説明

油脂類の酸化抑制剤

【課題】安全性に優れた油脂類の酸化抑制剤を提供する。
【解決手段】本発明は、ネギ類植物に含まれるモノスルフィド化合物(アリルプロピルモノスルフィド、メチルプロピルモノスルフィド、ジイソプロピルモノスルフィド、ジメチルモノスルフィド、アリルメチルモノスルフィド、ジプロピルモノスルフィド、ジアリルモノスルフィド)、またはネギ類植物のモノスルフィド化合物含有画分を有効成分として含有する油脂類の酸化抑制剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は油脂類の酸化抑制剤に関する。より詳しくは、本発明は食経験のある植物の抽出物またはそれに含まれる化合物を有効成分とする、安全性の高い油脂類の酸化抑制剤に関する。さらに、本発明は、当該酸化抑制剤を利用した食品処理剤、油脂類の酸化抑制方法、並びに当該酸化抑制剤で処理することによって油脂類の酸化が抑制されてなる食品または色素組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より食品(サプリメント食品、健康食品を含む)や化粧品分野などにおいて、豚脂や牛脂、魚油、または植物油などの動植物油の他、機能特性が着目されているリノール酸、リノレン酸、DHA、アラキドン酸、コレステロールまたは油性色素などの天然素材由来の油脂類が広く利用されている。
【0003】
しかしながら、これらの天然素材由来の油脂類は不安定であり、たとえば熱、光または空気などによって劣化して、商品の品質や価値を著しく低下させるという問題があった。特に食品中の油脂の自動酸化による劣化は、嗜好や栄養価値の低下を招くだけでなく、過酸化物を生成することによって急性または慢性毒性を発現するという問題がある。かかる油脂の自動酸化は、酸素によって主に不飽和脂肪酸に起こる酸化であり、その反応過程で、ラジカルの連鎖反応が進行して酸素吸収や過酸化物が上昇する。このため、抗酸化剤として不飽和脂肪酸の酸化が抑制できる素材が望まれている。
【0004】
近年とくにオレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸またはDHA等の油脂は、その生理機能が着目され需要が伸びており、その酸化防止と安定化が望まれている。
【0005】
また、食品素材以外にも、着色料として用いられる油脂としてカロチノイド色素がある。これも不飽和結合を分子構造内に持つため、酸化を受けやすく不安定であり(例えば、非特許文献1参照)、従来よりこのカロチノイ色素を安定化させる素材が望まれている。なお、カロチノイドは、着色料として用いられる他、ニンジン、サツマイモ、ホウレンソウ、ブロッコリ、パセリ、ダイコンの葉、トマトなどの野菜;オレンジ、モモ、カキなどの果実;家禽の卵;バター、チーズを含む乳製品や乳脂肪;カニ、エビなどの魚介類;ワカメ、コンブなどの海藻類にいたる幅広く食品に存在している油性成分である。
【0006】
かかるカロチノイドの酸化防止のために、二酸化炭素の濃度を高める方法や温度管理する方法が知られている。また、カロチノイドの酸化防止には、カロチノイドとBHA、BHT、ビタミンC、ビタミンE(トコフェロール)、または酵素処理イソクエルセチン(ルチン)などといった酸化防止剤の併用が試みられている(例えば、非特許文献2参照)。
【0007】
しかしながら、こうした従来の酸化防止剤では、特に食品分野においてはその効果は十分でなく、とくにカロチンの退色は十分に抑制できていないのが現状である。また、油性色素に対する酸化防止方法として、例えば特許文献1及び2に記載の方法が提案されているが、いずれも満足できる方法ではない。
【0008】
ところで、従来からタマネギの抗酸化作用が検討されており(例えば、非特許文献参照10)、その本体はフラボノイド化合物と推定されている。また、グリーンペッパー、セロリ、グリーンオニオンなどの熱水抽出物の加水分解物にも抗酸化作用があることが指摘されており、その本体は加水分解物中に含まれるケルセチンではないかと推定されている(例えば、非特許文献3参照)。
【0009】
一方、イオウ化合物が石油、自動車のオイル分野では良好な抗酸化剤として位置付けられている。たとえば、フェノチアジン(Phenothiazine)、4,4-チオビス(3-メチル-tert-ブチル)フェノール、亜鉛アルキルジチオフォスフェート、ヂアウリルチオジピロピオン酸、ジステアリルチオジプロピオン酸などのイオウ化合物は、石油製品のイオウ系酸化抑制剤として利用されている。かかるイオウ化合物の抗酸化機構は、Colcloughらによって研究されており、ジアルケニル−ジスルフィド、トリまたはテトラスルフィド、イオウなどは連鎖停止剤として、またジアルケニルーモノスルフィド、アルキルアルケニル−モノスルフィド、ジアルキル−ジスルフィド、ジアルキル-モノスルフィドなどは過酸化物分解剤として作用すると報告されている(例えば、非特許文献4、非特許文献5参照)。
【0010】
しかしながら、これらの文献に記載されているイオウ化合物(スルフィド化合物)の抗酸化作用は過酸化物に対する分解作用であり、油脂類に対する酸化防止作用は知られていない。また、これらのイオウ化合物(スルフィド化合物)はいずれもカロチノイドの退色反応を停止する作用を有しないスルフィド化合物である(例えば、非特許文献6参照)。
【0011】
このように、天然素材に由来するモノスルフィド化合物を油脂、特に食品油脂の酸化防止(変質防止、退色防止)のために使用することを開示する先行技術はない。
【特許文献1】特開昭59−50265号公報
【特許文献2】特開平8−224068号公報
【非特許文献1】木村進、中林敏郎、加藤博通編著、食品の変色の化学、pp187、光琳、1995
【非特許文献2】木村進、中林敏郎、加藤博通編著、食品の変色の化学、pp216、光琳、1995
【非特許文献3】太田静行編著、食品と酸化防止剤、 p62、食品資材研究会(1987
【非特許文献4】Coloclough,T.;J.Chem.Soc.,4790(1964)
【非特許文献5】Cain,M.E.;J.Chem.Soc.,3323(1963)
【非特許文献6】太田静行編著、食品と酸化防止剤、 pp99、食品資材研究会(1987
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、油脂類の酸化を抑制するために有効に用いられる製剤(油脂類の酸化抑制剤)、並びに油脂類の酸化を抑制するための方法を提供することを目的とする。特に、本発明は油脂類の酸化に起因して生じる食品の変質(変色・退色を含む)を抑制するために有効に用いられる製剤、並びに変質を抑制するための方法を提供することを目的とする。
【0013】
なお、油脂類の酸化抑制剤を食品に適用する場合には、そのもの自体の安全性や加熱等によって生じる生成物の安全性が確認されていることが必要である。そこで、本発明のより好適な目的は、食経験のある植物から得られる成分を有効成分とする油脂類の酸化抑制剤を提供することである。
【0014】
さらに、本発明の目的は、当該油脂類の酸化抑制剤を含有する食品処理剤、色素組成物、並びに当該処理剤で処理されることによって油脂類の酸化が抑制されてなる食品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、従来から植物抽出物の機能性に着目し、とくに油脂類の酸化を抑制する植物抽出物について鋭意研究を行ってきた。その結果、ネギ類に含まれているモノスルフィド化合物が、当該油脂類の酸化抑制に対して優れた効果を発揮することを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成したものである。
【0016】
すなわち、本願発明は下記の様態を含むものである。
項1.モノスルフィド化合物を有効成分として含有する油脂類の酸化抑制剤。
項2.モノスルフィド化合物が、メチル基、プロピル基、アリル基、及びイソプロピル基より選択される少なくとも1つの官能基を有するものである、項1記載の油脂類の酸化抑制剤。
項3.有効成分として、アリルプロピルモノスルフィド、メチルプロピルモノスルフィド、ジイソプロピルモノスルフィド、ジメチルモノスルフィド、アリルメチルモノスルフィド、ジプロピルモノスルフィド、及びジアリルモノスルフィドより選択される1または2以上のモノスルフィド化合物を含有するものである、項1または2記載の油脂類の酸化抑制剤。
項4.モノスルフィド化合物がネギ類植物に由来するものである、項1乃至3のいずれかに記載の油脂類の酸化抑制剤。
項5.ネギ類植物のモノスルフィド化合物含有画分を有効成分として含有するものである、項1乃至4のいずれかに記載の油脂類の酸化抑制剤。なお、モノスルフィド化合物含有画分には、ジスルフィド化合物やトリスルフィド化合物などの他のスルフィド化合物を含まないことが好ましい。
項6.上記モノスルフィド化合物含有画分が、ネギ類植物の精油画分である項5に記載の油脂類の酸化抑制剤。
項7.上記モノスルフィド化合物含有画分が、ネギ類植物を水、有機溶剤またはこれらの混合溶媒で抽出して得られるものであるか、ネギ類植物の超臨界CO抽出物である項5または6に記載の油脂類の酸化抑制剤。
【0017】
項8.項1乃至7のいずれかに記載の油脂類の酸化抑制剤を含有する食品処理剤。
項9.項1乃至7のいずれかに記載の油脂類の酸化抑制剤を用いて処理する工程を含む、油脂類の酸化抑制方法。
項10.項1乃至7のいずれかに記載の油脂類の酸化抑制剤または請求項8に記載の食品処理剤を用いて処理されることにより、油脂類の酸化が抑制されてなる食品。
項11.項1乃至7のいずれかに記載の油脂類の酸化抑制剤を含有する色素組成物。
項12.油性の色素組成物である項11記載の色素組成物。
項13、カロチノイド色素またはパプリカ色素である項12記載の色素組成物。
【発明の効果】
【0018】
本発明の酸化抑制剤および酸化抑制方法によれば、油脂類の酸化を有意に抑制することができ、その結果、油脂類の酸化に起因する変質(変色や退色を含む)を防止することができる。本発明の油脂類の酸化抑制剤は、食経験に基づいて安全性が確認されているネギ類に含まれるモノスルフィド化合物を有効成分とする。ゆえに安全性が高く、食品や医薬品など、ヒトに適用される製剤の処理剤として好適に使用することができる。
【0019】
また本発明の酸化抑制剤および酸化抑制方法は、カロチノイド色素やパプリカ色素等の油性色素の変質や変色(退色)を有意に防止することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明において「油脂類」とは、油脂を構成する脂肪酸を包含する意味で用いられる。かかる脂肪酸には炭素数8〜24、好ましくは炭素数8〜20の高級脂肪酸を例示することができる。好ましくはオレイン酸、リノール酸、リノレン酸などの不飽和脂肪酸を挙げることができる。
【0021】
また、本発明でいう「油脂類の酸化」は、広義の酸化を意味するものであり、例えば油脂類(油脂および脂肪酸)の酸化を原因として生じる現象や状態〔例えば、油脂類の酸化による変質(変色や退色などの色調の変化も含まれる)〕も、本発明が対象とする「油脂類の酸化」に含まれる。
【0022】
本発明の油脂類の酸化抑制剤は、モノスルフィド化合物を有効成分として含むことを特徴とする。
【0023】
本発明の有効成分であるモノスルフィド化合物は、任意の官能基で修飾されていてもよい。たとえば、かかる修飾されてなるモノスルフィド化合物には、1または2の、炭素数1〜12、好ましくは炭素数1〜8の直鎖または分枝状の鎖状アルキル基で修飾されてなるモノスルフィド化合物が含まれる。
【0024】
ここで典型的な鎖状アルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、t−ブチル基、イソブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、イソヘキシル基、ペブチル基、メチルプロピル基、4,4−ジメチルペンチル基、オクチル基、2,4,4−トリメチルペンチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、並びにこれらの分枝鎖状異性基および同様の基を例示することができる。好ましくは炭素数1〜6の低級アルキル基であり、より好ましくは炭素数1〜3の低級アルキル基である。鎖状アルキル基で修飾されてなるモノスルフィド化合物としては、より好適にはジメチルモノスルフィド、ジプロピルモノスルフィド、ジイソプロピルモノスルフィド、およびメチルプロピルモノスルフィドを挙げることができる。
【0025】
また、本発明で用いられるモノスルフィド化合物には、1または2のアリル基(1−プロペニル基)で修飾されてなるモノスルフィド化合物も含まれる。かかるモノスルフィド化合物は、アリル基とともに上記アルキル基で修飾されていてもよい。かかるものとして、ジアリルモノスルフィド、アリルメチルモノスルフィドおよびアリルプロピルモノスルフィドを挙げることができる。
【0026】
本発明で使用するモノスルフィド化合物の修飾官能基の種類は、本発明の効果を奏することを限度として、上記の特定基に限定されることはなく任意である。また、モノスルフィド化合物の由来は問わず、合成品であっても天然物に由来するものであってもよい。好ましくは、天然物に由来するモノスルフィド化合物であり、より好ましくはネギ類植物に由来するモノスルフィド化合物である。
【0027】
ネギ類はユリ科の植物であり、たとえば、タマネギ、ニンニク(りん茎)、リーキ、ラッキョウ、アサギ、ワケギ、ネギ(青)、ネギ(白)、ユリ(根茎)、アマドコロ、アマナ、エンレイソウ、オモト、カタクリ、ニラ(葉)、キダチアロエ(葉)、コバイケイソウ(根、根茎)、コヤブラン、ジャノヒゲ、スズラン、バイケイソウ、ハナスゲ、イヌサフラン(種子)などを挙げることができる。また好適な野菜(食用植物)としてはタマネギ、ネギ(白)、ラッキョウ、ニンニクなどを挙げることができる。好ましくはタマネギを例示することができる。
【0028】
タマネギには多数の栽培種があり、品質改良によって異なった種類が作り出されている。ネギ類タマネギの品種は甘タマネギと辛タマネギの2つのグループに大別することができる。甘タマネギはスペインやイタリアなどで栽培されるが、日本ではほとんど栽培されていない品種である。一方、辛タマネギは中央アジア(ルーマニア、ユーゴスラビア)を経由してアメリカを経て日本に導入されたものであり、日本で一般的に栽培されているものはほとんどこのグループに入る。本発明で用いられるタマネギは、これら甘タマネギと辛タマネギの別を問わず、いずれのタマネギをも使用することができる。辛タマネギとしては、そらち黄、ひぐま、セキホク、天心、月交、北もみじ86、もみじ、及びスーパー北もみじなどの晩生タイプのタマネギを挙げることができ、本発明においても好適に用いることができる。これらのタマネギは農協や、スーパーや商店などの小売り業者等から容易に入手可能である。
【0029】
本発明の油脂類の酸化抑制剤は、有効成分として、上記ネギ類植物のモノスルフィド化合物含有画分を含むものであってもよい。実験例に示すようにジスルフィド、トリスルフィド、及びテトラスルフィド化合物には、抗酸化作用がないかまたは逆に酸化作用を有するものが含まれている。このため、上記のモノスルフィド化合物含有画分は、これらのジスルフィド、トリスルフィド、及びテトラスルフィド化合物と区別して、モノスルフィド化合物を高い割合でまたは選択的に含有する画分であることが好ましい。ネギ類植物としては前述する植物をいずれも挙げることができるが、モノスルフィド化合物の含有量の多さから、好ましくはタマネギである。
【0030】
なお、上記モノスルフィド化合物含有画分において、「モノスルフィド化合物」としては、具体的には前述する各種のモノスルフィド化合物を挙げることができるが、好ましくは、ジメチルモノスルフィド、ジプロピルモノスルフィド、ジイソプロピルモノスルフィド、メチルプロピルモノスルフィド、アリルプロピルモノスルフィド、アリルメチルモノスルフィド、及びジアリルモノスルフィドであり、より好ましくは、プロピル基またはイソプロピル基が1または2つ有するモノスルフィド化合物(例えば、ジプロピルモノスルフィド、ジイソプロピルモノスルフィドなど)である。
【0031】
ネギ類植物のモノスルフィド化合物含有画分としては、例えばネギ類植物の精油を挙げることができる。
【0032】
モノスルフィド化合物またはモノスルフィド化合物含有画分の取得に使用されるネギ類の部位は、特に制限されず、ネギ類植物の全植物体であっても、また、部分部位、例えば、葉、茎、根、花またはりん茎(可食部)のいずれであってもよい。好ましくは可食部であり、例えばネギ類植物としてタマネギを使用する場合は、葉及びりん茎(可食部)を好適な部位として用いることができる。
【0033】
ネギ類植物に含まれるモノスルフィド化合物、及び当該化合物を含有する画分は、ネギ類植物(例えば、好適にはタマネギ、ネギ、ラッキョウ)を溶媒との共存下で抽出処理して調製取得することができる。ここでネギ類は、そのまま(生)の状態で抽出処理に供してもよいし、また生のままスライスしたり細断した破砕物、摺り下ろした物、または搾り液を抽出処理に供してもよい。さらにネギ類植物の乾燥物をそのままもしくは破砕、粉砕して抽出処理に供することができる。
【0034】
抽出に使用する溶媒(抽出溶媒)としては、メタノール、エタノール、1−ブタノール、2−ブタノール、1−プロパノール、及び2−プロパノール等の炭素数1〜4の低級アルコール;グリセリン、プロピレングリコール、エチレングリコール、及びブチレングリコール等の多価アルコール;アセトン、エチルメチルケトン、酢酸エチル、酢酸メチル、ジエチルエーテル、シクロヘキサン、ジクロロメタン、食用油脂、ヘキサン、1,1,1,2−テトラフルオロエタン、1,1,2−トリクロロエテンなどの有機溶剤、または水を挙げることができる。好ましくはエタノールなどの低級アルコール、及び水である。
【0035】
上記に掲げる抽出溶媒は、1種単独で使用しても2種以上を組み合わせて用いてもよい。より好ましくは水と有機溶剤との混合物であり、特に低級アルコールと水との混合物(含水アルコール)、より好ましくはエタノールと水との混合物(含水エタノール)を挙げることができる。含水アルコールとしては、具体的には水を40〜60容量%の割合で含む含水アルコールを好適に用いることができる。
【0036】
抽出に用いるネギ類植物に対して用いられる上記抽出溶媒の割合としては、特に制限されないが、生のネギ類植物100重量部に対して用いられる溶媒の重量比に換算した場合、通常50〜20,000重量部、好ましくは10〜10,000重量部を例示することができる。
【0037】
なお、モノスルフィド化合物含有画分に含まれるモノスルフィド化合物の含有割合を高める方法(またはモノスルフィド化合物を選択的に取得する方法)として、上記抽出方法に代えて、または加えて、圧縮、蒸留(水蒸気蒸留、分子蒸留、分画蒸留、アロマディスティレート、回収エッセンス)、抽出(チンクチャー、マセレーション、パーコレーション、オレオレジン、コンクリート、アブソリュート)、亜臨界または超臨界抽出方法など調製方法を採用することもできる。
【0038】
本発明の酸化抑制剤は、前述するモノスルフィド化合物またはネギ類植物から得られるモノスルフィド化合物含有画分だけからなってもよいし、また本発明の効果を妨げない範囲で、製薬上または食品上許容される担体や添加剤を含んでいてもよい。担体としては、水;エタノール等の低級アルコール;プロピレングリコール、グリセリン等の多価アルコール;砂糖、果糖、ぶどう糖、デキストリン、シクロデキストリン、環状オリゴ糖などの糖質;ソルビトールなどの糖アルコール;アラビアガム、キトサン、キサンタンガムなどのガム質;清酒、ウォッカや焼酎などの蒸留酒;油脂類、グリシン、酢酸ナトリウムなど製造用剤を例示することができる。また、添加剤としては、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルなどの乳化剤を例示することができる。
【0039】
また、本発明の酸化抑制剤は、本発明の効果を損なわないことを限度として、油脂類に対して酸化抑制効果が知られている他の成分を含むこともできる。かかる成分としては、例えばビタミンCおよびその誘導体、エリソルビン酸ナトリウムなどの水溶性成分、ビタミンEなどの油溶性成分、ヤマモモ抽出物、酵素処理ルチン、ケルセチン配糖体、ミリスチン、イソクエルセチン、ナリンゲニンなどのフラボノイド類、ケンフェロールなどのカルコン類及び食塩等を挙げることができる。
【0040】
本発明の酸化抑制剤の形態は特に制限されない。例えば本発明の酸化抑制剤は、錠剤、顆粒状または粉末状等の固形物、液状や乳液状などの液体、またはペースト状等の半固形物の形態で用いることができる。
【0041】
なお、酸化抑制剤を粉末状態に調製する方法としては、例えば、上記モノスルフィド化合物またはネギ類植物から得られるモノスルフィド化合物含有画分に、必要に応じてデキストリンやシクロデキストリン等の糖類または糖アルコールなどの賦形剤または炭酸カルシウム、セラミックス、シリカゲル、活性炭などのポーラスな無機質や有機質に加え、凍結乾燥、噴霧乾燥または凍結粉砕などの手法によって調製することができる。
【0042】
さらに、酸化抑制剤を液体状態に調製する方法としては、例えば、上記モノスルフィド化合物またはネギ類植物から得られるモノスルフィド化合物含有画分に食用液体油脂を配合する方法を挙げることができる。なお、酸化抑制剤に含まれる有効成分たるモノスルフィド化合物の含有量は、通常1〜100重量%の割合で適宜選択することができる。
【0043】
本発明の酸化抑制剤は、油脂類を含む組成物の酸化抑制処理、酸化に起因する変質(変色、退色を含む)抑制処理、並びに品質保持のための処理に好適に使用することができる。かかる組成物(被験物)としては、油脂類(油脂または脂肪酸)を含むものであれば、特に制限されない。具体的には、油性色素、油性香料、油脂類成分を含む食品、油脂類成分を含む医薬品、油脂類成分を含む医薬部外品、油脂類成分を含む香粧品、油脂類成分を含む餌料、油脂類成分を含む飼料、油脂類成分を含む肥料、油性のサプリメント素材などを挙げることができる。
【0044】
食品としては、油脂類を含有する飲食物であれば特に制限されない。たとえば、麦茶、ほうじ茶、ココア、コーヒー飲料など焙煎を行う嗜好飲料、色目を明るくした惣菜(フレンチフライ、ポテトチップス、フライドポテト、コーンスナック)、甘栗、豆菓子、ワッフル、かりんとう、せんべい、クラッカー、シリアル、麦こがし、アーモンド、プレッツエル、クッキー、ビスケットなどの菓子類;コロッケ、トンカツ、唐揚、フライドポテト、餃子、春巻などの加工食品、サンドウィッチ;シチュー、カレー、カレー粉を用いたカレー食品、リゾット、パスタなどのレトルト食品:焦げ目をつけた焼おにぎりやご飯;豚肉、魚介、野菜などの天ぷらを含む食品または食品付き麺、うどん、長崎ちゃんぽん麺、うどん、冷麺、蕎麦、油あげ即席めん、ラーメンなど;野菜やご飯類の炒め物(中華どんぶり、チャーハンなど);しょうゆで味付けした食品、野菜、食品や果実をオーブンで焼いた焼き物(チキン、ターキー);野菜のてんぷら、魚肉を揚げたさつま揚げや各種具材のてんぷらなどの各種の総菜や弁当等、を例示することができる。なお、上記は単に例示であって、これらの食品のみに適用できるわけではなく、他の食品に対しても適用することができる。
【0045】
本発明が対象とする油性色素は、たとえば、ニンジンカロチン、アナトー色素、デュナリエラカロチン、パーム油カロチン、パプリカ色素、クチナシ黄色素、マリーゴールド色素、トマト色素などの天然系色素、あるいは具体的な物質としては、クロセチン、β-カロチン、リコペン、ルテイン、ゼアキサンチン、カンタキサンチン、β−クリプトキサンチン、フコキサンチン、ビオラキサンチン、ネオキサンチン、β−アポカロチナール、エキネノン、γ−カロチン、カプサンチン、カプロルビン、ビキシン、トルラホディン、フィトエン、アスタキサンチン、トルエン、α-カロテン、プロビタミンA、ビタミンA、レチノールなどを挙げることができる。
【0046】
本発明が対象とする油性香料は、各種植物の精油を含む香料を広く挙げることができる。
【0047】
本発明の酸化抑制処理は、処理対象とする被験物を本発明の酸化抑制剤と接触させるか、共存状態におくことによって行うことができる。接触方法としては、処理する被験物の形態や製造方法に応じて適宜選択され、特に制限されない。例えば、例えば、食品を例にすると、(1)食品の表面または切断面に酸化抑制剤を塗布若しくは噴霧する方法、(2) 酸化抑制剤を含む溶液中に食品を浸漬する方法、および(3) 酸化抑制剤を食品の配合物に添加混合する方法などを挙げることができる。なお、(3)の方法の場合、酸化抑制剤の添加時期は特に制限されず、食品の製造または加工処理工程で行われても、または最終的に得られた食品に対して行なわれてもよい。また当該酸化抑制剤を対象物に添加配合する処理方法は、食品にかぎらず、医薬品、医薬部外品、香粧品、飼料または餌料に対する酸化抑制方法としても好適に使用することができる。
【0048】
被験物に酸化抑制剤 を配合する場合の酸化抑制剤の添加量は、処理する対象物(被験物)の種類や処理方法等によって種々異なり一概に規定することができないが、例えば、最終対象物中に含まれるモノスルフィド化合物の総量として、0.1〜10,000μg/g、好ましくは1〜200μg/gの割合を例示することができる。
【0049】
また、被験物の表面または切断面に塗布若しくは噴霧する場合、当該塗布若しくは噴霧に使用する処理液中に含まれるモノスルフィド化合物の総量として、1〜10,000μg/ml、好ましくは1〜100μg/mlの割合を例示することができる。
【0050】
また、被験物を浸漬混合処理する場合は、該浸漬処理に使用する溶液中に含まれるモノスルフィド化合物の総量として、1〜10,000μg/ml、好ましくは10〜1,000μg/mlの割合を例示することができる。
【0051】
また本発明は上記本発明の酸化抑制剤で処理することによって、油脂類の酸化が抑制され、当該反応に起因して生じる好ましくない変化が抑制されてなる各種の組成物(食品、色素、香料、医薬品、医薬部外品、香粧品、飼料など)をも提供するものである。当該組成物は、上記本発明の油脂酸化抑制剤で処理されることによって、含有する油脂の酸化反応が抑制され、当該反応に起因して生じる変化、変質(例えば、変色、退色、悪臭発生を含む)が抑制されてなるものであれば特に制限されない。
【実施例】
【0052】
以下、本発明の内容を以下の実験例及び実施例を用いて具体的に説明する。但し、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。また、特に記載のない限り「%」とは「重量%」を、「部」とは、「重量部」を意味するものとする。なお、以下の実験例において、各種のスルフィド化合物は、Oxford Chemicals社から入手した試薬を精製して使用した。
【0053】
実験例1 リノール酸に対する抗酸化作用
基準油脂分析試験法(JOCS)に定められている油脂安定化試験法(Conductmetric Determination Method:CDM)(以下「CDM」という)に準じて、リノール酸に対する各種スルフィド化合物の抗酸化作用を試験した。なお、CDMではその測定温度条件が120℃に設定されているが、120℃ではリノール酸は30分以内に酸化され、被験化合物の抗酸化作用を精度良く評価できないため、本試験では80℃に設定した。
【0054】
(1)実験装置
実験装置として自動油脂安定化試験装置ランシマット(E679型、メトローム・シバタ社製)を用いた。当該装置は、空気流量計(20ml/hr)、恒温槽(80℃±0.2℃)、反応容器(硬質ガラス管)、空気吹き込み管、測定容器、電導度測定セル(0〜400μS/cmの二重白金セル)、記録計(400μS/cmの電導度をフルスケールで測定できるもの)からなる。
【0055】
(2)実験方法
リノール酸(和光純薬工業社製)2.5gと表1に示す各種の被験化合物10μlを上記装置の反応容器に入れ、80℃に加熱しながら、清浄な空気を送り込んだ。一方、測定容器に超純水(ミリQ水)70mlを入れ、電導度測定セルをセットした。そして上記実験装置を始動させて測定を開始した(温度条件80℃±0.2℃、送風速度20L/hr)。具体的には、リノール酸の酸化により生成した揮発性の分解生成物を測定容器内の水中に捕集させ、その伝導率が急激に変化する折れ曲り点(変曲点)までの時間を求め、これを酸化時間(hour)とした。
た。
【0056】
(3)結果
結果を表1に併せて示す。
【0057】
【表1】

【0058】
リノール酸単品(ブランク)の酸化時間は4.25hrであり、これを基準時間として各種スルフィド化合物のリノール酸に対する抗酸化作用を評価した。表1において、酸化時間がこの基準時間(4.25hr)より長く抗酸化作用が認められる場合を「↑」、基準時間(4.25hr)より短く抗酸化作用が認められない場合を「↓」で示す。
【0059】
その結果、モノスルフィド化合物全般に亘って、リノール酸に対する抗酸化作用(酸化抑制作用)が認められた。一方、ジスルフィド化合物やトリスルフィド化合物はリノール酸の酸化を抑制できず、逆に酸化を早め、油脂の変化(変質)を早めることがわかった。
【0060】
実験例2 リノール酸−βカロチンに対する抗酸化作用(退色抑制作用)
リノール酸−βカロチン混合試験方法〔津志田藤二郎、β-カロチン退色法による抗酸化性の測定、p23、食品の機能性評価マニュアル集、農林水産省農林水産技術会議事務局、食品総合研究所(1999)〕に準拠して、リノール酸存在下におけるβカロチンに対する各種スルフィド化合物の抗酸化作用を試験した。
【0061】
(1)各試薬の調製
βカロチンは東京化成製、ツイーン40及びリノール酸は和光純薬工業製を使用した。その他の試薬はキシダ化学製のものを使用した。
・βカロチン溶液:10mgのβカロチンをクロロホルムに溶解して10mlとする。
・リノール酸溶液:1gのリノール酸をクロロホルムに溶解して10mlとする。
・ツイーン40溶液:2gのツイーン40をクロロホルムに溶解して10mlとする。
・リン酸緩衝液(0.2Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.8)):リン酸1ナトリウム11.84gとリン酸2ナトリウム116.0gを蒸留水で2Lとした。
・ブチルヒドロキシトルエン(BHT)標準溶液:メタノールにBHTを1mg溶解して100mlとする。
・スルフィド溶液(被験試料):表2に示す各種のスルフィド化合物100μlを10倍容量のメタノールに溶解し、1mlとする。
【0062】
(2)リノール酸−βカロチンエマルション溶液の調製
100ml容量の三角フラスコに上記リノール酸溶液0.1ml、βカロチン溶液0.25ml、ツイーン40溶液0.5mlをとり、これに窒素ガスを吹き込み、クロロホルムを完全に飛ばした後、45ml蒸留水を加えて溶解する。次に5mlの0.2Mリン酸緩衝液を加えてエマルション(リノール酸−βカロチンエマルション溶液)とする。
【0063】
(3)実験方法
50mlの試験管に予め調製した各種の被験試料(スルフィド溶液)(表2参照)100μlを入れ、これに4.9mlのリノール酸−βカロチンエマルジョン溶液をピペットマンで加えた(試験溶液)。これを水浴で50℃に加温して、熱自動酸化反応を開始させ、50℃の状態で分光光度計(UV-560、日本分光社製)を用いて10分ごとに470nmにおける吸光度を測定した。なお、ブランクとして、上記被験試料(スルフィド溶液)100μlに代えて蒸留水100μl、また陽性コントロールとして高い抗酸化作用が知られているBHTの標準溶液100μlを用いて上記と同様に調製した試験溶液(5ml)についても同様に試験した。
【0064】
(4)結果
上記で得られた各反応液の吸光度(470nm)から、下記の手順で被験試料(スルフィド溶液)の抗酸化作用を評価した。
【0065】
(a) βカロチンの退色速度の算出
リノール酸−βカロチンエマルション溶液は、50℃の水浴中で酸化反応を生じさせると、リノール酸に由来する過酸化物がβカロチンを酸化して退色させる。上記で測定した470nmでの吸光度はβカロチンの吸光度であり、βカロチンの退色を反映する。この退色は直線的に減少することが知られていることから、反応から50分経過したときの吸光度と反応直後(0分)の吸光度とから、次の式で各試験溶液の退色速度を求めた。
【0066】
退色速度 R= 〔Log(A0)−Log(A50)〕/50
A0:0分の吸光度
A50:50分後の吸光度。
【0067】
なおブランクの退色速度(Rcontrol)は0.018894であった。
【0068】
(b) 抗酸化活性の算出
スルフィド類の抗酸化活性は、ブランクの酸化速度に対する抑制率(%)から評価できる。このため上記の方法で算出したブランクの退色速度(Rcontrol)(0.018894)と各試験溶液の退色速度(Rsample)から、下式に基づいて酸化抑制率(%)を求め、これを抗酸化活性とした。
【0069】
抗酸化活性(%) =(Rcontrol−Rsample)/Rcontrol ×100
Rcontrol:対照(ブランク)の退色速度
Rsample:各試験溶液の退色速度。
【0070】
結果を、陽性コントロール(BHT)の結果と併せて表2に示す。
【0071】
【表2】

【0072】
上記の結果から、モノスルフィド化合物の抗酸化活性は全般的に高く、特にジメチルモノスルフィド、ジプロピルモノスルフィドは、陽性コントロール(BHT)に匹敵するほどの高い抗酸化活性を有していた。この結果から、モノスルフィド化合物にはリノール酸の酸化を抑制する効果、すなわち、過酸化脂質が反応して水中の水素イオンを吸収し、一重項酸素が生成する作用を抑制する効果があることがわかった。
【0073】
なお、一重項酸素は、脂質過酸化の成長反応の過程で生じた脂肪酸ペルオキシドラジカル(LOO・)2分子からRussell機構(Russell、G.A.;J.Am.Chem.Soc.,79,3871-3877(1957)によって生じると考えられている(島田修史、安田 寛、武森重樹;ミクロソーム、p87、活性酸素(共立出版)、1988)。一重項酸素の生成メカニズムは、多くの過酸化物との反応で、加熱によって発生が認められている。発生した一重項酸素は求電子試薬であり、電子を渡しやすい基質(本実験例では、βカロチン)と反応しやすく、ラジカル的な性質はほとんどない。なお、βカロチンはそれ自身一重項酸素による酸化は受けないが、一重項酸素と相互作用して失活させる。この種類の化合物を一重項酸素消光剤(クエンチャーとも)という。代表的なものにβカロチン以外に、αトコフェロールなどがある(斉藤 烈、松郷誠一;活性酸素の化学、p15、活性酸素(共立出版)、1988)。
【0074】
本実験例はβカロチンの退色という観点から、βカロチンの吸光度(470nm)から、一重項酸素の発生に対する消光剤(βカロチン)の安定性を評価することで、併用したスルフィド化合物の抗酸化作用を評価したものである。
【0075】
実験例3 βカロチンに対する抗酸化作用(退色抑制作用)
各種スルフィド化合物の存在下で、βカロチンにフェードメーターによってUV照射し、βカロチンの残存率からスルフィド化合物の抗酸化作用(退色抑制作用)を評価した。
【0076】
(1)各試薬の調製
βカロチンは東京化成製、ツイーン40及びリノール酸は和光純薬工業製を使用した。その他の試薬はキシダ化学製のものを使用した。
・βカロチン溶液:10mgのβカロチンをクロロホルムに溶解して10mlとする。
・ツイーン40溶液:2gのツイーン40をクロロホルムに溶解して10mlとする。
・リン酸緩衝液(0.2Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.8)):リン酸1ナトリウム11.84gとリン酸2ナトリウム116.0gを蒸留水で2Lとした。
・ブチルヒドロキシトルエン(BHT)標準溶液:メタノールにBHTを1mg溶解して100mlとする。
・スルフィド溶液(被験試料):表2に示す各種のスルフィド化合物100μlを10倍容量のメタノールに溶解し、1mlとする。
【0077】
(2)βカロチンエマルション溶液の調製
100ml容量の三角フラスコに上記βカロチン溶液0.25mlとツイーン40溶液0.5mlをとり、これに窒素ガスを吹き込み、クロロホルムを完全に飛ばした後、45ml蒸留水を加えて溶解した。次に5mlの0.2Mリン酸緩衝液を加えてエマルション(βカロチンエマルション溶液)とする。
【0078】
(3)実験方法
50mlの試験管に予め調製した各種の被験試料(スルフィド溶液)(表3参照)100μlを入れ、これに4.9mlのβカロチンエマルジョン溶液をピペットマンで加えた(試験溶液)。調製した試験溶液を50ml容量のガラス容器に充填し、フェードメーター(スガ試験機社製)で2時間UV照射した。UV照射前後の470nmにおける吸光度をそれぞれ分光光度計(UV-560、日本分光社製)により測定し、UV照射前の吸光度を100%として、UV照射後のβカロチンの残存率(%)を求めた。なお、ブランクとして、上記被験試料(スルフィド溶液)100μlに代えて蒸留水100μl、また陽性コントロールとして高い抗酸化作用が知られているBHTの標準溶液100μlを用いて上記と同様に調製した試験溶液(5.0mL)についても同様に試験した。
【0079】
(4)結果
各試験溶液について、上記で得られたUV照射後のβカロチンの残存率(%)を表3に示す。また、ブランク(対照区)とアリルプロピルモノスルフィドの試験溶液について、UV照射前後の着色状態を示す結果を図1に示す。
【0080】
【表3】

【0081】
上記の結果に示すように、モノスルフィド化合物を用いた場合、βカロチンの残存率(%)はブランクに比して高かった。また、図1に示すように、ブランクではUV照射によってβカロチンの色が消失したのに対し、モノスルフィド化合物(アリルプロピルモノスルフィド)を用いた場合、UV照射前後でβカロチンの色調や色度に殆ど変化が見られなかった(視覚的変化なし)。これらのことから、モノスルフィド化合物にはカロチンに対する退色抑制作用があることがわかる。
【0082】
なお、βカロチンは脂溶性でその化学構造式中にポリエン構造を有しており、このポリエン構造が空気酸化および光酸化を受けやすく、分解すると退色することが知られている(藤井正美監修、清水孝重、中村幹郎著、食用天然色素、p39、光琳、1993)。従って、上記の結果から、モノスルフィド化合物にはカロチンに対して抗酸化作用があることがわかる。
【0083】
実験例4
(1)タマネギ超臨界CO抽出物の調製
生タマネギ1600gを水洗後、カッターで粉砕し、これをろ布でろ過して、約400gの微淡黄色清澄なタマネギ搾汁を得た(タマネギ粉砕物1600g使用)。この調製したタマネギ搾汁のうち190ml(タマネギ760g分)に、95容量%エタノール(含水エタノール)60mlを添加して混合した(タマネギ:含水エタノール=38:3)。調製したタマネギ含有エタノール溶液250mlを、超臨界抽出システムの抽出槽に充填し、圧力17.5MPa及び温度50℃に調整した超臨界状態の二酸化炭素700Lを導入した。二酸化炭素導入後、25分間そのままの状態で保持し、次いで抽出槽を温度調節しつつ圧力調整バルブを用いて開放して、二酸化炭素を分離槽に放出して、タマネギ超臨界CO抽出物50gをサンプル採取口から採取した(タマネギ760g分)。得られた超臨界CO抽出物の収率(使用した生タマネギの重量に対する抽出物の重量比)は6.6%であった。
【0084】
(2)タマネギ抽出液の水蒸気蒸留
生タマネギ1600gを水洗後、カッターで8分割に粗く粉砕し、得られた粉砕物1kgに95容量%エタノール(含水エタノール)1kgを添加し浸漬した状態(ネギ類タマネギ:含水エタノール=1:1)で、冷蔵庫(4℃)内に放置した。12時間後、浸漬処理物をろ紙でろ過し、タマネギ粉砕物(固形分)を除去して、タマネギ抽出液1.8kgを得た。この抽出物を水蒸気蒸留によって濃縮した(水蒸気蒸留処理物)。
【0085】
(3)GC−MS分析
上記で調製したタマネギ超臨界CO抽出物(試料1)及び水蒸気蒸留処理物(試料2)をそれぞれ下記条件のGC/MS分析に供した。
【0086】
<GC−MS分析>
機器: GC 3800(Varian社製)、MS Saturn2100T(Varian社製)
カラム:DB-5msitd(Micromass社製)、0.25mmi.d.×30m
注入量:1μl、split(100:1)
注入温度: 250℃
カラム温度:50℃(1分保持、10℃/min)→250℃(1分保持)
転送ライン温度:280℃
キャリアガス:ヘリウムガス
イオントラップ温度:220℃
イオン化電圧: 70eV
イオン化モード:EI+。
【0087】
結果を表4に示す。なお、物質の同定は、各モノスルフィド化合物の標品を同様に上記条件のGC−MS分析にかけて、その保持時間と対比することで行った。その結果、存在が確認できたモノスルフィド化合物については、「○」を、確認できなかったモノスルフィド化合物については「−」を付している。
【0088】
【表4】

【0089】
表4に示すように、タマネギ超臨界CO抽出物及びタマネギ抽出物の水蒸気蒸留物には、いずれもモノスルフィド化合物が含まれていることが確認された。中でもジプロピルモノスルフィドは高い割合で含まれていた。実験例1で示したように、タマネギに含まれているこれらのモノスルフィド化合物には高い抗酸化作用がある。このことは、タマネギのモノスルフィド化合物含有画分は、抗酸化剤の有効成分として有用であること、ならびにモノスルフィド化合物が食用の野菜に含まれる安全な成分であることを示している。
【0090】
なお、タマネギに由来するスルフィド類としては、ハイドロゲンスルフィド(hydrogen sulfide)、プロピレンスルフィド、ジメチルスルフィド、メチルプロピルスルフィド、メチル1−プロピルスルフィド、アリルメチルスルフィド、1−プロペニルプロピルスルフィド、ジアリルスルフィド、ビス(1−プロピル)スルフィドなどが報告されている。(特許庁発行:特許庁公報、周知・慣用技術集(香料)第II部食品用香料、pp856、平成12(2000).1.14発行)。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】UV照射によるβカロチンの退色に対するモノスルフィド化合物(アリルプロピルモノスルフィド)の効果(退色抑制効果)を示すカラー画像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モノスルフィド化合物を有効成分として含有する油脂類の酸化抑制剤。
【請求項2】
モノスルフィド化合物が、メチル基、プロピル基、アリル基、及びイソプロピル基より選択される少なくとも1つの官能基を有するものである、請求項1記載の油脂類の酸化抑制剤。
【請求項3】
有効成分として、アリルプロピルモノスルフィド、メチルプロピルモノスルフィド、ジイソプロピルモノスルフィド、ジメチルモノスルフィド、アリルメチルモノスルフィド、ジプロピルモノスルフィド、及びジアリルモノスルフィドより選択される1または2以上のモノスルフィド化合物を含有するものである、請求項1または2記載の油脂類の酸化抑制剤。
【請求項4】
モノスルフィド化合物がネギ類植物に由来するものである、請求項1乃至3のいずれかに記載の油脂類の酸化抑制剤。
【請求項5】
ネギ類植物のモノスルフィド化合物含有画分を有効成分として含有するものである、請求項1乃至4のいずれかに記載の油脂類の酸化抑制剤。
【請求項6】
上記モノスルフィド化合物含有画分が、ネギ類植物の精油画分である請求項5に記載の油脂類の酸化抑制剤。
【請求項7】
上記モノスルフィド化合物含有画分が、ネギ類植物を水、有機溶剤またはこれらの混合溶媒で抽出して得られるものであるか、またはネギ類植物の超臨界CO抽出物である請求項5または6に記載の油脂類の酸化抑制剤。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかに記載の油脂類の酸化抑制剤を含有する食品処理剤。
【請求項9】
請求項1乃至7のいずれかに記載の油脂類の酸化抑制剤を用いて処理する工程を有する、油脂類の酸化抑制方法。
【請求項10】
請求項1乃至7のいずれかに記載の油脂類の酸化抑制剤または請求項8に記載の食品処理剤を用いて処理されることにより、油脂類の酸化が抑制されてなる食品。
【請求項11】
請求項1乃至7のいずれかに記載の油脂類の酸化抑制剤を含有する色素組成物。
【請求項12】
色素がカロチノイド色素である請求項11記載の色素組成物。

【図1】
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【公開番号】特開2006−307181(P2006−307181A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−84976(P2006−84976)
【出願日】平成18年3月27日(2006.3.27)
【出願人】(501145295)独立行政法人食品総合研究所 (27)
【出願人】(000175283)三栄源エフ・エフ・アイ株式会社 (429)
【Fターム(参考)】