説明

水素吸蔵材料構造解析用セル及びその製造方法

【課題】水素吸蔵材料の中性子回折に使用することができる中性子による散乱が無い、若しくは散乱が少ない耐水素性及び耐圧性の中性子回折測定用セル及びその製造方法を提供する。
【解決手段】水素吸蔵材料を中性子回折測定する際の試料として保持するセルであって、中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に、水素吸蔵性の無い材料又は水素吸蔵性の小さい材料からなる耐水素性の層を設けたことを特徴とする。この耐水素性の層の厚さは、0.1μ〜100μmがより好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素吸蔵材料の構造解析を中性子回折で行うための水素吸蔵材料構造解析装置等に用いられる中性子回折測定用セルに関するものである。
【背景技術】
【0002】
中性子回折による解析法は、各種機能性材料の構造解析を行うものとして、X線回折やシンクロトロンX線回折と同様に良く知られている。図1は、中性子回折測定の模式図である。試料として水素吸蔵材料を保持するセルに中性子源からの中性子を照射し回折散乱した中性子が検出器で検出される。
【0003】
図1に示す中性子回折による精密構造評価法は、機能性材料の一種である水素吸蔵材料にも適用されている(例えば、特許文献1)。一般に、中性子回折による水素吸蔵材料の構造解析は、圧力の異なる水素雰囲気内で行われており、水素圧力としては1MPa〜10Mpaあるいはそれ以上の高圧に設定される。水素吸蔵材料の中性子回折のために使用されるセルは、特許文献1にも記載されているように、水素吸蔵性が無く耐圧性のある金属、例えばステンレス(SUS)等で作製されている。
【0004】
しかしながら、水素吸蔵性が無く耐圧性のある金属は、材質そのものが中性子散乱を起こす金属であり、試料の中性子回折の回折像の取得を妨げるため、中性子散乱の少ない金属であるバナジウム金属やTi−ZrやV−Nb等の中性子無散乱合金によってセルの製作が行われている。特許文献2には、中性子回折法によって評価を行う試料がリチウム二次電池用の正極材料であるものの、中性子散乱の少ない金属としてバナジウムで作製された容器(セル)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2009−524571号公報
【特許文献2】特開2002−340821号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献2には、真空に排気した後で中性子回折による評価を行うことが記載されているだけであり、水素吸蔵材料の評価については何等開示されておらず、高圧に設定された水素雰囲気内で行う測定の際に発生する問題、特に水素の吸蔵によってセルが脆化や劣化するという問題は全く認識されたものではない。
【0007】
一方、ステンレス(SUS)等の金属で作製したセルを用いる場合には、材質そのものが中性子散乱を起こす金属であるため、計算や空セル試験のデータを用いて補正して、中性子散乱による問題の解決を図っている。しかし、このような金属セルでは、セルによる中性子散乱のバックグランドが高く、セルの回折像と試料の回折像が重なり判別ができないため、解析が難しいという問題を避けることができなかった。また、計算や空セル試験のデータを用いて補正する方法は、正確な回折像が得られないだけではなく、データ処理のために長時間を要し、費用的にも損失が大きいものとなっていた。
【0008】
このように、従来技術では、中性子回折法による水素吸蔵材料の評価において、解析精度の向上と解析のための時間や費用の低減及びセルの脆化や劣化の防止という両者の目的を同時に達成できるセルは得られていなかった。
【0009】
そこで、本発明の目的は、上述の問題点を解消し、水素吸蔵材料の中性子回折に使用することができる中性子による散乱が無い、若しくは散乱が少ない耐水素性及び耐圧性の中性子回折測定用セル及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、中性子散乱の無い、若しくは散乱の少ない金属材質をベースにして、耐水素脆化性等の耐水素性を付与できるセルの材質と構造を鋭意検討した結果、本発明に到った。
【0011】
すなわち、本発明の構成は以下の通りである。
(1)本発明は、水素吸蔵材料を中性子回折測定する際の試料として保持するセルであって、中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に、水素吸蔵性の無い材料又は水素吸蔵性の小さい材料からなる耐水素性の層を設けたことを特徴とする水素吸蔵材料構造解析用セルを提供する。
(2)本発明は、前記の耐水素性の層の厚さが0.1μm〜100μmであることを特徴とする前記(1)に記載の水素吸蔵材料構造解析用セルを提供する。
(3)本発明は、前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属が、バナジウム金属、Ti−Zr合金及びV−Nb合金の何れかひとつであることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の水素吸蔵材料構造解析用セルを提供する。
(4)本発明は、前記の耐水素性の層が、金属、セラミックス、無機−有機ハイブリッド体及び樹脂の何れかひとつの材料からなることを特徴とする前記(1)〜(3)の何れかに記載の水素吸蔵材料構造解析用セルを提供する。
(5)本発明は、前記の耐水素性の層が、ステンレス、銅、ニッケル、クロム、亜鉛、アルミニウム、鉛、金、銀及びこれらの金属を主成分とする合金の何れかひとつの金属からなることを特徴とする前記(4)に記載の水素吸蔵材料構造解析用セルを提供する。
(6)本発明は、前記の耐水素性の層が、シリカ(酸化ケイ素)、アルミナ(酸化アルミニウム)及びチタニア(酸化チタン)の何れかひとつの無機高分子を前駆体として合成されるセラミックス又はそれらのセラミックスを含有する有機−無機ハイブリッドからなることを特徴とする前記(4)に記載の水素吸蔵材料構造解析用セルを提供する。
(7)本発明は、前記の耐水素性の層が、ナイロン、ポリアセタール、エチレンビニルアルコール共重合体、高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、ポリプロピレン及びポリテトラフルオロエチレンの何れかひとつの樹脂からなることを特徴とする前記(4)に記載の水素吸蔵材料構造解析用セルを提供する。
(8)本発明は、水素吸蔵材料を中性子回折測定する際の試料として保持するセルであって、中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に、水素吸蔵性の無い材料又は水素吸蔵性の小さい材料を積層又は被覆することによって、耐水素性の層を設けたことを特徴とする水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法を提供する。
(9)本発明は、前記の耐水素性の層は、厚さが0.1μm〜100μmの範囲になるように積層または被覆されることを特徴とする前記(8)に記載の水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法を提供する。
(10)本発明は、前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属が、バナジウム金属、Ti−Zr合金及びV−Nb合金の何れかひとつであることを特徴とする前記(8)又は(9)に記載の水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法を提供する。
(11)本発明は、前記の耐水素性の層が、前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に、ステンレス、銅、ニッケル、クロム、亜鉛、アルミニウム、鉛、金、銀及びこれらの金属を主成分とする合金の何れかひとつの金属を用いてメッキ法又は真空蒸着法によって形成されることを特徴とする前記(8)〜(10)の何れかに記載の水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法を提供する。
(12)本発明は、前記の耐水素性の層が、前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に、セラミックス又は有機−無機ハイブリッド体を構成する成分を含む溶液を塗布した後、加熱乾燥することによって形成されることを特徴とする前記(8)〜(10)の何れかに記載の水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法を提供する。
(13)本発明は、前記の水素吸蔵材料を中性子回折測定する際の試料として保持するセルが、前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属と、前記の耐水素性の層を構成する金属とから構成される複層積層金属を用いて、前記のセルの形状に加工することによって製造されることを特徴とする前記(8)〜(10)の何れかに記載の水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法を提供する。
(14)本発明は、前記の耐水素性の層が、前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に、樹脂を溶融して射出成形する方法、樹脂溶液を塗布した後に前記の樹脂溶液を加熱して乾燥させる方法、及び樹脂粒子を塗布した後に前記樹脂粒子を加熱焼結する方法の何れかの方法によって形成されることを特徴とする前記(8)〜(10)の何れかに記載の水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明による中性子回折測定用セルは、中性子散乱の無い、若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に、水素吸蔵性の無い材料又は水素吸蔵性の少ない材料からなる耐水素性の層を設けることによって、中性子回折法による水素吸蔵材料の構造解析において精度の向上と解析のための時間と費用の低減を行うことができると共に、高圧下の水素雰囲気内での測定においてセル材質の水素吸蔵による脆化や劣化を防止することができ、長期的な繰り返し測定に耐えるものとなる。また、中性子回折測定用セルを頻繁に取り換える必要が無くなるため、セル設置のための調整と測定条件を再設定するための時間や費用を低減できるだけではなく、構造解析のためのデータを再現良く得ることが可能となる。加えて、水素吸蔵によるセルの劣化や脆化がほとんど無いため、測定時の水素雰囲気の圧力を長期間にわたって精度良く、且つ安定的に保つことができる。さらに、セルの水素脆化を防ぐことができるため、取り扱い安全性の高いセルとすることができる。
【0013】
本発明による中性子回折測定用セルは、耐水素性の層の厚さを0.1μm〜100μmの範囲に規定することによって、耐水素性の層による中性子散乱の影響を減少させると共に、中性子散乱の無い若しくは中性子散乱の少ない金属への水素の拡散を防ぐことが可能であるため長期間にわたってセルの脆化や劣化を防止することができる。
【0014】
さらに、本発明によるセルは、構成する材料として新規の材質や特殊の構造を有するものを使用する必要が無く、また、格別な工法や工程を採用しなくても製造することができる。そのために、中性子による散乱が無い、若しくは散乱が少ない耐水素性及び耐圧性の中性子回折測定用セルを製造するときのコスト上昇を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】中性子回折測定の模式図である。
【図2】本発明の水素吸蔵材料構造解析用セルの外観図である。
【図3】本発明の水素吸蔵材料構造解析用セルと耐水素性の層がコーテイングされていない水素吸蔵材料構造解析用セルの中性子回折象である。
【図4】本発明の別の実施形態による水素吸蔵材料構造解析用セルの中性子回折象である。
【図5】本発明の水素吸蔵材料構造解析用セルを用いて測定した水素吸蔵材料の中性子回折象である。
【図6】本発明のメッキ銅コーテイングによる水素吸蔵材料構造解析用セルの水素透過性評価結果である。
【図7】本発明の真空蒸着アルミニウムコーテイングによる水素吸蔵材料構造解析用セルの水素透過性評価結果である。
【図8】本発明のシリカコーテイングによる水素吸蔵材料構造解析用セルの水素透過性評価結果である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図2に、本発明の水素吸蔵材料構造解析用セルの外観図を示す。図2において、1はセル本体、3は上部カバーである。セル本体1は、中性子散乱の無い、若しくは中性子散乱の少ない金属材質で作製され、中性子回折部である円筒セル本体1と上部カバー3との接合のためのフランジ2からなる。円筒セル本体1とフランジ2は同種金属又は円筒チューブと溶接可能な金属、例えば、チタン等からなり溶接で接合した構造となっている。
【0017】
試料として水素吸蔵材料を保持するセルの厚さはセルの材質による中性子散乱の影響を少なくするために、0.1mm〜1.0mmの範囲が好ましく、より好ましくは0.2mm〜0.5mmの範囲である。セルの厚みが0.1mm未満であると、厚さが薄すぎて機械的強度を維持することができない。逆に、1.0mmを超えると、セルの材質による中性子散乱の影響が顕著になる。本発明において、セル本体を構成する金属材質としては、中性子散乱の無い、若しくは中性子散乱の少ない金属又は合金であれば何れも使用することはできるが、加工性が良く、中性子回折測定用セルとして実績のあるバナジウム金属、Ti−Zr合金及びV−Nb合金の何れかが好適である。
【0018】
上記セルの内面には、水素吸蔵性の無い材料又は水素吸蔵性の小さい材料からなる耐水素性の層を設ける。そのときの耐水素性の層の厚さは0.1μm〜100μmの範囲が好ましく、0.2μm〜70μmの範囲がより好ましい。前記の耐水素性の層の厚さが0.1μm未満であると、耐水素性の層内にボイドやピンホールが形成され易くなり、上記の中性子散乱の無い、若しくは中性子散乱の少ない金属又は合金への水素の拡散が起こり、水素吸蔵による脆化が起こり易くなる。耐水素性の層の厚さが0.1μm以上であると、仮に局部的に0.1μmより小さい径を有するボイドやピンホールが存在した場合でも、その上に形成される層によってそのボイドやピンホールが覆われるようになるため、耐水素性の層において表裏貫通したボイドやピンホールの発生を抑制することができる。厚さが0.2μm以上であれば、貫通するボイドやピンホールの発生を抑える効果が高くなり、本発明ではより好ましい。なお、0.1μm以上の径を有するボイドの発生は、耐水素性の層を形成するときの製造方法の検討又はセル内部を減圧にして脱泡処理を行う等の製造条件の最適化等の当該分野で一般的に行われている方法によって防止することができる。一方、耐水素性の層の厚さが100μmを超えると、耐水素性の層による中性子散乱の影響を無視することができなくなる。本発明は、セル容器を構成する金属又は合金の内面に耐水素性の層を形成しても、その厚さを制御することによって中性子散乱による影響を無視できる程度まで低減できるという新しい知見に基づいてなされたものである。すなわち、本発明は耐水素性の層の厚さは100μm以下であることが必須であり、70μm以下にすることによって中性子回折測定法を用いて水素吸蔵材料の構造解析を高精度で、且つ再現良く行うことができる。
【0019】
本発明において、好ましいセルの厚さとして規定する上記の0.1mm〜1.0mmの範囲は、中性子散乱の無い、若しくは中性子散乱の少ない金属又は合金と、耐水素性の層との両者を合わせたときの厚さの範囲である。
【0020】
本発明は、上記の耐水素性の層が、金属、セラミックス、有機−無機ハイブリッド体及び樹脂の何れかひとつの材料から構成される。耐水素性の層が金属である場合は、水素吸蔵性の無い、若しくは水素吸蔵性の小さい材料として、具体的に、ステンレス、銅、ニッケル、クロム、亜鉛、アルミニウム、鉛、金、銀及びこれらの金属を主成分とする合金の何れかひとつが挙げられる。これらの金属又は合金は、上記の中性子散乱の無い、若しくは中性子散乱の少ない金属又は合金との複層積層金属を用いて、所定のセル形状に加工することによって、水素吸蔵材料構造解析用セルとすることができる。また、これらの金属又は合金を、中性子散乱の無い、若しくは中性子散乱の少ない金属又は合金の内面に、電解又は無電解のメッキ処理法や真空蒸着法によって被覆又は積層して形成することができる。
【0021】
上記の複層積層金属は、クラッド板又はラミネート板から選ばれるものである。クラッド板は、中性子散乱の無い、若しくは中性子散乱の少ない金属又は合金の表面に、水素吸蔵性の無い、若しくは水素吸蔵性の小さい金属又は合金を貼り付けたものであって、異なる金属又は合金同士を熱間圧延又は冷感圧延して焼鈍する方法によって得られる。また、ラミネート板は、両者の金属又は合金を樹脂などで挟んだものであり、両者の2枚の金属又は合金板間に接合された樹脂を溶融させて所定の形状に加圧成形する方法によって製造される。
【0022】
本発明において、耐水素性の層を金属又は合金の電解又は無電解のメッキ処理法や真空蒸着法によって被覆又は積層する場合は、具体的に、銅、ニッケル、クロム、亜鉛、金、銀又はそれらの金属を主成分とする合金の電解又は無電解メッキ処理、若しくはアルミニウム、亜鉛、鉛、金又は銀の真空蒸着法が採用される。これらの金属又は合金を用いて、中性子散乱の無い、若しくは中性子散乱の少ない金属又は合金の内面にメッキ処理や真空蒸着する際には、中性子散乱の少ない金属又は合金の外面だけをメッキマスクによって覆うことによって、メッキや真空蒸着が外面に施されないような方法を採用しても良い。
【0023】
本発明において、耐水素性の層がセラミックスである場合は、シリカ、アルミナ又はチタニア等の前駆体を、中性子散乱の無い、若しくは中性子散乱の少ない金属又は合金の内面に塗布した後、焼成することによってシリカ、アルミナ又はチタニア等の無機高分子のコーテイング膜を被覆又は積層して形成する。シリカ、アルミナ又はチタニア等の前駆体としては、例えば、シリカ、アルミナ又はチタニア等の合成原料である金属アルコキシドを部分加水分解によりポリマー化して、溶媒を用いて所定の濃度にしたゾル−ゲル法によって得られる塗布液等が挙げられる。この前駆体塗布液は、アルコキシシラン又はアルミニウムやチタンを含有するアルコキシ化合物やキレート化合物を主成分として、ジルコニウム、バリウム、亜鉛、ホウ素等の他の金属アルコキシドを同時に含有させてポリマー化するゾル−ゲル法で作製されても良い。ここでは、金属アルコキシドの加水分解速度を調整するために、キレート化、エステル交換、アルコキシ交換、アシドリシス、酸無水物、二塩基酸との反応によって化学修飾した金属アルコキシドの一種以上を有する前駆体を使用しても良い。さらに、ゾル−ゲル法で作製された前駆体を焼成した後に得られる膜の機械的強度(柔軟性と強靭性)を向上させるために、シリカ、アルミナ又はチタニアの無機化合物に有機の高分子や樹脂を含有させた組成物を、有機−無機ハイブリッド体形成用前駆体としても良い。
【0024】
また、別の方法として、耐水素性の層がシリカである場合は、シリカの前駆体としてポリシラザンを使用することができる。ポリシラザンには、ペルヒドロポリシラザンや有機基を含有するポリオルガノシラザンが利用できるが、室温付近から200℃程度の温度以下でシリカの緻密なコーティングを形成することができるペルヒドロポリシラザンの溶液が好ましい。前駆体溶液のコーティングは溶液をセル内面に塗布し、乾燥して1時間程度200℃以下の温度で乾燥すればよい。
【0025】
本発明において、耐水素性の層が樹脂からなる場合は、水素透過性の非常に小さな樹脂が使用されるが、具体的には、ナイロン、ポリアセタール、エチレンビニルアルコール共重合体、高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、ポリプロピレン及びポリテトラフルオロエチレンの何れかひとつの樹脂が挙げられる。これらの樹脂が熱可塑性樹脂である場合は、上記の中性子散乱の無い、若しくは中性子散乱の少ない金属又は合金を用いてセル形状に成形されたものを射出成型用金型に組み込んだ後、前記のセル形状の内面だけに樹脂を溶融して射出成形を行って貼り付けた積層構造を有するセルとすることができる。また、これらの樹脂を溶媒に溶解して適当な粘度に調整した樹脂溶液を用いて、前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に、できるだけ均一な膜厚になるように塗布した後、加熱乾燥して溶媒を除去して耐水素性の層を形成しても良い。ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂は、一般に溶液にすることが困難であるために、微小な樹脂粒子の形態で、高温に加熱した前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に噴射して均一に樹脂層を形成した後、該樹脂層が焼結する温度まで加熱することによって、耐水素性の層として形成する。これらの樹脂によって形成される耐水素性の層の厚さは、樹脂溶液中の樹脂含有量と塗布速度又は樹脂粒子の噴霧量と噴霧速度によって調整することができる。
【0026】
また、別の方法として、上記の樹脂からなる薄膜のプリプレグシートを用いて、前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に配置した後、金型を用いて加圧圧縮する方法を採用することによって、コンポジット材料から構成されるセル構造とすることができる。ここで、前記のプリプレグシートは、無機質の繊維や不織布が含まれても良い。この製造においては、必要に応じて加熱した金型を使用したり、又は前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の外面から加熱する方法を採用することができる。
【0027】
このようにして製造されるセル本体1は、図2において、フランジ2と共に、セル本体1の上部にカバー3が取り付けられる。カバー3は、水素充填と内部圧力監視のための金属製配管(チューブ)4、水素吸蔵性の無い金属の焼結フィルター5、及び上部にセル固定用のネジ6を有する構造である。
【0028】
中性子散乱が無い、若しくは少ない材質を用いて耐水素性の内面被覆又は積層したセル本体と、このセル本体から取り外し可能なカバーは、試料保持部セル本体1とカバー部3のコンタクト面の境界に溝を設け、水素透過性の少ないゴム又は金属を材質とするO−リング7で固定することにより機密性を保持し中性子回折測定が可能な構造とする。
【0029】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0030】
〈実施例1〉
バナジウム金属を用いて加工された水素吸蔵材料構造解析用セルの内面に、電解銅メッキによって内面コーテイングを行った。電解メッキは、下端が閉塞されたセル容器を立てた状態で電解液を充填して、その内部に銅で形成された陽極を配置することによって行った。このようにして製造されたセルの断面を顕微鏡で観察して求めた銅メッキ厚さは、平均で15μmであった。このとき、バナジウム金属と電解銅メッキを合わせたセルの厚さは0.47mmであった。電解メッキにおいては、セル外面にメッキマスクを施した後、セル容器全体を電解液に浸漬してメッキを行った後、メッキマスクを取り除く方法を採用することもできる。
【0031】
〈実施例2〉
バナジウム金属を用いて加工された水素吸蔵材料構造解析用セルの内面に、アルミニウムの真空蒸着法によって内面コーテイングを行った。真空蒸着法は、セル容器の内部を真空引きできるような構造の成膜作業用の蓋体を準備し、セル容器の中心軸部に膜材料を蒸発させる加熱用のヒータ等を配置した後、成膜作業用蓋体を用いてセル容器本体の開口部を閉塞し、減圧状態として、セル容器内部に設置したヒータに通電加熱して、膜材料であるアルミニウムを蒸発させることによって行った。このようにして得られたセルの断面を顕微鏡で観察して求めたアルミニウム層の厚さは、平均で10μmであった。このとき、バナジウム金属と真空蒸着アルミニウムとを合わせたセルの厚さは0.45mmであった。
【0032】
〈実施例3〉
シリカからなるセラミックスを構成する前駆体であるペルヒドロポリシラザンを用いて、バナジウム金属を用いて加工された水素吸蔵材料構造解析用セルの内面に塗布した後、加熱することによって内面コーテイングを行った。シリカを構成する前駆体は、市販のペルヒドロポリシラザン10%トルエン溶液である。この前駆体溶液を、バナジウム金属からなる水素吸蔵材料構造解析用セルの内面に室温下で手塗りで塗布して室温下で30分乾燥した後、60℃に昇温した恒温槽に投入し60分加熱し、その後冷却した。この時点で、セルの断面を顕微鏡で観察して求めたシリカ層の厚さは、平均で0.12μmであった。さらに、この操作をもう1回繰り返して、計2回の処理を行ってセルを製造した。このようにして製造されたセルの断面は、顕微鏡で観察して求めたシリカ層の厚さが、平均で0.25μmであった。このとき、バナジウム金属とシリカ層とを合わせたセルの厚さは0.44mmであった。
【0033】
実施例1〜3で製造された水素吸蔵材料構造用のセルを用いて、試料を充填しないで水素雰囲気下で試験を行った空セル試験で得られた中性子回折像を図3と図4に示す。図3において、電解メッキ銅又はシリカ無機高分子によって内面コーテイングされたセルは、銅(Cu)又はシリカ(SiO)に帰属される信号強度が非常に小さく、内面コーテイングされていないセルと同じような中性子回折像を示していることが分かる。なお、内面コーテイングされていないセルにおいて観測される微小な信号ピークは、バナジウムに起因するものであり、中性子回折測定において実質的に問題とならないレベルである。また、図4に示すように、アルミニウム真空蒸着法によって製造されたセルは、バナジウムに起因する小さな信号ピークが観測されるだけで、アルミニウムに帰属される信号強度はほとんど観測されなかった。アルミニウムコーテイングセルは、図3に示す電解メッキ銅コーテイングセルと対比すると、中性子回折像の散乱がより弱くなっていることから、中性子回折実験により適するセルであることが分かる。このように、電解メッキ銅、シリカ及び真空蒸着アルミニウムによるコーテイングを内面に施したセルは、内面コーテイングされていないセルと同じ様に、水素吸蔵材料構造解析のための中性子回折測定に使用可能なことが確認された。
【0034】
図5には、上記確認試験に使用した水素吸蔵材料構造解析用のセルの中で、メッキ銅によって内面コーテイングされたセルを用いて水素吸蔵合金の水素吸蔵時の化学形態変化に伴う結晶構造の変化を中性子回折法によって測定した結果を示す。測定した水素吸蔵材料はそれぞれLaNi、LaNi5.6、及びLaNi10.5であり、化学形態変化に伴う結晶構造の変化が中性子回折像の変化として捉えることができ、水素吸蔵構造解析用セルとしての有用性が確認された。
【0035】
また、電解メッキ銅、真空蒸着アルミニウム及びシリカによるコーテイングを行ったバナジウム金属について水素透過性評価を行った。水素は水素吸蔵材料に吸蔵される際に、該水素吸蔵材料の表面で水素分子が解離して水素原子になり、水素原子の状態に変化してからコーテイングセル材料内に拡散して吸蔵される。そのため、この水素透過性評価は、セルの実際の使用条件と同等の状態で行う必要があり、試験用水素吸蔵合金の表面の水素原子と試験用コーテイングセル材料とを接触させる目的から両者の試験片を共存させて水素圧をかけ実施した。その結果を、図6〜図8に示す。図6〜図8に示す水素透過性評価は、水素吸蔵合金と上記の3種類の層によってコーテイングを行った金属とを同時に混在させて、それぞれ25℃/3.8Mpa、25℃/3.8Mpa又は25℃/5.2Mpaの条件で加圧した水素雰囲気中にいれた後、放置時間による水素ガスの圧力変化を追跡したものである。図6〜図8において、短時間(10分以内)に観測される水素ガス圧の急激な低下は、水素吸蔵合金に水素が吸蔵されたために観測された現象である。仮に、コーティング試験片に水素が吸蔵される場合は、その後においても水素ガス圧の連続的な低下が観察されるはずである。しかし、図6〜図8には5〜10分経過後の水素ガス圧は一定であり、水素ガス圧の低下が全く観測されておらず、上記の3種類の層によってコーテイングを行った金属試験片は、水素吸蔵が起こっていないという結果が得られた。また、金属試験片が水素を吸蔵した場合、格子体積の膨張によって、金属試験片が砕け粉末化するが、図6〜図8の写真に示すように、水素化後の金属試験片は何等変化が見られず、水素吸蔵は起こっていないことが確認できた。このように、電解メッキ銅、真空蒸着アルミニウム及びシリカによるコーテイングを行ったバナジウム金属は、水素吸蔵が起こらず、水素吸蔵によるセルの脆化や劣化の問題は発生しない。また、図3及び図4において確認されたように、セル材質による中性子散乱の問題も無いことから、水素吸蔵材料の高精度の構造解析を行うことができると共に、長期間の使用に耐える水素吸蔵材料構造解析用セルに適用できる。
【0036】
ここで、実施例3はシリカ層の厚さが平均で0.25μmであるが、シリカ層の厚さがそれよりも薄く、厚さの平均が0.12μmの場合(シリカコーテイング操作が1回だけの場合)についても、図8に示すものと同じ条件で水素透過性評価を行った。その結果、5〜6分経後の水素ガス圧は一定であり、水素ガス圧の低下が全く観測されなかった。また、試料を充填しないで水素雰囲気下で試験を行った空セル試験で測定した中性子回折像は、図3に示すシリカコーテイングセルの場合よりもシリカに起因する信号ピークが小さくなっており、実質的に問題とならないレベルであった。
【0037】
〈実施例4〉
無機高分子としてシリカを構成する前駆体を用いて、バナジウム金属を用いて加工された水素吸蔵材料構造解析用セルの内面に塗布した後、加熱することによって内面コーテイングを行った。シリカを構成する前駆体は、エチルアルコール23.7g、テトラエトキシシラン45.14g、純水27.16g、濃塩酸(35質量%)0.1g、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤3.9gを添加し、攪拌して得られた溶液である。この前駆体溶液を、バナジウム金属からなる水素吸蔵材料構造解析用セルの内面に室温下で塗布して室温下で30分乾燥した後、200℃の昇温した恒温槽に投入し50分加熱し、その後冷却した。このようにして製造されたセルの断面を顕微鏡で観察して求めたシリカ層の厚さは、平均で3μmであった。このとき、バナジウム金属とシリカ無機高分子の層とを合わせたセルの厚さは0.44mmであった。
【0038】
本実施例の水素吸蔵材料構造用のセルを用いて、試料を充填しないで水素雰囲気下で試験を行った空セル試験で得られた中性子回折像を測定した。その結果、シリカに起因する帰属される信号強度は非常に小さく、内面コーテイングされていないセルと同じような信号ピーク中性子回折像を示していることが確認された。
【0039】
さらに、図8に示すシリカでコーテイングされた金属試料片の場合と同じ条件で、本実施例のシリカコーテイング板を用いて水透過性評価を行った。その結果、図8に示すものと同じような水素ガス圧の変化の挙動が見られた。すなわち、5〜6分経過後の水素ガス圧は一定であり、水素ガス圧の低下が全く観測されておらず、本実施例のシリカコーテイングした金属試料片は、水素吸蔵が起こっていないことが確認された。
【0040】
以上の結果から分かるように、シリカコーテイング層の厚さは0.1μm以上であれば、長期間の使用に耐える水素吸蔵材料構造解析用セルを作製することができる。
【0041】
〈実施例5〉
厚さが1.0mmのV−Nb合金板と厚さが100μmのステンレス鋼板とを積層した積層板を用いて、熱間圧延と冷間圧延とによって厚さ0.4mmの複層積層板を作製した。この複層積層板の断面を顕微鏡で観察した結果、ステンレス鋼板の厚さは30μmであった。この複層積層板を用いて、セル形状にプレス成型を行って水素吸蔵材料構造用のセルを製造した。
【0042】
このようにして製造された水素吸蔵材料構造用のセルを用いて試料を充填しないで水素雰囲気下で試験を行った空セル試験で得られた中性子回折像は、ステンレスに帰属される信号強度が非常に小さく、内面コーテイングされていないV−Nb合金製のセルの場合と同じような中性子回折を示していることが確認された。
【0043】
また、図6に示すメッキ銅でコーテイングされた金属試料の場合と同じ条件で、本実施例の複層積層板を用いて水素透過性評価を行った。その結果、7分経過後の水素ガス圧は一定であり、水素ガス圧の低下が全く観測されておらず、複層積層板を用いた金属試験片は水素吸蔵が起こっていないことが確認された。
【0044】
〈実施例6〉
有機−無機ハイブリッド体を構成する前駆体を用いて、バナジウム金属を用いて加工された水素吸蔵材料構造解析用セルの内面に塗布した後、加熱することによって内面コーテイングを行った。
【0045】
無機成分としてテトライソプロポキシチタンを使用し、有機成分として末端シラノールポリジメチルシロキサン(重量平均分子量6000)を使用し、エタノールを溶媒とし前記の末端シラノールポリジメチルシロキサン:前記のテトライソプロポキシチタン:アセト酢酸エチル:水:エタノールを0.25:1:2:2:10の配合比にて混合して30分間十分に攪拌することによって、前記のテトライソプロポキシチタンの加水分解と一部前記の末端シラノールポリジメチルシロキサンとの縮合重合を行い、無機−有機ハイブリッド体の前駆体コーテイング液を調整した。この前駆体コーテイング液をバナジウム金属からなる水素吸蔵材料構造解析用セルの内面に室温下で塗布して、空気雰囲気下、200℃で60分間加熱処理し、その後冷却した。このようにして製造されたセルの断面を顕微鏡で観察して求めた有機−無機ハイブリッド体の層の厚さは、平均で8μmであった。このとき、バナジウム金属と無機−有機ハイブリッド体の層とを合わせたセルの厚さは0.45mmであった。
【0046】
本実施例の水素吸蔵材料構造用のセルを用いて試料を充填しないで水素雰囲気下で試験を行った空セル試験で得られた中性子回折像は、有機−無機ハイブリッド(Ti、Si)に帰属される信号強度が非常に小さく、内面コーテイングされていないバナジウム金属製のセルの場合と同じような中性子回折像を示していることが確認された。
【0047】
また、図8に示すシリカでコーテイングされた金属試料片の場合と同じ条件で、無機−有機ハイブリッド体の層をコーテイングした金属試料片を用いて水透過性評価を行った。その結果、図8に示すものと同じような水素ガス圧の変化の挙動が見られた。すなわち、5〜6分経過後の水素ガス圧は一定であり、水素ガス圧の低下が全く観測されておらず、本実施例の有機−無機ハイブリッド体をコーテイングした金属試料片は、水素吸蔵が起こっていないことが確認された。
【0048】
〈実施例7〉
バナジウム金属製の水素吸蔵材料構造解析用セルの内面に、射出成形法によってナイロン樹脂層の形成を行った。バナジウム金属製のセルを射出成型用金型に組み込んだ後、ナイロン樹脂を300℃で溶融して前記のセル形状の内面だけに射出成形することによってナイロン樹脂を積層した。この場合、セル内面とナイロン樹脂との密着性を上げるために、射出成型後に、さらにナイロン樹脂を圧縮する操作を加えることができる。また、バナジウム金属とナイロン樹脂との接着性又は密着性を向上させるために、射出成形前にバナジウム金属製の内面をシランカップリング剤等によって表面処理を行っても良い。本実施では別の成形方法として、セル内面にナイロン樹脂性のパリソンを入れた後、130〜200℃に昇温させて、圧空をナイロン樹脂性のパリソン内部に吹き込んで、ブロー成形して、ナイロン樹脂をセル内に積層する方法を採用することもできる。このようにして製造されたセルの断面を顕微鏡で観察して求めたナイロン樹脂層の厚さは、平均で25μmであった。このとき、バナジウム金属とナイロン樹脂層とを合わせたセルの厚さは0.5mmであった。
【0049】
本実施例の水素吸蔵材料構造用のセルを用いて試料を充填しないで水素雰囲気下で試験を行った空セル試験で得られた中性子回折像は、ナイロン樹脂に帰属される信号強度が非常に小さく、内面コーテイングされていないバナジウム金属製のセルの場合と同じような中性子回折を示していることが確認された。
【0050】
また、図6に示すメッキ銅でコーテイングされた金属試料の場合と同じ条件で、ナイロン樹脂を25μmの厚さで被覆した金属試料片を用いて水透過性評価を行った。その結果、7分経過後の水素ガス圧は一定であり、水素ガス圧の低下が全く観測されておらず、ナイロン樹脂の層でコーテイングされた金属試験片は、水素吸蔵が起こっていないことが確認された。
【0051】
〈実施例8〉
バナジウム金属製の水素吸蔵材料構造解析用セルの内面に、エチレンビニルアルコール共重合体を含有する溶液を用いて樹脂層の形成を行った。エチレン含有率47モル%のエチレンビニルアルコール共重合体10部に、イソプロパノール65重量部と水35重量部とからなる溶媒90部を加え、80℃1時間攪拌して樹脂コーテイング液を作製した。次に、この樹脂コーテイング液を、バナジウム金属からなる水素吸蔵材料構造解析用セルの内面に室温下で塗布した後、セルの開口部を下にした状態でセル内部に乾燥空気を流入させて、100℃で30分間、150℃で1時間加熱処理して、その後冷却した。このようにして製造されたセルの断面を顕微鏡で観察して求めたエチレンビニルアルコール共重合体の層の厚さは、平均で12μmであった。このとき、バナジウム金属とエチレンビニルアルコール共重合体の層とを合わせたセルの厚さは0.45mmであった。
【0052】
本実施例の水素吸蔵材料構造用のセルを用いて試料を充填しないで水素雰囲気下で試験を行った空セル試験で得られた中性子回折像は、エチレンビニルアルコール共重合体に帰属される信号強度が非常に小さく、内面コーテイングされていないバナジウム金属製のセルの場合と同じような中性子回折像を示していることが確認された。
【0053】
また、図8に示すシリカでコーテイングされた金属試料の場合と同じ条件で、エチレンビニルアルコール共重合体をコーテイングした金属試料片を用いて水透過性評価を行った。その結果、図8に示すものと同じような水素ガス圧の変化の挙動が見られた。すなわち、5〜6分経過後の水素ガス圧は一定であり、水素ガス圧の低下が全く観測されておらず、エチレンビニルアルコール共重合体をコーテイングした金属試料片は、水素吸蔵が起こっていないことが確認された。
【0054】
〈参考例1〉
実施例3の前駆体溶液の濃度を5%とした。この調整した溶液を、バナジウム金属からなる水素吸蔵材料構造解析用セルの内面に室温下で塗布して室温下で30分乾燥した後、60℃の昇温した恒温槽に投入し60分加熱し、その後冷却した。このようにして1回のシリカコーテイング操作で製造されたセルの断面を顕微鏡で観察して求めたシリカ層の厚さは、平均で0.08μmであった。このとき、バナジウム金属とシリカ層とを合わせたセルの厚さは0.42mmであった。
【0055】
本参考例の水素吸蔵材料構造用のセルを用いて試料を充填しないで水素雰囲気下で試験を行った空セル試験で得られた中性子回折は、シリカのSiに帰属される信号強度はほとんど観測されず、内面コーテイングされていないバナジウム金属製のセルの場合と同じような中性子回折を示していることが確認された。
【0056】
また、図8に示すシリカでコーテイングされた金属試料の場合と同じ条件で、薄膜のシリカをコーテイングした金属試料片を用いて水透過性評価を行った。その結果、5〜6分経過後において、水素ガス圧の低下がわずかであるが観測された。シリカ層が薄い場合は、内面コーテイング無しのセルと比べてセルの寿命は延びるものの、セル材質による水素吸蔵を完全に防止することができず、長期間使用の際にはセル材質の信頼性に十分な注意を払う必要がある。
【0057】
以上のように、本発明によれば、中性子回折法による水素吸蔵材料の構造解析において精度の向上と解析のための時間と費用の低減と、セル材質の水素吸蔵によるセルの脆化や劣化の防止という両者の目的を同時に達成することができる。加えて、長期的な繰り返し測定に耐えうる水素吸蔵材料構造解析用セルを安価に得ることができるため、本発明は有用性が高い。
【符号の説明】
【0058】
1・・・セル本体、2・・・フランジ、3・・・セル上部カバー、4・・・金属製配管、5・・・焼結フィルター、6・・・セル固定用のネジ、7・・・O−リング。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素吸蔵材料を中性子回折測定する際の試料として保持するセルであって、中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に、水素吸蔵性の無い材料又は水素吸蔵性の小さい材料からなる耐水素性の層を設けたことを特徴とする水素吸蔵材料構造解析用セル。
【請求項2】
前記の耐水素性の層は、厚さが0.1μm〜100μmであることを特徴とする請求項1に記載の水素吸蔵材料構造解析用セル。
【請求項3】
前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属が、バナジウム金属、Ti−Zr合金及びV−Nb合金の何れかひとつであることを特徴とする請求項1又は2に記載の水素吸蔵材料構造解析用セル。
【請求項4】
前記の耐水素性の層が、金属、セラミックス、無機−有機ハイブリッド体及び樹脂の何れかひとつの材料からなることを特徴とする請求項1〜3の何れかに記載の水素吸蔵材料構造解析用セル。
【請求項5】
前記の耐水素性の層が、ステンレス、銅、ニッケル、クロム、亜鉛、アルミニウム、鉛、金、銀及びこれらの金属を主成分とする合金の何れかひとつの金属からなることを特徴とする請求項4に記載の水素吸蔵材料構造解析用セル。
【請求項6】
前記の耐水素性の層が、シリカ(酸化ケイ素)、アルミナ(酸化アルミニウム)及びチタニア(酸化チタン)の何れかひとつのセラミックス又はそれらの無機物を含有する有機−無機ハイブリッドからなることを特徴とする請求項4に記載の水素吸蔵材料構造解析用セル。
【請求項7】
前記の耐水素性の層が、ナイロン、ポリアセタール、エチレンビニルアルコール共重合体、高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、ポリプロピレン及びポリテトラフルオロエチレンの何れかひとつの樹脂からなることを特徴とする請求項4に記載の水素吸蔵材料構造解析用セル。
【請求項8】
水素吸蔵材料を中性子回折測定する際の試料として保持するセルであって、中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に、水素吸蔵性の無い材料又は水素吸蔵性の小さい材料を積層又は被覆することによって、耐水素性の層を設けたことを特徴とする水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法。
【請求項9】
前記の耐水素性の層は、厚さが0.1μm〜100μmの範囲になるように積層または被覆されることを特徴とする請求項8に記載の水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法。
【請求項10】
前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属が、バナジウム金属、Ti−Zr合金及びV−Nb合金の何れかひとつであることを特徴とする請求項8又は9に記載の水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法。
【請求項11】
前記の耐水素性の層は、前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に、ステンレス、銅、ニッケル、クロム、亜鉛、アルミニウム、鉛、金、銀及びこれらの金属を主成分とする合金の何れかひとつの金属を用いてメッキ法又は真空蒸着法によって形成されることを特徴とする請求項8〜10の何れかに記載の水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法。
【請求項12】
前記の耐水素性の層は、前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に、無機高分子又は無機−有機ハイブリッド体を構成する成分を含む溶液を塗布した後、加熱乾燥することによって形成されることを特徴とする請求項8〜10の何れかに記載の水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法。
【請求項13】
前記の水素吸蔵材料を中性子回折測定する際の試料として保持するセルは、前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属と、前記の耐水素性の層を構成する金属とから構成される複層積層金属を用いて、前記のセルの形状に加工することによって製造されることを特徴とする請求項8〜10の何れかに記載の水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法。
【請求項14】
前記の耐水素性の層は、前記の中性子散乱の無い金属若しくは中性子散乱の少ない金属の内面に、樹脂を溶融して射出成形する方法、樹脂溶液を塗布した後に前記の樹脂溶液を加熱して乾燥させる方法、及び樹脂粒子を塗布した後に前記樹脂粒子を加熱焼結する方法の何れかの方法によって形成されることを特徴とする請求項8〜10の何れかに記載の水素吸蔵材料構造解析用セルの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−83108(P2012−83108A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−225540(P2010−225540)
【出願日】平成22年10月5日(2010.10.5)
【出願人】(503032588)株式会社アート科学 (12)
【出願人】(504203572)国立大学法人茨城大学 (99)
【出願人】(591106462)茨城県 (45)
【Fターム(参考)】