説明

水素発生用電極の製造方法

【目的】水又はアルカリ金属塩化物水溶液の電気分解用途において水素過電圧が十分に低く、鉄イオンによる被毒の影響や基材と触媒層の密着性などの耐久性に優れた水素発生用電極およびその製造方法を提供する。
【解決手段】導電性基材上に、ニッケル、コバルト、銅、銀及び鉄の群から選ばれる一種の金属と白金からなる白金合金が担持され、白金合金中の白金含有量が、モル比で0.40〜0.99の範囲である水素発生用電極を用いる。当該電極は導電性基材上に、ニッケル、コバルト、銅、銀及び鉄の群からばれる一種の金属化合物溶液とアンミン錯体を形成する白金化合物溶液を塗布し、乾燥後、200〜700℃で熱分解した後、還元処理することによって得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は水の電気分解又は食塩などのアルカリ金属塩化物水溶液の電気分解に使用する水素発生用電極の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水又はアルカリ金属塩化物水溶液電解工業は電力多消費型産業であり、省エネルギー化のために様々な技術開発が行われている。その省エネルギー化の手段とは、理論分解電圧、液抵抗、隔膜抵抗、陽極過電圧、陰極過電圧などで構成される電解電圧を実質的に低減することである。特に、過電圧の低減に関しては、その過電圧値が電極の触媒材料や電極表面のモルフォロジーに左右されることから、その改良についてこれまで多くの研究開発が行われてきた。イオン交換膜法食塩電解においては、陽極過電圧の低減に盛んな研究開発が行われてきた結果、陽極過電圧が低く、耐久性に優れた寸法安定性電極[例えば、ペルメレック電極社製のDSE電極(登録商標)]が完成し、既に食塩電解工業を初め広い分野で利用されている。
【0003】
一方、陰極過電圧を低減するための水素発生用電極、いわゆる活性陰極に関して、これまで苛性溶液中で耐食性が高く、比較的触媒活性の高いニッケルを主体とした様々な提案がなされている。主な製造方法としては、活性成分や金属塩を溶解させた浴から触媒成分を電析させる電気めっき法、金属塩溶液に活性物質を分散させた浴から触媒成分を電気泳動電着させる分散めっき法、溶融状態の触媒物質を基材に直接溶射する溶射法、金属塩の溶液などを塗布、焼成する熱分解法が挙げられる。
【0004】
例えば、電気めっき法で導電性基材表面に、ニッケルと鉄、コバルト、インジウムとの組み合わせに加えてアミノ酸、カルボン酸、アミンなどの有機化合物を含んだ物質を被覆する方法が開示されている(特許文献1)。また、ニッケルとモリブデンからなる合金層をアークイオンプレーティング法で被覆する方法が開示されている(特許文献2)。
【0005】
一方、高活性触媒である白金を使用すると水素過電圧が低減できることは古くから知られており、白金を被覆する方法として、基剤に白金とセリウムを含んだ溶液を塗布、乾燥、焼成させる、所謂、熱分解法によって白金とセリウム酸化物からなる触媒を被覆する方法が開示されている(特許文献3)が、アルカリ金属塩化物水溶液の電気分解工業等での使用に更なる改善が検討されている。
【0006】
また、被覆効率の高い方法として、ジニトロジアンミン白金と有機酸又は無機酸のアルカリ金属溶液から成るめっき浴を用い電気めっき法によって白金を効率良く被覆する方法が開示されている(特許文献4)。
また、白金合金を被覆する方法としては、塩素発生など電解用不溶性アノードの製造方法として、銅基材上に白金−モリブデン−鉄族金属からなる三元合金を誘起共析現象を利用した電気めっき法によって被覆する方法(特許文献5)や、真鍮上に白金とイリジウムとの合金を電気めっき法によって被覆する方法が開示されている(特許文献6)。
【0007】
以上のことから、水又はアルカリ金属塩化物水溶液電解工業の電力消費量を削減する目的で、従来から様々な水素発生用電極の製造方法が提案されてきたが、電気めっき法によって白金合金を被覆する水素発生用電極に関する製造方法は知られていなかった。
【0008】
【特許文献1】特許第3319370号公報(実施例)
【特許文献2】特許第3358465号公報(実施例)
【特許文献3】特開2000−239882号公報(実施例)
【特許文献4】特公昭61−58557号公報(実施例)
【特許文献5】特開平10−212592号公報(実施例)
【特許文献6】特許第3117656号公報(実施例)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、水又はアルカリ金属塩化物水溶液電解工業等で使用可能な、水素過電圧が十分に低い水素発生電極の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記問題点を解決するため鋭意検討した結果、導電性基材上に、pH=5〜8における浸漬電位がSCE基準で0.5Vより卑な遷移金属化合物および白金化合物を溶解しているめっき浴を用いると、電気めっき法によって白金合金が被覆できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明の水素発生用電極に用いられる白金合金は、金属白金と遷移金属の混合物や遷移金属酸化物と白金との混合酸化物或いは複合酸化物等で存在するのではなく、添加金属と白金とが固溶した合金であり、導電性基材上にpH=5〜8における浸漬電位がSCE基準で0.5Vより卑な遷移金属化合物および白金化合物を溶解しているめっき浴を用いて、電気めっき法による白金合金の共電析によって得られる。
【0013】
まず、白金合金に関して、白金は多くの金属元素と固溶体や金属間化合物といった合金相を形成し、その組成比と温度によって合金相は多様に変化する。これらは全率固溶体型、析出型、包晶反応型、共晶反応型、偏晶反応型といった合金状態図で開示されている。
【0014】
例えば、白金とコバルトを組み合わせた合金の場合、その合金状態図は析出型に属し、白金とコバルトは、いかなる組成比においても固溶した合金を形成する。また、白金とコバルト以外にも、ニッケル、銅、銀、鉄、モルブデン及びマンガン等の多くの元素と白金は、いかなる組成比においても固溶した合金を形成する(長崎誠三、平林眞 編著 「二元合金状態図集」、アグネ技術センター出版、第2版、第13、112、136、152、230頁)。
【0015】
本発明の水素発生用電極に用いられる白金合金とは、遷移金属と白金が固溶し、合金化したものであり、例えば金属白金のCuKα線によるX線主回折ピークである(111)面間隔の変化から同定可能なものである。
【0016】
具体的には、金属白金の結晶構造はASTMカード、No.4−0802に開示されているように面心立方格子であり、CuKα線による主回折ピークである(111)面間隔は2.265オングストロームである。この金属白金に原子半径の異なる金属が固溶、合金化することにより、金属白金の格子は膨張、収縮する。従って、(111)面間隔の変化から合金化の有無を確認することができる。
【0017】
次に、本発明の製造方法について詳細に説明する。
【0018】
まず、用いる導電性基材は、例えばニッケル、鉄、銅、チタンやステンレス合金鋼が挙げられ、特にアルカリ性溶液に対して耐食性の優れたニッケルが好ましい。導電性基材の形状は、特に限定されるものではなく、一般に電解槽の電極に合せた形状でよく、例えば平板、曲板等が使用可能であり、エキスパンドメタル、パンチメタル、網等が使用できる。
【0019】
この導電性基材は、予め基材表面を粗面化することが好ましい。これは、粗面化によって接触表面積を大きくでき基材と電析物の密着性が向上するためである。粗面化の手段としては特に限定されず公知の方法、例えばサンドブラスト処理、蓚酸、塩酸溶液などによるエッチング処理し、水洗、乾燥して用いることができる。また、基剤と電析物の密着性を向上させるために予め下地メッキを施すことが好ましい。
【0020】
次に遷移金属化合物と白金化合物とを含有するめっき浴から白金合金を共電析させるが、共電析させるには遷移金属と白金の標準電極電位、または析出平衡電位が近いことが必須である。しかし、標準電極電位(「電気化学便覧」 第5版 丸善出版 第92〜95頁)からわかるように、白金は標準電極電位が貴で電析し易いのに対し、多くの遷移金属は標準電極電位が卑であり、互いの電位が離れすぎていることから、これら共電析させることは困難である。
【0021】
しかしながら、めっき浴中において白金を錯体化させ白金の析出平衡電位を標準電極電位から卑に、即ち、pH=5〜8においてSCE基準で0.5Vより卑にすることによって、ニッケル、コバルト、鉄の標準電極電位と近くなり共電析が可能となる。特に、錯体化した白金の析出平衡電位と遷移金属の析出平衡電位を近づけること、即ち、その析出平衡電位の差をpH=5〜8において0.5V以下にすることが、効率よく共電析するのに好ましい。
【0022】
尚、本願発明において、析出平衡電位をめっき浴中に電極を浸漬した時の電位、即ち浸漬電位で測定し、遷移金属および白金の析出平衡電位をその浸漬電位に置き換える。
【0023】
白金のpH=5〜8における浸漬電位がSCE基準で0.5Vより貴な場合、遷移金属の浸漬電位と離れすぎるため白金が優先的に電析し共電析が困難となりるため、本発明の白金合金が被覆できない。
【0024】
また、遷移金属化合物は、遷移金属の硝酸塩、硫酸塩、塩化物、炭酸塩、酢酸塩、スルファミン酸塩等の溶解性塩を用いれば良いが、遷移金属の中でも標準電極電位が貴な金属、例えば、金、銀、銅パラジウム、イリジウム、ルテニウムなどの貴金属はグリシン、クエン酸、マロン酸、コハク酸塩のような錯塩を添加し錯体化させ、pH=5〜8における浸漬電位をSCE基準で0.5Vより卑にすればよい。
【0025】
めっき浴のpHは導電性基材の溶解を防止するためにpH=3以上が好ましい。pHの調製は、アンモニア、ホウ酸塩、リン酸塩などのpH緩衝剤を用いて調製すればよいが、pHが中性〜アルカリ性で水酸化物などの沈殿を生成する場合、上記に示すような錯塩を添加し遷移金属を錯体化すれば良い。
【0026】
また、導電性を安定化するため塩化カリウムなどの電解質の添加しても良く、めっき浴中の各成分の濃度は特に限定されず、0.001〜1モル/リットルの範囲が例示できる。
【0027】
めっき条件については、めっき浴温度、めっき時間、電流密度などの条件については限定されず、これらの条件変更によって白金と遷移金属の共電析物の組成、担持量など目的に応じて制御することが可能であり、めっき後の電極は純水、イオン交換水を用いて洗浄すればよい。
【0028】
以上の様に、本発明の製造方法によって白金合金が被覆された水素発生用電極を効率よく容易に製造できる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によって、水又はアルカリ金属塩化物水溶液電解工業等で使用可能な水素過電圧の低い白金合金を被覆した水素発生用電極を効率よく製造できる。
【実施例】
【0030】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明はこれらの実施例により何等限定されるものではない。
【0031】
尚、各評価は下記に示す方法で実施した。
【0032】
(結晶構造)
得られた電極表面について、CuKα線によるX線回折装置(型式MXP3 マックサイエンス社製)を用いて、加速電圧40kV、加速電流30mA、ステップ間隔0.04deg、サンプリング時間3sec、測定範囲2θ=20〜60°の範囲を測定した。回折図形からブラッグの式より主回折ピークである(111)面間隔を計算した。
(担持量および白金含有量)
得られた電極は、電析部分を王水溶解した後にICP発光分析装置(パーキンエルマー社製、型式optima3000)を用い、ニッケルを添加した電極については、EPMA(堀場製作所製、型式EMAX−5770W)を用いて白金、遷移金属元素の含有量を測定し、電析物中の白金含有量は以下の式によって計算した。
【0033】
白金含有量=白金/(白金+遷移金属)モル比
(浸漬電位の測定)
めっき溶液を200mL調整し、2cmの白金電極を2枚浸漬し、1mA/cmの電流密度で1時間予備電解を実施した後、窒素をバブリングしながら、25℃で当該めっき溶液の浸漬電位を測定した。
【0034】
実施例1
導電性基材として、ニッケルエキスパンドメッシュ(2×5cm)を用いて、ジニトロジアンミン白金硝酸溶液(田中貴金属製、白金濃度:4.5重量%、溶媒:8重量%硝酸溶液)と硝酸コバルト6水和物、クエン酸三ナトリウム、グリシン、リン酸二水素アンモニウムをもちいて、以下のメッキ浴中の各濃度に調製した後に、10%アンモニア水溶液を用いメッキ浴のpHを8に調製した。
ジニトロジアンミン白金 0.005 モル/リットル
硝酸コバルト6水和物 0.005 モル/リットル
クエン酸三ナトリウム 0.01 モル/リットル
グリシン 0.01 モル/リットル
リン酸二水素アンモニウム 0.01 モル/リットル
別に、アンモニア水溶液でpH=8に調製した濃度0.005モル/リットルのジニトロアンミン白金溶液及び硝酸コバルト6水和物溶液の浸漬電位を測定した結果、pH=8で、SCE基準0.21V及び−0.08Vであり、どちらの浸漬電位もSCE基準で0.50Vより卑であった。
【0035】
次いで、上記めっき浴を65℃に加温し、対極に白金板を用いて50mA/cmの電流密度で30分間めっきした。得られた、電析物を水洗し、上記の方法で求めた白金含有量を表1に、白金合金のXRDパターンを図1に示した。
【0036】
【表1】

【0037】
実施例2〜3
めっき時の電流密度を変更した以外は実施例1の方法と同様に行い、上記の方法で求めた白金含有量を表1に、白金合金のXRDパターンを図1に示した。
【0038】
浸漬電位は、各々pH=8で、SCE基準0.21V及び−0.08Vであり、どちらの浸漬電位もSCE基準で0.50Vより卑であった。
実施例4
めっき浴の硝酸コバルト6水和物を硝酸ニッケル6水和物に変更した以外は実施例1の方法と同様に行い、上記の方法で求めた白金含有量を表1に、白金合金のXRDパターンを図1に示した。
【0039】
浸漬電位は、ジニトロアンミン白金溶液においてpH=8でSCE基準0.210V、硝酸ニッケル溶液においてpH=8でSCE基準0.053Vであり、どちらの浸漬電位もSCE基準で0.50Vより卑であり、その差も0.50V以下であった。
【0040】
比較例1
導電性基材として、ニッケルエキスパンドメッシュ(2×5cm)を用いて、塩化白金酸溶液(田中貴金属製、Pt濃度15wt%と硝酸コバルト6水和物、リン酸二水素アンモニウムをもちいて、以下のメッキ浴中の各濃度に調製した後に、10%アンモニア水溶液を用いメッキ浴のpHを5に調製した。
塩化白金酸 0.005モル/リットル
硝酸コバルト6水和物 0.005モル/リットル
リン酸二水素アンモニウム 0.01 モル/リットル
次いで、上記めっき浴を65℃に加温し、対極に白金板を用いて25mA/cmの電流密度で30分間めっきした。得られた、電析物を水洗し、上記の方法で求めた白金含有量を表1に、XRDパターンを図1に示したが白金のみ電析した。
【0041】
浸漬電位は、塩化白金酸溶液において、pH=5で、SCE基準1.10V、硝酸コバルト溶液で0.11Vであり、塩化白金酸の浸漬電位はSCE基準で0.50Vより貴であり、その差は0.5V以上であった。
【0042】
尚、本発明の実施例および比較例における還元処理後の担持量は、10g/m〜15g/mの範囲であった。また、実施例1〜4のX線回折図は、白金と遷移金属の金属又は酸化物状態が検出されず、金属白金の主回折ピークである(111)面間隔が変化し、遷移金属と金属白金が固溶した白金合金が得られることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】実施例1、2、3、4、比較例1で得られた水素発生用電極のX線回折図を示し、図中、X軸(横軸)は回折角(2θ、単位は「°」)であり、Y軸(縦軸)はcount(単位は任意)である。
【符号の説明】
【0044】
1:基剤ニッケルのピーク
2:金属白金(111)のピーク
3:白金合金のピーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性基材上に、pH=5〜8における浸漬電位がSCE基準で0.5Vより卑な遷移金属化合物および白金化合物を溶解しているめっき浴を用いて、電気めっき法により担持することを特徴とする水素発生用電極の製造方法。
【請求項2】
白金化合物がアンミン錯塩であることを特徴とする請求項1記載の水素発生用電極の製造方法。
【請求項3】
白金化合物と遷移金属化合物とのpH=5〜8における浸漬電位の差が0.5V以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の水素発生用電極の製造方法

【図1】
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【公開番号】特開2006−118023(P2006−118023A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−309244(P2004−309244)
【出願日】平成16年10月25日(2004.10.25)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】