説明

活性酸素消去能を有するクロレラ

【課題】暗培養において高い増殖能力及びクロロフィル含有量を持ち、且つ、活性酸素消去効果が高いクロレラ属の新規株、および、活性酸素消去効果が高いクロレラを含有し、有用な生理活性を持つ組成物を提供することを課題とする。
【解決手段】暗培養下で増殖可能であって、クロロフィル含有量並びに活性酸素消去能が高いことを特徴とする、クロレラ属J005株。並びに、クロレラ蛋白0.1mgあたりの活性酸素消去能がSOD蛋白45pgの活性酸素消去能と同等またはそれ以上であるクロレラを有効成分として含有する組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、健康食品等に利用することができるクロレラに関する。より詳しくは、暗培養において、クロロフィル含有量および活性酸素消去能力が高いクロレラ属の株、並びに前記クロレラ成分を含有する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
クロレラ属は、単細胞で緑藻に分類され、河川、湖沼、水たまりなどに広く分布している。大きさは、種や発育段階によって異なるが、3〜10ミクロン程度で球形をしており、光学顕微鏡で観察できる。
【0003】
クロレラには、葉緑素(クロロフィル)、蛋白質、ビタミン、ミネラル、食物繊維等がバランス良く含まれており、健康食品として古くから愛用されてきた。従来は、その中でも、特にクロロフィルが、クロレラの重要成分とされ、健康の維持・増進に有効であると考えられ、健康食品の分野においてはクロロフィル含有量の高いクロレラが望まれていた。
【0004】
また、クロレラは食品としても摂取されるものであるため、より安全性が高いことが好ましく、強制的に変異を起こさせた株よりも自然変異株が望まれる。すなわち、化学処理、物理処理を施して、人工的に変異をおこさせている株は、なんらかの部分で多発変異を起こしている可能性があり、有害性を含む危険性がある。クロレラは食品としても摂取されるものであるため、より安全性が高いことが好ましく、強制的に変異を起こさせた株よりも自然変異株が望まれる。すなわち、クロレラは比較的安定していて、変異しにくいとされているので、自然変異のものを長時間かけてスクリーニングした自然変異株であれば、変異はポイントミューテーション的であり、他の部分については親株と変化が少なく、安全性が高いと考えられる。また、継続的なタンク培養を行った場合、人工変異株は再び元の性質に戻るなどの変異を起こしやすいが、自然変異株は安定性があるという利点がある。
【0005】
自然界のクロレラは、独立栄養性で光合成を行って増殖する。しかし、産業としてクロレラを増殖する場合、日光照射による独立培養では、天候、季節による日光照射量の変動が大きいという問題や、微生物等の汚染を受けやすいという問題がある。このため産業界においては、クロレラをタンク内に入れて外界と遮断し、グルコース等を炭素源とする従属栄養で培養する方法が望まれている。しかし、暗所で従属栄養により増殖したクロレラは、日光照射で独立栄養により増殖したクロレラに比べ、クロロフィルの含有率が少なく緑色が退色するという問題があった。このため、暗培養でもクロロフィルの含有率が高いクロレラ属の株が求められている。
【0006】
最近になって、クロレラ成分を含有する組成物について新たな用途が模索されるようになり、特許文献1の血管新生阻害剤及び抗老化剤、特許文献2の抗老化化粧料などが開示されている。さらに、特許文献3には、SOD様物質を含む原料を利用した活性酸素抑制組成物が開示されており、SOD様物質を含む原料の一つとしてクロレラが挙げられている。SOD(スーパーオキシドジスムターゼ)は、スーパーオキシドアニオンを速やかに消去することにより、スーパーオキシドアニオンにより、さらにスーパーオキシドアニオンに由来する他の活性酸素、特にヒドロキシルラジカルによる酸化的損傷を抑制し、酸化障害を防御している。近年、活性酸素による有害な作用が多々報告されており、クロレラのように古くから摂取され、安全性が確立されたものの中で、活性酸素消去効果が高い新規株が見つかれば、健康食品から医薬品まで幅広い範囲に渡る活用が期待できる。
【0007】
さらに、活性酸素消去能が特に高いクロレラが、実際にインビボでどのような生理活性を示すかは分かっておらず、このようなクロレラのインビボにおける効果が実証できれば、健康食品あるいは医薬品としての有効利用が期待される。
【特許文献1】国際公開2003/084302号公報
【特許文献2】特開2006−241036号公報
【特許文献3】特開2000−224970号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って本発明は、暗培養において高い増殖能力及びクロロフィル含有量を持ち、且つ、活性酸素消去能が特に高いクロレラ属の新規株、および、活性酸素消去能が高いクロレラを含有する、有用な生理活性を持つ組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく研究を重ねた結果、暗培養下において増殖可能であり、クロロフィル含有量および活性酸素消去能が高いクロレラ属の自然変異株を単離することに成功し、またさらに、前記株を動物に経口投与した場合の効果を実証し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち本発明は、暗培養下で増殖可能であって、クロロフィル含有量並びに活性酸素消去能が高いことを特徴とする、クロレラ属J005株(受託番号:FERM P-21127)である。
【0011】
本発明者らは、野外から採取してきたクロレラを長時間かけてスクリーニングした結果、暗培養で増殖する30株のクロレラ属の微細藻を得ることに成功した。その後さらに研究を続け、この30株の中から、暗培養下において、増殖能力及びクロロフィル含有量並びに活性酸素消去能が高いクロレラ属の自然変異株を分離し、これをJ005株(受託番号:FERM P-21127)、と命名した。この株は暗培養下において、25℃、3日間で十分な細胞増殖を示す。また、前記培養下におけるクロロフィル含有量を測定した結果、全クロロフィル含有量が乾燥重量で30 mg/g以上、クロレラ蛋白0.1mgあたりの活性酸素消去能がSOD 45pgと同等以上と高い値を示した。また、自然変異株であるため、強制的に変異をおこさせたものと異なり、安全性が高く、健康食品等として利用するのに極めて適している。
【0012】
また、上記株を含有する組成物を老化促進マウスに経口投与した結果、痴呆症およびストレスに対する改善効果が見られた。クロロフィル含有量が高いクロレラは従来から報告されているが、痴呆症、ストレスに対する報告はこれまでなく、前記効果は高い活性酸素消去能を有するクロレラに基づく可能性がある。また、SODを動物に投与することにより、本発明のクロレラ株と同程度またはそれ以上に痴呆症およびストレスに対する改善効果が見られたという報告はないため、上記の効果は、SODや活性酸素消去活性をもつ物質全てで得られるものではなく、活性酸素消去能が高いクロレラ独自の効果と考えられる。
【0013】
したがって、本発明は、クロレラ蛋白0.1mgあたりの活性酸素消去能がSOD 45pgと同等以上であるクロレラを有効成分として含有する、痴呆症または認知症を予防または軽減するための組成物、並びに、ストレスあるいは不安を緩和するための組成物に関する。
本発明はまた、ヒトを含む哺乳動物の脳代謝を活発にして記憶力、記銘力あるいは脳機能を改善し、パーキンソン病、脳血管障害、アルツハイマー病、プリオン病等の脳・神経疾患や高次脳機能障害を予防、治療または改善させるための組成物、並びに、哺乳動物に対してアンチエイジング効果を与える組成物に関する。
前記組成物は、健康食品あるいは医薬として利用できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明にかかるクロレラ属の新規株は、暗培養下において優れた増殖能力を有し、且つ前記培養下において高いクロロフィル含有量並びに活性酸素消去能を示す。また、前記株を含有する組成物は、痴呆症、認知症、脳・神経疾患、高次脳機能障害、記憶力・記銘力異常、不安およびストレスに対する改善効果、並びにアンチエイジング効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
暗培養とは、日光照射を利用せず、有機化合物を炭素源およびエネルギー源として培養を行う、従属栄養的培養を意味する。
【0016】
本発明において、「増殖能力が高い」とは、20〜40℃、好ましくは25〜35℃において、約2〜3日程度の培養期間で10倍以上の増殖率を示すこと、より好ましくは20倍以上、特に好ましくは30倍以上の増殖率を示すことをいう。また、「クロロフィル含有量が高い」とは、全クロロフィル含有量が乾燥重量で約25mg/g以上であること、より好ましくは約30mg/g以上であることを意味する。また、「活性酸素消去能が高い」とは、クロレラ蛋白0.1mgあたりの活性酸素消去能がSOD37.5pgと同等以上、より好ましくは41.25pgと同等以上、特に好ましくは45pgと同等以上であることを意味する。
【0017】
本発明にかかるJ005株は、配列番号1の部分配列をもつことが確認されたが(実施例9参照)、J005株を継代培養するうちに、配列が若干異なる可能性はあり、当然のことながらそのような株も本発明にかかるJ005株に含まれる。すなわち本発明にかかるJ005株には、J005株に由来する変異株も含まれる。例えば、配列番号1と約99.5%以上(特に約99.8%以上)の相同性をもち、クロレラ蛋白0.1mgあたりの活性酸素消去能が、SOD蛋白40pgの活性酸素消去能と同等またはそれ以上であるクロレラ株は、J005株に由来する株と見なすことができ、本発明のJ005株に含まれる。
塩基配列は、生菌、死菌、または菌由来の乾燥粉末からPCR法等により決定することができる。
【0018】
増殖能力の測定
増殖能力は、液体倍地(グルコース15 g、NaNO3 2 g、MgSO4・7H2O 0.2 g、CaCl2・2H2O 0.05 g、クエン酸鉄アンモニウム 0.02 g、K2HPO4 0.8 g、KH2PO4 0.2 g、酵母エキス 1g、A-5溶液 1250 μlを1Lの水道水に溶解したもの)を用いて、振盪培養で、25℃にて測定した。
A-5溶液*:H3BO3 2.86g、MnCl2・4H2O 1.81g、ZnSO4・7H2O 0.22g、CuSO4・5H2O 0.08g、Na2MoO4 0.021gを純水1リットルに溶解し、濃硫酸1滴を加えたもの
【0019】
クロロフィル含有量の測定
本発明における全クロロフィル含有量は、藻類研究法に記載されている簡易測定法で行った。クロレラ藻体のメタノールおよびアセトン抽出物を、650nmおよび665nmにて吸光度を測定し、以下の計算式で全クロロフィル量を算定した。
全クロロフィル量(μg/ml)=25.5×650nm吸光度測定値+4.0×665nm吸光度測定値
【0020】
活性酸素消去能の測定
本発明における活性酸素消去能は、高水溶性ホルマザンを生成するテトラゾリウム塩をもちいた、NBT法を用いて測定した。
具体的には、クロレラ株を100℃で5分間熱処理したのち凍結乾燥を行い、水で懸濁したのち超音波破細装置を用いて処理し、遠心後に上清を回収してBCAアッセイキット(PIERCE社製)を用いて総蛋白量を測定した。上清を純水で希釈して、たんぱく質0.1mgを含む20マイクロリットルの溶液とし、その活性酸素消去能を、高水溶性ホルマザンを生成するテトラゾリウム塩をもちいた、NBT法を用いて測定した。
【実施例1】
【0021】
野外からの採取と系統の確立
野外から採取した緑藻をCarbenicillin(50μg/ml)入りの25%デットメル液(0.25g KNO3, 0.175g KH2PO4, 0.075g K2HPO4, 0.075g MgSO4・7H2O, 0.025g NaCl, 0.01g CaCl2・7H2Oに水道水を加えて滅菌)に移植したのち弱光下、25℃で2週間静置培養した。静置培養した試料を滅菌水で10倍に希釈したのちVoltexで10分間攪拌した。希釈した試料をさらに段階的に10倍希釈したもの(100倍、1000倍、10000倍、100000倍希釈)を作成した。
それらの希釈試料50μlをCarbenicillin(50μg/ml)入りベネッケ寒天培地(0.2g NH4NO3, 0.1g CaCl2, 0.1g KH2PO4, 0.1g MgSO4・7H2O, 15gアガロースを水道水1Lに溶解したもの)10 mlに懸濁したのち、ペトリディッシュに注入して凝固した。弱光下、25℃で培養して増殖してきたコロニーから、大きいもの、緑の濃いものを採取し増殖用斜面培地(グルコース15 g、NaNO3 2 g、MgSO4・7H2O 0.2 g、CaCl2・2H2O 0.05 g、クエン酸鉄アンモニウム0.02 g、K2HPO4 0.8 g、KH2PO4 0.2 g、酵母エキス 1g、A-5溶液 1250μl 、寒天 15gを1Lの水道水に溶解したもの)に移し、25℃で5日暗培養した後、コロニーの育成が良好なものを選択して14℃で保存した。
【0022】
培地
増殖用培地は以下のものを使用した。
斜面培地:グルコース15 g、NaNO3 2 g、MgSO4・7H2O 0.2 g、CaCl2・2H2O 0.05 g、クエン酸鉄アンモニウム 0.02 g、K2HPO4 0.8 g、KH2PO4 0.2 g、酵母エキス 1g、A-5溶液 1250 μl、寒天 15gを1Lの水道水に溶解したもの。
液体培地:斜面培地から、寒天を除いたものを用いた。
【0023】
上記方法により、30の分離株を得た。この30株について、25 ℃、暗黒下で5日間振盪培養し、1、4、5日目に細胞ペレットについて、色の濃さ、細胞量を相対評価した。増殖性、色の濃さは、各株でかなり異なった。増殖能力、クロロフィル量、活性酸素消去能を測定し、その全て(特に活性酸素消去能において)で高い値を示す株を単離し、JOO5株と命名した。この株は、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに、平成18年12月11日付で受領番号FERM AP-21127のもとに寄託された。
【0024】
J005株の菌学的性質を以下に示す。
【0025】
形態と染色性
単細胞で、球形、2.8〜3.9 × 3.2〜4.2μmの大きさである。細胞内にカップ状の葉緑体を1個、ピレノイド1個を持つ。ルテニウムレッドで赤色に染まる。
【0026】
増殖
(1)生育温度20〜40℃。生育pH 5〜9、最適pH は7.2である。
(2)無性生殖による細胞分裂で2〜6個の娘細胞を形成して増殖する。
(3)明培養で、光合成をおこない独立栄養で増殖するが、暗培養下、グルコースを炭素源とした従属栄養でも増殖する。
(4)光合成のみの増殖よりも、従属栄養で培養するほうが、はるかに増殖がよい。
(5)通常のクロレラは、暗培養で増殖させるとクロロフィルの産生量がおちて、緑色が退色するが、この株は、暗培養増殖でも、明培養下で増殖したものと、緑色の濃さに遜色がなく、クロロフィルの産生量が落ちないのが特徴である。
【0027】
分類
形態的な特徴、染色性、増殖様式、DNA分析から、J005株はChlorella vulgarisに分類される。
DNA解析の結果、J005株は、公知のどの株とも異なることから、新規の株であると判断した。
【0028】
以下の実施例2〜9においてJ005株につき、増殖能力、クロロフィル含有量、活性酸素消去能、痴呆抑制作用、抗ストレス作用および遺伝子配列を調べた。
【実施例2】
【0029】
増殖能力
上記30株のうち、特に優れた増殖性を示す3株(J001株、J008株、J009株と命名)とJ005株について増殖能力を測定した。クロレラ各株をslantから液体培地に移した後、暗所にて一晩振盪前培養した。1.0 × 107/mlに液体培地で調整し、25℃170rpmで暗所にて振盪培養し、24h毎に一部を採取して、細胞数をカウントし、細胞濃度を算定した。
【0030】
振盪培養時における培養時間と細胞数の表を以下に示す(グラフを図1に示す)。
【0031】
【表1】

【0032】
上記測定結果から、72時間後の増殖率を計算すると、J005株が33.4倍、J009株が17.3倍、J008株が13.9倍、J001株が12.7倍であった。これにより、上記各株が、暗培養下において、25℃・3日間程度で十分に培養が可能な、増力能力の優れた株であることが分かった。特にJ005株は優れた増殖率を示した。
なお、この結果は三角フラスコ内での振盪培養によるものであり、培地の濃度を濃くしてタンク培養を行った場合は、さらにかなり増殖率が高くなることが期待できる。
【実施例3】
【0033】
クロロフィル量の測定
上記30株のうち、特に緑色の濃い2株(J008株、J009株)と J005株について、以下の手順により、クロロフィル量を測定した。
【0034】
1)クロロフィルの抽出
秤量したクロレラ乾燥末を乳鉢に入れ、5倍量(重量)の石英砂を加えて、均一になるようにかき混ぜた。これに、50mMリン酸緩衝液、pH7.5を加えて湿らせ、粉砕した。
緩衝液の4倍量のメタノールを粉砕しながら徐々に加えていき(80%メタノール抽出)、上清をメスフラスコに入れた。さらに粉砕しながら80%メタノール(50mMリン酸緩衝液、pH7.5)を加えて抽出し、上清をメスフラスコに加えた。この抽出操作を再度行った後、同様に同量のアセトンによって抽出し、メタノール抽出液に加えた。
2)クロロフィルの測定
Arnonらの方法(藻類研究法、西澤一俊・千原光雄 編集、共立出版、1979年)に従い、次式を用いて算出した。
全クロロフィル量(μg/ml)=25.5×650nm吸光度測定値+4.0×665nm吸光度測定値
【0035】
上記式で算出した、抽出液中の全クロロフィル量(μg/ml)から、クロレラ藻体乾燥重量1g当たりの全クロロフィル量(mg/g)を次式により求めた。
クロレラ藻体乾燥重量1g当たりの全クロロフィル量(mg/g)
=抽出液中の全クロロフィル量(μg/ml)÷1000×抽出液量(ml)÷藻体乾燥重量(g)
結果を図2にまとめる。
【0036】
図2に示すように、J005株、J008株、J009株は、暗培養において全クロロフィル含有量が乾燥重量で30mg/g以上であり、暗培養においても多量のクロロフィルを生産した。
【実施例4】
【0037】
活性酸素消去能の測定
実施例3の3株(J005株、J008株、J009株)と任意に選び出した1株(J006株と命名)について、活性酸素消去能を測定した。
各株について暗培養を行い、100℃で5分の熱処理を行ったのち凍結乾燥を行った。従来製品である市販のクロレラ製剤A及びB(従来製品A及び従来製品B)と凍結乾燥した上記のクロレラ株を水で懸濁したのち超音波破細装置を用いて処理した。遠心後に上清を回収してBCAアッセイキット(PIERCE社製)を用いて総蛋白量を測定した。これらの上清を純水で希釈して、たんぱく質0.1mgを含む20マイクロリットルの溶液とし、その活性酸素消去能を高水溶性ホルマザン生成するテトラゾリウム塩を用いたNBT法を用いて測定した。
また、リコンビナントSOD蛋白(Wako純薬製)を純水で溶解し、500 pg/ml,250 pg/ml、125 pg/ml、62.5 pg/ml、31.25 pg/ml、16.125 pg/ml、8 pg/ml、4 pg/ml、2 pg/ml、1 pg/ml、0.5 pg/ml、0.25 pg/ml、0.125 pg/ml、0 pg/mlの濃度の溶液を用いて、NBT法で活性酸素消去能を測定し標準曲線を作成してSODへの換算を行った。
測定結果を図3(活性酸素除去率)および図4(SOD換算値)に示す。
【0038】
図3で示すように、活性酸素除去率は、従来製品Aでは27%、従来製品Bでは16.5%であったのに対して、J005株では66.23%であった。これをSOD蛋白の活性酸素消去能に換算すると、従来製品Aでは10.0pg/ml、従来製品Bでは0.11pg/mlであるのに対して、J005株では51.6 pg/mlと従来製品の約5倍以上の活性を示し、培養クロレラ株中で最も活性酸素消去能が高かった。
【0039】
なお、J005株、J008株、J009株はいずれも、実施例3において全クロロフィル含有量が乾燥重量で30mg/g以上と高値であったが、活性酸素消去能については、J008株は活性酸素除去率が20%未満であり、クロロフィル含有量と活性酸素消去能が相関しないことが分かった。
【0040】
以下、活性酸素消去能の高いクロレラを、実際に動物に経口投与した場合の生理活性を調べる実験を行った。
【0041】
クロレラ成分含有飲料水の作成
クロレラ培地(組成は[0022]に記載)を用いてクロレラを培養して、培養後、遠沈(3000 rpm 10分)したのち水で再懸濁した。100℃で5分加熱処理したのちに凍結乾燥をおこなった。乾燥したクロレラあるいは従来品のクロレラ製剤に水を加えて懸濁したのち超音波破砕装置を用いて菌体を破砕処理した。その後4℃で一晩静置したのちに上清を回収した。上清中の総蛋白濃度をBCAアッセイ法で定量したのちに0.03mg/mlの総蛋白濃度になるように水で希釈した。作成工程の模式図を図5にしめす。
【実施例5】
【0042】
老化促進マウスを用いた新規クロレラ株の活動活性にたいする影響
14週齢の老化促進マウスSamP8マウス(SamP8マウスは生後16週齢くらいから脳血管の障害を基盤として脳組織の病理学的変性をきたし、その結果として、学習能力・記憶能力が顕著に低下してくる)に対して、普通飲料水、J005株含有飲料水(0.03mg/ml総蛋白量)、従来製クロレラ成分含有飲料水(0.03mg/ml総蛋白量)を与えた群を作成して、以下の項目について検討した。その実験プロトコールについては図6に示す。活動性の指標としてはオープンフィールドテストを行い、20分間の総移動距離を用いた。
オープンフィールドテストでは、40cm×30cmの箱の底面に10cm四方の区画を描いたフィールドの中にマウスを投入し、その環境における一定時間内での移動距離(移動区画数)によって活動性を計測することができる。
【0043】
マウス投入後1分間の移動区画数を20分間測定した。そして1分ごとの移動距離(移動区画数)をグラフにまとめたのが図7である。さらにそのグラフを20分間での移動距離(移動区画数)にまとめたものが図8である。
【0044】
図7、図8に示されるとおりJ005株を含む飲料水を4ヶ月間飲ませた群では、20分間の移動距離が普通飲料水を飲ませていた群に比較して有意に向上していた。一方、従来製品Aにおいては、普通飲料水と有意な差はみられなかった。それらの結果より、従来のクロレラ製剤には認められなかったマウスの老化抑制作用がJ005株を摂取することによって得られることが解った。
【実施例6】
【0045】
老化促進マウスを用いたストレス対応性テスト1
オープンフィールドテストにおいては、尻尾を捕まれて新しい環境に移動させられた瞬間に、マウスは最大の不安・恐怖を感じ、その後感情が安静してから新しい環境の探索を開始する。不安・恐怖の程度が低いと、マウスの感情はすぐに安定するので、装置投入後早期から活発な移動を行うが、不安・恐怖が強い場合には、感情の安定に長時間を要するために、最大限に移動行動を行うようになるまでの時間が長くなる。すなわち、移動量の多寡が、マウスの活動性や探索傾向の度合いを表すのに対して、移動量の時間経過による変化率は、マウスの不安・恐怖を示すと考えられる(文献:マウス表現型解析プロトコール 秀潤社。および、Takahashi A, Kato K, Makino J, Shiroishi T, Koide T. Multivariate analysis of temporal descriptions of open-field behavior in wild-derived mouse strains. Behav Genet. 2006 Sep;36(5):763-74.)。そこで、マウスの不安・恐怖の程度を検証するために、実施例5の実験結果に基づいて、マウス投入後0-5分間および15-20分間における移動区画総数を計算し、以下の式で不安指数を定義して検討したものを図9に示す。
不安指数=(15-20分間の移動区画総数)÷(0-5分間の移動区画総数)
【0046】
普通飲料水を与えた群と比較して、J005株成分を含む飲料水を与えた群では不安指数が有意に低下していた。また従来クロレラ製剤(従来製品A)成分を含む飲料水を与えていた群では普通飲料水と比較してむしろ不安指数が上昇するという結果が得られた。
【実施例7】
【0047】
老化促進マウスを用いたストレス対応性テスト2
マウスは新しい環境に置かれた場合、移動活動の減少とともに脱糞数が増加することが知られている。すなわち脱糞数が多い個体は不安度が高く環境への順応性に劣ると考えられている。そこで、普通飲料水、J005成分含有飲料水、従来クロレラ製剤(従来製品A)成分含有飲料水を飲ませた3群についてマウス投入後20分間の脱糞数を数えて比較検証した結果を図10に示す。
【0048】
普通飲料水を与えた群と比較して、J005株を含む飲料水を与えた群では有意に脱糞数が低下していた。また従来製品A成分を含む飲料水を与えていた群では普通飲料水と比較してむしろ脱糞数が上昇するという結果が得られた。
【実施例8】
【0049】
老化促進マウスを用いた痴呆抑制に対する効果の検討
普通飲料水、J005成分含有飲料水、従来クロレラ製剤(従来製品A)成分含有飲料水を4ヶ月間飲ませた老化促進マウスSamP8マウスについて、以下に記載する装置とプロトコールを用いて、受動回避学習テストを行い、新規クロレラ株の痴呆に対する抑制効果について検討した。結果を図11に示す。
【0050】
受動的回避学習とは、「ある行動を行わないこと」によって嫌な刺激を回避する学習の総称である。その中でもっとも一般的なものがステップスルー式受動回避テストである。このテストでは、明るい部屋と暗い部屋が小さな穴で連結した装置を用いる。
マウスを明るい部屋に入れると、マウスは本能的に明室を嫌って暗室に逃げ込もうとする。そこで電気刺激によるショックを与える。電気ショックを与えた10分後そして24時間後に同じ実験を行うと、痛みを記憶しているマウスは暗い部屋に入ろうとしないが、忘れてしまったマウスは暗い部屋に入る。この実験では明るい部屋にとどまる時間で学習・記憶能力を評価する。本研究では、電気刺激装置としてトキワサイエンス社製のCUY21を用いた。刺激は、電圧125V 電流0.01A 刺激時間100msecで行い、また300秒を超えて暗室に入らなかった場合はそこで実験終了とした(cut off time 300 sec)。
【0051】
電気刺激後10分においても24時間においても、J005株含有飲料水を与えられた群では、普通飲料水あるいは従来クロレラ製剤(従来製品A)成分含有飲料水を与えられた群と比べて記憶の持続時間が有意に延長していた。
【実施例9】
【0052】
クロレラ28S rRNA遺伝子配列の解析
クロレラJ005株から、ISOPLANT(ニッポンジーン)を用いたベンジルクロライドによる抽出法によりゲノムDNAを調製した。次に、NCBI GeneBankに記載されているクロレラの28SリボソーマルRNA遺伝子の配列(AB237692)に基づき、オリゴヌクレオチドプライマーS1 (5'-tcgacctgagctcaggcaag-3')、および、プライマーAS1(5'-tggcccacttggagctctca-3')プライマーS2 (5'-gctggagctcgtttcagtcg-3')、および、プライマーAS2(5'-gctcgggtagaccaccgaca-3')合成した。これらのS1+AS1およびS2+AS2プライマーペアを用い、上記のように、それぞれの藻体から調製したゲノムDNA(約0.5μg)を鋳型として、QiagenMasterMixPCR Kit(Qiagen 社製)を用いてPCR反応を行った。PCR反応は、まず、95℃で15分間、次いで94℃で1分間、50℃で1分間、さらに72℃で1分30秒間保温した後、94℃で1分間、次いで50℃で1分間、さらに72℃で1分間30秒を1サイクルとする保温を30サイクル行なった。PCR産物をアガロースゲル電気泳動してエチジウムブロマイドで染色した結果、いずれのサンプルにおいてもS1+AS1プライマーペアを用いた場合は約1100bpのS2+AS2プライマーペアを用いた場合は約1000bpのDNA断片が検出された。これらの断片を含むゲル部分をそれぞれ切り出した後、QIAquick Gel Extraction Kit(キアゲン)を用いゲル部分からDNAを回収した。回収されたDNA(約1.0 μg)をTAクローニング法によってpGEM-T Easy Vector (プロメガ社製)に挿入した。大腸菌株HB101に形質導入したのち大腸菌株をTB培地で増殖し、大腸菌内のプラスミドDNAをQiagen Maxi EndoFree plasmid purification Kitを用いて,回収した。回収したプラスミドDNAをテンプレートとして,NCBI GeneBankに記載されているクロレラの28SリボソーマルRNA遺伝子の配列(AB237692)に基づきシーケンス用のプライマーを6本合成した(Seq1−Seq6)を設計した。Seq1(5'-gaacttaagcatatcaataa-3')、Seq2(5'-gaaagatgaaaagaactttg-3')、Seq3(5'-gtggcaaacccatgaagcgc-3')、Seq4(5'-cgaatgattagaggctcagg-3')、Seq5(5'-gtgcgaggtccccatgagta-3')、Seq6(5'-atcgaatcattcggagatag-3')。ABI PRISM DyeTerminator Cycle Sequencing Ready Reaction Kit (パーキンエルマー・ジャパン)によってシークエンスサンプルを調製し、これをDNAシーケンサー PRIZM310にかけて塩基配列を解析した。得られた28SリボソーマルRNA遺伝子の塩基配列を既報のクロレラ属緑藻の28SリボソーマルRNA遺伝子の塩基配列と比較した。
【0053】
28SリボソーマルRNA遺伝子の塩基配列を解析した結果、J005株は配列番号1に示す塩基配列を有していた。
【0054】
[結論]
実施例2ないし4から、本発明にかかるクロレラ属J005株が、暗培養下においても非常に高い増殖力、クロロフィル生産力及び活性酸素消去能を示すことが分かった。また、実施例5および8から、従来のクロレラ製剤と比較して、全身的老化のみならず脳の老化を顕著に抑制することが、実施例6および7から、ストレス対応性を向上させることが分かった。
【0055】
[考察]
上記実施例において、J005株成分を含有する飲料水を摂取したSamP8マウス群では、普通飲料水あるいは従来製クロレラ製剤成分を含有する飲料水を摂取したSamP8マウス群に比較して顕著に学習能力・記憶力が増強した(SamP8マウスは生後16週齢くらいから脳血管の障害を基盤として脳組織の病理学的変性をきたし、その結果として、学習能力・記憶能力が顕著に低下してくる)。さらにJ005株の成分は、精神を安定させ、環境ストレスから生体を防御する効果も示した。
この理由として、活性酸素消去能力が高いクロレラに含まれる成分が、脳血管の障害抑制に働いたか、または神経細胞に直接あるいは神経膠細胞に働いて神経細胞の減少や変性を抑制し、その結果として、脳の神経細胞の減少や変性が抑えられて学習能力や記憶力の保持につながったことが考えられる。また、精神を安定させる効果につながったものと考えられる。
したがって、活性酸素消去能が高いクロレラを有効成分として含む組成物は、ヒトを含む哺乳動物の痴呆症あるいは認知症を予防または軽減するため、脳・神経疾患、高度脳機能障害、記憶力・記銘力異常を予防、治療または改善するため、ヒトを含む哺乳動物に対するアンチエイジング効果を得るため、もしくは、ヒトを含む哺乳動物のストレスあるいは不安を緩和するための、医薬あるいは健康食品として有用であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】クロレラ属J001株、J005株、J008株、J009株の増殖曲線を示すグラフである。
【図2】クロレラ属J005株、J008株、J009株のクロロフィル含有量を示す棒グラフである。
【図3】クロレラ属J005株、J006株、J008株、J009株より作成した製剤および2つの従来製品の、0.1mgあたりの活性酸素消去能(活性酸素除去率)を示す棒グラフである。
【図4】クロレラ属J005株、J006株、J008株、J009株より作成した製剤および2つの従来製品の、0.1mgあたりの活性酸素消去能(SOD換算値)を示す棒グラフである。
【図5】クロレラ成分入り飲料水の作成プロトコールの模式図である。
【図6】老化促進マウスを用いた、クロレラ成分の痴呆抑制、ストレス抑制、全身的老化抑制に対する効果についての実験プロトコールの模式図である。
【図7】クロレラ属J005株成分を含む飲料水、従来クロレラ製剤成分を含む飲料水、普通飲料水を4ヶ月間飲ませた、老化促進マウスにおける1分間の移動距離の折れ線グラフである。
【図8】クロレラ属J005株成分を含む飲料水、従来クロレラ製剤成分を含む飲料水、普通飲料水を4ヶ月間飲ませた、老化促進マウスにおける20分間の移動距離の棒グラフである。
【図9】クロレラ属J005株成分を含む飲料水、従来クロレラ製剤成分を含む飲料水、普通飲料水を4ヶ月間飲ませた、老化促進マウスにおける不安指数の棒グラフである。
【図10】クロレラ属J005株成分を含む飲料水、従来クロレラ製剤成分を含む飲料水、普通飲料水を4ヶ月間飲ませた、老化促進マウスにおける20分間の糞便数の棒グラフである。
【図11】クロレラ属J005株成分を含む飲料水、従来クロレラ製剤成分を含む飲料水、普通飲料水を4ヶ月間飲ませた、老化促進マウスにおける受動的回避学習テストの結果の棒グラフである。
【図12】クロレラ属J005株のリボソームRNAの部分配列である。
【配列表フリーテキスト】
【0057】
配列番号1 クロレラ属J005株のリボソームRNAの部分配列

【特許請求の範囲】
【請求項1】
暗培養下で増殖可能であって、クロロフィル含有量並びに活性酸素消去能が高いことを特徴とする、クロレラ属J005株(受託番号:FERM P-21127)。
【請求項2】
請求項1記載のクロレラ属J005株を含有する組成物。
【請求項3】
クロレラ蛋白0.1mgあたりの活性酸素消去能がSOD蛋白45pgの活性酸素消去能と同等またはそれ以上であるクロレラを有効成分として含有する、ヒトを含む哺乳動物の痴呆症あるいは認知症を予防または軽減するための組成物。
【請求項4】
クロレラ蛋白0.1mgあたりの活性酸素消去能がSOD蛋白45pgの活性酸素消去能と同等またはそれ以上であるクロレラを有効成分として含有する、ヒトを含む哺乳動物の脳・神経疾患、高度脳機能障害、記憶力・記銘力異常を予防、治療または改善するための組成物。
【請求項5】
クロレラ蛋白0.1mgあたりの活性酸素消去能がSOD蛋白45pgの活性酸素消去能と同等またはそれ以上であるクロレラを有効成分として含有する、ヒトを含む哺乳動物に対するアンチエイジング効果を得るための組成物。
【請求項6】
クロレラ蛋白0.1mgあたりの活性酸素消去能がSOD蛋白45pgの活性酸素消去能と同等またはそれ以上であるクロレラを有効成分として含有する、ヒトを含む哺乳動物のストレスあるいは不安を緩和するための組成物。
【請求項7】
健康食品あるいは医薬である、請求項3〜6のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
前記クロレラ蛋白が、クロレラ属J005株に由来する蛋白である、請求項3〜7のいずれか1項に記載の組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−193995(P2008−193995A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−34621(P2007−34621)
【出願日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【出願人】(503083052)ジュピターライフサイエンス株式会社 (3)
【Fターム(参考)】