説明

水素含有炭素膜

【課題】 水素含有炭素膜が形成されている基板からの剥離を有効に防止できるなどの新たな特性を有する水素含有炭素膜を提供する。
【解決手段】 炭素と水素とを含む水素含有炭素膜であって、水素含有炭素膜中における水素の含有量が50原子%よりも多く65原子%よりも少なく、水素含有炭素膜の密度が1.3g/cm3よりも大きく1.5g/cm3よりも小さい水素含有炭素膜である。また、水素含有炭素膜中における水素の含有量が0原子%よりも多く50原子%よりも少なく、水素含有炭素膜の密度が1.4g/cm3よりも大きく1.9g/cm3よりも小さい水素含有炭素膜である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水素含有炭素膜に関し、特に水素含有炭素膜が形成されている基板からの剥離を有効に防止できるなどの新たな特性を有する水素含有炭素膜に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭素と水素とを含む水素含有炭素膜はその機械的特性および化学的安定性を利用して、たとえば工具、金型、機械部品、電気部品または光学部品などの被覆材料として主に用いられていた。しかしながら、近年、水素含有炭素膜の応用分野は多岐にわたっており、それぞれの応用分野に応じて、様々な特性を有する水素含有炭素膜の開発が進められている。
【0003】
たとえば特許文献1においては、キャプスタン軸の最表面にヌープ硬さ5000kg/mm2、密度2.49および水素含有率25%である水素含有炭素膜が形成されたテープ駆動装置が開示されている(特許文献1の段落[0039]、表1参照)。しかしながら、この水素含有炭素膜は、その膜厚をたとえば0.5μmのように大きくした場合には膜自体の付着性が低下してエージング途中で剥離してしまうという問題があった(特許文献1の段落[0064]、[0066]参照)。
【0004】
また、特許文献2においては、密度2.5g/cm3、硬さ約50GPaおよび約8〜18原子%の水素を含む水素含有炭素膜を保護層として磁気層上に形成した磁気記録媒体が開示されている(特許文献2の請求項13、請求項14、請求項16参照)。しかしながら、この水素含有炭素膜の膜厚を15nmよりも大きくした場合には、膜厚とともに表面粗さが増加するため膜厚を大きくすることができないという問題があった(特許文献2の16頁の9〜10行目参照)。
【0005】
さらに、特許文献3においては、密度が2.8g/cm3以上3.3g/cm3以下、スピン密度が1×1018spins/cm3以上1×1021spins/cm3以下、炭素の含有量が99.5原子%以上、水素の含有量が0.5原子%以下およびヌープ硬度が2000以上6000以下である水素含有炭素膜が開示されている(特許文献3の特許請求の範囲参照)。しかしながら、この水素含有炭素膜は密度が大きく高硬度であるため、特許文献1に記載の水素含有炭素膜と同様に膜厚を大きくした場合には基板から剥離しやすくなるという問題があった。
【特許文献1】特開平7−121938号公報
【特許文献2】特表2000−512053号公報
【特許文献3】特開2003−147508号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、水素含有炭素膜が形成されている基板からの剥離を有効に防止できるなどの新たな特性を有する水素含有炭素膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様による水素含有炭素膜は、炭素と水素とを含む水素含有炭素膜であって、水素含有炭素膜中における水素の含有量が50原子%よりも多く65原子%よりも少なく、水素含有炭素膜の密度が1.3g/cm3よりも大きく1.5g/cm3よりも小さい水素含有炭素膜である。
【0008】
ここで、本発明の第1の態様による水素含有炭素膜は圧縮応力を有していてもよい。また、この圧縮応力は0.01GPaよりも大きく1GPaよりも小さいことが好ましい。
【0009】
また、本発明の第1の態様による水素含有炭素膜のスピン密度は5×1016spins/cm3未満であることが好ましい。
【0010】
本発明の第2の態様による水素含有炭素膜は、炭素と水素とを含む水素含有炭素膜であって、水素含有炭素膜中における水素の含有量が0原子%よりも多く50原子%よりも少なく、水素含有炭素膜の密度が1.4g/cm3よりも大きく1.9g/cm3よりも小さい水素含有炭素膜である。
【0011】
ここで、本発明の第2の態様による水素含有炭素膜は引張応力を有していてもよい。この引張応力は0.05GPaよりも大きく1GPaよりも小さいことが好ましい。
【0012】
また、本発明の第2の態様による水素含有炭素膜のスピン密度は1×1017spins/cm3よりも大きく1×1020spins/cm3よりも小さいことが好ましい。
【0013】
本発明の第3の態様による水素含有炭素膜は、炭素と水素とを含む水素含有炭素膜であって、水素含有炭素膜は、水素含有炭素膜中における水素の含有量が50原子%よりも多い領域と50原子%よりも少ない領域とを有する水素含有炭素膜である。
【0014】
ここで、本発明の第3の態様による水素含有炭素膜においては、水素の含有量が50原子%よりも多い領域が上記の第1の態様による水素含有炭素膜からなり、水素の含有量が50原子%よりも少ない領域が上記の第2の態様による水素含有炭素膜からなっていてもよい。
【0015】
また、本発明の第3の態様による水素含有炭素膜においては、水素の含有量が50原子%よりも多い領域が相対的に屈折率が低い領域であり、水素の含有量が50原子%よりも少ない領域が相対的に屈折率が高い領域であってもよい。
【0016】
また、本発明の第3の態様による水素含有炭素膜においては、水素の含有量が50原子%よりも多い領域が相対的に電気抵抗率が高い領域であり、水素の含有量が50原子%よりも少ない領域が相対的に電気抵抗率が低い領域であってもよい。
【0017】
また、本発明の第2、第3の態様による水素含有炭素膜は、膜厚方向に水素の含有量の分布があってもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、水素含有炭素膜が形成されている基板からの剥離を有効に防止できるなどの新たな特性を有する水素含有炭素膜を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、本願の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表わすものとする。
【0020】
本発明の第1の態様による水素含有炭素膜は、炭素と水素とを含む水素含有炭素膜であって、水素含有炭素膜中における水素の含有量が50原子%よりも多く65原子%よりも少なく、密度が1.3g/cm3よりも大きく1.5g/cm3よりも小さい水素含有炭素膜である。このように水素の含有量および密度を規定することによって柔軟性のある水素含有炭素膜を得ることができる。したがって、たとえばフレキシブルな基板上にこの水素含有炭素膜を厚膜に形成した場合でも基板の湾曲などの変化に対して水素含有炭素膜が追従することができることから、基板からの剥離を有効に防止することができる。また、水素の含有量が少なく密度が大きい水素含有炭素膜は基板からの剥離のために厚膜化が困難であったり、膜厚の増大とともに水素含有炭素膜の表面粗さが増大するが、上記のように水素の含有量および密度を規定した水素含有炭素膜においては表面粗さを増大させることなく、厚膜化が可能になる。
【0021】
ここで、水素含有炭素膜中の水素の含有量については、ラザフォード後方散乱(RBS)および水素前方散乱(HFS)などを用いて算出することができる。これは、たとえばヘリウムイオンを水素含有炭素膜に照射して後方に散乱したヘリウムイオンと前方に散乱した水素含有炭素膜中の水素を検出器によって検出して水素量を含む各種構成元素の組成を算出する方法である。また、水素含有炭素膜の密度については、X線反射率(GIXR)法などにより算出することができる。これは、水素含有炭素膜に照射されたX線の反射率などによって水素含有炭素膜の密度を算出する方法である。
【0022】
また、本発明の第1の態様による水素含有炭素膜は圧縮応力を有し得る。また、この圧縮応力は0.01GPaよりも大きく1GPaよりも小さいことが好ましい。圧縮応力がこの範囲内にある場合には基板上に形成される水素含有炭素膜の膜厚を大きくしても水素含有炭素膜が基板から剥離しない傾向にある。ここで、圧縮応力は、基板上に水素含有炭素膜を形成し、水素含有炭素膜を形成した後の基板の湾曲率と基板の厚さなどから算出される。
【0023】
本発明の第1の態様による水素含有炭素膜のスピン密度は5×1016spins/cm3未満であることが好ましい。この場合には、水素含有炭素膜の欠陥密度の低下によって、特に水素含有炭素膜の絶縁性が向上し、水素含有炭素膜における光の吸収量が低下する傾向にある。ここで、スピン密度は、電子スピン共鳴(ESR)法によって算出される。また、スピン密度は不対電子密度と同義であり、スピン密度が大きいほど水素含有炭素膜中における未結合手、すなわち欠陥が多いことが示される。
【0024】
本発明の第1の態様による水素含有炭素膜の硬度は、ヌープ硬度で30よりも大きく200よりも小さいものであり得る。また、本発明の第1の態様による水素含有炭素膜の電気抵抗率は1×109Ωcm以上であり得る。また、本発明の第1の態様による水素含有炭素膜の可視光(緑)に対する消衰係数は2×10-4未満であって、波長1550nmの光に対する消衰係数は1×10-4未満であり得る。また、本発明の第1の態様による水素含有炭素膜の可視光〜赤外光に対する屈折率は1.48〜1.6であり得る。ここで、ヌープ硬度は従来から公知のヌープ硬度の測定法により算出される。また、電気抵抗率は四端子法などによって算出される。さらに、消衰係数および屈折率はエリプソ、分光エリプソまたは分光器などによって算出される。
【0025】
本発明の第1の態様による水素含有炭素膜は、たとえば層間に形成される絶縁膜、導体表面に形成される絶縁膜、電気抵抗率の分布を形成した膜、帯電防止材料、屈折率の分布を形成した膜、DOE(回折光学素子)、導波路、透過率の分布を形成した膜、無反射コート材料または光学記録材料などに用いられることが考えられる。
【0026】
本発明の第1の態様による水素含有炭素膜は、たとえば高周波プラズマCVD法を用いて作製することができる。ここで、原料としては、たとえばメタン(CH4)、プロパン(C38)、ブタン(C410)、ヘキサン(C614)、オクタン(C818)、アセチレン(C22)、ベンゼン(C66)およびシクロヘキサン(C612)からなる群から選択された少なくとも1種の炭化水素ガスを用いることができる。なかでも、成膜速度が大きいこと、投入電力が小さくて済むことおよび水素含有炭素膜の透明度が高いことの観点からは、プロパン以上の分子量を有する炭化水素ガスを用いることが好ましい。そして、高周波プラズマCVD装置内の高周波電極に室温(25℃)〜150℃の温度の基板を設置し、この基板に高周波電力を印加した状態で高周波プラズマCVD装置内に上記の炭化水素ガスを導入することによって、基板上に水素含有炭素膜を形成することができる。ここで、基板上に形成される水素含有炭素膜が上記のような水素の含有量および密度などを有するように、基板に印加される電力、炭化水素ガスの組成および導入量などの条件が適宜調整される。なお、基板としては、たとえば石英、シリコン、銅配線が形成されたポリイミド樹脂または銅配線が形成されたエポキシ樹脂などが用いられる。また、上記においては、高周波プラズマCVD法を用いて水素含有炭素膜を作製する場合について説明したが、高周波プラズマCVD法の代わりにカソードアークイオンプレーティング法またはスパッタリング法などの方法によっても作製することができる。
【0027】
本発明の第2の態様による水素含有炭素膜は、炭素と水素とを含む水素含有炭素膜であって、水素含有炭素膜中における水素の含有量が0原子%よりも多く50原子%よりも少なく、水素含有炭素膜の密度が1.4g/cm3よりも大きく1.9g/cm3よりも小さい水素含有炭素膜である。このように水素含有炭素膜の水素の含有量および密度を規定することによっても柔軟性のある水素含有炭素膜を得ることができるので、この場合にも基板からの剥離を有効に防止することができる。したがって、この水素含有炭素膜も基板上に厚膜に形成することが可能である。ここで、上記と同様に水素含有炭素膜中の水素の含有量はラザフォード後方散乱(RBS)および水素前方散乱(HFS)などを用いて、また密度についてはX線反射率(GIXR)法などを用いて算出することができる。
【0028】
ここで、本発明の第2の態様による水素含有炭素膜は引張応力を有していてもよい。この引張応力は0.05GPaよりも大きく1GPaよりも小さいことが好ましい。この場合には基板上に形成される水素含有炭素膜の経時変化を小さくすることができる傾向にある。一般的に気相合成で成長させた膜は圧縮応力を有するが、この水素含有炭素膜は引張応力を有する傾向にある点にも特徴がある。ここで、引張応力は上記の第1の態様による水素含有炭素膜の圧縮応力の場合と同様にして算出される。
【0029】
また、本発明の第2の態様による水素含有炭素膜のスピン密度は1×1017spins/cm3よりも大きく1×1020spins/cm3よりも小さいことが好ましい。この場合には、水素含有炭素膜の電気抵抗率が低下し、水素含有炭素膜における光の吸収量が増大する傾向にある。ここで、スピン密度は、上記の第1の態様による水素含有炭素膜と同様に電子スピン共鳴(ESR)法によって算出される。
【0030】
本発明の第2の態様による水素含有炭素膜の硬度は、ヌープ硬度で40よりも大きく800よりも小さいものであり得る。また、本発明の第2の態様による水素含有炭素膜の電気抵抗率は1〜1×109Ωcmであり得る。また、本発明の第2の態様による水素含有炭素膜の可視光(緑)に対する消衰係数は5×10-4〜5×10-2であって、波長1550nmの光に対する消衰係数は3×10-4〜3×10-2であり得る。また、本発明の第1の態様による水素含有炭素膜の可視光〜赤外光に対する屈折率は1.55〜2.4であり得る。ここで、ヌープ硬度、電気抵抗率、消衰係数および屈折率はそれぞれ上記の第1の態様による水素含有炭素膜と同様の方法によって算出される。また、本発明の第2の態様による水素含有炭素膜の用途としては、上記の第1の態様による水素含有炭素膜と同様の用途が考えられる。
【0031】
本発明の第2の態様による水素含有炭素膜は、たとえば上記の第1の態様による水素含有炭素膜にイオン、光または電子線などを照射することなどによって作製される。
【0032】
ここで、イオンを照射する場合には、イオンとしてたとえば水素、ヘリウム、ホウ素、炭素または窒素などのイオンを照射することができる。なかでも、水素含有炭素膜の内部の深くまで注入することができる水素またはヘリウムのイオンを照射することが好ましい。また、イオンの加速エネルギはたとえば50keV〜8MeVであり、好ましくは工業的に安価で深くまでイオンを注入することができる100keV〜400keVである。さらに、イオンの注入量は、たとえば1×1015〜5×1017ions/cm2であり、好ましくは7×1015〜2×1017ions/cm2である。
【0033】
また、光を照射する場合には、光としてたとえばUV(紫外線)レーザ光(たとえば波長248nmのKrFレーザ光、波長308nmのXeClレーザ光、波長193nmのArFレーザ光など)、UVランプ光(たとえば波長200〜300nmのランプ光を含む)、SR(シンクロトロン放射)光(たとえば50〜2000eVの連続光)またはγ線などが用いられる。ここで、UVレーザ光の照射は、たとえば平均出力1〜100W/cm2のUVレーザ光を5〜240分間照射することにより行なわれる。また、UVランプ光の照射は、たとえば5〜200W/cm2のUVランプ光を0.5〜120時間照射することにより行なわれる。また、SR光の照射量は、たとえば10〜500mA・min/mm2であり得る。
【0034】
また、電子線を照射する場合には、1〜80keVのエネルギ、好ましくは5〜20keVのエネルギを有する電子線を0.1μC(クーロン)/cm2〜10mC/cm2の照射量、好ましくは1μC/cm2〜1mC/cm2の照射量で照射することにより行なわれる。
【0035】
図1の模式的拡大上面図に、本発明の第3の態様による水素含有炭素膜の好ましい一例を示す。この水素含有炭素膜は、炭素と水素とを含む水素含有炭素膜であって、水素含有炭素膜中における水素の含有量が50原子%よりも多い領域1と50原子%よりも少ない領域2とを有する水素含有炭素膜である。このように水素含有炭素膜に水素の含有量が50原子%よりも多い領域1と50原子%よりも少ない領域2とを形成することによって、水素含有炭素膜に圧縮応力と引張応力とを混在させることができるため、水素含有炭素膜全体としての応力を緩和し得る。これにより、この水素含有炭素膜を基板上に厚膜に形成した場合でも基板からの剥離を有効に防止することができる。また、このように水素含有炭素膜の表面と平行な方向に水素の含有量の分布を形成することによって、化学的、音響的、電気的または光学的に有用な素子を形成し得る。このような水素含有炭素膜としては、たとえば水素の含有量が50原子%よりも多い領域1が上記の第1の態様による水素含有炭素膜からなり、水素の含有量が50原子%よりも少ない領域2が上記の第2の態様による水素含有炭素膜からなる水素含有炭素膜が挙げられる。
【0036】
また、本発明の第3の態様による水素含有炭素膜においては、水素の含有量が50原子%よりも多い領域が相対的に屈折率が低い領域であって、水素の含有量が50原子%よりも少ない領域が相対的に屈折率が高い領域であってもよい。このように水素含有炭素膜の表面と平行な方向に屈折率の分布を形成することによって光学的に有用な素子を形成し得る。
【0037】
このような水素含有炭素膜の表面と平行な方向に屈折率の分布を有する水素含有炭素膜の用途としては、たとえば屈折率変調型の回折光学素子がある。図2に、この水素含有炭素膜を用いた屈折率変調型の回折光学素子の好ましい一例の模式的な断面図を示す。この回折光学素子は石英などからなる透光性の基板3上に相対的に屈折率が低い領域4と相対的に屈折率が高い領域5とからなる水素含有炭素膜6が形成されている。
【0038】
図3において、図2に示す回折光学素子を波長合分岐器として使用する場合における波長分岐作用を模式的な断面図で図解している。図3に表わされているように、たとえば複数の波長λ1、λ2、λ3、λ4を含む単一の入射光をこの回折光学素子に入射させれば、その回折光学素子を通過する入射光の回折角は波長に依存して互いに異なる。その結果、複数波長を含む単一の入射光が、波長ごとに進行方向の異なる複数の回折光に分離され得るのである。なお、図3中の矢印で示された入射光と回折光との向きを逆にすれば、図3の回折光学素子が合波器として利用され得る。
【0039】
図4は、図2に示す回折光学素子を光カプラ(パワー分岐装置)として使用する場合におけるパワー分岐作用を模式的な断面図で図解している。すなわち、パワーPを有する単一波長の入射光を回折光学素子に入射させれば、その回折光学素子を通過する入射光の回折角は回折次数に依存して互いに異なる。その結果、単一波長の入射光が、それぞれP/4のパワーを有する複数の回折光に分離され得るのである。
【0040】
図5は、図2に示す回折光学素子を偏光合分岐器として使用する場合における偏光分岐作用を模式的な断面図で図解している。すなわち、TE成分とTM成分とを含むTEM波をこの回折光学素子に入射させれば、TE波とTM波とはその偏光の相違に依存して互いに異なる回折角で回折される。したがって、TE波とTM波との分岐が可能になる。
【0041】
図6の模式的な断面図に、図2に示す回折光学素子の製造工程の一部の好ましい一例を示す。ここで、水素含有炭素膜6の表面上に複数のライン状にパターンニングされた金マスク7が形成されている。このライン状の金マスク7は、その長さ方向に直交する断面において矩形状であり、かなりの厚さを有している。このような金マスク7の斜め上方から、水素含有炭素膜6の表面に傾斜する方向にヘリウムイオン8が照射される。そして、ヘリウムイオン8が照射された部分については水素の含有量が50原子%よりも少なくなって相対的に屈折率の高い領域5となり、ヘリウムイオン8が照射されなかった部分については水素の含有量が50原子%よりも多い状態で保持されて相対的に屈折率の低い領域4となる。このようにして、図6の水素含有炭素膜6中において、相対的に屈折率の高い領域5と相対的に屈折率の低い領域4とが形成され、これらの領域の界面を水素含有炭素膜6の表面に対して傾斜させることができる。
【0042】
なお、図2から図6においては、相対的に屈折率が低い領域4と相対的に屈折率が高い領域5とが水素含有炭素膜6の表面の垂線に対し傾斜して形成されている場合を開示しているが、相対的に屈折率が低い領域4と相対的に屈折率が高い領域5とは水素含有炭素膜6の表面の垂線に平行な方向に形成されていてもよい。また、図3、図4、図5および図6においては、説明の便宜上、透光性の基板については記載が省略されている。
【0043】
また、上記の屈折率の分布を有する水素含有炭素膜としては、たとえば、相対的に屈折率が低い領域が上記の第1の態様による水素含有炭素膜からなり、相対的に屈折率が高い領域が上記の第2の態様による水素含有炭素膜からなっていてもよい。
【0044】
また、本発明の第3の態様による水素含有炭素膜においては、水素の含有量が50原子%よりも多い領域が相対的に電気抵抗率が高い領域であり、水素の含有量が50原子%よりも少ない領域が相対的に電気抵抗率が低い領域であってもよい。このように水素含有炭素膜の表面と平行な方向に電気抵抗率の分布を形成することによって電気的に有用な素子を形成し得る。このような水素含有炭素膜としては、たとえば、相対的に電気抵抗率が高い領域が上記の第1の態様による水素含有炭素膜からなり、相対的に電気抵抗率が低い領域が上記の第2の態様による水素含有炭素膜からなる水素含有炭素膜が挙げられる。
【0045】
本発明の第3の態様による水素含有炭素膜は、たとえば上記の第1の態様による水素含有炭素膜の表面の一部にイオン、光または電子線などを照射し、この照射部分の水素を除去することによって、照射部分の水素の含有量を50原子%よりも少なくして作製される。
【0046】
また、照射される光の減衰を利用したり、異なるエネルギを有するイオンの多段階の照射や、異なるエネルギを有する電子線の多段階の照射などの手法を利用して、この水素含有炭素膜の膜厚方向にも水素の含有量の分布を形成することもできる。また、イオン、光または電子線などを水素含有炭素膜の表面に対して斜め方向に照射することにより、水素含有炭素膜の膜厚方向に対して傾斜した方向にも水素の含有量の分布を形成することもできる。これにより、化学的、音響的、電気的または光学的により複雑な機能を持たせた素子を形成し得る。
【0047】
このように上記の第1の態様による水素含有炭素膜の表面の一部にイオン、光または電子線などを照射すれば本発明の第3の態様による水素含有炭素膜のように、異なる物性を有する少なくとも2種の領域を有する水素含有炭素膜を形成することができる。
【実施例】
【0048】
(実験例1)
シリコンからなる基板上に試料No.1〜No.8の水素含有炭素膜をそれぞれカソードアークイオンプレーティング法、スパッタリング法または高周波プラズマCVD法のいずれかを用いて作製した。
【0049】
ここで、カソードアークイオンプレーティング法(No.1、No.2)は、固体炭素を原料とし、アルゴン雰囲気(No.1)またはアルゴンと水素との混合ガス雰囲気(No.2)中で気相合成させることにより行なわれた。また、スパッタリング法(No.3、No.4)は、固体炭素とメタンガスとを原料とし、アルゴンとメタンガスとの混合ガス中で気相合成させることにより行なわれた。さらに、高周波プラズマCVD法(No.5〜No.8)は、プロパンを原料として気相合成させることにより行なわれた。ここで、高周波プラズマCVD法においては、気相合成中の基板の温度は50〜150℃であり、気相合成中の印加電力などを変化させることによって水素含有炭素膜の物性を変化させた。
【0050】
このようにして得られたNo.1〜No.8の水素含有炭素膜のそれぞれについての水素の含有量、密度、応力、スピン密度、膜厚および表面粗さを算出した。その結果を表1に示す。ここで、水素の含有量はラザフォード後方散乱(RBS)および水素前方散乱(HFS)により、密度はX線反射率(GIXR)法により算出された。また、応力はシリコン基板の反りにより、スピン密度は電子スピン共鳴(ESR)法により算出された。また、表面粗さは水素含有炭素膜の表面の粗さ曲線から任意の長さ1mmだけ抜き取り、この抜き取り部分の算術平均粗さ(Ra)により算出された。また、表1に示す膜厚の欄には上記の水素の含有量などが算出されたときの水素含有炭素膜の膜厚が記載されており、表1に示す備考の欄にはその膜厚からさらに水素含有炭素膜を成長させて水素含有炭素膜が基板から剥離したときの膜厚が記載されている。
【0051】
【表1】

【0052】
表1からもわかるように、水素の含有量が50原子%よりも多く65原子%よりも少なく、密度が1.3g/cm3よりも大きく1.5g/cm3よりも小さいNo.7およびNo.8の水素含有炭素膜は6μm以上の膜厚にしても基板から剥離しなかったが、それ以外のNo.1〜No.6の水素含有炭素膜はすべて基板から剥離した。
【0053】
(実験例2)
高周波プラズマCVD法を用い、シクロへキサンを原料として、水素の含有量が55原子%、密度が1.38g/cm3、圧縮応力0.21GPa、スピン密度3×1016spins/cm3未満および膜厚が0.8〜1.1μmの水素含有炭素膜を石英からなる基板上に形成したものを7サンプル用意した。次いで、それぞれの水素含有炭素膜にUVレーザ光、SR光またはヘリウムイオンのいずれかをそれぞれ条件を変えて照射することによって試料No.9〜No.15の水素含有炭素膜を形成した。そして、No.9〜No.15の水素含有炭素膜のそれぞれについて水素の含有量、密度、応力およびスピン密度についてそれぞれ調査した。その結果を表2に示す。なお、表2において最上段の試料の欄にはUVレーザ光、SR光またはヘリウムイオンの照射前の上記の水素含有炭素膜の物性が示されている。
【0054】
【表2】

【0055】
表2からもわかるように、UVレーザ光などの照射後のNo.9〜No.15の水素含有炭素膜の水素の含有量はすべて照射前と比べて減少して50原子%未満となった。また、No.9〜No.15の水素含有炭素膜の密度はすべて照射前と比べて増大して1.4g/cm3〜1.9g/cm3の範囲内となった。また、No.9〜No.15の水素含有炭素膜の応力はすべて照射前の圧縮応力から引張応力に変化した。また、No.9〜No.15の水素含有炭素膜のスピン密度もすべて照射前と比べて増大した。
【0056】
(実験例3)
ポリイミド樹脂からなる基板上に銅配線が形成されたフレキシブルプリント基板の銅配線側の表面に高周波プラズマCVD法でメタンを原料として、水素の含有量53原子%、密度1.39g/cm3の水素含有炭素膜を膜厚10μmで形成した。そして、形成された水素含有炭素膜の絶縁性を調べたところ、この水素含有炭素膜は銅配線の剥き出し部の絶縁保護膜として機能することが確認された。また、水素含有炭素膜の形成後のフレキシブルプリント基板に対して10万回の屈曲試験を行なったところ水素含有炭素膜は剥離せず、十分な耐久性があることが確認された。
【0057】
(実験例4)
石英からなる透光性の基板上に高周波プラズマCVD法でメタンを原料として、水素の含有量56原子%、密度1.37g/cm3の水素含有炭素膜を膜厚3μmで形成した。この水素含有炭素膜の表面に複数のライン状のパターンニングを施したAuマスクを形成した後、水素含有炭素膜の上方からSR光を照射して照射部分の水素の含有量を50原子%よりも少なくした。その後、Auマスクを除去することによって、相対的に屈折率の高い領域(水素の含有量が50原子%よりも少ない領域)と相対的に屈折率の低い領域(水素の含有量が50原子%よりも多い領域)とを水素含有炭素膜の表面と平行な方向に交互に有する水素含有炭素膜を作製した。この水素含有炭素膜に光を入射したところ、この水素含有炭素膜は屈折率変調型の回折光学素子として機能した。
【0058】
(実験例5)
屈折率が1.46の石英からなる透光性の基板上に屈折率が1.52の水素の含有量が53原子%、密度が1.37g/cm3の水素含有炭素膜を膜厚8.5μmで形成した。この水素含有炭素膜の表面からSR光を照射した。SR光の照射後の水素含有炭素膜の最表面の水素の含有量は19原子%、密度は1.67g/cm3で、水素含有炭素膜の石英基板側の水素の含有量は48原子%、密度は1.41g/cm3あった。また、この水素含有炭素膜のSR光の照射側の表面における屈折率は2.15であり、基板側の表面における屈折率は1.55であって、水素含有炭素膜の膜厚方向に屈折率の分布を有していた。ここで、水素の含有量はラザフォード後方散乱(RBS)および水素前方散乱(HFS)により、密度はX線反射率(GIXR)法により算出した。最表面の値は水素含有炭素膜の表面から測定を行い、基板側の値は水素含有炭素膜の基板側0.5μmほどの厚さを残すように表面側からイオンエッチングした後に測定を行なった。また、屈折率は分光エリプソで求めた。水素含有炭素膜のSR光の照射側の表面上に屈折率が2.20の硫化亜鉛からなる透光性の基板を設置した。これにより、石英からなる基板から硫化亜鉛からなる基板に至るまで屈折率がなだらかに分布する回折光学素子が得られた。この回折光学素子においては、石英または硫化亜鉛からなる基板と水素含有炭素膜とのそれぞれ界面における光の反射ロスを大幅に低減させることができ、石英からなる基板から硫化亜鉛からなる基板に至るまで高い光の透過率を有していた。
【0059】
今回開示された実施の形態および実験例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によれば、水素の含有量および密度を所定の範囲に規定することによって、水素含有炭素膜が形成されている基板からの剥離を有効に防止できるなどの新たな特性を有する水素含有炭素膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明の第3の態様による水素含有炭素膜の好ましい一例の模式的な拡大上面図である。
【図2】本発明の第3の態様による水素含有炭素膜を用いた屈折率変調型の回折光学素子の好ましい一例の模式的な断面図である。
【図3】図2に示す回折光学素子を波長合分岐器として使用する場合における波長分岐作用の好ましい一例を図解した模式的な断面図である。
【図4】図2に示す回折光学素子を光カプラとして使用する場合におけるパワー分岐作用の好ましい一例を図解した模式的な断面図である。
【図5】図2に示す回折光学素子を偏光合分岐器として使用する場合における偏光分岐作用の好ましい一例を図解した模式的な断面図である。
【図6】図2に示す回折光学素子の製造工程の一部の好ましい一例を示した模式的な断面図である。
【符号の説明】
【0062】
1,2,4,5 領域、3 基板、6 水素含有炭素膜、7 金マスク、8 ヘリウムイオン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素と水素とを含む水素含有炭素膜であって、前記水素含有炭素膜中における水素の含有量が50原子%よりも多く65原子%よりも少なく、前記水素含有炭素膜の密度が1.3g/cm3よりも大きく1.5g/cm3よりも小さいことを特徴とする、水素含有炭素膜。
【請求項2】
前記水素含有炭素膜が圧縮応力を有していることを特徴とする、請求項1に記載の水素含有炭素膜。
【請求項3】
前記圧縮応力が0.01GPaよりも大きく1GPaよりも小さいことを特徴とする、請求項2に記載の水素含有炭素膜。
【請求項4】
前記水素含有炭素膜のスピン密度が5×1016spins/cm3未満であることを特徴とする、請求項1から3のいずれかに記載の水素含有炭素膜。
【請求項5】
炭素と水素とを含む水素含有炭素膜であって、前記水素含有炭素膜中における水素の含有量が0原子%よりも多く50原子%よりも少なく、前記水素含有炭素膜の密度が1.4g/cm3よりも大きく1.9g/cm3よりも小さいことを特徴とする、水素含有炭素膜。
【請求項6】
前記水素含有炭素膜が引張応力を有していることを特徴とする、請求項5に記載の水素含有炭素膜。
【請求項7】
前記引張応力が0.05GPaよりも大きく1GPaよりも小さいことを特徴とする、請求項6に記載の水素含有炭素膜。
【請求項8】
前記水素含有炭素膜のスピン密度が1×1017spins/cm3よりも大きく1×1020spins/cm3よりも小さいことを特徴とする、請求項5から7のいずれかに記載の水素含有炭素膜。
【請求項9】
炭素と水素とを含む水素含有炭素膜であって、前記水素含有炭素膜は、前記水素含有炭素膜中における水素の含有量が50原子%よりも多い領域と50原子%よりも少ない領域とを有することを特徴とする、水素含有炭素膜。
【請求項10】
前記水素の含有量が50原子%よりも多い領域が請求項1から4のいずれかに記載の水素含有炭素膜からなり、前記水素の含有量が50原子%よりも少ない領域が請求項5から8のいずれかに記載の水素含有炭素膜からなることを特徴とする、請求項9に記載の水素含有炭素膜。
【請求項11】
前記水素の含有量が50原子%よりも多い領域が相対的に屈折率が低い領域であり、前記水素の含有量が50原子%よりも少ない領域が相対的に屈折率が高い領域であることを特徴とする、請求項9または10に記載の水素含有炭素膜。
【請求項12】
前記水素の含有量が50原子%よりも多い領域が相対的に電気抵抗率が高い領域であり、前記水素の含有量が50原子%よりも少ない領域が相対的に電気抵抗率が低い領域であることを特徴とする、請求項9から11のいずれかに記載の水素含有炭素膜。
【請求項13】
前記水素含有炭素膜の膜厚方向に水素の含有量の分布があることを特徴とする、請求項5から12のいずれかに記載の水素含有炭素膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−36611(P2006−36611A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−221946(P2004−221946)
【出願日】平成16年7月29日(2004.7.29)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】