説明

水素吸着材料

【課題】水素の吸着に優れた三次元高分子錯体からなる材料を提供する。
【解決手段】金属イオンと該金属イオンに配位可能な有機配位子とによって形成される二次元構造が、前記金属イオンに配位可能なピラー配位子を介して積み重ねられた三次元高分子錯体からなり、該三次元高分子錯体中のピラー配位子が、炭素−炭素間の不飽和結合に基づくπ電子を有する炭化水素基を含むことを特徴とする、水素吸着材料が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素吸着材料、より詳しくは三次元高分子錯体からなる水素吸着材料に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、燃焼しても二酸化炭素が発生しないことからクリーンな燃料として注目されており、水素を燃料として利用するための水素の貯蔵及び運搬等に関する検討が数多く行われている。水素を貯蔵、運搬する方法としては、高圧ガスボンベによるものが一般的である。しなしながら、高圧ガスボンベは重く、また、その単位容積当たりの貯蔵能力についても実用上の限界があり、大きな水素貯蔵効率の向上は期待できない。
【0003】
このような高圧ガスボンベに代わる水素貯蔵方法として、例えば、配位高分子錯体からなる水素吸着材料を利用する方法が従来から提案されている。
【0004】
特許文献1では、一般式R−(COOH)n(式中、Rはテトラジン、トリアジン等から選択される一つの複素環を示し、nは1〜4の整数を示す。)で表される第一の有機配位子と、金属原子と、前記金属原子に配位可能な原子を有する二座配位可能な第二の有機配位子とが三次元的に結合してなることを特徴とする三次元高分子錯体が記載され、このような三次元高分子錯体によれば、上記第一の有機配位子における含窒素ヘテロ環(複素環)骨格によって水素とのアフィニティが向上し、その吸蔵量が増大すると記載されている。
【0005】
特許文献2では、2価の金属イオン、剛直な骨格の両末端に前記金属イオンに配位可能な原子を有する2座配位可能な有機配位子、及び2,3−ピラジンジカルボン酸より構成されるガス貯蔵可能な有機金属錯体が記載され、上記2座配位可能な有機配位子として4,4’−ビピリジルや1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンを使用することで、それらの化学構造上メタンの吸着貯蔵に適した結晶格子空間を形成することができると記載されている。
【0006】
特許文献3では、一般式HOOC−R−COOH(式中、Rはアルケニレン基、アリーレン基等を示す。)で表されるジカルボン酸から選択される少なくとも1種の化合物と、銅及びロジウム等から選択される少なくとも1種の2価の金属と、該金属に2座配位可能な有機配位子を含むジカルボン酸金属錯体が記載され、このようなジカルボン酸金属錯体は、メタンを主成分とするガスの吸蔵材として好適であると記載されている。
【0007】
特許文献4では、遷移金属カチオンと第1有機架橋配位子から構成される2次元シートが層をなし、2座配位可能な第2有機架橋配位子が各層に存在する遷移金属カチオンに配位することで隣接するシートとシートを連結させ、その間に細孔が形成されている構造を有する配位高分子が記載され、このような配位高分子によれば、その細孔内の空間を利用して気体分子を瞬時に整列保持することができると記載されている。
【0008】
【特許文献1】特開2005−093181号公報
【特許文献2】特開平09−227572号公報
【特許文献3】特開2000−109485号公報
【特許文献4】特開2004−196594号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1では、二座配位可能な第二の有機配位子(ピラー配位子)として、トリエチレンジアミン、ピラジンが、三次元格子を形成した三次元高分子錯体を高収率で得られる観点から好ましいと記載されている。しかしながら、当該特許文献1では、上記第二の有機配位子と水素との相互作用については記載されておらず、三次元高分子錯体における水素吸着能の向上に関して改善の余地があった。一方、特許文献2〜4では、得られる有機金属錯体の水素吸着能に関して何ら具体的には記載されていない。
【0010】
そこで、本発明は、水素の吸着に優れた三次元高分子錯体からなる材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決する本発明は下記にある。
(1)金属イオンと該金属イオンに配位可能な有機配位子とによって形成される二次元構造が、前記金属イオンに配位可能なピラー配位子を介して積み重ねられた三次元高分子錯体からなり、該三次元高分子錯体中のピラー配位子が、炭素−炭素間の不飽和結合に基づくπ電子を有する炭化水素基を含むことを特徴とする、水素吸着材料。
(2)前記炭化水素基が、アルケニレン基、アルキニレン基又はアリーレン基であることを特徴とする、上記(1)に記載の水素吸着材料。
(3)前記ピラー配位子が、トランス−1,2−ビス(4−ピリジル)エチレン、4,4’−ビスビピリジルフェニレン、4,4’−(1,2−エチンジイル)ビスピリジン、及び4,4’−[1,1’−ビフェニル]−4,4’−ジイルビスピリジンからなる群より選択されることを特徴とする、上記(1)又は(2)に記載の水素吸着材料。
(4)前記金属イオンが、銅、亜鉛、ニッケル、コバルト及び鉄からなる群より選択される金属のイオンであることを特徴とする、上記(1)〜(3)のいずれか1つに記載の水素吸着材料。
(5)前記有機配位子が、2,3−ピラジンジカルボン酸、及び2,3−ピラジンジカルボン酸のカルボキシル基のプロトンを金属イオンで置換したもの、例えば、2,3−ピラジンジカルボン酸ナトリウム、2,3−ピラジンジカルボン酸カリウムなどからなる群より選択される少なくとも1種であることを特徴とする、上記(1)〜(4)のいずれか1つに記載の水素吸着材料。
【発明の効果】
【0012】
本発明の水素吸着材料によれば、それを構成するピラー配位子が水素分子と強く相互作用することができるので、水素吸着材料の水素吸着能を顕著に改善することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の水素吸着材料は、金属イオンと該金属イオンに配位可能な有機配位子とによって形成される二次元構造が、前記金属イオンに配位可能なピラー配位子を介して積み重ねられた三次元高分子錯体からなり、該三次元高分子錯体中のピラー配位子が、炭素−炭素間の不飽和結合に基づくπ電子を有する炭化水素基を含むことを特徴としている。
【0014】
従来の三次元高分子錯体は、一般に、金属イオンと当該金属イオンに配位可能な有機配位子とによって形成された二次元シートを、ピラジン等の2座配位可能な有機配位子によって架橋した三次元構造を有する。すなわち、このような三次元高分子錯体は、2座配位可能な有機配位子をピラー配位子(Pillar Ligand)として、金属イオンと当該金属イオンに配位可能な有機配位子とからなる二次元シートが規則正しく積層された周期的な結晶構造を有する。このように2座配位可能な有機配位子を介して二次元シートを積層することで、二次元シートと二次元シートの間に細孔が形成され、その細孔内に水素分子等の気体分子を吸着又は吸蔵することができる。
【0015】
このような三次元高分子錯体においては、その細孔寸法を画定する二次元シート間の距離は、ピラー配位子として用いられる有機配位子の分子長によって決定される。したがって、従来、このような三次元高分子錯体における水素吸着量の向上は、ピラー配位子として用いられる有機配位子を分子長の長いものに変更して、三次元高分子錯体において形成される細孔を大きくすること、すなわち、三次元高分子錯体の比表面積を大きくすることによって図られてきた。しかしながら、このようにして得られる三次元高分子錯体の比表面積には限界があり、単にピラー配位子の分子長を長いものに変更して三次元高分子錯体に対する水素分子の吸着量、より詳しくは水素分子の物理吸着量を増大させるだけでは十分な水素吸着能を得ることができない。
【0016】
本発明者らは、銅イオン等の金属イオンと、2,3−ピラジンジカルボン酸等の有機配位子とによって形成される二次元構造を2座配位可能なピラー配位子によって架橋した三次元高分子錯体において、当該三次元高分子錯体中のピラー配位子が炭素−炭素間の不飽和結合に基づくπ電子を有する炭化水素基を含む場合に、当該炭化水素基が有するπ電子と水素分子が静電的な相互作用を示すことを見出した。このように、ピラー配位子が水素分子との間に特有の静電的相互作用を有することで、得られる三次元高分子錯体への水素の吸着が促進されるため、従来の三次元高分子錯体と比べて、その水素吸着能を顕著に改善することが可能となる。
【0017】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、上記のような炭素−炭素間の不飽和結合に基づくπ電子と水素分子との静電的相互作用は、水素分子が持つ四重極モーメントに起因するものと考えられる。より具体的に説明すると、核スピンが1以上(I≧1)の原子核は四重極モーメントを持つことが一般的に知られている。ここで、水素分子は核スピンが1であり、したがって四重極モーメントを有する。この場合、炭素−炭素間の不飽和結合上のπ電子に水素分子が近づくと、水素分子の四重極モーメントによって当該不飽和結合上の電荷分布が変化し、その結果として、水素分子と不飽和結合部位との間で静電的相互作用が誘起され、両者の間に引力が生じると考えられる。一方、メタン等の気体分子の場合には、その分子構造の対称性によって四重極モーメントが打ち消されるため、このような気体分子は分子全体としては四重極モーメントを持たない。したがって、メタン等の気体分子がπ電子を有する不飽和結合部位の近傍に存在したとしても、水素分子の場合のような引力は発生しないと考えられる。すなわち、このような静電的相互作用は、炭素−炭素間の不飽和結合に基づくπ電子を有する炭化水素基と水素分子との間に起こる特有の相互作用であると考えられる。
【0018】
本発明によれば、このような炭化水素基としては、炭素−炭素間の不飽和結合に基づくπ電子を有するものであればよく、特に限定されないが、例えば、−CH=CH−基などのアルケニレン基、−C≡C−基などのアルキニレン基、又はフェニレン基などのアリーレン基が挙げられる。また、例えば、上記のアルケニレン基、アルキニレン基又はアリーレン基を適宜選択してピラー配位子を分子長の長いものにすることで、三次元高分子錯体において形成される細孔を大きくすることができる。このようにすることで、得られる三次元高分子錯体の比表面積を大きくすることができるので、上記の炭化水素基が有するπ電子と水素分子との静電的な相互作用による効果に加えて、さらに三次元高分子錯体の水素吸着能を向上させることができる。
【0019】
本発明におけるピラー配位子は、上記の炭化水素基の両末端に金属イオンに配位可能な原子、好ましくは窒素原子を含む基、例えば、ピリジル基等の含窒素複素環基を有しており、このような含窒素複素環基中の窒素原子が、金属イオンと有機配位子からなる二次元構造中の金属イオンに配位結合することで当該二次元構造が架橋され、三次元高分子錯体が形成される。すなわち、このような三次元高分子錯体は、ピラー配位子を介して金属イオンと有機配位子からなる二次元構造が規則正しく積み重ねられた周期的な結晶構造を有し、二次元構造と二次元構造の間に形成された細孔内に水素分子を吸着又は吸蔵することができる。
【0020】
このようなピラー配位子の具体的な例としては、トランス−1,2−ビス(4−ピリジル)エチレン、4,4’−ビスビピリジルフェニレン、4,4’−(1,2−エチンジイル)ビスピリジン、及び4,4’−[1,1’−ビフェニル]−4,4’−ジイルビスピリジンからなる群より選択される化合物が挙げられる。これらの化合物は、炭化水素基として−CH=CH−基、−C≡C−基、フェニレン基など、炭素−炭素間の不飽和結合に基づくπ電子を有するものであり、水素分子との静電的な相互作用を示すことができる。
【0021】
本発明によれば、金属イオンとしては、有機配位子と配位結合して二次元構造を形成し、さらにピラー配位子と配位結合して当該二次元構造が架橋された三次元高分子錯体を形成することのできる任意の金属イオンを使用することができ、好ましくは、銅、亜鉛、ニッケル、コバルト及び鉄からなる群より選択される金属のイオンが用いられる。例えば、金属イオンとして、ニッケル、コバルト、鉄等、比較的軽い金属のイオンを選択することで、得られる三次元高分子錯体の重量単位での表面積を増大させることができる。
【0022】
本発明によれば、有機配位子としては、上記の金属イオンに配位結合して二次元構造を形成することのできる任意の化合物を使用することができ、好ましくは、2,3−ピラジンジカルボン酸、及び2,3−ピラジンジカルボン酸のカルボキシル基のプロトンを金属イオンで置換したもの、例えば、2,3−ピラジンジカルボン酸ナトリウム、2,3−ピラジンジカルボン酸カリウムなどからなる群より選択される少なくとも1種の化合物が用いられ、より好ましくは2,3−ピラジンジカルボン酸が用いられる。これらの有機配位子におけるカルボキシル基の酸素原子又は複素環中の窒素原子が上記の金属イオンと配位結合を形成することで、金属イオンと有機配位子からなる二次元構造を形成することができる。
【0023】
なお、本発明における三次元高分子錯体を構成する上記の金属イオン、有機配位子及びピラー配位子の比率は、特に限定されないが、一般的には2:2:1又は1:2:1であることが好ましい。
【0024】
本発明における三次元高分子錯体は、当業者に公知の任意の方法によって製造することができる。
【0025】
例えば、まず、金属イオンの供給源である金属塩とピラー配位子とを溶媒中で所定の比率において混合して錯体を形成し、次いで、得られた錯体を含む溶液と有機配位子を含む溶液とを所定の比率で混合することにより、金属イオン、有機配位子及びピラー配位子からなる三次元高分子錯体を調製することができる。あるいはまた、まず、金属イオンの供給源である金属塩と有機配位子とを溶媒中で所定の比率において混合して錯体を形成し、次いで、得られた錯体を含む溶液とピラー配位子を含む溶液とを所定の比率で混合することにより調製してもよい。
【0026】
金属塩としては、先に記載した金属イオンのギ酸塩、酢酸塩、硫酸塩、硝酸塩、炭酸塩、過塩素酸塩、四フッ化ホウ素酸塩等を使用することができる。また、溶媒としては、水、アセトンのほか、メタノール、エタノール等のアルコール類を単独で又は混合して使用することができる。金属イオン、有機配位子及びピラー配位子を含む混合溶液は、例えば、室温で又は必要に応じて加熱下で1日から数日間静置又は撹拌され、得られた錯体を濾過し、乾燥することによって三次元高分子錯体を得ることができる。なお、得られた三次元高分子錯体の構造は、粉末X線のパターンや、磁化率の温度変化、窒素やアルゴン吸着による細孔径分布解析等の手法によって確認することができる。
【0027】
本発明によれば、本発明の水素吸着材料は、上記の三次元高分子錯体から構成される。上記の三次元高分子錯体によって水素吸着材料を構成することで、当該三次元高分子錯体中のピラー配位子が水素分子と強く相互作用することができるので、水素吸着材料の水素吸着能を顕著に改善することが可能である。
【0028】
本発明の水素吸着材料は、任意の形状において使用することができ、例えば、粉末状、ペレット状、モノリス状、板状、繊維状等の形状を使用条件に応じて適宜選択することができる。また、本発明の水素吸着材料の使用方法についても特に制限はなく、例えば、本発明の水素吸着材料を水素と接触させた状態で加圧することにより水素を吸着又は吸蔵させ、あるいは、それを減圧下におくことで吸着又は吸蔵した水素を放出することができる。なお、このように水素を吸着又は吸蔵及び放出させる際の温度は特に限定されないが、本発明の水素吸着材料によれば、室温付近で良好に水素を吸着又は吸蔵及び放出させることができる。
【実施例】
【0029】
次に、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0030】
本実施例では、金属イオンとして2価の銅イオン、有機配位子として2,3−ピラジンジカルボン酸、ピラー配位子としてトランス−1,2−ビス(4−ピリジル)エチレンを用い、それらによって構成される三次元高分子錯体について、ピラー配位子と水素分子との相互作用エネルギーをシミュレーションにより計算した。
【0031】
図1は、上記の三次元高分子錯体の構造を部分的に示す模式図である。三次元高分子錯体1は、金属イオン2である2価の銅イオンと有機配位子3の2,3−ピラジンジカルボン酸とによって形成される錯体をピラー配位子4のトランス−1,2−ビス(4−ピリジル)エチレンによって架橋した構造を有する。本実施例では、この三次元高分子錯体1におけるピラー配位子4中の−CH=CH−基の不飽和結合に対し、水素分子5を異なる配向性で以って近づけた場合のピラー配位子と水素分子の相互作用エネルギーを計算した。
【0032】
上記のシミュレーションにおいては、Gaussian社製のGaussian03(非経験的分子軌道法(Ab−initio MO法))を使用プログラムとして用い、以下の計算環境のもと、ピラー配位子であるトランス−1,2−ビス(4−ピリジル)エチレンの構造最適化計算を行い、当該ピラー配位子と水素分子との相互作用エネルギーを計算した。結果を図2及び3に示す。
[ピラー配位子の構造最適化計算]
・使用関数:MP2/6−311G**
[相互作用エネルギー計算(Counterpoise法)]
・使用関数:MP2/aug−cc−pVDZ
【0033】
図2は、ピラー配位子であるトランス−1,2−ビス(4−ピリジル)エチレンの−CH=CH−基に対し、図4(a)〜(c)に示すように、当該ピラー配位子中の複素環平面に垂直な方向から水素分子を3つの異なる配向性で以って近づけた場合のピラー配位子と水素分子との相互作用エネルギーを示している。図2の横軸はピラー配位子と水素分子との距離r(Å)を示し、縦軸はその距離r(Å)におけるピラー配位子と水素分子との相互作用エネルギーE(kcal/mol)を示している。なお、図2中の(a)〜(c)は、図4の(a)〜(c)に対応している。
【0034】
図2から明らかなように、水素分子の配向によってピラー配位子と水素分子との相互作用エネルギーが異なる挙動を示した。特に水素分子の配向が図4(c)の場合に、水素分子がより安定な状態でピラー配位子に近づくことができ、したがって、水素分子が吸着しやすい環境が存在することがわかった。
【0035】
図3は、ピラー配位子であるトランス−1,2−ビス(4−ピリジル)エチレンの−CH=CH−基に対し、図4(d)〜(f)に示すように、当該ピラー配位子中の複素環平面に平行な方向から水素分子を3つの異なる配向性で以って近づけた場合のピラー配位子と水素分子との相互作用エネルギーを示している。なお、図4(f)の水素分子は、水素原子が重なっている状態である。図2と同様に、図3の横軸はピラー配位子と水素分子との距離r(Å)を示し、縦軸はその距離r(Å)におけるピラー配位子と水素分子との相互作用エネルギーE(kcal/mol)を示している。なお、図3中の(d)〜(f)は、図4の(d)〜(f)に対応している。
【0036】
図2の場合と同様、図3においても、水素分子の配向によってピラー配位子と水素分子との相互作用エネルギーが異なる挙動を示し、水素分子がより安定な状態でピラー配位子に近づくことのできる環境が存在することがわかった。また、図2と図3の結果を比較すると、ピラー配位子中の複素環平面に垂直な方向から水素分子を近づけた場合(すなわち、図2の場合)に、より低いエネルギー曲線が得られた。
【0037】
このことは、−CH=CH−基における不飽和結合上のπ電子がピラー配位子中の複素環平面に対して垂直な方向に存在するため、この方向から特定の配向性を有する水素分子が近づくことで、π電子と水素分子が強く相互作用することを示唆している。すなわち、ある特定の配向性を有する水素分子の四重極モーメントによって不飽和結合上の電荷分布が変化し、その結果として、水素分子と不飽和結合部位との間で静電的相互作用が誘起され、両者の間に引力が生じると考えられる。
【0038】
このような静電的相互作用は、炭素−炭素間の不飽和結合に基づくπ電子を有する炭化水素基と水素分子との間に起こる特有の相互作用であり、メタン等の気体分子との間には生じないものである。すなわち、メタン等の気体分子は、分子全体として双極子と四重極モーメントを持たないので(例えば、片岡、pp917、化学の領域33−11)、メタン分子を水素分子の場合と同様に−CH=CH−基に近づけたとしても、メタンは結晶格子との相互作用が小さく吸着しない。また、その配向によって相互作用エネルギーは変化せず、水素分子の場合のような相互作用エネルギーの差異は見られない。したがって、このような炭化水素基を含むピラー配位子によって構成された三次元高分子錯体を特に水素吸着材料として使用することで、その水素吸着能を顕著に改善することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】三次元高分子錯体の構造を部分的に示す模式図である。
【図2】ピラー配位子と水素分子との相互作用エネルギーを示すグラフである。
【図3】ピラー配位子と水素分子との相互作用エネルギーを示すグラフである。
【図4】水素分子をピラー配位子に近づける様子を示す模式図である。
【符号の説明】
【0040】
1 三次元高分子錯体
2 金属イオン
3 有機配位子
4 ピラー配位子
5 水素分子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属イオンと該金属イオンに配位可能な有機配位子とによって形成される二次元構造が、前記金属イオンに配位可能なピラー配位子を介して積み重ねられた三次元高分子錯体からなり、該三次元高分子錯体中のピラー配位子が、炭素−炭素間の不飽和結合に基づくπ電子を有する炭化水素基を含むことを特徴とする、水素吸着材料。
【請求項2】
前記炭化水素基が、アルケニレン基、アルキニレン基又はアリーレン基であることを特徴とする、請求項1に記載の水素吸着材料。
【請求項3】
前記ピラー配位子が、トランス−1,2−ビス(4−ピリジル)エチレン、4,4’−ビスビピリジルフェニレン、4,4’−(1,2−エチンジイル)ビスピリジン、及び4,4’−[1,1’−ビフェニル]−4,4’−ジイルビスピリジンからなる群より選択されることを特徴とする、請求項1又は2に記載の水素吸着材料。
【請求項4】
前記金属イオンが、銅、亜鉛、ニッケル、コバルト及び鉄からなる群より選択される金属のイオンであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の水素吸着材料。
【請求項5】
前記有機配位子が、2,3−ピラジンジカルボン酸、及び2,3−ピラジンジカルボン酸のカルボキシル基のプロトンを金属イオンで置換したものからなる群より選択される少なくとも1種であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の水素吸着材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−183917(P2009−183917A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−29113(P2008−29113)
【出願日】平成20年2月8日(2008.2.8)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】