説明

水素生成方法および水素生成装置

【課題】微生物を用いて、長時間連続して水素を生成する。
【解決手段】蟻酸脱水素酵素遺伝子およびヒドロゲナーゼ遺伝子を有する微生物に、蟻酸イオンと、蟻酸イオン以外の炭素源とを含む有機性原料を、嫌気的条件下において接触させる工程において、有機性原料に含まれる蟻酸イオン濃度を0.01mol/L以上0.5mol/L以下の範囲とし、炭素源の濃度を0.1mmol/L以上200mmol/L以下の範囲にする。これにより、微生物の水素生成能を低下させず、長時間連続して水素を生成することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を用いた水素生成方法および水素生成装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水素は化石燃料と異なり、燃焼しても炭酸ガスや硫黄酸化物など環境問題より懸念される物質を発生しない究極のクリーンエネルギー源として注目されている。また、水素の単位質量当たりの熱量は石油の3倍以上あるため、燃料電池に供給すれば電気エネルギーおよび熱エネルギーに高い効率で変換できる。
【0003】
水素の化学的な生成方法として、従来、天然ガスやナフサの熱分解水蒸気改質法等の技術が提案されている。この方法においては、高温高圧の反応条件が必要となる。また、この方法により生成される合成ガスには一酸化炭素(CO)が含まれており、燃料電池用燃料として使用する場合にはCOによる燃料電池電極触媒劣化防止のために、COの除去が必要である。合成ガスからCOを除去することは、技術的な難易度が高い課題である。
【0004】
他の水素の生成方法として、微生物を利用した生物的な水素生成方法が挙げられる。微生物による生物的水素生成方法は、反応条件が常温常圧である点、生成するガスにCOが含まれないため、その除去が不要である点等において有利である。このような観点から、微生物による生物的水素生成方法は、燃料電池用燃料のより好ましい供給方法として注目されている。
【0005】
生物的水素生成方法は、大別して光合成微生物を使用する方法と、非光合成微生物(主に嫌気性微生物)を使用する方法とに分けられる。前者の光合成微生物を使用する方法は、水素生成に光エネルギーを用いるため、光エネルギー利用効率が低く、より広大な集光面積を必要とする。その結果、水素生成装置が高額となり、維持管理が困難になる等の解決しなければならない課題が多く、実用的なレベルにまで達していない。
【0006】
後者の嫌気性微生物を使用する従来の水素生成方法は、嫌気性微生物の分裂増殖に依存した方法である。嫌気性微生物は、嫌気的条件下での増殖が極めて遅いため、大規模な反応容器が必要であるという問題点があった(特許文献1)。このような問題点に関して、本発明者らを含むグループは、単位体積あたりの水素生成速度が向上した水素生成方法を開発した(特許文献2)。特許文献2に記載された方法によれば、水素生成原料として蟻酸を用いた場合、添加された蟻酸が反応部内に滞留することなく即座に水素と二酸化炭素とに分解される。
【0007】
また、本発明者らを含むグループは、嫌気的条件下での培養液中における有機酸および/またはアルコールの濃度を制御しながら微生物を培養することによって、元来水素生成能力を持たない微生物に水素生成能力を誘導発現し得ることを開示している(特許文献3)。特許文献3に記載された方法によれば、水素生成能力を有する微生物を効率的に調製することが可能である。加えて、特許文献3には、水素生成のための基質を蟻酸とした場合、反応液の液量制御が容易である観点から蟻酸濃度を高くすることが好ましく、供給される有機性原料に含まれる蟻酸濃度を30〜100%未満(w/w)とすることが好ましいことが開示されている。
【0008】
さらに、本発明者らを含むグループは、反応液中の蟻酸濃度を250mmol/L以下に制御することによって、水素の累積生成量を低下させずに、連続して水素を生成し得ることを見出した(特許文献4)。また、水素の累積生成量を低下させずに、連続して水素を生成するために、培養液を循環させ、供給する有機性原料に含まれる蟻酸濃度を0.5〜24.0mol/Lの範囲に制御することがより好ましいことを見出した(特許文献5)。
【特許文献1】米国特許 第5834264号(1998年11月10日)
【特許文献2】国際公開WO2004/074495A1号パンフレット(2004年9月2日)
【特許文献3】特開2006−55127号公報(2006年3月2日)
【特許文献4】特開2006−333767号公報(2006年12月14日)
【特許文献5】特開2007−330113号公報(2007年12月27日)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、これまでに本発明者らを含むグループでは、水素生成能力を有する微生物を用いて、微生物の分裂増殖に依存しない水素生成方法を提案した。しかしながら、原料成分として反応液に供給する蟻酸が、微生物や水素生成酵素自体に影響を及ぼすため、経時的に水素生成に関与する酵素が変性し、水素生成能力が低下してしまう。その結果、長時間連続して水素生成を行えないという問題があった。
【0010】
また、蟻酸自体は微生物にとっては栄養源としての機能はほとんど果たさないので、高濃度の蟻酸のみを連続的に添加することによって、連続水素生成を維持し、かつ継続させることは困難であった。さらに、反応液中の蟻酸濃度を制御することにより、積算水素生産量を増加する試みは行われていたが(特許文献4)、添加する蟻酸や、他の基質の濃度制御が水素生成に与える影響については全く考慮されていなかった。さらにまた、蟻酸を主な水素生成原料として長時間連続して水素を生成する際に、他の栄養源をさらに添加した場合においても、栄養源が長時間水素生成を維持することに有効に機能することはなく、このことが実用化に向けた大きな課題であった。これらの問題点が、長時間連続して水素生成を行う上での大きな課題であった。
【0011】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、微生物を利用して、長時間安定して水素を生成することが可能な水素生成方法及び水素生成装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記の課題を解決することを目的として、鋭意検討を行った結果、微生物に供給する有機性原料に含まれる蟻酸イオン濃度をある一定の範囲内に制御し、さらに嫌気代謝時にアデノシン3リン酸(ATP)を生成する少量の炭素源を供給することによってはじめて、微生物において蟻酸を原料とする連続水素生成が継続的に行われることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
従来、連続して水素生成反応を行う場合、微生物菌体濃度を変化させずに、添加する蟻酸濃度を高く設定することが有効とされていた。しかしながら、本発明者らは、蟻酸以外にも炭素源を加えて連続して水素生成反応を行う場合には、添加する蟻酸濃度を低くすることが極めて重要であることを見出した。すなわち、本発明においては、蟻酸イオン濃度と蟻酸イオン以外の炭素源濃度との特徴的な関係を見出すに至った。そして本発明における蟻酸イオン濃度は、これまでに開示されている連続水素生成反応において採用されていた蟻酸イオン濃度とは全く範囲が異なっている。
【0014】
本発明に係る連続的な水素生成方法によれば、添加する蟻酸の影響により水素生成酵素が変性しても、蟻酸以外の炭素源により新たに定常的に水素生成酵素が誘導発現される。本発明は、長期間にわたり水素を連続的に生成できる水素生成方法において、蟻酸により酵素が変性したとしても、新たに酵素が誘導発現されるように、添加する蟻酸濃度および他の炭素源濃度を制御することによって、課題を解決することが可能となった。
【0015】
すなわち、本発明は、蟻酸脱水素酵素遺伝子およびヒドロゲナーゼ遺伝子を有する微生物を用いた蟻酸を含む有機性原料から水素を生成する方法であって、蟻酸イオンと、蟻酸イオン以外の炭素源とを含む有機性原料を、嫌気的条件下において、前記微生物に接触させる工程を包含し、前記炭素源は、前記微生物が嫌気的条件下においてATPを生成する出発物質となる炭素源であり、前記有機性原料に含まれる蟻酸イオン濃度は0.01mol/L以上0.5mol/L以下の範囲であり、前記炭素源の濃度は0.1mmol/L以上200mmol/L以下の範囲であることを特徴としている。また、本発明に係る水素生成装置は、蟻酸脱水素酵素遺伝子およびヒドロゲナーゼ遺伝子を有する微生物を用いて水素を生成する水素生成装置であって、蟻酸イオンと、蟻酸イオン以外の炭素源とを含む有機性原料と、嫌気的条件下において、前記微生物とを接触させる反応部と、前記有機性原料を供給する原料供給部と、を備え、前記炭素源は、前記微生物が嫌気的条件下においてATPを生成する出発物質となる炭素源であり、前記原料供給部から、前記反応部内に、有機性原料に含まれる蟻酸イオン濃度は0.01mol/L以上0.5mol/L以下の範囲であり、前記炭素源の濃度は0.1mmol/L以上200mmol/L以下の範囲となるように供給することを特徴としている。
【0016】
本発明に係る水素生成方法および水素生成装置によれば、水素生成反応中に、微生物中の水素生成酵素を誘導発現させるため、微生物の水素生成能を低下させることがない。したがって、より長時間連続して水素を生成することが可能である。
【0017】
本発明に係る水素生成方法において、上記炭素源は、上記微生物が嫌気的条件下においてATPを生成する出発物質となる炭素源であることが好ましい。また、本発明に係る水素生成方法において、上記炭素源は、単糖類または二糖類の炭化水素化合物であることが好ましい。さらに、本発明に係る水素生成方法において、上記炭素源は、グルコース、キシロース、アラビノース、フルクトース、ガラクトース、マンノース、ラクトース、スクロース、マルトース、および、セロビオースからなる群より選択される、少なくとも1つの有機性炭素源であることが好ましい。これにより、水素生成酵素の誘導発現の駆動力となるATPが効率よく供給される。
【0018】
本発明に係る水素生成方法において、上記微生物を含む反応液中の反応産物濃度が、100mmol/L以下であることが好ましい。これにより、微生物により生成されるATPが水素生成酵素の合成に効率よく利用され得る。
【0019】
本発明に係る水素生成方法において、上記微生物を含む反応液中の上記微生物菌体濃度が、10重量パーセント以上80重量パーセント以下の範囲であることが好ましい。これにより、微生物の分裂増殖に用いられるエネルギーを低減させることができる。また、微生物が密に充填されることによる粘性の増加を防ぐことができるので、基質の拡散、生成される水素の排出等を効率よく行うことができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る水素生成方法によれば、以上のように、原料として微生物に添加する蟻酸のイオン濃度及び蟻酸イオン以外の炭素原の濃度を制御することによって、長期間連続して水素を生成することが可能な水素生成方法および水素生成装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
[水素生成方法]
本発明に係る水素生成方法は、蟻酸脱水素酵素遺伝子およびヒドロゲナーゼ遺伝子を有する微生物を用いた水素生成方法であって、蟻酸イオンと、蟻酸イオン以外の炭素源とを含む有機性原料を、嫌気的条件下において、上記微生物に接触させる工程(以下、単に「接触工程」という)を包含し、上記有機性原料に含まれる蟻酸イオン濃度は0.01mol/L以上0.5mol/L以下の範囲であり、上記炭素源の濃度は0.1mmol/L以上200mmol/L以下の範囲であることを特徴としている。
【0022】
〔接触工程〕
本発明において、上記接触工程は、例えば微生物を含む反応液中に、蟻酸イオンと上記炭素源とを含む有機性原料を添加することによって行われ得る。本発明に係る微生物を用いた水素生成方法においては、微生物に接触させる有機性原料に含まれる蟻酸イオン濃度および炭素源濃度を上述した範囲内に設定することによって、水素生成に関与する酵素活性の低下を防ぎ、長時間連続して水素を生成することができる。
【0023】
本明細書中において反応液は、接触工程で起こる水素生成反応に使用される微生物を含み、水素生成反応に用いられる溶液が意図される。なお、水素生成反応中の反応液には、反応前の有機性原料、反応により生じる反応産物等が含まれ得る。本接触工程においては、微生物を含む反応液に、上記有機性原料を連続して添加することが好ましいが、水素生成に十分な量の有機性原料が反応系に存在していれば、間欠的に添加してもよい。接触の具体的態様としては、微生物が有機性原料に接触できれば特に限定されず、例えば、微生物及び有機性原料を従来公知の反応槽内で混合すればよい。
【0024】
(微生物)
一般に、微生物は、原核生物(真正細菌、古細菌)と真核生物(藻類、原生生物、菌類、粘菌)とに分類されるものであり、本発明においては、特に原核生物を好ましく用いることができる。その中でも、特に細菌を用いることが好ましい。また、微生物は、酸素に基づく代謝機構を有する好気性微生物と、酸素を利用しない代謝機構を有する嫌気性微生物とにも分類され、本発明においては、特に嫌気性微生物を好ましく用いることができる。
【0025】
嫌気性微生物において、水素の生成を伴う代謝経路として、様々な経路が知られている。例えば、グルコースのピルビン酸への分解経路における代謝産物としての水素生成経路、ピルビン酸がアセチルCoAを経て酢酸に変換される経路での代謝産物としての水素生成経路、NAD(P)Hを基質とする水素生成経路、そしてピルビン酸由来の蟻酸から水素を生成する経路等が挙げられる。
【0026】
本発明においては、嫌気性微生物のうち、細胞内において蟻酸から水素を生成する代謝経路を有する微生物を用いる。このような微生物としては、蟻酸脱水素酵素遺伝子(F.Zioni,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,(1986)Vol.83,p4650−4654)、およびヒドロゲナーゼ遺伝子(R.Boehm,et al.,Molecular Microbiology(1990)Vol.4,p231−243)を有する微生物が好ましく用いられる。
【0027】
上記の蟻酸脱水素酵素遺伝子およびヒドロゲナーゼ遺伝子を有する嫌気性微生物の具体的な例としては、エシェリキア(Escherichia)属−例えばエシェリキア コリ(Escherichia coli ATCC9637、ATCC11775、ATCC4157等)、クレブシェラ(Klebsiella)属−例えばクレブシェラ ニューモニエ(Klebsiella pneumoniae ATCC13883、ATCC8044等)、エンテロバクター(Enterobacter)属−例えばエンテロバクター アエロギネス(Enterobacter aerogenes ATCC13048、ATCC29007等)そしてクロストリジウム(Clostridium)属−例えばクロストリジウム ベイエリンキイ(Clostridium beijerinckii ATCC25752、ATCC17795等)等が挙げられる。
【0028】
また、本発明に係る水素生成方法においては、蟻酸から水素を生成する能力が向上した組換え微生物を用いてもよい。このような微生物の水素生成能力を向上させる方法としては、蟻酸水素リアーゼ(Formate Hydrogen Lyase:FHL)システムの生成を強化する遺伝子を微生物中に高発現させる方法、あるいはFHLシステムの生成に関する抑制遺伝子を微生物中において不活性化させる方法等が挙げられる。ここで、高発現とは、目的遺伝子(例えばfhlA遺伝子)の発現量が増加していることを意味し、目的遺伝子を二つ以上有することや、目的遺伝子が一つであってもプロモーターの改変などにより発現量が増加していることなども含む。
【0029】
このような組換え微生物の例としては、FHLシステムの転写アクティベーター遺伝子が高発現された微生物、およびFHLシステムの転写アクティベーター遺伝子が高発現し、かつFHLシステムの生成に関する抑制遺伝子が不活性化されている微生物等が挙げられる。本発明者らのグループで作製した、エシェリキア コリ(ATCC27325)の形質転換体であり、W3110/fhlA−pMW118と命名された微生物(受託番号:FERM P−20292、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託)、またはW3110 ΔhycA/fhlA−pMW118と命名された微生物(受託番号:FERM P−20291、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託)等を、本発明の水素生成方法に好適に使用することができる。
【0030】
蟻酸脱水素酵素遺伝子及び/又はヒドロゲナーゼ遺伝子を有していない微生物に、これらの遺伝子を導入した微生物を用いてもよい。微生物に対する遺伝子の導入方法は特に限定されず、従来公知の方法を用いればよい。蟻酸脱水素酵素遺伝子、ヒドロゲナーゼ遺伝子の配列については、DDBJ/GenBank/EMBL国際DNAデータベース等から入手できる。蟻酸脱水素酵素遺伝子であれば、例えばE.coli由来fdhF遺伝子(アクセッション番号:M13563)、Enterobacter aerogenes由来fdhF遺伝子(アクセッション番号:X54696)、ヒドロゲナーゼ遺伝子であれば、例えばE.coli由来hyc遺伝子(アクセッション番号:X17506)、Pyrococcus furiosus由来hyd遺伝子(アクセッション番号:X75255)等が挙げられる。
【0031】
(微生物菌体濃度)
一般に、微生物の分裂増殖は、微生物菌体濃度が10%(w/w)(湿潤状態菌体質量を基準とする。以下微生物菌体濃度を同様に表す。)未満の場合に起こるため、分裂増殖に用いられるエネルギーを低減させる観点から、反応液中の微生物菌体濃度は10%(w/w)以上であることが好ましい。一方、微生物菌体濃度が80%(w/w)を超えると、微生物がほぼ最密充填状態となり粘性が高くなるため、基質の拡散や、生成される水素の排出の観点から、反応液中の微生物菌体濃度は80%(w/w)以下であることが好ましい。したがって、本発明に係る水素生成方法において、反応液中の微生物菌体濃度は、10%(w/w)以上80%(w/w)以下とすることが好ましい。本発明よれば、微生物の分裂増殖を実質的に伴わずに高速で水素を生成することが可能である。
【0032】
さらに、微生物を含む反応液の粘性が高くなるという観点から、微生物菌体濃度は10%(w/w)以上70%(w/w)以下とすることがより好ましい。また、単位体積あたりの水素生成量を増加させる観点から、微生物菌体濃度は30%(w/w)以上70%(w/w)以下とすることがさらに好ましい。
【0033】
(有機性原料)
本発明に係る水素生成方法において、水素生成の原料となる有機性原料は、蟻酸イオンと、蟻酸イオン以外の炭素源とを含んでいる。有機性原料はさらに、後述する各栄養源を含んでいてもよい。
【0034】
(蟻酸イオン)
本発明に係る水素生成方法において、水素生成の原料となる有機性原料は、微生物において、蟻酸脱水素酵素およびヒドロゲナーゼを経由する代謝経路により水素を含むガスを生成するために、蟻酸イオンを含む溶液である。本発明においては、蟻酸脱水素酵素およびヒドロゲナーゼが水素の生成に関与している。そして、この有機性原料に含まれる蟻酸イオン濃度は、0.5mol/L以下であることが好ましい。有機性原料に含まれる蟻酸イオン濃度を、0.5mol/L以下とすることによって、水素の生成に関与する酵素(以下、水素生成酵素ともいう)活性の低下を防ぐことができる。また、有機性原料中の蟻酸イオン濃度は、反応液中の微生物菌体濃度を維持することの操作の容易性から、0.01mol/L以上であることが好ましい。また微生物に接触させる直前に、有機性原料中の蟻酸イオン濃度を上記範囲に希釈してもよい。
【0035】
ここで、蟻酸イオン濃度が0.5mol/Lより大きい場合、蟻酸イオン自体がATP合成酵素等に損傷を与えることが推定される。ATPはそれ自身がRNA合成の前駆体になること、タンパク質への翻訳の際tRNAのアミノアシル化にATPが必要であること等から、RNAおよびタンパク質の新たな合成には、ATPが必要である。蟻酸イオン濃度が高くなることによって、ATP合成が低下し、微生物内の水素生成酵素の合成が低下すると推定される。したがって、水素生成酵素の絶対量は、水素生成反応が進むにつれて減少することが推定される。
【0036】
蟻酸イオンを含む有機性原料の調製には、蟻酸および蟻酸塩を用いることが好ましい。蟻酸塩としては、蟻酸亜鉛、蟻酸ナトリウム、蟻酸カリウム、蟻酸セシウム、蟻酸ニッケル、蟻酸バリウム、蟻酸カルシウム、蟻酸マンガン、蟻酸アンモニウムなどを用いることが可能である。中でも、水に対する溶解度の面から蟻酸、蟻酸ナトリウム、蟻酸カリウム、蟻酸カルシウム、および蟻酸アンモニウムが好ましく、コストの面から蟻酸、蟻酸ナトリウムおよび蟻酸アンモニウムがより好ましい。また、蟻酸を用いれば、生成される気体に水素および二酸化炭素のみしか含まれず扱いやすいため、さらに好ましい。なお、蟻酸塩を用いた場合、生成物から蟻酸塩の陽イオンを分離すればよい。
【0037】
(炭素源)
本発明に係る水素生成反応において、水素生成酵素を誘導発現するための栄養源を微生物に供給するために、微生物に接触させる有機性原料には、蟻酸イオン以外に、さらに炭素源が含まれる。「炭素源」とは、上記微生物が培養中に吸収利用する炭素化合物であり、微生物が嫌気的条件下においてATPを生成するための出発物質となる炭素源であることが好ましい。ATPは、微生物において、水素生成酵素を誘導発現するための駆動力となる。「微生物が嫌気的条件下においてATPを生成するための出発物質」とは、微生物が嫌気的条件下において、ATPを生成するために利用する物質であることが意図され、解糖系、ペントースリン酸経路等の代謝経路で分解される物質、これらの代謝経路における中間物質等であり得る。また、「蟻酸イオン以外の炭素源を含む」とは、蟻酸または蟻酸塩とは別に、さらに他の炭素源を含むことを意図している。
【0038】
本明細書中において、微生物中における、水素生成酵素の誘導発現とは、水素生成酵素の発現を誘導する因子と微生物とを共存させ、当該因子により当該酵素が新たに発現し、合成されるプロセスを意図している。例えば、エシェリキア コリの場合、蟻酸が水素生成酵素の誘導因子であり、蟻酸存在下において、嫌気的条件下で特定の栄養源のもとで培養を行うことにより、微生物内に水素生成酵素が誘導発現される。また、定常的に誘導発現するとは、有機酸等の阻害因子が水素生成酵素の誘導に与える影響が少なく、酵素の失活に対する酵素の誘導発現が、平衡状態またはより発現側に傾いている状態を示している。
【0039】
このような炭素源は糖類の炭素源であることが好ましく、単糖類または二糖類の炭化水素化合物であることがより好ましい。例えば、グルコース、キシロース、アラビノース、フルクトース、ガラクトース、マンノース、ラクトース、マルトース、セロビオース、スクロースからなる群より選択されることが好ましい。
【0040】
また本発明において、連続した水素生成時には、微生物を含む反応液中への炭素源の供給速度が反応液中での微生物による炭素源の代謝速度を上回ることのないように、炭素源の供給速度を制御し添加することが好ましい。例えば、炭素源濃度が0.1mmol/L未満では、水素生成酵素の誘導発現が促進されず、炭素源濃度が200mmol/Lを超えると浸透圧により水素生成酵素の誘導発現に阻害的に働くことから、反応液内の炭素源濃度は、0.1mmol/L以上200mmol/L未満に制御されていることが好ましい。
【0041】
ここで、例えばグルコース、フルクトース等の六炭糖を出発物質とした場合、主に解糖系を経由してATPが生成され、キシロース、アラビノース等の五炭糖を出発物質とした場合、主にペントースリン酸経路を経由しATPが生成されることが知られている。また、スクロース、セロビオース等の二糖類を出発物質とした場合、単糖に分解された後に、主に解糖系を経由してATPが生成されることが知られている。本発明における微生物においては、糖類を代謝するための上記代謝経路をいずれも有しており、いずれの糖類を炭素源として用いた場合であっても、ATPを生成し得ることが理解される。したがって、本発明において用いられる炭素源は、使用する微生物の代謝経路において代謝されてATPを生成し得るものであればよく、その種類は限定されるものではない。
【0042】
また本発明においては、水素生成酵素合成のための補助的な栄養源として、窒素源も用いることが可能であり、無機態窒素源として、例えばアンモニア、アンモニウム塩、硝酸塩等、有機態窒素源として、例えば尿素、アミノ酸類、タンパク質等を有機性原料に添加して用いることもできる。
【0043】
さらに、水素生成酵素のターンオーバーにはミネラル源が必要な場合があり、このようなミネラル源として、主にK、P、Mg、Sなどを含む、例えばリン酸一水素カリウム、硫酸マグネシウム等を有機性原料に添加して用いることができる。この他にも必要に応じて、水素生成酵素群に含まれるMo、Fe、Se、Niなどの微量金属や、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー、カザミノ酸、ビオチン、チアミン等各種ビタミン等の栄養素を有機性原料中に添加することもできる。
【0044】
また本発明において、水素生成反応中の反応液では気体の生成が激しいため、反応液に消泡剤が含まれていることが好ましい。消泡剤としては、従来公知なものが用いられ、例えばシリコーン系、ポリエーテル系の消泡剤を用いることができる。消泡剤の添加方法は、あらかじめ反応液内に添加しておく方法、断続的もしくは連続的に供給する方法などいずれの方法を用いることも可能である。
【0045】
体積あたりの水素生成速度を高い状態で維持するために、蟻酸からの直接的な水素生成反応を主な水素生成経路として利用し、それ以外の水素生成経路は補助的に利用し得る。蟻酸以外からの水素生成経路としては前述の通り、グルコースのピルビン酸への分解経路における代謝産物としての水素生成経路、ピルビン酸がアセチルCoAをへて酢酸が生成する経路での代謝産物としての水素生成経路、NAD(P)Hを基質とする水素生成経路等が挙げられる。
【0046】
(代謝産物濃度)
また、反応液中の反応産物濃度を低くすることによって、微生物における水素生成酵素の合成促進につながる。本明細書中において、用語「反応産物」は、用語「代謝産物」と交換可能に使用される。本発明においては、反応液中の代謝産物濃度を低くするために、反応液中に添加される炭素源の濃度を、0.1mmol/L以上50mmol/L以下の範囲に制御することが好ましい。添加する炭素源の濃度を制御する方法としては、反応液内の培養液成分中の炭素源濃度を、例えばグルコースセンサー等の濃度センサーにより検知する方法、または反応液内のpHの変化率などにより検知する方法が挙げられる。このように検知された炭素源濃度に基づいて、炭素源の添加量が最適になるように、炭素源は外部ポンプにより供給される。
【0047】
反応液中に生成され得る主な代謝産物としては、乳酸、酢酸、コハク酸、酪酸、蟻酸、ピルビン酸、リンゴ酸、フマル酸などの弱酸性の有機酸、エタノール、ブタノール、ブタンジオールなどのアルコール類などが挙げられる。これらの代謝産物は水素生成酵素の合成を阻害するものであり、特に生成された弱酸性の有機酸の濃度が100mmol/Lを超えると、細胞内に再び入ってしまう。細胞内に入った有機酸によって、プロトンが解離し、細胞膜内外に生じるプロトン駆動力が低下することによって、ATP合成およびタンパク質合成が抑制される。したがって、反応液中の各代謝産物の合計濃度を、100mmol/L以下に制御することが好ましい。また、水素生成酵素の合成をより促進するために、反応液中の各代謝産物の合計濃度を50mmol/l以下に制御することがさらに好ましい。
【0048】
(水素生成反応条件)
ここで、水素生成反応の反応温度は、使用する微生物の種類によっても異なるが、一般に、常温微生物を用いた場合、20℃〜45℃の範囲が好ましく、微生物の反応寿命の観点から30℃〜40℃の範囲であることがさらに好ましい。また、本発明において、有機性原料の供給速度は、反応により生成される水素の生成速度に基づいて、適宜設定すればよく、例えば、1時間当り50mLの有機性原料を反応液中に供給してもよい。
【0049】
〔微生物の培養工程〕
本発明に係る水素生成方法は、上記接触工程の前に、上述した水素生成能を有する微生物を培養する培養工程をさらに包含していてもよい。本発明に係る水素生成方法において培養工程を含む場合、上記培養工程においては、好気的条件による前培養と、嫌気的条件による本培養とを行うことが好ましい。
【0050】
好気的条件による前培養は、炭素源、窒素源、無機塩類等の栄養源を含む、公知の栄養培地を用いて行うことができる。培養には、炭素源として、例えばグルコース、フルクトース、ガラクトース、マンノース、ラクトース、スクロース、セルロース、廃糖蜜、グリセロール等を、窒素源として、例えばアンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウム、尿素等をそれぞれ単独もしくは混合して用いることができる。また、無機塩として、例えばリン酸一水素カリウム、リン酸二水素カリウム、硫酸マグネシウム等を使用してもよい。この他にも、必要に応じて、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー、カザミノ酸、ビオチン、チアミン等の各種ビタミン等の栄養素を培地に適宜添加することもできる。
【0051】
前培養は通常、通気攪拌、振盪等の好気的条件下、約20℃〜約45℃、好ましくは約25℃〜約40℃の温度で行うことができる。前培養時のpHは約5〜10、好ましくは約6〜8の範囲であればよく、培養中のpH調整は、酸またはアルカリを添加することにより行うことができる。通常、培養開始時の炭素源濃度は、約0.1〜20%(w/v)が好ましく、さらに好ましくは約1〜5%(w/v)である。また、培養期間は、約0.25日〜7日間であり得る。このような、好気的条件下における微生物の培養は、従来公知の方法により行ってもよい。
【0052】
前培養終了時の培養液中の微生物の濃度(w/w%)は、培養開始時に比して、約2〜1000倍程度であることが好ましい。このように、前培養により菌体数が増加した微生物を、嫌気的条件下において本培養する。本培養においては、前培養で増殖した微生物と、水素生成を阻害する成分(例えば、エタノール、酢酸、乳酸等)を含む培養液とを分離することが好ましい。分離方法としては、遠心分離、膜分離等の一般的な方法が用いられる。
【0053】
嫌気的条件下での培養液中の微生物菌体濃度は、水素生産能力を発現する微生物を得るために、約0.1〜80質量%が好ましい。さらに好ましくは、水素生産能力を有する微生物を効率的に得るために約1〜80質量%であることが好ましい。
【0054】
嫌気的条件とは、培養液中の酸化還元電位が約−100mV〜−500mV、さらに好ましくは約−200mV〜−500mVであることから確認できる。培地の嫌気状態を調整する方法としては、加熱処理や減圧処理あるいは窒素ガス等のバブリングにより溶存ガスを除去する方法が挙げられる。培養液中の溶存ガス、特に溶存酸素の除去を行う方法としては、約13.33×102Pa以下、好ましくは約6.67×102Pa以下、より好ましくは約4.00×102Pa以下の減圧下で約1〜60分間、好ましくは約5〜60分間程度、脱気処理する方法が挙げられる。また、必要に応じて還元剤を水溶液に添加することができる。用いる還元剤としては、チオグリコール酸、アスコルビン酸、システィン塩酸塩、メルカプト酢酸、チオール酢酸、グルタチオンまたは硫化ソーダ等が挙げられる。これらの1種あるいは2種以上を組み合わせて用いることも可能である。
【0055】
嫌気的条件下での微生物の培養は、炭素源、窒素源、ミネラル源等を含む公知の栄養培地を用いて行うことができる。炭素源または窒素源としては、好気的条件下での微生物の培養液と同じものを使用できる。またミネラル源としては、おもにNa、K、P、Mg、S等を含む、例えばリン酸一水素カリウム、硫酸マグネシウム、硫酸カリウム、塩化ナトリウム、硫酸マグネシウム、硫酸鉄、硫酸亜鉛、硫酸銅、硫酸マンガン、塩化カルシウム、四ホウ酸ナトリウム等を用いることができる。この他にも必要に応じて、アンピシリンナトリウムまたはカナマイシン等の抗生物質や、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー、カザミノ酸または、ビオチンもしくはチアミン等の各種ビタミン等の栄養素を培地に添加することもできる。
【0056】
また、培地は微量な金属成分を含んでいてもよい。必要な微量金属成分としては微生物種により異なるが、鉄、モリブデン、セレン、ニッケル等が挙げられる。これらの金属を含む化合物としては、例えばモリブデン酸ソーダ無水物、亜セレン酸ソーダ五水和物、七モリブデン酸(6−)アンモニウム、硫酸ニッケルアンモニウム、亜セレン酸ナトリウム等が挙げられる。なお、これらの微量金属成分は酵母エキス等の天然栄養源には相当程度含まれているため、必ずしも添加を必要とはしない。
【0057】
嫌気的条件下での培養の条件として、温度域は、約20℃〜45℃、好ましくは約25℃〜40℃であることが好ましい。pH域は、pH約4.0〜10.0、好ましくは約5.0〜8.0であることが好ましい。通常、培養開始時の炭素源濃度は約0.1〜20%(W/V)が好ましく、さらに好ましくは約1〜5%(W/V)である。
【0058】
このように、前培養および本培養を含む培養工程により得られた微生物、あるいは当該微生物を含む培養液を用いて、上述した接触工程を行ってもよい。なお、培養工程における本培養と接触工程とは、同様の嫌気的条件下において行うことができる。
【0059】
〔代謝産物の分離工程〕
本発明に係る水素生成方法は、水素生成反応の代謝産物を反応液から分離する工程をさらに包含していてもよい。代謝産物を反応液から分離する工程は、反応液に含まれる微生物と反応液の液体成分とを分離することによって行ってもよい。微生物と反応液の液体成分との分離方法としては、沈降分離、遠心分離、ろ過分離等が挙げられるが、特に、高速かつ連続的に分離を行うことができるため、ろ過分離が好ましい。
【0060】
反応液中の代謝産物濃度を制御するために、代謝産物がエタノール等のアルコールの場合は、反応液中の成分濃度をアルコールセンサー等の濃度センサーにより検知し、また、代謝産物が有機酸の場合は、反応液中のpHの変化率などにより検知することが可能である。検知した代謝産物濃度に基づいて、反応液中の微生物と液体成分とを分離し、当該液体成分を有機酸等の代謝産物を含まない液体と交換することによって、反応液中の代謝産物濃度を制御することが可能となる。
【0061】
ここで、ろ過分離による分離方法は、例えば多孔性の膜を用いて、圧力差を利用して分離する方法であり、例としてデッドエンド型ろ過分離とクロスフロー型ろ過分離が挙げられる。クロスフロー型ろ過分離によれば、膜の接線方向に反応液の上清成分が流れ、膜の表面が絶えず洗い流されるために、ろ過が進行しても安定したろ過速度を保つことが可能である。
【0062】
したがって、本発明においては、特に後者のクロスフロー型ろ過分離を用いることが好ましい。また、分離中に、膜の表面上に微生物等が蓄積することによりろ過能力が低減した場合には、別途逆洗浄などの機能を付加することによりろ過能力を回復させることが可能である。クロスフロー型ろ過分離に用いる膜の構造としては、平膜カセット、中空糸、管状膜等を用いることが可能であり、特に容積あたりの膜面積の比の観点から、平膜カセットおよび中空糸を好ましく用いることができる。
【0063】
クロスフロー型ろ過分離に用いられる膜の材質としては、再生セルロース、ポリアミド、ポリフッ化ビニリデン、ポリエーテルスルフォン等の高分子系の膜、アルミナ等のセラミック系の膜を用いることが可能である。膜の細孔径として、微生物と反応液の液体成分とを分離する膜の孔径は、0.01〜5μmであることが好ましく、孔径0.01〜2μmであることがより好ましい。
【0064】
クロスフローろ過分離用のフィルター部を用いる場合、栄養分や代謝産物などを含む液体成分を反応部から除去することとなる。反応部中の液量は、最初に設定した液量から一定の範囲内に維持する必要がある。一定の範囲としては、反応液の+(プラス)、−(マイナス)20%以内に設定できるように調整することが好ましい。−(マイナス)20%以下の場合には、反応液中の微生物菌体濃度が高くなり、反応液の粘性が高くなるために好ましくない。また+(プラス)20%以上の場合には、反応部中のデッドスペースが低下するため、生成ガスの反応液中からの排出の面で好ましくない。
【0065】
〔水素回収工程〕
本発明に係る水素生成方法は、生成されたガスから水素を分離し、回収する工程をさらに包含していてもよい。生成ガスから水素を分離する工程においては、例えばガスクロマトグラフィ等により生成ガスに含まれる成分を分析し、膜分離法、吸着法等、一般的な方法により、水素リッチなガスを分離してもよい。本発明に係る水素生成方法によれば、水素および二酸化炭素を主成分とするガスが生成されるため、この生成ガスから、水素リッチなガスを分離すればよい。
【0066】
上述したように、本発明に係る水素生成方法によれば、水素生成反応中の水素生成酵素活性の低下を防ぎ、連続水素生成時間(反応開始から水素生成反応が停止するまでの時間)を飛躍的に向上させることが可能である。本発明においては、原料成分として反応液中に供給される高濃度の蟻酸が微生物の水素生成能力に及ぼす影響を低減し得る。蟻酸を含む有機性原料を用いた水素生成反応においては、蟻酸により水素生成酵素が変性し、水素生成酵素活性が低下する。本発明においては、水素生成酵素の誘導発現を補うために、蟻酸イオン以外の炭素源をさらに添加し、添加する当該炭素源の濃度を制御している。
【0067】
[水素生成装置]
本発明はまた、水素生成装置を提供する。本発明に係る水素生成装置は、蟻酸脱水素酵素遺伝子およびヒドロゲナーゼ遺伝子を有する微生物を用いて水素を生成する水素生成装置であって、蟻酸イオンと、蟻酸イオン以外の炭素源とを含む有機性原料と、前記微生物とを接触させる反応部を備え、前記反応部内に供給される有機性原料に含まれる蟻酸イオン濃度は0.01mol/L以上0.5mol/L以下の範囲であり、前記炭素源の濃度は0.1mmol/L以上200mmol/L以下の範囲であることを特徴としている。
【0068】
本発明の一実施形態に係る水素生成装置を図1を参照して以下に説明する。図1に示すように、本発明に係る水素生成装置は、反応部1、pHセンサー2、原料槽3、pHコントローラー4、pH調整溶液供給部5、供給ポンプ(原料供給部)6、循環ポンプ7、液体成分排出ポンプ8、フィルター部9、ガス排出部10、撹拌部11、温度制御部12および制御ボックス13を備えている。
【0069】
反応部1には、撹拌部11、温度制御部12が備えられている。反応部1には、蟻酸脱水素酵素遺伝子およびヒドロゲナーゼ遺伝子を有する微生物を含有する反応液が注入されている。そして、この反応部1内に、原料槽3から蟻酸を含む有機性原料が供給されると、微生物を含む反応液内の水素生成酵素の働きにより、水素を生成する反応が起こる。生成された水素は、ガス排出部10より系外へ排出される。
【0070】
また、反応部1内の反応液を、循環ポンプ7により引き出し、フィルター部9を通過させて反応部1に戻すことにより循環させている。このとき、フィルター部9により反応液中の液体成分を分離し、液体成分排出ポンプ8を介して系外に排出する。液体成分とは、反応液中の炭素源、窒素源、無機塩類等の栄養分や、微生物の代謝産物、未反応の有機性原料等の溶質を含む液体であり、反応液中に含まれている微生物以外の成分を意図している。
【0071】
反応部1に供給された有機性原料中の蟻酸は、反応部1において即座に水素および二酸化炭素に分解されるため、排出液内の蟻酸濃度は薄くなっている。このため、供給ポンプ6による原料の供給速度に対して、液体成分排出ポンプ8による液体成分の排出速度は、反応部1内で分解された蟻酸の量に応じて遅く設定することが可能である。フィルター部9を通過して液体成分が分離されることにより、反応液中の微生物菌体濃度が濃縮される。このように、反応液を循環させ、循環中に反応液中の液体成分を部分的に排出することにより、反応部1内の液面が一定に保たれる。
【0072】
フィルター部9は、反応部1外に載置されていてもよく、反応部1内に載置されていてもよい。すなわち、反応部1から反応液の液体成分が排出されることが可能であればよい。また、排出された液体成分は、水素原料である高濃度の蟻酸を希釈することにより、再利用することも可能である。
【0073】
また反応液中には、炭素源、窒素源、無機塩類等の栄養分や、代謝産物等の溶質が含まれている場合があり、この場合に、フィルター部9を介して排出される反応液の液体成分には、栄養分や代謝産物が含まれる。特に栄養分に関しては、排出される分を反応液中に補充することによって、その濃度を一定に保つ必要がある。原料槽3から必要な栄養分等を補充する、もしくは別の供給口を設置し、当該供給口から栄養分等を補充することによっても、反応部1の液面制御が可能となる。
【0074】
水素生成反応のpHは4.5〜8.0の範囲内であることが望ましい。反応の過程において、反応部1内の反応液のpHの値が上記の範囲を大きく超える場合、pH調整溶液供給部5から反応部1内に、適宜pH調整溶液を供給することによって、pHを調整することが可能である。pHセンサー2により反応部1内の反応液のpHを検出し、pHコントローラー4によってpH調整溶液供給部5からのpH調整溶液の供給を制御する。
【0075】
例えば、反応液内のpHが極端に酸性側に傾いた場合は、水酸化ナトリウム溶液、水酸化カリウム溶液、アンモニア水溶液等の塩基性の水溶液を、pH調製溶液として使用することができる。また、反応液内のpHが極端にアルカリ性に傾いた場合は、塩酸、硫酸などの酸性水溶液を、pH調製溶液として使用することが可能である。図1においては、pHコントローラー4およびpH調整溶液供給部5が、1つしか備えられていないが、反応液中のpHが酸性および塩基性の両側に傾く場合は、酸性および塩基性の調整溶液を供給するためのpHコントローラー4およびpH調整溶液供給部5を、それぞれ1つずつ備えることも可能である。
【0076】
原料槽3に充填された有機性原料は、供給ポンプ6を介して反応部1に供給される。反応部1内における水素生成酵素の合成を促進するために、反応液内の炭素源濃度および代謝産物濃度が検出可能であることが好ましい。検出されたこれらの濃度に応じて、供給ポンプ6により有機性原料の供給速度を制御する。また、反応部1に添加する蟻酸イオン濃度が高い場合、局所的に微生物もしくは微生物内の水素生成酵素にダメージを与えてしまうことがあるため、反応部1に添加する直前に有機原料を希釈するようなシステムを備えることも可能である。図1には、原料槽3を1つのみ備える構成を示したが、蟻酸槽および炭素源槽のように原料槽を2つ以上に分けてもよい。このとき、反応部1内の各種濃度を検知し、その結果をそれぞれの供給ポンプ6にフィードバックすることにより、それぞれの供給量を制御することも可能である。
【0077】
本実施形態において、水素生成装置内の各構成要素は制御ボックス13内に密閉された状態に保たれている。本発明に係る水素生成方法は嫌気的条件下で行われるため、反応部1内は嫌気雰囲気に保たれている。例えば、窒素ガスなどの不活性ガス雰囲気とすることも可能であるが、嫌気的条件下での攪拌培養はガス生成を伴うため、必須ではない。反応液は、還元状態下で用いる必要がある。この反応液の嫌気的条件として、酸化還元電位が−100mV〜−500mVであることが好ましく、−200mV〜−500mVであることがさらに好ましい。例えば、反応液に一時的に酸素が混入した場合であっても、反応液中の微生物菌体濃度が高い場合、混入した酸素は直ちに消費され、再び嫌気状態が保たれるため、水素生成酵素の活性が低下しない範囲であれば酸素の混入も許容される。
【0078】
本実施形態において、反応部1またはガス排出部10には、水素センサーが載置されていることが好ましい。さらに、反応部1またはガス排出部10には、発生ガスの検出機器、例えばフローメータが載置されていることが好ましい。これにより、ガスの発生速度が確認できる。ガス排出部10から排出されるガスは、ガス分離装置(図示せず)等により、水素リッチなガスに分離されてもよい。ガス分離装置は反応部1で発生した水素および二酸化炭素を主成分とするガスから、水素リッチなガスを分離する。分離する方法としては、膜分離法、吸着法等、一般的な方法が用いられる。
【0079】
本発明の微生物を用いた水素生成装置では、主に水素と二酸化炭素からなるガスを生成し、基本的には一酸化炭素(CO)を生成しない。一般的に、現在の固体高分子型燃料電池の燃料として水素を用いる場合、水素生成反応に伴って一酸化炭素が精製されるため、一酸化炭素を除去するシステム(CO変成器、CO除去器等)を用いて、電池内のCOを10ppm以下に維持する必要がある。一方、本発明を用いた燃料電池では、水素生成反応に伴ってCOが発生しないため、COを除去するシステムが不要であり、装置を簡易化することができるために好ましい。また、一般的に従来の天然ガスを用いた改質方法では600℃以上の改質温度が必要となり、高温に耐え得る反応装置を使用する必要があるが、本発明において反応時の温度はほぼ常温であるため、このような特殊な反応装置を用いる必要がない。
【0080】
[燃料電池]
本発明はさらに、上述した水素生成装置を備えた燃料電池を提供する。このような燃料電池においては、本発明に係る水素生成装置から燃料極に供給された水素ガスと、空気極に供給された空気中の酸素とから、発電することが可能となる。当該燃料電池は、本発明に係る水素生成装置を備えているので、長時間連続して燃料となる水素が供給されることにより、長時間発電することが可能である。
【0081】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0082】
以下実施例により具体的に本発明を説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0083】
〔実施例1〕
組換え大腸菌(受託番号:FERM P−20291、W3110 ΔhycA/fhlA―PMW118、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター)を用いて連続して水素生成を行った。
【0084】
アンピシリンナトリウム(和光純薬社製)を50mg/Lおよびグルコース(和光純薬社製)を5.0g/Lとなるように添加した、表1で示される組成の培養液(BC培地)100mLを含むフラスコ中で、上記組換え大腸菌を、好気的条件下、37℃で一晩振盪培養(前培養)した。表1にアンピシリン含有BC培地の組成を示す。表1記載の試薬および添加に使用した蟻酸は、全て和光純薬社製のものを用いた。
【0085】
【表1】

【0086】
次に前培養を行った培養液100mLを、アンピシリンナトリウム50mg/Lおよびグルコース5.0g/Lを含む表1に記載の10LのBC培地に植え継ぎ、37℃で24時間の嫌気培養(本培養)を行った。なお、嫌気培養時に培養液のpHを6.0に保つように、適時5.0mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液(和光純薬社製)を添加した。次いで、本培養液を遠心分離器にかけ(5000回転/分、15分)、上清を除去し、水素生成能力を有する微生物を得た。得られた微生物をさらに、グルコースを含まない表1に記載の培養液に懸濁し、容量が200mLになるように反応液を調製した。このとき、微生物の菌体濃度は、約20%(w/w)となった。
【0087】
ここで、今回の実施例に用いた装置の概略図を示す図1を参照して、水素生成方法を説明する。まず反応部1に、微生物菌体濃度20%(w/w)の微生物を含む反応液を添加した。また、0.4mol/Lの蟻酸と、30mmol/Lのグルコースとを含む表1に記載のBC培地を調製し、原料槽3に注入した。フィルター部9には、ペンシル型モジュールmicroza(旭化成製)を設置した。反応部1内の液量を、初期設定量に維持できるように液体成分排出ポンプ8を調整および設定した。反応部1内に、反応液の混合を促進するために回転させる撹拌部11を設けた。さらに、制御ボックス13内は、嫌気雰囲気に維持できるように密閉した。
【0088】
50mL/hのフィード速度で、連続的に原料を反応部1に供給するように供給ポンプ6を制御し、生成されるガス量およびガス生成速度を測定した。ガス生成速度の測定は、マスフローメータ(MODEL3810 コフロック製)を用いて行った。原料の供給と同時に、循環ポンプ7および液体成分排出ポンプ8を稼動させ、反応液の循環およびろ過を開始した。なお、原料の供給と同時にガス生成が起こり、捕集したガスをガスクロマトグラフィ(GC14B 島津製作所製)により分析したところ、生成ガス中には約50%の水素および残余の炭酸ガス等が含まれていた。
【0089】
反応部1内に原料が供給された直後に水素生成速度は安定し、1時間、反応液1L当たりの水素生成速度は120mmolで一定の速度が保たれた。その後、約160時間の連続水素生成時間(反応開始から水素生成反応が停止するまでの時間)を超えたところで急激に水素生成速度の低下が認められた。本実施例の結果により、本発明に係る水素生成方法において、約1週間にわたり安定的に連続水素生成を行うことが可能であった。本発明に係る水素生成方法においては、蟻酸による水素生成酵素の活性低下が起こる一方、グルコースによる水素生成酵素の誘導発現が起こることにより、長時間連続して水素生成を行うことができたと考えられる。
【0090】
また、連続水素生成時の反応液の一部を、系外に放出しながら反応を行い、反応開始から50、100、150時間後の反応液中の代謝産物濃度を測定した。反応開始から50、100、150時間後の反応液にはそれぞれ、乳酸5mmol/L、酢酸15mmol/L、コハク酸5mmol/L、エタノール10mmol/Lの代謝産物が含まれており、反応開始からの経過時間によって、代謝産物の濃度が異なることはなく、一定濃度に制御できた。各サンプル中の代謝産物のトータル濃度が100mmol/Lを超えることはなかった。
【0091】
なお、本実施例では、反応時の菌体密度を約20%とし反応を行ったが、微生物菌体濃度を約40%または約60%として連続水素生成反応を行うことによっても同様に、約1週間にわたり安定的な連続反応を確認することができた。
【0092】
〔実施例2及び3〕
連続水素生成反応時の蟻酸イオン濃度の影響を検討するために、原料槽3に注入する原料である、表1に記載のBC培地において、蟻酸イオン濃度を下記のように変更した。
・実施例2:蟻酸イオン濃度0.2mol/LのBC培地
・実施例3:蟻酸イオン濃度0.05mol/LのBC培地
これらのBC培地を用いて、水素生成速度と等しくなるように原料を供給するように、液体成分排出ポンプ8を調整したこと以外は、実施例1と同様の条件により行った。このとき、原料中のグルコース濃度を30mmol/Lに固定した。
【0093】
反応部1内に原料が供給された直後に、1時間、反応液1L当たりの水素生成速度は約120mmolで、一定の速度を保った。連続水素生成時間は、約200時間(実施例2)、または約190時間(実施例3)であった。このように、実施例2および3においても、約1週間にわたり安定的に連続水素生成を行うことが可能であった。
〔実施例4及び5〕
連続水素生成反応時のグルコース濃度の影響を検討するために、原料槽3に注入する原料である、表1に記載のBC培地において、グルコース濃度を下記のように変更した。
・実施例4:グルコース濃度10mmol/LのBC培地
・実施例5:グルコース濃度150mmol/LのBC培地
これらのBC培地を用いた以外は、実施例1と同様の条件により行った。このとき、原料中の蟻酸イオン濃度は0.4mol/Lに固定した。
【0094】
反応部1内に原料が供給された直後に、1時間、反応液1L当たりの水素生成速度は約120mmolで、一定の速度を保った。連続水素生成時間は、約160時間(実施例4)、または約150時間(実施例5)であった。このように、実施例4および5においても、約1週間にわたり安定的に連続水素生成を行うことが可能であった。
【0095】
また、実施例5における連続水素生成時の反応液の一部を、系外に放出しながら反応を行い、反応開始から50、100、150時間後の反応液中の代謝産物濃度を測定した。50、100、150時間後の反応液にはそれぞれ、乳酸約10mmol/L、酢酸約25mmol/L、コハク酸約10mmol/L、エタノール約20mmol/Lの代謝産物が含まれており、反応開始からの経過時間によって、代謝産物の濃度が異なることはなく、一定濃度に制御できた。各サンプル中の代謝産物のトータル濃度が100mmol/Lを超えることはなかった。
【0096】
〔比較例1〜4〕
本発明に係る水素生成方法の比較例として、下記のように蟻酸イオン濃度およびグルコース濃度を調整した、表1に記載のBC培地を原料槽3に注入した。
・比較例1:蟻酸イオン濃度0.4mol/LのBC培地(グルコース含まず)
・比較例2:蟻酸イオン濃度4mol/L、グルコース濃度30mmol/LのBC培地
・比較例3:蟻酸イオン濃度1mol/L、グルコース濃度30mmol/LのBC培地
・比較例4:蟻酸イオン濃度0.4mol/L、グルコース濃度210mmol/LのBC培地
上記BC培地を用いたこと、水素生成速度が等しくなるように原料を供給するように、液体成分排出ポンプ8を調整したこと以外は、実施例1と同様の条件で行った。
【0097】
反応部1内に原料が供給された直後に、1時間、反応液1L当たりの水素生成速度は120mmolで、一定の速度を保った。しかしながらその後、原料にグルコースを含まない比較例1では約40時間後に、比較例2では約30時間後に、比較例3では約50時間後に、比較例4では約40時間後に、それぞれ水素生成速度の急激な低下が認められた。
【0098】
図2に、実施例1、比較例1、および比較例2の条件で行った連続水素生成の経時変化を比較したグラフを示す。図2に示すように、反応部1内に注入する原料中の、蟻酸イオン濃度およびグルコース濃度を適切に制御することにより、連続水素生成時間が大幅に向上することがわかる。
【0099】
また図3に、原料中のグルコース濃度を30mmol/Lに固定し、蟻酸イオン濃度を変化させたときの連続水素生成時間をプロットしたグラフを示す。図3に示すように、原料中の蟻酸イオン濃度が0.01mol/Lよりも低い場合に、反応部1内の原料溶液量を一定に保つためには、フィルターの性能および操作性の面から微生物をろ過し、原料溶液を排出することが困難であったことから、連続水素生成を行うことができなかった。このことから、原料中のグルコース濃度を固定した場合、蟻酸イオン濃度が0.01mol/L以上0.5mol/L以下の濃度範囲で、連続的水素生成時間が顕著に増加することが見出された。
【0100】
また図4に、原料中の蟻酸イオン濃度を0.4mol/Lに固定し、グルコース濃度を変化させたときの連続水素生成時間(反応開始時から水素生成が停止するまでの時間)をプロットしたグラフを示す。図4に示すように、原料中に少量のグルコースを添加することによって、連続水素生成時間は顕著に向上する。また、グルコース濃度が200mmol/Lを超えると、グルコース添加の効果は見られなくなる。従って、供給する原料中の蟻酸イオン濃度を0.4mol/Lに固定した場合、グルコース濃度が0.1mmol/L以上200mmol/L以下の範囲内とすることにより、連続的水素生成時間が顕著に増加することが見出された。
【0101】
〔比較例5〕
比較例5では、図1記載の装置を用いて、実施例1と同様の条件により連続水素生成を行った。比較例5においては、蟻酸及びグルコースを液体成分排出ポンプ8を用いて系外へ排出した代謝産物溶液の蟻酸イオン濃度が0.4mol/L、およびグルコース濃度が30mmol/Lとなるように、蟻酸およびグルコースが添加された当該代謝産物溶液を再利用した。この代謝産物溶液を原料として原料槽3へ注入し、連続水素生成反応を開始した。その結果、反応開始から0.5時間後の反応液には、乳酸約20mmol/L、酢酸約50mmol/L、コハク酸約20mmol/L、エタノール約40mmol/Lの代謝産物が含まれていた(反応液中の全代謝産物の合計濃度は130mmol/L)。
【0102】
このように比較例5においては、反応液内に100mmol/Lを超える代謝産物が存在することが認められた。またこの水素生成反応を連続で行ったところ、全代謝産物の合計濃度は、連続反応時間が経過するとともに漸次増加することが確認された。さらに反応開始から40時間後に、水素生成速度の急激な低下が認められた。したがって、嫌気代謝過程でATPを生成する炭素源由来の代謝産物濃度を100mmol/L以下の範囲内に制御することにより、連続水素生成時間が顕著に増加することが見出された。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明に係る水素生成方法によれば、連続して長時間水素を生成することができるので、例えば、燃料電池等に用いることにより、長時間継続して発電させることが可能であり、電子機器生産分野、エネルギー生産分野等に広く用いられ得る。
【図面の簡単な説明】
【0104】
【図1】本発明に係る水素生成装置の構造を模式的に示した図である。
【図2】本発明に係る水素生成方法を用いた、水素生成速度の経時変化を示す図である。
【図3】本発明に係る水素生成方法を用いた、連続水素生成時間を示す図である。
【図4】本発明に係る水素生成方法を用いた、連続水素生成時間を示す図である。
【符号の説明】
【0105】
1 水素生成反応部
2 pHセンサー
3 原料槽
4 pHコントローラー
5 pH調製溶液供給部
6 原料供給用ポンプ(原料供給部)
7 反応液循環ポンプ
8 液体成分排出ポンプ
9 菌体分離フィルター
10 ガス排出部
11 撹拌部
12 温度制御部
13 制御ボックス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蟻酸脱水素酵素遺伝子およびヒドロゲナーゼ遺伝子を有する微生物を用いた水素生成方法であって、
蟻酸イオンと、蟻酸イオン以外の炭素源とを含む有機性原料を、嫌気的条件下において、前記微生物に接触させる工程を包含し、
前記炭素源は、前記微生物が嫌気的条件下においてATPを生成する出発物質となる炭素源であり、
前記有機性原料に含まれる蟻酸イオン濃度は0.01mol/L以上0.5mol/L以下の範囲であり、前記炭素源の濃度は0.1mmol/L以上200mmol/L以下の範囲であることを特徴とする水素生成方法。
【請求項2】
前記炭素源は、単糖類または二糖類の炭化水素化合物であることを特徴とする請求項1に記載の水素生成方法。
【請求項3】
前記炭素源は、グルコース、キシロース、アラビノース、フルクトース、ガラクトース、マンノース、ラクトース、スクロース、マルトース、および、セロビオースからなる群より選択される、少なくとも1つの炭素源であることを特徴とする請求項1または2に記載の水素生成方法
【請求項4】
前記微生物を含む反応液中の反応産物濃度が、100mmol/L以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の水素生成方法。
【請求項5】
前記微生物を含む反応液中の前記微生物菌体濃度が、10重量パーセント以上80重量パーセント以下の範囲であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の水素生成方法。
【請求項6】
蟻酸脱水素酵素遺伝子およびヒドロゲナーゼ遺伝子を有する微生物を用いて水素を生成する水素生成装置であって、
蟻酸イオンと、蟻酸イオン以外の炭素源とを含む有機性原料と、嫌気的条件下において、前記微生物とを接触させる反応部と、前記有機性原料を供給する原料供給部と、を備え、
前記炭素源は、前記微生物が嫌気的条件下においてATPを生成する出発物質となる炭素源であり、
前記原料供給部から、前記反応部内に、有機性原料に含まれる蟻酸イオン濃度は0.01mol/L以上0.5mol/L以下の範囲であり、前記炭素源の濃度は0.1mmol/L以上200mmol/L以下の範囲となるように供給することを特徴とする水素生成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−273372(P2009−273372A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−124834(P2008−124834)
【出願日】平成20年5月12日(2008.5.12)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【出願人】(591178012)財団法人地球環境産業技術研究機構 (153)
【Fターム(参考)】