説明

流体シールとそれを用いた軸シール装置とポンプ装置

【課題】回転軸の外周をシールするリリーフ機能を有したリップ付き流体シールについて、リリーフ圧やシールの回転軸に対する接触面圧を低下させずに液漏れ低減の性能を高める要求に応えることを課題としている。
【解決手段】環状のリップ部2と、軸穴12の内周面に固定する環状の固定部3とを有し、リップ部2が固定部3に連結されて連結部から先端が軸方向に延びだすように設けられ、そのリップ部2にシールリップ4を回転軸13の外周に押圧するばね7が外嵌された流体シール1を、シールリップ4が、シールの中心軸を通る平面に沿って切断した断面において頂点のエッジ4cが内径側に突出する山形をなし、そのシールリップの山の頂点のエッジ4cよりもリップ部2の先端側に偏った位置にばね7が配置されるものにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、相対回転する部材間の隙間、例えば、回転軸とそれを貫通させた部材との間の隙間をシールするために用いる流体シールと、それを用いた軸シール装置とポンプ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
回転軸の外周をシールする周知の流体シールの中に、例えば、下記特許文献1に開示されたものがある。同文献に記載された流体シールは、軸穴に嵌合させる取付環に弾性体で形成されるシールリップを取り付けている。
【0003】
そのシールリップは、取付環の内径部に基端が固定され、その基端から先端(自由端)側が軸方向に延びだしている。また、シールリップの内径側は、頂点のエッジが径方向内側に突出する山形に形成され、その山の頂点のエッジ周辺が回転軸に押し付けられて回転軸の外周のシールが行われる。
【0004】
この特許文献1の流体シールは、シールリップの先端を液室側(密封流体側)に、シールリップの基端を大気側(反密封流体側)にそれぞれ配置して使用される。ここでは、その配置を正姿勢、それとは反対向きの姿勢を逆姿勢と言う。
【0005】
特許文献1の流体シールは、上記の正姿勢で使用すると、シール界面に大気側から僅かに空気が吸い込まれ、摺動接触面間に油膜として存在する油が摺動接触面内で大気側から液室側へ、さらに、液室側から大気側へと循環して流体の密封が安定すること、及びそれとは反対向きの逆姿勢で使用すると液室側から大気側に流体が漏れだすことが知られている。そのことは、特許文献1(0015段落)や、流体シールの密封メカニズムとして専門書に解説されている。
【0006】
一方、ブレーキ液圧制御装置に用いる動力駆動のポンプ装置として、例えば、下記特許文献2に示されるものがあり、そのポンプ装置では、図9に示すようなリップ付き流体シールが上記の逆姿勢にして用いられている。
【0007】
特許文献2のポンプ装置は、ハウジングの内部(ポンプの吸入口に通じた吸入室)に導入された油(ブレーキフルード)の外部への洩れを防止するために、第1シール部と第2シール部を併設して2重シールを行っている。
【0008】
第1シール部は、第2シール部にポンプ吸入口の圧力が直接加わらないように封止する。その第1シール部から洩れた場合、ブレーキ液は、第1シール部と第2シール部間に形成された中間室に溜る。その中間室に洩れたブレーキ液の中間室からの洩れを、第2シール部によって阻止するようにしている。
【0009】
第2シール部は、図9に示すような一般的なリップ付き流体シールを、上記の逆姿勢に装着して構成している。
【0010】
図9のリップ付き流体シール1は、回転軸(図示せず)の外周に摺動自在に接触させる環状のリップ部2と、回転軸挿入用軸穴の内周面に圧入して固定する環状の固定部3とからなり、リップ部2の基端が固定部3の内径側に連結されている。
【0011】
また、リップ部2に環状のばね7を外嵌し、そのばね7の力でリップ部2を回転軸に押圧して回転軸に対するリップ部2の接触面圧を高める構造になっている。ばね7は、リップ部2に設けられている断面山形のシールリップ4の軸方向中心(山の頂点のエッジ4c)よりもリップ部2の基端側にある。この図9のリップ付き流体シールは、特許文献1が開示しているものと基本構造がほぼ一致している。
【0012】
特許文献2のポンプ装置は、そのリップ付き流体シールを上記の逆姿勢で使用して、第2シール部にリリーフ機能を付与している。即ち、中間室の圧力が異常に高まったとき(リリーフ圧を超えたとき)にシールリップが径方向外側に向って倒れ、シール機能が解除されて中間室の圧力が放出される。このために、中間室の圧力が設定圧を超えて上昇することがなく、異常圧による流体シールの破損等が防止される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特許第3180285号公報
【特許文献2】特開2007−278086号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
リップ付き流体シールは、正姿勢に取り付けられていると、摺動接触面から大気側への油の掻きだし(掃きだし)漏れは殆ど発生しない。ところが、逆姿勢の取り付けでは、摺動接触面から大気側への油の掻きだしが起こって中間室の油が外部に漏れる。
【0015】
特許文献2のポンプ装置の第2シール部は、上述したように、リップ付き流体シールを上記の逆姿勢にして用いているので、リリーフ機能を備える一方で、密封性が低下し、そのために、中間室の油が外部に漏れる量が多くなる。
【0016】
なお、リップ付き流体シールは、通常、リップ長L3を長くするとリップ部が撓み易くなって逆姿勢での使用ではリリーフ圧が下がり、液室側が異常高圧になっていなくても、シール面から液体が漏れる。その漏れ量は微々たるものであるが、シールの使用時間が長くなると漏れ量が許容値を超えてしまう。
【0017】
また、リップ長を短くしたり、リップ部の肉厚を厚くしたり、材料ゴムの硬度を高めてリリーフ圧の低下を抑えると、潤滑性や回転軸の振れに対する追従性が悪化し、シールの摩耗やシール部からの液漏れが増加する。
【0018】
このような理由から、逆姿勢にして使用するリップ付き流体シールについて、リリーフ圧やシールの接触面圧を低下させずに、また、材料ゴムの特性に依存せずに密封性能(液漏れ低減の性能)を高めることが望まれている。この発明は、その要求に応えることを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記の課題を解決するため、この発明においては、リップ部を回転軸に押圧するばねを備えたリップ付き流体シールを、以下の通りに構成した。即ち、
回転軸の外周に摺動自在に接触させる環状のリップ部と、軸穴の内周面に固定する環状の固定部とを有し、前記リップ部は、前記固定部の一面側の径方向内端に基端が連結されてその連結部から先端が軸方向に延びだすように設けられ、さらに、そのリップ部に、当該リップ部のシールリップを前記回転軸の外周に押圧するばねが外嵌された流体シールであって、
前記シールリップが、シールの中心軸を通る平面に沿って切断した断面において頂点のエッジが内径側に突出する山形をなし、
前記ばねが、前記シールリップの前記山の頂点のエッジよりもリップ部の先端側(反基端側)に偏って配置される構造にした。
【0020】
この流体シールは、好ましい形態として、前記シールリップの自由状態での山の斜面の傾斜角、即ち、リップ部先端側斜面の傾斜角αと、リップ部基端側斜面の傾斜角βについて、α<βの関係を満足させたものが考えられる。
【0021】
また、長期にわたって使用する流体シールは、前記リップ部の先端にグリス保持リップを連設し、そのグリス保持リップと前記シールリップとの間にグリス溜りを形成したものが好ましい。
【0022】
この発明は、軸シール装置とポンプ装置も併せて提供する。前者の軸シール装置は、液室と大気部を区画する、軸穴を備えた区画部材と、前記軸穴に挿入されて前記区画部材に回転可能に保持される回転軸と、前記液室と大気部間において前記軸穴と前記回転軸との間に設置されて前記液室を封止するシール部とを有し、
前記シール部が、この発明の流体シールを、前記リップ部の先端が前記大気部側に、前記固定部が前記液室側にそれぞれ配置される状態にして前記回転軸の外周面と前記軸穴の内周面との間に装着して構成されるものである。
【0023】
また、後者のポンプ装置は、軸穴を有するハウジングと、そのハウジングに収納された液体汲み上げ用のポンプと、前記軸穴に組み込まれて前記ポンプを駆動する回転軸と、前記軸穴と前記回転軸との間の隙間を封止して前記ハウジング内の吸入室を大気室から区画するシール部とを有する。
【0024】
そして、前記シール部が、前記回転軸の外周面と前記軸穴の内周面との間にこの発明の流体シールを所定の向きに装着して構成されており、ここに特徴がある。なお、ここで言う所定の向きとは、前記リップ部の先端が大気室側にあり、前記固定部が吸入室側にある姿勢を言う。
【0025】
このポンプ装置は、電子的な制動力制御機能を備えた車両用ブレーキ液圧制御装置に好適に採用することができる。その用途のポンプ装置は、ポンプの吸入口に通じたハウジング内の吸入室とハウジングによって吸入室から画される大気室との間に、中間室と、この中間室と前記吸入室との間に配置されて前記軸穴の内周面と前記回転軸の外周面との間の隙間における前記吸入室から前記中間室への液漏れを封止する第1シール部と、第1シール部から漏れた流体を、前記中間室と大気室との間で前記回転軸と前記軸穴との間の隙間において封止する第2シール部を設けており、その第2シール部をこの発明の流体シールで構成する。
【発明の効果】
【0026】
この発明の流体シールは、シールリップを締め付けるばねが、シールリップの山の頂点のエッジよりもリップ部の先端側に偏って配置されているので、ばねの力で締め付けられたシールリップが回転軸に対してリップ部の先端側から基端側に向う方向に斜めに押し付けられる。
【0027】
これにより、リップ部の液室の液圧に対抗する能力が高まり、液圧によってシール圧(シールリップの回転軸に対する接触面圧)が低下することが抑制される。
【0028】
また、このときの回転軸に対するシールの接触状況は、接触面圧のピーク点が、ばねによるシールリップの押圧中心よりもリップ部の基端側に偏り、そのピーク点を境にして回転軸へのリップ接触領域が大気部側で大きく、液室側で小さくなる。そのために、前記ピーク点よりも大気部側の接触面における面圧変動(ピーク点から面圧ゼロの位置までの面圧の変化)が、ピーク点よりも液室側の接触面の面圧変動に比べて緩やかになる。
【0029】
この面圧分布により、シール部の密封性がさらに高まって液室から大気部への液漏れ量が減少する。このときの液漏れ低減のメカニズムは、上記の面圧分布により、前記ピーク点よりも大気部側のシール界面に大気側から空気が吸い込まれやすくなり、一般的なリップ付き流体シールを正姿勢にして使用するときにシール界面に大気側から僅かに空気が吸い込まれるのと同様の現象が起こって大気部側に掻きだされようとする摺動界面の油膜が押し戻されるのではないかと考えられる。
【0030】
また、この発明の流体シールは、先に述べた逆姿勢で使用するので、正姿勢での使用では得られないリリーフ機能が確保される。さらに、ばねをオフセット配置して上記の効果を生じさせるので、接触面圧の低下やリリーフ圧の低下も招かない。
【0031】
なお、シールリップの自由状態での山の斜面の傾斜角について、リップ部基端側斜面の傾斜角βをリップ部先端側斜面の傾斜角αよりも大に設定したものは、α=βのものと比較して面圧分布のピーク点の液室側への偏りが顕著になり、液漏れ低減の効果がより高まる。
【0032】
リップ部にグリス保持リップを連設したものは、大気部側の潤滑性能の維持時間を長くし、ばねの保持安定性も高めることができる。シール界面に液室の液体よりも粘性の高いグリスを介在することで、液漏れ低減の効果もさらに高まる。また、ばねの保持安定性が高まるため、ばねの力(荷重)を大きくしてグリス保持リップのないものよりもリリーフ圧を高めることも可能になる。
【0033】
このほか、この発明の軸シール装置は、リップ付き流体シールを逆姿勢で使用することでリリーフ機能を得ながらそのシールによる密封性(漏れ防止の性能)を高めることができる。
【0034】
また、この発明のポンプ装置は、ハウジングからの油などの漏れ量を低減することができる。前掲の特許文献2に開示されたポンプ装置は、マスタシリンダで発生させた液圧が吸入室に流入し、その圧力で第1シール部の摺動シールが中間室側に動いて中間室の圧力が上昇する可能性があるが、この発明のポンプ装置は、そのような事態が起こっても、中間室の圧力がリリーフ圧以下のときには液体の漏れを減少させることができる。
【0035】
また、中間室の圧力がリリーフ圧を超えて異常に高まったときには、リリーフ機能を発揮させて異常圧による流体シールの破損などを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】この発明の流体シールの一例を示す断面図
【図2】図1の流体シールを用いた軸シール装置の断面図
【図3】回転軸に対するシールリップ接触部の面圧分布を示す図
【図4】この発明の流体シールの他の例を示す断面図
【図5】この発明のポンプ装置の一例を示す断面図
【図6】図1の流体シールのばねの力を大きくしたときの使用状態を示す断面図
【図7】図4の流体シールの使用状態をシールリップ接触部の面圧分布を併記して示す断面図
【図8】試作した流体シールの寸法諸元を示す図
【図9】従来の流体シールを示す断面図
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、この発明の流体シールとそれを用いた軸シール装置とポンプ装置の実施の形態を、添付図面の図1〜図8に基づいて説明する。図1は、流体シールの一例を示している。また、図2は、図1の流体シールを用いた軸シール装置を示している。
【0038】
図1の流体シール1は、回転軸13(図2参照)の外周に摺動自在に接触させる環状のリップ部2と、回転軸13が挿入される軸穴の内周面に固定する環状の固定部3と、リップ部2に外嵌される環状のばね7とで構成されている。
【0039】
また、図2の軸シール装置10は、液室15と大気部16を区画するハウジングなどの区画部材11と、その区画部材11に設けられた軸穴12に挿入されて区画部材11に保持された回転軸13と、軸穴12と回転軸13との間に設置されて液室15を封止するシール部14とで構成されている。シール部14は、図1の流体シール1を、固定部3が液室15側に、リップ部2の先端が大気部16側にそれぞれある状態に配置して構成されている。
【0040】
図1の流体シール1のリップ部2は、固定部3の一面側の径方向内端に基端が連結され、その連結部から先端が軸方向に延びだすように設けられている。図示のシールの固定部3は、弾性材料で形成されたシール本体3aに、冷間圧延鋼などで形成される補強環3b(これは必要に応じて設けられる)を埋設してなる。そのシール本体3aと同一材料を用いて一体に形成されたリップ部2は、ばね7に締め付けられて回転軸の外周に押し付けられるシールリップ4を有している。
【0041】
シール本体3aとシールリップ4は、一般的な流体シールと同様の弾性材料、即ち、フッ素ゴム、アクリルゴム、ニトリルゴム、シリコーンゴム、ウレタンゴムなどの合成ゴムや、TPE,ゴム−プラスチックやゴム−充填材の複合材料などで形成される。
【0042】
シールリップ4は、流体シール1を、そのシールの中心軸Cを通る平面に沿って切断した断面において、頂点のエッジ4cが内径側に突出する山形をなしている。そのシールリップ4の自由状態での山の斜面の傾斜角、即ち、リップ部先端側の斜面4aの傾斜角αと、リップ部基端側の斜面4bの傾斜角βは、α<βに設定されている。
【0043】
リップ部先端側の斜面4aの傾斜角αは、15°〜30°程度、リップ部基端側の斜面4bの傾斜角βは、25°〜40°程度に設定される。
【0044】
ばね7は、ここでは、ガータースプリングを採用したが、そのガータースプリングに限定されない。シールリップ4を径方向内側に向けて締め付け得るものであればよく、シールリップと一体、或いは別体のゴムリングや、リング状のクリップばねなども利用できる。
【0045】
このばね7は、シールリップ4の頂点のエッジ4cよりもリップ部2の先端側(図1において右方)に偏って配置されている。
【0046】
シールリップ4の頂点のエッジ4cからばね7による押圧中心CLまでの距離、即ち、図1に示したばね7のオフセット量Lは、回転軸13の直径や流体シール1を構成する材料ゴムの硬度などにもよるが、例えば、直径が10mmに満たない回転軸の外周シールに利用するものについては、そのオフセット量Lが0.2mmと言う小さな値でも、十分な効果を期待できることを確認している。
【0047】
流体シール1を用いて図2の軸シール装置10を構成した場合、液室15の内圧が高まると、流体シール1の補強環3bの内径側端部付近(図2示)のモーメント中心の周りをシールリップ4が回転軸13から離れる方向にモーメントを受ける。一方、ばね7は、上記オフセット配置により、モーメント中心よりひじ長さL5を伸ばして、シールリップ4に逆向きのモーメントを加えるため、従来の一般的なリップ付き流体シールを逆姿勢にして使用する場合に比べて液室の液圧に対抗する能力が高まり、液圧によるシール圧の低下が抑制される。
【0048】
また、上記のオフセット配置により、シールリップ接触部の面圧のピーク点Pが、図3に示すように、リップ部2の基端側、即ち、図2において左方に偏り、大気部からシール界面に空気が吸い込まれ易くなって吸入空気によるシール界面の油膜の液室側への押し戻しも期待できるようになり、これ等の相乗効果で液漏れが低減される。
【0049】
リップ部2は、液室15の内圧が所定値を超えて高まると、径方向外側に倒れるように弾性変形し、これにより液室15内の異常圧力が放出するリリーフ機能が確保される。
【0050】
ここで、この発明の流体シール1は、ばね7をリップ部の先端側にオフセット配置したことで、そのオフセット量がゼロのものや、オフセットが本願とは反対向きになされたものと比較してシールリップ4が大気部側で回転軸13に接触する割合が多くなる。その状況で液体(ブレーキフルードなどのオイル)の漏れ量が低減されると、漏れた液体による摺動面の潤滑効果が小さくなる。従って、長時間使用する流体シールには、その問題の対応策を施しておくのがよい。
【0051】
図4の流体シール1は、その要求に応えたものである。この図4の流体シール1は、リップ部2の先端にグリス保持リップ5を連設し、そのグリス保持リップ5とシールリップ4との間にグリス溜り6を形成している。この図4の流体シール1は、グリス溜り6に保持されるグリス8が長期使用での大気部側の摺動面の潤滑性能を高める。また、シール界面に液室の液体よりも粘性の高いグリスを介在することで、液漏れ低減の効果もさらに高まる。
【0052】
また、この発明の流体シールは、組み付け状態においてはシールリップ4がリップ部2の基端側を支点に倒れて自由時の位置から若干径方向外側に移動する。その状況で、リップ部2の自由端側がばね7に締め付けられると、ばね7が、図6に実線で示すように、一点鎖線で示す正規の取り付け位置からリップ部2の先端側に位置ずれしてばね7の保持安定性が悪化することがある。その現象は、ばね7の力(締め付け荷重)を大きくするとより顕著になる。
【0053】
この問題に対し、グリス保持リップ5を設けた流体シールは、図7に示すように、グリス保持リップ5が回転軸13に押し当てられることによってリップ部2の自由端側の径方向内側への変位が抑制され、ばね7の保持が安定する効果も得られる。このように、ばねの保持安定性が高まることで、ばね7の力(荷重)を大きくしてグリス保持リップのないものよりもリリーフ圧を高めることも可能になる。
【0054】
図4の流体シール1のシールリップ4の形状やばね7の配置などは、図1の流体シール1と同じであるので、同一部分についての説明は省く。
【0055】
次に、この発明の流体シールを用いて回転軸の外周をシールしたポンプ装置の一例を、図5に基づいて説明する。図示のポンプ装置20は、軸穴22を有するハウジング21と、そのハウジング21の内部に設けられた液体汲み上げ用のポンプ24と、軸穴22に組み込まれるポンプ駆動用の回転軸23と、その回転軸23を駆動するモータ25を有する。モータ25は、出力軸を回転軸23に連結してハウジング21に固定されている。
【0056】
また、軸穴22と回転軸23との間の隙間を封止してハウジング21に設けられた吸入室26を大気室28から区画する第1シール部29及び第2シール部30と、両シール部29,30間に配置された中間室27を有する。
【0057】
ハウジング21には、ポンプケース21aとプラグ21bが含まれている。ポンプケース21aにポンプ24を収納してポンプユニットを構成し、そのポンプユニットをハウジング21に形成された収納室に挿入し、その収納室の入口をプラグ21bで閉鎖している。
【0058】
回転軸23は、複数個所を軸受31で支持して軸穴22に組み込まれている。この回転軸23に駆動されるポンプ24は、周知の内接歯車式のものを設けている。内接歯車式のポンプは、歯数差が1歯のインナーロータとアウターロータを偏心配置にして組み合わせたものであって、インナーロータが回転軸23によって回転駆動される。このとき、アウターロータが従動回転し、両ロータ間に形成されるポンプ室(ポンピングチャンバ)の容積が増減して、液体の吸入、吐出がなされる。
【0059】
吸入室26は、ポンプ24の吸入口に連通している。この吸入室26と中間室27間に設置した第1シール部29は、周知のシール部であり、摩擦係数の小さなフッ素系樹脂などで形成された摺動シール材とゴムシールを組み合わせたシール部材29aを、回転軸23とプラグ21bに形成された軸穴22との間に配置して構成されている。この第1シール部29は、吸入室26から中間室27への液体の漏れを封止する。
【0060】
第1シール部29から液体が漏れた場合、漏れた液体は中間室27に溜る。その中間室27に漏れた液体の中間室27からの漏れを、第2シール部30で阻止するようにしている。
【0061】
第2シール部30は、回転軸23の外周と軸穴22の内周面との間に、既述のこの発明の流体シール1を、リップ部2の先端が大気室28側に、固定部3が吸入室26側にそれぞれあるように配置して構成されている。
【0062】
図示のポンプ装置20は、前記特許文献2が開示しているポンプ装置のオイルシールを、この発明の流体シールに置き換えたものと考えてよい。
【0063】
特許文献2が開示しているポンプ装置は、ABS(アンチロック制御)やESC(車両安定化制御)など、電子制御による制動力制御機能を備えた車両用ブレーキ液圧制御装置に利用されており、その用途では、マスタシリンダで発生させた液圧が吸入室26に流れることがある。
【0064】
また、そのときに流入した液圧で第1シール部29のシール部材29aが中間室27側に動いて中間室27の圧力が必要以上に高まることがある。そのような状況に対してこの発明の流体シール1が有効性を発揮し、リリーフ機能を得ながら中間室27からのブレーキ液の漏れを減少させることができる。
【0065】
なお、以上の説明は、内接歯車を用いたポンプ装置を例に挙げて行ったが、この発明を適用するポンプ装置は、回転軸で駆動されるものであればよい。ベーンポンプや外接歯車式ポンプなども適用対象となる。
【実施例】
【0066】
図4の流体シール1を試作した。その流体シール1の図8に示した部位の寸法を以下に記す。
流体シール1の寸法
外径D1:φ14mm、全長L1:5mm、固定部長さL2:4.5mm、リップ長L3:1.6mm、固定部端からリップ部先端までの距離L4:4.5mm、リップ部外径D2:φ10mm、リップ部内径D3:φ6mm、シールリップのリップ部先端側斜面の傾斜角α:25°、リップ部基端側斜面4bの傾斜角β:30°、ばね7のオフセット量L:0.2mm
【0067】
以上の諸元の流体シール(試作品1)と、ばねのオフセット量L:0.3mm、その他は試作品1と同一仕様の流体シール(試作品2)を使用して図5のポンプ装置に設けられた直径:φ7mmのポンプ駆動用回転軸の外周を封止した。このときの流体シールは勿論、前記逆姿勢の配置にした。
【0068】
この状況でポンプを駆動して図5の中間室27から大気室28へのブレーキフルードの漏れ具合を調べた結果、試作品1、2とも、従来品(ばねがシールリップの山の頂点にエッジよりもリップ部の基端側に偏っている)に比べて漏れが減少した。なお、漏れの判断はにじみだしの状況を目視で確認して行った。
【符号の説明】
【0069】
1 流体シール
2 リップ部
3 固定部
3a シール本体
3b 補強環
4 シールリップ
4a シールリップの山のリップ部先端側の斜面
4b シールリップの山のリップ部基端側の斜面
4c シールリップの山の頂点のエッジ
5 グリス保持リップ
6 グリス溜り
7 ばね
8 グリス
10 軸シール装置
11 区画部材
12 軸穴
13 回転軸
14 シール部
15 液室
16 大気部
20 ポンプ装置
21 ハウジング
21a ポンプケース
21b プラグ
22 軸穴
23 回転軸
24 ポンプ
25 モータ
26 吸入室
27 中間室
28 大気室
29 第1シール部
29a シール部材
30 第2シール部
31 軸受
C 流体シールの中心軸
P 面圧のピーク点
CL ばねによる押圧中心
L ばねのオフセット量
α シールリップの山のリップ部先端側斜面の傾斜角
β シールリップの山のリップ部基端側斜面の傾斜角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸(13)の外周に摺動自在に接触させる環状のリップ部(2)と、軸穴(12)の内周面に固定する環状の固定部(3)とを有し、前記リップ部(2)は、前記固定部(3)の一面側の径方向内端に基端が連結されてその連結部から先端が軸方向に延びだすように設けられ、さらに、そのリップ部(2)に、当該リップ部(2)のシールリップ(4)を前記回転軸(13)の外周に押圧するばね(7)が外嵌された流体シールであって、
前記シールリップ(4)が、シールの中心軸(C)を通る平面に沿って切断した断面において頂点のエッジ(4c)が内径側に突出する山形をなし、
前記ばね(7)が、前記シールリップ(4)の山の頂点のエッジ(4c)よりもリップ部(2)の先端側に偏って配置された流体シール。
【請求項2】
前記シールリップ(4)の自由状態での山の、リップ部先端側斜面(4a)の傾斜角αと、リップ部基端側斜面(4b)の傾斜角βについて、α<βの関係を満足させたことを特徴とする請求項1に記載の流体シール。
【請求項3】
前記リップ部(2)の先端にグリス保持リップ(5)を連設し、そのグリス保持リップ(5)と前記シールリップ(4)との間にグリス溜り(6)を形成したことを特徴とする請求項1又は2に記載の流体シール。
【請求項4】
液室(15)と大気部(16)を区画する、軸穴(12)を備えた区画部材(11)と、
前記軸穴(12)に挿入されて前記区画部材(11)に回転可能に保持される回転軸(13)と、
前記液室(15)と大気部(16)間において前記軸穴(12)と前記回転軸(13)との間に設置されて前記液室(15)を封止するシール部(14)とを有し、
前記シール部(14)が、請求項1〜3のいずれかに記載の流体シール(1)を、その流体シールのリップ部(2)の先端が前記大気部(16)側に、その流体シールの固定部(3)が前記液室(15)側にそれぞれ配置される状態にして前記回転軸(13)の外周面と前記軸穴(12)の内周面との間に装着して構成される軸シール装置。
【請求項5】
軸穴(22)を有するハウジング(21)と、そのハウジング(21)に収納された液体汲み上げ用のポンプ(24)と、前記軸穴(22)に組み込まれて前記ポンプ(24)を駆動する回転軸(23)と、前記軸穴(22)と前記回転軸(23)との間の隙間を封止して前記ハウジング(21)内のポンプ吸入口に通じた吸入室(26)を大気室(28)から区画するシール部(30)とを有するポンプ装置であって、
前記シール部(30)が、請求項1〜3のいずれかに記載の流体シール(1)を、その流体シールのリップ部(2)の先端が前記大気室(28)側に、その流体シールの固定部(3)が前記吸入室(26)側にそれぞれ配置される状態にして前記回転軸(23)の外周面と前記軸穴(22)の内周面との間に装着して構成されるポンプ装置。
【請求項6】
前記吸入室(26)と大気室(28)との間に、中間室(27)と、この中間室(27)と前記吸入室(26)との間に配置されて前記軸穴(22)の内周面と前記回転軸(23)の外周面との間の隙間における前記吸入室(26)から前記中間室(27)への液漏れを封止する第1シール部(29)が設けられ、前記流体シール(1)で構成される前記シール部(30)が、前記中間室(27)と前記大気室(28)との間に配置されていることを特徴とする請求項5に記載のポンプ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−87892(P2012−87892A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−235672(P2010−235672)
【出願日】平成22年10月20日(2010.10.20)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】