説明

注入システム

【課題】 セメント系の注入材において、注入材性状を支障なく発揮でき、注入材作製後においても可使時間を所望の時間だけ確保できたり、容易に設定し直すことができ、一剤型のセメント系の注入材でも注入材構成原料調合時期や注水時期に支配されることなく任意の施工時期に注入施工作業を行うことを可能にする。
【解決手段】 セメント系水硬性組成物を含有してなる水性スラリーを注入する注入システムであって、少なくとも(A)スラリーの貯蔵器又は混練器と(B)スラリー圧送用ポンプと(C)スラリー排出管と、スラリー圧送用ポンプとスラリー排出管とのスラリー輸送経路中に、該経路を輸送される水性スラリーを加熱前のスラリー温度から少なくとも10℃高い温度まで加熱する1個又は2個以上の(D)加熱装置、が存在することを特徴とする注入システム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セメント等の水硬性無機物質を有効成分とする注入材を地盤や岩盤等に注入するための注入システムに関し、特に一剤型の注入材にも適応可能な注入システムに関する。
【背景技術】
【0002】
止水や軟弱地盤の改質、空洞充填や岩盤空隙充填のために注入材が使用されている。セメント系の注入材は、一般に、水ガラス系やシリカゾル系の注入材よりも材料コストが安い上に、高い強度発現性が得易く、経年耐久性に優れるといった特長がある。その施工に関しては、作業上必要な可使時間を確保・調整し易く、注入後は速やかに凝結し、高い早期強度が得られるといった点から、急硬性物質や凝結促進物質を有効成分とする水性スラリーと、ポルトランドセメント等のセメントを有効成分とする水性スラリーの2剤を作製し、注入時に両社を混合させる施工が主流になっている。しかるに、二剤型のセメント系注入材は粉体原料から二種類の水性スラリーを作製する煩雑さに加え、当然のことながら2系統分の注入設備、即ちミキサ、注入ポンプ、流量計、注入配管等がそれぞれ必要で、設備点数が多くなる分それに関するコストも増大する。また、セメント系注入材は自硬性が強く、使用後の設備洗浄が不可欠であるものの、2系統分の設備洗浄は負担が大きい。以上の点に関する限り、二剤型は一剤型の注入材に勝ることはできない。
【0003】
一方で、硬化機構上、一剤型の注入材はセメントを有効成分とするものに実質限定されるが、セメント系の一剤型注入材では可使時間の調整が容易でないという問題がある。セメント系の一剤型注入材で可使時間を長く確保しようとすると、凝結遅延剤を大量に配合使用する必要があり、その結果、注入後の硬化が緩慢になり易く、早期強度発現性も低下し易い。凝結遅延剤に様々な混和剤を加えて可使時間の調整が試みられてはいるものの(例えば、特許文献1参照。)一剤型としての実用性を満足するには至っていない。水ガラス系やシリカゾル系の溶液質注入材では可使時間に相当するゲル化時間は液温の影響が大きいが(例えば、特許文献2参照。)、セメント系注入材の可使時間は配合成分構成が支配的に影響する。このため、一剤型注入材では注入材の配合決定段階で可使時間が実質定まり、注水の時点から可使時間の経過が始まるので、施工開始時期は注入材の作製時期によって必然的に決まってしまう。従って一剤型注入材は、二剤型注入材のように任意の施工時期に注入作業を行うことは本質的には不可能といって良い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−164249号公報
【特許文献2】特開平9−3871号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、セメント系の注入材において、注入後の対象物への強化作用に支障を及ぼすことなく、注入材作製後においても可使時間を所望の時間だけ確保できたり、容易に設定し直すことができ、一剤型のセメント系の注入材でも注入材構成原料調合時期や注水時期に支配されることなく任意の施工時期に注入施工作業を行うことを可能にした注入システムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、前記課題解決のため検討を重ねた結果、注入用設備を構成する混練機から注入管までの経路途中に特定の温度条件の加熱装置を設けることによって、例えば一剤型等のセメント系注入材の可使時間を、特定条件下で、所望の時間に容易に変更し直すことができるという知見を得、一剤型のセメント系注入材でも注入材構成原料調合時期や注水時期に影響されずにほぼ所望の施工時期に注入材を注入することが可能になったことから、本発明を完成させた。
【0007】
即ち、本発明は、次の[1]〜[8]で表す注入システムである。
[1]セメント系水硬性組成物を含有してなる水性スラリーを注入する注入システムであって、少なくとも(A)スラリーの貯蔵器又は混練器と(B)スラリー圧送用ポンプと(C)スラリー排出管と、スラリー圧送用ポンプとスラリー排出管とのスラリー輸送経路中に、該経路を輸送される水性スラリーを加熱前のスラリー温度から少なくとも10℃高い温度まで昇温加熱する1個又は2個以上の(D)加熱装置、が存在することを特徴とする注入システム。
[2](C)スラリー排出管がスラリー注入管である前記[1]の注入システム。
[3]加熱装置のスラリー流入口とスラリー吐出口にそれぞれ(E)温度センサーが配設されることを特徴とする前記[1]又は[2]の注入システム。
[4](D)加熱装置が、内部をスラリー流体が通流する発熱体兼用の筒状容器と、該筒状容器の外側に巻回配置された電磁誘導加熱用誘導コイルと、該筒状容器と電磁誘導加熱用誘導コイルとの間に介在する筒状耐熱材とを具備する前記[1]〜[3]何れかの注入システム。
[5](D)加熱装置が、内部をスラリー流体が通流する発熱体兼用の筒状容器と、前記筒状容器の外側に巻回配置された電磁誘導加熱用誘導コイルと、該筒状容器と電磁誘導加熱用誘導コイルとの間に介在する筒状耐熱材とを具備し、該誘導コイルが管内部を冷却媒体が通流する中空管構造である前記[1]〜[3]何れかの注入システム。
[6]水性スラリーが注水時点から凝結始発までの時間が20℃で15分以上120分以下とする前記[1]〜[5]何れかの注入システム。
[7]加熱装置内の加熱域に通流する水性スラリーの流速が10〜200cm/秒とする前記[1]〜[6]何れかの注入システム。
[8]水性スラリーが、一剤型注入材用のセメント系水硬性組成物からなる水性スラリーである前記[1]〜[7]何れかの注入システム。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、セメント系注入材の可使時間を施工直前に強制的に短縮変更することができるので、従来二剤型の注入材でしか実質達成できなかった注入材水性スラリー作製後における、施工時期(注入時期)の自在な設定が一剤型注入材でも可能になる。このため、注入施工作業上の制約が激減し、一剤型注入材施工適用対象が飛躍的に拡大するため、それによる大幅な注入設備点数の削減や施工後の洗浄作業等の軽減をはかることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明に基づく注入設備を構成する各装置の配列関係(実施例1の態様)を模式的に表した図。
【図2】本発明外の従来注入設備を構成する各装置の配列関係を模式的に表した図。
【図3】本発明に基づく注入設備を構成する加熱装置の一態様を模式的に表した図。
【図4】本発明に基づく注入設備を構成する各装置の配列関係(実施例2の態様)を模式的に表した図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の注入システムは、限定はされないものの、一剤型のセメント系注入材に適した注入システムであり、少なくとも次の(A)〜(D)で表す装置を具備した注入設備(以下、本注入設備と称す。)からなる。
【0011】
(A)スラリーの貯蔵器又は混練器;例えば別の場所で注水作製した一剤型のセメント系注入材を使用する場合は、搬入された注入材を施工までの間貯蔵しておくための容器として本注入設備には水性スラリーの貯蔵器が備わったものとする。貯蔵器は、必要により吐出口に開閉栓を設け、例えばステンレス製配管やサクションホースでスラリー圧送用ポンプと連結される。水性スラリーの貯蔵器の形状・構造・寸法は使用量や配置スペース等に適ったものを適宜選定すれば良く、限定されないが、材質はステンレス等の錆難い材質からなるものが好ましい。また、撹拌装置が付いたものが好ましく、貯蔵中は定常的に撹拌するのが良い。撹拌装置は製造後に所望の時間放置しておくと成分分離傾向が見られるような注入材スラリーの貯蔵に適す。
【0012】
一方、一剤型のセメント系注入材を作製するような場合は、配合原料を混合する若しくは予混合配合物を用いて注水作業から行う上で、混練操作は不可欠である。このため、本注入設備には前述の水性スラリーの貯蔵器に代え、混練器が備わったものとする。混練器の形式は特に限定されないが、好ましくは混練速度の比較的速いものが材料分離が生じ難くなるので良い。混練器は、必要により開閉栓を設け、ステンレス製配管やサクションホースでスラリー圧送用ポンプと連結される。
【0013】
(B)スラリー圧送用ポンプ;本注入設備で使用するポンプは、前述の(A)スラリーの貯蔵器又は混練器から供給される水性スラリーを、最終的には後述の(C)スラリー排出管に圧送するためのものである。その基本構造は、一系統のスラリー受給口と一系統のスラリー排出口を有し、圧力の表示と調整弁が備わったものとする。この基本構造を満たす水性スラリー圧送可能なポンプであれば何れのものでも使用できる。スラリー圧送用ポンプはゴムや軟質樹脂製の注入ホース等で加熱装置に連結される。好ましくは、スラリー圧送用ポンプと加熱装置の間に、圧送される水性スラリーの流量を把握するための流量計を設ける。流量計は液体用のもので検出センサーとその記録部からなるものであれば特に限定されず、市販品が使用できる。
【0014】
また、スラリー圧送用ポンプから圧送される水性スラリーの流速は、後述の(D)加熱装置内の加熱域を通流する水性スラリーの流速で10〜200cm/秒とするよう調整するのが好ましい。流速の調整操作は通常はスラリー圧送用ポンプで圧送圧力を変化させれば良い。この他、該ポンプの圧送圧力は概ね一定とし、圧送用の輸送管やホース等の通流経路の管の大きさ変えてもスラリーの流速を変えることができる。当該箇所でのスラリー流速が10cm/秒未満ではスラリーの輸送管の内壁にスラリー成分が固着して閉塞する可能性があるので適当ではなく、また、200cm/秒を超える流速ではスラリーを所望の温度に加熱するには、著しく長い加熱帯を設ける必要が生じるため、設備構造的にも、コスト的にも、また洗浄等のメンテナンス的にも利点が乏しい。
【0015】
(C)スラリー排出管;水性スラリー、即ち本注入設備では一剤型の注入材を対象地盤や空洞・間隙等に直接注入するための管である。特に、軟弱地盤の強化改質用や地盤や堤からの湧水や漏水抑止用には排出管として注入管を使用する。注入管の構造は二剤型注入材の1.5ショット注入工法で通常使用されている注入管と同様なもので良く、例えば複数の注入材噴出口が管側面に概ね一定間隔で配列設置されているもの、管側面に無数の注入材噴出口がランダムに設けられているもの等が挙げられる。注入管先端部の噴出口の大きさは制限されないが、内径3〜10mm程度が好ましい。スラリー注入管自体の寸法は注入対象の状況等により適宜定めれば良い。その材質は、錆難いもの、加えて耐摩耗性があるものが好ましく、具体的にはSUS材が好適に推挙される。一方、地盤注入用途(止水用を含む)以外の用途には注入管は特に必要とせず、例えば開閉弁がついた任意の形状の排出管で良く、その先端部の噴出口の大きさも用途や対象物に応じて適宜選定することができるが、一般的には前記注入管よりは大きめの大きさとする。材質は錆難いものが好ましく、例えばステンレス、SUS、耐熱性の硬質樹脂等を挙げることができる。スラリー排出管又は注入管は、ゴム又は樹脂製の注入ホースで後述の(D)加熱装置に連結され、そこから加熱搬送されたスラリーを系外の注入対象物に排出する。注入管を使用せずに空洞・間隙等に充填注入する場合の排出管の形状は特に限定されない。一例を示すと、先端にスラリー噴出用の単孔を有するの円筒や円錐管を挙げることができる。
【0016】
(D)加熱装置;本注入設備において、圧送中の水性スラリーを加熱するためのものであり、スラリーの温度を加熱前の温度から少なくとも10℃高い温度まで昇温加熱できる加熱装置であることを必須とする。加熱によるスラリー昇温範囲の上限は、加熱対象が本システム内を通流可能な水性スラリーであることを鑑みると、加熱されたスラリー温度が100℃以下となる範囲であることが好ましい。昇温が10℃未満では、水性スラリーの凝結が遅れたり、硬化不良を起こす可能性が高まるので好ましくない。加温前の水性スラリーの温度は、特に制限されるものではないが、好ましくは5〜50℃とする。5℃未満では凍結により安定して圧送できない虞があるの適当ではなく、50℃を超える温度の水性スラリーは貯蔵中に固結する可能性が高まるので適当ではない。
【0017】
本発明のシステムでは、加熱はスラリーを滞留・停流させずに移動中の流れのあるスラリーに対して行うため、当該流体をできるだけ瞬時に且つ均一に目標とする温度に加温できる方式の加熱装置を必要とする。従って、加温方式により適性が異なるが、本発明の注入システムでは電気による加熱装置が制御性に優れることから好ましく、その中でも誘導加熱によりスラリーが通流する容器自体を発熱させる形式の加熱装置が最も好ましい。誘導加熱は熱効率に優れ、比較的低温加熱でも精度良く加熱温度調整でき、また加熱装置内に存在する輸送エリア内を移動中のスラリーを極短時間で均質に加温できる。また、誘導加熱以外の加熱方式としては、例えば、抵抗発熱体による加熱、アーク加熱、誘電加熱、マイクロ波加熱、ガス加熱、プラズマ加熱等を例示することができる。
【0018】
加熱装置の基本構造は装置内をスラリー流体が通流する通流管としての管状の容器が加熱帯に設置され、加熱帯で該容器が加熱され、容器内を通流するスラリーが昇温するものであれば良い。加熱帯に設置された該容器は、好ましくはスラリー流入部側の容器端に接する部位にスラリーの通流開閉弁を設置し、また容器のスラリー吐出口には前記スラリー排出管に通じる注入ホース等との接続治具を備えたものが好ましい。
【0019】
また、本発明の注入システムでは加熱装置を2個以上備えたものでも良い。2個以上の加熱装置はスラリーが通流するホースや輸送管で互いに直列に連結されるよう配設されるのが望ましい。2個以上の加熱装置からなる加熱装置群としての配設は1個の場合と同様、(B)スラリー圧送用ポンプと(C)スラリー排出管の間に全て配設される。複数の各加熱装置は、全て同じ加熱装置、全て又は一部異なる加熱装置の何れでも良い。複数個の加熱装置を用いる利点としては、注入設備から注入施工箇所までの距離が長い場合、水性スラリー圧送中に温度の変化が起こり易く、これに応じてスラリーの流動性も不安定な状態で輸送されることになるため、複数個の加熱装置を間隔を適当に設けて配することで、所望の流動状態のスラリーを途中目詰まり等起こさず円滑に注入設備内を輸送でき、最終的には、所望の硬化性状となったスラリーを安定的に注入に供することが可能になる。従って、複数個の加熱装置を用いるときは、少なくとも加熱装置の1つがスラリー排出管からできるだけ近い距離に設置されるのが好ましく、また、スラリー圧送用ポンプにより近い位置に配された加熱装置ほど、流動性低下が大きくなって輸送に支障が生じないないよう、注入時の温度よりもより低めの温度に加熱するのが望ましい。
【0020】
本注入システムを構成する注入設備のより好ましい態様の加熱装置は、次の通りである。即ち、加熱装置が、内部をスラリー流体が通流する発熱体兼用の筒状容器と、該筒状容器の外側に巻回配置された電磁誘導加熱用誘導コイルと、該筒状容器と電磁誘導加熱用誘導コイルとの間に介在する筒状の耐熱材とを具備するものである。この場合の筒状容器は、例えば、炭素綱、ステンレス、鉛合金、チタン合金、真鍮等の材質が例示される。筒状としては円筒形状が均一な加熱が得られ易いので好ましい。この筒状容器は発熱体の機能を兼ね、そこを通流するスラリーの温度を通流前の温度から50℃以上高める加熱能力を有す。従って該加熱形式では筒状容器が加熱域となる。筒状容器の発熱体としての機構は、加熱装置外部に存する高周波電力発生装置から供給される高周波電力によって前記電磁誘導加熱用誘導コイルに磁束線が発生し、これが発熱体に電磁誘導電力を発生させることによって発熱するものである。高周波電力発生装置は特に限定されないが、軽量小型のものが移設等に適し、機動性が高いので良い。電磁誘導加熱を行うには、筒状の耐熱材として、例えばガラス、陶器、耐火煉瓦、セメント硬化体、アルミナ、シリカ等のセラミックス材が例示される。筒状の耐熱材はその筒内に前記筒状容器を内包するように配される。また、かかる加熱系を冷却するための冷却部を加熱装置内に設けるのが望ましく、冷却手段としては特に制限されない。例えば、電磁誘導加熱用誘導コイルの外周に冷却媒体が循環する冷却管を配設する、電磁誘導加熱用誘導コイルの外側に送風ファンを設置して空冷する等が挙げられる。より好ましくは電磁誘導加熱用誘導コイルを中空管構造のコイルとし、コイル管内部を冷却媒体が通流するようせしめたものが冷却効率の点で優れるので良い。冷却媒体としては水、窒素や不活性ガスが挙げられる。水を冷却媒体に使用する時は別途設置したポンプで循環させても良い。また、加熱誘導コイルは断熱非導電性カバーで覆い、加熱装置内に金具等で固定されると良い。以上の態様による加熱装置を説明する模式図を図3に示す。
【0021】
加熱装置は、本注入設備において、(B)注入ポンプと(C)排出管の間の経路中にこれらとスラリー圧送用の配管やホースを介して連結設置される。また、何れの加熱装置であっても、加熱装置へのスラリー流入口と加熱装置からのスラリー吐出口にそれぞれ(E)温度センサーが配設されることが好ましい。温度センサーは、加熱装置に圧送されるスラリーの加熱前の温度と加熱装置で加熱された直後のスラリーの温度を計測するものであり、計測された温度情報は該センサーに接続された加熱温度制御装置に電気的信号として送られる。温度センサーの構造及び測温方式等は特に限定されないが、概ね0℃〜100℃で測温可能なものとする。加熱温度制御装置はこの温度情報の基、常時所望の温度に安定してスラリーを加熱できるよう制御される能力を有するものが望ましい。このような制御能力を得るために、制御系にインバーターを活用したものが推奨される。また、加熱装置が前記例示した高周波誘導加熱方式である場合は、該加熱温度制御装置は高周波電力発生装置と接続され制御装置からの操作信号に応じて所望の加熱状態にせしめる高周波電力が発生される。また、複数個の加熱装置を備える場合は、個々の加熱装置のスラリー流入口とスラリー吐出口にそれぞれ温度センサーが配設されることが好ましい。
【0022】
本発明の注入システムは、セメント系水硬性組成物を含有する水性スラリーを注入材として用いるものである。好適には、セメント系水硬性組成物を含有する一剤型の水性スラリーを注入材として用いるものである。セメント系水硬性流動状態を調整したり材料分離抑制するような組成物は、セメントを硬化有効成分とし、必要により、他の水硬性物質や潜在水硬性物質、凝結促進剤や凝結遅延剤等の凝結調整剤、速硬化剤等の硬化状態を促進制御するための成分、分散剤・減水剤や増粘剤等の流動状態を調整したり材料分離抑制するような成分、水に不活性な無機粒子、その他の機能を付与する成分を適宜配合含有したものでも良い。このような成分は、モルタルやコンクリートに使用可能なものであれば、注入材としての適用性や本発明の効果を喪失させない限り、何れのものでも使用できる。また、使用できるセメントも限定されず、具体的には普通、早強、超早強、低発熱、中庸熱等の各種ポルトランドセメントや高炉セメント、フライアッシュセメント、シリカセメント等の各種混合セメント、エコセメント等の特殊セメントを例示できる。好ましくは、セメント系水硬性組成物を含有する水性スラリーが注水時点から凝結始発までの時間が20℃で15分以上120分以下であることが望ましい。注水時点から凝結始発までの時間が20℃で15分未満の水性スラリーは注入材としての可使時間の確保が困難になり易いので適当でなく、また、注水時点から凝結始発までの時間が20℃で120分を超える水性スラリーは、注水後の経過時間にもよるが、前記のような加熱装置を用いても、注入施工可能な可使時間まで時間を短縮することが容易でないこともあるので適当ではない。
【0023】
注水時点から凝結始発までの時間が20℃で15分以上120分以下にあるセメント系の水硬性組成物を得るには、セメントに凝結促進剤や凝結遅延剤等の凝結調整剤をその種類・量を適宜選定することによって比較的容易に作製することができる。例えば、セメントに対して凝結遅延剤の混和量を増やせばそれに応じて注水時点から凝結始発までの時間が長くなる。凝結遅延剤としては、モルタルやコンクリートで使用できるものであれば何れの凝結遅延剤でも良く、例えばクエン酸、酒石酸、グルコン酸、ヘプトン酸、スルホン酸等の有機酸や、ホウ酸塩、リン酸塩等の無機塩を挙げることができる。水硬性組成物における凝結遅延剤の配合量は、その種類・混和量を変化させた水硬性組成物の水性スラリーを用いた予備実験で、所望の注水時点から凝結始発までの時間になる量を決定すれば良い。また、セメントによっては凝結遅延剤を併用することなく、注水時点から凝結始発までの時間が20℃で15分以上120分以下にあるセメント系の水硬性組成物の水性スラリーを得ることもできる。尚、注水時点から凝結始発までの時間を計測する方法は、好適にはJIS R5201「セメントの物理試験方法」に規定されたビガーシーによる試験によって行うことができる。
【0024】
本発明の注入システムでは、セメント系水硬性組成物の水性スラリーを、凝結始発までの時間がかなり残っている時点でも、本注入設備を構成する加熱装置でスラリー温度を所望の温度へ昇温することで凝結始発までの時間を大幅に短縮することができる。具体的な昇温すべき温度と短縮できる凝結始発時間の関係は、水性スラリーにより異なるため、予備実験等で実機的に把握しておくことが望ましい。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明するが、本発明は記載された実施例に限定されるものではない。
【0026】
[セメント系水硬性組成物の水性スラリーの作製]
表1で表される配合の水硬性組成物の水性スラリーを作製した。但し、水性スラリー作製においてセメントを含む粉末状原料への注水は、後述する実施例及び比較例で使用した混練器中で行った。作製した水性スラリーの注水時点から凝結始発までの時間(以下、可使時間と称す。)は、JIS R5201「セメントの物理試験方法」に規定されたビガーシーによる試験結果から求めた。
【0027】
【表1】

【0028】
[実施例1] それぞれ水性スラリーが通流可能な1台(又は1個)の撹拌方式の混練器(市販品)、液体圧送用のポンプ(市販品)、流量計(市販品)、加熱装置及び注入管と、1組(2個)の温度センサー(市販品)を、図1で模式的に表した配列となるよう内径約19mmの樹脂製ホース(サクションホース及び注入ホース)を介して連結配置した。
【0029】
前記注入管は内径10mmの円筒管で口径3mmの注入用の孔穴が先端から10cm間隔で管断面の直径方向の対角位置に2ヶずつ計8個有する構造となっている。また、前記加熱装置はスラリー流体が通流する炭素綱製の長さ90cm、内径21.6mm、外径 27.2mmの発熱用円筒管が加熱帯内に設置され、また該発熱用円筒管の外側にこれを管内に内包するように、長さ90cm、内径45mcm、外径61mmのセラミックス製の耐熱円筒管を配置し、該耐熱円筒管の外周には、内部に冷却水が循環する内径約6mmの中空管状の電磁誘導コイルが巻き回された構造のものである。加熱は、高周波誘導加熱方式で行われ、前記発熱用円筒管が発熱し、中を通流する被加熱物を最高100℃の温度に瞬時に加熱昇温できる能力を有するものである。この加熱装置の発熱用円筒管へのスラリー流入口と発熱用円筒管からのスラリー吐出口付近に、スラリーの温度が計測できるよう、市販の温度センサーをそれぞれ1個ずつ取り付けた。各温度センサーは高周波電力発生装置を兼ねた温度制御装置に連結され計測された温度データが随時送信される。
【0030】
前記の混練器を用い、表1で表される3種類の20℃の水性スラリーをそれぞれ作製した。作製した各スラリーは直ちに、圧送用ポンプによって、前記流量計設置箇所での流速が表2に表す流速となるよう圧送圧を調整して圧送した。圧送中に加熱装置によって加熱装置のスラリー吐出部でのスラリー温度が表2に記した温度になるよう加熱し、加熱直後の水性スラリーの凝結始発までの時間をJIS R5201「セメントの物理試験方法」に規定されたビガーシーの試験結果から求めた。その値も表2に記す。また、前記温度に加温された水性スラリーを、珪砂4号を締め固めた面積1m2で高さ1.5mからなる模擬地盤に直ちに注入し、注入から24時間経過後の模擬地盤の圧縮強度をJIS A1216「土の一軸圧縮試験方法」に準じた方法で測定した。この結果も表2に記す。尚、前記スラリー注入試験後に、約20℃の洗浄水を流速約36cm/秒で加熱することなく3分間通流させた。その後、流量計設置箇所に隣接するスラリー輸送管を解体し、スラリー成分が輸送管内壁に付着固結しているかを目視で調べた。その結果も表2に表す。
【0031】
【表2】

【0032】
[実施例2]
それぞれ水性スラリーが通流可能な実施例1で用いたものと同一の1台(又は1個)の撹拌方式の混練器(市販品)、液体圧送用のポンプ(市販品)、流量計(市販品)、注入管及び2個の実施例1と同一の様式・構造・能力の同じ加熱装置と2組(計4個)の温度センサーを、図4で模式的に表した配列となるよう内径約19mmの樹脂製ホース(サクションホース及び注入ホース)を介して連結配置した。次いで、前記実施例1と同様の表1で表される3種類の20℃の水性スラリーをそれぞれ作製し、圧送用ポンプで各スラリーを流量計設置箇所での流速が36cm/秒となるよう圧送した。圧送中に直列に配した2個の加熱装置を用い、20℃の水性スラリーを加熱装置1によりその吐出部でのスラリー温度が表3に記した温度となるよう加熱した。次いで、加熱装置1で加熱昇温されたスラリーを加熱装置1から約20m離れた加熱装置2に圧送し、加熱装置2によりその吐出部でのスラリー温度が表3に記した温度になるよう加熱した。加熱装置2で加熱した直後の水性スラリーの凝結始発までの時間を実施例1と同様の測定方法で求めた。その値を表3に記す。さらに加熱装置2で前記温度に加熱した水性スラリーを、加熱装置2から3m離れた地点に設置された珪砂4号を締め固めた面積1m2で高さ1.5mからなる模擬地盤に注入し、注入から24時間経過後の模擬地盤の圧縮強度をJIS A1216「土の一軸圧縮試験方法」に準じた方法で測定した。この結果も表3に記す。また、注入試験後に、約20℃の洗浄水を流速約36cm/秒で加熱することなく3分間通流させた。その後、流量計設置箇所に隣接するスラリー輸送管を解体し、スラリー成分が輸送管内壁に付着固結しているかを目視で調べた。その結果も表3に表す。
【0033】
【表3】

【0034】
[比較例1] それぞれ水性スラリーが通流可能な前期実施例1と同様の1台(又は1個)の混練器、圧送用ポンプ、流量計及び注入管を、図2で模式的に表した配列となるよう内径約19mmの樹脂製ホース又はステンレス配管を介して連結配置した。このように配置された混練器を用い、20℃の温度下で前記実施例1と同様の表1の水性スラリーをそれぞれ作製した。作製後の水性スラリーは直ちに圧送用ポンプを稼動させて流量計設置箇所での流速が36cm/秒となるよう圧送し、実施例1と同様の模擬地盤に注入した。注入から24時間経過後の模擬地盤の圧縮強度を実施例1と同様の方法で測定した。この結果を表4に記す。
【0035】
【表4】

【0036】
表2及び表3に記載した結果から、本発明の注入システムでは、一剤型の水性スラリー注入材の凝結始発までの時間を、水性スラリー注入材製造以降に於いて所望の時間に自在に設定することができ、このようなシステムによって施工された注入材は、実用に十分値する性状を発現するものであることがわかる。
【符号の説明】
【0037】
10−混練器、11−スラリー圧送用ポンプ、12−スラリー注入管、13−加熱装置、14−流量計、15−サクションホース、16−注入ホース、17−加熱温度制御装置、18−加熱装置1、19−加熱装置2、20−発熱体兼用の筒状容器、21−加熱誘導コイル、22−耐熱材、23−温度センサー、24−加熱誘導コイルカバー、25−スラリー通流開閉弁、26−冷却水循環ホース、27−信号ケーブル、28−電源ケーブル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セメント系水硬性組成物を含有してなる水性スラリーを注入する注入システムであって、少なくとも(A)スラリーの貯蔵器又は混練器と(B)スラリー圧送用ポンプと(C)スラリー排出管と、スラリー圧送用ポンプとスラリー排出管とのスラリー輸送経路中に、該経路を輸送される水性スラリーを加熱前のスラリー温度から少なくとも10℃高い温度まで昇温加熱する1個又は2個以上の(D)加熱装置、が存在することを特徴とする注入システム。
【請求項2】
(C)スラリー排出管がスラリー注入管である請求項1記載の注入システム。
【請求項3】
加熱装置のスラリー流入口とスラリー吐出口にそれぞれ(E)温度センサーが配設されることを特徴とする請求項1又は2記載の注入システム。
【請求項4】
(D)加熱装置が、内部をスラリー流体が通流する発熱体兼用の筒状容器と、該筒状容器の外側に巻回配置された電磁誘導加熱用誘導コイルと、該筒状容器と電磁誘導加熱用誘導コイルとの間に介在する筒状耐熱材とを具備する請求項1〜3何れか記載の注入システム。
【請求項5】
(D)加熱装置が、内部をスラリー流体が通流する発熱体兼用の筒状容器と、前記筒状容器の外側に巻回配置された電磁誘導加熱用誘導コイルと、該筒状容器と電磁誘導加熱用誘導コイルとの間に介在する筒状耐熱材とを具備し、該誘導コイルが管内部を冷却媒体が通流する中空管構造である請求項1〜3何れか記載の注入システム。
【請求項6】
水性スラリーが注水時点から凝結始発までの時間が20℃で15分以上120分以下とする請求項1〜5何れか記載の注入システム。
【請求項7】
加熱装置内の加熱域に通流する水性スラリーの流速が10〜200cm/秒とする請求項1〜6何れか記載の注入システム。
【請求項8】
水性スラリーが、一剤型注入材用のセメント系水硬性組成物からなる水性スラリーである請求項1〜7何れか記載の注入システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−107492(P2012−107492A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−228358(P2011−228358)
【出願日】平成23年10月17日(2011.10.17)
【出願人】(501173461)太平洋マテリアル株式会社 (307)
【Fターム(参考)】