説明

油脂組成物

【課題】少ない量で焦げ付きなく加熱調理ができ、調理時の泡立ちが抑制され、且つ風味の良好な油脂組成物の提供。
【解決手段】次の成分(A)及び(B):
(A)ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジン酸及びホスファチジルイノシトールの合計のうち、ホスファチジン酸とホスファチジルイノシトールの合計が50〜99.9質量%であるリン脂質 0.01〜10質量%
(B)ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル 0.01〜5質量%
を含有する油脂組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炒め物などの加熱調理に有用な油脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
油脂は調理上、熱媒体として良好な風味を付与する材であり、又、炒め物などの調理をする上で、加熱による調理器具への付着(焦げ付き)を防ぐために必要不可欠である。一方、現代の日本人の食生活は西洋化しており、特に油の使用量が増えてきていることも知られているが、近年の嗜好の変化、健康面、ダイエットなどの点から、出来るだけ油脂の摂取量を低減することも求められている。そのため、上記炒め物などの調理をする上においても、出来るだけ少ない油での調理が求められているが、単に油の量を減らして調理すると焦げ付きの問題が顕著になる。
この問題を解決し、少ない量で焦げ付きなく調理するための油として、油脂にリン脂質を配合した炒め物用油脂が上市されている。この油脂は、種々の界面活性剤の中でもリン脂質が離型性効果に優れ、また、調理の際のスパッタリングを抑制する効果も有することを利用したものである(特許文献1参照)。
【0003】
また、リン脂質配合油を高温加熱した際に生じる褐変現象、及び油の着色物質と分解物による異臭の発生という問題を解決するものとして、窒素原子を含有するリン脂質(ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミンなど)を低減したリン脂質混合物(以下、「低窒素リン脂質混合物」と記載する)を配合した油脂組成物が提案されている(特許文献2参照)。
更に、リン脂質配合油は高温加熱した際に泡立ち易く、劣化したいわゆる古い油という印象を与える場合があるため、褐変現象及び異臭の抑制に加え泡立ちを抑制する技術として、低窒素リン脂質混合物配合油に有機酸モノグリセリドを併用する方法が提案されている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平02−291228号公報
【特許文献2】特開平02−027943号公報
【特許文献3】特開平09−028289号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記従来技術のうち、有機酸モノグリセリドを配合した油脂は、高温加熱による褐変現象や異臭の発生を抑制することはできるが、泡立ち抑制効果が十分ではないことが判明した。
【0006】
従って、本発明は、少ない量で焦げ付きなく加熱調理ができ、調理時の泡立ちが抑制され、且つ風味の良好な油脂組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題について検討したところ、低窒素リン脂質混合物とポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルをそれぞれ特定量配合すれば、調理時の焦げ付きや泡立ちが抑制され、且つ風味の良好な油脂組成物が得られることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、次の成分(A)及び(B):
(A)ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジン酸及びホスファチジルイノシトールの合計のうち、ホスファチジン酸とホスファチジルイノシトールの合計が50〜99.9質量%であるリン脂質 0.01〜10質量%
(B)ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル 0.01〜5質量%
を含有する油脂組成物を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、少ない量で焦げ付きなく炒め物などの加熱調理ができ、調理時の泡立ちが抑制され、且つ風味の良好な油脂組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の油脂組成物における成分(A)のリン脂質は、窒素原子を持つリン脂質であるホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)及びホスファチジルセリン(PS)、並びに窒素原子を持たないリン脂質であるホスファチジン酸(PA)、ホスファチジルイノシトール(PI)及びホスファチジルグリセロール(PG)、又はこれらのリゾ体などのリン酸化合物から選択される1種又は2種以上を含有するリン脂質混合物であり、PC、PE、PA及びPIの合計のうち、PAとPIの合計が50〜99.9質量%(以下、単に「%」と記載する)を占める。PC、PE、PA及びPIの合計のうち、PAとPIの合計の含有量は、更に60〜99.9%、特に70〜99.9%であるのが、ご飯などの炒め調理をした場合のばらけ、焦げ付き防止及び風味の点で好ましい。
【0011】
また、本発明の油脂組成物における成分(A)のリン脂質は、PA/PI(質量比)が6以上であることが好ましく、より好ましくは10以上、更に15以上、特に30以上、殊更100以上であることが、焦げ付き防止及び風味の点から好ましい。更に、PAとPIの合計のうち、PIが0.001〜10%を占めることが好ましく、更に0.01〜6%、特に0.1〜3%であるのが、外観及び工業的生産性の点で好ましい。また、本発明の油脂組成物における成分(A)は、PC、PE、PA及びPIの合計のうちPIを0.001〜6%含有することが好ましく、さらには0.05〜5%、特に0.1〜3%であるのが、外観及び工業的生産性の点で好ましい。
【0012】
本発明の油脂組成物における成分(A)のリン脂質は、大豆あるいは卵黄などから得られるリン脂質及び/又はそれらを加水分解、水素添加、エステル交換、溶剤分画、精製処理、酵素処理したリン脂質などの中から選択して利用できる。特に、例えば大豆リン脂質に代表される天然リン脂質を原料として、ホスフォリパーゼDを触媒としてPC、PEを選択的に分解して、これらの含有量を減少させると同時に、ホスフォリパーゼA2を触媒としてリン脂質の2位の結合を分解し、PA及びリゾPAの含有量を増加させる方法により得たもの、あるいはホスフォリパーゼD及びホスフォリパーゼC(PIを選択的に分解する酵素)を触媒として同様に天然リン脂質を分解し、PAの含有量を増加させる方法により得たものなどが好ましく用いられる。またホスフォリパーゼを触媒としたトランスホスファチジレーションにより、天然リン脂質のPC、PE、PSの含有量を減少させ、PI、PG、PAの含有量を増大させる方法を利用して得たものも有利に使用することができる。なお、モノグリセリドやジグリセリドのリン酸化によって得られたリン酸エステルなどのリン脂質を利用することもできる。
【0013】
本発明の油脂組成物中、成分(A)のリン脂質の含有量は0.01〜10%であるが、更に0.05〜5%、特に0.1〜2%であることが、焦げ付き防止の点から好ましい。
【0014】
本発明の油脂組成物における成分(B)のポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルは、グリセリンの重合度が2〜10であることが好ましく、更に3〜8、特に5〜7であることが、泡立ち抑制の点から好ましい。また、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルは、HLB値が0.5〜5、更に0.5〜3のものが、泡立ち抑制の点から好ましい。なお、ここでのHLB値は界面活性剤の親水性と親油性のバランスを表す指標で、Griffinの方法により求めた数値である。
【0015】
本発明の油脂組成物中、成分(B)のポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルの含有量は0.01〜5%であるが、更に0.1〜3%、特に0.3〜2%であることが、泡立ち抑制及び風味の点から好ましい。
【0016】
本発明の油脂組成物は、成分(B)/(A)の質量比が0.1〜8であることが好ましく、更に0.3〜6、特に1〜5であることが、泡立ち抑制及び風味の点から好ましい。
【0017】
本発明の油脂組成物は、焦げ付き防止効果を更に向上させる点から、ポリグリセリン脂肪酸エステル(ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルを除く)、ショ糖脂肪酸エステル、及びソルビタン脂肪酸エステルから選択され、且つHLB値が9以下である1種又は2種以上のものを、油脂組成物中に0.001〜10%、更に0.01〜5%、特に0.01〜1%となるように加えることが好ましい。これらは、単独で用いても、複数のものを組み合わせてもよい。
【0018】
本発明の油脂組成物に使用できる食用油脂に特に制限はなく、通常の加熱調理用として使用できるものであれば何れのものでもよい。例えば、オリーブ油、米ぬか油、ごま油、サフラワー油、大豆油、椿油、コーン油、ナタネ油、パーム油、ひまわり油、綿実油などの植物油脂;ラード、牛脂、魚油、およびバター脂などの動物油脂;あるいはこれらの硬化油、分別油、ランダムエステル交換油を挙げることができる。これらの油は、それぞれ単独で用いてもよく、あるいは適宜混合して用いてもよい。
【0019】
更に、本発明の油脂組成物は、保存時及び調理時の酸化安定性の点より、油脂組成物中に抗酸化剤を0.01〜2%含有するのが好ましく、更に0.01〜1%、特に0.01〜0.5%含有するのが好ましい。抗酸化剤としては、天然抗酸化剤、トコフェロール、アスコルビルパルミテート、アスコルビルステアレート、BHT、BHAなどから選ばれる1種又は2種以上が好ましく、より好ましい例としては、天然抗酸化剤、トコフェロール、アスコルビルパルミテートから選ばれる1種又は2種以上の抗酸化剤がある。その中でも、アスコルビルパルミテートとトコフェロールの併用が最も好ましい。
【0020】
本発明の油脂組成物は、少ない量で焦げ付きなく調理ができ、調理時の泡立ちが抑制され、且つ風味が良好であることから、炒め物などの加熱調理用として好適である。
【実施例】
【0021】
[リン脂質の調製]
大豆100gをワーリングブレンダーにて破砕した。破砕物はふるいにかけ、夾雑物などを取り除いた後、ガラスカラムに充填し、カラム底部から緩衝液を流し、カラム上部から酵素抽出混濁液(ホスホリパーゼD及びホスホリパーゼCを含有する)を回収した。
撹拌装置を備えた500mL4口フラスコに、市販の脱脂レシチン(商品名SLP−WSP:辻製油(株)製)を50gとり、これに上記酵素抽出混濁液300gを加え、30℃で40時間反応させた。反応後、生成物をヘキサンで抽出し、酸処理および水洗したのちコーン油で希釈し、リン脂質混合物Xを調製した。リン脂質の組成及びリン脂質混合物Xの組成を表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
[リン脂質の組成分析]
サンプル100mgに、クロロホルム:メタノール=2:1(容量比)溶液10mLを加え、よく混合した。これを高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に供して、リン脂質組成を求めた。
HPLC条件
装置;高速液体クロマトグラフ1式(UV検出器、データ処理装置付)
カラム;ワコーシル5NH2(5μm) 4.0×150mm
カラム温度;40℃
溶離液;アセトニトリル/エタノール/10mMリン酸二水素アンモニウム水溶液
(30/65/5容量比)
流速;1.0mL/分
検出器;UV 210nm
【0024】
[泡立ち試験]
表2に示した乳化剤a〜hを用い、表3に示した本発明品1〜5及び比較品1〜3を調製し、比較品4としてリン脂質混合物Xのみを添加したもの、比較品5としてコーン油のみを用いたものをそれぞれ調製し、下記方法にて泡立ちの評価を行なった。
各油脂組成物10gを比色管(直径30mm、100mL容)に計り取り、ブロックヒーターで175℃に加熱し、1cm角の立方体に刻んだサツマイモを投入し、加熱前の液面から発生した泡の高さが最高に達した時の比色管の目盛りを読んだ。
【0025】
【表2】

【0026】
【表3】

【0027】
表3から明らかなように、PC、PE、PA及びPIの合計のうち、PAとPIの合計の含有量が高いリン脂質と、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルを特定量ずつ配合した本発明品の油脂組成物は、泡立ちが改善されることが分かった。
【0028】
表4に示した配合で本発明品6〜12及び比較品6の油脂組成物を調製し、これらに加えて本発明品3及び比較品4を用い、下記の手順でチャーハンを作成し、調理中の泡立ち、焦げ付き、風味評価を行った。
【0029】
[チャーハンの調理方法]
鉄製フライパン(直径24cm)に油脂組成物9gを入れ、中火で加熱し、長葱(10g)、卵(40g)を炒めた後、冷えたご飯(300g)を炒め、塩(1g)、醤油(2.5mL)で味付けした。この調理に際し、調理時の泡立ち、焦げ付きを観察し、相対評価を行った。また、得られたチャーハンの風味を相対評価した。
【0030】
[泡立ち評価]
◎:具材を炒めている時に全く泡立ちがない
○:具材を炒めている時にやや泡立ちがある
△:具材を炒めている時に泡立ちが目立つ
×:具材を炒めている時に泡立ちが激しい
【0031】
[焦げ付き評価]
◎:調理後、フライパンにほとんど焦げ付きがない
○:調理後、フライパンに少し焦げ付きがある
△:調理後、フライパンに焦げ付きが目立つ
×:調理後、フライパン全面に焦げ付きがある
【0032】
[風味評価]
◎:良好
○:やや良好
△:やや異味を感じる
×:異味を感じる
【0033】
【表4】

【0034】
表4から明らかなように、PC、PE、PA及びPIの合計のうち、PAとPIの合計の含有量が高いリン脂質と、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルを特定量配合した本発明品の油脂組成物は、泡立ちが改善され、焦げ付きが抑制され、また風味も良好であることが分かった。特に、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルを0.3%以上配合すると泡立ち抑制効果が顕著であった。また、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル/リン脂質(質量比)が、6以下の場合は風味が特に良好であり、0.3〜6の範囲の場合は、泡立ち抑制効果及び風味ともに極めて良好であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の成分(A)及び(B):
(A)ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジン酸及びホスファチジルイノシトールの合計のうち、ホスファチジン酸とホスファチジルイノシトールの合計が50〜99.9質量%であるリン脂質 0.01〜10質量%
(B)ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル 0.01〜5質量%
を含有する油脂組成物。
【請求項2】
前記成分(B)/(A)の質量比が0.1〜8である請求項1に記載の油脂組成物。
【請求項3】
前記成分(B)におけるグリセリンの重合度が2〜10である請求項1又は2に記載の油脂組成物。
【請求項4】
前記成分(B)のHLB値が0.5〜5である請求項1〜3のいずれか1項に記載の油脂組成物。

【公開番号】特開2010−200655(P2010−200655A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−48755(P2009−48755)
【出願日】平成21年3月3日(2009.3.3)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】