説明

水素発生用電極の再活性化方法

【課題】 食塩電解又は水電解等に供することにより、電極表面の触媒層が劣化し、水素過電圧が上昇して電極性能が悪化した水素発生用電極を再活性化し、各種電解の電力使用量を低減して、各種電解工業のコスト低減を達成する。
【解決手段】 少なくとも1種の貴金属を含有する電極触媒で被覆され、性能が悪化した水素発生用電極を、鉱酸を含有する水溶液と接触させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
食塩電解又は水電解等の陰極として使用する水素発生用電極において、長時間の使用により電極表面に金属等が付着し、水素過電圧が上昇して性能が悪化した水素発生用電極の性能を回復させる再活性化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
性能が悪化した水素発生用電極の再活性化方法としては、電極表面を被覆している触媒活性層を塩酸で除去した後、再度、活性被覆を施す方法(例えば、特許文献1参照)が提案されている。特許文献1は、基材から触媒を除去し、次いで、基材を再度触媒で被覆する技術であり、実質的に活性陰極製造と同等以上の工数とコストが必要となり、満足できる再活性化方法とは言い難い。
【0003】
また、運転中に、陰極室に可溶性白金族化合物を添加する再活性化方法(例えば、特許文献2〜4参照)が提案されている。この方法は運転中に処理できる再活性化方法であり、水素発生用電極が小さい場合には、低濃度の白金族化合物の水溶液を陰極室に少量供給してあげれば短時間で電極全面に白金族金属が被覆され、該電極の性能回復が可能である。しかし、実プラントの食塩電解では、水素発生用電極は3m前後の電極面積を有し、水素発生用電極の全面に白金族金属を被覆するためには、白金、ロジウム、イリジウムといった高価な物質を多量に添加する必要があり、かつ、水素発生用電極以外の陰極室内壁にも白金族金属が被覆されるなど、白金属族金属のロスが大きい。
【0004】
加えて、白金、ロジウム、イリジウムといった高価な物質を定期的に添加するため、材料費が多大となり、満足できる再活性化方法とは言い難い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平1−168885号公報
【特許文献2】特開2006−183113公報
【特許文献3】特開2007−107088公報
【特許文献4】特開2007−107089公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、食塩電解又は水電解等に供することにより、電極表面の触媒層が劣化し、水素過電圧が上昇して電極性能が悪化した水素発生用電極を再活性化し、各種電解の電力使用量を低減して、各種電解工業におけるコスト低減を達成することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、食塩電解等で使用したことにより過電圧が上昇した水素発生用電極の再活性化方法に関して鋭意検討した結果、水素発生用電極を、鉱酸を含有する水溶液と接触させることで、過電圧が初期性能と同等にまで回復することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明の水素発生用電極の再活性化方法は、以下の構成からなる。
(1)少なくとも1種の貴金属を含有する電極触媒で被覆され、性能が悪化した水素発生用電極を、鉱酸を含有する水溶液と接触させることを特徴とする水素発生用電極の再活性化方法。
(2)貴金属が白金であることを特徴とする(1)の水素発生用電極の再活性化方法。
(3)鉱酸が塩酸を含む鉱酸であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の水素発生用電極の再活性化方法。
(4)白金に対する鉄の重量比が0.03未満になるまで鉱酸を含有する水溶液と接触させることを特徴とする水素発生用電極の再活性化方法。
【0009】
本発明の再活性化方法を適用することにより、水素発生用電極の過電圧を初期性能と同等にまで復帰させることが可能である。
【0010】
本発明の対象となる水素発生用電極の種類については、少なくとも1種の貴金属を含有する電極触媒で被覆されているものであれば限定されない。
【0011】
水素発生用電極の電極触媒が貴金属を含有しないと、該電極を、鉱酸を含有する水溶液に接触させた場合に、電極上の触媒層自身が溶解してしまい、電極上の触媒層を損傷して電極触媒性能が回復しなくなる。
【0012】
一方、少なくとも1種の貴金属を含有する電極触媒が被覆された水素発生用電極であれば、貴金属が鉱酸を含有する水溶液と接触しても溶解などの不具合は生じない。また、貴金属と卑金属との合金からなる電極触媒であれば、卑金属もまた鉱酸を含有する水溶液により溶解せず、水素発生用電極触媒が減耗することなく、水素発生用電極の電極触媒性能を回復することが可能となるため特に好ましい。
【0013】
電極触媒に含有される好ましい貴金属としては、白金が挙げられる。白金は水素発生用触媒として優れた触媒活性を有することが広く知られている。さらに好ましくは、ニッケル、コバルト、銅、銀及び鉄の群から選ばれる一種の金属と白金との白金合金からなる触媒である。ニッケル、コバルト、銅、銀及び鉄の群から選ばれる一種の金属と白金との白金合金からなる触媒で、導電性基材が担持されてなる水素発生用電極は、例えば、特開2005−330575に記載されている。
【0014】
水素発生用電極に接触させる鉱酸を含有する水溶液は、塩酸、硫酸、硝酸の水溶液から適時選択すればよい。その濃度は特に限定されないが、1乃至30重量%が好ましく、特に好ましくは10乃至20重量%である。濃度が1重量%より低いと処理効果が不十分であったり、処理に要する時間が著しく長くなる。また、濃度が30重量%より高いと処理効果が向上することはなく、逆に、ミストが飛散して人体や環境への悪影響が発生するなど、取扱いが困難となり、場合によっては電極の基材を腐食させ、水素発生用電極へ悪影響を及ぼすことがある。
【0015】
なかでも、10乃至20重量%の塩酸水溶液は、取扱いが容易で、処理効果も高く、特に好ましい。
【0016】
水素発生用電極と鉱酸を含有する水溶液とを接触させる方法に関しては特に限定はなく、例えば、鉱酸を含有する水溶液を容器に入れ、その中に処理する水素発生用電極を浸漬すればよい。浸漬温度は特に限定はなく、室温で十分である。浸漬する時間は特に限定はないが、30秒乃至10分間とすればよい。鉱酸を含有する水溶液に水素発生用電極を浸漬すると、10秒乃至3分経過後に気泡の発生が始まる。気泡が目視されてから、さらに30秒乃至2分間浸漬すれば、十分な再活性化効果を得ることができる。
【0017】
接触時間が30秒より短いと処理効果が不十分となり、10分より長いと処理効果が向上することはなく、場合によっては基材を腐食させ、水素発生用電極へ悪影響を及ぼすことがある。
【0018】
以上説明した本発明により、水素発生用電極が再活性化される理由は必ずしも明確ではないが、以下のように推定される。
【0019】
水素発生用電極の劣化原因は、以下の3つが知られている。
1)触媒表面に不純物が付着し、触媒が有効に機能しなくなる。
2)触媒が溶解や脱落などにより減耗する。
3)触媒の組成や構造が変化し、触媒機能が低下する。
【0020】
本発明の好ましい態様であるニッケル、コバルト、銅、銀及び鉄の群から選ばれる一種の金属と白金との白金合金からなる触媒で導電性基材が被覆されてなる水素発生用電極においては、触媒が減耗し難く、かつ触媒の組成や構造が安定であるため、触媒表面への不純物の沈着が劣化の主原因と想到される。
【0021】
食塩電解等を実施した場合、苛性溶液中に含まれる微量の不純物金属、例えば鉄やニッケル等の金属イオンが、水素発生用電極の陰極作用、及び/又は発生する水素ガスによる還元反応により、金属に還元されて水素発生用電極の表面に付着する場合がある。その結果、水素発生用電極の表面が徐々に不純物で覆われ、過電圧が漸増する。
【0022】
そのため、食塩電解等に長期間供して過電圧が上昇した水素発生用電極を、鉱酸を含有する水溶液と接触させることにより、表面に付着した不純物金属が除去され、かつ、その電極表面が回復し、上昇した過電圧が元に戻り、水素発生用電極の再活性化が達成されるものと思われる。
【発明の効果】
【0023】
本発明の水素発生用電極の再活性化方法によれば、長期間、食塩電解又は水電解等に供することにより電極表面の触媒層が劣化し、水素過電圧が上昇して電極性能が悪化した水素発生用電極を塩酸などの鉱酸を含有する水溶液と接触させることで、性能を初期と同等にまで再活性化することが可能であり、各種電解の電力使用量を低減して、各種電解工業のコストを低減させることが可能となる。
【実施例】
【0024】
以下の実施例により、本発明を具体的に説明するが、これらの実施例により、本発明は何等限定されるものではない。
【0025】
実施例1
電極の基材として、ニッケルエキスパンドメッシュをブラスト処理後に塩酸溶液を用いて表面を粗面化したものを用いた。
【0026】
次いで、ジニトロジアンミン白金硝酸溶液(田中貴金属製、白金濃度:4.5重量%、溶媒:8重量%硝酸溶液)と硝酸ニッケル6水和物と水を用いて白金含有量がモル比で0.5、混合液中の白金とニッケルの合計濃度が金属換算で5重量%の塗布液を調製した。
【0027】
この塗布液を前記基材に塗布し、80℃で15分間乾燥後、500℃で15分間熱分解した。この一連の操作を5回繰り返し、水素発生用電極を作製した。
【0028】
作製した水素発生用電極の一部を切り出し、6kA/m、88℃、32重量%−NaOH、205g/リットル−NaClにてラボ食塩電解試験を実施し、過電圧を測定したところ78mVであった。
【0029】
ラボ食塩電解試験を7日間実施した後、セルから取出し、表面をEPMAで観察した結果を表1に示す。白金とニッケル以外には重金属は観察されなかった。
【0030】
【表1】

実施例2
作製した水素発生用電極を、食塩電解プラントにて、4乃至8kA/m、80乃至90℃、31乃至34重量%−NaOH、190乃至210g/リットル−NaClの条件にて、4年間食塩電解に供した。
【0031】
次に、電解槽から水素発生用電極を取外し、水洗した後、15重量%の塩酸水溶液に3分間浸漬処理した。このとき、浸漬から約1分30秒後に電極表面から気泡が発生し、浸漬終了後まで気泡の発生が継続した。
【0032】
塩酸水溶液への浸漬処理終了後に、水素発生用電極を水洗し、その一部を切り出し、6kA/m、88℃、32重量%−NaOH、205g/リットル−NaClにてラボ食塩電解試験を実施し、過電圧を測定したところ82mVと初期性能と同等の値を示した。
【0033】
また、塩酸処理後の他の部位を切り出し、表面をEPMAで観察した結果を表1に示す。表1に記載した通り、白金とニッケル以外には鉄が0.94重量%しか検出されなかった。また、白金に対する鉄の重量比は0.014であった。
【0034】
比較例1
食塩電解プラントにて稼働後の水素発生用電極を塩酸水溶液に浸漬しなかった以外は実施例2と同様に、過電圧とEPMA観察を実施した。その結果、過電圧は154mVと高く、EPMA観察の結果は表1に記載した通り、白金とニッケル以外に2.12重量%と多くの鉄が検出された。また、白金に対する鉄の重量比は0.039であった。
【0035】
実施例3
比較例1で過電圧測定に用いた水素発生用電極を水洗した後、15重量%の塩酸水溶液に1分間浸漬処理した。このとき、浸漬から約15秒後に電極表面から気泡が発生し、浸漬終了後まで気泡の発生が継続した。
【0036】
次いで、水素発生用電極を水洗し、6kA/m、88℃、32重量%−NaOH、205g/リットル−NaClにてラボ食塩電解試験を実施し、過電圧を測定したところ83mVと初期性能と同等の値を示した。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の水素発生用電極の再活性化方法は、食塩電解又は水電解等に使用される水素発生用電極の再活性化方法に適用され、各種電解工業のコスト低減に寄与する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種の貴金属を含有する電極触媒で被覆され、性能が悪化した水素発生用電極を、鉱酸を含有する水溶液と接触させることを特徴とする水素発生用電極の再活性化方法。
【請求項2】
貴金属が白金であることを特徴とする請求項1に記載の水素発生用電極の再活性化方法。
【請求項3】
鉱酸が塩酸を含む鉱酸であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の水素発生用電極の再活性化方法。
【請求項4】
少なくとも1種の貴金属を含有する電極触媒で被覆され、性能が悪化した水素発生用電極を、鉱酸を含有する水溶液と接触させることにより得られる、白金に対する鉄の重量比が0.03未満であることを特徴とする水素発生用電極。

【公開番号】特開2012−140659(P2012−140659A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−292587(P2010−292587)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】