説明

水酸化アルミニウム吸着体の吸着性及び/又は溶出性の改変方法

【課題】水酸化アルミニウム吸着体の溶出性を向上させ得る手段を提供すること。
【解決手段】水酸化アルミニウム懸濁液又は固体状の水酸化アルミニウムを、少なくとも1種の陰イオン及び/又は少なくとも1種の陽イオンで処理することを含む、水酸化アルミニウム吸着体の吸着性及び/又は溶出性の改変方法を提供した。例えば、水酸化アルミニウムをリン酸緩衝液と接触させることにより、被吸着物質の吸着性と溶出性の双方に優れた水酸化アルミニウム吸着体を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水酸化アルミニウム吸着体の吸着性及び/又は溶出性の改変方法、該方法により吸着性及び/又は溶出性が改変された水酸化アルミニウム吸着体、及び該吸着体に被吸着物質を吸着させた水酸化アルミニウム担体に関する。
【背景技術】
【0002】
元素周期表2族に属するバリウム、カルシウム、マグネシウム等の硫酸塩、リン酸塩、水酸化物及び炭酸塩、並びにアルミニウムのリン酸塩及び水酸化物等の難水溶性無機化合物は、生物学的に不活性で生理活性物質の不活化が起きにくい事が知られている。
【0003】
また、難水溶性無機化合物は生物活性タンパク質や核酸などの有機物との親和性が高いため、ワクチン、血液タンパク、成長ホルモン、食品添加物、インターフェロン等の精製に用いる吸着剤として応用されている(特許文献1、非特許文献1〜6)。
【0004】
アルミニウムを含む難水溶性無機化合物の例として、水酸化アルミニウムが挙げられる。水酸化アルミニウムは、従来ウイルス抗原等の精製のための吸着剤等として使用されている。しかしながら、水酸化アルミニウムを吸着剤として用いた精製方法では、多くの場合、水酸化アルミニウムに対する抗原等の被精製物の吸着性は良いが、被精製物を変成させない穏やかな条件(温度、pH等)で溶出させることは困難であった。
【0005】
【特許文献1】特開2000-262280号公報
【特許文献2】特開2003-310256号公報
【特許文献3】特開2005-137973号公報
【非特許文献1】Voss, D.:Barium sulphate adsorption and elution of the 'prothrombin complex' factors., Scand J Clin Lab Invest. 1965 ; 17 : Suppl 84 : 119-128.
【非特許文献2】C.B.Reimer et.al.:Purification of Large Quantities of Influenza Virus by Density Gradient Centrifugation. , Journal of Virology., Dec.1967. 1207-1216
【非特許文献3】H.Prydz : Studies on Proconvertin (Factor VII) IV. The Adsorption on Barium Sulphate , Scandinav. J. Clin. & Lab. Investigation, 16, 1964, 409-414
【非特許文献4】Andrzej G. : Inhibition of influenza A virus hemagglutin and induction of interferon by synthetic sialylated glycoconjugates, Can.J.Microbiol., Vol37, 1991,233-237
【非特許文献5】糖鎖工学 初版第1刷 549頁〜 552頁(産業調査会 バイオテクノロジー情報センター)
【非特許文献6】Tsutomu Kawasaki : Hydroxyapatite as a liquid chromatographic packing., Journal of Chromatography, 544. 1991.147-184
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の目的は、水酸化アルミニウム吸着体の溶出性を向上させ得る手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、水酸化アルミニウムをイオンと接触させることにより、水酸化アルミニウム吸着体の吸着性及び/又は溶出性を変化させることができることを見出し、本願発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、水酸化アルミニウム懸濁液又は固体状の水酸化アルミニウムを、少なくとも1種の陰イオン及び/又は少なくとも1種の陽イオンで処理することを含む、水酸化アルミニウム吸着体の吸着性及び/又は溶出性の改変方法を提供する。また、本発明は、上記本発明の方法により吸着性及び/又は溶出性が改変された水酸化アルミニウム吸着体を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の水酸化アルミニウム吸着体に被吸着物質を吸着させた、被吸着物質が吸着された水酸化アルミニウム担体を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の水酸化アルミニウム吸着体に抗原を吸着させた水酸化アルミニウム担体から成るワクチンを提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、被吸着物質に対する水酸化アルミニウム吸着体の吸着性及び/又は溶出性を変化させることができる。例えば、水酸化アルミニウムを陰イオンで処理すれば、被吸着物質の溶出性を向上させることができる。また、陽イオンで処理すれば、被吸着物質の吸着性を向上させることができる。溶出性が向上した本発明の水酸化アルミニウム吸着体を生体物質等の精製方法における吸着剤として用いれば、精製効率を高めることができる。また、本発明の方法において、イオン処理工程の回数を変えることにより、水酸化アルミニウム吸着体からの被吸着物質の溶出率を変えることができる。従って、本発明を用いれば、被吸着物質を吸着させた水酸化アルミニウム担体において、被吸着物質の溶出性をコントロールすることが可能になる。例えば、抗原を吸着させた本発明の水酸化アルミニウム担体は、抗原の放出性が制御されたアジュバントワクチンとして有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の方法で用いられる水酸化アルミニウムは、溶液中に懸濁された懸濁液の状態であってもよいし、また、固体状(ゲル状又は粉末状)であってもよい。例えば、下記実施例に記載されるように、反応溶液を混合して水酸化アルミニウムを製造する場合、混合溶液中に水酸化アルミニウムが生じて水酸化アルミニウムの懸濁液が得られるが、これをそのまま用いることができる。水酸化アルミニウムは、下記実施例に記載されるように調製することもできるし、また市販品を用いることもできる。なお、本発明でいう「固体状の水酸化アルミニウム」には、水酸化アルミニウム懸濁液から固液分離により得られるゲル状の水酸化アルミニウムも包含される。
【0011】
水酸化アルミニウムゲルは、水溶性のアルミニウム塩をアルカリ性溶液に添加するか、又はアルミニウム塩の水溶液をアルカリ性溶液と混合することによって得ることもできる。アルミニウム塩としては、水溶性のものであればいかなるものでも使用することができ、例えば、塩化アルミニウム、硫酸アルミニウム、並びに、ナトリウムミョウバンやカリウムミョウバン等のミョウバン類等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0012】
水酸化アルミニウムは水溶液中では正コロイドの形態をとることが知られている。従って、水酸化アルミニウム吸着体による被吸着物質の吸着の原理は、正電荷を帯びた水酸化アルミニウムと負電荷を帯びた被吸着物質との間の静電気的な吸着によるものと考えられる。下記実施例に記載される通り、各種陰イオンを含む緩衝液で水酸化アルミニウムを処理すると、該水酸化アルミニウムの溶出性を高めることができる。この原理の詳細は明らかではないが、以下のことが考えられる。すなわち、水酸化アルミニウム吸着体を陰イオンと接触させることで、該陰イオンが水酸化アルミニウムの電荷に影響を及ぼして、水酸化アルミニウムと被吸着物質との間の結合力を緩和し、その結果、水酸化アルミニウムに吸着された被吸着物質が溶出時に剥がれやすくなり、溶出性が高まるものと考えられる。従って、これとは逆に、水酸化アルミニウムを陽イオンと接触させる処理をすれば、水酸化アルミニウムゲル中に取り込まれた陽イオンにより水酸化アルミニウムの電荷がさらに正に偏るため、負電荷を帯びた被吸着物質との間の静電気的吸着が高まると考えられる。よって、水酸化アルミニウムを陽イオンで処理することにより、水酸化アルミニウム吸着体の吸着性を高めることができると考えられる。
【0013】
本発明の方法で用いられる陰イオンは、特に限定されないが、例えば、リン酸イオン、リン酸一水素イオン、リン酸二水素イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、炭酸イオン、炭酸水素イオン、水酸化物イオンなどが挙げられる。このうち、リン酸イオン及び硫酸イオン等の多価陰イオンが好ましく、特にリン酸イオンが好ましい。
【0014】
本発明の方法で用いられる陽イオンは特に限定されないが、バリウムイオン、カルシウムイオン、およびマグネシウムイオン、アルミニウムイオン等の多価陽イオンが好ましい。
【0015】
用いるイオンは、陰イオン及び陽イオンの少なくともいずれか一方であり、陰イオンのみでも陽イオンのみでもよく、また、両者を用いてもよい。陰イオン及び陽イオンは、いずれも、1種類のみを用いてもよく、また、2種類以上を用いてもよい。後述するとおり、イオン処理は複数回行なうことができるが、各回において同じイオンを用いてもよいし、各回毎に異なるイオンを用いてもよい。
【0016】
ただし、用いる水酸化アルミニウムの懸濁液中に上記陰イオン又は陽イオンが既に含まれている場合は、そのような陰イオン又は陽イオンで水酸化アルミニウムの処理を行なっても、水酸化アルミニウム吸着体の溶出性の向上効果が十分には得られないおそれがある。従って、このような場合には、懸濁液中に含まれているイオンとは異なるイオンを用いて処理を行なうことが望ましい。例えば、下記実施例では、水酸化アルミニウムゲルを硫酸アルミニウムナトリウム12水和物と炭酸ナトリウムとの化学反応により調製しているが、この場合には副生成物として硫酸イオン、カリウムイオン、ナトリウムイオン、炭酸(水素)イオン等が生じると考えられる。従って、このような場合には、これらのイオン以外のイオンで該水酸化アルミニウムの処理を行なうと、溶出性をより効果的に向上させることができる。
【0017】
イオンによる処理工程は、上記した少なくとも1種の陰イオン及び/又は少なくとも1種の陽イオンを含む水溶液(イオン含有水溶液)と水酸化アルミニウムとを接触させることにより行なわれる。イオン含有水溶液と水酸化アルミニウムとを接触させる方法としては、特に限定されないが、例えば以下に示す方法が挙げられる。
【0018】
水酸化アルミニウムの懸濁液に、上記した少なくとも1種の陰イオン及び/又は少なくとも1種の陽イオンを生じる化合物を添加し、適宜撹拌する。あるいは、上記した少なくとも1種の陰イオン及び/又は少なくとも1種の陽イオンを含むイオン含有水溶液に固体状の水酸化アルミニウムを添加するか、又は該イオン含有水溶液と水酸化アルミニウム懸濁液とを混合し、適宜撹拌する。
【0019】
イオン処理時間は、特に限定されないが、通常1分〜3時間程度程度である。イオン処理温度は、特に限定されず、通常0〜50℃程度で行なうことができるが、室温程度で行なうことが簡便で好ましい。イオン処理系内の水酸化アルミニウム濃度は、特に限定されないが、通常0.01mg/mL〜100mg/mL程度である。イオン処理系内のイオン濃度は、特に限定されないが、通常0.1mM〜3M程度、より一般には0.001M〜1M程度であり、複数種類のイオンを同時に水溶液中に含有させる場合には、合計濃度がこの範囲であればよい。所望のイオンを生じる化合物を水酸化アルミニウム懸濁液に添加することによりイオン処理を行なう場合には、懸濁液中で上記濃度範囲内のイオンを生じさせる量の化合物を用いればよい。イオン処理系内のpHは、水酸化アルミニウムの溶解を回避する観点から中性付近とすることが望ましく、5.0〜9.5程度が好ましい。
【0020】
イオン処理の回数は、1回であってもよく、また複数回行なってもよい。複数回行う場合には、イオン処理後に固液分離し、分離した水酸化アルミニウムをイオン処理すればよい。イオン処理を複数回行なう場合、全て同一のイオン組成でイオン処理を行なってもよいし、また、各回毎に異なるイオンを用いて処理を行なってもよい。下記実施例に記載される通り、イオン処理回数を増やすことで、より効果的に溶出性等を変化させることができる。
【0021】
上記したイオン含有水溶液としては、各種緩衝液を好ましく用いることができる。緩衝液の種類は特に限定されず、例えばリン酸ナトリウムを主体としたリン酸緩衝液、酢酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液、及び炭酸-重炭酸緩衝液等を使用することができる。ただし、緩衝液の中でも、クエン酸等のようなカルボキシル基を複数有する有機酸を成分として含む緩衝液は、アルミニウムをキレーティングする効果等により被吸着物質の吸着を強く阻害するおそれがある。従って、そのような有機酸を含まない緩衝液が好ましい。使用する緩衝液のpHは、水酸化アルミニウムの溶解を回避する観点から、イオン処理系内のpHを上記した範囲内に調節できるpHが好ましく、具体的には5.0〜9.5程度、特に6.5〜8.0程度が好ましい。これらの緩衝液の中でも、このような中性付近での調製が容易で、保存安定性が良く、アルミニウムイオンとキレーティングを起こしにくいリン酸緩衝液が特に好ましい。これらの緩衝液はこの分野において周知であり、当業者であれば容易に調製することができるし、また市販品も存在するため、入手は容易である。
【0022】
上記に例示した方法はバッチ法による処理方法であるが、これ以外の処理方法としては、例えば、限外濾過膜等のフィルター上で水酸化アルミニウムに所望のイオンを含むイオン含有水溶液を連続的に添加する方法が挙げられる。該方法でイオン処理を行なう場合、例えばアルミニウム濃度1g/Lの水酸化アルミニウム溶液を限外濾過膜で処理する場合には、循環速度28〜31L/分程度で溶液量の1/3程度まで濃縮後、透過液を廃棄しながらイオン含有水溶液を連続加水(濃縮液のおよそ6倍量)することにより上清置換を行なうことができるが、これに限定されない。イオン含有水溶液の通液時間を増大させることで、水酸化アルミニウムが接触するイオンの量を増大させることができるため、バッチ法でいう複数回処理と同様の効果を得ることができる。イオン含有水溶液の条件、処理系内のpH及びイオン濃度等の条件は上記と同様である。
【0023】
本発明の方法において、陽イオン処理と陰イオン処理を続けて行なう場合、該陽イオン及び該陰イオンとして、相互に難水溶性塩を生じるものを用いれば、水酸化アルミニウム中に吸着性及び溶出性に優れた難水溶性塩を形成させることもできる。例えば、硫酸イオン処理の後にバリウムイオン処理を行なうと、水酸化アルミニウム中に硫酸バリウムを形成させることができる。この場合には、イオン処理による水酸化アルミニウム自体の溶出性の向上に加え、難水溶性塩による吸着性及び溶出性の向上効果も期待できる。
【0024】
本発明の水酸化アルミニウム吸着体に吸着される被吸着物質は、特に限定されず、例えば従来の水酸化アルミニウム吸着体が適用可能な被吸着物質のいずれであってもよい。そのような被吸着物質の具体例としては、ペプチド性物質、核酸、及びこれらの複合体等のような生体物質を挙げることができる。ここで、「ペプチド性物質」とは、複数(2個以上)のアミノ酸がペプチド結合により結合した分子から成る物質を意味し、構成するアミノ酸数が少ない分子(オリゴペプチド)から成る物質及び構成するアミノ酸数が多い分子から成る物質の他、全長タンパク質も包含する。また、「ペプチド性物質」には、各種修飾(糖鎖修飾、化学修飾等)を受けた物質も包含される。ペプチド性物質の具体例としては、酵素、抗体、ペプチド性の抗原、糖タンパク質、リポタンパク質及び標識酵素等、並びにこれらの断片等が挙げられるが、これらに限定されない。上記核酸としては、RNAでもDNAでもよく、生化学分野及び医療学分野で通常核酸と分類されるいかなるものであってもよい。具体例としては、ssDNA、dsDNA、RNA、プラスミドDNA等が挙げられるが、これらに限定されない。また、ペプチド性物質と核酸の複合体とは、上記したペプチド性物質と核酸とが結合したものを指す。代表的なものとしては核タンパク質が挙げられ、具体例としてはウイルス、ファージ等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0025】
水酸化アルミニウムへの被吸着物質の吸着は、例えば、水溶媒中で被吸着物質と水酸化アルミニウムとを接触させることにより、容易に行うことができる。例えば、特に限定されないが、被吸着物質を10〜600μg/mL程度の濃度で溶解(懸濁)させた液体中に、水酸化アルミニウムを0.015〜2.0mg/mL程度の濃度になるように添加し、0℃〜室温程度で5分間〜20時間程度撹拌することにより、被吸着物質が吸着された水酸化アルミニウム担体を容易に得ることができる。被吸着物質の分解等を極力抑えたい場合には、0℃〜10℃程度の低温で上記吸着処理を行なうことが好ましい。
【0026】
被吸着物質として、ペプチド性抗原やウイルス等の抗原物質を吸着させた本発明の水酸化アルミニウム担体は、公知の水酸化アルミニウム吸着体を用いたアジュバントワクチンと同様に、ワクチンとして用いることができる。このようなワクチンの製造方法も公知であり、例えば上記に例示した吸着処理方法により、抗原物質が吸着された水酸化アルミニウム担体を容易に得ることができ、これをワクチンとして用いることができる。
【0027】
下記実施例に具体的に示される通り、各種イオンを含む各種緩衝液で処理した水酸化アルミニウムは、非処理の水酸化アルミニウムと比較して、吸着した被吸着物質の溶出性が向上する。良好な吸着性を維持したい場合には、処理に用いるイオンの種類(緩衝液の種類)を選択すればよく、例えば、下記実施例の水酸化アルミニウムの場合には、リン酸緩衝液やトリス−塩酸緩衝液等を好ましく選択することができる。水酸化アルミニウム吸着体を吸着剤として用いる従来の精製方法において、公知の水酸化アルミニウム吸着体に代えて、本発明の1態様により得られる吸着性及び溶出性の双方に優れた水酸化アルミニウム吸着体を用いれば、被精製物の回収率を高めることができるので、精製効率を高めることができる。なお、本発明の水酸化アルミニウム吸着体は、従来の水酸化アルミニウム吸着体を用いた精製方法のいずれにも、従来の吸着体と同様に用いることができ、吸着や溶出等の操作も公知の緩衝液を用いて従来法と同様に行なうことができる。そのような精製方法自体はこの分野で周知である。なお、本発明の水酸化アルミニウム吸着体をタンパク質やウイルス等の生体物質の精製に用いる場合には、被精製物質たる生体物質の生化学活性を保持する観点から、溶出液のpHを5〜9程度、より好ましくは6〜8程度の中性付近とすることが望ましい。
【0028】
下記実施例に示される通り、バッチ法によるイオン含有水溶液処理の回数と、水酸化アルミニウムからの被吸着物質の溶出率との間には、正の相関がある。すなわち、イオン曝露量が多いものほど、溶出率がより向上する。従って、イオン曝露量の異なる水酸化アルミニウム吸着体を混合して被吸着物質の吸着に用いれば、被吸着物質の溶出速度を調節することも可能である。例えば、水酸化アルミニウムの公知の使用例として、上述した通り、抗原物質を水酸化アルミニウムに吸着させたアジュバントワクチンがあるが、かかる使用例において、イオン曝露量の異なる本発明の水酸化アルミニウム吸着体を適用すれば、抗原の放出性が制御されたワクチンを得ることができる。そのようなワクチンは、例えば、イオン曝露量の異なる水酸化アルミニウムを混合して調製した吸着体に抗原を吸着させることにより製造することができ、あるいは、イオン曝露量の異なる水酸化アルミニウムのそれぞれに抗原を吸着させて抗原吸着担体を調製後、該吸着担体を混合することにより製造することもできる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明する。
【0030】
1. 水酸化アルミニウムの調製
炭酸ナトリウム(日本薬局方(製造専用)乾燥炭酸ナトリウム: 高杉製薬社製)3.18gを生理食塩液(日本薬局方 大塚生食注:大塚製薬社製)200mLに撹拌しながら室温で溶解させ、A液:150mM 炭酸ナトリウム生理食塩液(pH11.9) とした。
【0031】
硫酸アルミニウムナトリウム12水和物6.78g(硫酸アルミニウムナトリウム12水和物(M.W.458.28)和光純薬 試薬特級)を生理食塩液200mLに撹拌しながら室温で溶解させ、B液:74mM硫酸アルミニウムナトリウム生理食塩液(pH3.3) とした。
【0032】
室温でA液に、B液を撹拌しながら徐々に滴下した。滴下終了(約20分)後、そのまま室温で約4時間撹拌した後、4℃で静置保管(約17時間)し、Al濃度1.0mg/mLの水酸化アルミニウム懸濁液(pH8.2)を得た。
【0033】
2. 水酸化アルミニウム吸着体のイオン処理(1)(実施例1〜8、比較例1〜3)
上記で得られたAl濃度1.0mg/mLの水酸化アルミニウム懸濁液(pH8.2)を原液として用いて、リン酸イオン処理回数(曝露量)の異なる水酸化アルミニウムを調製した(表1)。リン酸イオン源として10mM リン酸緩衝液(PBS)(pH7.1)を用いた。
【0034】
溶液置換は、上記原液20.5mLを遠心分離(2000rpm, 10分間,4℃)後、上清を傾斜法によりほぼ全量(およそ18mL)除去し、10mM PBS又は生理食塩水を加えることにより行った。例えば、表1中の吸着体調製例2(実施例1)は、上記原液20.5mLを遠心後、上清を除去し、残った水酸化アルミニウムにPBSを懸濁液全量が6.8mLとなるように加えて(溶液置換1回目)、Al濃度3.0mg/mLの水酸化アルミニウム再懸濁液を調製した。また、吸着体調製例5(実施例3)は、次のように調製した。すなわち、上記原液20.5mLを遠心後、上清を除去し、PBSを懸濁液全量が20.5mLとなるように加えて、室温で暫く転倒混和した(溶液置換1回目)。この懸濁液を遠心後、上清を除去し、PBSを懸濁液全量が6.8mLとなるように加えて(溶液置換2回目)、濃度3.0mg/mLの水酸化アルミニウム再懸濁液を調製した。再懸濁液は、それぞれ高圧蒸気滅菌(121℃, 20分間)し、濃度3.0mg/mLの滅菌水酸化アルミニウム再懸濁液を得た。
【0035】
【表1】

【0036】
3. 水酸化アルミニウム吸着体を用いた被吸着物質の回収(精製)(1)
被吸着物質として、デンカ生研社の鶏卵培養によって得られたホルマリン不活化後のH5N1型鳥インフルエンザウイルスA/Vietnum株(RG株:全粒子、ウイルス抗原)を用いて、バッチ法により以下に示す吸着・溶出実験を行った。
【0037】
(吸着実験例)
A/Vietnum株被検液 (タンパク質濃度111μg/mL 10mM PBS:pH7.1、ウイルス抗原液)3.6mLを室温で撹拌しながら、上記で得られた滅菌水酸化アルミニウム再懸濁液(表1参照:Al 3.0mg/mL)0.4mLを添加して、ウイルス抗原液と水酸化アルミニウム懸濁液との混合液(タンパク質濃度100μg/mL、Al 0.3mg/mL)とした。該混合液をそのまま室温で15分間撹拌後、4℃で一晩撹拌を続け、吸着工程試験懸濁液4mLを得た。また、水酸化アルミニウム懸濁液0.4mLの代わりに10mM PBSを0.4mL用いて、上記と同様の方法により、水酸化アルミニウム無添加のA/Vietnum株対照試験液(タンパク質濃度100μg/mL 10mM PBS:pH7.1)4mLを調製した。
【0038】
吸着工程試験懸濁液を転倒混和後、該懸濁液の2mLを遠心分離(2000rpm,10分間,4℃)し、得られた上清(吸着試験上清)についてタンパク質濃度測定を行った。また、A/Vietnum株対照試験液についても、遠心分離後得られる上清(対照上清)について、同様にタンパク質濃度測定を行った。タンパク質濃度の測定は、周知の方法を用いて、TCA(トリクロロ酢酸)沈殿法によりタンパク質を濃縮後、BCA法により行なった。
【0039】
水酸化アルミニウムに対するA/Vietnum株吸着率を以下に示す式により求めた。
[吸着率(%)]=(([吸着対照上清中のタンパク質濃度]-[吸着試験上清中のタンパク質濃度])÷[吸着対照上清中のタンパク質濃度]) ×100
【0040】
吸着試験結果は、溶出試験結果と共に表2に示す。
【0041】
(溶出実験例)
前記吸着工程で得られた吸着工程試験懸濁液280μLに、溶出液として1.0Mリン酸緩衝液(pH6.5)280μLを添加し、37℃で2時間(30分毎に10秒間転倒混和)加温した。その後、遠心分離(2000rpm,10分間,4℃)して上清(溶出試験上清)を得た。これについて、吸着工程と同様にタンパク質濃度測定(TCA-BCA法)を行った。また、A/Vietnum株対照試験液についても、吸着工程試験懸濁液と同様に溶出工程試験を行い、遠心分離後得られる上清(溶出対照上清)についてタンパク質濃度測定をした。
【0042】
水酸化アルミニウムからのA/Vietnum株溶出率を以下に示す式により求めた。
[溶出率(%)]=([溶出試験上清中のタンパク質濃度]÷[溶出対照上清中のタンパク質濃度])×100
【0043】
溶出試験結果は、吸着試験結果と共に表2に示す。表2中の「quant.」はウイルスのほぼ全量を回収したことを表す。
【0044】
【表2】

【0045】
<吸着段階>
表2から、リン酸イオン処理を行った水酸化アルミニウム(実施例1〜8)と、リン酸イオン非処理の水酸化アルミニウム(比較例1〜3)との間で、吸着担体として用いた場合の吸着率に著しい差はなかった。リン酸イオン処理により、被吸着物質の吸着阻害がほとんど生じていないといえる。
【0046】
<溶出段階>
リン酸イオン処理を行った水酸化アルミニウム(実施例1〜8)は、リン酸イオン非処理の水酸化アルミニウム(比較例1〜3)より、いずれもほぼ2倍以上溶出率が向上していることが判った。また、リン酸イオン処理回数(曝露量)が増すにつれ、被吸着物質の溶出率も増大していた。
【0047】
以上のことから、リン酸イオン処理により、被吸着物質の水酸化アルミニウムへの吸着が阻害されることなく、且つ、水酸化アルミニウムからの被吸着物質の溶出性能が著しく改善されることが示された。
【0048】
4. 水酸化アルミニウム吸着体のイオン処理(2)(実施例9〜12)
上記した担体調製例7(実施例4)の方法において、用いる緩衝液をPBSに代えて下記表3に記載する4種類の緩衝液(pH5.0〜9.5)とした他は同様の方法を行い、イオン処理した水酸化ナトリウム吸着体を得た(実施例9〜12)。
【0049】
5. 水酸化アルミニウム吸着体を用いた被吸着物質の回収(2)
実施例9〜12の水酸化ナトリウム吸着体を用いて、上記と同様の方法により、ウイルスの吸着・溶出実験を行なった。結果を表3に示す。
【0050】
【表3】

【0051】
緩衝液はリン酸緩衝液、酢酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液、及び炭酸-重炭酸緩衝液のいずれも使用可能であったが、リン酸のナトリウム塩を主体とするリン酸系溶液を用いると吸着率及び溶出率が最も高かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水酸化アルミニウム懸濁液又は固体状の水酸化アルミニウムを、少なくとも1種の陰イオン及び/又は少なくとも1種の陽イオンで処理することを含む、水酸化アルミニウム吸着体の吸着性及び/又は溶出性の改変方法。
【請求項2】
前記陰イオンが、リン酸イオン、リン酸一水素イオン、リン酸二水素イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、炭酸イオン、炭酸水素イオン及び水酸化物イオンから成る群より選択される少なくとも1種であり、前記陽イオンが、バリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン及びアルミニウムイオンから成る群より選択される少なくとも1種である請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記処理は、前記水酸化アルミニウム懸濁液又は固体状の水酸化アルミニウムを、pH5.0〜9.5の、前記少なくとも1種の陰イオン及び/又は少なくとも1種の陽イオンを含む緩衝液と接触させることにより行なわれる請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記緩衝液は、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液及び炭酸−重炭酸緩衝液から成る群より選択される少なくとも1種である請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記緩衝液のpHが6.5〜8.0である請求項3又は4記載の方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の方法により吸着性及び/又は溶出性が改変された水酸化アルミニウム吸着体。
【請求項7】
請求項6記載の水酸化アルミニウム吸着体に被吸着物質を吸着させた、被吸着物質が吸着された水酸化アルミニウム担体。
【請求項8】
請求項6記載の水酸化アルミニウム吸着体に抗原を吸着させた水酸化アルミニウム担体から成るワクチン。

【公開番号】特開2009−39656(P2009−39656A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−207429(P2007−207429)
【出願日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【出願人】(591125371)デンカ生研株式会社 (72)
【Fターム(参考)】