説明

油脂組成物及び油脂組成物の製造方法

【課題】 特殊な装置を使用せず、特殊な操作を行わずかつ、多量の乳化剤を配合することなく、油脂に溶解しない水溶性物質を、油脂中に、相分離なく可溶化させて、水溶性物質の活性成分を油脂中に溶解させた、油脂組成物及びこの油脂組成物の製造方法を提供する。
【解決手段】 水溶性物質と、プロピレングリコールと、トリアセチンと、炭素数8〜22の脂肪酸とを含有して成り、相分離せず、相溶性を有する油脂組成物などにより課題を達成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性物質を、油脂中に、相分離なく可溶化させた、油脂組成物及びこの油脂組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品、化粧品、食品に用いられる水溶性物質の活性成分の中には、水中で化学的に不安定なものが存在するため、水溶性物質の活性成分を油脂中に溶解させることが行われる。
【0003】
骨粗鬆症治療に効能があるラロキシフェンは、経口投与した際に消化管内で代謝を受けやすく、経口バイオアベイラビリティが2%と極めて低いという問題がある。この問題を回避するためには、軟膏などの油性剤形によりラロキシフェンを皮下及び/又は皮膚へ投与することが有効であると考えられている。
【0004】
食品分野では、機能性食品の商品形態やサプリメント剤形の多様化に伴い、水溶性の食品添加物の主剤や機能性食品の有効成分などの水溶性物質の活性成分を、マーガリンやサラダ油などの食用油脂や油脂を内封するソフトカプセルなどに安定的に配合する技術が要求されている。
【0005】
水溶性物質を、油脂中に、一定時間以上可溶化させる手法としては、例えば、特許文献1及び特許文献2に記載されているように、乳化装置や高圧ホモジナイザーなどを使用し、油脂中に水型エマルションを形成させて、水溶性物質を物理的に油脂中へ分散させる方法が挙げられ、特許文献3に開示されているように、油脂への溶解性を改善するため、エステル化など活性成分の分子構造中に高脂溶性の官能基を付加する方法などが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3463308号公報
【特許文献2】特許第4387717号公報
【特許文献3】特開2006−111543号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1及び特許文献2に記載された手法では、水溶性物質を油脂中に長期間可溶化させるため、多量の乳化剤を混合することから、風味、皮膚への刺激などの問題があり、特許文献3に開示された方法では、高脂溶性の官能基を付加することが可能な化合物が限定され、かつ、化合物の安全性などの問題もある。
【0008】
それ故、乳化装置や高圧ホモジナイザーなどの特殊な装置を使用せず、エステル化などの特殊な操作を行わず、かつ多量の乳化剤を配合することなく、油脂に溶解しない水溶性物質を、医薬品、化粧品、食品などの用途に使用される油脂中に、少なくとも1週間以上、相分離なく可溶化させることは、現時点では困難といわざるを得ず、新規の医薬品開発、化粧品開発、食品開発において、障害となっている。
【0009】
本発明の目的とするところは、特殊な装置を使用せず、特殊な操作を行わず、かつ、多量の乳化剤を配合することなく、油脂に溶解しない水溶性物質を、油脂中に、相分離なく可溶化させて、水溶性物質の活性成分を油脂中に溶解させた、油脂組成物及びこの油脂組成物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の発明者は、前記課題を解決するため、鋭意検討を重ねた結果、水溶性物質と、プロピレングリコールと、トリアセチンと、特定の炭素数の脂肪酸とを含有して成る油脂組成物などにより、上記目的を達成することを見出し、本発明をするに至った。
【0011】
即ち、本発明の油脂組成物は、水溶性物質と、プロピレングリコールと、トリアセチンと、炭素数8〜22の脂肪酸とを含有して成り、相分離せず、相溶性を有することを特徴とする。
【0012】
本発明の好適態様は、上記油脂組成物は、乳化剤を含まず、上記水溶性物質の含有量は、上記油脂組成物に対し、0.01〜20重量%である。
【0013】
本発明の油脂組成物の製造方法は、水溶性物質をプロピレングリコールに溶解させた後、トリアセチンと、炭素数8〜22の脂肪酸とを添加することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の油脂組成物は、水溶性物質の活性成分(有効成分)が、油脂中に溶解し、少なくとも1週間以上、溶解状態を維持するため、経口投与による医薬品や機能性食品においては、当該活性成分の胃内における分解抑制や消化管酵素による代謝抑制などの効果が期待され、経皮投与型の医薬品や化粧品においては、当該活性成分の安定性向上や皮膚透過性の亢進などの効果が期待される。
【0015】
本発明の油脂組成物の製造方法を用いることにより、水溶性物質が油脂中に可溶化しやすくなるため、油脂組成物の製造時間の短縮化が図られる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の油脂組成物は、水溶性物質と、水溶性溶剤としてのプロピレングリコールと、トリアセチンと、炭素数8〜22の脂肪酸とを含有して成る。
【0017】
本発明に用いる水溶性物質としては、水溶性溶剤としてのプロピレングリコールに溶解可能なものであれば、特に限定されないが、水溶性溶剤の活性成分(有効成分)が注目され、目的や効能等により適宜選択される。
【0018】
本発明に用いる水溶性物質として、医薬品分野においては、例えば、アシクロビル、アモキシリン、アトロピン、ビスホスホネート、エリスロマイシン、ファモジチン、メトフォルミン、プラバスタチン、ペニシリン、ラロキシフェン、ラニチジン、テトラサイクリン、バルサルタンが挙げられる。これらの水溶性物質は、特に膜透過性が低いため、水溶性物質の活性成分が体内に吸収されにくいが、油脂中に溶解させることにより、当該活性成分の体内への吸収性が向上する。
【0019】
本発明に用いる水溶性物質として、化粧品分野においては、例えば、アルブチン、リン酸アスコルビルマグネシウム、プラセンタエキス、トラネキサム酸、ルシノール、アデノシン三リン酸二ナトリウム、コウジ酸、エラグ酸が挙げられる。これらの水溶性物質は、皮膚透過性が低いため、水溶性物質の活性成分が皮膚などに作用しにくいが、油脂中に溶解させることにより、当該活性成分の皮膚透過性が向上するため、当該活性成分の化粧品としての効能が改善される。
【0020】
本発明に用いる水溶性物質として、食品分野においては、例えば、水溶性ビタミン類、コラーゲン、ヒアルロン酸、カルニチン、各種水溶性ペプチド、各種アミノ酸、メチルサルフォニルメタン、コンドロイチン、グルコサミン、カテキン類、レスベラトロールに代表されるポリフェノール類が挙げられる。これらの水溶性物質は、そのままマーガリン、サラダ油等の油性食品やソフトカプセル内の溶液などに配合した場合には、分離や沈殿を生じ、商品価値を損なうが、油脂中に溶解させることにより、良好な品質が保たれる。
【0021】
本発明に用いる水溶性物質は、油脂組成物中に0.01〜20重量%含有されているのが好ましい。油脂組成物中の水溶性物質の濃度が0.01重量%未満の場合には、水溶性物質の活性成分のもつ効能が発揮されない可能性があるため、好ましくないからであり、逆に、油脂組成物中の水溶性物質の濃度が20重量%を超えると、プロピレングリコールに十分溶解しなくなり、形成された油脂組成物中で沈殿するおそれがあるため、好ましくないからである。
【0022】
本発明において用いられる水溶性溶剤は、プロピレングリコールに限定される。水、グリセリン、糖、アルコールなどは、脂肪酸及び/又はトリアセチンとの相溶性に乏しいため、たとえ、油脂中に水溶性物質の活性成分を溶解できたとしても、短時間で相分離するため、相溶性を有する状態を維持することは困難だからである。
【0023】
本発明に用いるトリアセチンは、グリセリンの酢酸トリエステルである。トリアセチンに類似する組成物としては、脂肪酸鎖長が異なるグリセリントリエステルである、トリカプリン、トリオレインなどが挙げられるが、これらは、プロピレングリコールとの相溶性が悪く、混合によって可溶化状態を得ることはできないため、本発明の油脂組成物の含有物として適さない。
【0024】
本発明に用いる脂肪酸の炭素数が8〜22に限定されるのは、酪酸、吉草酸、カプロン酸、エナント酸などの炭素数が8未満の脂肪酸については、刺激性が強く、悪臭を有するため、医薬品、化粧品及び飲食料品への配合が困難であるからであり、逆に、リグノセリン酸、ペンタコサン酸、セロチン酸、ヘプタコサン酸、モンタン酸、メリシン酸などの炭素数が22を越える脂肪酸については、概ね融点が極めて高いため、加熱下においても混合が困難となるからである。
【0025】
本発明に用いる脂肪酸としては、炭素数が8〜22であれば、直鎖であっても、分枝状であってもよく、飽和脂肪酸であっても、不飽和脂肪酸であってもよく、例えば、カプリン酸、ペラルゴン酸、カプリル酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキジン酸、アラキドン酸、ベヘン酸が挙げられる。
【0026】
本発明の油脂組成物においては、乳化剤を含まないのが好ましい。乳化剤を使用すると、皮膚に塗布する医薬品及び化粧品においては皮膚刺激性を亢進する可能性があり、経口投与する医薬品及び食品においては、消化管刺激や好ましくない味を呈するおそれがあるからであり、本発明の油脂組成物においては、混合した水溶性物質の活性成分が油脂に溶解して相分離しないため、例えば、水と油への親和性の程度を表すHLB値が低い界面活性剤をさらに配合する必要性もないからである。しかしながら、さらなる溶解安定性が要求される場合には、油脂組成物において、少量の乳化剤(例えば、油脂組成物中に0.01〜5重量%)が配合されていてもよい。
【0027】
本発明の油脂組成物は、混合した水溶性物質が油脂中に十分溶解するため、本発明の油脂組成物を製造する際には、乳化装置や高圧ホモジナイザーなどの特別な装置を使用する必要がなく、エステル化などの特殊な操作を行う必要もない。
【0028】
本発明の油脂組成物には、水溶性物質の活性成分の効能や製品価値を維持するため、水溶性物質、プロピレングリコール、トリアセチン、脂肪酸以外の成分として、例えば、酸化防止剤、香料、増粘安定剤、保存料、保湿剤などを添加してもよい。なお、本発明の油脂組成物は、水を含まない無水状態であることはいうまでもない。
【0029】
本発明の油脂組成物は、水溶性物質の活性成分が、油脂中に、少なくとも1週間以上、相分離なく溶解された状態となるが、特に、油脂組成物中の水溶性物質の濃度が低い場合や油脂組成物が、水溶性物質、プロピレングリコール、トリアセチン、脂肪酸のみから構成される場合には、本発明の油脂組成物は、水溶性物質の活性成分が、3年以上の極めて長期にわたり、相分離なく溶解されるため、当該活性成分の安定状態が維持される。
【0030】
本発明の油脂組成物の製造方法は、水溶性物質をプロピレングリコールに溶解させた後、トリアセチンと、炭素数8〜22の脂肪酸とを添加する。本発明の油脂組成物の製造方法は、油脂組成物の製造時間を短縮したい場合や油脂組成物の品質を向上させたい場合に有効である。プロピレングリコールにトリアセチン及び炭素数8〜22の脂肪酸を添加した後、水溶性物質を混合すると、水溶性物質の油脂中への可溶化に時間がかかり、水溶性物質の活性成分が油脂中に十分溶解しないおそれもあるからである。
【実施例】
【0031】
(実施例1)
水溶性物質としてラロキシフェンを選択した。プロピレングリコール100重量部に1重量部のラロキシフェンを溶解して混合物1を作成した。混合物1に、トリアセチン100重量部とオレイン酸100重量部とを添加して混合し、乳化剤を含まず、水溶性物質を0.3重量%含有する、透明な外観の液状組成物1を得た。液状組成物1は、1ヶ月以上経過しても安定な可溶化状態を維持し、ラロキシフェンの結晶生成や相分離などの不具合は確認されなかった。
【0032】
(実施例2)
オレイン酸をカプリン酸に代えた以外は実施例1と同様の操作を繰り返し、乳化剤を含まず、水溶性物質を0.3重量%含有する、透明な外観の液状組成物2を得た。液状組成物2は、1ヶ月以上経過しても安定な可溶化状態を維持し、ラロキシフェンの結晶生成や相分離などの不具合は確認されなかった。
【0033】
(実施例3)
オレイン酸をリノール酸に代えた以外は実施例1と同様の操作を繰り返し、乳化剤を含まず、水溶性物質を0.3重量%含有する、透明な外観の液状組成物3を得た。液状組成物3は、1ヶ月以上経過しても安定な可溶化状態を維持し、ラロキシフェンの結晶生成や相分離などの不具合は確認されなかった。
【0034】
(実施例4)
トリアセチン100重量部をトリアセチン50重量部に代え、オレイン酸100重量部をオレイン酸50重量部に代えた以外は実施例1と同様の操作を繰り返し、乳化剤を含まず、水溶性物質を0.5重量%含有する、透明な外観の液状組成物4を得た。液状組成物4は、1ヶ月以上経過しても安定な可溶化状態を維持し、ラロキシフェンの結晶生成や相分離などの不具合は確認されなかった。
【0035】
(実施例5)
ラロキシフェンをリン酸アスコルビルマグネシウムに代えた以外は実施例1と同様の操作を繰り返し、乳化剤を含まず、水溶性物質を0.3重量%含有する、透明な外観の液状組成物5を得た。液状組成物5は、1ヶ月以上経過しても安定な可溶化状態を維持し、リン酸アスコルビルマグネシウムの結晶生成や相分離などの不具合は確認されなかった。
【0036】
(実施例6)
ラロキシフェンをカルニチンに代えた以外は実施例1と同様の操作を繰り返し、乳化剤を含まず、水溶性物質を0.3重量%含有する、透明な外観の液状組成物6を得た。液状組成物6は、1ヶ月以上経過しても安定な可溶化状態を維持し、カルニチンの結晶生成や相分離などの不具合は確認されなかった。
【0037】
(実施例7)
トリアセチン100重量部とオレイン酸100重量部を、トリアセチン100重量部とオレイン酸100重量部と乳化剤としてのテトラグリセリン縮合リシノレイン酸エステル1重量部に代えた以外は実施例1と同様の操作を繰り返し、水溶性物質を0.3重量%含有する、透明な外観の液状組成物7を得た。液状組成物7は、1ヶ月以上経過しても安定な可溶化状態を維持し、ラロキシフェンの結晶生成や相分離などの不具合は確認されなかった。
【0038】
(実施例8)
プロピレングリコール100重量部に、トリアセチン100重量部とオレイン酸100重量部とを加え、混合して混合物8を作成した。混合物8に、1重量部のラロキシフェンを添加し、混合して、水溶性物質を0.3重量%含有する、透明な外観の液状組成物8を得た。ラロキシフェンの溶解は、実施例1と比べると、時間を要した。液状組成物8は、1ヶ月以上経過しても安定な可溶化状態を維持し、ラロキシフェンの結晶生成や相分離などの不具合は確認されなかった。
【0039】
(比較例1)
プロピレングリコールを精製水に代えた以外は実施例1と同様の操作を繰り返し、液状組成物R1を得た。液状組成物R1は、二相に分離し、可溶化状態は得られなかった。
【0040】
(比較例2)
トリアセチンをトリオレインに代えた以外は実施例1と同様の操作を繰り返し、液状組成物R2を得た。液状組成物R2は、二相に分離し、可溶化状態は得られなかった。
【0041】
(比較例3)
トリアセチン100重量部をトリアセチン0重量部に代えた以外は実施例1と同様の操作を繰り返し、液状組成物R3を得た。液状組成物R3は、可溶化状態を得ることができたが、1週間以内にラロキシフェンの結晶物が沈殿した。
【0042】
(比較例4)
オレイン酸を大豆油に代えた以外は実施例1と同様の操作を繰り返し、液状組成物R4を得た。液状組成物R4は、二相に分離し、可溶化状態は得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、油脂に溶解しない水溶性物質を油脂中に可溶化させることができるため、例えば、軟膏、湿布剤、ソフトカプセルなどの医薬品、ローション、乳液などの化粧品、マーガリン、ドレッシングなどの食品等に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性物質と、プロピレングリコールと、トリアセチンと、炭素数8〜22の脂肪酸とを含有して成り、相分離せず、相溶性を有することを特徴とする油脂組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の油脂組成物は、乳化剤を含まないことを特徴とする油脂組成物。
【請求項3】
前記水溶性物質の含有量は、前記油脂組成物に対し、0.01〜20重量%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の油脂組成物。
【請求項4】
水溶性物質をプロピレングリコールに溶解させた後、トリアセチンと、炭素数8〜22の脂肪酸とを添加することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の油脂組成物の製造方法。

【公開番号】特開2012−188602(P2012−188602A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−54863(P2011−54863)
【出願日】平成23年3月12日(2011.3.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 刊行物名:日本油化学会第49回年会講演論文集,発行人:日本油化学会第49回年会実行委員会 委員長 高橋 是太郎,発行日:平成22年9月15日,該当ページ:第264頁
【出願人】(592007612)横浜油脂工業株式会社 (29)
【Fターム(参考)】