説明

波浪衝撃緩和装置

【課題】船首部に衝突する前方からの波はもとより、下方から受ける波の流れを左右後方に分散させて、波から受ける衝撃を緩和する波浪衝撃緩和装置を提供する。
【解決手段】船首部6の上側において前方に延設された波除け壁と前記船首部6の下側に設けられた船首バルブとを有する船舶5に設けられる波浪衝撃緩和装置1であって、前端から後端にかけて拡開されており前方から受ける波の流れを左右に分散する分散面21を備えているとともに、前記波除け壁から前記船首バルブにかけて連続して設けられている波浪分散部材2と、この波浪分散部材2の前記分散面21から前記船舶5の右側壁および左側壁にかけて設けられており下方から受ける波の流れを左右後方に変える波浪偏向部材3とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船首バルブを備えた船舶の船首部に設けられる波浪衝撃緩和装置に関し、特に、小型船舶等の波浪によって航行が影響を受けやすい船舶に好適な波浪衝撃緩和装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、船舶が航行する際に発生する造波抵抗を低減させるため、船首部の下側に半球状等に形成して突出させた船首バルブ(「バルバスバウ:Bulbous Bow」ともいう)を設けることがある。この船首バルブは、船舶の船首部よりも前方で波を発生させるためのものであり、この船首バルブで発生した波と船首部で発生した波とを干渉させて、お互いの波を打ち消し合うことにより、波の発生を抑えて抵抗を低減させるものである。
【0003】
しかし、実際の海域では、海面が穏やかな場合ばかりではなく、大小様々な波浪を伴う場合がある。海面に波浪を伴う海域においては、航行する船舶の船首部に波が衝突することになる。この船首部に衝突する波は、その衝撃が極めて強く、航行に対する抵抗が大きく、船体が破損に至る場合もある程の問題となっている。この船首部に衝突する波浪に起因する抵抗や衝撃等は、前記船首バルブによっても低減することができない。
【0004】
そこで、これまでに、船首部に衝突する波浪による抵抗を低減するための発明がいくつか提案されている。
【0005】
例えば、特開2004−314943号公報では、船首バルブの上方の水面付近に船体と滑らかに接する曲面を有する反射波低減構造物を設けた船舶が提案されている(特許文献1)。この特許文献1によれば、反射波低減構造物によって、前方から受ける波を左右に切り分けることにより船首部における波の反射を低減することができるとされている。
【0006】
また、特開2010−95238号公報では、船首部の肩部分に接する2つの直線が交わる角度以下を成す略三角形状の付加物と、この付加物を船体の喫水線より高い位置に取り付ける支持部材とを備えた波浪中抵抗増加低減装置が提案されている(特許文献2)。
この特許文献2によれば、前方から受ける波に対しての抵抗増加低減効果のみならず斜め前方から受ける波に対しても抵抗低減を発揮するとともに、既存の船舶に容易に取り付けることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−314943号公報
【特許文献2】特開2010−95238号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載された発明においては、反射波低減構造物により側面方向の横波や横風を受ける面積が増加し、操舵性能が低下したり、抵抗が増大する等の問題がある。
【0009】
また、船舶のトン数に関しては、例えば、「船舶のトン数の測度に関する法律」等に定められており、この法律の第3条1項において「『閉囲場所』とは、外板、仕切り若しくは隔壁又は甲板若しくは覆いにより閉囲されている船舶内のすべての場所をいう。」と規定されている。また、「国際総トン数は、閉囲場所の合計容積よって定められる」(同4条2項)と規定されている。よって、特許文献1の反射波低減構造物のように船首部を囲む付加物は、船舶の一部と見なされ、船舶の長さや船舶の総トン数を増加させることになる。
【0010】
船舶の総トン数は、船舶の運送料や保険料等の基準となっており、既存の船舶の総トン数を変更せずに反射波低減構造物を設けるには大がかりな改造が必要となる。特に、漁船に関しては、漁業許可や安全検査等の制限の中、許容トン数ぎりぎりに設計されている船舶が殆どであり、総トン数の変更は実質不可能である。
【0011】
また、特許文献2に記載された発明においては、付加物が船首バルブの上方の一部にしか設けられていないため、船体が波浪により上下するような場合に抵抗低減効果が発揮できないという問題がある。
【0012】
さらに、特許文献1および特許文献2に記載された発明は、前方や斜め前方から受ける波に対する抵抗の低減を目的として設けられるものである。しかし、波浪や船体が上下動することにより下方から受ける波には対抗できないという問題がある。このような、下方から受ける波は、船首部の波除け壁(「ブルワーク:Bulwark」ともいう)等に衝突し大きな抵抗を生じるが、これまでは解決できる手段がないため、そのニーズが高まっている。
【0013】
また、漁船等の小型船舶においては、航行中または操業中に関わらず、波浪や風の影響を強く受ける。特に、船首の上下動が大きく、波と同調しやすいため、船首の落下タイミングと波の盛り上がりタイミングとが同調した場合、極めて大きな衝撃となる。また、大型船舶と異なり、小型船舶においては、波除け壁が前方および左右方向に広がるように大きく形成されている。このため、積載物の多い帰港時や時化の時には、船首部が受ける抵抗や衝撃はより一層大きくなる。
【0014】
本発明は、このような問題点を解決するためになされたものであって、船首部に衝突する前方からの波はもとより、下方から受ける波の流れを左右後方に分散させて、波から受ける衝撃を緩和する波浪衝撃緩和装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係る波浪衝撃緩和装置は、船首部の上側において前方に延設された波除け壁と前記船首部の下側に設けられた船首バルブとを有する船舶に設けられる波浪衝撃緩和装置であって、前端から後端にかけて拡開されており前方から受ける波の流れを左右に分散する分散面を備えているとともに、前記波除け壁から前記船首バルブにかけて連続して設けられている波浪分散部材と、この波浪分散部材の前記分散面から前記船舶の右側壁および左側壁にかけて設けられており下方から受ける波の流れを左右後方に変える波浪偏向部材とを有する。
【0016】
また、前記波浪分散部材の後端と前記船体との間には、横波および横風を通り抜けさせる衝撃回避用空隙が形成されていてもよい。
【0017】
さらに、本発明における一態様として、前記波浪偏向部材が前記船舶の満載喫水線よりも上方に設けられていてもよい。
【0018】
さらにまた、本発明における一態様として、前記波浪偏向部材が高さ方向に複数段設けられていてもよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、船首部に衝突する前方からの波はもとより、下方から受ける波の流れを左右後方に分散させて、波から受ける衝撃を緩和することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る波浪衝撃緩和装置の一実施形態を設けた船舶の船首部を示す側面図である。
【図2】本実施形態の船首部を示す正面図である。
【図3】図1における3A−3A線断面図である。
【図4】本実施形態における波浪分散部材について(a)その前端縁が前方側に膨らんだ曲線状に形成されている一実施形態と、(b)その前端縁が後方側に凹んだ曲線状に形成されている一実施形態とを示す側面図である。
【図5】本実施形態における波浪偏向部材のうち(a)板状に形成されている一実施形態と、(b)下面が傾斜状に形成された一実施形態と、(c)下面が上側に湾曲された曲面状に形成された一実施形態とを示す断面図である。
【図6】本実施形態における波浪偏向部材を高さ方向に複数段設けた一実施形態を示す側面図である。
【図7】実施例1における試験結果を示す表である。
【図8】本実施例1の試験結果に基づき模型船の上下運動の振幅(Heave振幅)と前方から受ける波の波長との関係を表すグラフである。
【図9】本実施例1の試験結果に基づき模型船の縦方向の揺れの振幅(Pitch振幅)と前方から受ける波の波長との関係を表すグラフである。
【図10】本実施例1の試験結果に基づき抵抗増加係数と前方から受ける波の波長との関係を表すグラフである。
【図11】実施例2における試験結果に基づき有効馬力と航行速度との関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係る波浪衝撃緩和装置の一実施形態について図面を用いて説明する。図1は、本実施形態の波浪衝撃緩和装置1を設けた船舶5の船首部6を示す側面図であり、図2はその正面図である。
【0022】
本実施形態の波浪衝撃緩和装置1は、主として、前方から受ける波の流れを左右に分散する波浪分散部材2と、下方から受ける波の流れを左右および後方に変化させる波浪偏向部材3とから構成されている。以下、各構成について詳細に説明する。
【0023】
なお、本発明において、波浪衝撃緩和装置1が設けられる船舶5には、図1および図2に示すように、船首部6の上側において波除け壁7が前方に延設されており、船首部6の下側には造波抵抗低減用の船首バルブ8が設けられている。これら波除け壁7および船首バルブ8は、一般的に船舶5に設けられるものであって、特別な構成を必要としない。また、船舶5の大きさや種類については特に限定されるものではなく、大型船でも小型船でもよく、タンカーや漁船等でもよい。
【0024】
まず、波浪分散部材2について説明する。波浪分散部材2は、前端から後端にかけて拡開された分散面21を備えている。この分散面21は、前方から受ける波の流れを左右に分散するためのものである。本実施形態における波浪分散部材2は、図3に示すように、水平断面形状が略三角形状に形成されており、船舶5の中心線に対して左右対称に形成された2面が分散面21を構成している。なお、本実施形態における波浪分散部材2は、三角柱状に形成されており、その後端側22が閉じられているが、これに限定されるものではなく、板状部材によってVの字状に形成してその後端面が開放されていても構わない。
【0025】
この波浪分散部材2は、図1および図2に示すように、波除け壁7から船首バルブ8にかけて連続する形状に形成されている。当該波浪分散部材2は、波浪により上下動する船首部6では水面の高さが変化するため、様々な水面の高さの波に対応できるように分断されることなく、連続的な形状として構成されていることが望ましい。なお、本実施形態において、波浪分散部材2の前端縁23は、図1に示すように、波除け壁7から船首バルブ8にかけて略直線状に形成されているが、図4に示すように、前方側に膨らんだ曲線状あるいは後方側に湾曲させた曲線状に形成されていてもよい。また、前端縁23の形状は鋭角状に先を尖らせてもよいし、曲面状に湾曲させてもよい。
【0026】
また、波浪分散部材2の後端側22と船体51との間には、図1および図3に示すように、横波および横風が通り抜けられるような衝撃回避用の空隙4が形成されている。この衝撃回避用空隙4は、横波および横風から受ける横方向の衝撃を回避するためのものである。衝撃回避用空隙4の大きさやその形状は、波浪分散部材2によって前方から受ける波を分散させる機能を保ちつつ、横波や横風を受ける面積を最小限とするように、船舶5の形状や大きさ等に応じて適宜選択されるものである。
【0027】
次に、波浪偏向部材3について説明する。図1ないし図3に示すように、波浪偏向部材3は、下方から受ける波の流れを方向転換させて衝撃力を交わすためのものであり、波浪分散部材2の分散面21から船舶5の右側壁52および左側壁53にかけて設けられている。この波浪偏向部材3の下面側31は下方からの波を受ける部分である。波浪偏向部材3は、図5(a)に示すような板状に形成されていてもよく、あるいは下方から受けた波の流れを左右に変化させ易くするように、その下面側31が図5(b)に示すような傾斜状や図5(c)に示すような上側に湾曲させた曲面状に形成されていてもよい。
【0028】
また、本実施形態における波浪偏向部材3は、図1に示すように、わずかに後方下方へ傾斜されているが、特に限定されるものではなく、下方から受ける波の流れを後方に方向転換させられる角度であれば略水平や後方上方へ傾斜されていてもよい。
【0029】
また、左右の波浪偏向部材3の間の衝撃回避用空隙4が形成されている部分は、図3に示すように、上下方向にも波や風が通り抜けるように空隙が形成されている。
【0030】
なお、波浪偏向部材3は航行中にそれ自体が抵抗となるのを防ぐため、満載喫水線よりも上方位置に設けられているのが好ましい。また、図6に示すように、波浪偏向部材3は、水位が増減しても波浪変更機能を発揮できるように、複数段設けるようにしてもよい。
【0031】
次に、本実施形態の波浪衝撃緩和装置1の各構成における作用について説明する。
【0032】
本実施形態の波浪衝撃緩和装置1を設けた船舶5で航行した場合、波浪分散部材2は、分散面21によって前方から受ける波の流れを左右に分散する。分散された波の流れは、分散面21に沿って船首部6の右側後方および左側後方へと流れていく。したがって、波浪分散部材2は、前方から受ける波により船首部6が受ける衝撃を緩和することができる。
【0033】
また、波浪分散部材2が波除け壁7から船首バルブ8にかけて連続して設けられているので、仮に波浪により船首部6が上下動し、水面位置が変化した場合であっても、前方から流れる波を広範囲で受けて左右に分散することができる。
【0034】
さらに、波浪分散部材2は、船首バルブ8の上から押さえつける波に対しても左右に分散するため、船首バルブ8が沈み込むのを回避して水面上に露出させることができ、従来の船首バルブ8が受けていた上から押さえつけられる抵抗を低減させることができる。
【0035】
一方、衝撃回避用空隙4は、船舶5が横波や横風を受けた際に波浪分散部材2が受ける衝撃を通り抜けさせることによって低減する。すなわち、横波や横風の通り道を形成することによって、波浪分散部材2が受ける衝撃を小さくし、波浪分散部材2を設けたことによる操舵性能の低下を防ぎ、転覆を回避することができる。
【0036】
また、衝撃回避用空隙4を設けることにより、波浪分散部材2は船舶5の付加物として扱われる。すなわち、波浪分散部材2の容積を船舶5の容積量とする必要がない。よって、船舶5の容積量を広く設計することができる。
【0037】
波浪偏向部材3は、下方から受ける波の流れを変える。船首部6の右側にある波浪偏向部材3は、下方から受けた波の流れを右側へと変化させる。同様に、船首部6の左側にある波浪偏向部材3は、下方から受けた波の流れを左側へと変化させる。波浪偏向部材3の下面を傾斜状または上側に凸となる曲面状に形成することで、下方から受けた波の流れはそれぞれ右側または左側に変化し易くなる。
【0038】
また、波浪偏向部材3は、下方からの波の流れの一部を後方へと変化させる。後方へと変化した流れは、さらに船舶5の推力となる。よって、波浪偏向部材3は、下方から受ける波の衝撃を緩和するのみではなく、その波のエネルギーの一部を推力に変換することができ、燃費を向上させることができる。
【0039】
また、本実施形態における波浪偏向部材3は、衝撃回避用空隙4で上下に波や風を通り抜けるように空隙を設けたため、横波や横風の影響を最小限に抑えることができる。
【0040】
さらに、波浪偏向部材3は波浪分散部材2を支持する機能を有している。すなわち、衝撃回避用空隙4を設けたことによる波浪分散部材2の強度不足を解消し、強固に波浪分散部材2を固定することができる。
【0041】
以上のような本実施形態の波浪衝撃緩和装置1によれば、以下のような効果を得ることができる。
1.前方から受ける波の衝撃を緩和することができる。
2.下方から受ける波の衝撃を緩和するとともに、その一部を推力として利用することができる。
3.波浪衝撃緩和装置1を設けたことによる横波や横風の影響を最小限に抑えることができる。
4.衝撃回避用空隙4を設けることにより、船舶5の喫水線長さを変更する必要がなく、波浪衝撃緩和装置1を付加物として扱うことができて船舶5の容積やトン数も変更する必要がないため、容積制限のある船舶5にも取り付け可能となる。
5.特に、漁船等の小型船舶においては、船首部6における上下方向の揺れを効果的に低減することができる。
【実施例1】
【0042】
次に、本発明に係る波浪衝撃緩和装置の実施例1について説明する。本実施例1では、独立行政法人水産総合研究センターの漁船推進性能実験棟にある長水層を用いて波浪衝撃緩和装置による船舶の抵抗低減試験を行った。
【0043】
上記長水層は、長さ約130mを有する水槽であり、水深約3.0mの水がはられている。また、この水槽には、その上を走行するえい航電車と、水槽の終端部から始端部に向かう波を発生させる造波装置とが設けられている。この造波装置は、任意の波長λの波を発生させることができる。
【0044】
本実施例1で用いた模型船は、船首部に波除け壁および船首バルブが設けられており、全長Lが約1.4m、幅Bが約0.29mの漁船を模った形状を有している。また、模型船の船首部には波浪衝撃緩和装置を設置できるようになっている。
【0045】
なお、本実施例1で用いた波浪衝撃緩和装置は、波浪分散部材のみであり、波浪偏向部材や衝撃回避用空隙は設けていない。
【0046】
この模型船は、水槽内に浮かべた状態でえい航電車に設置される。設置部分には模型船の上下運動の振幅(以下、「Heave振幅」という)を計測する計器と、船舶の縦方向の揺れの振幅(以下、「Pitch振幅」という)を計測する計器とが設けられている。
【0047】
試験は、造波装置により水槽内の水に所定の波長λを有する波を発生させるとともに、その波の中にえい航電車によって模型船を航行させ、その際に模型船に働く「上下運動の振幅」および「縦方向の揺れの振幅」の計測を行った。試験条件は、以下の通りである。
【0048】
まず、試験は、7種類の波の波長λについて行った。波長λを模型船の全長Lで割って無次元化した値(以下、「波長比」という)λ/Lは、0.50、0.75、1.00、1.25、1.50、2.00、3.00である。また、それぞれの波長λにおいて、模型船に波浪分散部材を設けた場合と、設けない場合の2条件について行った。以下、計測結果について説明する。
【0049】
図7は、測定結果を表に整理して示したものである。なお、表中における各記号は以下の値を表す。まず、ξは、模型船のHeave振幅を示す値であり、ξは、Pitch振幅を示す値である。また、ζは入射波の振幅であり、Kは波の波数である。
【0050】
また、Rtmは模型船の全抵抗を示す値である。Rawは、模型船の波浪中の抵抗増加量を示す値である。さらに、Kawは、波浪中の抵抗増加係数を示す値である。なお、Kawは、Rawを水の密度ρ、重力加速度g、入射波の振幅ζおよび模型船の幅Bで割り、さらに模型船の全長Lを掛けて算出している。
【0051】
以上より、抵抗増加係数Kawは、その値が小さいほど、模型船が受ける抵抗が少ないことを意味する。
【0052】
なお、本実施例1において、造波装置による波を発生させていない平水面における模型船(波浪分散部材なし)の全抵抗Rtmは1.183(kgf)であった。
【0053】
図8および図9は、図7の測定結果をグラフ化したものであり、図8の縦軸は、Heave振幅ξを入射波の振幅ζで無次元化したものである。また、図9の縦軸は、Pitch振幅ξを波数Kおよび入射波振幅ζで無次元化したものである。また、それぞれの横軸は波長比λ/Lである。
【0054】
Heave振幅は、波長比λ/Lが2.0をピークとして、0.5〜2.0までは上昇し、その後緩やかに下降している。波浪分散部材の有無によるHeave振幅の差を比較すると、波長比λ/Lが大きくなるに従って、波浪分散部材を設けた方の振幅が大きくなる傾向にある。
【0055】
また、Pitch振幅は、波長比λ/Lが大きくなるにつれて、その値も上昇した。波浪分散部材の有無によるPitch振幅の差を比較すると、上記Heave振幅における傾向と同様に、波長比λ/Lが大きくなるに従って、波浪分散部材を設けた方の振幅が大きくなる傾向にある。
【0056】
上記の通り波浪分散部材の有無によりHeave振幅およびPitch振幅に差が生じたのは次の理由によるものと考えられる。まず、波浪分散部材がない場合は、前方から受ける波が船首バルブ上に覆い被さって船首部を上から押さえつけるため、振幅が小さくなったものと考えられる。一方、波浪分散部材がある場合は、前方から受ける波を船首バルブ上で左右に分散させるため、船首部を押さえつける力が弱まり、振幅が大きくなったものと考えられる。
【0057】
次に、波浪分散部材の有無による抵抗の低減について、以下のような結果が得られた。
【0058】
図10は、抵抗増加係数Kawと波長λとの関係を表したグラフであり、縦軸が抵抗増加係数Kaw、横軸が波長比λ/Lである。
【0059】
抵抗増加係数Kawは、波長比λ/Lが1.5をピークとして、0.5〜1.5までは上昇し、その後下降している。よって、本実施例1において模型船への抵抗の増加は、一定のピーク値があることがみてとれる。
【0060】
次に、波浪分散部材の有無による抵抗増加係数Kawの差を検討する。図10に示すように、波長比λ/Lが0.5〜2.0の範囲においては、波浪分散部材を有する方が抵抗増加係数Kawが小さくなった。すなわち、波浪分散部材を設けたことにより模型船が受ける抵抗が低減することを意味しており、特に抵抗増加係数Kawが最も大きくなる範囲において波浪分散部材の有無による差が顕著に現れている。
【0061】
抵抗が低減した理由の1つとして、波浪分散部材によって前方から受ける波を分散させることで、船首部が受ける衝撃が緩和されたために抵抗が低減したものと考えられる。
【0062】
その他の理由として、上述したHeave振幅およびPitch振幅の計測結果についても合わせて考慮すると、波浪分散部材を設けたことにより、船首バルブが水面上に滞在する時間が長くなり、上から受ける水圧が低減することで模型船が受ける抵抗が低減されたものと考えられる。
【0063】
なお、波長比λ/Lが3.0である場合については、波浪分散部材の有無による抵抗増加係数Kawの差はあまり見られなかった。これは、波長比λ/Lが3.0やそれ以上の場合には、平水面に近づくため波浪分散部材の有無にかかわらず、波による抵抗の増加が少ないためである。よって、波長比λ/Lが3.0におけるデータは、波浪中を走行する船舶において波浪分散部材による抵抗低減を否定するものではない。
【0064】
以上、本実施例1では、波浪衝撃緩和装置の波浪分散部材により、船首部に衝突する波を減少させることで、船舶が受ける抵抗を減少させられることがわかった。
【実施例2】
【0065】
また、実施例2において、造波装置による波を発生させていない平水面における、船首部に船首バルブおよび波浪分散部材が設けられていない原型船と、この原型船に船首バルブを設けたものと、原型船に船首バルブと波浪分散部材を設けたものの有効馬力の計測およびそれらの比較を行った。
【0066】
図11は、本実施例2における計測結果をグラフにしたものである。縦軸は、有効馬力(Effective Horse Power:E.H.P.)を示しており、横軸は航行速度をノット標記で表したものである。
【0067】
航行速度10.4ノットにおける各有効馬力について比較を行うと、原型船に船首バルブを設けた場合は、原型船のみの場合に比べて約20%の有効馬力が減少した。すなわち、約20%の燃費効率の向上が見込まれることがわかった。
【0068】
また、原型船に船首バルブと波浪分散部材を設けた場合は、原型船のみの場合に比べて約25%の有効馬力が減少した。よって、波浪分散部材は、平水面においても、船首バルブを設けたときよりも5%程度の有効馬力を減少させることができ、船首バルブを設けた場合よりも、さらに燃費効率が向上することがわかった。
【0069】
なお、本発明に係る波浪衝撃緩和装置は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜変更することができる。
【0070】
例えば、波浪衝撃緩和装置は、着脱可能に構成してもよく、既存の船舶に付加して設けるようにしてもよい。
【符号の説明】
【0071】
1 波浪衝撃緩和装置
2 波浪分散部材
3 波浪偏向部材
4 衝撃回避用空隙
5 船舶
6 船首部
7 波除け壁
8 船首バルブ
21 分散面
22 後端側
23 前端縁
31 下面側
51 船体
52 右側壁
53 左側壁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
船首部の上側において前方に延設された波除け壁と前記船首部の下側に設けられた船首バルブとを有する船舶に設けられる波浪衝撃緩和装置であって、
前端から後端にかけて拡開されており前方から受ける波の流れを左右に分散する分散面を備えているとともに、前記波除け壁から前記船首バルブにかけて連続して設けられている波浪分散部材と、
この波浪分散部材の前記分散面から前記船舶の右側壁および左側壁にかけて設けられており下方から受ける波の流れを左右後方に変える波浪偏向部材と
を有する波浪衝撃緩和装置。
【請求項2】
前記波浪分散部材の後端と前記船体との間には、横波および横風を通り抜けさせる衝撃回避用空隙が形成されている請求項1に記載の波浪衝撃緩和装置。
【請求項3】
前記波浪偏向部材が前記船舶の満載喫水線よりも上方に設けられている請求項1または請求項2に記載の波浪衝撃緩和装置。
【請求項4】
前記波浪偏向部材が高さ方向に複数段設けられている請求項1から請求項3のいずれかに記載の波浪衝撃緩和装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2012−162116(P2012−162116A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−22153(P2011−22153)
【出願日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【出願人】(596059934)運上船舶工業有限会社 (5)