説明

油汚染土壌に含まれる不揮発性油分量の測定方法

【課題】
本発明の目的は、土壌の油汚染状態の把握、土壌の改質や浄化程度の評価を目的として土壌中の不揮発性油分量を測定するための、簡便かつ精度的に優れた方法を提供することにある。
【解決手段】
油汚染土壌より抽出した不揮発性油分をn−ヘキサン、トルエン、ジクロロメタン/メタノールを展開溶媒に用いた薄層シリカゲルクロマトグラフィーによって多段展開し、飽和分、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分に分画した後、飽和分をC14〜C40の脂肪族アルカンを標準物質として、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分をC10〜C20の多環芳香族炭化水素を標準物質として用い、水素炎イオン化検出器で定量することにより、土壌中の不揮発性油分を簡便かつ精度よく定量することが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油で汚染された土壌中に含まれる不揮発性油分量の簡便な測定方法に関する。さらに詳しくは、油汚染された土壌より抽出された不揮発性油分を薄層クロマトグラフィーと水素炎イオン化検出器を用い、飽和分、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分に分画し、飽和分をC14〜C40の脂肪族アルカンを標準物質として、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分をC10〜C20の多環芳香族炭化水素を標準物質として用いることにより分別定量することを特徴とする、土壌中の不揮発性油分の測定方法に関する。土壌中の不揮発性油分の測定方法は、油汚染された土壌中の汚染状態の把握、土壌の改質度または浄化度の評価方法として大変有用である。
【背景技術】
【0002】
現在、油による土壌汚染は主要な環境破壊要因の一つとして位置づけられている。よって、油分の除去や分解による土壌の浄化および改良は、公衆衛生、環境保全に関わる重要な技術的対策課題となっている。このような情勢を受け、土地汚染状況の把握および人への健康被害の防止を定めた土壌汚染対策法が制定され平成15年に施行されている。しかしながら、土壌汚染状況の把握のための油分定量方法が未規定であるため、統一的な尺度で、油分の除去や分解による土壌の浄化および改良程度を評価することができないという課題を残している。
【0003】
一方、平成18年に示された「油汚染対策ガイドライン」(例えば、非特許文献1参照)では、U.S.EPA Methodを参考にしたGC−FIDによるTPH試験法(例えば、非特許文献2参照)が示されている。しかしながら、GCによる分析方法では、揮発性成分からなる油分については測定可能であるが、不揮発性成分を多く含む油分、例えばC重油や潤滑油、空気との接触により酸化、重合による高分子化が進んで不揮発性となった油分を対象とする場合には、キャリアガスによるカラム分離そのものができないため、GCによる分析は不可能である。
【0004】
GC−FIDによるTPH試験法以外にも土壌中の油分定量法は報告されている。土壌中の油分をクロロホルムに抽出し、比色分析により油分を定量する方法(例えば、特許文献1参照)は、GC−FIDでは測定が不可能な不揮発性油分も含めて測定が可能である。しかし、比色分析では、油分の種類により定量感度が異なるため、正確な油分の定量には向いていない。また、土壌から抽出した油分を、赤外線吸収分光光度計を用いて、有機化合物のC−H結合伸縮振動吸収帯である2800〜3050cm−1の吸光度を測定し定量する方法もある。しかし、分光的な検出では、比色分析同様に油分の種類により定量感度が異なることから、正確な油分の定量は困難である。
【0005】
従って、不揮発性の油分を対象とし、かつ、油分の種類によらず感度が変化しない簡便な分析方法が求められてきた。そこで、薄層クロマトグラフィーと水素炎検出器を備えたTLC−FIDによる分析方法(例えば、特許文献2参照)が報告されている。シリカゲルを固定相に用いた薄層クロマトグラフィー操作では、展開溶媒による移動距離の差を利用して、化学的構造の類似する4種の成分に分類した不揮発性の油分の分析が可能である。すなわち、n−ヘキサン、トルエン、ジクロロメタン/メタノール混合溶媒で溶出される成分をそれぞれ飽和分、芳香族分、またはレジン分として、n−ヘキサン、トルエン、またはジクロロメタン/メタノール混合溶媒のいずれにも溶出されない成分をアスファルテン分として分類する。また、水素炎検出器は、有機化合物の炭素数に対して線形な応答を示すため、油分の種類に感度はほとんど影響されず、油分炭素量としての定量が可能である。従って、不揮発性の油分の定量法としてTLC−FIDは優れている。しかしながら、従来のTLC−FIDを用いた測定方法では、飽和分、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分の定量的な尺度となる標準物質、または標準物質の組合せが見出されておらず、従って、土壌中の油分量を簡便かつ定量的に測定することが出来ないという問題点があった。
【0006】
【特許文献1】特開平8−62205号公報
【特許文献2】特開2005−164402号公報
【非特許文献1】中央環境審議会土壌農薬部会、土壌汚染技術基準等専門委員会、油汚染対策ガイドライン −鉱油類を含む土壌に起因する油臭・油膜問題への土地所有者等による対応の考え方−、平成18年3月
【非特許文献2】米国環境保護局“Separatory funnel liquid-liquid extraction” U.S.Environmental Protection Agency Method3510C,December,1996,3
【非特許文献3】米国環境保護局“Continuous liquid-liquid extraction” U.S.Environmental Protection Agency Method3520C,December,1996,3
【非特許文献4】米国環境保護局“Soxhlet extraction” U.S.Environmental Protection Agency Method 3540C, December, 1996,3
【非特許文献5】米国環境保護局“Nonhalogenated organics using GC/FID” U.S.Environmental Protection Agency Method8015, June,2003,4
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、土壌の油汚染状態の把握、土壌の改質や浄化程度の評価を目的として土壌中の不揮発性油分量を測定するための、簡便かつ定量性に優れた方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
土壌中の不揮発性油分量の測定に着目すると、揮発性有機化合物の分析が可能なガスクロマトグラフィー法ではなく、高速液体クロマトグラフィーや薄層クロマトグラフィーのような揮発性を有さずとも化合物分離が可能な分析方法が適している。特に、簡便な分析として薄層シリカゲルクロマトグラフィーは不揮発性化合物の分析方法として優れている。また、有機化合物の種類に関係なく炭素数に対して線形に近い応答を示す水素炎検出器は、油分定量のための検出法として優れている。したがって、薄層シリカゲルクロマトグラフィーと水素炎イオン化検出器を組み合わせた分析装置であるTLC−FIDに着目し、定量分析の方法について鋭意検討した。
【0009】
特に、定量性と分析再現性に優れかつ簡易な測定系を構築するためには、油分を構成する成分として標準的な構造および性状を有し、展開時の挙動が被検物質に対して好ましい展開挙動を示し、安全性、経済性、入手の容易さの面でも適合する物質を標準物質として用いる必要がある。そこで、実際の油分として各種物質を用いて検討し、薄層シリカゲルクロマトグラフィーにより飽和分、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分に分画した際に、飽和分をC14〜C40の脂肪族アルカンを標準物質として、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分をC10〜C20の多環芳香族炭化水素を標準物質として用いることによって、不揮発性油分を分別的に、簡易かつ高い精度で定量できることを見出し、本発明に到達した。
【0010】
即ち、本発明は、油汚染された土壌より抽出された不揮発性油分を薄層シリカゲルクロマトグラフィーと水素炎イオン化検出器により飽和分、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分に分画し、飽和分をC14〜C40の脂肪族アルカンを標準物質として、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分をC10〜C20の多環芳香族炭化水素を標準物質として用いて定量する、以下の1〜4に示す測定方法に関する。
1.油汚染土壌に含まれる不揮発性油分量を薄層シリカゲルクロマトグラフィーと水素炎イオン化検出器を用いて測定するに際して、油汚染土壌より抽出した不揮発性油分を薄層シリカゲルのスタートライン上に添着した後、展開溶媒としてn−ヘキサン、トルエン、ジクロロメタン/メタノール混合溶媒の3種類の溶媒を用いて順番に展開することにより、(1)n−ヘキサンで展開される画分(飽和分)、(2)n−ヘキサンでは展開されず、トルエンで展開される画分(芳香族分)、(3)n−ヘキサン、トルエンの何れでも展開されず、ジクロロメタン/メタノール混合溶媒で展開される画分(レジン分)、または(4)前記の何れの溶媒でも展開されない画分(アスファルテン分)のスポットに互いに分離させ、(1)の飽和分についてはC14〜C40の脂肪族アルカンを標準物質に用いて、(2)の芳香族分、(3)のレジン分、または(4)のアスファルテン分についてはC10〜C20の多環芳香族炭化水素を標準物質に用いて分別定量することを特徴とする、油汚染土壌に含まれる不揮発性油分量の測定方法。
2.飽和分の標準物質に用いるC14〜C40の脂肪族アルカンがエイコサンである、1に記載の油汚染土壌に含まれる不揮発性油分量の測定方法。
3.芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分の標準物質に用いるC10〜C20の多環芳香族炭化水素がアントラセンである、1に記載の油汚染土壌に含まれる不揮発性油分量の測定方法。
4.ジクロロメタン/メタノール混合溶媒のジクロロメタンに対するメタノールの混合比が0.005〜0.2倍容である、1に記載の汚染土壌に含まれる不揮発性油分量の測定方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の不揮発性油分量の測定方法は、油に汚染された土壌より抽出された油分を薄層シリカゲルクロマトグラフィーと水素炎イオン化検出器により飽和分、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分に分画し、飽和分をC14〜C40の脂肪族アルカンを標準物質として、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分をC10〜C20の多環芳香族炭化水素を標準物質に用いて定量するものである。これによって、土壌中の不揮発性油分の量を飽和分、芳香族分、レジン分、アスファルテン分の各成分に分けて測定できるようになった。従って、本発明の方法を用いることによって、油に汚染された土壌の汚染状態の把握、土壌の改質度または浄化度の評価、例えば、バイオレメディエーションによる土壌中油分の分解過程の追跡が可能となった。また、土壌中の不揮発性油分の量を、簡便に、かつ高再現性、高精度に実施することを可能とした。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の対象となる油汚染土壌は、通常の腐植質、粘土質、砂質、礫質等からなる土壌に、原油または原油から得られる製油分やその副産物等が混入したものである。これらの油汚染土壌から、二硫化炭素、ジクロロメタン、ジクロロエタン、四塩化炭素、ヘキサン、フロン系溶媒等の油分を高濃度に溶解する有機溶媒またはその混合溶媒を抽出溶媒に用いて、ソクスレー、振盪、または超音波等の公知の方法により抽出することによって油分抽出液を取得する。なお、油分抽出時、土壌中に含まれる水の影響によって油分の抽出率が低下することがあるため、適宜、硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム等の脱水剤を試料土壌に添加しておくことが望ましい。また、油分抽出液については、そのままの形で薄層シリカゲルクロマトグラフィーの測定用試料溶液として用いることも可能であるが、定量精度を向上させるためからも、濃縮液中に含まれる不揮発性油分の総量が、濃度として0.01〜5重量%となるように濃縮しておくことが望ましい。
【0013】
このようにして土壌より抽出した不揮発性油分を定量する分析装置としては、薄層シリカゲルクロマトグラフィーと水素炎イオン化検出器からなるTLC−FIDであればよく、例えば、三菱ヤトロンのイアトロスキャンが挙げられる。
【0014】
土壌より抽出された不揮発性油分は、薄層シリカゲルクロマトグラフィーを用いて有機溶媒による多段展開を実施することにより、飽和分、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分に分画する。油分分画のための多段展開は、例えば、シリカゲルを焼結させたロッドに不揮発性油分を含む抽出液を添着し、まずn−ヘキサンを展開溶媒に用いて飽和分を展開させ、次にトルエンを展開溶媒として芳香族分を展開させ、最後にジクロロメタン/メタノール混合溶媒を展開溶媒に用いて、レジン分とスタートラインに残って移動しないアスファルテン分とに分ける方法が挙げられる。なお、展開する際には、使用した展開溶媒が次の展開溶媒に混ざり展開に影響が生じることがないように、使用した展開溶媒をその都度よく揮散させ除いて置くことが重要ある。また、各分画成分のスポットが互いに重なることがないように、スタートラインから各成分スポットの中心までの移動距離を適宜調整することが重要である。
【0015】
また、最後の展開に用いる混合溶媒のジクロロメタン/メタノールは、特にレジン分とアスファルテン分の分離がよく行われるように、ジクロロメタンに対するメタノールの混合比を0.005〜0.2倍容にすることが好ましく、更には、ジクロロメタンに対するメタノールの混合比が0.01〜0.1倍容であることがより好ましい。ジクロロメタンに対するメタノールの混合比が0.005倍容に満たない場合には、展開溶媒の極性が低すぎるためシリカゲルに吸着したレジン分の展開が困難になる。つまり、この場合、レジン分のスポットがテーリングを起こし、アスファルテン分のスポットと重なり分離は悪化する。一方、ジクロロメタンに対するメタノールの混合比が0.2倍容を超える場合には、展開溶媒の極性が高すぎるためレジン分、およびアスファルテン分の展開溶媒への溶解度が低下し、レジン分は展開されず、レジン分とアスファルテン分の分画が不可能になる。従って、ジクロロメタンに対するメタノールの混合比が0.2倍容を超えても、0.0005倍容を下回っても、アスファルテン分とレジン分の分離が不良となる。ゆえに、十分に溶出されないレジン分は低く定量され、アスファルテン分はレジン分の残留により定量値が高く見積もられてしまうことになる。
【0016】
薄層シリカゲルクロマトグラフィーにて飽和分、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分に分けた後、各不揮発性油分の量を水素炎イオン化検出器で測定するが、
飽和分の測定には、薄層シリカゲルクロマトグラフィーを実施した際に飽和分と同様の展開挙動を示すC14〜C40の脂肪族アルカンを標準物質として用いる。
標準物質としては、例えば、高純度な標品が入手しやすいC20の脂肪族直鎖アルカンであるエイコサンが望ましい。エイコサンは、展開溶媒であるn−ヘキサンへの溶解性が高く、揮発性がないことからも、不揮発性油分の定量における飽和分の標準物質として望ましい。C14に満たない脂肪族アルカンの場合は、揮発性を有するため、展開または検出操作中に消失し定量値に再現性が得られないので標準物質として不適である。一方、C40を超える炭素数の脂肪族アルカンは、原油、重油、ナフサおよび軽油等にはほとんど含まれていない成分であり、有機溶媒への溶解性も低く、薄層展開時の移動速度が遅く被験物質と動きが大きく異なるので、標準物質として使用するには現実的では無い。このように、エイコサンは、油分中に含まれる飽和分と同様な展開挙動と水素炎検出器への応答感度を示すという、標準物質に相応しい物性を有することが判明した。
【0017】
芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分の定量には、薄層シリカゲルクロマトグラフィーにおける展開溶媒である、n−ヘキサン、トルエン、ジクロロメタン/メタノール混合溶媒に対して同様挙動を示し、水素炎イオン化検出器に対する応答性も類似した性質を示すものが標準物質として相応しく、その意味で、C10〜C20の多環芳香族炭化水素、特に、高純度な標準物質として入手が容易なアントラセンが好適である。なお、C10に満たない芳香族炭化水素は揮発性を有するため、試料添着時や薄層展開時の影響を受けるので定量性に再現性がない。また、薄層展開時の挙動も被験物質と大きく異なるために、飽和分へ溶出分配してしまうこともあり標準物質に適さない。一方、C20を超える炭素数の芳香族炭化水素は、有機溶媒への溶解性が低く、標準物質としての使用には適さない。
【0018】
検量線の作成は、飽和分についてはC14〜C40の脂肪族アルカンを標準物質に用いて、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分については、C10〜C20の多環芳香族炭化水素を標準物質に用いて行う。標準物質の測定も、土壌より抽出された不揮発性油分の測定と同様に、薄層シリカゲルクロマトグラフィーを用いた有機溶媒による多段展開と、水素炎イオン化検出器によって行う。即ち、例えば、標準物質の段階希釈溶媒溶液を調製し、各薄層シリカゲルクロマトグラフィーの原点に添着する。風乾、乾燥機等により溶媒をよく除去した後、薄層シリカゲルクロマトグラフィーの溶媒展開を実施する。薄層クロマトグラフィーの展開時に展開溶媒の蒸気で飽和された状態にするために、蓋をすることが可能な展開槽内に展開溶媒を仕込んでおくと再現性良く薄層クロマトグラフィーの展開を実施することができる。また、溶媒展開操作を15〜40℃の範囲内で一定の温度を保ちながら実施することが、再現性を良好にするうえからも望ましい。
【0019】
例えば、飽和分の標準物質としてエイコサンを用いて検量線を作成する場合には、不揮発性油分中の飽和分と同じRf値の範囲にスポットのピークを展開移動させることが好ましく、例えばn−ヘキサンで展開したスポットのRf値が0.7〜0.8の範囲になるように展開することが望ましい。また、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分の標準物質としてアントラセンの検量線を作成する際には、n−ヘキサンで展開した場合の溶媒先端までの距離を基準としたRf値が0.4〜0.5の範囲になるようにトルエンで展開することが望ましい。両溶媒展開後、展開溶媒を風乾、乾燥機等により除去した後に水素炎検出器にて測定を実施し、検量線を作成する。検量線は、土壌から抽出された不揮発性油分を測定する毎に作成することが望ましいが、一定量の標準物質についてTLC−FID測定を実施して、検量線の補正係数を求めてから定量を実施しても良い。なお、ジクロロメタン/メタノール混合溶媒での展開は土壌由来の油分サンプルを対象とする場合と異なり、原点物質がないので敢えて行う必要はない。
【0020】
次に、土壌より抽出した不揮発性油分の定量操作を示す。不揮発性油分を薄層シリカゲルクロマトグラフィーの原点に添着した後、風乾、乾燥機等により溶媒を除去し、薄層シリカゲルクロマトグラフィーの溶媒展開を実施する。上記したように薄層シリカゲルクロマトグラフィーの展開時に展開溶媒の蒸気で飽和された状態にするために、蓋をすることが可能な展開槽内に展開溶媒を仕込んでおくと、再現性良く薄層クロマトグラフィーの展開を実施することができる。また、溶媒展開操作を15〜40℃の範囲内で一定の温度を保ちながら実施することが、再現性を良好にするためからも望ましい。
【0021】
不揮発性油分を飽和分、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分として高精度な定量を可能とするとともに良好に分画を行うためには、飽和分の分画ピークが、飽和分の標準物質とRf値が同等であることが望ましく、さらに芳香族分の分画ピークが芳香族分の標準物質と飽和分の展開溶媒で展開した場合の溶媒先端までの距離を基準としたRf値が同等であることが望ましい。例えば、飽和分はn−ヘキサンを用いて薄層クロマトグラフィー上において試料を添着した原点から、反対(トップ)の先端の直前まで展開した後、n−ヘキサンを十分に揮発除去させる。次いで、芳香族分は、試料を添着した原点からn−ヘキサンを展開させた溶媒フロントの5〜6割の展開長さでトルエンを用いて展開を行う。また、展開後は、トルエンを十分に揮発除去させる。最後に、ジクロロメタン/メタノール混合溶媒により試料を添着した原点からトルエンを展開させた溶媒フロントの4〜5割の展開長さで展開を行う。展開後、ジクロロメタン/メタノール混合溶媒を十分に揮発除去させた後、水素炎イオン化検出器にて測定を実施する。
【0022】
なお、トルエンによる展開時に、試料を添着した原点からn−ヘキサンを展開させた溶媒フロントの6割の展開長さを超える場合には、芳香族分のピークが飽和分のピークに重なってしまうため、ピーク分離が不十分となり正確な定量ができない。一方、n−ヘキサンを展開させた溶媒フロントの5割の展開長さに満たない場合には、芳香族分とジクロロメタン/メタノール混合溶媒により展開されるレジン分との分離が困難になる。同様に、ジクロロメタン/メタノール混合溶媒により展開を行う際に、試料を添着した原点からトルエンを展開させた溶媒フロントの5割を越える場合には、芳香族分とレジン分のピーク分離が不良になるため正確な定量ができない。また、ジクロロメタン/メタノール混合溶媒による展開が試料を添着した原点からトルエンを展開させた溶媒フロントの4割に満たない場合には、レジン分とアスファルテンの分離が困難となるので注意を要する。
【0023】
展開溶媒を十分に揮発除去した後、各スポット上の不揮発性油分量を水素炎イオン化検出器で測定する。得られる応答データは、チャートレコーダーやインテグレータ、クロマトグラム解析プログラムを備えたPCで記録することができる。例えば、チャートレコーダーとしては、相馬光学製チャートレコーダーMDLシリーズ等が挙げられる。チャートレコーダーを使用して解析を行う場合には、チャート上のピークを切り抜いて重量を測定する切り抜き重量法や、ピーク形状を三角形として近似し、その面積を求める半値幅法等を用いて行えばよい。インテグレータとしては、日立製作所製D−2500クロマト−インテグレータ、島津製作所製クロマトパックC−R6Aまたはシステムインスツルメンツ製クロマトコーダ21等が挙げられる。さらに、クロマトグラム解析プログラムとしては、日立製作所製EZChrom、島津製作所製LCsolution、日本分光製Borwinまたはシステムインスツルメンツ製Sic480IIデータステーション等が挙げられる。インテグレータ、クロマトグラム解析用プログラムを使用してピーク面積を求める場合には、各分画ピークを良好に積分するために適宜積分処理のパラメータを設定すると良いが、ピーク積分値の再現性を良好にかつ実際の積分値を低く見積もらないためにも、全ピークの前後のベースライン部を結んだ直線をベースラインとして、ピーク間を垂直分割処理することによりピーク面積値を求める方法が好ましい。以上のように、標準物質の検量線を用いることにより、標準物質換算濃度として油分の定量ができる。
【0024】
このように、本発明の方法を用いることによって、油分抽出液中の各成分を定量的に測定することができるようになったので、例えば、エイコサンやアントラセンを土壌サンプルに添加して回収試験を行い、油分抽出率の影響を補正し、より正確な油汚染土壌中の油分量を求めることも可能となる。
【実施例】
【0025】
実施例および比較例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例にのみ限定されるものではない。
実施例1
1)油汚染土壌からのソックスレー抽出による油分抽出
本発明で使用した油汚染土壌は、市販のモルタル用川砂(帆苅ブロック工業株式会社製)、園芸用赤玉土(有限会社タカムラ製)、園芸用黒土(有限会社タカムラ製)、園芸用鹿沼土(有限会社タカムラ製)のそれぞれ100gへ、C重油(自社品)を1gずつ添加して汚染させた土壌を用いた。このようにして調製した汚染土壌を10gずつ分取し、硫酸ナトリウム30gを添加し、ソックスレー抽出用の円筒濾紙(ADVANTEC No.84)へ仕込んだ。次いで、ソックスレー抽出装置に200gのジクロロメタン(和光純薬特級)を仕込み、アルゴン雰囲気にてソックスレー連続抽出を2時間実施した。ソックスレー連続抽出によりモルタル用川砂、赤玉土、黒土、鹿沼土のそれぞれからは、166.7g、163.9g、156.0g、161.3gの油分抽出液を取得した。取得した抽出液はエバポレートにより濃縮を実施し、それぞれモルタル用川砂から11.0g、赤玉土から7.2g、黒土から7.0g、鹿沼土から5.9gの油分抽出濃縮液を得た。
2)エイコサンとアントラセンを標準物質とした検量線作成
エイコサンおよびアントラセンについて0.05〜1重量%のジクロロメタン溶液を検量線作成試料として調製した。調製した検量線作成用試料をシリカゲル焼結クロマトロッドに2μL添着し、室温下にて15分間風乾後、下記表1の展開溶媒を用いて試料のクロマトグラフィー展開および測定を行った。溶媒の展開は3段階で行い、各段の展開操作を実施した後に、添加溶媒を乾燥除去し、次段の展開を実施した。また、各展開操作時の展開長さは、試料添着を施した原点から、展開溶媒を到達させた距離を示す。展開操作を行った後に、三菱ヤトロン社イアトロスキャンによる測定を実施した。測定データは、システムインスツルメンツ社Sic480IIデータステーションを用いてピーク積分解析を施した。エイコサンおよびアントラセンについて、検量線を作成した。検量線を図1に示す。
【表1】

3)油汚染土壌から抽出された油分のTLC−FIDによる定量
油汚染土壌からのソックスレー抽出による油分抽出操作にて取得された抽出濃縮液をシリカゲル焼結クロマトロッドに2μL添着し、室温下にて15分間風乾を行った。エイコサンとアントラセンを標準物質とした検量線作成と同様に表1の展開溶媒を用いて多段展開を行った後に、三菱ヤトロン社イアトロスキャンによる測定を実施した。さらに、標準物質であるエイコサンとアントラセンの検量線を用いて、多段展開操作により分画された各分画油分をエイコサンおよびアントラセン換算重量として定量した。その際、測定データはシステムインスツルメンツ社Sic480IIデータステーションを用いてピーク積分解析を施した。また、油分測定データでは、各分画ピークの谷部分において垂直ピーク分割処理を行い、ピーク積分を実施した。
表2〜5に、飽和分はエイコサン換算として、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分はアントラセン換算として油分量と土壌中濃度を求めた結果を示す。なお、土壌の油汚染モデルとして使用したC重油についても、表1の操作条件で多段展開を行った後、三菱ヤトロン社イアトロスキャンによる測定を実施した。その結果、C重油0.1gあたり、飽和分0.016g、芳香族分0.050g、レジン分0.022g、アスファルテン分0.012gの成分組成であった。土壌の種類にかかわらず、ほぼ一致した分析値が得られたため、油汚染された土壌中の汚染状態の把握、土壌の改質および浄化の評価が可能な定量精度で、再現性良く不揮発性油分の定量ができた。以上のように、飽和分、芳香族分、またはレジン分については土壌から効率よく油分の回収ができていたが、アスファルテン分については、定量結果が若干低い傾向を示したことより、C重油に含まれるアスファルテン分は土壌への吸着性が高く、アスファルテン分の回収率が低くなったと考えられる。
【表2】

*エイコサン換算量として定量
**アントラセン換算量として定量
***土壌中仕込み油分量0.1g、土壌中仕込み濃度1重量%
【表3】

*エイコサン換算量として定量
**アントラセン換算量として定量
***土壌中仕込み油分量0.1g、土壌中仕込み濃度1重量%
【表4】

*エイコサン換算量として定量
**アントラセン換算量として定量
***土壌中仕込み油分量0.1g、土壌中仕込み濃度1重量%
【表5】

*エイコサン換算量として定量
**アントラセン換算量として定量
***土壌中仕込み油分量0.1g、土壌中仕込み濃度1重量%
【0026】
実施例2
1)油汚染土壌からの振盪法による油分抽出
実施例1と同様にC重油にて1重量%汚染したモルタル用川砂、赤玉土、黒土、鹿沼土のそれぞれ10gへ硫酸ナトリウム30gを添加し、二硫化炭素30mLを加えて30分間振盪抽出、2時間静置後、油分が抽出溶解された二硫化炭素相を100mLのメスフラスコに回収した。さらに、二硫化炭素30mLで30分間の振盪抽出、30分間の静置を2回繰り返し、上記の100mLのメスフラスコに移した。さらに、二硫化炭素を上記100mLメスフラスコに加え、正確に100mLとした。0.2μm孔径のPTFE製メンブランフィルターで混入した不溶土壌分を濾別し、油分抽出液を得た。次いで各油分抽出液を濃縮し、モルタル用川砂、赤玉土、黒土、または鹿沼土の油分抽出濃縮液を各々10.2g、6.4g、10.0g、8.7g得た。
2)油汚染土壌から抽出された油分のTLC−FIDによる定量
油汚染土壌から振盪法によって抽出した油分の抽出濃縮液を実施例1と同様にしてTLC−FIDによる定量を行った。表6〜9示すように、飽和分はエイコサン換算として、芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分はアントラセン換算として、油分量と土壌中濃度を求めた。振盪法による油分抽出を行った場合についても、土壌の種類にかかわらず、油汚染された土壌中の汚染状態の把握、土壌の改質および浄化の評価が可能な定量精度で、再現性良く不揮発性油分の定量ができた。
【表6】

*エイコサン換算量として定量
**アントラセン換算量として定量
***土壌中仕込み油分量0.1g、土壌中仕込み濃度1重量%
【表7】

*エイコサン換算量として定量
**アントラセン換算量として定量
***土壌中仕込み油分量0.1g、土壌中仕込み濃度1重量%
【表8】

*エイコサン換算量として定量
**アントラセン換算量として定量
***土壌中仕込み油分量0.1g、土壌中仕込み濃度1重量%
【表9】

*エイコサン換算量として定量
**アントラセン換算量として定量
***土壌中仕込み油分量0.1g、土壌中仕込み濃度1重量%
【0027】
比較例1
1)軽油を標準物質とした検量線作成
油汚染対策ガイドラインの資料3記載の方法に準じ、軽油の0.025〜1重量%の二硫化炭素溶液を標準物質溶液として検量線を作成し、土壌より抽出したC重油の各画分量を測定した。下記表10に、GC−FIDによる測定条件の詳細を示す。
【表10】

2)C重油汚染土壌からソクスレー抽出した油分のGC−FIDによる定量
実施例1と同様にC重油汚染させたモルタル用川砂について、ソックスレーによる油分抽出を行い、試料液を調製した。これを表10に示す条件で測定し、軽油を標準物質とした検量線を用いて油分の軽油換算値を求めた。表11に示すように、油汚染土壌中の油分濃度を求める際、軽油を標準物質としたGC法では、油分仕込み量の10分の1程度しか検出できなかった。このように、C重油はその9割以上が不揮発性の成分であるため、GC法では、試料気化室内で気化しないため分析カラムへ導入されず、ほとんど検出されなかった。
【表11】

【0028】
比較例2
1)C重油汚染土壌から振盪抽出された油分のGC−FIDによる定量
実施例2と同様にC重油汚染させたモルタル用川砂について、振盪抽出による油分抽出操作を行った。取得された抽出液について、比較例1と同様にGC−FIDによる軽油への換算による定量を行った。表12にC重油汚染されたモルタル用川砂中の油分量と土壌中濃度を示す。GC−FIDによる定量では、振盪抽出により得られた抽出液でも油分仕込み量の10分の1程度の濃度しか検出できなかった。比較例1と同様にC重油は、ほとんどが不揮発性の成分であるため、GC法では定量できなかった。
【表12】

【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】TLC−FIDにおけるエイコサンとアントラセンの検量線例を示す。
【符号の説明】
【0030】
○:エイコサンを標準物質とした場合の検量線
●:アントラセンを標準物質とした場合の検量線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油汚染土壌に含まれる不揮発性油分量を薄層シリカゲルクロマトグラフィーと水素炎イオン化検出器を用いて測定するに際して、油汚染土壌より抽出した不揮発性油分を薄層シリカゲルのスタートライン上に添着した後、展開溶媒としてn−ヘキサン、トルエン、ジクロロメタン/メタノール混合溶媒の3種類の溶媒を用いて順番に展開することにより、(1)n−ヘキサンで展開される画分(飽和分)、(2)n−ヘキサンでは展開されず、トルエンで展開される画分(芳香族分)、(3)n−ヘキサン、トルエンの何れでも展開されず、ジクロロメタン/メタノール混合溶媒で展開される画分(レジン分)、または(4)前記の何れの溶媒でも展開されない画分(アスファルテン分)のスポットに互いに分離させ、(1)の飽和分についてはC14〜C40の脂肪族アルカンを標準物質に用いて、(2)の芳香族分、(3)のレジン分、または(4)のアスファルテン分についてはC10〜C20の多環芳香族炭化水素を標準物質に用いて分別定量することを特徴とする、油汚染土壌に含まれる不揮発性油分量の測定方法。
【請求項2】
飽和分の標準物質に用いるC14〜C40の脂肪族アルカンがエイコサンである、請求項1に記載の油汚染土壌に含まれる不揮発性油分量の測定方法。
【請求項3】
芳香族分、レジン分、またはアスファルテン分の標準物質に用いるC10〜C20の多環芳香族炭化水素がアントラセンである、請求項1に記載の油汚染土壌に含まれる不揮発性油分量の測定方法。
【請求項4】
ジクロロメタン/メタノール混合溶媒のジクロロメタンに対するメタノールの混合比が0.005〜0.2倍容である、請求項1に記載の汚染土壌に含まれる不揮発性油分量の測定方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−85239(P2010−85239A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−254339(P2008−254339)
【出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】