説明

津波の検知方法、検知装置および検知プログラム

【課題】従来の津波の検知方法には、正確かつ保守性に優れたものが存在せず、新規な津波の検知方法が望まれていた。
【解決手段】陸地の複数の地点において磁場を測定し、その中の任意の一地点と他の地点の磁場の差信号を求め、該差信号につき、一定の過去から現時点までの平均値を求め、該平均値と現時点の該差信号の値を比較し、その差が所定の値を超過し、所定の時間継続した場合は、巨大津波が発生したと判断する津波の検知方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陸地における磁場変動の測定に基づく津波の検知に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、津波の観測方法としては、潮位計や圧力センサーを用いて津波を検出し警報するシステムが知られていたが、例えば巨大な津波が押し寄せてきた場合には、潮位計の針が振り切れていたり、故障したりしていた(非特許文献1参照)。また、沖合に圧力センサーが設けられ、海底ケーブルで情報を地上に送信していたが、センサーが故障した場合には、保守が困難であった。
【0003】
また、これらの方法ではセンサーや計測部の設置位置が海底や海面に制約されることから、高い設置費用や維持費用が発生すること、船舶との衝突による損傷や太陽光線による劣化が生じること、小さな波や突風による瞬間的な波も雑音として検出してしまい津波と区別する処理が煩雑になることなどの課題があった。
【0004】
そこで、津波や高波の発生時に生ずるうねり性の波によって渦電流が海面に沿って流れ、渦電流と直角な方向に、正弦波状の周期的な磁界が生ずるのを、スカラ磁力計を海中ブイに収納して計測することにより、装置を海底や海面に設置することなく、錨等を用いて簡単に海に設置できるようにすると共に、津波の識別を簡単に行うことができる津波の検知方法が提案されている(特許文献1参照)。
しかしながら、この検知方法では未だ十分に、リアルタイムに正確な津波情報を得ることができず、津波被害を確実に防止するには至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009―198207号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Earth Planets Space、 63、 0-0、 2011 “Significant tsunami observed at the ocean-bottom pressure gauges at2011 Off the Pacific Coast of Tohoku Earthquake”
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、巨大津波が押し寄せてきた場合においても針が振り切れたり、故障したりせず、また、保守点検が容易であり、正確に津波の発生を検知することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、基本的には、導電性である海水の巨大な塊の流体運動、すなわち電流により発生する磁場の微少な変動を計測することにより津波の発生を検知するための発明(下記のステップを含む津波を検知するための方法、津波を検知するためのプログラム、このプログラムを実行するための装置)である。
具体的には、本発明は、
津波を検知するために、記憶デバイスと演算処理デバイスとを備えた装置で使用されるプログラムであって、
陸地の測定地点において磁場を経時的に測定して磁場変動を把握するステップ、
現時点から所定時間遡って測定された磁場の平均値を求めるステップ、及び
該平均値と現時点の磁場の値とを比較し現時点の磁場の値と該平均値との差
を求め、当該差が前記磁場変動から算出された通常時の磁場変動と認められる所定の値を、所定の時間継続して超過した場合、津波が発生したと判断するステップを前記装置において実行させる実行可能命令を備えた、前記プログラムである。
前記測定地点は複数箇所である。前記磁場変動は、前記測定地点の中の任意の一地点と他の地点との磁場の差を求めて差信号を得、得られた差信号に基づいて把握される。前記平均値は、前記差信号について求められる。このように、陸地の複数の地点において磁場を測定するのは、地磁気の乱れ等の影響を除くためである。
また、前記プログラムを含む記憶デバイスと演算処理デバイスとを備えた装置は、磁場を測定するための磁場測定器と、前記演算処理デバイスにより演算された結果を表示する出力デバイスと、津波の発生を検知した際に津波の発生を表示する表示デバイスとを具備する。また、この装置は、津波の発生を検知したことを受けて警報を鳴らすことや、ニュース速報をメディアに流すようなシステムを更に具備することもできる。
なお、上述のプログラムを用いた津波検知のフローチャートを図8に示した。
【0009】
また、上記磁場は、互いに直交する磁場の3成分のうちの1成分、2成分又は3成分に基づいて求めたものである。
【0010】
また、上記所定の値は、一定の過去から現時点までの前記差の標準偏差(σ)の定数倍(kσ:kは定数(例えば2から4))である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、陸地において津波の検出ができ、観測装置のメンテナスが簡単になる。また、磁場変化を測定することで津波の発生をリアルタイムで観測できるため、即時に正確な津波予測が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】磁場変動状況の観測点を示す概略図である。
【図2】各地点における観測結果を示す波形チャート図である。
【図3】津波発生時の細倉観測点における磁場変動観測例(全磁力F)である。具体的には、細倉における全磁力(3成分の二乗和の平方根)の変化のチャートを示している。観測日時は、地震(津波)が発生した2011年3月11日の14時〜16時の2時間である。実線は観測波形、破線は移動平均値(M)、二点鎖線はM±3σ(σは、標準偏差)である。
【図4】津波発生時の細倉における垂直磁力(Z成分)の変化を示すチャートである。観測日時は、地震(津波)が発生した2011年3月11日の14時〜16時の2時間である。実線は観測波形、破線は移動平均値(M)、二点鎖線はM±3σである。
【図5】津波発生時の細倉と女満別の全磁力の差分を示すチャートである。観測日時は、地震(津波)が発生した2011年3月11日の14時〜16時の2時間である。実線は観測波形、破線は移動平均値(M)、二点鎖線はM±3σである。
【図6】津波発生時の細倉と女満別の垂直磁力(Z成分)の差分を示すチャートである。観測日時は、地震(津波)が発生した2011年3月11日の14時〜16時の2時間である。実線は観測波形、破線は移動平均値(M)、二点鎖線はM±3σである。
【図7】津波発生時の細倉と女満別の全磁力差分信号変化に津波の検知と相馬の水位計の相関図である。
【図8】上述のプログラムを用いた津波検知のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者は、図1に示すように宮城県の細倉(HSK)に観測地点を設け、地球磁場を継続的に観測している。
細倉観測地点では、宮城県栗原市にある細倉鉱山において、2004年3月以降、1対のフラックスゲート磁力計を用いた地磁気3成分観測を行っている。1台は地下70mの坑道内に設置され、もう1台は地表下1mに設置されている。地中磁力計は0.5秒サンプリング、地上磁力計は1秒サンプリングで記録し、どちらの観測データもGPS電波によって時刻同期されている。
【0014】
また、それぞれの記録システムは、太陽光発電やバッテリーを電力の供給源としており、商用電力系とは独立しているので地震に伴う停電等の影響はほとんどない。
【0015】
2011年3月11日14時46分18秒(日本時間)に2011年東北地方太平洋沖地震(モーメントマグニチュード(Mw)が9.0)が発生した。細倉観測地点と震源域までの距離は約100kmである。
【0016】
図2に、各観測地点での地震発生時の地球磁場信号を示す。茨城県石岡市の柿岡(KAK)と北海道女満別(MMB)の地磁気データは、気象庁地磁気観測所の提供によるもので、東京都の奥多摩(OKM)は、東海大学地震予知研究センターより提供されたものである。地震発生時刻は、図のTで示してある。地震発生から数分後には、各観測地点に地震が到達しているはずだが、磁場にさほど大きな変動は生じていない。しかしながら、細倉観測点の磁場信号を参照すると、地震発生から10分ないし18分にかけて、巨大地震、それに引き続いて発生した津波による注目すべき磁場変化が見られた。
【0017】
地磁気の測定には、3成分観測を行っている。したがって、3成分のうちの1成分のみ(例えば、垂直磁力成分:Z成分)または2成分(例えば、垂直成分Zと水平成分のうちの一つの成分)に注目しても良いし、3成分すべてに注目しても良い。
【0018】
観測されたデータを観測しているだけでも、磁場変動の異常を観測可能であるが、観測時点から所定時間前からの磁場の平均値(M)を求め、その平均値と現時点での磁場を比較することにより、より客観的に津波を検知することができる。
【0019】
図3は、巨大地震発生日の細倉観測点における全磁力(3成分の二乗和の平方根)のデータである。その図において、実線は、全磁力の観測波形であり、破線は、20分間の移動平均値(Mで表す。)であり、二点鎖線は、M±3σである。図3より、一観測所のみの信号において津波と判断する閾値として、3σは大きすぎ、2σ程度とすべきであることがわかる。
【0020】
図4は、巨大地震発生日の細倉観測点における垂直磁力強度(Z成分)のデータである。
この場合も、全磁力と同様に、一観測所のみの信号において津波と判断する閾値として、3σは大きすぎ、2σ程度とすべきであることがわかる。
【0021】
以上のように、一観測所のデータだけからでも、津波の発生を検知できるが、さらに良い方法がある。すなわち、複数の観測点に共通な、津波以外の原因による雑音、例えば、地磁気の乱れを消去するために、津波に近い観測点と津波から遠い観測点において観測された磁場変化の差分信号を利用することで、津波に基づく磁場変化を感度よく検出することが可能となった。
【0022】
図5は、細倉と女満別の観測データの全磁力の差分信号のグラフである。実線は観測波形であり、破線は、30分間の移動平均値、二点鎖線は、M±3σである。普段は、平均値からほとんどずれずに差分信号が推移するが、巨大津波発生時には、大きくずれることが確認された。これを検出することで、マルチ観測点における磁場変化の差信号を利用した津波検知が可能である。
【0023】
図6は、細倉と女満別の観測データの垂直磁場Zの差分信号のグラフである。実線は観測波形であり、破線は、30分間の移動平均値、二点鎖線は、M±3σである。図5と同じく、普段は、平均値からほとんどずれずに差分信号が推移するが、巨大津波発生時には、大きくずれることが確認された。このように、3成分のうちの1成分であるZ成分を検出することで、マルチ観測点における磁場変化の差信号を利用した津波検知が可能である。
【0024】
これを数式で現すと、時刻tにおける上記誤差信号をD(t)とすると、所定の時刻から現時点までの誤差信号の平均値Mは、
M={D(t−nT)+D(t−(n−1)T)+・・・+D(t−T)}/n
となる(サンプリング間隔をTとする。)。また、標準偏差σは、
σ={(D(t−nT)―M)+・・・+(D(t−T)―M)}/n
から求められる。
したがって、本発明は、
絶対値(D(t)―M)>3σ
または
絶対値(D(t)―M)>kσ(kは、任意の定数(例えば2から4))
となった時(t)に、津波が発生したと判断する。
なお、上述のnは、10分から30分となる離散時間となる。換言すれば、サンプリング間隔Tが1秒ならn=600から1800となり、Tが2秒ならn=300から900となる。
【0025】
サンプリング間隔Tは、0.5秒から2秒程度であればよい。比較判断する大きさは、平常時の標準偏差が1nT程度であるので、具体的に、例えば、2nTとしても良いが、標準偏差を規準にして定めた方が好ましい。上記の例では、3σとした。
【0026】
さらに、津波と検知するときは、kσと決めた基準の値(閾値)を所定の時間(例えば30秒程度)連続して超えた場合とするのが好ましい。なぜなら、地磁気観測を行っている場合に、非常に鋭いピークを持ったパルスが観測されることがしばしばあるからである。地磁気観測では有名な話であり、原因は定かではないが、車とか人間とか鳥とか言われている。
【0027】
図7は、細倉と女満別の観測データの全磁力の差分信号のグラフと相馬における水位計のグラフを時刻同期して表示したものである。相馬は、震源に比較的近く、水位が10mにも達している。図7より、津波は、15時頃に発生し、16時前に相馬に到達したことがわかる。したがって、津波到達の50分前には津波警報を発することが可能である。
【0028】
以上から明らかなように、マルチ観測点における磁場変化の差信号を利用して津波検知が可能となる。しかも、観測点間で所定の差以上の信号が出た地域の近くで津波が発生したことが分かる。このように本発明は、磁場の差信号を利用する点、リアルタイムの観測が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明者は、細倉鉱山に作られた観測点で2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)において、巨大津波に伴う磁場変動を観測することに成功した。これは地震電磁気観測にとって画期的なことであり、この成果をもとに、例えば巨大な津波への緊急警報が可能となるため、本分野の飛躍的な発展が大いに期待できる。
【符号の説明】
【0030】
MMB 女満別(北海道)
HSK 細倉(宮城県)
KAK 柿岡(茨城県)
OKM 奥多摩(東京都)
ESS 江刺(岩手県)
Aftershock Area 余震の領域
Tohoku EQ 東北地方地震の震源地
Tsunami 津波

【特許請求の範囲】
【請求項1】
津波を、当該津波が陸地に到達する前に検知するための方法であって、
陸地の測定地点において磁場を経時的に測定して磁場変動を把握するステップ、
現時点から所定時間遡って測定された磁場の平均値を求めるステップ、及び
該平均値と現時点の磁場の値とを比較し現時点の磁場の値と該平均値との差を求め、当該差が前記磁場変動から算出された通常時の磁場変動と認められる所定の値を、所定の時間継続して超過した場合、津波が発生したと判断するステップ
を備え、
前記測定地点が複数箇所であり、
前記磁場変動は、前記測定地点の中の任意の一地点と他の地点との磁場の差を求めて差信号を得、得られた差信号に基づいて把握され、
前記平均値は前記差信号について求められる、
前記方法。
【請求項2】
津波を検知するために、記憶デバイスと演算処理デバイスとを備えた装置で使用されるプログラムであって、
陸地の測定地点において磁場を経時的に測定して磁場変動を把握するステップ、
現時点から所定時間遡って測定された磁場の平均値を求めるステップ、及び
該平均値と現時点の磁場の値とを比較し現時点の磁場の値と該平均値との差を求め、当該差が前記磁場変動から算出された通常時の磁場変動と認められる所定の値を、所定の時間継続して超過した場合、津波が発生したと判断するステップ
を前記装置において実行させる実行可能命令を備え、
前記測定地点が複数箇所であり、
前記磁場変動は、前記測定地点の中の任意の一地点と他の地点との磁場の差を求めて差信号を得、得られた差信号に基づいて把握され、
前記平均値は前記差信号について求められる、
前記プログラム。
【請求項3】
記憶デバイスと演算処理デバイスとを備え、請求項2に記載のプログラムを実行するための装置あって、
磁場を測定するための磁場測定器と、
前記演算処理デバイスにより演算された結果を表示する出力デバイスと、
津波の発生を検知した際に津波の発生を表示する表示デバイスと
を具備する、津波を検知するための装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−83618(P2013−83618A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−241688(P2011−241688)
【出願日】平成23年11月2日(2011.11.2)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)