説明

油脂産生微細藻類の培養方法

【課題】藻類の炭化水素類生産能を向上させることができる藻類の培養方法、及び炭化水素類の生産方法を提供すること。
【解決手段】本発明の培養方法は、炭化水素類生産能を有する藻類を培地で培養する培養方法において、藻類の培養を開始してから、藻類を培養する培地の光学濃度が飽和状態を示す光学濃度の2分の1の光学濃度に達する間に培地に塩を投入する工程を含むことを特徴とする。本発明の炭化水素類の生産方法は、上記培養方法で培養された炭化水素類生産能を有する藻類から炭化水素類を取り出すことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化水素類生産能を有する微細藻類(以下、藻類と表記する)の培養方法、及び炭化水素類の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
藻類が産生する油脂などの炭化水素類は、バイオ燃料の原料となることが明らかとなっている。藻類細胞の油脂(炭化水素類)産生能力は、藻類の培養液中に塩を加えるなどの環境ストレスを与えることによって向上することが報告されている(例えば、非特許文献1)。その他にも、例えば、特表2010−514446号公報(特許文献1)には、藻類細胞あたりの脂質生成を増加させるために、高密度の藻類培養物に対して、藻類の収穫前に何らかの形態の環境的ショック(温度、pH、光、塩分、1つ以上の化学物質または制御化合物の濃度)を加えることが記載されている。また、Siautら(2011)は、緑藻クラミドモナス レインハードチイ(Chlamydomonas reinhardtii、以下、C.reinhardtiiとする)の野生株CC124を培養し、培養が対数増殖中期に達した培養液に塩(NaCl)を加えてさらに2日間培養することによって、C.reinhardtiiの野生株CC124の細胞あたりの油脂蓄積量が向上することを報告している(非特許文献2)。なお、非特許文献2では、塩ストレスによってC.reinhardtiiの野生株CC124の成長が止まることも報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2010−514446号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Ranga Rao A, Dayananda C, Sarada R, Shamala T.R., Ravishankar G.A. (2007) Effect of salinity on growth of green alga Botryococcus braunii and its constituents. Bioresource Technolgy 98:560-564
【非特許文献2】Magali Siaut, Stephan Cuine, Caroline Cagnon, Boris Fessler, Mai Nguyen, Patrick Carrier, Audrey Beyly, Fred Beisson, Christian Triantaphylides, Yonghua Li-Beisson, Gilles Peltier, Oil accumulation in the model green alga Chlamydomonas reinhardtii: characterization, variability between common laboratory strains and relationship with starch reserves, BMC Biotechnology, 2011, 11:7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献2に記載の方法では、塩を加えることで藻類細胞の成長が止まってしまうことが報告されている。そのため藻類の種類によっては藻類細胞の成長が止まってしまったり、抑制されてしまったりする可能性がある。したがって、塩を加えることで、藻類細胞あたりの脂質生成は増加しても、藻類細胞の成長が止まる又は抑制されることにより、藻類が最終的に炭化水素類を生産できる能力を示す藻類の炭化水素類生産能は増加しないといった問題がある。さらに、藻類の炭化水素類生産能を向上させるために、培養中のどの段階で塩を加えるのが効果的であるかは明らかになっていない。
【0006】
本発明は以上の点に鑑みなされたものであり、藻類の炭化水素類生産能を向上することができる藻類の培養方法、及び炭化水素類の生産方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1に係る発明の藻類の培養方法は、炭化水素類生産能を有する藻類を培地で培養する培養方法において、前記藻類の培養を開始してから、前記藻類を培養する前記培地の光学濃度が飽和状態を示す光学濃度の2分の1の光学濃度に達する間に前記培地に塩を投入する工程を含む、ことを特徴とする。
【0008】
本発明の培養方法によれば、塩を投入する期間を、藻類を培養する培地の光学濃度が飽和状態を示す光学濃度の2分の1の光学濃度に達する間に設定することによって、藻類の炭化水素類生産能を向上することができる。
【0009】
なお、藻類の炭化水素類生産能は、単位体積当たりの藻の重量と、藻類重量あたりの炭化水素類の含有率との積で表される炭化水素類収率で示される。炭化水素類収率の増加は、藻類の炭化水素類生産能の向上を示す。
【0010】
本発明の培養方法において、光学濃度(optical density)とは、log(I0/I)で表され、半透明媒質の不透明の程度を示す指標になる。I0は培地に照射する光である入射光の強さ、Iは培地を透過した光である透過光の強さを示す。光学濃度は、培養中の培地を適宜取り出して、培地を透過した透過光の強さを、吸光光度計を使用して測定することによって求められる。培養を開始すると培地の不透明度は増すので、培地の光学濃度の増加は藻類の増殖を示す指標となる。
【0011】
飽和状態とは、藻類がこれ以上培地で増殖できなくなった状態のことを示す。飽和状態を示す光学濃度の決定には、コントロール培地が使用される。コントロール培地とは、塩が投入されない以外は、同一の培養条件となる培地である。コントロール培地が飽和状態に達すると藻類が増殖できない状態になるので、培地の光学濃度は、一定の値を示す。本発明において、この一定の値が、飽和状態を示す光学濃度である。なお、一定とは、藻類の増殖が緩やかになり、培地の光学濃度の変動が緩やかになっている状態も含まれる。
【0012】
本発明で藻類が生産する炭化水素類は、例えば、飽和又は不飽和の脂肪族炭化水素であり、炭素数や不飽和結合の数などは特に限定されない。例えば炭素数が10〜25個で不飽和結合をそれぞれ0個〜3個備える脂肪族炭化水素の1種または2種以上の混合物が挙げられる。また、前記炭化水素類には脂肪酸がグリセロールとエステル結合した化合物であるアシルグリセライドも含む。これら炭化水素類は前記藻類が産生する油脂成分であり、バイオ燃料として活用することができる。
【0013】
本発明で使用される塩は、藻類にストレスを与えて藻類の増殖に影響を与えるストレス因子であり、塩としては、例えばNaCl等が挙げられる。
本発明で使用される培地は、藻類の培養に通常使用されているものでよく、例えば、各種栄養塩、微量金属塩、ビタミン等を含む培地である。栄養塩としては、窒素源となるNaNO3、KNO3、NH4Cl、尿素等や、リン源となるK2HPO4、KH2PO4、グリセコリン酸ナトリウム等が挙げられる。微量金属塩としては、鉄、マグネシウム、マンガン、カルシウム、亜鉛等が挙げられる。ビタミンとしては、ビタミンB1、ビタミンB12等が挙げられる。培地中のpHは、藻類の増殖に悪影響を与えない範囲内であれば特に制限はないが、例えばpH3〜6とすることが好ましい。
【0014】
本発明の培養方法は、藻類の培養に用いられる一般的培養手段を用いることができる。例えば、培地をフラスコ等の培養容器に入れて、藻類を培地に加えた後、通気条件下、CO2の供給と共に攪拌すればよい。その際、培養温度は、藻類の増殖に悪影響を与えない範囲内であれば特に制限はないが、室温で培養することが好ましい。光条件は、光合成可能な条件であれば特に制限はないが連続光とすることが好ましい。
【0015】
本発明の培養方法において、塩は藻類の培養を開始してから、藻類を培養する培地の光学濃度が飽和状態を示す光学濃度の2分の1の光学濃度に達する間、好ましくは5分の2の光学濃度に達する間、さらに好ましくは3分の1の光学濃度に達する間に投入される。また、塩は、藻類を培養する培地の光学濃度が飽和状態を示す光学濃度の好ましくは9分の1の光学濃度に達してから、さらに好ましくは4分の1に達してから投入される。
【0016】
本発明で培養する藻類は、炭化水素類生産能を有する藻類であり、例えば淡水に生息する藻類が挙げられる。本発明で培養する淡水に生息する藻類としては、例えば、シュードコリシスチス エリプソイディア(Pseudochoricystis ellipsoidea)、ボトリオコッカス ブラウニー(Botryococcus braunii)等がある。また、本発明で培養する藻類の藻類株としては、シュードコリシスチス エリプソイディア(Pseudochoricystis ellipsoidea)N1株やシュードコリシスチス エリプソイディア(Pseudochoricystis ellipsoidea)Obi株が好ましい。
【0017】
培地に塩を投入した後の前記培地の塩濃度は、0.2重量%〜3重量%であることが好ましく、0.2重量%〜1重量%であるとさらに好ましく、0.2重量%〜0.6重量%であるとさらに好ましく、0.2重量〜0.4重量%であるとさらに好ましい。前記培地の塩濃度が0.2重量%〜3重量%であることにより藻類の炭化水素類生産能を一層向上させることができる。
【0018】
本発明の炭化水素類の生産方法は、上述した培養方法によって効率よく培養された藻類を使用する。使用された藻類は、藻類の炭化水素類生産能が向上しているので、この藻類を使用した生産方法は、炭化水素類を効率よく生産することができる。
【0019】
本発明の炭化水素類の生産方法において、藻類から炭化水素類を取り出す方法は、常法に従って行うことができる。例えば、ホモジナイザーなどの一般的な方法により細胞を破砕してから、n−ヘキサン等の適当な有機溶媒によって抽出した後、減圧又は常圧下で、加温又は常温で抽出後の溶媒を除去することにより炭化水素類を取り出す方法等がある。また、細胞をガラス繊維等のフィルター上に回収し、乾燥させてから、有機溶媒などによって抽出した後、抽出後の溶媒を上記と同様の方法によって除去することにより炭化水素類を取り出す方法等も可能である。また、細胞を遠心分離で回収し、凍結乾燥して粉末化し、その粉末から有機溶媒で抽出した後、抽出後の溶媒を上記と同様の方法によって除去することにより炭化水素類を取り出す方法等も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】コントロール培地で培養した場合の増殖曲線を示すグラフである。
【図2】(a)は、各ODに達した時にNaClを投入した場合のシュードコリシスチス エリプソイディアN1株の乾燥重量を示すグラフである。(b)は、各ODに達した時にNaClを投入した場合のシュードコリシスチス エリプソイディアN1株の炭化水素類含有率を示すグラフである。(c)は、各ODに達した時にNaClを投入した場合のシュードコリシスチス エリプソイディアN1株の炭化水素類収率を示すグラフである。
【図3】コントロール培地で培養した場合の炭化水素類組成を示すグラフである。
【図4】NaCl濃度が0.4重量%である場合の炭化水素類組成を示すグラフである。
【図5】生産されたトリグリセリド中の脂肪酸組成を示すグラフである。
【図6】(a)は、各NaCl濃度におけるシュードコリシスチス エリプソイディアN1株の乾燥重量を示すグラフである。(b)は、各NaCl濃度におけるシュードコリシスチス エリプソイディアN1株の炭化水素類含有率を示すグラフである。(c)は、各NaCl濃度におけるシュードコリシスチス エリプソイディアN1株の炭化水素類収率を示すグラフである。
【図7】各NaCl濃度におけるシュードコリシスチス エリプソイディアN1株の増殖曲線を示すグラフである。
【図8】(a)は、各NaCl濃度におけるシュードコリシスチス エリプソイディアObi株の乾燥重量を示すグラフである。(b)は、各NaCl濃度におけるシュードコリシスチス エリプソイディアObi株の炭化水素類含有率を示すグラフである。(c)は、各NaCl濃度におけるシュードコリシスチス エリプソイディアObi株の炭化水素類収率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
次に、本発明の実施形態について一例を挙げて説明する。但し、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
[第1実施形態]
1.[シュードコリシスチス エリプソイディア(Pseudochoricystis ellipsoidea)N1株の培養方法、及び炭化水素類の生産方法]
(1−1)培地の調製
AF6培地を500mL調製した。なお、AF6培地の組成は以下に示す通りである。
【0022】
NaNO3 14mg/L, NH4NO3 2.2mg/L, MgSO4/7H2O 3mg/L, KH2PO4 1mg/L, K2HPO4 0.5mg, CaCl2/2H2O 1mg/L, CaCO3 1mg/L, Fe-citrate 0.2mg/L, Citric acid 0.2mg/L, Biotin 0.2μg/L, Thiamine HCl 1μg/L, Vitamin B6 0.1μg/L, Vitamin B12 0.1μg/L, Trace metals 0.5mL/L, Distilled water 99.5mL/L
(1−2)シュードコリシスチス エリプソイディアN1株の培養、及び炭化水素類の生産
4つの500mL扁平フラスコを準備し、それぞれをフラスコ1、フラスコ2、フラスコ3、フラスコ4とした。各フラスコに(1−1)に記載の培地を入れて、藻類株としてシュードコリシスチス エリプソイディアN1株をそれぞれの培地に加えた後、蛍光灯で光をあてながら通気条件下、CO2の供給と共に室温で攪拌することによって培養を開始した。各フラスコについて培地の光学濃度(Optical Density、以下、ODとも訳す)が、フラスコ1では1.2ODに達した時に、フラスコ2では3.5ODに達した時に、フラスコ3では5ODに達した時に、フラスコ4では8.8ODに達した時に、それぞれのフラスコに培地のNaCl濃度が0.4重量%になるように、NaClを投入した。光学濃度(OD)については後述する。培養を9日間行った後、フラスコ1〜フラスコ4の培地をそれぞれ遠心分離し、上澄みを除去した後シュードコリシスチス エリプソイディアN1株の沈殿物を回収した。フラスコ1〜フラスコ4の培地から得られた沈殿物はそれぞれについて以下に記載の処理を行って炭化水素類を得た。沈殿物を乾燥後、その乾燥体を入れた試験管にn−ヘキサンを加え、30分間静置した。その後、超音波をかけて乾燥体に含まれる炭化水素類をn−ヘキサン中に抽出した。抽出液のみをフラスコに移した。残渣には再度n−ヘキサンを加え、上記と同様にして炭化水素類を抽出した。抽出液を上記フラスコに移した。この操作を、残渣に加えたヘキサン層が、超音波をかけた後でも透明となるまで繰り返した。その後、上記フラスコに集めた抽出液中のn−ヘキサンを、遠心エバポレーターを用いて除去することによって、炭化水素類を得た。
【0023】
なお、光学濃度(OD)は、log(I0/I)で表され、培地の不透明の程度を示す指標になる。I0は培地に照射する光である入射光の強さ、Iは培地を透過した光である透過光の強さを示す。フラスコ1〜フラスコ4、それぞれについて、NaClを投入する時の培地の光学濃度(OD)が上記に記載されているが、これらの光学濃度は、コントロール培地が飽和状態を示す光学濃度(OD)から決定した。コントロール培地とは、NaClが投入されない以外は同一の培養条件となる培地である。
【0024】
コントロール培地が飽和状態を示す光学濃度(OD)は、以下に記載のように決定した。
(1−1)に記載のAF6培地にシュードコリシスチス エリプソイディアN1株を加えて蛍光灯で光をあてながら通気条件下、CO2の供給と共に室温で攪拌して培養した。培養開始から5〜48時間毎に培地を約1mL取り出し、吸光光度計を使用して波長720nmにおける光学濃度を測定した。波長720nmにおける光学濃度の変化を図1に示す。図1の横軸は培養時間、縦軸は波長720nmにおける光学濃度である。
【0025】
図1に示されているように培養開始から216時間後、培地の光学濃度は10.5ODとなってその後も一定の値を示した。この光学濃度(10.5OD)をコントロール培地が飽和状態を示す光学濃度と決定した。
【0026】
2.[炭化水素類生産能の評価]
シュードコリシスチス エリプソイディアN1株の炭化水素類収率を算出することによって炭化水素類生産能を評価した。
【0027】
(2−1)[乾燥重量測定]
(1−2)に記載のシュードコリシスチス エリプソイディアN1株の沈殿物を乾燥後に、その乾燥体の乾燥重量を測定した。
【0028】
測定結果を図2(a)に示す。図2(a)の横軸はNaCl投入時のOD、縦軸は、乾燥重量である。それぞれの測定結果を、コントロール培地で培養した培養結果と比較した。その結果、NaCl投入時のODがいずれの場合でも、コントール培地で培養した場合と比較して乾燥重量は減少することが明らかとなった。
【0029】
(2−2)[炭化水素類含有率の測定]
(1−2)に記載の沈殿物を乾燥後、油分分析用TD-NMR(Time Domain Nuclear Magnetic Resonance、時間領域核磁気共鳴)装置を使用して炭化水素類含有率を測定した。標準試料にオリーブ油を使用した。その結果を図2(b)に示す。図2(b)の横軸はNaCl投入時のOD、縦軸は、炭化水素類含有率を示す。この結果から、NaCl投入時のODがいずれの場合でもコントール培地で培養した場合と比較して炭化水素類含有率は上昇することが明らかとなった。
【0030】
(2−3)[炭化水素類収率の算出]
シュードコリシスチス エリプソイディアN1株の炭化水素類収率を、(2−1)で得られた各ODにおける乾燥重量及び、(2−2)で得られた各ODにおける炭化水素類含有率から式1を用いて算出した。計算式を式1に示す。
(式1)炭化水素類収率[g/L]=炭化水素類含有率/100×乾燥重量[g/L]
図2(c)に示されるように、NaCl投入時のODが1.2,3.5ODの場合、コントロール培地で培養した場合と比較してそれぞれ炭化水素類収率が高くなり炭化水素類生産能が向上することが明らかとなった。さらにNaCl投入時のODが3.5ODの場合が、最も炭化水素類生産能が向上することが示された。
【0031】
3.[炭化水素類組成の評価]
(1−2)に記載の炭化水素類の組成をGC−MS(Gas Chromatograph Mass Spectometer、ガスクロマトグラフ質量)分析によって評価した。
【0032】
(3−1)[GC−MS分析用の試料調製]
(1−2)に記載の抽出液を1mL以下に濃縮した後、測定前に濃縮溶液の容量を1mLにメスアップし、メチルエステル化したものをGC−MS分析用の試料とした。比較対照にコントロール培地(塩濃度0重量%)で培養した培養物の試料も同様に調製した。
【0033】
(3−2)[GC−MS分析条件]
GC−MS分析条件は以下に示す通りである。
測定機器:GCMS−QP5000(島津製作所),GC−MS分析用キャピラリーカラム:DB−23,イオン化法:電子イオン化(electron ionization、EI)法、化学イオン化(chemical ionization、CI)法,標準試料:スペルコ社FAME mix(C14〜C24),インジェクター温度:280℃,試料注入量:1μ,注入方法:スプリットレスモード,インターフェース温度:300℃,サンプリング時間:0.5分,カラム入り口圧:100kPa,ガス流量:50.0mL/min,キャリアーガス:ヘリウムガス,昇温条件:分析開始より50℃で2分保持、6℃/minで300℃まで昇温後、300℃で18分保持,イオン化電圧(EI):70cV,反応ガス(CI):メタン,スキャン範囲:m/z 50〜500
(3−3)「GC−MS分析結果」
(3−2)に記載の条件下、GC−MS分析を行い、(1−2)に記載の炭化水素類の組成を評価した。図3は、(1−2)に記載の培養方法において、NaClが投入されない以外は同一の培養条件となるコントロール培地で生産された炭化水素類の組成を示す。図4は、(1−2)に記載の培養方法において、培地の光学濃度が3.5ODを示した時に、NaCl濃度が0.4重量%になるようにNaClを投入した場合において生産された炭化水素類の組成を示す。この結果から、NaCl濃度が0.4重量%になるようにNaClを投入した場合に生産されたトリグリセリドの含有率は、64.5重量%であり、コントロール培地から得られた炭化水素類に含まれるトリグリセリドの含有率(53.8%)と比較して高くなることが明らかとなった。トリグリセリドはバイオ燃料の原料になる。したがって、培地の光学濃度が3.5ODを示した時に、NaCl濃度が0.4重量%になるようにNaClを投入することによって、効率的にバイオ燃料の原料を得ることができると考えられる。
【0034】
なお、得られたトリグリセリドを同様にGC−MS分析を行うことによって、トリグリセリドに含まれる脂肪酸組成を分析した。その結果を図5に示す。NaCl濃度が1.6重量%になるように、培地の光学濃度が3.5ODを示した時にNaClを投入した場合に得られたトリグリセリドについても同様に分析した。
【0035】
この結果から、コントロール培地、NaCl濃度が0.4重量%の培地、NaCl濃度が1.6重量%の培地のいずれの場合でも、トリグリセリド中の脂肪酸組成に大きな変化はなく、軽油成分が多く含まれることが示された。さらに、培地のNaCl濃度が0.4重量%の培地、NaCl濃度が1.6重量%とした場合には、コントロール培地から得られた脂肪酸と比較して、二重結合の数が0個又は1個の脂肪酸が含まれる割合が、NaCl濃度が0.4重量%、1.6重量%と高くなるにつれて減少した。また、二重結合の数が2個又は3個の脂肪酸が含まれる割合が、NaCl濃度が0.4重量%、1.6重量%と高くなるにつれて増加する傾向にあった。しがたって、培地のNaCl濃度を高くすることによってコントロール培地で培養した場合と比較して脂肪酸の流動性を高めることができると考えられる。
[第2実施形態]
前記第1実施形態と同様にしてシュードコリシスチス エリプソイディアN1株を培養した。ただし、培地の光学濃度が3.5ODを示したときに、NaCl濃度がそれぞれ0.1,0.2,0.3,0.4,0.5,0.8重量%となるようNaClを投入した。それぞれのNaCl濃度で培養後、前記第1実施形態と同様にして炭化水素類を得た。
【0036】
4.[炭化水素類生産能の評価]
上記シュードコリシスチス エリプソイディアN1株について、それぞれの塩濃度で培養した場合の炭化水素類生産能を、2.の記載と同様にして評価した。
【0037】
(4−1)[乾燥重量測定]
(2−1)記載と同様にして乾燥重量を測定した。測定結果を図6(a)に示す。
図6(a)の横軸はNaClの濃度、縦軸は、乾燥重量である。図6(a)に示すようにNaCl濃度が高くなるほど乾燥重量は減少することが明らかとなった。
【0038】
また、図7に、NaCl濃度を0,0.4,0.8,1.6重量%にした場合の波長720における光学濃度の変化を示す。図7からNaCl濃度が高くなるほど培養時間あたりの光学濃度が減少し、光学濃度の上昇が緩やかになることから、藻類の増殖が抑制されているが明らかとなった。
【0039】
したがって、図6(a)で示される乾燥重量の減少は、NaClによってシュードコリシスチス エリプソイディアN1株の増殖が阻害されたことに起因することが明らかとなった。
【0040】
(4−2)[炭化水素類含有率の測定]
(2−2)記載と同様にして炭化水素類含有率を決定した。その結果を図6(b)に示す。図6(b)の横軸はNaCl濃度、縦軸は、炭化水素類含有率を示す。この結果から、NaCl濃度が0重量%の場合と比較して、NaClを加えることによって炭化水素類含有率は上昇することが明らかとなった。
【0041】
(4−3)[炭化水素類収率の算出]
(2−3)記載と同様にして、(4−1)で得られた各NaCl濃度における乾燥重量及び、(4−2)で得られた各NaCl濃度における炭化水素類含有率から炭化水素類収率を算出した。その結果を図6(c)に示す。図6(c)の横軸はNaCl濃度、縦軸は、炭化水素類収率を示す。この結果から、NaCl濃度が0.2,0.3,0.4,0.5重量%になるようにNaClを投入した場合は、NaCl濃度が0重量%の場合と比較して炭化水素類収率が高くなり、炭化水素類生産能が向上することが明らかとなった。さらに、NaCl濃度が0.4重量%になるように投入した場合が、最も炭化水素類生産能が向上することが示された。
[第3実施形態]
前記第1実施形態と同様にしてシュードコリシスチス エリプソイディア(Pseudochoricystis ellipsoidea)Obi株培養した。ただし、培地の光学濃度が3.5ODに達した時に、NaCl濃度がそれぞれ1,2,3重量%となるようにNaClを投入した。それぞれのNaCl濃度で培養後、前記第1実施形態と同様にして炭化水素類を得た。
【0042】
5.[炭化水素類生産能の評価]
シュードコリシスチス エリプソイディアObi株について、上記それぞれのNaCl濃度で培養した場合の炭化水素類生産能を、2.の記載と同様にして評価した。
【0043】
(5−1)[乾燥重量測定]
(2−1)記載と同様にして乾燥重量を測定した。その結果を図8(a)に示す。図8(a)の横軸はNaClの濃度、縦軸は、乾燥重量を示す。この結果からNaClを加えてもNaCl濃度が0重量%の場合と比較して乾燥重量の変化は少なく、NaClは増殖に影響を与えないことが示された。
【0044】
(5−2)[炭化水素類含有率の測定]
(2−2)記載と同様にして炭化水素類含有率を決定した。その結果を図8(b)に示す。図8(b)の横軸はNaCl濃度、縦軸は、炭化水素類含有率を示す。この結果から、NaCl濃度が0重量%の場合と比較してNaClを加えることによって炭化水素類含有率は上昇することが示された。
【0045】
(5−3)[炭化水素類収率の算出]
(2−3)記載と同様にして、(5−1)で得られた各NaCl濃度における乾燥重量及び、(5−2)で得られた各NaCl濃度における炭化水素類含有率から炭化水素類収率を算出した。その結果を図8(c)に示す。図8(c)の横軸はNaCl濃度、縦軸は、炭化水素類収率を示す。この結果から、各NaCl濃度における炭化水素類収率は、NaCl濃度が0重量%の場合と比較して、NaCl濃度が1,2,3重量%の場合は高くなり炭化水素類生産能は向上することが明らかとなった。しがたって、シュードコリシスチス エリプソイディアObi株のそれぞれのNaCl濃度における炭化水素類生産能は、NaClを投入することによって向上し、その中でもNaCl濃度が1重量%になるように投入した場合は、炭化水素類生産能が最も向上することが示された。
【0046】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態になんら限定されるものではなく、本発明を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0047】
1…Totalトリグリセリド、2…モノグリセリド、3…ジグリセリド、4…C16:0(炭素数:不飽和結合数)、5…C18:2+C18:1(炭素数:不飽和結合数)、6…C17H36、7…TotalC20、8…その他。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化水素類生産能を有する藻類を培地で培養する培養方法において、
前記藻類の培養を開始してから、前記藻類を培養する前記培地の光学濃度が飽和状態を示す光学濃度の2分の1の光学濃度に達する間に前記培地に塩を投入する工程を含む、
ことを特徴とする藻類の培養方法。
【請求項2】
前記藻類は、淡水に生息する藻類である
ことを特徴とする請求項1に記載の培養方法。
【請求項3】
前記藻類の藻類株は、シュードコリシスチス エリプソイディア(Pseudochoricystis ellipsoidea)N1株である
ことを特徴とする請求項1に記載の培養方法。
【請求項4】
前記藻類の藻類株は、シュードコリシスチス エリプソイディア(Pseudochoricystis ellipsoidea)Obi株である
ことを特徴とする請求項1に記載の培養方法。
【請求項5】
前記培地に塩を投入した後の前記培地の塩濃度は0.2重量%〜3重量%である
ことを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項6】
請求項1〜請求項5のいずれか一項に記載の培養方法によって前記藻類を培養し、前記藻類から炭化水素類を取り出すことを特徴とする炭化水素類の生産方法。

【図2】
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【図6】
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【図8】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−102748(P2013−102748A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−250825(P2011−250825)
【出願日】平成23年11月16日(2011.11.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度、農林水産省、革新的なCO2高吸収バイオマスの利用技術の開発委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【出願人】(599011687)学校法人 中央大学 (110)
【Fターム(参考)】