説明

水素生成方法及び二段式発酵処理方法

【課題】水素ガスを効率的に回収するとともに、さらにメタン発酵の前処理として水素発酵を利用することで効率的な発酵処理を実現する。
【解決手段】本発明の水素生成方法は、エタノール発酵が実質的に生じていないりんご圧搾残渣を発酵タンク100に供給し、前記りんご圧搾残渣に含まれる糖質およびペクチンから水素生成細菌による発酵により水素が生成されることを特徴とする。また、発酵タンクで処理された内容物をさらに二段目の発酵タンクに少しずつ供給することでメタン発酵を効率的に行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマスの利用と処理にて、水素生成細菌を用いた水素生成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
りんごやみかんの果汁工場などやその他飲料工場から大量に排出される圧搾残渣および抽出残渣は、工場から発生した後、ほとんどが堆肥化や焼却により処分されており、一部が家畜の飼料やメタン発酵の原料として使われる程度である。
【0003】
国内のりんご果汁工場は、りんごの産地である青森県と長野県に集中しており、みかんの果汁工場も静岡県などに集中している。りんご圧搾残渣には、水分が約30%、糖質が約5%、ペクチンが約3%含まれる。みかんの圧搾残渣には、水分が約80%含まれ、糖質が約14%含まれる。
【0004】
圧搾残渣などのバイオマスは家畜飼料として消費されることが望ましいが、発生する時期が果実の収穫時期前後に集中していること、畜舎が果汁工場周囲に集中しているわけではない事による輸送コストの増加、水分が多く分解性の高い有機物を含むことによる腐敗しやすさ、など問題がある。
【0005】
通常の堆肥化処理では、おがくず等と混合して数ヶ月にわたり堆積しておかなければならず、広い敷地が必要である、周囲への悪臭の影響が出る、炭酸ガスの二十倍も強力な温暖化ガスであるメタンガスが大気へ大量に放出される、などの問題が多い。直接的な焼却処理も、水分を多く含むことによる焼却エネルギーの無駄使い、ダイオキシン発生の恐れ、などの問題がある。このため、バイオマス系の廃棄物は微生物による発酵処理をしてエネルギー回収を行うことが望ましい。
【0006】
水素ガスはメタンガスと比べ、温室効果ガスではない、そのままの形態で燃料電池の発電に利用できる、などのメリットがあり、バイオマスから化学合成細菌の働きにより回収する試みが行われている。分解しやすい有機物から、Clostridiun属などのバクテリアの働きを利用して回収する試みがなされている。
【0007】
生ごみのメタン発酵については、技術開示がされている(特許文献1)。また、水素発酵による水素生成もいくつか技術開示がされている(特許文献2及び3)。メタン発酵においてpHが低下してpH値5.5以下の酸性条件になると、メタン発酵が急激に阻害されることが既に研究者により報告されている(非特許文献1)。また、二相式のリアクターを使用してメタン発酵をすることで、pHの低下が抑制できることも既に研究者により報告がある(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−167705号公報:生ごみとかのメタン発酵について
【特許文献2】特開2006−42691号公報:水素発酵について
【特許文献3】特開2007−159534号公報:水素発酵について
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Zhen-Hu Hu, Han-Qing Yu, Ren-Fa Zhu:Influence of particle size and pH on anaerobic degradation of cellulose by ruminal microbes., International Biodeterioration & Biodegradation,55,p.233-238,(2005):pHが酸性になるとメタン発酵が停止すること
【非特許文献2】H.Bouallagui, Y.Touhami, R.Ben Cheikh, M.Hamadi :Bioreactor performance in anaerobic digestion of fruit and vegetable wastes., Process Biochemistry 40,p.989-995 (2005):二相式のリアクターだとpHの緩衝が起こること
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
下水汚泥などのバイオマス処理として一般的であるメタン発酵は、たんぱく質や繊維質など、分解がやや困難な基質であれば処理しやすい。しかしながら、糖質や親水性の高い炭水化物が多いバイオマスでは急激な水素発生を伴う酸発酵が起こり、発酵装置内のpHが激しく低下してメタン生成の阻害が生じやすい。
【0011】
さらに、加工残渣が新鮮なうちに発酵しなければ、含まれる炭水化物が自然発酵してしまい、バイオマスに含まれるエネルギーがロスしてしまう。
【0012】
本発明では、分解性の高いバイオマスのメタン発酵を実施するために効率的な前処理を施すことを目指し、バイオマス利用の点からその際にメタンよりも付加価値の高い水素ガスを回収することも提案する。
【0013】
さらに、残渣発生現場の近くで処理を施すことで、或いは、残渣に事前処理を施すことで、水素の回収率を高め、その後の堆肥化をより容易にし、バイオマスの運搬や熟成期間を含めた、環境への負荷を低減することを目指す。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題に鑑みて、分解性の高いバイオマスから水素ガスを回収し、環境への負荷の低い処理を可能にするため、微生物を利用した研究を重ねたところ、以下の発明にいたった。
【0015】
本発明の水素生成方法は、上記目的を達成するために、エタノール発酵が実質的に生じていないりんご圧搾残渣を用いる。すなわち、りんご圧搾残渣を自然発酵しないうちに発生現場付近で速やかに発酵タンクに供給し、或いは、エタノール発酵抑制処理を施してから発酵タンクに供給し、前記りんご圧搾残渣に含まれる糖質から水素生成細菌による発酵により水素が生成されることを特徴とする。さらに同様の構成により、水素生成細菌を用いた水素生成装置を構成する。ここで、りんご圧搾残渣は発生後直ちに発酵処理するようにしてもよく、或いは、エタノール発酵抑制処理を実施してから処理するようにしてもよい。
【0016】
また、本発明において、上記りんご圧搾残渣が、易分解性の有機物であって、二段式メタン発酵の一段目の発酵タンクとして用いられることが好ましい。
【0017】
また、本発明において、上記一段目の発酵タンクが、無酸素条件または貧酸素条件であり、かつ温度35〜39℃、かつpH5.0〜6.0で、タンク内部を撹拌しながら、実施されることが好ましい。
【0018】
次に、本発明の二段式発酵処理方法は、ペクチンその他の糖質を含む基質を一段目の発酵タンクに供給して水素生成細菌を用いて水素発酵工程を実施するとともに、前記一段目の発酵タンクの処理後の内容物を二段目の発酵タンクに添加しつつメタン生成細菌によりメタン発酵工程を実施することを特徴とする。この場合に、前記二段目の発酵タンクのpHが6.0以下に低下しないように前記内容物の添加量及び添加頻度を調整することが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の実施により、分解性の高いバイオマスのメタン発酵を実施するために効率的な前処理を施すことができ、バイオマス利用の点からその際にメタンよりも付加価値の高い水素ガスを回収することも可能となる。
【0020】
さらに、本発明の実施により、残渣発生現場の近くで前処理を施すことで、水素の回収率を高め、その後の堆肥化をより容易にし、バイオマスの運搬や熟成期間を含めた、環境への負荷を低減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】水素生成細菌群を活性化させた種汚泥の培養と、メタン発酵の回分実験に用いた発酵装置の概略構成図である。
【図2】水素発酵の回分実験に用いた震とう培養装置の概略構成図である。
【図3】鮮度の異なるりんご残渣からの水素生成量を示すグラフである。
【図4】図3において、糖がエタノール発酵に消費されたために水素生成が低下したことを示すグラフである。
【図5】メタン発酵が進行すると培地のpHが上がる様子を示すグラフである。
【図6】発明の概念図であり、二段発酵(メタン発酵)の概略説明図である。
【図7】断続的な原料投与によって、pHを制御しながらメタン発酵を継続する概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
ついで、本発明の形態を図面を参照しながら以下に述べる。本発明は、りんご果汁加工工場で発生したりんご圧搾残渣を、ただちに発生現場付近の水素発酵タンクへ投与する。水素発酵タンクには水素生成細菌群や酸生成細菌群が含まれ、発酵タンクを嫌気性で30〜42℃、好ましくは35〜39℃、より望ましくは約37℃に保つことで効率よく水素ガスを含むバイオガスが発生する(水素発酵工程)。発生したバイオガスは捕集され、二酸化炭素などの副産物を除去することで純度を高めれば、燃料電池の燃料として利用できる。発酵タンク内の水素生成細菌群は、原料の供給速度を制御することで増殖し続けるので、発酵が安定しているときは水素生成細菌を供給する必要がない。
【0023】
ここで、水素発酵後のりんご残渣には、酢酸や酪酸といったメタン発酵の原料となり得る有機物が豊富に含まれるため、直ちに堆肥化せずに続けて嫌気性消化することが望ましい。水素発酵をしておくことで、メタン発酵での嫌気性の向上やpH負荷の緩和といったことが期待できる。
【0024】
ついで、本発明に関わる、鮮度劣化による水素回収率の低下を証明するため実験を行ったので、以下に結果を示す。ここで、水素発酵工程で使用可能な水素生成細菌としては、Clostridium acetobutyricum、Clostridium butyricum、Clostridium pasteurinum、Clostridium beijerinckii、Clostridium fallax、Enterobacter aerogenes、Enterobacter cloacaeなどが挙げられる。
【0025】
水素生成細菌を含む種汚泥は、水素生成活性を高めるために、以下(1)から(7)の手順で馴致した。(1)嫌気性消化汚泥、酒粕、大豆、ヨーグルトを混ぜた物に、等量の10,000mg/lのショ糖溶液を加え、蓋をして混ぜた後1ヶ月放置した。(2)一ヵ月後、その容器をよく振り混ぜ、5分ほど置いた後の懸濁液およそ500mlを、図1に示す発酵タンク100に注入した。この発酵タンクは有効容積約1500mlであり、気密性の高い軸受け111のために、回転羽根112により外気と遮断された嫌気状態で攪拌が可能である。(3)その後、図1の発酵タンクヘッドスペース102に窒素ガスを充填して空気を追い出した。(4)発酵タンクは、図1の攪拌装置110により微生物が生育しやすいように充分攪拌し続け、熱源120により汚泥が常に37℃前後となるように保った。(5)馴致用の流入基質は、図1の流入ポンプ130により注入し、同量の汚泥を排水ポンプ131より排出した。(6)流入と排出ポンプの流量調整により、流入基質の反応タンクでの水理学的滞留時間が約12時間となるようにした。(7)ここで、馴致に用いた流入基質の組成は、水に対して、スクロース 15000mg/l、KHCl 1500mg/l、KHPO 250mg/l、MgCl・6水和物 250mg/l、FeSO・7水和物 25mg/l、NaCO 2500mg/lを含む。
【0026】
発酵タンク内部で発生したガスは、気密性が高いため、いったん図1に示すガスホルダ140にたまる。種汚泥馴致時のガス生成速度は、図1に示すガスホルダ140により測定した。その生成ガスの水素濃度を、図1のガス採集口141より採集し、TCD−ガスクロマトグラフ(運転条件、導入温度70℃、カラム温度50℃、検出温度70℃、充填剤はMolecularsieve 5A 60−80mesh、キャリヤガスはアルゴン)により測定した。
【0027】
この条件で2週間以上培養したところ、発酵タンクからの水素ガス発生速度は50ml/h以上を維持し続け、排出水の酢酸濃度は1000mg/l以上を維持した。排出水のpHは、5.0から6.0の範囲で比較的安定していた。
【0028】
ついで、回分実験に用いた基質について述べる。近所のりんご果汁工場より圧搾直後のりんご圧搾残渣をもらい、直ちに冷凍し、実験直前まで冷凍保存した。凍ったままのりんご残渣に5倍の質量の水道水を添加し、フードミキサーでさらに細かく砕きながら流動性を持たせた。この流動性のあるものを回分実験のりんご懸濁液(基質)とした。
【0029】
さらに、流動性を持たせたりんご懸濁液40mlを、そのまま容積120mlのバイアル210へ入れてアルゴンガス充填し、ブチルゴム等よりなるゴム栓214をしてアルミシール213で密閉し、直ちに冷凍保存し、新鮮な状態での試験区(No.3)とした。
【0030】
別にりんご懸濁液の40mlを、同じサイズのバイアル210へ入れ、同様のゴム栓214をしてアルミシール213で密閉し、図2に示す培養装置200にて震とう装置202により20℃前後の室温で2日間にわたり震とうし続けた。これを、故意に鮮度を低下させた試験区(No.2)とした。
【0031】
さらに別のりんご懸濁液の40mlを、同じサイズのバイアル210へ入れ、0.4gの市販のパン酵母を添加し、同様のゴム栓214をしてアルミシール213で密閉し、図2に示す培養装置200にて震とう装置202により20℃前後の室温で2日間にわたり震とうし続けた。これを、酵母で鮮度を低下させた試験区(No.1)とした。
【0032】
これらのサンプル以外に、りんご懸濁液を含まない対照区(Ref.1)を設けた。なお、試験開始の際に、各バイアル210に水素生成細菌を含む種汚泥を40mlと、pH緩和用の1mol/lの水酸化ナトリウム溶液1mlを、ゴム栓214を通して注射器で同時に加えた。以下の表1に、試験条件を示す。
【0033】
【表1】

【0034】
(培養条件と結果)表1に示した試験区は、すべて同時に水素発酵を開始した。発酵条件は上記と同様に嫌気性環境で温度は約37℃である。一日一度図2に示す震とう装置202をいったん停止し、発生したガス生成量をガラス製注射器により測定し、その一部をガスクロマトグラフに供して水素濃度および水素生成量を求めた。14日間にわたり培養を継続したところ、すべての試験区でガス発生が停止したため、培養を終了した。
【0035】
(結果の解釈説明)試験区ごとの14日間の累積水素生成量を、図3に示す。Ref.1は対照区であり、リンゴ残渣懸濁液を添加していないが、種汚泥に糖質が残留しているためにそれを分解することで水素が発生する。No.3のサンプルは、リンゴ残渣懸濁液を培養試験直前まで冷凍したためリンゴ残渣の鮮度が保たれており、汚泥残留の糖分以外にもリンゴ残渣中の糖分より水素が生産されている。このため、No.3が最も水素生成量が高い結果となった。No.1の試料では、試験開始前にリンゴ残渣懸濁液へ酵母を添加して予備培養を実施し、鮮度を著しく低下させたため、種汚泥の添加後、汚泥中の糖質さえも酵母が資化してしまい水素発酵が著しく阻害された。この結果、最も水素生産が低くなった。No.2では、あえて酵母は添加させなかったが、リンゴ残渣懸濁液を予備培養して鮮度を保たない場合の水素生成を調査した。この結果、対照試験区よりは水素生成があったものの、鮮度を保ったNo.3よりは水素が発生しにくかった。
【0036】
図4は上記各試験区におけるエタノール生成量を示す。エタノール濃度は、FID−ガスクロマトグラフ(運転条件、導入温度200℃、カラム温度160℃、検出温度200℃、充填剤はThermon−1000、5%、Sunpak−A、50−80mesh、キャリヤガスはヘリウム)により測定した。このグラフをみると、りんご懸濁液(基質)を劣化させた試験区(No.1及びNo.2)ではエタノールが生成され、このエタノール生成量と、図3に示す水素発生量とは負の相関を示している。したがって、エタノール生成によって基質の水素発酵に寄与する成分が代謝されてしまうので、その代謝量の分だけ水素発生量が低下しているものと考えられる。
【0037】
次に、上記水素発酵工程の後に行われるメタン発酵工程について説明する。一般に、メタン生成細菌にとって、活動および成長の最適pHは中性付近の7.0〜8.0である。その範囲を外れるとメタン生成能力は極端に低下し、酸性のpH5.5以下では完全にメタン発酵は停止することが知られている。一般的には、メタン発酵が可能なpHの範囲は5.5〜9.5であり、好ましくは6.5〜8.5である。
【0038】
また、一般に、分解性の高い有機物が高濃度に含まれる基質をメタン発酵する場合、急に分解が進むことで揮発性脂肪酸や乳酸の大量蓄積によるpHの著しい低下が起こり、このためにメタン発酵が阻害されることが多い。しかし、メタン生成用のタンク(メタン発酵工程)の前に揮発性脂肪酸生成を目的とした小型のタンクを設置した(水素発酵工程を設けた)二段式の発酵処理方法により、後述するようにpH低下によるメタン発酵の阻害が防げる。
【0039】
ついで、本発明にかかわる、りんご残渣のメタン発酵におけるpH挙動とメタン生成速度の関連を説明するために実験を行ったので、以下に結果を示す。ここで、メタン発酵工程で使用可能なメタン生成細菌としては、Methanobacterium soehngenii、Methanobacterium ruminantium、Methanobacterium formicium、Methanosarcina barkeri、Methanosarcina methanica、Methanospirillum hungatiiなどが挙げられる。
【0040】
メタン生成細菌を含む種汚泥は、以下(1)から(6)の手順で用意した。(1)下水処理場より嫌気性消化汚泥を入手し、外気が中に入らないように密閉した容器にて室温で二ヶ月放置した。(2)二ヶ月後、その容器をよく振り混ぜ、5分ほど置いた後の懸濁液1000mlを実施例1と同様な手法で図1に示す発酵タンク100に注入した。(3)その後、同様にヘッドスペース102に窒素ガスを充填して空気を追い出した。(4)攪拌装置でメタン生成細菌が活動しやすいように攪拌し続け、熱源により汚泥温度が37℃前後となるように保った。(5)流入ポンプと流出ポンプは完全に停止して管もピンチコックで塞ぎ、タンクに穴の開いたゴム栓を用いて取り付けたpHメータ150によりpHを測定した。(6)ガスホルダ140にてガス生成を確認し、残留するメタン発酵可能な有機物が殆どなくなるまで予備培養し、その後メタン発酵の回分実験を開始した。
【0041】
タンク上部のゴム栓151よりリンゴ残渣200gを添加し、ヘッドスペース102に窒素ガスを充填して回分実験開始とした。ガス生成量は実施例1と同様の手法で、週に1〜2回程度の頻度で測定した。ただし、ガス濃度はメタンガス濃度を、別のTCD−ガスクロマトグラフ(運転条件、導入温度90℃、カラム温度60℃、検出温度90℃、充填剤はSHINCARBON S 60−80mesh、キャリアガスはアルゴン)により測定した。同じ程度の頻度でpHメータ150によりpH値を測定し、pH値が6.5を下回ったときは、4mol/lの水酸化ナトリウム溶液を添加して6.5以上となるように調整した。
【0042】
この結果得られた累積メタン生成量とpHの変化を図5に示した。横軸に経過時間、左側縦軸が累積メタン生成量、右軸縦軸がpH値である。培養開始後の3日間は水素発酵が活発に起こったためにpHが極端に低下したため、水酸化ナトリウム溶液を添加することでpHを6.5以上に維持した。この間、メタン生成はほとんど見られなかった。培養開始から4日目からメタン生成が顕著に起こり始め、pHの低下も起こらなくなった。その後、メタン発酵が活発になるに伴い、pH値は上昇した。
【0043】
本発明の概念図を図6に示す。果汁加工工場で発生したりんご圧搾残渣など、発生現場601で発生した糖・ペクチン含有バイオマスは、エタノール発酵抑制処理600をした後に、メタン発酵603の前処理である水素発酵のタンク602へと送られる。これにより、水素生成の効率が上昇する。ここで、上記のエタノール発酵抑制処理とは、発生したリンゴ残渣を凍結、冷蔵、滅菌などによりエタノール発酵を抑制して、糖およびペクチンの代謝を防ぐことである。
【0044】
水素生成細菌による水素発酵の代謝経路は一般に次の化学式1及び2のように酢酸や酪酸などの揮発性脂肪酸の生成を伴う。
【0045】
【化1】

【0046】
【化2】

【0047】
したがって、一般に水素発酵が起これば、培地のpHは低下していく。これに対して、一般に酢酸の分解によって次の化学式3のようにメタン発酵が起こる。したがって、メタン発酵が起これば、培地のpHは上昇していく。
【0048】
【化3】

【0049】
以上のことから、二段目のタンクでメタン発酵が進みpHが十分上昇してから一段目の内容物を加えていくことを繰り返すと、図7に示すようにpHによる阻害を防ぎながらメタン発酵を継続することが可能となる。
【0050】
すなわち、二段目のタンクでメタン発酵を継続することで、その都度メタン発酵を開始する場合に比べて、初期段階でのpH調整が不要になるとともに、初期段階における低い発酵効率を回避できるため、全体としてメタン発酵の効率を高めることができる。また、上述のように一段目のタンクで水素発酵を行うことで効率的な水素発生を実現できるが、この水素発酵後のpHの低い内容物を少しずつ二段目のタンクに添加することで、メタン発酵に伴うpHの上昇を抑制しつつ(pHを6.0以上とすることが好ましく、6.5以上にすることが望ましい。)、しかも、メタン発酵を阻害しない程度のpHの低下に留めることができる(pHを9.0未満にすることが好ましく、8.0以下とすることが望ましい。)ので、メタン発酵自体を効率的に行うことが可能になる。
【0051】
本実施形態では、以上のように、一段目のタンクにおいて基質に対して水素発酵工程を実施し、二段目のタンクにおいて1段目のタンクの水素発生後の内容物を少しずつ添加することでメタン発酵工程を実施することにより、状況に応じて水素とメタンを好適な条件で生成させることができるため、基質から有用物を大量かつ効率的に回収することができるという顕著な効果を奏する。例えば、二段目のタンク内のpHを一定範囲(例えば、pHが6.0〜9.0の範囲)となる添加量又は添加頻度で、一段目のタンクの水素発酵後の内容物を二段目のタンクに供給する。
【0052】
尚、本発明の装置は、上述の図示例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。例えば、上記実施形態のりんご圧搾残渣はバイオマスの一例であり、みかんやぶどうなどの果実の圧搾残渣、豆類や穀類などの残渣などといった、ペクチンその他の糖質を含む種々のバイオマスを基質とすることができる。
【符号の説明】
【0053】
100…発酵タンク、101…培養液、102…タンクのヘッドスペース、110…撹拌モーター、111…気密性軸受け、112…撹拌子、120…発酵タンク用ヒータ、130…流入ポンプ、131…排出ポンプ、140…ガスホルダ、141…ガス採取口、150…pHメータ、151…ゴム栓、200…振とう培養器、201…温水、202…震とう装置、203…ヒータ、210…バイアル、211…培地、212…ヘッドスペース、213…アルミシール、214…ゴム栓、600…エタノール発酵抑制処理、601…りんご圧搾残渣発生現場、602…水素発酵タンク、603…メタン生成タンク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エタノール発酵が実質的に生じていないりんご圧搾残渣を発酵タンクに供給し、前記りんご圧搾残渣に含まれる糖質およびペクチンから水素生成細菌による発酵により水素が生成されることを特徴とする水素生成方法。
【請求項2】
前記りんご圧搾残渣にエタノール発酵抑制処理をし、その後、前記りんご圧搾残渣を前記発酵タンクに供給することを特徴とする請求項1に記載の水素生成方法。
【請求項3】
上記一段目の発酵タンクが嫌気条件または貧酸素条件であり、かつ温度35〜39℃、かつpH5.0〜6.0で、タンク内部を撹拌しながら、実施されることを特徴とする、請求項1又は2に記載の水素生成方法。
【請求項4】
ペクチンその他の糖質を含む基質を一段目の発酵タンクに供給して水素生成細菌を用いて水素発酵工程を実施するとともに、前記一段目の発酵タンクの処理後の内容物を二段目の発酵タンクに添加しつつメタン生成細菌によりメタン発酵工程を実施することを特徴とする二段式発酵処理方法。
【請求項5】
前記二段目の発酵タンクのpHが6.0未満に低下しないように、前記内容物の添加量と添加頻度の少なくとも一方を調整することを特徴とする請求項4に記載の二段式発酵処理方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2012−205553(P2012−205553A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−74440(P2011−74440)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【Fターム(参考)】