説明

氷結晶化抑制タンパク質

【課題】本発明の課題は、工業レベルで効率良く安価に生産可能であり、安全で且つ優れた氷結晶化抑制機能を有するタンパク質を提供することである。また、本発明は、当該タンパク質の活性部分であるポリペプチド、並びに当該氷結晶化抑制タンパク質またはポリペプチドを含む抗体、組成物、食品、生体試料保護剤および化粧品を提供することも目的とする。
【解決手段】本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質は、植物の種子タンパク質であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、氷結晶化抑制タンパク質、その活性部分であるポリペプチド、並びに当該氷結晶化抑制タンパク質またはポリペプチドを含む抗体、組成物、食品、生体試料保護剤および化粧品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
多くの植物には、水溶液の凍結を防止する働きを有する不凍タンパク質が存在することが報告されている(非特許文献1〜2)。不凍タンパク質は、氷の結晶化抑制や氷結晶形状制御などの効果をもたらすことが知られており、生物においては、細胞を凍結から守る手段として利用されている。不凍タンパク質は、植物以外にも、例えば魚類、昆虫、菌類、その他の微生物などから見出されており、冷凍食品の品質改善などに利用する試みがなされているが、一部の組み換えによるものを除いては、工業的に実用まで至っていないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Plant Physiology(プラント・フィジオロジー),第119巻,第1361〜1369頁(1999年)
【非特許文献2】Biochem.J.(バイオケミカル・ジャーナル),第340巻,第385〜391頁(1999年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、工業レベルで効率良く安価に生産可能であり、安全かつ優れた氷結晶化抑制機能を有するタンパク質を提供することである。また、本発明は、当該タンパク質の活性部分であるポリペプチド、並びに当該氷結晶化抑制タンパク質またはポリペプチドを含む抗体、組成物、食品、生体試料保護剤および化粧品を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行なった。その結果、植物の種子やスプラウトに含まれる種子貯蔵タンパク質が、非常に優れた氷結晶化抑制活性を示す上に、工業レベルで生産可能であることを見出し、本願発明を完成させるに至った。
【0006】
本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質は、植物の種子タンパク質、特に種子貯蔵タンパク質であることを特徴とする。
【0007】
本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質として、具体的には、下記(1)〜(5)の何れかのアミノ酸配列を有するものを挙げることができる。
(1) 配列番号1(SEQ ID NO:1)のアミノ酸配列
(2) 配列番号2(SEQ ID NO:2)のアミノ酸配列
(3) 配列番号3(SEQ ID NO:3)のアミノ酸配列
(4) 配列番号4(SEQ ID NO:4)のアミノ酸配列
(5) 上記(1)〜(4)のアミノ酸配列の1以上、5以下のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列であり、且つ氷結晶化抑制活性を有するアミノ酸配列
【0008】
本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質を種子貯蔵タンパク質として含む植物としては、アブラナ科、セリ科、ユリ科およびキク科に属する植物からなる群より選ばれる1以上の植物、または、これらの類縁品種もしくは改良品種がある。また、アブラナ科に属する植物としては、ハクサイ、ダイコン、ブロッコリー、チンゲンサイ、コマツナ、カブ、シロナ、野沢菜、広島菜、ミズナおよびマスタードからなる群より選ばれる1以上の植物、または、これらの類縁品種もしくは改良品種を挙げることができる。さらに、アブラナ科に属する植物としては、ダイコン(Raphanus sativus)、または、これの類縁品種もしくは改良品種を、さらに、ダイコンのスプラウトであるカイワレダイコンを挙げることができる。
【0009】
また、本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質として、より具体的には、サブユニットから構成されるものを挙げることができる。当該サブユニットの分子量としては、SDS−PAGEで9000±100Daまたは4000±50Daを挙げることができる。
【0010】
その他、本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質として、pH8において、DEAEカラムなどの陰イオン交換カラムに吸着しないものや、アセトン分画において、アセトン濃度が40容量%以上、80容量%以下の濃度で沈殿する画分に含まれるものを挙げることができる。
【0011】
本発明に係るポリペプチドは、上記本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質を解離して得られるものであり、且つ氷結晶化抑制活性を有することを特徴とする。
【0012】
本発明に係る抗体、組成物、食品、生体試料保護剤および化粧品は、上記本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質および/またはポリペプチドを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る氷結晶化抑制活性を有するタンパク質は、食品である種々の植物から容易に得ることが可能である。このため、本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質は、生体にとって非常に安全性が高い。また、種子貯蔵タンパク質は種子やスプラウトなどに多量に含まれているため、安価かつ大量に提供することが可能である。さらに、本発明の氷結晶化抑制タンパク質を食品に添加することにより、冷凍食品の品質維持等に役立てることができる。また、本発明の氷結晶化抑制タンパク質は、臓器や細胞、血液(血小板)の凍結保存における生体試料保護剤や化粧品(皮膚の保護剤)などにも有効に用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質は、植物の種子貯蔵タンパク質であることを特徴とする。
【0015】
一般的に、不凍タンパク質とは、氷の結晶化抑制や氷結晶形状制御などの効果を示すと共に、熱ヒステリシス活性を有するものをいう。ここで、熱ヒステリシスとは、タンパク質水溶液中で平衡融点以下の温度であっても氷が成長できない温度域をいい、氷が水溶液中で成長を開始する温度を凝固点と定義すれば、熱ヒステリシスは平衡融点と凝固点の差として検出される。一方、本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質には、氷結晶化抑制活性を有するものであれば、熱ヒステリシス活性を示すものも示さないものも含まれるものとする。但し、本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質としては、凍結温度を変化させることなく氷結晶の大きさを抑制できることから、氷結晶化抑制活性に対して熱ヒステリシス活性が極めて小さいか、熱ヒステリシス活性を示さないものが好ましい。
【0016】
本発明において、種子タンパク質とは、種子に含まれるタンパク質の総称をいい、種子貯蔵タンパク質とは、例えば、アルブミンやグロブリンなど植物の発芽に必要なエネルギー源として種子に蓄積されるタンパク質を意味する。このような種子貯蔵タンパク質は、植物の種子から得ることができる。また、種子以外のスプラウトや若い成体などからも得ることができる。
【0017】
植物としてはとくに限定されるものではないが、例えば、アブラナ科、セリ科、ユリ科またはキク科に属する植物が挙げられる。アブラナ科に属する植物は、ハクサイ、ダイコン、ブロッコリー、チンゲンサイ、コマツナ、カブ、シロナ、野沢菜、広島菜、ミズナ、マスタード等が挙げられる。セリ科に属する植物としてはニンジン等が、ユリ科に属する植物としてはネギ等が、キク科に属する植物としては春菊等が挙げられる。これらの植物の類縁品種および改良品種も適宜使用することができる。より具体的には、例えばダイコン(Raphanus sativus)から好適に得ることができる。上記ダイコンとしては、特に限定されるものではないが、例えば、西洋種、中国種、日本種が例示できる。例示した上記ダイコンの中でも、日本種が好ましい。日本種のダイコンはさらに容易に入手できる。さらに、ダイコンのスプラウトであるカイワレダイコン由来の氷結晶化抑制タンパク質は、本発明者らによる実験的知見によりその効果が実証されていることから、特に好ましいものである。
【0018】
本発明において、「類縁品種」とは、例えば、科の類縁品種は同じ属に属する植物でも学術上の分類において近い品種をいい、具体的な植物の類縁品種は同じ科に属する植物でも学術上の分類において近い品種をいう。また、「改良品種」とは、人為的な選択、交雑、突然変異、遺伝子組み換えなどにより改良した植物をいうものとする。
【0019】
氷結晶化抑制タンパク質は、氷結晶の結晶面に結合して、氷結晶の成長を抑制する。また、その結合は、氷結晶への自由水の更なる結合を阻止することによって氷の結晶化を抑制する。
【0020】
本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質として、具体的には、下記(1)〜(5)の何れかのアミノ酸配列を有するものを挙げることができる。
(1) 配列番号1のアミノ酸配列
(2) 配列番号2のアミノ酸配列
(3) 配列番号3のアミノ酸配列
(4) 配列番号4のアミノ酸配列
(5) 上記(1)〜(4)のアミノ酸配列の1以上、5以下のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列であり、且つ氷結晶化抑制活性を有するアミノ酸配列
【0021】
上記アミノ酸配列(5)において、欠失、置換または付加されるアミノ酸の数としては、1以上、3以下がより好ましく、1または2がさらに好ましく、1が特に好ましい。
【0022】
氷結晶化抑制活性を有するとは、そのタンパク質溶液において、氷の結晶化を抑制したり氷結晶形状を制御することによって、氷結晶の成長や粗大化を抑制する活性を有することをいうものとする。
【0023】
上記アミノ酸配列を含む限りにおいては、タンパク質は、単一のサブユニットからなる単量体であっても、複数のサブユニットからなる複合体であっても、また、複合体の一部を含むものであってもよい。ここでサブユニットとは、例えばタンパク質をジチオスレイトールなどの還元剤の存在下、SDS−PAGEで分析した際に低分子の別々のバンドとして認められ、タンパク質から乖離して得られうるポリペプチドである。複合体の一部としては、例えば、9000±100Daおよび4000±50Daのサブユニットが挙げられるが、氷結晶化抑制活性を有する限り、特に限定されるものではない。
【0024】
さらに、本発明の氷結晶化抑制タンパク質としては、以下の性質を有するものが好ましい。
・ 氷結晶化抑制活性に対して熱ヒステリシス活性が極めて弱いか、熱ヒステリシス活性を示さない
・pH8.0の条件で、陰イオン交換樹脂を用いたクロマトグラフィーにより主として非吸着画分として得られる
・ アセトン濃度40容量%以上、80容量%以下の間で好適に沈殿し、分離が可能である。
【0025】
陰イオン交換体としては、特に限定されるものではないが、例えば、DEAE(Diethylaminoethyl)やQ(Quaternary Ammonium)などが挙げられる。また、アセトン沈殿の下限濃度は0容量%以上が好ましく、20容量%以上がより好ましく、40容量%以上が最も好ましい。上限濃度は100容量%以下が好ましく、80容量%以下がより好ましく、60容量%以下が最も好ましい。
【0026】
本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質は、植物からそのまま抽出してもよいし、低温馴化などの方法により植物において氷結晶化抑制タンパク質を誘導した後に抽出してもよい。
【0027】
低温馴化の温度としては、とくに限定されるものではないが、下限温度は0℃以上が好ましく、上限温度は20℃以下が好ましい。また低温馴化の期間としては、特に限定されるものではないが、3日間以上行うことが好ましい。
【0028】
本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質は、容易に抽出、精製、回収することが可能である。
【0029】
その抽出方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、水または有機溶媒を用いた公知の抽出法により得ることができる。
【0030】
抽出に用いる植物の形態は、特に限定されるものではなく、種子および植物体の全体でもよく、例えば、種子、芽、葉、葉柄などの一部分でもよい。
【0031】
氷結晶化抑制タンパク質を抽出する溶媒は特に限定されるものではないが、水、親水性有機溶媒、超臨界二酸化炭素、亜臨界水などからなる群より選ばれる1以上の溶媒を好適に組み合わせて使用できる。
【0032】
親水性有機溶媒としては、例えば、メタノールやエタノールなどが挙げられるが、食品加工に使用可能なものであることが好ましく、エタノールなどが例示される。
【0033】
これらの溶媒の中でも水、エタノールが好ましい。また、水と有機溶媒を混合して用いることも可能である。
【0034】
水を用いる場合は、加温した水、特に、熱水を用いることが好ましく、有機溶媒を用いる場合は、加温した有機溶媒を用いることが好ましい。
【0035】
加温した水または有機溶媒の温度は特に限定されない。下限は、0℃以上が好ましく、20℃以上がさらに好ましい。上限は、160℃以下が好ましく、120℃以下がさらに好ましい。その他、水性溶媒としては酢酸ナトリウムなどの種々の緩衝液や、アルコールと水との混合溶媒などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。抽出溶媒の種類や量は、抽出に処する植物体の種類や量などにより適宜選択することができる。
【0036】
精製方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、逆浸透、限外濾過、精密濾過などを好適に組み合わせて用いることができる。
【0037】
膜分離の分画分子量は、特に限定されるものではない。目的物を膜非透過物の中に回収する場合の分画分子量の下限は250以上が好ましく、500以上がさらに好ましく、1,000以上が極めて好ましく、2,000以上が最も好ましく、また、上限が4,000を超えない限り好適に用いることができる。
【0038】
膜分離法では分子量の小さい成分が選択的に膜を透過し、その結果、溶液中の分子量の大きい成分の精製、濃縮が達成されるが、実際には溶液中の溶質の膜表面付近への蓄積(濃度分極)や膜表面や細孔内への吸着などにより経時的にその透過性能は低下する。
【0039】
本発明の氷結晶化抑制タンパク質を高分子側に回収する場合、使用する膜の分画分子量が250未満では溶液中の夾雑成分の除去が不充分であり、また膜が目詰まりを起こしやすくなるため好ましくない。また、分画分子量が4,000を超えると、小サブユニットの分子量が約4kDaである当該氷結晶化抑制タンパク質の精製、回収が実質的に困難となる場合がある。
【0040】
本発明の氷結晶化抑制タンパク質は、必要に応じて、さらに精製を行ってもよい。例えば、デカンテーション、濾過、遠心分離等を好適に組み合わせて夾雑成分を除去してもよい。また例えば、塩析や有機溶媒による沈殿や、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換カラムクロマトグラフィー、ゲル濾過等による精製、透析や限外濾過などによる濃縮を好適に組み合わせて行ってもよい。
【0041】
さらに必要により、粉末状または顆粒状など任意の形態に固形化してもよい。固形化の方法は特に限定されないが、例えば、上記の抽出物を噴霧乾燥や凍結乾燥などの常法に従って粉末化する方法や、抽出物を賦形剤に吸着、担持させて粉末または顆粒状に固形化する方法などを挙げることができる。これらの操作は当業者に公知のものであり、用途に応じて適宜選択して用いることができる。
【0042】
本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質は、水が氷結晶化することで障害が生じる様々な分野において、この障害を抑制する目的で利用可能である。例えば、食品分野、機械分野、土木分野、化粧品分野、生体試料を用いる医療分野等で利用可能である。
【0043】
食品分野では、食品に含まれる水の氷結晶化を抑制することで、当該食品の味の劣化などを防ぐことができる。例えば、澱粉老化を防止したり、食品中の水が氷結晶化して、タンパク質や油脂成分などを物理的に圧迫し、その構造を変化させることによる味や品質などの劣化を、抑制したりすることができる。
【0044】
機械分野、土木分野では、機械の可動部、道路、地盤などの凍結防止剤として利用できる。
【0045】
化粧品分野では、化粧品の品質の劣化などを防ぐための添加剤として利用できる。例えば、油脂成分を含む化粧品を凍結させると、当該化粧品に含まれる水が氷結晶化して、当該油脂成分を物理的に圧迫してその構造を壊すことがあり、品質と使用感が劣化する。本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質を用いれば、水の氷結晶化を防ぐことで油脂成分の構造が保持されるため、品質の劣化などを抑制することができる。
【0046】
医療分野では、生体試料を凍結保存する際の保護剤として用いることができる。例えば、細胞、血液、臓器などの組織等の生体試料を従来公知の保存液に入れて凍結保存すると、保存液中の水分が凍結して氷結晶を生じ、当該氷結晶により生体試料が損傷することがある。しかし、本発明に係る抽出物を添加すれば、氷結晶の発生や成長を抑制することができるので、生体試料を氷結晶による損傷から保護することができる。
【0047】
本発明の氷結晶化抑制タンパク質の形態は、その用途に応じて様々であり、そのまま、溶液、濃縮液、懸濁液、凍結乾燥物、粉末、顆粒、錠剤などであってもよい。
【0048】
また、本発明に係る抗体は、上記氷結晶化抑制タンパク質および/または上記ポリペプチドと特異的に反応するものであり、植物における当該氷結晶化抑制タンパク質とポリペプチドの有無を試験したり、タンパク質混合物から当該氷結晶化抑制タンパク質とポリペプチドを特定したりするために用いることができる。
【0049】
本発明に係る抗体の調製は常法に従えばよい。例えば、上記氷結晶化抑制タンパク質やポリペプチドを用いてマウスやラット等を免疫し、その抗体産生細胞や脾細胞と骨髄腫細胞とを融合させてハイブリドーマを得る。このハイブリドーマをクローニングし、上記氷結晶化抑制タンパク質またはポリペプチドへ特異的に反応する抗体を産生しているクローンをスクリーニングする。このクローンを培養し、分泌されるモノクローナル抗体を精製すればよい。
【0050】
次に、本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質の活性測定法とタンパク質量の測定法について説明する。
【0051】
本発明の氷結晶化抑制タンパク質の氷結晶化抑制活性の測定方法は、植物の種類などに応じて適宜適したものを用いる。例えば、熱ヒステリシスの測定、氷結晶構造の観察、氷結晶化抑制活性の測定などの公知の方法にて行うことができ、何れかの方法で氷結晶化抑制活性の向上が認められる場合は、本発明範囲に含まれるものとする。氷結晶化抑制活性の測定は、例えば、ショ糖を30w/v%含む植物抽出物溶液を−40℃に冷却した後に−6℃まで温度を上げ、顕微鏡により観察した氷結晶の平均面積を測定することにより行うことができる。氷結晶化抑制活性が強いほどこの氷結晶の平均面積は小さくなることから、この数値を指標として、植物抽出物の氷結晶化抑制活性を定量的に評価することができる。対照に比べて、氷結晶化抑制タンパク質を添加したときに氷結晶の形成が少しでも抑制されれば、氷結晶化抑制活性を有すると判断する。
【0052】
本発明の抽出物のタンパク質量の測定方法は、特に限定されるものではないが、例えばLowry法やビシンコニン酸(BCA)法、Bradford法(Coomassie法)などの公知の方法にて行うことができる。標準タンパク質としては、特に限定されないが、例えばウシ血清アルブミン(BSA)を好適に用いることができる。
【実施例】
【0053】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された特許文献および非特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【0054】
製造例1 カイワレダイコンからの氷結晶化抑制タンパク質の抽出
市販カイワレ大根200gを50℃で2時間水抽出し、凍結乾燥にて乾燥粉末を得た。得られた抽出物220mgをTris−HCl(5mM,pH8.0)40mlに溶解し、粗抽出液とした。
【0055】
製造例2 熱処理
上記製造例1で得られた粗抽出液40mlを、恒温槽(EYELA社)により50℃で30分間熱処理した後、15分間遠心分離を行った(10,000×g)。遠心分離後の上清を回収した。
【0056】
製造例3 アセトン分画
上記製造例2で得られた遠心分離後の上清31mlへ、−30℃に冷やしたアセトンを少量ずつ滴下し、終濃度が40容量%となるまで加え続けた。15分間遠心分離を行い(10,000×g)、上清を回収した。この上清へ、さらに−30℃に冷やしたアセトンを滴下していき、終濃度が80容量%となるまで加え続けた。15分間遠心分離を行い(10,000×g)、沈殿物を回収した。得られた沈殿物を乾燥し、Tris−HCl(5mM,pH8.0)12mlに溶解した。
【0057】
製造例4 イオン交換カラムクロマトグラフィー
上記製造例3で得られた溶液をTris−HCl(5mM,pH8.0)で50mlにメスアップし、同緩衝液で平衡化したDEAEカラム(1.6×10cm,GEヘルスケア社製)にチャージした。同緩衝液を流速5ml/minの条件で流し、非吸着画分を溶出、回収した。
【0058】
製造例5 ゲル濾過カラムクロマトグラフィー
上記製造例4で得られたDEAE非吸着の活性画分52mlの溶媒を、Tris−HCl(5mM,pH8.0)2mlに置換した。この溶液をゲル濾過カラム(Superdex200,GEヘルスケア社製)にチャージし、流速1.3ml/minの条件で溶出した。その結果、25kDa付近にピークが見られるタンパク質が得られた。
【0059】
試験例1 タンパク質濃度、氷結晶化抑制活性および熱ヒステリシス活性の測定
製造例1〜5のそれぞれの溶液について、タンパク質濃度、氷結晶化抑制活性および熱ヒステリシス活性を測定した。
【0060】
(1)タンパク質濃度の測定
BCA法により行った。
【0061】
(2) 氷結晶化抑制活性の測定
製造例1〜5のそれぞれの溶液に、30w/v%の割合でショ糖を加えた。冷却調節機能が付いたステージを有する顕微鏡下で、当該溶液を−40℃に冷却した後に−6℃まで温度を上げ、−6℃を保った状態で30分間顕微鏡により観察した氷結晶の平均面積を測定した。対照として、30w/v%ショ糖溶液を同様に測定した。結果を表1に示す。なお、表中の値は対照の氷結晶面積を1.0とした時の相対面積を示しており、この氷結晶の平均面積が小さいほど、氷結晶化抑制活性が強いことを示している。
【0062】
(3) 熱ヒステリシス活性の測定
低温度制御が可能な位相差顕微鏡を使用し、ガラスシャーレを−20℃に保持し、その上に1μlの試料をおき、100℃/分の速度で−40℃まで温度を低下させて氷結晶を形成させた。形成させた氷結晶を、100℃/分の速度で−5℃まで加温し、そこから5℃/分の速度で氷結晶を溶解させ、単結晶にした。次に1℃/分の速度で温度を低下させ、単結晶にした氷結晶が成長し始める時間を測定し、下記式により熱ヒステリシスを算出した。
熱ヒステリシス(℃)=60−1(℃/秒)×測定時間(秒)
【0063】
【表1】

【0064】
表1より、製造例2の熱処理後に活性がやや落ちるものの、タンパク質濃度当たりの活性が徐々に上がっていき、氷結晶化抑制タンパク質が精製されているのは明らかである。熱ヒステリシスは、製造例1から製造例5いずれのサンプルでも確認できなかった。
【0065】
試験例2 分子量の決定
製造例5に記載の精製カイワレダイコン氷結晶化抑制タンパク質5μgを含む溶液10μlをサンプルバッファー(ATTO社製,EzApply)10μl(溶液比1:1)と混合し、99℃で3分間熱処理を行った。15%ポリアクリルアミドゲル(ATTO社製,e―PAGEL)にサンプルをアプライし、20mAで85分間SDS−PAGEを行った。電気泳動後のゲルを銀染色し、タンパク質のバンドを視覚化した。ゲルの染色結果から、約9kDaおよび約4kDaのタンパク質が確認された。また、製造例5のゲルろ過クロマトグラフィーで得られた活性画分は、分子量が約25kDaであった。なお、製造例5のクロマトグラフィーチャートは1本のピークとなっており、単一のタンパク質が得られたことが示されていた。従って、複合体を形成していることは明らかであり、当該不凍タンパク質が9kDa、4kDaの分子量を有するサブユニットを2:2で含むものと考えられた。
【0066】
試験例3 アミノ酸配列の決定
製造例5に記載の精製カイワレダイコン氷結晶化抑制タンパク質50μgを含む溶液10μlとサンプルバッファー(ATTO社製,EzApply)10μl(溶量比1:1)とを混合し、99℃で3分間熱処理を行った。15%ポリアクリルアミドゲル(ATTO社製,e―PAGEL)にサンプルをアプライし、20mAで85分間SDS−PAGEを行った。セミドライ法にてSDS−PAGE後のゲルをPVDF膜(ミリポア社製,イモビロンPSQ)に転写し、CBB染色を行った。染色されたスポットを切り出し、N末端アミノ酸配列をエドマン法により決定した(島津製作所製,プロテインシーケンサPPSQ−33A)。得られた配列は、以下のとおりである。
【0067】
配列番号1および2(約9kDa):Pro−Gln−Gly−Pro−Gln−Gln−Arg−Pro−Pro−Leu−Leu−Gln−Gln−Cys−Cys−Asn−Glu−Leu−Xa−Gln(XaはProまたはHis)
配列番号3および4(約4kDa):Pro−Ala−Gly−Pro−Phe−Arg−Ile−Pro−Arg−Xb−Arg−Lys−Glu−Phe−Gln−Gln−Ala−Xc−His−Leu−Arg−Ala−Cys−Gln−Gln(XbはCysまたはAsn、XcはGlnまたはGlu)
【0068】
PTHアミノ酸が検出されなかった配列番号1および2の14番目と15番目、配列番号3および4の23番目のアミノ酸はCysと推定した。この配列は、既知の種子貯蔵タンパク質であるナピンのラージサブユニットおよびスモールサブユニットと高い相同性を示すことから、カイワレダイコン由来氷結晶化抑制タンパク質が種子貯蔵タンパク質であることは明らかである。
【0069】
製造例6 ダイコン種子からの氷結晶化抑制タンパク質抽出
市販カイワレダイコン種子(トーホク社製)3gを細かく砕いて100ml容ビーカーに入れ、50mlの脱イオン水を添加した。55℃の湯浴中で2時間抽出処理を行い、濾過にて固形分を除いた。得られた濾液を試験例1の方法で活性測定を行った。なお、表中の値は、対照の氷結晶面積を1.0とした時の相対面積を示している。また、試験例2の方法でSDS−PAGEを行った。
【0070】
【表2】

【0071】
表2から、ダイコン種子抽出物は対照と比較して明らかに氷結晶の大きさが小さく、氷結晶化抑制活性を有していることが確認された。また、当該抽出物のSDS−PAGEで試験例2と同様の種子貯蔵タンパク質のバンドが確認された。
【0072】
試験例4 食肉への添加効果1
チルド鶏モモを2cm幅にカットし、1%食塩を含む製造例1のカイワレ大根抽出液(100mg/肉1kgとなるように希釈)を原料の20%質量添加し、タンブリングした。個別急速冷凍(IQF)法で冷凍した後、4℃で24時間静置し、解凍した。解凍後のドリップ量を確認した。対照は1%食塩のみを添加したものを用いた。結果を表3に示す。
【0073】
【表3】

【0074】
表3に示されたように、カイワレ大根抽出液を添加するとドリップ量が減少し、解凍後の品質が改善されていることは明らかである。
【0075】
また、解凍後の各モモ肉を調理し、5人の被験者に食してもらい、以下の五段階で食感を評価してもらった。
【0076】
評価基準
対照のモモ肉に比して、
1:硬い, 2:やや硬い, 3:差異無し, 4:やや軟らかい, 5:軟らかい
その結果、全員が“軟らかい”または“やや軟らかい”と評価した。この結果は、本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質により、氷結晶の成長が抑制され、細胞が保護された結果であると考えられる。
【0077】
試験例5 食肉への添加効果2
チルド豚肩ロースを1.5cm角にサイコロカットし、1%食塩を含む製造例1のカイワレ大根抽出液(1,000mgおよび100mg/肉1kgとなるように希釈)を原料の20%重量添加し、タンブリングした。個別急速冷凍(IQF)法で冷凍した後、4℃で24時間静置し、解凍した。解凍後のドリップ量を確認した。対照は1%食塩のみを添加したものを用いた。結果を表4に示す。
【0078】
【表4】

【0079】
表4に示されたように、ドリップ量に差は無かった。しかし、上記試験例4と同様に食感を評価したところ、全員が“軟らかい”または“やや軟らかい”と評価した。この結果は、本発明に係る氷結晶化抑制タンパク質により、氷結晶の成長が抑制され、細胞が保護された結果であると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の種子タンパク質であることを特徴とする氷結晶化抑制タンパク質。
【請求項2】
植物の種子貯蔵タンパク質である請求項1に記載の氷結晶化抑制タンパク質。
【請求項3】
下記(1)〜(5)の何れかのアミノ酸配列を有する請求項1に記載の氷結晶化抑制タンパク質。
(1) 配列番号1のアミノ酸配列
(2) 配列番号2のアミノ酸配列
(3) 配列番号3のアミノ酸配列
(4) 配列番号4のアミノ酸配列
(5) 上記(1)〜(4)のアミノ酸配列の1以上、5以下のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列であり、且つ氷結晶化抑制活性を有するアミノ酸配列
【請求項4】
植物が、アブラナ科、セリ科、ユリ科およびキク科に属する植物からなる群より選ばれる1以上の植物、または、これらの類縁品種もしくは改良品種である請求項1〜3のいずれか1項に記載の氷結晶化抑制タンパク質。
【請求項5】
アブラナ科に属する植物が、ハクサイ、ダイコン、ブロッコリー、チンゲンサイ、コマツナ、カブ、シロナ、野沢菜、広島菜、ミズナおよびマスタードからなる群より選ばれる1以上の植物、または、これらの類縁品種もしくは改良品種である請求項4に記載の氷結晶化抑制タンパク質。
【請求項6】
アブラナ科に属する植物が、ダイコン(Raphanus sativus)、または、これの類縁品種もしくは改良品種である請求項5に記載の氷結晶化抑制タンパク質。
【請求項7】
アブラナ科に属する植物がカイワレダイコンである請求項6に記載の氷結晶化抑制タンパク質。
【請求項8】
複数のサブユニットから構成されるものである請求項7に記載の氷結晶化抑制タンパク質。
【請求項9】
少なくとも1つのサブユニットの分子量が、SDS−PAGEで9000±100Daまたは4000±50Daである請求項8に記載の氷結晶化抑制タンパク質。
【請求項10】
pH8において、陰イオン交換カラムに吸着しないものである請求項7〜9のいずれか1項に記載の氷結晶化抑制タンパク質。
【請求項11】
陰イオン交換カラムがDEAEカラムである請求項10に記載の氷結晶化抑制タンパク質。
【請求項12】
アセトン分画において、アセトン濃度が40容量%以上、80容量%以下の濃度で沈殿する画分に含まれるものである請求項7〜11のいずれか1項に記載の氷結晶化抑制タンパク質。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の氷結晶化抑制タンパク質を解離して得られるものであり、且つ氷結晶化抑制活性を有することを特徴とするポリペプチド。
【請求項14】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の氷結晶化抑制タンパク質および/または請求項13に記載のポリペプチドと特異的に反応することを特徴とする抗体。
【請求項15】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の氷結晶化抑制タンパク質および/または請求項13に記載のポリペプチドを含む組成物。
【請求項16】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の氷結晶化抑制タンパク質および/または請求項13に記載のポリペプチドを含む食品。
【請求項17】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の氷結晶化抑制タンパク質および/または請求項13に記載のポリペプチドを含む生体試料保護剤。
【請求項18】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の氷結晶化抑制タンパク質および/または請求項13に記載のポリペプチドを含む化粧品。

【公開番号】特開2011−231088(P2011−231088A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−105846(P2010−105846)
【出願日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【出願人】(505453789)有限会社ビック・ワールド (3)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】