4、Bu4NBH4、Ca(BH42、LiEt3BH、ジボラン、LiH、NaH、KH、LiAlH4、水素化ジイソブチルアルミニウム、Red−Al、メチルリチウム、ブチルリチウム、ヒドラジン、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、sec−ブチルアルコール、ホルムアルデヒド、ギ酸、ギ酸リチウム、ギ酸ナトリウム、ギ酸カリウム、ギ酸アンモニウムなどが挙げられる。塩基及び還元剤の使用量は、特に限定されるものではなく、用いるパラジウム化合物の価数と等しい当量を用いることが目安となるが、一例として2価パラジウム化合物を用いる場合には、パラジウム1モル当たり0.5〜50当量用いることが好ましく、1〜10当量用いることがより好ましく、1.5〜2.5当量用いることが更に好ましい。大過剰に加えた場合には、生成したパラジウムナノ粒子の凝集が起きる場合がある。なお、本発明の水素化促進剤を調製する反応において、アルキン化合物又はアルケン化合物としてアルキニルアルコール化合物又はアルケニルアルコール化合物を用いる場合には、これらが還元剤の役割も果たすため、別個に塩基や還元剤を用いなくても水素化促進剤を得ることができる。
【0027】
水素化促進剤の生成反応は、酸素を含まないアルゴン又は窒素ガス等の不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。反応温度は、特に制限はないが、10〜100℃が好ましく、10〜40℃がより好ましい。また、反応時間も、特に制限はないが、1〜72時間が好ましく、3〜10時間がより好ましい。この生成反応は、例えば、不活性ガス雰囲気下、反応容器に有機溶媒を加え、アルキン化合物又はアルケン化合物を添加した後、一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体を加えて攪拌しながら、塩基を徐々に加えて更に攪拌することにより行う。反応が進むにつれて反応液の色調は徐々に濃茶褐色を呈してくるので、この色の変化により水素化促進剤の生成を確認することができる。
【0028】
本発明の水素化触媒は、上述した水素化促進剤そのもの、一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体と塩基及び/又は還元剤とを含むもの、上述した水素化促進剤と塩基及び/又は還元剤とを含むもの、又はパラジウムナノ粒子とボロヒドリド化合物とを含むものである。上述した水素化促進剤そのものを水素化触媒とすると、微量でもってアルキン化合物のアルケン化合物への水素化反応を非常に高速度で進めることができるが、反応基質として内部アルキン化合物を用いた場合には高選択的にシスアルケン化合物が得られにくいことがある。また、一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体と塩基及び/又は還元剤とを含むものを水素化触媒とすると、アルキン化合物のアルケン化合物への水素化反応を比較的高速度で進めることができ、しかも基質として内部アルキン化合物を用いた場合にシスアルケン化合物への水素化反応を高選択的に進行させる。この場合には、反応系中でパラジウムナノ粒子が生成し、これが水素化促進剤となって水素化反応が進行するものと考えられる。また、上述した水素化促進剤と塩基及び/又は還元剤とを含むもの、又はパラジウムナノ粒子とボロヒドリド化合物とを含むものを水素化触媒とすると、微量でもってアルキン化合物のアルケン化合物への水素化反応を非常に高速度で進めることができるうえ、しかも基質として内部アルキン化合物を用いた場合にシスアルケン化合物への水素化反応を高選択的に進行させる。用いるパラジウムナノ粒子としては、既知の方法で調製されたものも用いることができるが、本発明の水素化促進剤つまりアルキン化合物又はアルケン化合物を凝集保護剤として有するパラジウムナノ粒子を用いることで、より高性能な水素化触媒が得られる。
【0029】
上述した水素化促進剤と塩基及び/又は還元剤とを含む水素化触媒は、上述した水素化促進剤と塩基及び/又は還元剤とを混合することにより得られる。この混合操作は、上述した水素化促進剤(反応液)へ塩基及び/又は還元剤を直接投入して混合してもよいし、上述した水素化促進剤と塩基及び/又は還元剤をこれらを可溶な溶媒に投入して混合してもよい。また、水素化反応の前に予め水素化促進剤と塩基及び/又は還元剤とを混合して水素化触媒を調製してもよいし、水素化反応時に反応系内に水素化促進剤と塩基及び/又は還元剤とを投入し混合して水素化触媒を調製してもよい。ここでの塩基及び還元剤の役割は、主に内部アルキン化合物の部分水素化を行う場合にいったん生成したシスアルケンが再度パラジウム触媒と相互作用して異性化したり過剰に水素化されたりするのを抑制することにある。これらの副反応を抑制する効果は、還元剤の方が塩基と比較して高い場合が多く、還元剤を用いた場合には高い純度のシスアルケンが得られる傾向にある。従って、部分水素化を行うアルキン化合物(基質)の構造中に、還元剤と直接反応を起こすような置換基が含まれていない場合には、還元剤を添加することが好ましい。また、基質中にカルボニル基等の置換基が含まれる場合には、基質と還元剤が直接反応を起こすため還元剤の添加は好ましくなく、塩基を添加することが好ましい。さらに、多種類の塩基又は還元剤を用いてもよく、塩基及び還元剤を併せて用いてもよい。なお、ここでは水素化触媒と称しているものの、水素化促進剤と塩基及び/又は還元剤が反応して水素化促進剤とは異なる活性種になるのか、水素化促進剤と塩基及び/又は還元剤が反応せずそれぞれ個別に作用するのか、現時点では定かではないが、いずれにしても本発明の課題を解決できることは実証されていることから、便宜上、水素化触媒と称することとする。
【0030】
水素化触媒の生成反応に使用可能な塩基は、例えば無機塩基としては金属アルコキシド、金属アリールオキシド、水酸化物、アルキル金属化合物、アリール金属化合物、アンモニアなどが挙げられ、有機塩基としてはアミン、イミン、アミド、イミドなどが挙げられる。また、これらの混合物を用いることもできる。具体的には、CH3OK、CH3CH2OK、CH3CH2CH2OK、i−PrOK、t−BuOK、t−AmOK、(CH3CH23COK、PhOK、CH3ONa、CH3CH2ONa、CH3CH2CH2ONa、i−PrONa、t−BuONa、t−AmONa、(CH3CH23CONa、PhONa、CH3OLi、CH3CH2OLi、CH3CH2CH2OLi、i−PrOLi、t−BuOLi、t−AmOLi、(CH3CH23COLi、PhOLi、KOH、NaOH、LiOH、Ca(OH)2、Mg(OH)2、K2CO3、MeLi、n−BuLi、t−BuLi、PhLi、NH3、Me3N、Me2NH、MeNH2、Et3N、Et2NH、EtNH2、(n−Pr)3N、(n−Pr)2NH、n−PrNH2、(i−Pr)2NH、i−PrNH2、n−ジブチルアミン、n−ブチルアミン、tert−ブチルアミン、キノリン、ピリジン、ピコリン、DBU、DABCOなどが挙げられる。このうち、アルカリ金属のアルコキシド及びアルカリ金属のアリールオキシドが好ましく、アルカリ金属がリチウム及びナトリウムである塩基がより好ましく、CH3ONa、t−BuONa、t−AmONa、(CH3CH23CONa、PhONa、CH3OLi、t−BuOLi、t−AmOLi、(CH3CH23COLi、及びPhOLiが更に好ましい。塩基の使用量は、基質や塩基の種類のほか基質中に含まれる不純物によって異なるため、その都度適宜の量を設定すればよいが、基質に対して0.00001〜10当量、かつ触媒に対して1当量以上とすることが好ましい。基質中には酸性成分、ケトン、又は過酸化物等が不純物として含まれていることがあり、基質を精製することによってこれらの不純物の除去を行った場合には、塩基の添加量を減ずることができる。
【0031】
水素化触媒の生成反応に使用可能な還元剤は、例えば、ボロヒドリド化合物、ボラン化合物、及び金属水素化物であり、具体的にはLiBH4、NaBH4、KBH4、Me4NBH4、Bu4NBH4、Ca(BH42、LiEt3BH、ジボラン、ジメチルアミン−ボラン錯体、ピリジン−ボラン錯体、LiH、NaH、KH、LiAlH4、水素化ジイソブチルアルミニウム、Red−Alなどが挙げられる。このうち、ボロヒドリド化合物が好ましく、LiBH4、NaBH4、KBH4、Bu4NBH4、Me4NBH4が特に好ましい。還元剤の使用量は、基質や還元剤の種類のほか基質中に含まれる不純物によって異なるため、その都度適宜の量を設定すればよいが、基質に対して0.000001〜0.01当量、かつ触媒に対して1当量以上とすることが好ましい。基質中には酸性成分、ケトン、又は過酸化物等が不純物として含まれていることがあり、基質の精製操作によってこれらの不純物の除去を行った場合には、還元剤の添加量を減ずることができる。
【0032】
本発明のアルケン化合物の製法は、上述した水素化触媒を用いて、反応溶媒中、水素又は水素を供与する化合物の存在下、反応基質であるアルキン化合物を部分水素化することによりアルケン化合物を得るものである。ここで、水素化触媒として、一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体と塩基及び/又は還元剤とを含むもの、又は上述した水素化促進剤と塩基及び/又は還元剤とを含むものを用いた場合には、アルキン化合物が内部アルキン化合物のときに高選択的にシスアルケン化合物が得られる。
【0033】
また、水素化触媒を水素ガスで前処理したのちアルキン化合物の水素化反応を行うと、水素化反応を一段と高速度で進行させることがある。この前処理操作によって、パラジウムナノ粒子を覆っている凝集保護剤が水素化されることによりナノ粒子が僅かに凝集して粒径が増大するものと考えられ、特に、外部アルキンの水素化反応を行う場合には、この前処理操作が有効な場合がある。水素ガスで前処理する時間は、特に限定されるものではないが、例えば10〜60分の範囲で設定してもよい。
【0034】
本発明のアルケン化合物の製法における水素化触媒の使用量は、反応容器や経済性によって異なるが、反応基質であるアルキン化合物とのS/C(基質/触媒)が10〜100,000,000で用いることができ、500〜5,000,000の範囲で用いることが好ましい。なお、本明細書では、S/Cを算出するにあたり、「C」を触媒に含まれるパラジウム量と定義した。
【0035】
本発明のアルケン化合物の製法で使用される反応溶媒としては、プロトン性溶媒、非プロトン性溶媒、配位性溶媒又はこれらの混合溶媒など、適宜なものを用いることができる。プロトン性溶媒としては、例えばメタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、tert−ブチルアルコノール、ベンジルアルコールなどのアルコール溶媒及び水又はこれらの混合溶媒が挙げられる。非プロトン性溶媒としては、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素溶媒;ペンタン、n−ヘキサン、シクロヘキサンなどの脂肪族炭化水素溶媒;塩化メチレン、クロロホルム、ジクロロエタンなどのハロゲン含有炭化水素溶媒;ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、メチル−tert−ブチルエーテル、THFなどのエーテル系溶媒、又はこれらの混合溶媒が挙げられる。配位性溶媒としては、アセトニトリル、DMA、DMF、N−メチルピロリドン、DMSOなどヘテロ原子を含む有機溶媒又はこれらの混合溶媒が挙げられる。このうち、好ましくはエーテル系溶媒、DMF、DMA、及びアルコール溶媒であり、さらに好ましくはTHF、DMF、DMAである。
【0036】
本発明のアルケン化合物の製法で水素を用いる場合、その水素の圧力は、本触媒系が極めて高活性であることから1気圧以下でも十分であるが、経済性と安全性を考慮すると1〜50気圧の範囲とするのが好ましく、3〜10気圧の範囲がより好ましい。
【0037】
本発明のアルケン化合物の製法における反応温度は、特に限定されないが、例えば−15℃〜100℃とすることができ、20℃〜40℃とすることが好ましい。反応時間は、使用する水素化触媒の種類、S/C、反応基質の種類、濃度、溶媒、温度、圧力等の反応条件によって異なるが、実施が容易となるよう反応時間を1分〜1時間となるようにS/C等を設定することが望ましい。
【0038】
本発明のアルケン化合物の製法を適用可能なアルキン化合物は、特に限定されるものではなく、例えば水素化促進剤の生成反応に使用可能なアルキン化合物として既に例示列挙したものなどが挙げられる。
【0039】
ところで、アルキン化合物には、酸性成分、ケトン、過酸化物、金属やイオンなどが不純物として含まれていることがある。これらの不純物は水素化反応を阻害したり、シス選択性を低下させる要因となるため、アルキン化合物の精製操作を行って不純物を除去したあとに水素化反応に供することが好ましい。また、多量の無機塩も水素化反応を阻害することがある。アルキン化合物から酸性成分を除去するためには、アルカリ化合物で洗浄する方法が効果的である。アルカリ化合物としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等のアルカリ金属化合物又はその水溶液や、アンモニア水、ジメチルアミン水溶液、ジエチルアミン水溶液が挙げられる。アルキン化合物が常温で固体である場合、溶媒を用いて希釈した後にアルカリ水溶液で洗浄を実施すると効率よく酸性成分を除去することができる。アルキン化合物が常温で液体であれば、必ずしも溶媒を用いなくともよい。また、アルキン化合物が水と混ざり合う場合には、アルカリ化合物を水溶液でなくそのまま用いることが好ましい。アルキン化合物のアルカリ処理の後、水洗を行ってアルカリ成分を除去したのち、再結晶、蒸留等の精製操作を行うとより効果的である。アルキン化合物からケトン及び過酸化物を除去するためには、還元剤で処理して無害化する方法が効果的である。還元剤の具体例としては、LiBH4、NaBH4、KBH4、Me4NBH4、Bu4NBH4、Ca(BH42、LiEt3BH、LiH、NaH、KH、LiAlH4、水素化ジイソブチルアルミニウム、Red−Alなどが挙げられる。アルキン化合物が常温で固体である場合、還元剤に対して不活性な溶媒を用いて希釈した後に、還元剤を加えて攪拌を行うと効率よくケトン等を無害化することができる。アルキン化合物が常温で液体であれば、必ずしも溶媒を用いなくともよい。アルキン化合物を還元剤で処理した後、水洗を行って還元剤を除去し、再結晶、蒸留等の精製操作を行うとより効果的である。また、アルキン化合物の精製を行わずに、酸やケトンなどの不純物を含んだまま水素化反応に供する場合には、水素化触媒を構成する塩基及び/又は還元剤の量を増量することで、選択性よく水素化反応を進めることができる。増量する塩基及び/又は還元剤の量は、不純物の種類や量によって異なるため、適宜検討して決定する必要がある。さらに、水素化反応に用いる溶媒中に、酸性成分、ケトン、又は過酸化物等が微量混入している場合には精製を行うか、又は塩基や還元剤の添加量を適宜増量することが好ましい。
【0040】
本発明のアルケン化合物の製法においては、反応系内に更なる添加物を加えてもよい。そのような添加物としては、例えば、NH3、Me3N、Me2NH、MeNH2、Et3N、Et2NH、EtNH2、(n−Pr)3N、(n−Pr)2NH、n−PrNH2、(i−Pr)2NH、i−PrNH2、n−ジブチルアミン、n−ブチルアミン、tert−ブチルアミン、キノリン、ピリジン、ピコリン、アニリン、DBU、DABCO、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン(TMEDA)、N,N’−ジメチルエチレンジアミン、アセトニトリル、ベンゾニトリル、N,N−ジメチルアミノエタノールなどの含窒素化合物;エチレングリコール、トリフルオロエタノール、フェノール、及びp−ニトロフェノールなどのアルコール類;トリフェニルホスフィン、ジフェニルホスフィノメタン、ジフェニルホスフィノエタン、トリフェニルホスフィンオキシド等の含リン化合物;12−Crown−4、15−Crown−5、18−Crown−6、クリプタンド等のホスト化合物;水などが挙げられる。これらの添加物を加えることにより、反応系によっては、シスアルケン化合物のトランスアルケン化合物への異性化が抑制されたり、アルケン化合物のアルカン化合物へのオーバーリダクションが抑制され、高い純度のアルケン化合物を得ることができる。
【0041】
本発明の水素化触媒は、非常に高速度でアルキンの水素化を進めるため、真の活性種を捕捉することは困難である。しかし、一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体と、塩基及び/又は還元剤と組み合わせて水素化触媒として用いる場合において、いずれも同一の活性種を与えるものと推測され、性能的に優れた性質を有していることから、本発明が解決しようとする課題をいずれも解決することができる。
【実施例】
【0042】
次に、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。なお、下記の各実施例における反応は、アルゴンガス又は窒素ガス等の不活性ガス雰囲気下で行なった。反応に使用した溶媒は乾燥、脱気したものを用いた。基質は、特記なき場合には1%炭酸ナトリウム水溶液で洗浄して酸性成分を除去後、蒸留精製したものを用いた。また、アルキン化合物からアルケン化合物への変換率や内部アルキン化合物からシスアルケン化合物への選択率は、ガスクロマトグラフィー(GC)を用いて測定した。GC装置はGC−17A(島津製作所製)を使用し、カラムは内径0.25mm、長さ100mのキャピラリーカラムCP−Sil PONA CB(VARIAN社製)を使用して温度65℃(定温)で測定した。X線回折装置は、RINT2100Ultima+/PC(リガク社製)を使用した。
【0043】
[実施例1]
DMF中でPdCl2とアルキンとして4−オクチンと塩基としてKOtBuとを反応させることにより得られる新規な水素化促進剤を、以下のようにして合成した。即ち、撹拌子を備えた20mlシュレンク型反応管に、パラジウム化合物としてPdCl2(32.4mg,0.183mmol)を量り取り、アルゴン雰囲気下でDMF(18.3ml)、4−オクチン(0.268ml,1.83mmol)を加えて攪拌した。続いてKOtBu(41.0mg,0.366mmol,Pdに対して2.0当量)を加えて攪拌すると、反応が開始して溶液の色調が濃茶色に変化すると共に、DMFに不溶だったPdCl2が少しずつ溶解して消失していった。この様子は、水素化促進剤が生成していることを示すものと考えられる。その後、室温で3時間攪拌し、目的とする水素化促進剤(1)を含むDMF溶液を得た。
得られた水素化促進剤(1)のX線回折測定を行ったところ、2θ=39.4(deg)にPd(111)に由来する回折と、70(deg)にPd(220)に由来する回折が認められ、水素化促進剤が0価のパラジウムであると同定された。また、回折ピークの半値幅から、結晶径の平均値は1.6nmと計算された。この結果、実施例1の水素化促進剤は結晶径平均が1.6nmのパラジウムナノ粒子であると同定された。なお、実施例1の結果については表1に示した。
【0044】
[実施例2〜17,A〜G]
表1に、実施例2〜17,A〜Gの結果を示す。実施例2〜17,A〜Gは、各種パラジウム化合物、各種の塩基又は還元剤、各種のアルキン化合物を用いて調製した水素化促進剤の合成例である。反応条件は、実施例1の場合と同様にして行った。ただし、実施例5は塩基をPdに対して8当量用いた。得られた水素化促進剤は、本明細書中では水素化促進剤(2)〜(17),(A)〜(G)と称することとした。
【0045】
【表1】

【0046】
[実施例18]
DMF中でPd(OAc)2と2−ブチン−1,4−ジオールとを塩基も還元剤もなしで反応させることにより得られる新規な水素化促進剤を、以下のようにして合成した。即ち、撹拌子を備えた20mlシュレンク型反応管に、パラジウム化合物としてPd(OAc)2(42.0mg,0.187mmol)、アルキンとして2−ブチン−1,4−ジオール(0.161g,1.87mmol)を量り取り、アルゴン雰囲気下でDMF(18.7ml)を加えて攪拌した。反応が開始して溶液の色調が濃茶色に変化した。室温で3時間攪拌し、目的とする水素化促進剤(18)を含むDMF溶液が得られた。この実施例18の結果については表2に示した。
【0047】
[実施例H〜K]
表2に、実施例H〜Kの結果を示す。実施例H〜Kは、各種のアルキニルアルコールを用いて調製した水素化促進剤の合成例である。反応は、実施例18の場合と同様にして行った。得られた水素化促進剤は、本明細書中では水素化促進剤(H)〜(K)と称することとした。
【0048】
【表2】

【0049】
[実施例19]
水素化促進剤と還元剤とを含む水素化触媒を、以下のようにして調製した。即ち、撹拌子を備えた20mlシュレンク型反応管に、KBH4(80.9mg,1.5mmol)を加え、アルゴン雰囲気下にて実施例1で調製した水素化促進剤(1)を含むDMF溶液(Pd濃度=10μmol/ml)を3ml(Pd量=30μmol)、DMFを18ml加えて攪拌することにより、目的とする水素化触媒(1)を得た。この実施例19の結果については表3に示した。
【0050】
[実施例20〜23,L]
表3に、実施例20〜23,Lの結果を示す。実施例20〜23,Lは、種々の水素化促進剤を用いて調製した水素化触媒の合成例である。得られた水素化触媒は、本明細書中では水素化触媒(2)〜(5),(L)と称することとした。なお、実施例20〜23,Lの実験手順は実施例19に準じて行った。
【0051】
【表3】

【0052】
[実施例24]
水素化促進剤と還元剤とを含む水素化触媒を用いて、アルキン化合物を部分水素化してアルケン化合物を製造する例を以下に示す。まず、周囲を30℃に保温した攪拌子を備えた100mlガラス製オートクレーブに、NaBH4を37.8mg(1.00mmol)仕込み、アルゴンガスで置換した。次に、このオートクレーブに、DMFを10ml、4−オクチンを1.47ml(10mmol)、実施例1で得た水素化促進剤(1)を1.00ml(Pd量=10μmol)アルゴン雰囲気下で加えた。この操作にてオートクレーブ内で、水素化促進剤(1)とNaBH4からなる水素化触媒(1)が調製された。ガス導入管を用いてオートクレーブと水素ボンベを接続し、導入管内の空気を2気圧の水素で3回置換した。続いて、8気圧の水素をオートクレーブに導入したのちに2気圧まで注意深く放出する操作を7回繰り返した後、水素圧を8気圧にして溶液を30℃で激しく攪拌した。これにより水素化反応が進行した。変換率及び生成物中のシス−4−オクテンの選択性は、GCにより決定した。副生成物として、トランス体(トランス−4−オクテン)、位置異性体(トランス−3−オクテン及びシス−2−オクテン等)、過剰水添体(オクタン)が生成した。本実施例の結果を表4に示す。なお、表4に記載した選択性は、生成した全てのアルケン(シス体、トランス体及び位置異性体)とアルカンの合算中におけるシス体の割合を表す。この点は表5以降も同様である。
【0053】
[実施例25〜42]
表4に、実施例25〜42の結果を示す。実施例25〜42は、各種の水素化促進剤を用いて、水素化反応時に水素化触媒を系中で調製し4−オクチンの水素化を行なった反応例である。なお、これらの実施例の実験手順は実施例24に準じて行った。
【0054】
【表4】

【0055】
実施例24及び25は共にS/C=1000における反応例である。還元剤を加えた実施例24は、還元剤を加えなかった実施例25と比較して選択性が極端に向上したことから、還元剤が重要な役割を果たしていることがわかる。実施例26〜29はいずれもS/C=20000における反応例である。S/Cが20000の実施例26はS/Cが1000の実施例24と比較して反応時間に大差がないことがわかる。また、還元剤としてNaBH4を用いた実施例26と還元剤としてKBH4を用いた実施例27との比較から、ボロヒドリド化合物として各種の化合物が使用可能であることが示唆された。また、還元剤の代わりに塩基を用いた実施例28の結果から、塩基は還元剤より選択性を高める効果がやや低いことが示唆された。塩基も還元剤も用いなかった実施例29の結果から、水素化促進剤だけでも水素化反応は高速に進行するものの選択性が十分得られないことが示唆された。Na2PdCl4をパラジウム源として調製した水素化促進剤(2)を用いた実施例30の結果から、2価ジアニオニックのパラジウム化合物を用いて調製した水素化促進剤と塩基とを含む水素化触媒を用いた場合も良好な性能を有することが示唆された。Pd(PhCN)2Cl2をパラジウム源として調製した水素化促進剤(3)を用いた実施例31の結果から、配位子を有する2価中性パラジウム化合物を用いて調製した水素化促進剤と還元剤とを含む水素化触媒を用いた場合も良好な性能を有することが示唆された。Pd(OAc)2やPdBr2をパラジウム源として調製した水素化促進剤(4),(6)を用いた実施例32,34の結果から、水素化促進剤を調製するためのパラジウム源としてPdCl2以外の各種2価中性パラジウム化合物を用いることができること等が示唆された。KOtAmを塩基として調製した水素化促進剤(5)を用いた実施例33とKOtBuを塩基として調製した水素化促進剤(4)を用いた実施例32との比較から、水素化促進剤を調製するための金属アルコキシドは幅広い種類のものが適用可能なことが示唆された。種々のアルキン化合物を用いて調製した水素化促進剤(7)〜(11)を用いた実施例35〜39の結果から、水素化促進剤を調製する際に用いるアルキン化合物として4−オクチン以外の内部アルキンも同等に用いることができることが示唆された。種々のナトリウムアルコキシドを塩基として調製した水素化促進剤(12),(15)(16)を用いた実施例40〜42の結果から、水素化促進剤を調製するための金属アルコキシドとしてナトリウムt−ブトキシドやナトリウムフェノキシドを用いた方がナトリウムメトキシドを用いたときよりも良好な性能を示した。
【0056】
[実施例43〜47,M〜X]
表5に、実施例43〜47,M〜Xの結果を示す。これらの実施例は、いずれも4−オクチンの水素化反応例であり、実施例N以外はPd(OAc)2をパラジウム源として調製した水素化促進剤を用いた水素化反応例である。このうち実施例44,45,M,U〜Xは、塩基を用いずにアルキニルアルコールを加えることにより調製した水素化促進剤を用いた水素化反応例であり、実施例46は、Pd(OAc)2をそのまま用いた水素化反応例であり、実施例47は、塩基とアルキニルアルコールを加えることにより調製した水素化促進剤(17)を用いた水素化反応例である。なお、これらの実施例における水素化反応の操作は実施例24に準じて行った。
【0057】
【表5】

【0058】
実施例43と実施例44と実施例47の比較から、Pd(OAc)2とアルキンと塩基との反応によって調製した水素化促進剤(4)、Pd(OAc)2とアルキニルアルコールとの反応(塩基なし)によって調製した水素化促進剤(18)及びPd(OAc)2とアルキニルアルコールとの反応(塩基あり)によって調製した水素化促進剤(17)はほぼ同等の性能を有していることが示唆された。また、実施例44と実施例45との比較から、水素化促進剤と還元剤とを含む水素化触媒を用いた方が、水素化促進剤をそのまま水素化触媒とする場合に比べて選択性が良好であった。また、実施例46と実施例43,44,47との比較から、水素化促進剤と還元剤とを含む水素化触媒を用いた方が、2価中性パラジウム化合物と還元剤とを含む水素化触媒を用いた場合に比べて水素化反応を高速化することがわかった。実施例Q〜Tの結果から、水素化促進剤を調製するための還元剤として、各種化合物を用いることができることが示された。実施例44,45,M,U〜Xの結果から、水素化促進剤を調製するためのアルキニルアルコールとして、各種化合物を用いることができることが示された。
【0059】
[実施例48〜53,AA]
表6に、実施例26,28,P,48〜53,AAの結果を示す。実施例48〜53,AAは、実施例19〜23,Lの水素化触媒(1)〜(5),(L)を用いて4−オクチンの水素化を行った反応例である。水素化反応の操作は実施例24と同様にして行ったが、実施例48〜53,AAでは水素化触媒調製の時点で塩基又は還元剤を加えてあるため、水素化反応の際に塩基又は還元剤を加えていない。
【0060】
【表6】

【0061】
実施例48,49,AAと実施例26,28,Pとの比較から、水素化触媒の調製を水素化反応の前に行う場合と水素化反応時に行う場合とで大きな差異がなく、いずれも同等の水素化触媒が生成されることが示唆された。実施例48〜53の結果から、水素化触媒の調製を水素化反応の前に行う場合においても、水素化促進剤の調製に用いるアルコキシドとして種々の構造のものを用いることができることが示唆された。
【0062】
[実施例54〜61]
表7に、実施例28,54〜61の結果を示す。実施例54〜61は、2価のパラジウム化合物と塩基又は還元剤とを含む水素化触媒を用いて4−オクチンの水素化を行った反応例である。なお、これらの実施例における水素化反応の操作は実施例24に準じて行った。
【0063】
【表7】

【0064】
実施例54〜58は2価のパラジウム化合物がジカチオニック錯体である例を示す。実施例54〜58と実施例28との比較から、[Pd(dmf)42+(2BF42-は水素化促進剤(1)と同等の性能を有することがわかった。実施例59〜61は2価のパラジウム化合物が2価中性パラジウム化合物である例を示す。実施例59〜61と実施例28との比較から、中性二価パラジウム化合物と塩基とを含む水素化触媒は、アルキン化合物の水素化反応を十分促進し、また、シス選択性も十分高いことがわかった。
【0065】
[実施例62〜66]
表8は、実施例62〜66の結果を示す。実施例62〜66は、塩化パラジウム(II)と塩基とを含む水素化触媒を用いて4−オクチンの水素化を行った反応例である。なお、反応基質は4−オクチン、S/Cは1000とした。また、これらの実施例における水素化反応の操作は実施例24に準じて行った。
【0066】
【表8】

【0067】
実施例63,64,66は、添加剤としてホスト化合物をPdに対して100当量加えた例である。実施例63,64と実施例62との比較や、実施例65と実施例66との比較から、ホスト化合物の添加によって選択性が向上する傾向が見られた。
【0068】
[実施例67〜70]
表9に、実施例26〜29,67〜70の結果を示す。実施例67〜70は、種々の反応条件で4−オクチンの水素化を行った例である。なお、これらの実施例における水素化反応の操作は実施例24に準じて行った。
【0069】
【表9】

【0070】
実施例26〜29、実施例67〜70では、水素化促進剤(1)を用いた際に、塩基又は還元剤の種類と溶媒が水素化性能に及ぼす影響を調べた。これらの比較から、水素化反応で塩基も還元剤も用いない場合(実施例29)に比べて、水素化反応で塩基又は還元剤を用いた場合には変換率、シス選択性とも非常に高い数値が得られた。また、水素化反応には塩基よりも還元剤を用いた方が良好なシス選択性が得られる傾向が見られた。
【0071】
[実施例71〜79]
表10に、実施例71〜79の結果を示す。実施例71〜79は、種々の反応基質の水素化反応例である。使用した水素化促進剤は水素化促進剤(1)であり、水素化反応の際に還元剤を加えて水素化触媒を系中で調製した。これらの実施例における水素化反応の操作は実施例24に準じて行った。なお、反応基質は、塩基とBu4NBH4を用いた精製操作により、酸性物質、ケトン等を除去したものを用いた。典型的な精製方法を実施例80に示す。
【0072】
[実施例80]
不純物としてアセチレンケトンが0.46%含まれている4−オクチンを以下のようにして精製した。まず、分液漏斗に4−オクチンを40ml(273mmol)入れ、1%Na2CO3水溶液で洗浄(10ml×5回)することにより、酸性成分を中和した。水洗、飽和NaCl水洗を行った後、1.5gの無水Na2SO4で乾燥した。処理した4−オクチンを100mlナスフラスコへ移し、Bu4NBH4を1.40g(5.46mmol)加えて攪拌した。Bu4NBH4は4−オクチンに対する溶解性は低く、攪拌してもBu4NBH4は白色粉末のまま懸濁するが、数分で発熱や色調の変化が観察され、アセチレンケトンとBu4NBH4の反応が開始する。50℃で1時間攪拌保持すると、アセチレンケトンとBu4NBH4の反応物が粘稠体として得られる。4−オクチンと粘稠体とを分離し、4−オクチンへ再度Bu4NBH4を1.40g(5.46mmol)加えて50℃、1時間攪拌保持する。ろ過してBu4NBH4を除去した後、水洗して4−オクチンに溶解した微量のBu4NBH4を除去した。飽和NaClで水洗した後、減圧蒸留を行って4−オクチンを得た。本操作によって精製された4−オクチンのGC分析では、アセチレンケトンは検出されなかった。
【0073】
【表10】

【0074】
実施例71〜77は内部アルキンの水素化反応、実施例78,79は外部アルキンの水素化反応の例である。内部アルキン及び外部アルキンは効率よくアルケン化合物に水素化されることが示された。実施例74〜77の結果から、置換基としてTMS基、ヒドロキシル基、ハロゲンを有する基質でも良好に水素化が進行し、本発明の水素化触媒の応用範囲は広いことが示された。また、実施例73の結果から、三重結合の両端にフェニル基のような比較的嵩高い基を有する基質の水素化でも、シスアルケンが高効率で得られることが示された。また、実施例74の結果から、三重結合の両端にトリメチルシリル基のような非常に嵩高い置換基を有する基質に対しても、活性はやや低いもののS/Cを低めに設定すれば水素化反応が進行することが示された。また、実施例78,79の結果から、末端に三重結合を持つ化合物から末端に二重結合を持つ化合物への水素化反応が高収率且つ高選択的に進行することが示された。
【0075】
[実施例AB〜AV,実施例BA〜BN]
表11に、実施例AB〜AI,AJ〜AP,AQ〜AVの結果を示す。これらの実施例は各種の水素化促進剤による内部アルキンの水素化反応の例であり、実施例AB〜AIでは反応基質として4−オクチンを用い、実施例AJ〜APでは反応基質として1−フェニル−1−ブチンを用い、実施例AQ〜AVは反応基質としてジフェニルアセチレンを用いた。これらの実施例における水素化反応の操作は実施例24に準じて行った。また、比較例A,B,Cはリンドラー触媒による水素化反応の例であり、それぞれ、反応基質として4−オクチン、1−フェニル−1−ブチン、ジフェニルアセチレンを用いた。これらの比較例では、Bu4NBH4を添加せずキノリンを添加した。これらの実施例における水素化反応の操作は実施例24に準じて行った。
【0076】
また、表12に、実施例BA〜BG,BH〜BNの結果を示す。これらの実施例も各種の水素化促進剤による外部アルキンの水素化反応の例であり、実施例BA〜BGでは反応基質として1−ペンチンを用い、実施例BH〜BNでは反応基質としてフェニルアセチレンを用いた。これらの実施例における水素化反応の操作は実施例24に準じて行った。また、比較例D,Eはリンドラー触媒による水素化反応の例であり、それぞれ、反応基質として1−ペンチン、フェニルアセチレンを用いた。これらの比較例では、Bu4NBH4を添加せずキノリンを添加した。
【0077】
【表11】

【0078】
【表12】

【0079】
実施例AB〜AI,AJ〜AP,AQ〜AV,BA〜BG,BH〜BNの結果から、反応基質の構造によって、高活性を示す水素化促進剤は各々異なることがわかる。
【0080】
例えば、反応基質が4−オクチンの場合には、変換率は水素化促進剤(H)がやや低い傾向になったもののその他の水素化促進剤は良好な値を示し、選択性はいずれの水素化促進剤も良好な値を示した。また、PVPを凝集保護剤とするパラジウムナノ粒子(既知)とボロヒドリド化合物を用いた場合も良好な結果が得られた(実施例AI)。
【0081】
アルカンへの過剰水素添加反応が進行しやすい反応基質である1−フェニル−1−ブチンの場合には、変換率はいずれの水素化促進剤も良好な値を示したが、選択性は特に水素化促進剤(E),(18)が良好な値を示した。反応基質がジフェニルアセチレンの場合には、変換率、選択率ともいずれの水素化促進剤も良好な値を示した。
【0082】
反応基質が1−ペンチンの場合には、変換率はいずれの水素化促進剤も良好な値を示したが、特に水素化促進剤(D),(E),(18),(H)が短時間で高変換率を示した。選択性は水素化促進剤(G)がやや低い傾向になったもののその他の水素化促進剤は良好な値を示した。
【0083】
反応基質がフェニルアセチレンの場合には変換率は水素化促進剤(G)がやや低い傾向を示したもののその他の水素化促進剤は良好な値を示し、特に水素化促進剤(18),(H)が短時間で高変換率を示した。選択性は水素化促進剤(D)がやや低い傾向になったもののその他の水素化促進剤は良好な値を示した。
【0084】
なお、比較例A〜Eの結果から、従来の触媒系であるリンドラー触媒と比較して、本発明に係る水素化促進剤や水素化触媒は優れた活性と選択性を有することが示された。特に、ジフェニルアセチレンのような、立体的に嵩高い反応基質の水素化はリンドラー触媒では困難であるが、本特許記載の触媒系では、効率的に水素化反応が進行する。
【0085】
[実施例81,82]
表13に、実施例81,82の結果を示す。実施例82は、水素化触媒を水素ガスで前処理したあと水素化反応を行った例である。用いた水素化促進剤は水素化促進剤(1)であり、水素化反応の際に還元剤を加えて水素化触媒を調製した。水素化反応はS/C=20000の条件で実施した。なお、これらの実施例における水素化反応の操作は実施例24に準じて行った。
【0086】
【表13】

【0087】
実施例81と実施例82との比較から、水素化触媒の水素前処理を行うことによって、水素化触媒の活性が向上する傾向が見られた。
【0088】
[実施例83〜85,比較例1,2]
表14に、実施例67,48,83〜85及び比較例1,2の結果を示す。実施例83〜85は高S/C条件下にて4−オクチンの水素化を実施した例である。なお、これらの実施例における水素化反応の操作は実施例24に準じて行った。
【0089】
【表14】

【0090】
実施例67,48,83〜85はいずれもLindlar触媒を用いた比較例1やCaubere触媒を用いた比較例2に比べて活性が極めて高く、シス選択性やTONも凌駕することがわかった。また、実施例83では、水素化促進剤(1)を水素化触媒の構成要素として用いた場合に、S/C=100,000の条件でも水素化反応が10分間で進行し、TOFが167sec-1に達した。実施例85では、S/C=11,000,000の条件で水素化促進剤(1)を水素化触媒の構成要素として用いた場合に、TONが841.5×104に達した。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明は、主に化学産業に利用可能であり、例えば医薬品や農薬の中間体として利用される種々のシスアルケンを製造する際に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機溶媒中、アルキン化合物又はアルケン化合物と、一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体と、塩基とを反応させることにより得られる、水素化促進剤。
Pd(II)Xjk …(1)
(Pd(II)Xm2-の塩 …(2)
(Pd(II)Ln2+の塩 …(3)
(Pd(IV)Xp2-の塩 …(4)
(一般式(1)〜(4)中、Lは含リン配位子を除く単座又は多座配位子(化合物中にLが2以上存在するときは各々独立して互いに同じであってもよいし異なっていてもよい)、Xはアニオン性基、jはXjが全体で−2価となるようにXの価数に応じて決まる値、kは0〜4のいずれかの整数、mはXmが全体で−4価となるようにXの価数に応じて決まる値、nは4〜6のいずれかの整数、pはXpが全体で−6価となるようにXの価数に応じて決まる値である)
【請求項2】
前記アルキン化合物又は前記アルケン化合物を凝集保護剤として有するパラジウムナノ粒子である、請求項1に記載の水素化促進剤。
【請求項3】
有機溶媒中、アルキニルアルコール化合物又はアルケニルアルコール化合物と、一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体とを反応させることにより得られる、水素化促進剤。
Pd(II)Xjk …(1)
(Pd(II)Xm2-の塩 …(2)
(Pd(II)Ln2+の塩 …(3)
(Pd(IV)Xp2-の塩 …(4)
(一般式(1)〜(4)中、Lは含リン配位子を除く単座又は多座配位子(化合物中にLが2以上存在するときは各々独立して互いに同じであってもよいし異なっていてもよい)、Xはアニオン性基、jはXjが全体で−2価となるようにXの価数に応じて決まる値、kは0〜4のいずれかの整数、mはXmが全体で−4価となるようにXの価数に応じて決まる値、nは4〜6のいずれかの整数、pはXpが全体で−6価となるようにXの価数に応じて決まる値である)
【請求項4】
前記アルキニルアルコール化合物又は前記アルケニルアルコール化合物を凝集保護剤として有するパラジウムナノ粒子である、請求項3に記載の水素化促進剤。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の水素化促進剤を水素化触媒又は水素化触媒の構成要素として用いた場合に、4−オクチンの水素化反応においてターン・オーバー・ナンバー(TON)が100万以上であるか該水素化反応が完結した時点でのターン・オーバー・フリクエンシー(TOF)が100sec-1以上である、水素化促進剤。
【請求項6】
アルキン化合物又はアルケン化合物を凝集保護剤として有するパラジウムナノ粒子である、水素化促進剤。
【請求項7】
X線回折測定による回折ピークの半値幅から求めた前記パラジウムナノ粒子の結晶径の平均値が0.5〜5nmである、請求項6に記載の水素化促進剤。
【請求項8】
アルキン化合物又はアルケン化合物を凝集保護剤として有するパラジウムナノ粒子。
【請求項9】
X線回折測定による回折ピークの半値幅から求めた結晶径の平均値が0.5〜5nmである、請求項8に記載のパラジウムナノ粒子。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれかに記載の水素化促進剤を含む、水素化触媒。
【請求項11】
請求項1〜7のいずれかに記載の水素化促進剤と塩基及び/又は還元剤とを含む、水素化触媒。
【請求項12】
一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体と、塩基及び/又は還元剤とを含む水素化触媒。
Pd(II)Xjk …(1)
(Pd(II)Xm2-の塩 …(2)
(Pd(II)Ln2+の塩 …(3)
(Pd(IV)Xp2-の塩 …(4)
(一般式(1)〜(4)中、Lは含リン配位子を除く単座又は多座配位子(化合物中にLが2以上存在するときは各々独立して互いに同じであってもよいし異なっていてもよい)、Xはアニオン性基、jはXjが全体で−2価となるようにXの価数に応じて決まる値、kは0〜4のいずれかの整数、mはXmが全体で−4価となるようにXの価数に応じて決まる値、nは4〜6のいずれかの整数、pはXpが全体で−6価となるようにXの価数に応じて決まる値である)
【請求項13】
凝集保護剤を有するパラジウムナノ粒子と還元剤とを含む、水素化触媒。
【請求項14】
前記還元剤がボロヒドリド化合物である、請求項11〜13のいずれかに記載の水素化触媒。
【請求項15】
有機溶媒中、アルキン化合物又はアルケン化合物と、一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体と、塩基とを反応させることにより水素化促進剤を得る、水素化促進剤の製法。
Pd(II)Xjk …(1)
(Pd(II)Xm2-の塩 …(2)
(Pd(II)Ln2+の塩 …(3)
(Pd(IV)Xp2-の塩 …(4)
(一般式(1)〜(4)中、Lは含リン配位子を除く単座又は多座配位子(化合物中にLが2以上存在するときは各々独立して互いに同じであってもよいし異なっていてもよい)、Xはアニオン性基、jはXjが全体で−2価となるようにXの価数に応じて決まる値、kは0〜4のいずれかの整数、mはXmが全体で−4価となるようにXの価数に応じて決まる値、nは4〜6のいずれかの整数、pはXpが全体で−6価となるようにXの価数に応じて決まる値である)
【請求項16】
前記水素化促進剤は、前記アルキン化合物又は前記アルケン化合物を凝集保護剤として有するパラジウムナノ粒子である、請求項15に記載の水素化促進剤の製法。
【請求項17】
有機溶媒中、アルキニルアルコール化合物又はアルケニルアルコール化合物と、一般式(1)〜(4)からなるパラジウム化合物群から選ばれた1種又は2種以上のパラジウム化合物又はその多量体とを反応させることにより水素化促進剤を得る、水素化促進剤の製法。
Pd(II)Xjk …(1)
(Pd(II)Xm2-の塩 …(2)
(Pd(II)Ln2+の塩 …(3)
(Pd(IV)Xp2-の塩 …(4)
(一般式(1)〜(4)中、Lは含リン配位子を除く単座又は多座配位子(化合物中にLが2以上存在するときは各々独立して互いに同じであってもよいし異なっていてもよい)、Xはアニオン性基、jはXjが全体で−2価となるようにXの価数に応じて決まる値、kは0〜4のいずれかの整数、mはXmが全体で−4価となるようにXの価数に応じて決まる値、nは4〜6のいずれかの整数、pはXpが全体で−6価となるようにXの価数に応じて決まる値である)
【請求項18】
前記水素化促進剤は、前記アルキニルアルコール化合物又は前記アルケニルアルコール化合物を凝集保護剤として有するパラジウムナノ粒子である、請求項17に記載の水素化促進剤の製法。
【請求項19】
請求項10〜14のいずれかに記載の水素化触媒を用いて、反応溶媒中、水素又は水素を供与する化合物の存在下、反応基質であるアルキン化合物を部分水素化することによりアルケン化合物を得る、アルケン化合物の製法。
【請求項20】
請求項11〜14のいずれかに記載の水素化触媒を用いて、反応溶媒中、水素又は水素を供与する化合物の存在下、反応基質である内部アルキン化合物を部分水素化することにより、高選択的にシスアルケン化合物を得る、アルケン化合物の製法。
【請求項21】
請求項19又は請求項20に記載のアルケン化合物の製法であって、水素化触媒を水素ガスで前処理したのちアルキン化合物の水素化反応を行うことを特徴とする、アルケン化合物の製法。

【公開番号】特開2012−35264(P2012−35264A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−243193(P2011−243193)
【出願日】平成23年11月7日(2011.11.7)
【分割の表示】特願2006−511868(P2006−511868)の分割
【原出願日】平成17年3月30日(2005.3.30)
【出願人】(591045677)関東化学株式会社 (99)
【出願人】(805000018)財団法人名古屋産業科学研究所 (55)
【Fターム(参考)】