説明

注入方法

【課題】間接遷移型の半導体を用いた単一の電子の転送により単一の光子を生成する発光素子が、容易に製造できるようにする。
【解決手段】まず、ステップS101で、同じ周期番号の1つのIII族原子および1つのV族原子から構成された原子クラスターを生成する(第1工程)。次に、ステップS102で、原子クラスターを間接半導体からなる半導体層に注入する(第2工程)。例えば、注入エネルギーなどの注入の条件は、III族原子およびV族原子が、互いの波動関数の広がりの範囲内に配置して不純物原子対を構成し、かつ半導体層の界面から深さ方向に30nmの範囲に配置される条件とすればよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、間接遷移型の半導体を用いた発光素子を製造するために不純物原子を注入する注入方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
シリコンに代表される間接半導体を用いた素子には、様々な形態が提案されているが、最近、半導体中の不純物を利用する素子が提案されている(特許文献1参照)。また、この半導体中の不純物を利用することで発光を得る発光素子が提案されている。これらの素子では、原子核が持つ引力ポテンシャルにより、不純物原子が量子ドットと同様な働きを持つことを利用するものである。この素子により、間接半導体であるシリコンを用いても効率的な発光が可能となる。また、素子内の不純物の数を減らすことにより単一光子の生成も可能となる。
【0003】
上述した半導体中の不純物を利用する発光素子について図3,図4を用いて説明する。この発光素子は、図3に示すように、例えばシリコンからなる半導体層301と、半導体層301に形成されたp型領域302と、半導体層301に形成されたn型領域303と、p型領域302およびn型領域303に挟まれた領域の半導体層301の上に、ゲート絶縁層304を介して形成されたゲート電極305とを備える。
【0004】
また、この発光素子は、p型領域302とn型領域303とに挾まれた領域の半導体層301に導入されたドナー原子306およびアクセプター原子307からなるドナー・アクセプター対を備える。ドナー・アクセプター対は、p型領域302とn型領域303とに挾まれた領域(チャネル領域)に配置される。また、ドナー原子306およびアクセプター原子307は、上記チャネル領域のゲート電極305の側の界面より30nmの範囲に導入されている。なお、ゲート電極305は、ドナー原子306およびアクセプター原子307が導入されたチャネル領域に結合(容量結合)している。
【0005】
また、ドナー原子306は、チャネル領域の中にドナー準位を形成し、アクセプター原子307は、チャネル領域の中にアクセプター準位を形成し、ドナー・アクセプター対を構成するドナー原子306およびアクセプター原子307の距離は、互いの波動関数の広がりの範囲内とされている。ドナー原子306およびアクセプター原子307の各々波動関数の広がり程度は、10nmであり、ドナー原子306およびアクセプター原子307の距離は、10nmより小さい状態とされている。
【0006】
本発光素子では、上述したドナー・アクセプター対により、単一光子の発生が可能となる。多数のドナー・アクセプター対を有する素子では、多数の光子の発生が可能となる。
【0007】
次に、上述した発光素子の動作(駆動方法)について図4を用いて説明する。なお、図4は、p型領域302とn型領域303に挾まれた半導体層301(チャネル領域)における、半導体層301の表面近傍のポテンシャルを示すポテンシャル図である。
【0008】
まず、初期状態では、電子チャネルのしきい値VTH-nと、正孔チャネルのしきい値VTH-pとの中間の値のゲート電圧(例えば0V程度)が、ゲート電極305に印加された状態としておく。なお、VTH-n>VTH-pである。この状態では、図4の(a)に示すように、電子のチャネルも正孔のチャネルもどちらも開いておらず、ドナー原子306には、電子は捕獲されておらず、アクセプター原子307にも、正孔は捕獲されていない。
【0009】
初期状態についで、ゲート電極305に電子チャネルのしきい値VTH-nを超える大きさのゲート電圧を印加する。このゲート電圧の印加により、図4の(b)に示すように、ゲート電極305の下のチャネル領域にn型領域303から電子が供給され、電子チャネル331が形成される。電子チャネル331は、半導体層301を構成している半導体の伝導帯中に形成される。この結果、形成された電子チャネル331より、1個の電子がドナー原子306に捕獲される。この過程で捕獲される電子は、ドナー原子306のイオン化エネルギー分のエネルギーを失うことになるが、このエネルギーは、フォノンにより吸収される。このため、この過程は、発光には寄与しない。
【0010】
次に、上述したようにして1個の電子がドナー原子306に捕獲された後、ゲート電極305に初期状態と同様のゲート電圧が印加された状態にすると、電子チャネル331は閉まり、電子チャネル331として供給されていた電子(伝導体中の電子)は、n型領域303に回収される。しかしながら、図4の(c)に示すように、ドナー原子306に捕獲された電子は、有限のイオン化エネルギーのために、n型領域303に戻れずに、ドナー原子306に捕獲された状態が維持される。
【0011】
次に、上述したようにドナー原子306に電子が捕獲されている状態で、ゲート電極305に正孔チャネルのしきい値VTH-pよりも低い値のゲート電圧(負の電圧)を印加する。このゲート電圧の印加により、図4の(d)に示すように、ゲート電極305の下のチャネル領域にp型領域302より正孔が供給され、正孔チャネル321が形成される。正孔チャネル321は、半導体層301を構成している半導体の価電子帯中に形成される。この正孔チャネル321の形成により、まず、正孔がアクセプター原子307に捕獲される。この過程で捕獲される正孔は、アクセプター原子307のイオン化エネルギー分のエネルギーを失うことになるが、このエネルギーは、フォノンにより吸収される。このため、この過程は、発光には寄与しない。
【0012】
次に、以上のようにして、ドナー原子306に電子が捕獲され、アクセプター原子307に正孔が捕獲された状態で、ゲート電極305に初期状態と同様のゲート電圧を印加すると、正孔チャネル321は閉じられ、価電子帯中の正孔は、p型領域302に回収される。しかしながら、図4の(e)に示すように、アクセプター原子307に捕獲された正孔は、有限のイオン化エネルギーのために、p型領域302に戻れずに、アクセプター原子307に捕獲された状態が維持される。
【0013】
以上のことにより、電子がドナー原子306に捕獲され、正孔がアクセプター原子307に捕獲された状態で、チャネル領域に電子正孔対が形成される。また、形成された電子正孔対が再結合することで単一の光子が発生する。この状態では、伝導帯および価電子帯に、各々電子および正孔が存在しないので、上述した電子正孔対が再結合するときにオージェ過程が存在しない。従って、効率よく光子を生成することができる。
【0014】
また、上述した(a)から(e)の過程で、電子正孔対が1つ消滅するので、n型領域303からは電子が1つ消失し、p型領域302からは正孔が1つ消滅したことになる。p型領域302からの1つ正孔の消滅は、電子が1つ生成されたことに対応し、結果として、単一の電荷(1つの電子)が、n型領域303からp型領域302に転送されたことになる。
【0015】
上述した発光素子では、不純物原子の半導体中での位置は、深さ方向に制約があり、半導体の界面からの距離が30nm以内である必要がある。これは、界面に形成されるチャネルとの間で、電子あるいは正孔を捕獲するためには、チャネルの電子あるいは正孔と不純物の電荷の波動関数にオーバーラップが必要なためである。不純物に捕獲された電荷の波動関数の広がりは10nm程度である。また、チャネル電子、チャネル正孔の波動関数の広がりは5nm程度である。従って、深さ方向の距離が、これらの和の2倍程度以下にないと、十分な捕獲が起こらない。
【0016】
また、ドナーとアクセプターの距離は、互いの波動関数の広がり程度、すなわち10nm以下が必要となる。これより距離が離れると再結合の起こる確率が減少する。また、1サイクルで2個(あるいはn個)の光子生成を行いたい場合には、ドナー・アクセプター対を2個(n個)導入する必要がある。この場合、各々のドナー・アクセプター対は互いに独立でなければならない。つまり、2つのドナー・アクセプター対の再近接原子間距離は、10nm以上でなければならない。他のドナー・アクセプター対が近接して存在すると、1つの対で再結合が起こる過程で、再結合に伴い発生するエネルギーを別の対のドナー、あるいはアクセプターが受け取ってしまう。この状態では、オージェ過程が支配的となり発光に至らない。
【0017】
以上の動作原理から分かるように、ドナー・アクセプター対を用いた発光素子を動作させるためには、ドナー・アクセプター対のドナーあるいはアクセプターのいずれかの不純物が、半導体界面からの距離が30nm以内であり、かつ、互いに10nm以内に近接するドナー・アクセプター対を、他のドナー・アクセプター対との距離を10nm以上にして形成することが必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開2006−332097号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
しかしながら、汎用のイオン注入装置を用いた場合、上述した関係で、ドナー・アクセプター対を形成することが困難であった。まず、汎用のイオン注入装置を用いる場合、ドナーとなる原子(例えばリン)、およびアクセプターとなる原子(例えばホウ素)を別々にイオン注入することになる。この場合、各々の原子の注入位置は、深さ方向に関しては、注入エネルギーを制御することにより、界面からの距離を30nm以内とし、かつ、深さ位置も2つの不純物で同程度にすることはできる。しかしながら、界面に水平方向に対しては、まったくランダムであるため、ドナー・アクセプター対を形成することはできない。
【0020】
注入時のドーズ量を増やせば、ドナーとアクセプターの平均間隔を10nm以下にすることはできるが、各々の不純物原子が他の複数の原子と対をなす(例えばドナー2個とアクセプター1個)構造が形成され、このような場合、オージェ過程が支配的となり効率の良い発光には至らない。
【0021】
一方、シングルイオン注入技術を用いれば、互いに独立したドナー・アクセプター対を形成することができる。しかしながら、現状のシングルイオン注入技術では、イオン注入場所の精度が高くないため、以下のような煩雑なプロセスを必要とする。まず、不純物を所望の場所に注入するために、10nmレベルの微細な穴の開いたイオン注入用マスクを用意し、シングルイオン注入装置を用い、作製したマスクの穴の領域に選択的に単一のドナー(あるいはアクセプター)原子を注入する。
【0022】
このとき、シングルイオン注入の位置精度が高くないために、1回の注入で穴に命中して注入が行われるとは限らない。このため、電極を用意し、注入が成功したときにのみ発生する微少電流を検出し、この電流が検出されるまで注入を繰り返し、検出されたところで注入を終了する。
【0023】
次に、アクセプター(あるいはドナー)を、最初に注入したドナー(あるいはアクセプター)と進入深さが等しくなるように加速エネルギーを設定して、上述同一のプロセスを繰り返す。
【0024】
以上に説明したように、シングルイオン注入装置を用いても、前述した発光素子の核となるドナー・アクセプター対を効率よく形成することができない。このように、従来の技術では、間接遷移型の半導体を用いた単一の電子の転送により単一の光子を生成する発光素子が、容易に製造できないという問題がある。
【0025】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、間接遷移型の半導体を用いた発光素子が、容易に製造できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明に係る注入方法は、同じ周期番号の1つのIII族原子および1つのV族原子から構成された原子クラスターを生成する第1工程と、原子クラスターを間接半導体からなる半導体層に注入する第2工程とを少なくとも備える。原子クラスターは、イオン化されていてもよい。
【0027】
上記注入方法において、半導体層は、シリコンから構成され、第1工程では、ホウ素,アルミニウム,ガリウム,インジウム,タリウムの中より選択されたIII族原子および窒素,リン,砒素,アンチモン,ビスマスの中より選択されたV族原子から原子クラスターを生成し、第2工程では、ホウ素および窒素から構成された原子クラスターは5keV以下のエネルギー、アルミニウムおよびリンから構成された原子クラスターは22keV以下の注入エネルギー、ガリウムおよび砒素から構成された原子クラスターは38keV以下の注入エネルギー、インジウムおよびアンチモンから構成された原子クラスターは50keV以下の注入エネルギー、タリウムおよびビスマスから構成された原子クラスターは70keV以下の注入エネルギーのいずれかの注入条件により原子クラスターを間接半導体からなる半導体層に注入すればよい。
【発明の効果】
【0028】
以上説明したように、本発明によれば、III族原子および1つのV族原子から構成された原子クラスターを注入するようにしたので、間接遷移型の半導体を用いた発光素子が、容易に製造できるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】図1は、本発明の実施の形態における注入方法を説明するためのフローチャートである。
【図2】図2は、ガリウム原子221と砒素原子222とからなる原子クラスター202を、シリコン層201の表面に注入する過程を示す説明図である。
【図3】図3は、不純物を利用する発光素子の構成を示す構成図である。
【図4】図4は、p型領域302とn型領域303に挾まれた半導体層301における、半導体層301の表面近傍のポテンシャルを示すポテンシャル図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態における注入方法を説明するためのフローチャートである。まず、ステップS101で、同じ周期番号の1つのIII族原子および1つのV族原子から構成された原子クラスターを生成する(第1工程)。次に、ステップS102で、原子クラスターを間接半導体からなる半導体層に注入する(第2工程)。ここで、原子クラスターは、イオン化したものであってもよい。なお、III族原子は、属番号を18に分けた表記では13属原子であり、V族原子は、属番号を18に分けた表記では15属原子である。
【0031】
上述した本実施の形態によれば、1つのIII族原子および1つのV族原子から原子クラスターを構成し、これを、例えばイオン注入法により注入するので、III族原子およびV族原子が、互いの波動関数の広がりの範囲内に配置して不純物原子対を構成し、かつ半導体層の界面から深さ方向に30nmの範囲に配置される状態とすることが容易である。この結果、本実施の形態によれば、間接遷移型の半導体を用いた単一の電子の転送により単一の光子を生成する発光素子が、容易に製造できるようになる。
【0032】
なお、本実施の形態における注入方法では、上述したように、III族原子およびV族原子が、互いの波動関数の広がりの範囲内に配置して不純物原子対を構成し、かつ半導体層の界面から深さ方向に30nmの範囲に配置される状態とすることが目的である。従って、例えば、注入エネルギーなどの注入の条件は、III族原子およびV族原子が、互いの波動関数の広がりの範囲内に配置して不純物原子対を構成し、かつ半導体層の界面から深さ方向に30nmの範囲に配置される条件とすればよい。
【0033】
以下、実施例を用いてより詳細に説明する。
【0034】
[実施例1]
はじめに、実施例1について図2を用いて説明する。実施例1では、III族原子がガリウムであり、V族原子が砒素である場合について説明する。図2は、ガリウム原子221と砒素原子222とからなる原子クラスター202が、シリコン層201の表面に注入される過程を示す説明図である。
【0035】
図2の(a)に示すように、原子クラスター202は、1個のガリウム原子221および1個の砒素原子222から構成され、これらの結合が、イオン結合に支配されている。このような原子クラスター202を注入する過程で、まず、図2の(b)に示すように、原子クラスター202がシリコン層201の表面に衝突すると、この衝突と同時に分解(解離)し、図2の(c)に示すように、各々単体のガリウム原子221および砒素原子222となり、シリコン層201の内部に侵入する。
【0036】
上述した解離および侵入の際、飛行してきた原子クラスター202の運動エネルギーは、分解する過程で原子の質量に比例して各原子に分配される。ガリウムは、69Gaおよび71Gaの2つの同位体を有し、Asは、75Asが100%である。従って、いずれの質量数のガリウムを用いても、ほぼ、1対1の割合でガリウム原子221と砒素原子222とにエネルギーが分配される。
【0037】
また、ガリウム原子221および砒素原子222は、各々が、シリコンの原子核と衝突を繰り返し、移動の方向をランダムに変えながらシリコン層201の内部に進入し、やがてエネルギーを失って停止する。シリコン層201の表面からの進入深さは、各々の原子が表面衝突時に分配されたエネルギーの大きさによって決定される。エネルギーが大きいほど進入深さも深い。上述した衝突は、ランダムな過程であるので、進入深さもばらつきを持ち、この分布はガウス分布となる。ガウス分布の中心を与える深さを投影飛程(projected range;Rp)と呼び、これは進入深さの平均値に他ならない。また、ガウス分布の広がり(ΔRp)は、進入深さのばらつきの度合いを示し、これはRpの1/3程度となる。
【0038】
例えば、イオン注入法により、71Ga原子と75As原子とからなる原子クラスターを38keVで注入した場合、シリコン層の表面での分解により、71Ga原子は18keV、75As原子は20keVのエネルギーを得る。18keVのエネルギーを得た71Ga原子のRpは19nm、20keVのエネルギーを得た75As原子のRpは20nmである。従って、両原子ともに表面から30nm以内の表面層に留まっている。また、両原子の質量数がほとんど同じであるため、Rpもほとんど同じであり、互いに近接する原子対の形成に適している。
【0039】
ただし、注入はランダム過程であるので、Rpが等しくても、両原子はある間隔をもって位置することになる。Rpが等しい場合、2つの原子の平均間隔Lは、ΔRpを用いて、「(√3/√2)ΔRp=1.2ΔRp」により見積もることができる。上記のガリウム原子および砒素原子の場合、両原子ともΔRp=7nmであり、従ってL=9nmとなる。先のRpの差、1nmと合わせてL=10nmとなる。以上の状況は、71Gaの代わりに69Gaを用いてもほとんど変わらない。
【0040】
原子クラスター202の注入エネルギーを38keV以下とすれば、結果として両原子の平均間隔はさらに小さくなり、また、両原子の表面からの距離も小さくなるので、効率的な発光のためのより望ましい構造が形成できる。一方、原子クラスター202の注入エネルギーを38keV以上とすれば、結果として両原子の平均間隔は大きくなり、目的とするドナー・アクセプター対の構造は得られにくくなる。従って、ガリウム原子と砒素原子とからなる原子クラスターを用いる場合、平均間隔Lを10nm以下とするためには、注入エネルギーを38keV、あるいはそれ以下とすればよい。このとき、表面から30nm以内にあるべきという条件も自動的に満たされる。
【0041】
なお、注入直後の状態では、各原子はまだシリコンの格子間位置にあり、電気的には活性でない。イオン注入した原子を電気的に活性化させるためには、熱処理を施して格子間位置にある原子を格子置換位置に移動させる必要がある。格子置換位置に移動させることにより、ガリウムはアクセプターとして、砒素はドナーとして作用するようになる。ここで、熱処理による活性化プロセスは原子拡散を伴うが、例えば熱処理温度を600℃以下に抑えることにより、拡散距離を十分小さく押さえて活性化させることができる。従って、熱処理時の拡散により原子間距離が広がってしまう影響は、熱処理条件を最適化することにより回避することが可能である。
【0042】
また、原子クラスターの注入ドーズ量を十分に小さく、例えば1×1011cm-2とすると、1個のガリウム原子と1個の砒素原子からなる原子対の他の原子対との平均間隔は33nmとなる。このようにドーズ量を低く抑えることで、原子対の間隔が10nm以下となってしまう確率を十分小さくすることができ、原子対が互いに独立している状況を作り出すことができる。あるいは、シングルイオン注入技術を用いて、1個ずつ原子クラスターを注入し、注入された原子対の位置間隔を十分広く取れば、互いに独立した原子対(ドナー・アクセプター対)を形成することが可能である。
【0043】
以上のような条件のもとに図3を用いて説明した発光素子を作製し、図4を用いて説明した素子動作をさせることにより、シリコン内で光子を効率よく発生させることができるようになる。
【0044】
[実施例2]
次に、実施例2について説明する。上述した実施例1の構成は、周期律表の他の周期群へも同様に適用できる。言い換えると、ホウ素,アルミニウム,インジウム,タリウムの中より選択されたIII族原子、および窒素,リン,アンチモン,ビスマスの中より選択されたV族原子から原子クラスターを生成すればよい。これを満たす原子クラスターは、窒化ホウ素(ボロン・ナイトライド,BN)、リン化アルミニウム(AlP)、インジウムアンチモン(InSb)、および、タリウム・ビスマス(TlBi)である。
【0045】
ただし、平均間隔が10nm以下となる原子対を形成するための注入エネルギーは、各々異なる。同一のRp、あるいは同一のΔRpを得るために、より大きい質量数を有する原子は、より大きなエネルギーを必要とする。各々の原子クラスターにおいて、条件を満足する臨界エネルギーは、以下の通りである。
【0046】
BN:5keV
AlP:22keV
InSb:50keV
TlBi:70keV
【0047】
いずれの場合もRpは30nm以下となり、界面からの距離に関する条件は自動的に満足されている。
【0048】
なお、本発明における注入方法において、イオン源からの原子クラスターの引き出し方法については詳細を問わない。例えば、ガリウム原子と砒素原子とから構成された原子クラスターの生成には、GaAs結晶基板をアルゴン等の原子でスパッタリングし、発生した原子クラスター群のうち、所望の質量を有する原子クラスターを選別して用いればよい。あるいは、Ga,PdAsなどの液体金属によりイオンビームを形成し、質量分離器によって選別することにより、GaAsクラスターを生成して注入すればよい。
【0049】
ホウ素原子と窒素原子とから構成されたクラスターの場合は、ホウ素を気化・イオン化,窒素ガスをイオン化し、イオンビームを生成して注入するという方法もある。その他、アルミニウム,リン,インジウム,アンチモン,タリウム,ビスマスは他の元素と合金化し、液体金属イオン源を構成して各原子クラスターのイオンビームを形成し、質量分離器によって選別して注入すればよい。
【0050】
また、注入先となるシリコンの表面に、薄い金属層や絶縁層などの被覆層が形成されていても構わない。ただし、被覆層の層厚が20nm以上になると、原子クラスターがシリコン中に注入されず被覆層に注入されるので、被覆層の層厚は十分薄くしておくことが重要となる。
【0051】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。例えば、注入対象の間接半導体からなる半導体層は、結晶シリコンに限らず、多結晶シリコンでも同様である。また、シリコンと同じIV族半導体であるゲルマニウムであっても同様である。ただし、ゲルマニウム層へ注入する場合、臨界注入エネルギーの値はシリコンの場合とは異なり、適宜に設定する必要がある。
【符号の説明】
【0052】
201…シリコン層、202…原子クラスター、221…ガリウム原子、222…砒素原子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同じ周期番号の1つのIII族原子および1つのV族原子から構成された原子クラスターを生成する第1工程と、
前記原子クラスターを間接半導体からなる半導体層に注入する第2工程と
を少なくとも備えることを特徴とする注入方法。
【請求項2】
請求項1記載の注入方法において、
前記原子クラスターは、イオン化されていることを特徴とする注入方法。
【請求項3】
請求項1または2記載の注入方法において、
前記半導体層は、シリコンから構成され、
前記第1工程では、
ホウ素,アルミニウム,ガリウム,インジウム,タリウムの中より選択されたIII族原子、および窒素,リン,砒素,アンチモン,ビスマスの中より選択された前記V族原子から前記原子クラスターを生成し、
前記第2工程では、
ホウ素および窒素から構成された原子クラスターは5keV以下のエネルギー、
アルミニウムおよびリンから構成された原子クラスターは22keV以下の注入エネルギー、
ガリウムおよび砒素から構成された原子クラスターは38keV以下の注入エネルギー、
インジウムおよびアンチモンから構成された原子クラスターは50keV以下の注入エネルギー、
タリウムおよびビスマスから構成された原子クラスターは70keV以下の注入エネルギー
のいずれかの注入条件により前記原子クラスターを前記間接半導体からなる半導体層に注入する
ことを特徴とする注入方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−230952(P2012−230952A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−96900(P2011−96900)
【出願日】平成23年4月25日(2011.4.25)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)