説明

水素同位体の分離・濃縮方法

【課題】設備費や運転費が低く抑えられることで少量の処理に適し、また、簡素なシステムで水素同位体を高濃縮状態に回収できる安全管理の容易な水素同位体の分離・濃縮方法を提供する。
【解決手段】吸着剤2を有し、液体窒素温度域に保持された状態で吸着剤2に水素ガスを平衡状態となるまで吸着させた単一のカラム1を用い、カラム1に水素同位体を含む一定流量の水素ガスを継続的に導入・通過させて、水素ガス中に含まれる水素同位体のみを低温常圧吸着させ、次いで、吸着剤2の吸着能力が低下したと判断した時点で、水素同位体を含む水素ガスの導入を一旦停止して、カラム1を液体窒素温度域に保持したまま減圧させることで、カラム1内の水素同位体を低温減圧脱着させ、更に、カラム1を減圧した状態のままで室温以下の温度まで上昇させることで、カラム1内の水素同位体を更に昇温減圧脱着させた後、カラム1を液体窒素温度域まで冷却すると共に、カラム1に水素ガスを大気圧の状態で導入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重水素や三重水素(トリチウム)に代表される水素同位体を気相中から有効に除去・回収し、また、それを再利用するにあたり用いられる水素同位体の分離・濃縮方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
核融合反応時に生成される水素ガス中のトリチウムを分離・回収する従来の方法としては、例えば、トリチウムを酸化させて水の形態することにより、分離・回収方法があるが、水の形態として分離・回収する場合には、再利用ができない。
【0003】
また、他の従来方法としては、沸点の違いを利用した深冷蒸留法を用いる方法がある(例えば、特許文献1参照。)。
【特許文献1】特開平6−43921号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、深冷蒸留法は、設備費や運転費が大きいため、少量のトリチウムを分離・回収する場合には適さない。また、深冷蒸留法の場合、トリチウムのインベントリー(滞留量)が大きくなり、安全管理の面での更なる向上が求められる場合がある。
【0005】
これに対し、本願出願人は、試験・研究の結果、圧力スイング吸着法(以下、「PSA法」という。)を用いて、吸着剤を充填したカラム(分離槽)内に、トリチウムを含んだ水素ガスを圧縮した状態で供給することでトリチウムのみを分離すると共に、吸着剤に吸着したトリチウムを、カラム内の圧力を大気圧まで戻すことでトリチウムガスとして取り出す(脱着する)方法に想到するに至った。
【0006】
ところが、PSA法を用いた場合、高濃縮のトリチウムを含んだ水素ガスを生成するにあたっては、複数のカラムをカスケード化して一連のシステムとして構成することで、トリチウムの濃縮度を徐々に高める必要があるため、システム全体が複雑になるという問題がある。
【0007】
加えて、本願発明者は、PSA法を用いた場合、吸着ガスや脱着ガス中の重水素(D)のマスバランスが取れないことを認識し、これは、カラム内に滞留した微量の水素ガス中に重水素(D)に代表される水素同位体が含まれており、滞留ガスの一部には、カラム内の温度を少し上昇させることで生成される脱着ガスが含まれ、更に、この脱着ガス中には、水素同位体が高濃縮されていることに起因することを見出した。
【0008】
本発明の解決すべき課題は、水素ガス中に含まれる水素同位体を、再利用を目的に分離・回収するにあたって、従来の方法では、設備費や運転費が大きいことから少量の処理に適さず、また、水素同位体を高濃縮状態に回収するにはシステム全体が複雑になることにあり、
本発明の目的とするところは、設備費や運転費が低く抑えられることで少量の処理に適し、また、簡素なシステムで水素同位体を高濃縮状態に回収できる安全管理の容易な水素同位体の分離・濃縮方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明である、水素同位体の分離・濃縮方法は、水素同位体及び水素ガスを吸着させる吸着剤を有し、液体窒素温度域に保持された状態で当該吸着剤に水素ガスを平衡状態となるまで吸着させた単一の分離槽を用い、この分離槽に水素同位体を含む一定流量の水素ガスを継続的に導入・通過させて、水素ガス中に含まれる水素同位体のみを低温常圧吸着させ、次いで、前記吸着剤の吸着能力が低下したと判断した時点で、水素同位体を含む水素ガスの導入を一旦停止して、前記分離槽を液体窒素温度域に保持したまま減圧させることで、当該分離槽内の水素同位体を低温減圧脱着させ、更に、前記分離槽を減圧した状態のままで室温以下の温度まで上昇させることで、当該分離槽内の水素同位体を更に昇温減圧脱着させたことを特徴とするものである。
【0010】
本発明において、吸着剤の吸着能力を判断する手段としては、例えば、分離槽の出口側に質量分析計を設け、この質量分析計を用いて検出された水素ガス及び水素同位体の経時変化で判断するものが挙げられる。
【0011】
また、分離槽の内圧は、大気圧(0.1MPa)とし、当該分離槽の温度は、例えば、加温ガス(空気又は窒素ガス)の温度と流量とによって制御され、液体窒素温度(77.4K)から室温(約300K)までの範囲とする。
【0012】
本発明に係る水素同位体としては、重水素(D)、トリチウム(T)が挙げられる。また、本発明に係る吸着剤には、ゼオライトや合成ゼオライト等が挙げられる。
が挙げられる。
【0013】
本発明によれば、水素同位体を低温減圧脱着させたときの当該分離槽内に滞留するガスを、この分離槽から取り出して一時的に保持し、この分離槽に水素同位体を含む新たな水素ガスを継続的に導入・通過させて水素同位体を分離するにあたり、この水素同位体を含む新たな水素ガスと共に前記分離槽に還流させることが好ましい。
【0014】
滞留ガスを分離槽から取り出す手段としては、例えば、真空ポンプが挙げられ、取り出された滞留ガスは、リザーバー(室)にて一時的に保持する。
【0015】
また、本発明によれば、水素同位体を昇温減圧脱着させた後、前記分離槽を液体窒素温度域まで冷却すると共に、当該分離槽に水素ガスを大気圧の状態で導入して低温昇圧することができる。
【0016】
この場合、別個独立した供給源からの水素ガスを導入することも可能であるが、低温昇圧時に分離槽に導入される水素ガスとして、分離槽の出口から取り出した水素ガスを用い、この水素ガスを大気圧で導入することが好ましい。
【0017】
更に、本発明によれば、水素同位体を含む水素ガスとしては、様々なものを利用することができ、例えば、トリチウム含有水から分離して取り出されたトリチウムを含む水素ガスを用いることも可能である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、単一の分離槽の圧力及び温度を管理するだけで、水素ガスに含まれる水素同位体を分離・回収することができる。このため、設備費や運転費が低く抑えられることで、少量のトリチウムを分離・回収する場合にも適用することができる。
【0019】
また、本発明によれば、吸着層の吸着能力が低下したと判断した時点で、1のプロセスとして、分離槽内の水素同位体を低温減圧脱着した後、更に、2のプロセスとして、分離槽内に残った水素同位体を昇温減圧脱着するという二段階のプロセスが実行されるため、PSA法を用いた場合と比較して、分離槽内の水素同位体を高濃縮状態で回収できる。
【0020】
しかも、分離槽を通して水素ガス中に含まれる水素同位体を繰り返し分離しても、最終的には、1回毎に、分離槽内の水素同位体を昇温減圧脱着によって回収できることから、単一の分離槽にて、水素ガス中に含まれる水素同位体を繰り返し分離・回収しても、分離槽内に滞留したガス中の水素同位体濃度は顕著に増加することがない。
【0021】
加えて、本発明によれば、分離槽内の水素同位体を昇温減圧脱着によって回収するにあたり、その温度管理は、少なくとも液体窒素温度(77.4K)から室温(約300K)までの間の範囲での昇温・降温制御で済むため、ヒータ等の特別な加熱手段が不要である。
【0022】
従って、本発明によれば、設備費や運転費が低く抑えられることで、分離・回収すべき水素同位体を含む水素ガスが少量である場合の処理にも適し、また、簡素なシステムで水素同位体を高濃縮状態に回収できる安全管理の容易な水素同位体の分離・濃縮方法を提供することができる。
【0023】
また、本発明において、水素同位体を低温減圧脱着させたときの当該分離槽内に滞留するガスを、この分離槽から取り出して一時的に保持し、この分離槽に水素同位体を含む新たな水素ガスを継続的に導入・通過させて水素同位体を分離するにあたり、この水素同位体を含む新たな水素ガスと共に分離槽に還流させれば、水素ガスに含まれる水素同位体を、より高濃縮な状態で回収できる。
【0024】
また、本発明によれば、水素同位体を昇温減圧脱着させた後、分離槽を液体窒素温度域まで冷却すると共に、当該分離槽に水素ガスを大気圧の状態で導入して低温昇圧させるという簡単なプロセスで、分離槽における水素同位体の吸着機能を復元させることができる。
【0025】
特に、この場合、低温昇圧時に導入される水素ガスとして、分離槽の出口から取り出したクリーンな水素ガスを用いれば、水素ガスに含まれる水素同位体を効率的に分離・回収することができる。
【0026】
更に、本発明において、水素同位体を含む水素ガスとして、トリチウム含有水から分離して取り出されたトリチウムを含む水素ガスを用いれば、従来、放射性廃棄物として処分されるトリチウム含有水から効率的にトリチウムを回収して再利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、図面を参照して、本発明の好適な形態を詳細に説明する。
【0028】
図1は、本発明に従うトリチウムの分離・濃縮方法に用いられる装置を例示する模式図である。
【0029】
符号1は、トリチウムガス(HT)及び水素(H2)ガスを吸着させる吸着剤2を充填した中空円筒状の単一のカラム(分離槽)である。カラム1は、液体窒素中に浸漬することにより、予め、液体窒素温度(77.4K)域に保持された状態であって、吸着剤2には、水素(H2)ガスを大気圧で導入しておくことで、水素(H2)ガスを平衡状態となるまで吸着させている。
【0030】
符号3は、カラム1の入口に繋がり、このカラム1内に、トリチウムガス(HT)を含む水素(H2)ガスを供給する供給路であり、この供給路3中には、入口側開閉弁V1が設けられている。
【0031】
符号4は、カラム1の出口に繋がり、このカラム1内でトリチウムガス(HT)が除去された水素(H2)ガスを取り出す排出路であり、この排出路4中には、出口側開閉弁V2と共に質量分析計Msが設けられている。
【0032】
符号5は、カラム1の内部と供給路3とを繋ぐ還流路である。この還流路5中には、更に、真空ポンプP1を介してカラム1内に滞留するガスを一時的に保持するためのガスリザーバR1が設けられている。
【0033】
符号6は、カラム1の内部と回収タンク7とを繋ぐ回収路であり、この回収路6中には、カラム1内のトリチウムガス(HT)を水素(H2)ガスと共に回収タンク7に回収させるための真空ポンプP2が設けられている。
【0034】
符号8は、カラム1に繋がり、このカラム1内に、水素(H2)ガスを供給する充填路であり、この充填路8中には、開閉弁V3が設けられている。
【0035】
符号10は、開閉弁V1〜V3及びポンプP1,P2をそれぞれ、質量分析計Msを用いて検出された水素ガス及び水素同位体の経時変化に応じて適宜制御するCPUを搭載したコントロールユニットである。
【0036】
図2は、図1に示す装置により、トリチウムガス(HT)を含む水素(H2)ガスからトリチウムガス(HT)を分離・回収する際の各プロセス[I]〜[IV]をそれぞれ、1つの図として時系列的に示した模式図である。
【0037】
また、図3は、本発明に従うトリチウムの分離・濃縮方法を説明するフローチャートである。
【0038】
以下、図1〜3を参照して、本発明に従うトリチウムの分離・濃縮方法を説明する。
【0039】
プロセス[I](低温常温吸着によるトリチウムガス(HT)の分離)
図3のステップS1では、先ずカラム1は、常圧(大気圧)の環境で、液体窒素温度(77.4K)域に保持しておく(以下、「低温常圧」という。)。次いで、この状態で、低温常圧のカラム1に、供給路3を通して、トリチウムガス(HT)と水素(H2)ガスとの混合ガス(H2+HT)を一定流量で継続的に導入・通過させる。このとき、混合ガス(H2+HT)に含まれるトリチウムガス(HT)は、カラム1内に充填された吸着剤2を通ることでこの吸着剤2に吸着する(以下、「低温常圧吸着」という。)。これにより、混合ガス(H2+HT)は、トリチウムガス(HT)と水素(H2)ガスとに分離され、トリチウムガス(HT)を取り除いたクリーンな水素ガス(H2)だけがカラム1の出口から排出路4を通して取り出される。
【0040】
プロセス[II](低温減圧脱着によるトリチウムガス(HT)の回収)
図3のステップS2では、混合ガス(H2+HT)を一定流量で継続的に導入・通過させる間は、質量分析計Msからの検出結果を基に、コントロールユニット10が吸着剤2の吸着能力が低下したかどうかを判断する。ステップS2にて、吸着剤2の吸着能力が低下したと判断するまでは、混合ガス(H2+HT)の導入を継続するが、吸着剤2の吸着能力が低下したと判断すると、ステップS3にて、出口側開閉弁V2と共に入口側開閉弁V1を閉じることにより、混合ガス(H2+HT)の導入を一旦停止させ、カラム1を液体窒素温度域に保持したまま、真空ポンプP1を駆動させる。このとき、カラム1の内部が減圧状態となることで、カラム1に滞留した混合ガス(H2+HT)と共に、吸着剤2に吸着したトリチウムガス(HT)の一部が脱着される(以下、「低温減圧脱着」という。)。
【0041】
そして、本形態では、ステップS4として、真空ポンプP1を駆動させることで吸着剤2から脱着したトリチウムガス(HT)を含む滞留ガスを、後に再度還流させるべく、ガスリザーバR1に一時的に保持する。なお、この場合、ガスリザーバR1に保持される滞留ガスに含まれるトリチウムガス(HT)の濃度は、カラム1に導入される前の1.2倍となる。
【0042】
なお、本願発明者の試験・研究の結果では、低温減圧脱着後にカラム1内に残留するガスの中に含まれるトリチウムガス(HT)の濃度は、真空ポンプP1を駆動させて到達した真空度に顕著に依存し、低温減圧脱着後のカラム1内の真空度は、100Pa前後に維持することが好ましい。
【0043】
プロセス[III](昇温減圧脱着によるトリチウムガス(HT)の回収)
本発明では更に、ステップS5として、低温減圧脱着後のカラム1内に滞留するガスがガスリザーバR1に排気保持された後は、カラム1を減圧状態のままで、このカラム1の温度域を液体窒素温度(77.4K)から室温(約300K)以下の温度まで上昇させることにより、吸着剤2に吸着したトリチウムガス(HT)の残部を更に脱着させる(以下、「昇温減圧脱着」という。)。具体的には、液体窒素中に浸漬したカラム1を室温の大気中に取り出すことで速やかな脱着が生じる。
【0044】
そしてこの後、ステップS6にて、回収路6に介在する真空ポンプP2を駆動させて、昇温減圧脱着によって脱着させたトリチウムガス(HT)を含む残留ガスを回収タンク7に回収する。なお、この場合、回収タンク7に回収される残留ガスに含まれるトリチウムガス(HT)の濃度は、カラム1に導入される前の10倍となる。
【0045】
これにより、回収タンク7には、高濃縮状態のトリチウムガス(HT)としてトリチウム(T)が回収されると共に、吸着剤2は、トリチウムガス(HT)を吸着できない破過の状態から、再び、トリチウムガス(HT)を吸着することができる状態になる。
【0046】
プロセス[IV](低温昇圧による分離槽の復元)
プロセス[III]の後、カラム1を再び液体窒素温度域まで冷却すると共に、水素(H2)ガスを大気圧の状態で導入して、カラム1の圧力を元の圧力(大気圧)まで復帰させ(以下、「低温昇圧」という。)、水素(H2)ガスを吸着剤2に平衡状態となるまで吸着させる。これにより、カラム1内は、混合ガス(H2+HT)が供給される前の初期状態に復元される。
【0047】
なお、本発明によれば、低温昇圧時においてカラム1に導入される水素(H2)ガスとして、別個独立した供給源から水素(H2)ガスを導入することも可能であるが、本形態では、水素ガス充填路8中に、開閉弁V4を介してカラム1の出口から取り出されたクリーンな水素(H2)ガスを一時的に保持するための水素ガスリザーバR2を設け、この水素ガスリザーバR2にて保持された水素(H2)ガスを用いている。
【0048】
また、本形態では、低温減圧脱着したときのカラム1内の滞留ガスを、ポンプP1を駆動させることでカラム1から取り出してガスリザーバR1にて一時的に保持しているが、このガスリザーバR1にて一時的に保持した滞留ガスは、カラム1に新たな混合ガス(H2+HT)を継続的に導入・通過させてトリチウムガス(HT)を分離するにあたり、この新たな混合ガス(H2+HT)と共にカラム1に還流させる。
【0049】
以上、本発明に従う同方法によれば、単一のカラム1の圧力及び温度を管理するだけで、混合ガス(H2+HT)に含まれるトリチウム(T)をトリチウムガス(HT)として分離・除去することができる。このため、設備費や運転費が低く抑えられることで、少量のトリチウム(T)を分離・回収する場合にも適用することができる。
【0050】
また、本発明に従う同方法によれば、吸着層2の吸着能力が低下したと判断した時点で、プロセス[II]として、カラム1内のトリチウムガス(HT)を低温減圧脱着した後、更に、プロセス[III]として、カラム1内に残ったトリチウムガス(HT)を昇温減圧脱着するという二段階のプロセスが実行されるため、PSA法を用いた場合と比較して、カラム1内のトリチウムガス(HT)を高濃縮状態で回収できる。
【0051】
しかも、本発明に従う同方法によれば、カラム1を通して混合ガス(H2+HT)中に含まれるトリチウムガス(HT)を繰り返し分離しても、最終的には、1回毎に、カラム1内のトリチウム(T)を昇温減圧脱着によってトリチウムガス(HT)として回収できることから、単一のカラム1にて、水素(H2)ガス中に含まれるトリチウムガス(HT)を繰り返し分離・回収しても、カラム1内に滞留したガス中のトリチウムガス(HT)濃度は顕著に増加することがない。
【0052】
加えて、本発明に従う同方法によれば、吸着層2に残ったトリチウムガス(HT)を昇温減圧脱着によって回収するにあたり、その温度管理は、液体窒素温度(77.4K)から室温(約300K)までの間の範囲での昇温・降温制御で済むため、ヒータ等の特別な加熱手段が不要である。
【0053】
従って、本発明に従う同方法によれば、設備費や運転費が低く抑えられることで混合ガス(H2+HT)が少量である場合の処理にも適し、また、簡素なシステムでトリチウムガス(HT)を高濃縮状態に回収できる安全管理の容易なトリチウム(T)の分離・濃縮方法を提供することができる。
【0054】
また、本発明に従う同方法によれば、低温減圧脱着したときの当該カラム1内に滞留するガスを、このカラム1から取り出して一時的に保持し、このカラム1に新たな混合ガス(H2+HT)を継続的に導入・通過させてトリチウムガス(HT)を分離するにあたり、この新たな混合ガス(H2+HT)と共にカラム1に還流させることで、混合ガス(H2+HT)に含まれるトリチウムガス(HT)を、より高濃縮な状態で回収できる。
【0055】
また、本発明に従う同方法によれば、トリチウム(T)を昇温減圧脱着させた後、カラム1を液体窒素温度域まで冷却すると共に、当該カラム1に水素(H2)ガスを大気圧の状態で導入して低温昇圧させるという簡単なプロセスで、カラム1におけるトリチウム(T)の吸着機能を復元させることができる。
【0056】
特に、この場合、低温昇圧時に導入される水素(H2)ガスとして、カラム1の出口から取り出したクリーンな水素(H2)ガスを用いたことで、混合ガス(H2+HT)含まれるトリチウムガス(HT)を効率的に分離・回収することができる。
【0057】
図4は、図1に示す装置により、トリチウム含有水(HTO)からトリチウムガス(HT)を分離・回収する際の各プロセス[I]〜[IV]をそれぞれ、1つの図として時系列的に示した模式図である。なお、各プロセス[I]〜[IV]は、図2にて説明したプロセスと同一のプロセスであるため、その説明を省略する。
【0058】
本発明に従う同方法では、トリチウムガス(HT)と分離・回収すべきガスとして、水・水素化学交換反応塔9を通してトリチウム含有水(HTO)から分離して取り出されたトリチウムガス(HT)を含む水素(H2)ガスを用いている。
【0059】
本発明に従う同方法にように、トリチウムガス(HT)と分離・回収すべき混合ガス(H2+HT)として、トリチウム含有水(HTO)から分離して取り出されたトリチウムガス(HT)を含む水素ガス(H2)を用いれば、従来、放射性廃棄物として処分されるトリチウム含有水(HTO)から効率的にトリチウムガス(HT)を回収して再利用することができる。
【実施例】
【0060】
以下、本発明に従うトリチウムの分離・濃縮方法の検証実験の結果を示す。
【0061】
図5は、実験装置の概略図である。この実験装置には、分離槽として、内径21mm有効径787mmのU字型ステンレス鋼(SUS)製カラム1を用い、このカラム1内に、吸着剤2として粒径2mmの合成ゼオライト−5Aを168g充填し、更に、試料ガスとして、水素(H2)ガス中に重水素(D2)ガスを1%含む水素混合ガスを用いた。
【0062】
また、合成ゼオライト−5Aの吸着能力を判断するにあたって用いられる水素同位体多成分連続分析装置(質量分析計)Msには、インライン流通系の混合ガスにおける連続かつ安定した多成分の質量分析が可能な四重極型質量分析システム(アネルバ製 M-QA-100)を採用した。このシステムによれば、H2/D2系において、水素ガスバルク(H2)中に存在する100ppm以下の重水素ガス(D2)を検出することができる。
【0063】
(1)水素同位体分離操作
ネオン(Ne)をイナートガスとし、77.4Kの温度域のカラム1に常圧充填した後、試料ガスを流量2.0L/min・STPで流入させ、質量分析計Msを用いてカラム1出口のH2濃度、D2濃度、H2/D2比の経時変化を測定した。
【0064】
図6は、この実験により得られた、H2及びD2の破過曲線である。なお、図6において、横軸及び縦軸にはそれぞれ、破過時間(sec)と、供給ガス中の水素(H2及びD2)濃度(Co)と、カラム出口の水素(H2及びD2)濃度(C)の比とを示す。この結果より、従来から知られているように、吸着剤に対する水素同位体の吸着・脱着特性の相違に起因して、H2がD2よりも早く破過することが確認された。
【0065】
(2)常温吸着・減圧脱着繰り返し操作
上記破過実験の後、真空ポンプ(アネスト岩田製 ISP-500B)P1を用いて100Pa以下を到達点として、カラム1内の滞留及び吸着ガスを約20分間真空排気した。その後、カラム出口から水素(H2)ガスを流量2.0L/min・STPで注入し、常圧になるまで充填した。次いで、カラム1の入口から試料ガスを流入させ、質量分析計Msを用いてカラム出口のD2濃度の経時変化を測定した。ここでは、この操作を3回繰り返した結果、図7に示すように、良好な再現性を確認することができた。また、従来の知見からは予測されない結果として、D2の破過が生じる初期にカラム出口のD2濃度(C)が供給ガス中のD2濃度(Co)より高くなる(C/Coが1よりも大きくなる)特異的な事象が見出され、カラム内にD2が高濃縮されて残留吸着している可能性が示唆された。
【0066】
また、本実験にて、濃縮度αを
α=(D2/H2目的ガス/(D2/H2試料ガス
で定義した場合、水素同位体分離操作実験では、図6に示す水素(H2)ガス及び重水素(D2)ガスの破過曲線の積分により得られた結果から、カラム1内の重水素(D2)ガスの吸着相濃縮度α0は、α0=1.80であった。
【0067】
また、上記の減圧脱着操作実験で、真空排気操作を行いアルミニウム製のパックに回収・分析して得られた回収ガスの濃縮度α1は、α1=1.20であった。
【0068】
上記常圧吸着・減圧脱着操作実験後、真空排気されたカラム1を室温近くまで昇温し、脱着回収した残留ガスの体積は、吸着ガスの10%程度であると推察された。即ち、真空排気操作による回収ガス(真空排気操作によって一時的に保持された滞留ガス)の収量が約90%であるのに対し、カラム1(吸着剤2)内に残留した未収量は約10%であると推察された。更に、質量分析の結果、最終的に回収されたガスの濃縮度(原料ガス成分に対する濃縮度)α2は、α2=6〜10にも達した。
【0069】
上記結果より、本発明の水素同位体の分離・濃縮方法によれば、水素同位体の有意な分離・濃縮が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、核融合炉において、水素ガス中に含まれる水素同位体の再利用する際などに使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明に従うトリチウムの分離・濃縮方法に用いられる装置を例示する模式図である。
【図2】図1に示す装置により、トリチウムガスを含む水素ガスからトリチウムガスを分離・回収する際の各プロセスをそれぞれ、1つの図として時系列的に示した模式図である。
【図3】同装置を用いた本発明に従うトリチウムの分離・濃縮方法を説明するフローチャートである。
【図4】本発明に従うトリチウムの分離・濃縮方法を説明するフローチャートである。
【図5】図1に示す装置により、トリチウム含有水からトリチウムガスを分離・回収する際の各プロセスをそれぞれ、1つの図として時系列的に示した模式図である。
【図6】本発明に従うトリチウムの分離・濃縮方法の検証実験装置の概略図である。
【図7】実験装置を用いて水素混合ガスバルク破過操作を行った際に得られた破過曲線である。
【符号の説明】
【0072】
1 カラム(分離槽)
2 吸着剤
3 供給路
4 排出路
5 還流路
6 回収路
7 回収タンク
8 充填路
10 コントロールユニット
V1〜V4 開閉弁
P1,P2 真空ポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素同位体及び水素ガスを吸着させる吸着剤を有し、液体窒素温度域に保持された状態で当該吸着剤に水素ガスを平衡状態となるまで吸着させた単一の分離槽を用い、
この分離槽に水素同位体を含む一定流量の水素ガスを継続的に導入・通過させて、水素ガス中に含まれる水素同位体のみを低温常圧吸着させ、
次いで、前記吸着剤の吸着能力が低下したと判断した時点で、水素同位体を含む水素ガスの導入を一旦停止して、前記分離槽を液体窒素温度域に保持したまま減圧させることで、当該分離槽内の水素同位体を低温減圧脱着させ、
更に、前記分離槽を減圧した状態のままで室温以下の温度まで上昇させることで、当該分離槽内の水素同位体を更に昇温減圧脱着させたことを特徴とする水素同位体の分離・濃縮方法。
【請求項2】
請求項1に記載の分離・濃縮方法において、
水素同位体を低温減圧脱着させたときの当該分離槽内に滞留するガスを、この分離槽から取り出して一時的に保持し、
この分離槽に水素同位体を含む新たな水素ガスを継続的に導入・通過させて水素同位体を分離するにあたり、
この水素同位体を含む新たな水素ガスと共に前記分離槽に還流させることを特徴とする水素同位体の分離・濃縮方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の分離・濃縮方法において、
水素同位体を昇温減圧脱着させた後、
前記分離槽を液体窒素温度域まで冷却すると共に、当該分離槽に水素ガスを大気圧の状態で導入して低温昇圧することを特徴とする水素同位体の分離・濃縮方法。
【請求項4】
請求項3に記載の分離・濃縮方法において、
前記低温昇圧時に前記分離槽に導入される水素ガスとして、当該分離槽の出口から取り出した水素ガスを用いることを特徴とする水素同位体の分離・濃縮方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の分離・濃縮方法において、
水素同位体を含む水素ガスは、トリチウム含有水から分離して取り出されたトリチウムを含む水素ガスであることを特徴とする水素同位体の分離・濃縮方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−296089(P2008−296089A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−142206(P2007−142206)
【出願日】平成19年5月29日(2007.5.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年12月6日 日本原子力学会九州支部主催の「第25回研究発表講演会」において文書及びポスターをもって発表
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)