説明

油中水型乳化油脂組成物

【課題】 バター使用量が少なくても或いは全く用いなくてもベーカリー食品において自然なバター風味が得られる油中水型乳化油脂組成物を提供すること。
【解決手段】 油中水型乳化油脂組成物全体中、バター由来の油溶性成分を0.05〜0.3重量%、ホエー由来の水溶性成分を0.05〜0.3重量%含有することを特徴とする油中水型乳化油脂組成物を用いて、ベーカリー食品を作製すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベーカリー食品において、バターを使用しなくても、或いはその使用量が少なくても自然なバター風味が得られる油中水型乳化油脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
牛乳、脱脂粉乳、クリーム、バターなどの乳製品を含有する油中水型乳化油脂組成物は、保存安定性が良好で作業性が良く、ベーカリー食品等の風味付けも容易なことから、業務用マーガリン・ファットスプレッドとして、製菓製パン業界を代表とする加工食品業界ではバターの代わりに幅広く使用されている。ところが最近、乳製品価格が高騰し、かつ、品薄になっているため、バターや乳脂肪、その他乳製品を油中水型乳化油脂組成物に配合することが価格的にも困難になってきている。その一方で消費者は本物志向がより顕著となっており、バター由来の優れた風味を求める傾向がますます強まってきているのが現状である。
【0003】
そこで、バターや乳脂肪の使用量をできるだけ減らし、バター香料やバターオイルを酵素処理したものなど、バター由来の油溶性成分あるいはバター合成香料等を使用してバター風味のロスを補うのが一般的な方法である。この他、カプロン酸を主体としてカプリル酸、カプリン酸及びラウリン酸をエステル交換によって動植物油脂中に導入した合成油脂を調整し、これを水中油型エマルションとしてからリパーゼを作用させることによって優れたバター様風味をもつ油性物質を製造する方法が提案されている(特許文献1)。また、油中水型乳化油脂組成物の水相部分に着目した検討もなされており、例えば、発酵バターを使用し、水相のpHを乳酸、クエン酸等の有機酸にて3〜6に調整することにより良好なバター風味を付与する方法(特許文献2)が提案されている。しかし、いずれの場合もバターの香りが異質な感じとなるだけでなく風味のバランスも悪く、バター本来の自然な、優れた風味が得られない。さらに、上記の発酵バター(ラクティックバターともいう)あるいはバター(一般的なバターを指し、スイートバターに分類される)などを多く配合した場合、油中水型乳化油脂組成物の安定性を欠く傾向がある。例えば、スイートバターを36%(乳脂肪換算で30%)配合した油中水型乳化油脂組成物は乳化安定性が低下し、乳化条件、温度条件によっては水中油型乳化状態に転相してしまい、保存安定性が顕著に低下する場合がある。さらに、ベーカリー食品は工業的に焼成や蒸し、フライなどの強い加熱工程を伴うため、バターの香気成分が飛散、消失しやすく、バターの良好な風味をベーカリー食品に保持あるいは持続させることは非常に困難であり、いまだ改善されていない現状である。
【特許文献1】特公昭50−25544号公報
【特許文献2】特開平11−276069号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題はこのような現状に鑑み、バター使用量が少なくても或いは全く用いなくても、ベーカリー食品において自然なバター風味が得られる油中水型乳化油脂組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、バター由来の油溶性成分、特に、遊離の低級脂肪酸を豊富に含んだ油溶性成分とホエー由来の水溶性成分を併用することにより、バターや乳脂肪の使用量を削減あるいはゼロにしても良好なバター風味がベーカリー食品で得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
即ち、本発明の第一は、バター由来の油溶性成分を0.05〜0.3重量%、ホエー由来の水溶性成分を0.05〜0.3重量%含有することを特徴とする油中水型乳化油脂組成物に関する。好ましい実施態様は、バター由来の油溶性成分の酸価が10〜40であり、かつ、遊離脂肪酸のうち炭素数4〜10の低級脂肪酸が占める比率が10重量%以上である油中水型乳化油脂組成物に関する。より好ましくは、ホエー由来の水溶性成分が、ホエー限界濾過物に乳酸菌を添加して得られる発酵代謝成分を含む水溶液である油中水型乳化油脂組成物に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、バター使用量が少なくても或いは全く用いなくても、ベーカリー食品において自然なバター風味が得られる油中水型乳化油脂組成物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明につき、さらに詳細に説明する。本発明の油中水型乳化油脂組成物は、特定量のバター由来の油溶性成分と特定量のホエー由来の水溶性成分とを含有することを特徴としており、工業的に生産されるベーカリー食品の生地に対して、折り込み或いは練り込みしてから、その後、焼成、蒸し、フライなどの加熱工程を経ることで本発明の効果が得られる。ここで上記ベーカリー食品としては、具体的には食パン、デニッシュ、クロワッサン、ロールパン、クリームパン等に代表されるパン類、クッキー、サブレ、マドレーヌ、バターケーキ、パイ等に代表される菓子類、ケーキドーナツ、イーストドーナツに代表されるドーナツ類などが挙げられる。そして、これらベーカリー食品を製造する際に、付与あるいは持続したいバター風味の度合いに応じて、従来使用していたバター、マーガリン、ショートニング等の油脂類の一部あるいは全量を代替して使用することができる。
【0009】
本発明の油中水型乳化油脂組成物には、バターや乳脂肪を含んでいても良く、その含有量は乳化物の安定性の観点から、油中水型乳化油脂組成物全体中50重量%以下が好ましい、即ち0〜50重量%が好ましい。
【0010】
本発明の油中水型乳化油脂組成物には、バター、乳脂肪以外の油脂として、通常マーガリン、ショートニングに使用される油脂であればいかなる油脂でも使用可能であり、例えば、サフラワー油、綿実油、菜種油、大豆油、米糠油、落花生油、オリーブ油、椰子油、パーム油、パーム核油、カカオ脂、シア脂等の植物油脂、魚油、牛脂、豚脂、卵黄油等の動物油脂が挙げられ、また、これらの油脂をエステル交換したものや、硬化、分別したもの等、通常食用に供されるすべての油脂類を含めた群より選ばれる少なくとも1種用いることができる。
【0011】
また、通常油中水型乳化油脂組成物を製造するために添加される乳化剤を使用しても何ら問題ない。その他、必要に応じて乳製品、食塩、香料、着色料、酸化防止剤、増粘多糖類、デキストリン、糖類等を添加することができる。
【0012】
本発明に用いるバター由来の油溶性成分としては、バターの精油(エッセンシャルオイル)、バターオイル、バターオイルをリパーゼ等の酵素で処理し分解したもの、バターをメイラード反応させ、蒸留等の操作により油溶性画分を回収したもの(バターを原料として製造された天然香料)、及びこれらの混合物、あるいはMCT、パーム油等の食用油脂、グリセリン、プロピレングリコール等で希釈したものなどが挙げられ、それらの群より選ばれる少なくとも1種を用い得る。これらバター由来の油溶性成分の使用量は、油中水型乳化油脂組成物全体中0.05〜0.3重量%が好ましく、より好ましくは0.08〜0.2重量%である。使用量が0.05重量%未満だとベーカリー食品においてバター風味の発現がしにくく、バター風味が弱い場合がある。一方、使用量が0.3重量%を超えるとバター本来の風味とは異なる傾向になり、えぐ味が出たりするためベーカリー食品に違和感が生じる場合がある。
【0013】
前記バター由来の油溶性成分の酸価としては10〜40が好ましく、より好ましくは15〜30である。酸価が10未満だとベーカリー食品においてバター風味が弱い場合があり、一方、酸価が40を超えるとバター本来の風味とは異なる傾向になり、ベーカリー食品に違和感が生じる場合がある。
【0014】
また、バター風味を向上するための油溶性成分として遊離脂肪酸が挙げられる。中でも炭素数4〜10の低級脂肪酸を多く含むことが好ましく、遊離脂肪酸全体中、10重量%以上がより好ましい。
【0015】
本発明に用いるホエー由来の水溶性成分としては、ホエー濃縮物(WPC)、ホエーの限外濾過物、ホエー限外濾過物に乳酸菌を添加して得られる発酵代謝物、ホエー限外濾過物の乳酸菌発酵代謝物を再度限外濾過したもの、及びこの限外濾過物をさらに濃縮したもの、あるいは蒸留したものなどが挙げられ、それらの群より選ばれる少なくとも1種を用い得る。上記の中では、自然なバターの味を出す観点からは、ホエーの限外濾過物に乳酸菌を添加して得られる発酵代謝成分を含むホエー限外濾過物に乳酸菌を添加して得られる発酵代謝物、ホエー限外濾過物の乳酸菌発酵代謝物を再度限外濾過したもの、及びこの限外濾過物をさらに濃縮したもの、あるいは蒸留したものが好ましい。これらホエー由来の水溶性成分の使用量は、油中水型乳化油脂組成物全体中0.05〜0.3重量%が好ましく、より好ましくは、0.1〜0.2重量%である。使用量が0.05重量%未満だと、油溶性成分との相乗効果があまり期待できないためベーカリー食品においてバター風味の発現がしにくく、バター風味が弱い場合がある。一方、使用量が0.3重量%を超えるとバター本来の風味とは異なる傾向になり、えぐ味や酸味が出たりするため、ベーカリー食品に違和感が生じる場合がある。
【0016】
本発明の油中水型乳化油脂組成物の製造方法は、通常マーガリンを製造する手法を用いることができる。即ち、油脂(調合油)にバター由来の油溶性成分、乳化剤等を加えて加熱、溶解し、油相を得る。水にホエー由来の水溶性成分、食塩、乳製品等を加えて加熱、溶解、殺菌し、水相を得る。油相に水相を徐々に添加し、油中水型に乳化した後、ボテーター、コンビネーター、オンレーター等の掻き取り式チューブラー冷却機にて急冷し、ピンマシンで捏和可塑化して本発明の油中水型乳化油脂組成物を得る。
【0017】
本発明の油中水型乳化油脂組成物は、前記のようにベーカリー食品に用いられるが、その使用量は、各種ベーカリー食品にそれぞれ用いられるバター、マーガリン、ショートニング等の油脂類の通常使用量と同等でよく、種類別に以下に例示する。食パン、デニッシュ、クロワッサン、ロールパン、クリームパン等のパン類の場合は、ベーカリー食品中の穀粉100重量部に対して、3〜50重量部が好ましい。3重量部より少ないと自然なバター風味が感じられない場合があり、50重量部を越えると本発明の効果が薄れてしまう。同様の理由で、スポンジケーキの場合は、ベーカリー食品中の穀粉100重量部に対して、10〜40重量部が好ましい。パウンドケーキ等のバターケ−キ類の場合は、ベーカリー食品中の穀粉100重量部に対して、80〜120重量部が好ましい。ケーキドーナツ、イーストドーナツ等のドーナツ類の場合は、ベーカリー食品中の穀粉100重量部に対して、10〜30重量部が好ましい。クッキー等の焼き菓子類の場合は、ベーカリー食品中の穀粉100重量部に対して、30〜80重量部が好ましい。
【実施例】
【0018】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、実施例において「部」や「%」は重量基準である。
【0019】
<乳化安定性評価>
実施例及び比較例において、油中水型乳化油脂組成物を製造する際、捏和前の乳化液の抵抗値(MΩで示す)をテスターで測定し、乳化安定性の指標とした。即ち、抵抗値が大きいほど油中水型乳化状態が満足に得られていることを示しており、乳化安定性が高いといえる。
【0020】
<風味評価>
実施例及び比較例で得られたクロワッサン、クッキーを熟練した10名のパネラーに食べてもらい、風味評価(4点満点)を行った。その際の評価基準は以下の通りであり、10名のパネラーの平均値を算出し、その値を評価点とした。4点:バター風味が十分に残っており非常に美味しい、3点:バター風味が残っており美味しい、2点:バター風味がなんとなく感じられるが、全体的に弱く物足らない、1点:バター風味が殆ど感じられず、粉っぽい風味で美味しくない。
【0021】
(実施例1〜4、比較例1〜4) 油中水型乳化油脂組成物の作製
表1に示した配合により、油中水型乳化油脂組成物を製造した。即ち、まず、調合油にバター由来の油溶性成分、乳化剤等を加え、70℃で加熱溶解して油相とした。次に、水にホエー由来の水溶性成分、バター等を加え、80℃で加熱溶解して水相とした。そして、油相に水相を徐々に添加して油中水型に乳化した後、ボテーター、ピンマシンにて常法通り急冷、捏和可塑化して油中水型乳化油脂組成物を得た。なお、急冷、捏和可塑化する直前の乳化液について、テスターにて抵抗値を測定した結果を表1に示した。
【0022】
【表1】

【0023】
(実施例5、6、比較例5、6) クロワッサンの作製
強力粉:80部、薄力粉:20部、上白糖:10部、食塩:1.6部、イースト:4部、イーストフード:0.1部、ショートニング:10部、脱脂粉乳:2部、全卵:5部、水:54部、の生地配合にてミキシングして生地を作製し、冷蔵庫で一旦生地を休ませた。この生地100部に対し、実施例1〜2又は比較例1〜2で得られた油中水型乳化油脂組成物30部を折り込み、折り込んだ生地を冷蔵庫で休ませながら3つ折りを3回行い、シーターで2mm厚さに延ばして成型し、35℃ホイロで発酵後、200℃で12分間焼成し、クロワッサンを得た。得られたクロワッサンは、60分放置して荒熱を取った後、ポリ袋に入れて密封して25℃にて2日間保存した後、風味評価を行った。評価結果を表2に示した。
【0024】
【表2】

【0025】
(実施例7〜8、比較例7〜10) クッキーの作製
薄力粉100部、上白糖30部、食塩0.3部、脱脂粉乳3部、ベーキングパウダー2部、ショートニング30部、水10部、実施例3〜4又は比較例3〜4で得られた油中水型乳化油脂組成物30部使用(実施例7〜8、比較例7〜8)、或いは油中水型乳化油脂組成物の代わりにバター30部を使用(比較例9)、ショートニング30部及び油中水型乳化油脂組成物30部の代わりにバター60部を使用(比較例10)の生地配合にてミキシングして生地を作製し、棒状に成型後、冷蔵庫で一旦生地を休ませた。この生地を6mm厚に輪切りし、鉄板に並べて、170℃で15分間焼成し、クッキーを得た。得られたクッキーは、60分放置して荒熱を取った後、ポリ袋に入れて密封し、25℃にて3週間保存した後、風味評価を行った。評価結果を表3に示した。
【0026】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
油中水型乳化油脂組成物全体中、バター由来の油溶性成分を0.05〜0.3重量%、ホエー由来の水溶性成分を0.05〜0.3重量%含有することを特徴とする油中水型乳化油脂組成物。
【請求項2】
バター由来の油溶性成分の酸価が10〜40であり、且つ遊離脂肪酸全体中、炭素数4〜10の低級脂肪酸の含有量が10重量%以上である請求項1に記載の油中水型乳化油脂組成物。
【請求項3】
ホエー由来の水溶性成分が、ホエー限外濾過物に乳酸菌を添加して得られる発酵代謝成分を含む水溶液である請求項1又は2に記載の油中水型乳化油脂組成物。
【請求項4】
請求項1〜3に記載の油中水型乳化油脂組成物を含有するベーカリー食品。

【公開番号】特開2010−4807(P2010−4807A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−168122(P2008−168122)
【出願日】平成20年6月27日(2008.6.27)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】