説明

流体分離装置、気体分離装置及びそれを用いた検出装置

【課題】 分離膜を用いることなく流体試料または気体試料から特定の流体又は特定の気体を分離させることができる流体分離装置、気体分離装置及びそれを用いた検出装置を提供すること。
【解決手段】 流体分離装置12は、第1流体試料Aを保持する保持部材100と、保持部材に特定波長の光を照射する光源110と、を有する。第1流体試料Aが特定物質を含むとき、特定物質が特定波長帯域の光を吸収する吸収率の最大値L1と、特定物質以外の第1流体試料中の他の物質が特定波長帯域の光を吸収する吸収率L2は、L1>L2を満足し、かつ、保持部材が特定波長帯域の光を吸収する吸収率L3は、L3<L1を満足する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体分離装置、気体分離装置及びそれを用いた検出装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療診断や飲食物の検査などに用いられるセンサーの需要が増大しており、小型でかつ高感度にセンシング可能なセンサー技術の開発が求められている。特に気体を検出する分野では半導体センサーによる測定法をはじめ、水晶発振子マイクロバランス測定法、表面プラズモン共鳴を利用したセンサーを用いた測定法などが提案されている。
【0003】
これら測定法は測定部へ検出物質が付着することで生じる電気的・機械的・光学的特性の変化により検出を行うが、検出対象の物質以外によっても特定の変化が生じてしまう。したがって、複数の物質が含まれるような混合気体から特定の物質を検出することは困難で、混合気体から検出物質を分離することが必要とされる。
また一方で、ラマン分光のような物質の同定が可能な測定法も用いられる。この測定方法では物質に励起光を照射した際に、励起光から物質の分子振動エネルギーに対応する分の波長がシフトした散乱光(ラマン散乱光)を分光検出し、分子指紋スペクトルを得る。この分子指紋スペクトルの形状は物質ごと固有であるため、測定対象物質を同定することが可能となる。しかし、混合物の測定ではこの指紋スペクトルは重畳し、その解析は大変困難になる。
【0004】
したがって、これらの測定を行う前に、混合気体から特定の気体を分離させる装置が必要とされている。
【0005】
混合流体物から特定の流体を分離する方法として、分離膜を用いた方法がある(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2003−530999号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の技術によれば、流体混合物が吸着された多孔質吸着材を加熱し、吸着材と接する分離膜が流体混合物中の特定の物質を透過することで、流体混合物中から特定物質を分離している。
【0008】
しかし、分離膜として使用する材料として、特定の物質を選択的に透過する材料を適切に選ぶ必要がある。また、検出すべき物質の種類によっては、適当な分離膜を確保できないこともある。
【0009】
本発明の幾つかの態様は、分離膜を用いることなく流体試料または気体試料から特定の流体又は特定の気体を分離させることができる流体分離装置、気体分離装置及びそれを用いた検出装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)本発明の一態様は、
第1流体試料を保持する保持部材と、
前記保持部材に特定波長の光を照射する光源と、
を有し、
前記第1流体試料が特定物質を含むとき、前記特定物質が前記特定波長帯域の光を吸収する吸収率L1と、前記特定物質以外の前記第1流体試料中の他の物質が前記特定波長帯域の光を吸収する吸収率L2は、L1>L2を満足し、かつ、
前記保持部材が前記特定波長帯域の光を吸収する吸収率L3は、L3<L1を満足する流体分離装置に関する。
【0011】
本発明の一態様によれば、第1流体試料が保持された保持部材に対して光源から特定波長の光を照射すると、第1流体試料が特定物質を含むときには、主として特定物質が光エネルギーを吸収するので、保持部材からは特定物質が選択時に脱離する。第1流体試料中の特定物質以外の物質は、光エネルギーの吸収が特定物質よりも少ない。しかも、保持部材も光エネルギーの吸収が特定物質よりも少ないので、第1流体試料中の特定物質以外の物質が保持部材を介してエネルギーを付与されることが少ないからである。こうして、第1流体試料から特定物質の濃度又は分圧を高めて分離することができる。
【0012】
(2)本発明の一態様では、L1−L2≧60%で、かつ、L1−L3≧60%とすることができる。特定波長の光に対する吸収率の差を上記の通り設定することで、第1流体試料から特定物質を分離する精度を高めることができる。
【0013】
(3)本発明の一態様では、前記光源は、発光波長を可変とすることができる。こうすると、様々な特定物質に固有の特定波長の光を照射することができ、汎用性が高まる。
【0014】
(4)本発明の一態様では、前記保持部材が収容される筐体と、前記筐体に設けられ導入口と、前記筐体に設けられた排気口と、前記筐体に接続された流路と、前記導入口または前記排気口の少なくとも一方に設けられたファンと、前記導入口、前記排気口及び前記流路にそれぞれ設けられた開閉弁と、をさらに有することができる。
【0015】
こうすると、導入口及び排気口を開放し、流路を閉鎖した状態で、ファンを駆動することで、筐体内に第1流体試料を導入することができる。次に、ファンの駆動を停止すると共に導入口及び排気口を共に閉鎖することで、第1流体試料を保持部材に保持させることができる。さらにその後に、光源から特定波長の光を保持部材に照射することで、第1流体試料から特定物質を分離することができる。
【0016】
(5)本発明の他の態様は、
前記第1流体試料が導入され、前記第1流体試料が前記特定物質を含むとき、前記第1流体試料より特定物質を分離して、前記特定物質の濃度を高めた第2流体試料を生成する(1)〜(4)のいずれかに記載の流体分離装置と、
前記第2流体試料が前記特定物質を含むとき、前記第2流体試料から前記特定物質を検出する検出部と、
を有する検出装置に関する。
【0017】
本発明の他の態様では、上述した流体分離装置を検出部と接続することで、特定物質の濃度を高めた第2流体試料を検出部に導くことができ、検出部での検出精度を高めることができる。
【0018】
(6)本発明のさらに他の態様は、
第1気体試料を吸着する吸着材と、
前記吸着材に特定波長の光を照射する光源と、
を有し、
前記第1気体試料が特定物質を含むとき、前記光源から前記特定波長の光を前記吸着材に照射することで、前記吸着材から脱離された第2気体試料中の前記特定物質の分圧を、前記第1気体試料中の前記特定物質の分圧よりも高くする気体分離装置に関する。
【0019】
本発明のさらに他の態様では、保持部材を吸着材として吸着材に第1気体試料を吸着し、特定波長の光を吸着材に照射して、吸着材から特定物質を選択的に脱離させることができる。
【0020】
(7)本発明のさらに他の態様は、
前記第1気体試料が導入され、前記第1気体試料が前記特定物質を含むとき、前記第1気体試料より前記特定物質を分離して、前記特定物質の分圧を高めた前記第2気体試料を生成する(6)に記載の気体分離装置と、
前記第2気体試料が前記特定物質を含むとき、前記第2気体試料から前記特定物質を検出する検出部と、
を有する検出装置に関する。本発明のさらに他の態様では、上述した気体離装置を検出部と接続することで、特定物質の分圧を高めた第2気体試料を検出部に導くことができ、検出部での検出精度を高めることができる。
【0021】
(8)本発明のさらに他の態様は、
第1流体試料が導入され、前記第1流体試料が特定物質を含むとき、前記第1流体試料より前記特定物質を分離して、前記特定物質の濃度を高めた第2流体試料を生成する流体分離装置と、
前記第2流体試料が前記特定物質を含むとき、前記第2流体試料から前記特定物質を検出する検出部と、
を有し、
前記流体分離装置は、
前記第1流体試料を保持する保持部材と、
発光波長が可変であり、前記保持部材より前記特定物質を脱離させる波長の光を前記保持部材に照射する光源と、
を有する検出装置に関する。
【0022】
本発明のさらに他の態様によれば、光源からの発光波長を、特定物質の種類に応じて特定物質に固有の波長に可変することができるので、検出部での精度の高い検出を複数の特定物質に対して適用することができ、汎用性が高まる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一態様に係る検出装置のブロック図である。
【図2】第1流体試料中の分離対象物質であるアセトンの赤外線吸収スペクトルを示す特性図である。
【図3】第1流体試料中の分離対象物質以外の物質であるエタノールの赤外線吸収スペクトルを示す特性図である。
【図4】第1流体試料中の分離対象物質以外の物質である水の赤外線吸収スペクトルを示す特性図である。
【図5】保持部材である珪酸アルミニウムの赤外線吸収スペクトルを示す特性図である。
【図6】特定波長の光を発する光源の一例を示す図である。
【図7】図6の光源に用いられるファブリペロー型フィルターを示す図である。
【図8】図7に示すフィルターの透過特性を示す図である。
【図9】保持部材の取付構造を示す図である。
【図10】図10(A)は吸引部と光学デバイスの拡大断面図、図10(B)及び図10(C)は光学デバイスでの増強電場の形成を示す断面図及び平面図である。
【図11】アセトンのラマンシフトを示す特性図である。
【図12】検出部の全体概要を示すブロック図である。
【図13】表面増強赤外分光法に用いられる光学デバイスの概略説明図である。
【図14】図13の光学デバイスに入射する赤外線の特性図である。
【図15】図13の光学デバイスにて反射される赤外線の特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお以下に説明する本実施形態は特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではなく、本実施形態で説明される構成の全てが本発明の解決手段として必須であるとは限らない。
【0025】
1.検出装置の基本構成
以下、本発明の一実施形態を、前置処理として流体分離装置と検出部とを備えた検出装置について説明する。
【0026】
図1は、本実施形態の検出装置の構成例を示す。図1において、検出装置10は、大別して、検出部11と、検出部11の前置処理部として機能する流体(気体)分離装置12とを有する。流体分離装置12は、複数種の液体(例えば水または水蒸気等)、気体(例えばアセトン、エタノール等)が混合された第1流体試料Aが導入され、第1流体試料Aから特定物質(試料分子、分離対象物質)を分離して、第1流体試料よりも試料分子の濃度または分圧よりも高い第2流体試料Bを生成する。この第2流体試料Bが流体分離装置12より検出部11に導出される。
【0027】
検出部11は、例えば、光学デバイス20と、吸引部40と、光源50と、光検出部60とを、筐体70内に有する。光学デバイス20と、光源50及び/又は光検出部60との間に、光学系30を設けることができる。光学デバイス20は、光源50からの光が照射されることで、光学デバイス20と接触する流体試料中の例えば特定物質(試料分子、分離対象物質)を反映した光を出射するものである。
【0028】
吸引部40は、例えば排気ファン450により第2流体試料Bを光学デバイス20に吸引する。光源50は、例えば光学系30を構成する例えばハーフミラー320と対物レンズ330を介して、光学デバイス20に光を照射する。光検出部60は、光学デバイス20に保持された特定物質(試料分子、分離対象物質)が反映された光を、ハーフミラー320及び対物レンズ330を介して検出する。検出部11に詳細については後述する。
【0029】
2.流体分離装置
2.1.流体分離装置の概要
流体分離装置12について、図1を参照して説明する。この流体分離装置12は、第1流体試料Aを保持する保持部材100と、保持部材100に光を照射する光源110とを有する。具体的には、少なくとも保持部材100が配置されるチャンバー(筐体)120が設けられている。なお、光源110はチャンバー120内に設けてもよいが、これに限定されない。光源110の発光波長に対して透明な材質の窓を介して、チャンバー120の外部に設けた光源110の光をチャンバー120内部に導入しても良い。
【0030】
チャンバー120には、チャンバー120に第1流体試料Aを導入する導入口121と、チャンバー120内に滞留させた流体を排気する排気口122と、保持部材100から脱離される第2流体試料Bを検出部11に送出する流路123とが設けられている。導入口121側には、第1流体試料Aをチャンバー120へ送り込む導入ファン131と、導入口111を開閉する導入弁141が設けけられている。排気口122側には、排気口122を開閉する排気弁142が設けられている。流路123には、第2流体試料Bを検出部11へ送出する導入ファン131と、流路123を開閉する流路弁143が設けけられている。なお、導入ファン131に代えて、排気口122に排気ファンを設けても良い。また、流路ファン133は排除しても良い。検出部11が有する排気ファン450により流体分離装置12内の流体試料を検出部12に送出できるからである。
【0031】
先ず、流路弁143を閉鎖し。導入弁141及び排気弁142を開放し、導入ファン131を駆動する。それにより、導入口121より第1流体試料Aがチャンバー120内に導入される。その後、導入弁141及び排気弁142が閉鎖される。
【0032】
チャンバー120内に配置された保持部材100は、後述する通り例えば多孔質の吸着材を好適に用いることができ、チャンバー120内に導入された第1流体試料Aを吸着することができる。
【0033】
光源110は、保持部材100に特定波長帯域の光、特に赤外線帯域の光を保持部材100に対して照射する。この特定波長帯域の光とは、保持部材100に保持された第1流体試料A中の特定物質(試料分子、分離対象物質)に対して吸収率の高い波長の光である。また、特定波長帯域の光は、保持部材100や第1流体試料A中の特定物質(試料分子、分離対象物質)以外の流体による吸収率が低いものである。それにより、保持部材100に保持された試料分子に効率的にエネルギーを付与し、試料分子を保持部材100より脱離させる。試料分子の脱離によって、チャンバー120内には特定物質(試料分子、分離対象物質)の濃度または分圧が高い第2流体試料Bが生成される。
【0034】
その後、流路弁143を開放し、流路ファン133を駆動して、流路123を介して、脱離した試料分子の濃度又は分圧が高められた第2流体試料Bを検出部11に送出する。
【0035】
2.2.流体分離動作の原理
分子を構成する原子は、その質量や相互位置、結合の強さなどに応じた振動を絶えず繰り返しており、これにより分子全体の重心移動や回転が生じる。このうち、双極子モーメントが変化するような振動では、電磁波と分子の間で相互作用を生じる。このような振動を有する分子に、光源110から特定波長帯域の光、特に赤外光を照射する。そうすると、赤外光の振動周期と原子の振動周期とが一致しない場合、赤外光は分子に吸収されず、そのまま透過する。しかし、外光の振動周期と原子の振動周期とが一致した場合には、赤外光は分子に吸収され、振動は基底状態から励起状態に変化する。したがって、物質はその分子構造により、吸収する赤外光の波長が異なる。
【0036】
図2は、アセトン(CH3−CO−CH3)による赤外光の吸収スペクトルを示す特性図であり、横軸は波数(cm−1)を示し、縦軸は透過率を示す。図2に示すように、アセトンは1742cm−1にC=O基に起因する特徴的な吸収ピークを有する。
【0037】
図3はエタノール(CH3−CH2−OH)による赤外光の吸収スペクトルを示し、図4に水(H2O)による赤外光の吸収スペクトルを示す。図2〜図4の比較により明らかな通り、アセトンが吸収する1742cm−1の赤外光は、でエタノール及び水に対しては、透過率が80%以上であり、ほとんど吸収されない。したがって、これら3種の物質が混合した気体に、1742cm−1の赤外光を入射すると、アセトンにのみに対して、脱離に必要なエネルギーを選択的に与えることができる。これにより、3種の混合流体から、特定の流体分子を分離できることが分かる。
【0038】
次に、保持部材100の赤外光に対する吸収率を検討する。本装置に用いられる保持部材100は、第1流体試料Aを保持できれば材質、形状は問わず、例えば上述の通り多孔質体を好適に用いることができる。この種の保持部材100として、例えば、酸化アルミニウム類(ボーキサイト、アルミナ、珪酸アルミニウム)、ケイ酸塩(シリカゲル)、活性炭(骨炭、木炭、石炭)、ベンナイト、白土、ケイソウ土類(フラースアース、ベンナイト、酸処理白土、ケイソウ土)、ハイドロタルサイト類(ハイドロタルサイト)又はイオン交換樹脂(フェノール・ホルムアルデヒド樹脂、アミン・ホルムアルデヒド樹脂)の一種または二種以上の混合物を挙げることができる。
【0039】
例えば、珪酸アルミニウムは無機多孔質物質であり、ガス等に対する吸着材として使用されている。図5は、珪酸アルミニウムの赤外吸収スペクトルを示す。珪酸アルミニウムは2800cm−1〜1700cm−1の赤外光において高い透過率を有していることがわかる。
【0040】
このように、保持部材100として例えば珪酸アルミニウムを用いると、この保持部材100は1742cm−1の赤外光を吸収しない。このため、保持部材100に光源110から1742cm−1の赤外光を照射しても、保持部材100は加熱されない。つまり、保持部材100は、吸着した分離対象物質(本例の場合、アセトン)以外の物質に熱を伝えず、分離対象物質のみにエネルギーを選択的に与えて、分離対象物質を脱離させることができる。
【0041】
図2〜図5に基づいて、次のことが分かる。つまり、第1流体試料Aが特定物質(例えばアセトン)を含むとき、特定物質が特定波長(例えば1742cm−1)の光を吸収する吸収率L1と、特定物質以外の第1流体試料中の他の物質(例えばエタノールや水)が特定波長帯域の光を吸収する吸収率L2は、L1>L2を満足し、かつ、保持部材が特定波長帯域の光を吸収する吸収率L3は、L3<L1を満足する。
【0042】
図2〜図5に基づくとさらに、特定物質が特定波長(例えば1742cm−1)の光を吸収する吸収率L1は、L1>90%(図2参照)である。特定物質以外の第1流体試料中の他の物質が特定波長帯域の光を吸収する吸収率L2は、L2>20%である(図3及び図4参照)。保持部材が特定波長帯域の光を吸収する吸収率L3は、L3<20%(図5参照)。このことを踏まえると、L1−L2≧60%で、かつ、L1−L3≧60%であり、さらに好ましくはL1−L2≧70%で、かつ、L1−L3≧70%である。
【0043】
2.3.発光波長が可変である光源
図6は、発光波長が可変である光源110を示している。図6において、この光源110は、分離対象物質が吸収する波長を含む広帯域の光を照射するランプ例えばカーボンランプ111が電源112に接続されている。ランプ111を保持する筐体113には、と、出射光をコリメートするためのレンズ114と、光学フィルター115と、ビームダンパー116と、ミラー117が保持されている。
【0044】
光学フィルター115は、分離対象物質が吸収し、分離対象物質以外の物質が吸収しない波長にフィルタリングする。ビームダンパー116は、光学フィルター115で反射された光を遮光する。ミラー117は、光学フィルター115を通過した光を保持部材100に向けて反射させる。
【0045】
光学フィルター115は特定の波長を通過させるバンドパス型を用いる。物質に対して分離性能を上げるには、分離対象物質が吸収する波長のみを通過させることが望ましい。このため、通過させる波長帯はごく狭いほうが望ましく、そのピーク半値幅は100cm−1以下が良い。
【0046】
このような光学フィルター115の一つとして、ファブリペロー型のフィルターを挙げることができる。図7にファブリペロー型フィルターの構造例を示す。この光学フィルター115は、波長λにおいて屈折率nの高屈折率材115Aと、屈折率nの低屈折率材115Bの2種の誘電体材料を、それぞれ膜厚λ/4n、λ/4nで積層した誘電体ミラーの間に、屈折率nの材料115Cをλ/4nの整数倍の膜厚である欠陥層を設けた構造である。この光学フィルター115は、波長λにおいて急峻な高い透過率ピークを示す。
【0047】
このフィルター115を、保持部材100に照射する赤外光の波長に対して透明な材料、たとえばシリコン、ゲルマニウム、酸化アルミニウム、石英、ゲルマニウム、セレン化亜鉛、硫化亜鉛、塩化ナトリウム、塩化カリウム、フッ化カルシウム、酸化マグネシウム、カルコゲナイトガラス等を用いて構成する。
【0048】
例えば、ゲルマニウム(Ge、波長1742cm−1において屈折率n=1.723)と酸化マグネシウム(MgO、波長1742cm−1において屈折率n=4.016)で、各膜厚d=4n/λで、交互に2ペア積層した2つの誘電体ミラーの間に、d=2n/λの厚さの欠陥層Geを挟んで光学フィルター115を形成する。この構造について、図8に透過特性を示す。図8では透過波長帯の半値幅は10cm−1以下である。
【0049】
また、光学フィルター115はチャンバー120に対して着脱可能に取り付けることができる。これにより分離対象物質を変更する際には分離対象物質の吸収ピークと光学フィルター115の透過率ピークを一致させるように、光学フィルター115の交換することで対応できる。これに代えて、例えばエタロンのように、分光波長を可変できる光学フィルターを採用してもよい。
【0050】
2.4.着脱自在な保持部材
図9に保持部材100の取付機構を示す。チャンバー120に対してスライド移動可能なスライダー101上に流体試料が通過できる例えばメッシュ状のバスケット102が固定され、保持部材100がバスケット102に設置される。スライダー101がチャンバー120に当接する部分にシール材103が配置され、スライダー101がシール材103を挟んで押え金具104により閉鎖固定する。これにより、気密状態で保持部材100をチャンバー120内に設置できる。また、押え金具104を解除すれば、スライダー101を引き出して保持部材100を交換できる。
【0051】
3.光検出の原理と構造の一例
図10(A)〜図10(C)を用いて、流体分離装置12より創出される第2流体試料(混合流体)B中の特定物質を反映した光検出原理の一例として、ラマン散乱光の検出原理の説明図を示す。図10(A)に示すように、光学デバイス20に吸着される第2流体試料B中の検出対象の試料分子1に入射光(振動数ν)が照射される。一般に、入射光の多くは、レイリー散乱光として散乱され、レイリー散乱光の振動数ν又は波長は入射光に対して変化しない。入射光の一部は、ラマン散乱光として散乱され、ラマン散乱光の振動数(ν−ν’及びν+ν’)又は波長は、試料分子1の振動数ν’(分子振動)が反映される。つまり、ラマン散乱光は、検出対象の試料分子1を反映した光である。入射光の一部は、試料分子1を振動させてエネルギーを失うが、試料分子1の振動エネルギーがラマン散乱光の振動エネルギー又は光エネルギーに付加されることもある。このような振動数のシフト(ν’)をラマンシフトと呼ぶ。図11に、試料分子の一例としてアセトンのラマンシフトを示す。
【0052】
図10(B)は、図1及び図10(A)の光学デバイス20の拡大図である。図10(A)に示すように入射光が基板200の平坦面から入射される場合、基板200は入射光に対して透明な材料が用いられる。光学デバイス20は、基板200上の第1構造として、誘電体から成る複数の凸部210を有する。本実施形態では、入射光に対して透明な誘電体としての石英、水晶、硼珪酸ガラスなどのガラスまたはシリコン等で形成された基板200上に、レジストを形成し、そのレジストを例えば遠紫外線(DUV)フォトリソグラフィー法を用いてパターン化している。パターン化されたレジストにより基板200をエッチングすることで、例えば図10(C)に示すように複数の凸部210が二次元的に配置される。なお、基板200と凸部210とを異なる材料で形成しても良い。
【0053】
複数の凸部210上の第2構造として、複数の凸部210には、例えばAuまたはAg等の金属ナノ粒子(金属微粒子)220が例えば蒸着、スパッタ等により形成される。結果として、光学デバイス20は、1〜1000nmの凸部を有する金属ナノ構造を有することができる。1〜1000nmの凸部を有する金属ナノ構造とは、基板200の上面を当該サイズの凸部構造(基板材で)を持つように加工する他に、基板上に当該サイズの金属微粒子を蒸着・スパッタ等で固着させる、または、基板上にアイランド構造を有する金属膜を形成する等の方法でも形成できる。
【0054】
図10(B)及び図10(C)に示すように、二次元パターン状の金属ナノ粒子220に入射光が入射された領域240では、隣り合う金属ナノ粒子220間のギャップGに、増強電場230が形成される。特に、入射光の波長よりも小さな金属ナノ粒子220に対して入射光を照射する場合、入射光の電場は、金属ナノ粒子220の表面に存在する自由電子に作用し、共鳴を引き起こす。これにより、自由電子による電気双極子が金属ナノ粒子220内に励起され、入射光の電場よりも強い増強電場230が形成される。これは、局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized Surface Plasmon Resonance)とも呼ばれる。この現象は、入射光の波長よりも小さな1〜1000nmの凸部を有する金属ナノ粒子220等の電気伝導体に特有の現象である。
【0055】
図10(A)〜図10(C)では、光学デバイス20に入射光を照射した時に表面増強ラマン散乱(SERS: Surface Enhanced Raman Scattering)が生ずる。つまり、増強電場230に試料分子1が入り込むと、その試料分子1によるラマン散乱光は増強電場230で増強されて、ラマン散乱光の信号強度は、強くなる。このような表面増強ラマン散乱では、試料分子1が微量であっても、検出感度を高めることができる。
【0056】
以下の表面増強ラマン散乱にて説明する試料分子1の「吸着」という現象は、試料分子1が金属ナノ粒子220に衝突する衝突分子の数(分圧)が支配的である現象であり、物理吸着及び化学吸着の一方又は双方を含む。「脱離」は外力により吸着を解除することを意味する。吸着エネルギーは試料分子1の運動エネルギーに依存し、ある値を乗り越えると衝突して「吸着」現象を呈し、吸着には外力は不要である。一方、脱離には外力が必要である。また、光学デバイス20に第2流体試料Bを吸引することとは、換言すると、その内部に光学デバイス20を配置した流路に吸引流を生じさせることで、第2流体試料Bを光デバイス20に接触させることである。
【0057】
4.検出装置の具体的な構成
図12は、本実施形態の検出装置の具体的な構成例を示す。図12に示される検出装置10も、図1に示す光学デバイス20と、光学系30と、吸引部40と、光源50と、光検出部60とを有している。
【0058】
図12において、光源50は例えばレーザーであり、小型化の観点から好ましくは垂直共振型面発光レーザーを用いることができるが、これに限定ざれない。
【0059】
光源50からの光は、光学系30を構成するコリメーターレンズ310により平行光にされる。コリメーターレンズ310の下流に偏光制御素子を設け、直線偏光に変換しても良い。ただし、光源50として例えば面発光レーザーを採用し、直線偏光を有する光を発光可能であれば、偏光制御素子を省略することができる。
【0060】
コリメーターレンズ310により平行光された光は、ハーフミラー(ダイクロイックミラー)320により光学デバイス20の方向に導かれ、対物レンズ330で集光され、光学デバイス20に入射する。光学デバイス20には、図10(A)〜図10(C)に示す金属ナノ粒子220が形成される。光学デバイス20から例えば表面増強ラマン散乱によるレイリー散乱光及びラマン散乱光が放射される。光学デバイス20からのレイリー散乱光及びラマン散乱光は、対物レンズ330を通過し、ハーフミラー320によって光検出部60の方向に導かれる。
【0061】
光学デバイス20からのレイリー散乱光及びラマン散乱光は、集光レンズ340で集光されて、光検出部60に入力される。光検出部60では先ず、光フィルター610に到達する。光フィルター610(例えばノッチフィルター)によりラマン散乱光が取り出される。このラマン散乱光は、さらに分光器620を介して受光素子630にて受光される。分光器620は、例えばファブリペロー共振を利用したエタロン等で形成されて通過波長帯域を可変とすることができる。分光器620を通過する光の波長は、制御部71により制御(選択)することができる。受光素子630によって、試料分子1に特有のラマンスペクトルが得られ、得られたラマンスペクトルと予め保持するデータと照合することで、試料分子1を特定することができる。
【0062】
吸引部40は、吸引口400と排出口410との間に誘導部420を有する。試料分子1を含む第2流体試料Bは、吸引口400(搬入口)から誘導部420の内部に導入され、排出口410から誘導部420の外部に排出される。吸引口400側に除塵フィルター401を設けることができる。図12では、検出装置10は、ファン450を排出口410付近に有し、ファン450を作動させると、誘導部420の吸引流路421、光学デバイス20付近の流路422及び排出流路423内の圧力(気圧)が低下する。これにより、試料分子1と共に第2流体試料Bが誘導部420に吸引される。第2流体試料Bは、吸引流路421を通り、光学デバイス20付近の流路422を経由して排出流路423から排出される。このとき、試料分子1の一部が光学デバイス20の表面(電気伝導体)に吸着する。
【0063】
検出対象物質である試料分子1は、例えば麻薬やアルコールや残留農薬等の希薄な分子や、ウイルス等の病原体等を想定することができ、特に本実施形態はこれらの試料分子1をリアルタイムで検出するのに適している。
【0064】
検出装置10は、筐体70を有し、筐体70内に例えば光学系30、光源50及び光検出部60を有する。さらに、検出装置10は、カバー71を有し、カバー71は光学デバイス20等を格納することができる。
【0065】
なお、上記のように本実施形態について詳細に説明したが、本発明の新規事項および効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは当業者には容易に理解できる。
【0066】
本発明の検出装置は、SERS強度を検出するものに限らない。例えば、表面増強赤外分光法(SEIRAS:Surface Enhanced Infrared Absorption Spectroscopy)を用いることができる。この場合、図12に示す光学デバイス20を図13に示す光学デバイス170に置き換える。この光学デバイス170は、例えば直角プリズム171の底面に金属薄膜172を形成したものである。直角プリズム171は、例えばCaF等の赤外線を通過させる材料で形成される。金属薄膜172の材料はAg,Cu等の金属薄膜であれば良い。
【0067】
図14に示す特性を有するP偏光の赤外線IR1を、例えば第1反射ミラー180にて反射させて、光学デバイス170に対して金属薄膜172の法線Lに対して角度θで入射させる。入射赤外線IR1を金属薄膜172で全反射させて得られる反射赤外線IR2には、その界面から試料側に少しもぐり込んだ位置で反射されるエバネッセント波が存在し、それにより試料分子や標準分子のスペクトルを計測できる。この反射赤外線IR2の特性を図15に示す。反射赤外線IR2は、第2反射ミラー181で反射されて、図12等に示す光検出部60に入射される。
【符号の説明】
【0068】
1 特定物質、10 検出装置、11 検出部、12 流体分離装置、20,170 光学デバイス、30 光学系、40 吸引部、50 光源、60 光検出部、100 保持部材、110 光源、120 筐体、A 第1流体(気体)試料、B 第2流体(気体)試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1流体試料を保持する保持部材と、
前記保持部材に特定波長の光を照射する光源と、
を有し、
前記第1流体試料が特定物質を含むとき、前記特定物質が前記特定波長帯域の光を吸収する吸収率L1と、前記特定物質以外の前記第1流体試料中の他の物質が前記特定波長帯域の光を吸収する吸収率L2は、L1>L2を満足し、かつ,
前記保持部材が前記特定波長帯域の光を吸収する吸収率L3は、L3<L1を満足することを特徴とする流体分離装置。
【請求項2】
請求項1において、
L1−L2≧60%で、かつ、L1−L3≧60%であることを特徴とする流体分離装置。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記光源は、発光波長が可変であることを特徴とする流体分離装置。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかにおいて、
前記保持部材が収容される筐体と、
前記筐体に設けられ導入口と、
前記筐体に設けられた排気口と、
前記筐体に接続された流路と、
前記導入口または前記排気口の少なくとも一方に設けられたファンと、
前記導入口、前記排気口及び前記流路にそれぞれ設けられた開閉弁と、
をさらに有することを特徴とする流体分離装置。
【請求項5】
前記第1流体試料が導入され、前記第1流体試料が前記特定物質を含むとき、前記第1流体試料より特定物質を分離して、前記特定物質の濃度を高めた第2流体試料を生成する請求項1乃至4のいずれかに記載の流体分離装置と、
前記第2流体試料が前記特定物質を含むとき、前記第2流体試料から前記特定物質を検出する検出部と、
を有することを特徴とする検出装置。
【請求項6】
第1気体試料を吸着する吸着材と、
前記吸着材に特定波長の光を照射する光源と、
を有し、
前記第1気体試料が特定物質を含むとき、前記光源から前記特定波長の光を前記吸着材に照射することで、前記吸着材から脱離された第2気体試料中の前記特定物質の分圧を、前記第1気体試料中の前記特定物質の分圧よりも高くすることを特徴とする気体分離装置。
【請求項7】
前記第1気体試料が導入され、前記第1気体試料が前記特定物質を含むとき、前記第1気体試料より前記特定物質を分離して、前記特定物質の分圧を高めた前記第2気体試料を生成する請求項6に記載の気体分離装置と、
前記第2気体試料が前記特定物質を含むとき、前記第2気体試料から前記特定物質を検出する検出部と、
を有することを特徴とする検出装置。
【請求項8】
第1流体試料が導入され、前記第1流体試料が特定物質を含むとき、前記第1流体試料より前記特定物質を分離して、前記特定物質の濃度を高めた第2流体試料を生成する流体分離装置と、
前記第2流体試料が前記特定物質を含むとき、前記第2流体試料から前記特定物質を検出する検出部と、
を有し、
前記流体分離装置は、
前記第1流体試料を保持する保持部材と、
発光波長が可変であり、前記保持部材より前記特定物質を脱離させる波長の光を前記保持部材に照射する光源と、
を有することを特徴とする検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2013−13840(P2013−13840A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−147094(P2011−147094)
【出願日】平成23年7月1日(2011.7.1)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】