説明

水素吸着材料

【課題】水素の吸着に優れた三次元高分子錯体からなる材料を提供する。
【解決手段】金属イオンと該金属イオンに配位可能な有機配位子とによって形成される二次元構造が、前記金属イオンに配位可能なピラー配位子を介して積み重ねられた三次元高分子錯体からなり、該三次元高分子錯体中のピラー配位子が、窒素原子の孤立電子対を有する含窒素基を含むことを特徴とする、水素吸着材料が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素吸着材料、より詳しくは三次元高分子錯体からなる水素吸着材料に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、燃焼しても二酸化炭素が発生しないことからクリーンな燃料として注目されており、水素を燃料として利用するための水素の貯蔵及び運搬等に関する検討が数多く行われている。水素を貯蔵、運搬する方法としては、高圧ガスボンベによるものが一般的である。しなしながら、高圧ガスボンベは重く、また、その単位容積当たりの貯蔵能力についても実用上の限界があり、大きな水素貯蔵効率の向上は期待できない。
【0003】
このような高圧ガスボンベに代わる水素貯蔵方法として、例えば、配位高分子錯体からなる水素吸着材料を利用する方法が従来から提案されている。
【0004】
特許文献1では、一般式R−(COOH)n(式中、Rはテトラジン、トリアジン等から選択される一つの複素環を示し、nは1〜4の整数を示す。)で表される第一の有機配位子と、金属原子と、前記金属原子に配位可能な原子を有する二座配位可能な第二の有機配位子とが三次元的に結合してなることを特徴とする三次元高分子錯体が記載され、このような三次元高分子錯体によれば、上記第一の有機配位子における含窒素ヘテロ環(複素環)骨格によって水素とのアフィニティが向上し、その吸蔵量が増大すると記載されている。
【0005】
特許文献2では、2価の金属イオン、剛直な骨格の両末端に前記金属イオンに配位可能な原子を有する2座配位可能な有機配位子、及び2,3−ピラジンジカルボン酸より構成されるガス貯蔵可能な有機金属錯体が記載され、上記2座配位可能な有機配位子として4,4’−ビピリジルや1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンを使用することで、それらの化学構造上メタンの吸着貯蔵に適した結晶格子空間を形成することができると記載されている。
【0006】
特許文献3では、一般式HOOC−R−COOH(式中、Rはアルケニレン基、アリーレン基等を示す。)で表されるジカルボン酸から選択される少なくとも1種の化合物と、銅及びロジウム等から選択される少なくとも1種の2価の金属と、該金属に2座配位可能な有機配位子を含むジカルボン酸金属錯体が記載され、このようなジカルボン酸金属錯体は、メタンを主成分とするガスの吸蔵材として好適であると記載されている。
【0007】
特許文献4では、遷移金属カチオンと第1有機架橋配位子から構成される2次元シートが層をなし、2座配位可能な第2有機架橋配位子が各層に存在する遷移金属カチオンに配位することで隣接するシートとシートを連結させ、その間に細孔が形成されている構造を有する配位高分子が記載され、このような配位高分子によれば、その細孔内の空間を利用して気体分子を瞬時に整列保持することができると記載されている。
【0008】
【特許文献1】特開2005−093181号公報
【特許文献2】特開平09−227572号公報
【特許文献3】特開2000−109485号公報
【特許文献4】特開2004−196594号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1では、二座配位可能な第二の有機配位子(ピラー配位子)として、トリエチレンジアミン、ピラジンが、三次元格子を形成した三次元高分子錯体を高収率で得られる観点から好ましいと記載されている。しかしながら、当該特許文献1では、上記第二の有機配位子と水素との相互作用については記載されておらず、三次元高分子錯体における水素吸着能の向上に関して改善の余地があった。一方、特許文献2〜4では、得られる有機金属錯体の水素吸着能に関して何ら具体的には記載されていない。
【0010】
そこで、本発明は、水素の吸着に優れた三次元高分子錯体からなる材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決する本発明は下記にある。
(1)金属イオンと該金属イオンに配位可能な有機配位子とによって形成される二次元構造が、前記金属イオンに配位可能なピラー配位子を介して積み重ねられた三次元高分子錯体からなり、該三次元高分子錯体中のピラー配位子が、窒素原子の孤立電子対を有する含窒素基を含むことを特徴とする、水素吸着材料。
(2)前記含窒素基がアゾ基又は含窒素複素環基を含むことを特徴とする、上記(1)に記載の水素吸着材料。
(3)前記ピラー配位子が、4,4’−アゾピリジン、3,6−ビス(4−ピリジル)−1,2,4,5−テトラジン、2,5−ジ−4−ピリジニル−ピリミジン、2,5−ジ−4−ピリジニル−ピラジン、2,2’−p−フェニレンビス−s−トリアジン、及び2’,5−ジ−4−ピリジニル−2,5’−ビピリミジンからなる群より選択されることを特徴とする、上記(1)又は(2)に記載の水素吸着材料。
(4)前記金属イオンが、銅、亜鉛、ニッケル、コバルト及び鉄からなる群より選択される金属のイオンであることを特徴とする、上記(1)〜(3)のいずれか1つに記載の水素吸着材料。
(5)前記有機配位子が、2,3−ピラジンジカルボン酸、及び2,3−ピラジンジカルボン酸のカルボキシル基のプロトンを金属イオンで置換したもの、例えば、2,3−ピラジンジカルボン酸ナトリウム、2,3−ピラジンジカルボン酸カリウムなどからなる群より選択される少なくとも1種であることを特徴とする、上記(1)〜(4)のいずれか1つに記載の水素吸着材料。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、水素吸着能の顕著に改善された三次元高分子錯体からなる水素吸着材料を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の水素吸着材料は、金属イオンと該金属イオンに配位可能な有機配位子とによって形成される二次元構造が、前記金属イオンに配位可能なピラー配位子を介して積み重ねられた三次元高分子錯体からなり、該三次元高分子錯体中のピラー配位子が、窒素原子の孤立電子対を有する含窒素基を含むことを特徴としている。
【0014】
従来の三次元高分子錯体は、一般に、金属イオンと当該金属イオンに配位可能な有機配位子とによって形成された二次元シートを、ピラジン等の2座配位可能な有機配位子によって架橋した三次元構造を有する。すなわち、このような三次元高分子錯体は、2座配位可能な有機配位子をピラー配位子(Pillar Ligand)として、金属イオンと当該金属イオンに配位可能な有機配位子とからなる二次元シートが規則正しく積層された周期的な結晶構造を有する。このように2座配位可能な有機配位子を介して二次元シートを積層することで、二次元シートと二次元シートの間に細孔が形成され、その細孔内に水素分子等の気体分子を吸着又は吸蔵することができる。
【0015】
このような三次元高分子錯体においては、その細孔寸法を画定する二次元シート間の距離は、ピラー配位子として用いられる有機配位子の分子長によって決定される。したがって、従来、このような三次元高分子錯体における水素吸着量の向上は、ピラー配位子として用いられる有機配位子を分子長の長いものに変更して、三次元高分子錯体において形成される細孔を大きくすること、すなわち、三次元高分子錯体の比表面積を大きくすることによって図られてきた。しかしながら、このようにして得られる三次元高分子錯体の比表面積には限界があり、単にピラー配位子の分子長を長いものに変更して三次元高分子錯体に対する水素分子の吸着量、より詳しくは水素分子の物理吸着量を増大させるだけでは十分な水素吸着能を得ることができない。
【0016】
本発明者らは、銅イオン等の金属イオンと、2,3−ピラジンジカルボン酸等の有機配位子とによって形成される二次元構造を2座配位可能なピラー配位子によって架橋した三次元高分子錯体において、当該三次元高分子錯体中のピラー配位子が窒素原子の孤立電子対を有する含窒素基を含む場合に、当該三次元高分子錯体の水素吸着能が顕著に向上することを見出した。また、三次元高分子錯体中で同等の基本骨格を有するピラー配位子において、窒素原子の孤立電子対を有する含窒素基を含むものと含まないものを比較した場合に、上記の含窒素基を有するピラー配位子によって構成された三次元高分子錯体が特に高い水素吸着能を示したことから、本発明者らは、このような水素吸着能の向上は、上記の含窒素基が有する窒素原子の孤立電子対と水素分子との間の静電的な相互作用に由来することを見出した。
【0017】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、上記のような含窒素基が有する窒素原子の孤立電子対と水素分子との間の静電的相互作用は、水素分子が持つ四重極モーメントに起因するものと考えられる。より具体的に説明すると、核スピンが1以上(I≧1)の原子核は四重極モーメントを持つことが一般的に知られている。ここで、水素分子は核スピンが1であり、したがって四重極モーメントを有する。この場合、窒素原子の孤立電子対に水素分子が近づくと、水素分子の四重極モーメントによって当該窒素原子の孤立電子対上の電荷分布が変化し、その結果として、水素分子と窒素原子の孤立電子対との間で静電的相互作用が誘起され、両者の間に引力が生じると考えられる。一方、メタン等の気体分子の場合には、その分子構造の対称性によって四重極モーメントが打ち消されるため、このような気体分子は分子全体としては四重極モーメントを持たない。したがって、メタン等の気体分子が窒素原子の孤立電子対の近傍に存在したとしても、水素分子の場合のような引力は発生しないと考えられる。すなわち、このような静電的相互作用は、含窒素基が有する窒素原子の孤立電子対と水素分子との間に起こる特有の相互作用であると考えられる。
【0018】
本発明によれば、このような含窒素基としては、窒素原子の孤立電子対を有するものであればよく、特に限定されないが、例えば、アゾ基(−N=N−)を有するものや、又はテトラジン環などの含窒素複素環基を有するものが挙げられる。また、例えば、上記の含窒素基を適宜選択してピラー配位子を分子長の長いものにすることで、三次元高分子錯体において形成される細孔を大きくすることができる。このようにすることで、得られる三次元高分子錯体の比表面積を大きくすることができるので、上記の含窒素基が有する孤立電子対と水素分子との静電的な相互作用による効果に加えて、さらに三次元高分子錯体の水素吸着能を向上させることができる。
【0019】
本発明におけるピラー配位子は、上記の含窒素基の両末端に金属イオンに配位可能な原子、好ましくは窒素原子をさらに有するか、又は窒素原子を含む基、例えば、ピリジル基等の含窒素複素環基をさらに有しており、このような窒素原子又は含窒素複素環基中の窒素原子が、金属イオンと有機配位子からなる二次元構造中の金属イオンに配位結合することで当該二次元構造が架橋され、三次元高分子錯体が形成される。すなわち、このような三次元高分子錯体は、ピラー配位子を介して金属イオンと有機配位子からなる二次元構造が規則正しく積み重ねられた周期的な結晶構造を有し、二次元構造と二次元構造の間に形成された細孔内に水素分子を吸着又は吸蔵することができる。
【0020】
このようなピラー配位子の具体的な例としては、4,4’−アゾピリジン、3,6−ビス(4−ピリジル)−1,2,4,5−テトラジン、2,5−ジ−4−ピリジニル−ピリミジン、2,5−ジ−4−ピリジニル−ピラジン、2,2’−p−フェニレンビス−s−トリアジン、及び2’,5−ジ−4−ピリジニル−2,5’−ビピリミジンからなる群より選択される化合物が挙げられる。これらの化合物は、本発明における含窒素基としてアゾ基、テトラジン環など、窒素原子の孤立電子対を有するものであり、水素分子との静電的な相互作用を示すことができる。
【0021】
本発明によれば、金属イオンとしては、有機配位子と配位結合して二次元構造を形成し、さらにピラー配位子と配位結合して当該二次元構造が架橋された三次元高分子錯体を形成することのできる任意の金属イオンを使用することができ、好ましくは、銅、亜鉛、ニッケル、コバルト及び鉄からなる群より選択される金属のイオンが用いられる。例えば、金属イオンとして、ニッケル、コバルト、鉄等、比較的軽い金属のイオンを選択することで、得られる三次元高分子錯体の重量単位での表面積を増大させることができる。
【0022】
本発明によれば、有機配位子としては、上記の金属イオンに配位結合して二次元構造を形成することのできる任意の化合物を使用することができ、好ましくは、2,3−ピラジンジカルボン酸、及び2,3−ピラジンジカルボン酸のカルボキシル基のプロトンを金属イオンで置換したもの、例えば、2,3−ピラジンジカルボン酸ナトリウム、2,3−ピラジンジカルボン酸カリウムなどからなる群より選択される少なくとも1種の化合物が用いられ、より好ましくは2,3−ピラジンジカルボン酸ナトリウムが用いられる。これらの有機配位子におけるカルボキシル基の酸素原子又は複素環中の窒素原子が上記の金属イオンと配位結合を形成することで、金属イオンと有機配位子からなる二次元構造を形成することができる。
【0023】
なお、本発明における三次元高分子錯体を構成する上記の金属イオン、有機配位子及びピラー配位子の比率は、特に限定されないが、一般的には2:2:1又は1:2:1であることが好ましい。
【0024】
本発明における三次元高分子錯体は、当業者に公知の任意の方法によって製造することができる。
【0025】
例えば、まず、金属イオンの供給源である金属塩とピラー配位子とを溶媒中で所定の比率において混合して錯体を形成し、次いで、得られた錯体を含む溶液と有機配位子を含む溶液とを所定の比率で混合することにより、金属イオン、有機配位子及びピラー配位子からなる三次元高分子錯体を調製することができる。あるいはまた、まず、金属イオンの供給源である金属塩と有機配位子とを溶媒中で所定の比率において混合して錯体を形成し、次いで、得られた錯体を含む溶液とピラー配位子を含む溶液とを所定の比率で混合することにより調製してもよい。
【0026】
金属塩としては、先に記載した金属イオンのギ酸塩、酢酸塩、硫酸塩、硝酸塩、炭酸塩、過塩素酸塩、四フッ化ホウ素酸塩等を使用することができる。また、溶媒としては、水、アセトンのほか、メタノール、エタノール等のアルコール類を単独で又は混合して使用することができる。金属イオン、有機配位子及びピラー配位子を含む混合溶液は、例えば、室温で又は必要に応じて加熱下で1日から数日間静置又は撹拌され、得られた錯体を濾過し、乾燥することによって三次元高分子錯体を得ることができる。なお、得られた三次元高分子錯体の構造は、粉末X線のパターンや、磁化率の温度変化、窒素やアルゴン吸着による細孔径分布解析等の手法によって確認することができる。
【0027】
本発明によれば、本発明の水素吸着材料は、上記の三次元高分子錯体から構成される。上記の三次元高分子錯体によって水素吸着材料を構成することで、当該三次元高分子錯体中のピラー配位子が水素分子と強く相互作用することができるので、水素吸着材料の水素吸着能を顕著に改善することが可能である。
【0028】
本発明の水素吸着材料は、任意の形状において使用することができ、例えば、粉末状、ペレット状、モノリス状、板状、繊維状等の形状を使用条件に応じて適宜選択することができる。また、本発明の水素吸着材料の使用方法についても特に制限はなく、例えば、本発明の水素吸着材料を水素と接触させた状態で加圧することにより水素を吸着又は吸蔵させ、あるいは、それを減圧下におくことで吸着又は吸蔵した水素を放出することができる。なお、このように水素を吸着又は吸蔵及び放出させる際の温度は特に限定されないが、本発明の水素吸着材料によれば、室温付近で良好に水素を吸着又は吸蔵及び放出させることができる。
【実施例】
【0029】
次に、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0030】
本実施例では、金属イオン、有機配位子及びピラー配位子からなる三次元高分子錯体において、当該三次元高分子錯体中のピラー配位子が窒素原子の孤立電子対を有する材料を調製し、その水素吸着能について調べた。
【0031】
[比較例1]
比較例として、ピラー配位子にピラジンを用いた三次元高分子錯体を調製した。まず、金属イオンであるCu2+の供給源として過塩素酸銅(II)六水和物6.4gを水とエタノールの混合溶媒(水:エタノール=1:1)51mlに溶解し、そこにピラー配位子であるピラジン(pyz)13.9gを水とエタノールの混合溶媒(水:エタノール=1:1)50mlに溶解した溶液を添加した。次いで、得られた溶液に有機配位子である2,3−ピラジンジカルボン酸ナトリウム(Napzdc)2.9gを水とエタノールの混合溶媒(水:エタノール=1:1)86mlに溶解した溶液をさらに添加した。この混合溶液を室温下で1日間放置し、得られた沈殿物を濾過して乾燥することにより[Cu2(pzdc)2(pyz)]nからなる三次元高分子錯体Aを得た。
【0032】
[比較例2]
ピラー配位子としてトランス−1,2−ビス(4−ピリジル)エチレン(dpe)を使用したこと以外は比較例1と同様にして、[Cu2(pzdc)2(dpe)]nからなる三次元高分子錯体Bを得た。
【0033】
[実施例1]
ピラー配位子として4,4’−アゾピリジン(azpy)を使用したこと以外は比較例1と同様にして、[Cu2(pzdc)2(azpy)]nからなる三次元高分子錯体Cを得た。
【0034】
図1(a)及び(b)は、上で調製した三次元高分子錯体B及びCのフーリエ変換赤外分光(FT−IR)による赤外吸収スペクトルを示す図である。図中の丸印で示される吸収ピークは各三次元高分子錯体において共通の有機配位子である2,3−ピラジンジカルボン酸ナトリウム(Napzdc)のカルボキシル基に関する吸収ピークであり、四角で示される吸収ピークはピラー配位子のピリジル基に関する吸収ピークである。ここで、三次元高分子錯体C(実施例1)は、三次元高分子錯体B(比較例2)におけるピラー配位子中のビニレン基(−CH=CH−)がアゾ基(−N=N−)に置き換わったものであり、三次元高分子錯体Bとほぼ同等の基本骨格を有する。図1の(a)と(b)を比較すると、図1(b)においてビニレン基のC=C二重結合に対応する吸収ピーク(図1(a)中の三角で示される吸収ピーク)を検出しなかったこと以外は、三次元高分子錯体B及びCについてほぼ同等の赤外吸収スペクトルを示した。この結果から、三次元高分子錯体B及びCそれぞれの合成を確認した。
【0035】
[水素吸着能の評価]
次に、上で調製した各三次元高分子錯体についてそれらの水素吸着能を評価した。試験は、各三次元高分子錯体を室温下(25℃)において10〜30MPaの水素圧で加圧することにより行った。その結果を図2に示す。
【0036】
図2は、実施例1並びに比較例1及び2で調製した各三次元高分子錯体の水素吸着量を示すグラフである。図2は、横軸に水素圧(MPa)を示し、縦軸に水素吸着量(mass%)を示している。図2から明らかなように、三次元高分子錯体中のピラー配位子が窒素原子の孤立電子対を有する実施例1の三次元高分子錯体Cにおいて、最も高い水素吸着量を得ることができた。
【0037】
図3は、実施例1並びに比較例1及び2で調製した各三次元高分子錯体の比表面積と水素吸着量の関係を示すグラフである。図3中の水素吸着量の各値は、図2の水素圧30MPaにおける三次元高分子錯体A〜Cの各値に対応している。図3は、横軸に比表面積(m2/g)を示し、縦軸に水素吸着量(mass%)を示している。
【0038】
図3から明らかなように、実施例1の三次元高分子錯体Cは、比較例2の三次元高分子錯体Bと比べて低い比表面積を有するにもかかわらず、水素の吸着に関して高い活性を示した。この結果は、三次元高分子錯体B及びCがピラー配位子中のビニレン基(−CH=CH−)とアゾ基(−N=N−)を除いて同等の構造を有することを考慮すれば、窒素原子の孤立電子対と水素分子との間に特有の静電的相互作用が存在することを裏付けるものであると考えられる。
【0039】
[実施例2]
[分子シミュレーションによる水素吸着能の評価]
次に、上で調製した三次元高分子錯体の構造をベースとして、ピラー配位子を他の化合物に置き換えた三次元高分子錯体の分子モデルを設計し、分子シミュレーションによってそれらの水素吸着量を計算した。
【0040】
上記の分子シミュレーションを行うに当たり、その有効性を確認するため、実施例1並びに比較例1及び2で調製した三次元高分子錯体A〜Cについて、実験値と分子シミュレーションによる計算値との比較を行った。
【0041】
分子シミュレーションにおいては、下記の使用プログラム及び使用関数により2価の銅イオン、2,3−ピラジンジカルボン酸(pzdc)及びピラー配位子からなる三次元高分子錯体と水素分子との分子間相互作用を計算し、得られた分子間相互作用に基づいて、下記の使用プログラム及び使用関数により三次元高分子錯体の水素吸着量を計算した。なお、具体的な計算条件については下記のとおりである。
[分子間相互作用の計算]
・使用プログラム:Gaussian03(Gaussian社製)
・使用関数:非経験的分子軌道法(Ab−initio MO法)/aug−cc−pVTZ
[水素吸着量の計算]
・使用プログラム:Towhee−4.16.5
・使用関数:グランドカノニカルモンテカルロ法(Grand Canonical Monte Carlo法)
[計算条件]
・力場:OPLS
・三次元高分子錯体中の点電荷の計算:密度汎関数法(DFT)、二次摂動法(MP2)
・計算を行った三次元高分子錯体のユニットセルの数:6×2×3個
・結晶格子:固定(三次元高分子錯体を構成する分子の運動性を考慮せず)
・温度:25℃
・圧力:10〜30MPa
[周期境界条件]
・カットオフ:12Å
・静電相互作用の計算:エワルド法(Ewald法)
【0042】
表1は、三次元高分子錯体A〜Cの水素吸着量に関する実験値である図2の各値を表としてまとめたものであり、表2は、上記の分子シミュレーションによって得られた三次元高分子錯体A〜Cの水素吸着量に関する計算値を示したものである。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
分子シミュレーションによる計算では、三次元高分子錯体を構成する各分子の運動性を考慮していないため、それらによって形成される三次元高分子錯体中の細孔空間が実際の細孔空間よりも広く見積もられている。このため、表1(実験値)と表2(計算値)の各値を比較すると、計算値において三次元高分子錯体の水素吸着量がより高く算出されている。しかしながら、それら実験値と計算値の各値の差は0.1mass%程度でほぼ一定であり、このような差を除けば、実験値と分子シミュレーションによる計算値との間で水素吸着量の良好な一致を確認することができた。よって、上記の分子シミュレーションによる計算方法が、三次元高分子錯体の水素吸着能を予測する上で有効な手段であることがわかった。
【0046】
次に、三次元高分子錯体A〜Cにおけるピラー配位子を、以下の化学式、すなわち、
【化1】

及び
【化2】

で表される化合物、それぞれ4,4’−ビスビピリジルフェニレン及び3,6−ビス(4−ピリジル)−1,2,4,5−テトラジンで置き換えた三次元高分子錯体D及びEについて、上記の分子シミュレーションにより、上記と同様にして水素吸着量を計算した。その結果を図4に示す。なお、図4では、三次元高分子錯体A〜Cの分子シミュレーションによる計算値も併せて示している。
【0047】
図4は、分子シミュレーションによって計算した三次元高分子錯体A〜Eの水素吸着量を示すグラフである。図4は、横軸に水素圧(MPa)を示し、縦軸に水素吸着量(mass%)を示している。図4の結果から、ピラー配位子の分子長が長くなるにつれて、三次元高分子錯体の水素吸着量が増加していることがわかる。このような水素吸着量の増加は、ピラー配位子の分子長が長くなることで、三次元高分子錯体において形成される細孔が大きくなり、結果として、三次元高分子錯体の比表面積が大きくなったことに起因するものと考えられる。
【0048】
一方、ピラー配位子が同等の基本骨格、すなわち、同等の分子長を有するものによって構成された三次元高分子錯体BとC及びDとEに関し、当該三次元高分子錯体中のピラー配位子が窒素原子の孤立電子対を有する含窒素基を含む場合(すなわち、三次元高分子錯体C及びEの場合)に、いずれもそれぞれ対応する三次元高分子錯体B及びDと比べて高い水素吸着量を示した。
【0049】
このことは、窒素原子の孤立電子対と水素分子との静電的な相互作用を示唆するものであり、このような静電的相互作用は、先に記載したように、窒素原子の孤立電子対と水素分子との間に起こる特有の相互作用であると考えられる。したがって、金属イオン、有機配位子及びピラー配位子からなる三次元高分子錯体において、当該三次元高分子錯体中のピラー配位子が窒素原子の孤立電子対を有するようピラー配位子を選択することで、得られる三次元高分子錯体の水素吸着能を顕著に改善することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】実施例1及び比較例2で調製した各三次元高分子錯体のフーリエ変換赤外分光(FT−IR)による赤外吸収スペクトルを示す図である。
【図2】実施例1並びに比較例1及び2で調製した各三次元高分子錯体の水素吸着量を示すグラフである。
【図3】実施例1並びに比較例1及び2で調製した各三次元高分子錯体の比表面積と水素吸着量の関係を示すグラフである。
【図4】分子シミュレーションによって計算した三次元高分子錯体A〜Eの水素吸着量を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属イオンと該金属イオンに配位可能な有機配位子とによって形成される二次元構造が、前記金属イオンに配位可能なピラー配位子を介して積み重ねられた三次元高分子錯体からなり、該三次元高分子錯体中のピラー配位子が、窒素原子の孤立電子対を有する含窒素基を含むことを特徴とする、水素吸着材料。
【請求項2】
前記含窒素基がアゾ基又は含窒素複素環基を含むことを特徴とする、請求項1に記載の水素吸着材料。
【請求項3】
前記ピラー配位子が、4,4’−アゾピリジン、3,6−ビス(4−ピリジル)−1,2,4,5−テトラジン、2,5−ジ−4−ピリジニル−ピリミジン、2,5−ジ−4−ピリジニル−ピラジン、2,2’−p−フェニレンビス−s−トリアジン、及び2’,5−ジ−4−ピリジニル−2,5’−ビピリミジンからなる群より選択されることを特徴とする、請求項1又は2に記載の水素吸着材料。
【請求項4】
前記金属イオンが、銅、亜鉛、ニッケル、コバルト及び鉄からなる群より選択される金属のイオンであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の水素吸着材料。
【請求項5】
前記有機配位子が、2,3−ピラジンジカルボン酸、及び2,3−ピラジンジカルボン酸のカルボキシル基のプロトンを金属イオンで置換したものからなる群より選択される少なくとも1種であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の水素吸着材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−183918(P2009−183918A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−29201(P2008−29201)
【出願日】平成20年2月8日(2008.2.8)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】