説明

水素脆化予測方法

【課題】水素の侵入量により鋼などの金属部材の寿命が予測できるようにする。
【解決手段】ステップS101で、対象とする金属部材に対する水素侵入量の時間変化を測定して時間と水素侵入量との関係を示す第1の関係を求める。次に、ステップS102で、上記金属部材が使用される環境で時間とともに変化する金属部材が水素脆化を起こす水素量を測定して時間と水素脆化を起こす水素量との関係を示す第2の関係を求める。次に、ステップS103で、求めた第1の関係および第2の関係より環境で使用されている金属部材が水素脆化を起こす時期を予測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼などの金属部材の水素脆化が起こる時期を予測する水素脆化予測方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高強度鋼などの鉄鋼は、鉄骨や鉄筋などとして建築物などの建築要素(固定構造体)の部材として用いられている。この鉄鋼が、構造体が配置されている環境の影響で発生した水素により脆化して特性を失うことがあることが知られている。この、水素による金属部材の脆化は、水素脆化と呼ばれており、鉄鋼内に侵入(固溶)する水素の量が問題となることが報告されている(非特許文献1参照)。吸収された水素の中で、多くは鉄鋼の中(結晶中)のトラップサイトに入り込みし、鉄鋼の特性を変える。また、応力をかけると水素の侵入量が多くなることから、水素侵入によりトラップサイトも増えることが知られている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】南雲道彦、日本鉄鋼協会講演予稿集、A−125、1983
【非特許文献2】M.Nakamura et al, "Effect of Hydrogen and Loading on Mechanical Properties of High Tensile Steel", 5th International Symposium on Advanced Science and Technology in Experimental Mechanics, 4-7 November, Extended abstract of ISEM10,#30,CD-ROM, 2010.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したように、鉄鋼の脆化が侵入した水素の量に関連することは判明しているので、これにより、鉄鋼の水素脆化がどの段階で発生するかなどの寿命を予測することが期待されている。しかしながら、侵入した水素量と鉄鋼の脆化との具体的な関連については不明であるため、鉄鋼の寿命を予測することができていない。
【0005】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、水素の侵入量により鉄鋼などの金属部材の寿命が予測できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る水素脆化予測方法は、対象とする金属部材に対する水素侵入量の時間変化を測定して時間と水素侵入量との関係を示す第1の関係を求める第1ステップと、金属部材が使用される環境で時間とともに変化する金属部材が水素脆化を起こす水素量を測定して時間と水素脆化を起こす水素量との関係を示す第2の関係を求める第2ステップと、第1の関係および第2の関係より環境で使用されている金属部材が水素脆化を起こす時期を予測する第3ステップとを備える。
【0007】
上記水素脆化予測方法において、第3ステップでは、第1の関係を示す第1グラフと第2の関係を示す第2グラフとの交点より環境で使用されている金属部材が水素脆化を起こす時期を予測すればよい。
【0008】
上記水素脆化予測方法において、第1グラフおよび第2グラフは、第1の関係および第2の関係を直線に近似したものであればよい。また、第1グラフおよび第2グラフは、第1の関係および第2の関係を2次関数に近似したものであってもよい。
【発明の効果】
【0009】
以上説明したように、本発明によれば、時間と水素侵入量との関係を示す第1の関係と、時間と水素脆化を起こす水素量との関係を示す第2の関係とより金属部材が水素脆化を起こす時期を予測するようにしたので、水素の侵入量により鉄鋼などの金属部材の寿命が予測できるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、本発明の実施の形態における水素脆化予測方法を説明するフローチャートである。
【図2】図2は、第1の関係および第2の関係の1例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態における水素脆化予測方法を説明するフローチャートである。まず、ステップS101で、対象とする金属部材に対する水素侵入(混入)量の時間変化を測定して時間と水素侵入量との関係を示す第1の関係を求める。
【0012】
次に、ステップS102で、上記金属部材が使用される環境で時間とともに変化する金属部材が水素脆化を起こす水素量を測定して時間と水素脆化を起こす水素量との関係を示す第2の関係を求める。
【0013】
次に、ステップS103で、求めた第1の関係および第2の関係より環境で使用されている金属部材が水素脆化を起こす時期を予測する。例えば、第1の関係を示す第1グラフと第2の関係を示す第2グラフとの交点より、金属部材が使用されている環境において水素脆化を起こす時期を予測することができる。第1グラフおよび第2グラフは、いずれも、時間変化(時間経過)に対する水素の量の変化を示すものであり、2つのグラフの交点における時間(時期)が、対象となる金属部材が使用されている環境において水素脆化を起こす時期とすることができる。
【0014】
以下、より詳細に説明する。
【0015】
まずステップS101における対象とする金属部材に対する水素侵入量の時間変化は、金属部材(例えば鉄鋼)に対し、応力をかけた状態で測定する。この応力は、鉄鋼が使用される環境に対応して適宜に設定すればよい。例えば、最大応力または降伏応力の0.7倍,0.8倍とすることが考えられる。また、水素侵入量の時間変化は、対象の鉄鋼を一定の期間環境中に暴露し、水素侵入量を測定すればよい。一定期間としては、たとえば3か月とし、この期間内で1か月毎に水素侵入量を測定すればよい。この場合、3回測定を行うことになる。
【0016】
このようにして得られた時間と水素侵入量との関係を示すデータを外挿し、水素侵入量の時間変化を示す関係(第1の関係)を得ればよい。なお、鉄鋼中の水素量の測定は、例えば、よく知られたTDS(Thermal Desorption Spectrpscopy:昇温脱離分析)法により行えばよい。また、TDS法に限らず、任意の分析手法から適宜選択すればよい。
【0017】
次に、ステップS102の鉄鋼が使用される環境で時間とともに変化する鉄鋼が水素脆化を起こす水素量の測定では、例えば、FIP(定加重単軸引張)試験を用いればよい。FIP試験は、20%チオシアン酸アンモニウム水溶液50℃中に、最大応力または降伏応力の0.7倍や0.8倍の応力を付加した鉄鋼を保持し、破断するときの時間をみる試験である。この破断の直後の鉄鋼における水素量を、前述したようにTDS法などにより測定すれば、水素脆化を起こしたときの鉄鋼の水素量がわかる。
【0018】
この測定を、例えば、鉄鋼の使用開始時点、使用開始より1月経過した時点、使用開始より2月経過した時点、使用開始より3月経過した時点で行う。このようにすることで、使用される環境における各々異なる時期の4つの「鉄鋼が水素脆化を起こす水素量」のデータが得られる。このようにして得られた4つのデータを外挿し、時間と水素脆化を起こす水素量との関係(第2の関係)を得ればよい。なお、この水素量は、時間に対して変化しない場合もありえ、また、時間に対して変化する場合もありえる。
【0019】
なお、FIP試験に変えて、鉄鋼をカソードとして水中で電気化学的に水素チャージし、あるいは、鉄鋼に対して水素雰囲気のガス中で暴露して水素をチャージしてもよい。これらの方法により水素チャージしながら鉄鋼を引張り、あるいは、最大応力または降伏応力の0.7倍や0.8倍の応力を付加して保持し、破断した際の水素量を、水素脆化を起こす水素量としてもよい。
【0020】
以上のようにして各関係が得られたら、まず、第1の関係を示す第1グラフを得る。例えば、図2の(a)に示すように、水素侵入量の時間変化を示す第1グラフが得られる。また、第2の関係を示す第2グラフを得る。例えば、図2の(b)に示すように、水素脆性を起こす水素量の時間変化を示す第2グラフが得られる。このようにして得られた2つのグラフの交点を求めれば、この交点における時間が、対象とする鉄鋼が水素脆化を起こす寿命であると予想できる。
【0021】
ここで、各グラフは、測定により得られた各データを1次関数(直線)で近似した各関を示すものであればよい。また、各関係は、測定により得られた各データを2次関数および3次関数など高次関数で近似してもよい。多項式を用いて近似を行い、2つのグラフに複数の交点が形成される場合は、最も短い時間で現れる交点を採用すればよい。
【0022】
なお、鉄鋼などにおける水素脆化をもたらす水素は、腐食の際に起こる反応によって供給されるものと考えられる。このため、水素侵入量(水素発生量)の時間変化は、腐食により生成される被膜などが水素の拡散障壁にならない場合、1次関数で示されるものと考えられる。また、腐食により生成される物質が水素の拡散障壁になる場合、水素侵入量の時間変化は、2次関数で示されるものと考えられる。また、時間の経過による鉄鋼の劣化は、水素の鉄鋼中への蓄積で生じると考えられるが、蓄積点は格子欠陥であると推察され、侵入(内方拡散)する水素量に比例すると考えられる。このように、鉄鋼の水素脆化が、侵入した水素量に比例するものであれば、時間と鉄鋼が水素脆化を起こす水素量との関係も、1次関数または2次関数で示されるものと考えられる。
【0023】
以上に説明したように、本発明によれば、ある環境で用いられている金属部材の水素脆化の寿命を予測することができる。また、この寿命予測により、金属部材の種類による寿命の違いを比較することができる。
【0024】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。例えば、上述では、金属部材として鉄鋼を例にしたが、これに限るものではなく、金属部材がアルミニウム合金など他の金属材料から構成された部材であっても同様である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象とする金属部材に対する水素侵入量の時間変化を測定して時間と水素侵入量との関係を示す第1の関係を求める第1ステップと、
前記金属部材が使用される環境で時間とともに変化する前記金属部材が水素脆化を起こす水素量を測定して時間と水素脆化を起こす水素量との関係を示す第2の関係を求める第2ステップと、
前記第1の関係および前記第2の関係より前記環境で使用されている前記金属部材が水素脆化を起こす時期を予測する第3ステップと
を備えることを特徴とする水素脆化予測方法。
【請求項2】
請求項1記載の水素脆化予測方法において、
前記第3ステップでは、前記第1の関係を示す第1グラフと前記第2の関係を示す第2グラフとの交点より前記環境で使用されている前記金属部材が水素脆化を起こす時期を予測することを特徴とする水素脆化予測方法。
【請求項3】
請求項2記載の水素脆化予測方法において、
前記第1グラフおよび前記第2グラフは、前記第1の関係および前記第2の関係を直線に近似したものであることを特徴とする水素脆化予測方法。
【請求項4】
請求項2記載の水素脆化予測方法において、
前記第1グラフおよび前記第2グラフは、前記第1の関係および前記第2の関係を2次関数に近似したものであることを特徴とする水素脆化予測方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−159486(P2012−159486A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−21440(P2011−21440)
【出願日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】