説明

油溶性機能物質の定着方法及びその方法を用いたシート状物

【課題】バインダーを用いずに、シート状素材の表面上に油溶性機能物質を高い歩留まりで定着できるようにした方法、及びその方法を用いたシート状物を提供する。
【解決手段】ラジカル重合開始剤を溶解させた油溶性機能物質を含む有機溶媒に、ラジカル重合反応が生じるモノマーを添加した後、これを界面活性剤を含有し界面重合反応が生じる水溶性モノマー中に添加してエマルションを形成し、このエマルション中でのラジカル重合反応により生成した高分子膜によって前記油溶性機能物質をマイクロカプセル化する。前記エマルションにシート状素材を含浸させた後、油溶性モノマーを溶解させた有機溶媒の中に浸漬し、前記シート状素材の表面上で前記水溶性モノマーと油溶性モノマーとの界面重合反応を行うことにより、前記マイクロカプセル化した油溶性機能物質を前記シート状素材の表面上に定着させる。また、この定着方法を用いて、シート状素材の表面上にマイクロカプセル化した油溶性機能物質を定着してなるシート状物を作ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油溶性機能物質の定着方法及びその方法を用いたシート状物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、インテリジェント材料が注目されている。インテリジェント材料とは、温度、pH及び体内成分に応答することで、特定の機能を発現する材料である。代表的なインテリジェント材料としては、ドラッグデリバリシステムおよび自己修復材料などが挙げられる。このインテリジェント材料の一つで、近年、防寒衣料や野外での活動用品(スポーツ、レジャー)、医療用品として、保温性を有する機能材料が注目され、多くの商品が発売されている。従来、シート状素材のインテリジェント機能化を試みる場合には、繊維等に蓄熱剤を練り込む手法が用いられている。また、蓄熱剤などの機能材料をマイクロカプセル化した後、これをシート状素材へ含浸又は塗工する方法が用いられている。
【0003】
インテリジェント材料を含浸又は塗工する方法においては、機能成分を内包した多孔質性マイクロカプセルの塗工や、機能成分を包含したフィルムの貼り合わせ等が有効である。これらインテリジェント材料をはじめとする機能材料と、不織布等シート状素材との複合化は、現在のところバインダーを用いて行うのが一般的である。
しかしながら、バインダーを使用する場合は、バインダーがその機能材料、マイクロカプセル及びフィルムの表面を覆ってしまい、インテリジェント材料の機能発揮が不可能になってしまう。また、環境応答性というインテリジェント材料特有の機能も同時に損なわれてしまう。
この種の従来技術としては、例えば下記の特許文献1を挙げることができる。
【特許文献1】特開2006−335819
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前記従来技術における特開2006-335819では、シート状素材に油溶性の機能材料を高い歩留まりで定着させることは難しかった。その理由は、シート状素材は一般に親水性であり、疎水性である油溶性物質とは相反する性質を有するからであるとされている。
本発明者らは、上記従来技術の難点を解消するために鋭意研究した結果、次のような方法を見出して本発明を完成するに至った。即ち、水溶性モノマーから成るO/Wエマルション中で、油溶性機能物質をマイクロカプセル化し、この後水溶性モノマーと油溶性モノマーとの界面重合反応を、シート状素材の表面上で生じさせる方法である。この方法によって、前記マイクロカプセル化した油溶性機能物質を内包することが可能となり、当該油溶性機能物質をシート状素材の表面上に定着させることができる。
【0005】
本発明は、バインダーを用いずに、シート状素材にパラフィン等の油溶性機能物質を定着する方法及びその方法を用いたシート状物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するための手段として、本発明は、ラジカル重合開始剤を溶解させた油溶性機能物質を含む有機溶媒に、ラジカル重合反応が生じるモノマーを添加した後、これを界面活性剤を含有し界面重合反応が生じる水溶性モノマー中に添加してエマルションを形成し、このエマルション中でのラジカル重合反応により生成した高分子膜によって前記油溶性機能物質をマイクロカプセル化し、このエマルションにシート状素材を含浸させた後、油溶性モノマーを溶解させた有機溶媒の中に浸漬し、前記シート状素材の表面上で前記水溶性モノマーと油溶性モノマーとの界面重合反応を行うことにより、前記マイクロカプセル化した油溶性機能物質を前記シート状素材の表面上に定着させることを特徴とする油溶性機能物質の定着方法を要旨とする。そして、前記油溶性機能物質は、前記有機溶媒に溶解もしくは分散する物質であって、蓄熱性素材、医薬品、農薬、殺虫剤、香料であることを特徴とする。
また、本発明は、上記の油溶性機能物質の定着方法を用いて、シート状素材の表面上にマイクロカプセル化した油溶性機能物質を定着してなることを特徴とするシート状物を要旨とする。そして、前記シート状素材は、紙、不織布、無機繊維シート及び布であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明は、バインダーを使用せずに、油溶性機能物質とシート状素材との複合化を高い歩留まりで達成することが可能となる。また、本発明によれば、前記従来技術の特開2006−335819ではシート状素材の表面に定着させることが難しかった油溶性機能物質を容易に定着させることが可能となった。これにより、水溶性機能物質だけでなく、油溶性機能物質とシート状素材との複合化を効率良く行うことができ、油溶性機能物質を包含するシート状物、例えば温度調節シート、感圧複写紙、徐放性農薬シート、芳香紙、害虫忌避シートなどへの適用を十分期待することができる。尚、本発明で用いるシート状素材としては、例えば紙、不織布、無機繊維シートおよび布などが挙げられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
次に、本発明の実施形態について説明する。
先ず、ラジカル重合開始剤を溶解させた油溶性機能物質を含む有機溶媒溶液に、ラジカル重合反応が生じるモノマーを添加した後、これを界面活性剤含有した界面重合反応が生じる水溶性モノマー中に添加し、O/Wエマルションを形成する。このエマルション中では、ラジカル重合反応が進行し、生成した高分子膜により油溶性機能物質はマイクロカプセル化される。
【0009】
次に、油溶性機能物質がマイクロカプセル化されたエマルションに、シート状素材を含浸させた後、このシート状素材を油溶性モノマーを溶解させた有機溶媒の中に浸積させ、シート状素材の表面上で前記水溶性モノマーと油溶性モノマーとの界面重合反応を一定時間行う。この後、調製したシート状素材を取り出し、室温で乾燥することにより油溶性機能材料を複合化したシート状物を得る。
【0010】
前記ラジカル重合開始剤としては、例えばアゾ化合物、過酸化物などが挙げられる。
そして、アゾ化合物としては、1-[(1-シアノ-1-メチルエチル) アゾ] ホルムアミド、2,2’-アゾビス{2-メチル- N-[1,1-ビス(ヒドロキシエチル)-2-ヒドロキシエチル]-プロピオンアミド}、2,2’-アゾビス{2-メチル-N-(2-ヒドロキシブチル)-プロピオンアミド}、2,2’-アゾビス[2-メチル-N-(2-ヒドロキシエチル)-プロピオンアミド]、などが挙げられる。これらは単独または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0011】
また、前記過酸化物としては、過酸化水素、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウム、t- ブチルヒドロペルオキシド、クメンヒドロペルオキシド、t-ジブチルペルオキシド等が挙げられる。これらは単独または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0012】
前記ラジカル重合反応が生じるモノマーとしては、例えば、メタクリル酸メチル、メタクリル酸、塩化ビニリデン、エチレン、塩化ビニル、アクリル酸、スチレン、ブタジエン、アクリル酸メチル、アクリロニトリル、アクリルアミドなどが挙げられる。これらは単独または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0013】
また、界面活性剤としては、O/Wエマルションを形成させるために添加し、非イオン界面活性剤であるポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート、ポリオキシエチレンソルビタンモノレートなどが挙げられる。これらは単独または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0014】
本発明で用いることのできる界面重合が生じる水溶性モノマーに要求される条件として、分子中に2個以上のアミノ基またはカルボキシル基を有することが挙げられる。この条件に適合する物質としては、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、1,6−ヘキサメチレンジアミン、1,8−オクタメチレンジアミン、1,12−ドデカメチレンジアミン、o−フェニレンジアミン、p−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、o−キシリレンジアミン、p−キシリレンジアミン、m−キシリレンジアミン、メンタンジアミン、ビス(4−アミノ−3−メチルシクロヘキシルノメタン、イソフォロンジアミン、1,3−ジアミノシクロヘキサン、ビスフェノールA、ビスフェノールF、ビスフェノールS、テトラメチルビスフェノールA、テトラメチルビスフェノールF、テトラメチルビスフェノールS、ジヒドロキシジフェニルエーテル、ジヒドロキシベンゾフェノン、o−ヒドロキシフェノール、m−ヒドロキシフェノール、p−ヒドロキシフェノール、ビフェノール、テトラメチルビフェノール、エチリデンビスフェノール、メチルエチリデンビス(メチルフェノール)、α−メチルベンジリデンビスフェノール、シクロヘキシリデンビスフェノール、アリル化ビスフェノールなどが挙げられる。これらは単独または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0015】
本発明で用いることのできる有機溶媒は、水と混和しない性質のもので、例えばジクロロメタン、クロロホルム、クロロエタン、ジクロロエタン、トリクロロエタン、ベンゼン、シクロヘキサン、ヘプタン、四塩化炭素、ジクロロメタン、キシレン、ニトロベンゼン、n−ヘキサン、トルエン、エチルエーテル、酢酸エチルなどが挙げられる。これらは単独または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0016】
油溶性モノマーは、前記水溶性モノマー若しくは水溶性ポリマーのアミノ基またはカルボキシル基と界面重合反応させる目的で添加する。この油溶性モノマーとしては、酸無水物(無水マレイン酸、無水o-フタル酸、無水コハク酸など)、酸ハロゲン化物(二塩化テレフタロイル、二塩化アジポイル、二塩化γ−ベンゾイルピメリン酸、二塩化γ−アセチルピメリン酸など)、イソシアネート類(ヘキサメチレンジイソシアネート、メタフェニレンイソシアネート、トルイレンイソシアネート、トリフェニルメタン−トリイソシアネート、ナフタレン−1,5−ジイソシアネート)などが挙げられる。これらは単独または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0017】
また、酸塩化物を用いて界面重合反応を行った場合には、副生成物である塩酸が生じ、マイクロカプセルの積層を阻害する場合がある。その際、中和する目的で水溶性モノマーと共にアルカリ溶液を添加した方が好ましい。そのアルカリ溶液としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウムなどを例示することができる。
【0018】
本発明における油溶性機能物質としては、前記有機溶媒に溶解するもの、もしくは分散するものであり、例えば蓄熱性素材(n-パラフィンなど)、医薬品、農薬、殺虫剤、香料などが挙げられる。そして、温度調節シート、感圧複写紙、徐放性農薬シート、芳香紙、害虫忌避シートなどへの適用が期待される。
【0019】
次に、実施例により本発明を更に具体的に説明する。但し、当該技術分野の研究常識に照らし、本発明は以下に示す実施例のものに限定されないのは明らかである。
[実施例1]
2.5%エチレンジアミン水溶液と、1M NaOH水溶液とを1:1の割合で混合した溶液30 mlに、界面活性剤Tween 20(登録商標:和光純薬株式会社製)が1%となるように添加し、50℃に加熱した。これに、50℃で融解したパラフィン(融点42〜44℃、和光純薬株式会社製) 20gに溶解させたアゾ重合開始剤 (V-65) (対パラフィン 2 % (w/w)) およびメタクリル酸メチル (対パラフィン 67% (w/w) ) を添加し、50℃で強撹拌してO/Wエマルションを調製することにより、パラフィンのマイクロカプセル化を行った。このO/Wエマルションに含浸したろ紙(3×2.5 cm、厚さ:270 μm、ADVANTEC NO.2)を、1%二塩化テレフタロイルシクロヘキサン溶液20 mlに浸漬し、室温で10秒間静置した後、溶液中からろ紙を取り出し、室温で乾燥した。
【0020】
[実施例2]
実施例1で静置する時間を20秒間とする以外は、実施例1と同様に行った。
【0021】
[実施例3]
実施例1で静置する時間を1分間とする以外は、実施例1と同様に行った。
【0022】
[比較例1]
実施例1で静置する時間を12時間とする以外は、実施例1と同様に行った。
【0023】
[比較例2]
50℃で融解したパラフィン(融点42〜44℃、和光純薬株式会社製) 20gを溶解させ、これに二塩化テレフタロイルを1%となるよう添加した。この溶液にろ紙(3×2.5 cm、厚さ:270 μm、ADVANTEC NO.2)を含浸させた後、2.5%エチレンジアミン水溶液と、1M NaOH水溶液とを1:1の割合で混合した溶液10 mlに浸漬し、室温で12時間静置した後、溶液中からろ紙を取り出し、室温で乾燥した。
【0024】
[比較例3]
2.5%エチレンジアミン水溶液と、1M NaOH水溶液とを1:1の割合で混合した溶液30mlに、Tween 20が1%となるように添加し、50℃に加熱した。これに、50℃で融解したパラフィン20gを添加し、強撹拌して、O/Wエマルションを得た。この溶液に含浸させたろ紙(3×2.5cm、厚さ:270μm、ADVANTEC NO.2)を、シクロヘキサン10 mlに浸積し、5分間静置して、水―油界面を形成させた。これに、50℃に加熱したシクロヘキサンに溶解した1%二塩化テレフタロイル10mlを添加し、10分間静置した後、10℃以下で12時間冷却した。溶液中からろ紙を取り出し、シクロヘキサンで過剰の二塩化テレフタロイルを除去後、室温で乾燥した。
【0025】
[油溶性機能物質の定着評価試験]
熱分析(DSC)装置を用いて、調製したシート状物を測定し、50℃付近の吸熱ピークの最大熱量差(ΔDSC、mW/min)で評価した。測定条件は、測定温度範囲:30〜100℃、昇温速度:10℃/minであった。
【0026】
【表1】

【0027】
上記の定着評価試験結果によると、実施例1〜3において、パラフィンに由来するピークが観察され、表1に示すような最大熱量差が得られた。これにより、ラジカル重合で生成した高分子膜により油溶性機能物質をマイクロカプセル化した後、シート状素材の表面上で界面重合を行う方法により、バインダーを使用することなく、油溶性機能物質をシート状素材の表面上に定着し得ることが判明した。
【0028】
比較例1と各実施例とを比較すると、比較例1の吸熱ピークの最大熱量差の値は小さかった。これは、定着したパラフィンが界面重合反応中に溶出したことが考えられる。実施例1〜3において、界面重合の反応時間が長くなるにつれて、吸熱ピークの最大熱量差の値が小さくなっていることからも、パラフィンの溶出が推察される。
【0029】
比較例2においては、ナイロン膜の生成が確認できなかった。これは、シート状素材は親水性であるため、疎水性である油溶性モノマーおよび油溶性機能物質が定着しなかったと考えられる。
【0030】
比較例3においては、シート状素材の表面上に界面重合による膜の形成が観察された。しかしながら、パラフィンに由来するピークが観察されなかった。これは、油溶性機能物質が、界面重合反応中に溶出したと考えられる。これにより、ラジカル重合で生成した膜でパラフィンをマイクロカプセル化することにより、次の工程である界面重合反応中に油溶性機能物質の溶出を防ぐことが可能であったと推測される。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、バインダーを使用せずに、マイクロカプセル化した油溶性機能物質とシート状素材との複合化を可能としたものであり、油溶性機能成分を定着したシート状物、例えば温度調節シート感圧複写紙、徐放性農薬シート、芳香紙、害虫忌避シートなどへの利用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラジカル重合開始剤を溶解させた油溶性機能物質を含む有機溶媒に、ラジカル重合反応が生じるモノマーを添加した後、これを界面活性剤を含有し界面重合反応が生じる水溶性モノマー中に添加してエマルションを形成し、このエマルション中でのラジカル重合反応により生成した高分子膜によって前記油溶性機能物質をマイクロカプセル化し、このエマルションにシート状素材を含浸させた後、油溶性モノマーを溶解させた有機溶媒の中に浸漬し、前記シート状素材の表面上で前記水溶性モノマーと油溶性モノマーとの界面重合反応を行うことにより、前記マイクロカプセル化した油溶性機能物質を前記シート状素材の表面上に定着させることを特徴とする油溶性機能物質の定着方法。
【請求項2】
前記油溶性機能物質は、前記有機溶媒に溶解もしくは分散する物質であって、蓄熱性素材、医薬品、農薬、殺虫剤、香料であることを特徴とする請求項1に記載の油溶性機能物質の定着方法。
【請求項3】
請求項1に記載の油溶性機能物質の定着方法を用いて、シート状素材の表面上にマイクロカプセル化した油溶性機能物質を定着してなることを特徴とするシート状物。
【請求項4】
前記シート状素材は、紙、不織布、無機繊維シート及び布であることを特徴とする請求項3に記載のシート状物。

【公開番号】特開2009−615(P2009−615A)
【公開日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−163444(P2007−163444)
【出願日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【出願人】(591108248)カミ商事株式会社 (19)
【出願人】(592134583)愛媛県 (53)
【Fターム(参考)】