説明

流体制御方法および流体制御装置

【課題】反応室内のプローブを、その位置に関わらず、試料溶液中の生体高分子に均等に遭遇させる。
【解決手段】生化学反応部の反応室36と、それに連通する各ポート42〜45の間における流体の移動を、弁4,5,7,8,10〜14およびシリンジポンプ6,9等からなる切り替え制御手段により制御する。反応室36にハイブリダイゼーション溶液を注入したら、弁14,10,11を介してポート42,43から空気を導入し、シリンジポンプ6,9によりポート44,45から吸引する。弁10,11を適宜にON/OFFして、反応室36内のハイブリダイゼーション溶液の流れを矢印Y,A,B方向に切り替えて、様々な方向に攪拌する。それにより、各プローブにハイブリダイゼーション溶液中の生体高分子をより確実に遭遇させ、プローブの位置に関わらずハイブリダイゼーション結合をより効率よく行える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも一部がプローブ固定部から構成されている反応室内における、試料溶液や洗浄液や気体(例えば空気)などの流体の流れを制御する流体制御方法および流体制御装置と、それを含む生化学反応装置に関する。一例としては、プローブ固定部は、基板に既知の塩基配列を有するオリゴヌクレオチドからなる検出用プローブが固定されたものであり、試料溶液は、検出用プローブの生体高分子と相互作用する生体高分子を含むものである。
【背景技術】
【0002】
従来、既知の塩基配列を有する複数種のプローブDNAを用いて、各プローブDNAと特異的な結合をする、すなわち各プローブDNAとハイブリダイゼーション結合する核酸分子の有無を検出する装置が用いられている。この検出は、例えば、核酸分子の塩基配列に含まれる部分配列の特定や、生体に由来する試料液体中に含有される標的核酸の検出や、遺伝子DNAの特徴に基づく、種々の細菌の属や種の同定のために利用されている。
【0003】
複数種のプローブDNAに対するハイブリダイゼーション結合を迅速かつ正確に行わせるために、複数種のプローブDNAを固相上に規則的に並べたプローブアレイ(DNAマイクロアレイ)が用いられている。プローブアレイを用いる場合には、固相上に規則的に並べられた各プローブDNAに対して、試料溶液等の中の生体高分子をそれぞれハイブリダイゼーション結合させ、試料溶液中の標的核酸の有無の検出や定量などの解析を行う。プローブアレイを用いると、多数のプローブDNAと特異的な結合をそれぞれ行う多数の核酸分子の有無を同時に検出することができる。一般に、これらの工程は、少なくとも一部が、プローブが固定された基板で構成されている反応室を設け、この反応室内に試料溶液であるハイブリダイゼーション溶液を充填し、基板を長時間一定温度に保つことによって行なわれる。
【0004】
従来、ガラス基板を試料固定支持体として用いてハイブリダイゼーション結合を行わせる場合には、ハイブリダイゼーション溶液の攪拌により、反応時間の短縮や反応後の信号のレベルアップおよび均一化の効果が得られる。そのため、現在では、プローブアレイを用いてハイブリダイゼーション結合を行わせる場合には、攪拌機能を持つハイブリダイゼーション装置が用いられている。
【0005】
特許文献1に、プローブアレイ用のハイブリダイゼーション装置が記載されている。この装置では,反応槽内のハイブリダイゼーション溶液を、空気によりアジテーションする(溶液を往復運動させる)ことにより、ハイブリダイゼーション結合の反応性を向上させている。
【0006】
また、特許文献2には、ハイブリダイゼーション結合を効率よく均一に行うための還流型生化学反応装置が開示されている。この装置は、図17に示すように、第1の板状部材102と第2の板状部材105を重ねて締結した結合体を有する。第1の板状部材102には、プローブ基板101を保持するための凹部103が形成されている。第2の板状部材105には、試料溶液を還流させる流路106と、流入口107と、流出口108と、整流のための突起部109が形成されている。第1の板状部材102と第2の板状部材105からなる結合体は、水平面に対して傾斜をつけて配置され、流入口107が流出口108の下方に位置している。そして、流入口107より試料溶液を送液して流路106に注入し、試料溶液を還流する構成である。
【0007】
さらに、特許文献2には、図18に示すように、第2の板状部材105に流入口107と流出口108がそれぞれ複数個配置された例も開示されている。この例では、板状部材105に流入口107と流出口108がそれぞれ4個ずつ形成されており、対向する流入口107と流出口108の中心同士を結ぶ線は全て平行である。
【特許文献1】米国特許明細書第6238910号
【特許文献2】特開2003−315337号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、従来は、特許文献1のように反応槽内のハイブリダイゼーション溶液をアジテーションするか、特許文献2のように、反応室に流入口107と流出口108と流路106を設け、試料溶液を還流させていた。さらに、特許文献2では、流入口107と流出口108をそれぞれ複数個配置し、対向する流入口107と流出口108の中心同士を結ぶ線を全て平行にして、流路内106内の流れを均一にすることも開示されている。
【0009】
プローブアレイのプローブは、一般に、基板平面上に規則正しく並べられているが、プローブは基板全体に亘って満遍なく並べられているのではなく、プローブアレイの外部にプローブの存在しない領域が存在する。すなわち、反応室の二次元平面内において、プローブはむしろ局部的に存在してプローブアレイを形成しているのが普通である。
【0010】
個々のプローブと反応室内のハイブリダイゼーション溶液中の生体高分子との関係から見れば、ハイブリダイゼーション結合が生じる可能性は、基板上の位置によって大きく異なる。この点について図19を参照して説明する。なお、図19には、プローブアレイ110と、ハイブリダイゼーション溶液中の生体高分子の集合111を模式的に示している。
【0011】
反応室内でハイブリダイゼーション溶液を運動させない場合は、プローブアレイ110群の外周付近に位置するプローブ(例えば図19に示すプローブ112a)ほど、ハイブリダイゼーション結合する可能性が高い。一方、プローブアレイ110群の中央付近に位置するプローブ112bほど、ハイブリダイゼーション結合する可能性が低い。これは、ハイブリダイゼーション溶液中の生体高分子の微視的な移動は、ハイブリダイゼーション溶液の成分である液体分子の運動に端を発するものだからである。すなわち、プローブアレイ110群の外周に近いところにあるプローブ112aは、ハイブリダイゼーション溶液中の生体高分子を捕捉するにあたって、競合する他のプローブが少ない。そのため、プローブ1個当たりの、ハイブリダイゼーション溶液中の結合可能な生体高分子の数が多く、その結果、結合が生じ易い。これに対して、プローブアレイ110群の中央に近いところにあるプローブ112bは、生体高分子の捕捉にあたって競合する他のプローブの数が多い。そのため、プローブ1個当たりの、ハイブリダイゼーション溶液中の結合可能な生体高分子の数が少なく、その結果、結合が生じる確率が低くなる。
【0012】
本発明の目的は、反応室内に設けられた複数のプローブが、反応室内の位置に左右されずに比較的均等に、試料溶液中の生体高分子と遭遇できるようにする、流体制御方法および流体制御装置と生化学反応装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の特徴は、少なくとも一部が、複数のプローブ生体高分子が固定されたプローブ固定部から構成されている反応室と、反応室に連通する3個以上のポートとを有する生化学反応部に対する流体制御方法において、3個以上のポートのそれぞれに対して、反応室への流体の流入と、反応室からの流体の流出との切り替え制御を行うところにある。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、生化学反応部の反応室と3個以上のポートとの間でそれぞれ流体の移動が行える。この流体の移動を利用して、生化学反応に用いられる溶液を効率よく攪拌でき、洗浄液等の液体や、反応室内の液体を押し流すための気体を反応室内に満遍なく行き渡らせることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
【0016】
〔第1の実施形態〕
まず、本発明の第1の実施形態について説明する。
【0017】
図1は、本発明の第1の実施形態の生化学反応装置の動作待機状態を模式的に示す概略図であり、この生化学反応装置は、生化学反応部20と、それに接続されている流体制御装置を含む。
【0018】
図2は、生化学反応部20の一部をなすDNAチップ21の平面図である。このDNAチップ21は、縦25.4mm×横76.2mm×厚さ1mmのガラス基板22上に、複数のプローブが固定されて、プローブアレイ23,24,25,26が構成されている。プローブアレイ23,24,25,26は全て同じものであり、その一部の詳細が図3に示されている。各プローブアレイ23,24,25,26は、縦32個×横32個、合計1024個のプローブが行列状に配置されて正方形をなしている。個々のプローブの平面形状は、直径約50μmの円形である。プローブの配列ピッチは、縦横ともに180μmである。各プローブは、検出すべき生体高分子とハイブリダイゼーション結合可能なプローブ生体高分子を、インクジェット技術によってガラス基板21上に描画したものである。図2に示すように、4つのプローブアレイ23,24,25,26は、互いに360μmの間隔をあけて、2×2の行列状に並べられている。
【0019】
図4は、DNAチップ21を保持し、かつDNAチップ21とともに生化学反応部20を構成する板状部材31を示している。板状部材31はポリサルフォンやポリカーボネート等の樹脂材料で形成されている。図4(a)はその板状部材31の平面図、図4(b)は図4(a)のA−A線断面図、図4(c)は側面図である。
【0020】
図面には明示されていないが、板状部材31にはOリング溝が設けられ、このOリング溝の内側の領域33は、外側の領域34よりも0.1mm凹んだ平面になっている。Oリング溝にはOリング35が嵌められ、Oリング溝32の内側の領域33は、DNAチップ21のプローブ固定部(プローブアレイ23〜26が設けられている部分)とともに反応室36を形成する。DNAチップ21に圧接させられてOリング35が潰れることによって、反応室36は封止される(図5参照)。
【0021】
なお、Oリング溝の内側の領域33を、外側の領域34と同一平面内に構成し、外側の領域34の部分に厚さ0.1mmのスペーサを追加することによって、反応室36となる空間を形成してもよい。
【0022】
板状部材31の側面41には、ポート37,38,39,40が設けられている。各ポート37,38,39,40は、板状部材31内に開けられた流路(図4(a)に破線にて図示)を介して、内側の領域33に設けられた開口42,44,45,43と、流体が流入および流出できるように連通している。開口42,43は、反応室36の上流側の隅部近傍に位置している。開口44,45は、反応室36の下流側の隅部近傍に位置している。
【0023】
また、板状部材31の上面には、開口42と開口43の中間付近に開口46が設けられている。この開口46は、Oリング溝の内側の領域33に、流体が流入および流出できるように連通している。開口46には栓47(図1に模式的に図示)が付属しており、開口46を任意に開閉することができる。
【0024】
本実施形態の生化学反応装置は、図2に示すDNAチップ21と図4に示す板状部材31とからなる生化学反応部20と、流体制御装置を主な構成要素とする。流体制御装置は、複数の容器と切り替え制御手段とを含む。切り替え制御手段は、ポート37,38,39,40を介する、板状部材31とDNAチップ21で形成された反応室36内への流体の流入と、反応室36からの流体の流出との切り替え制御を行うものである。
【0025】
図5は、本実施形態の生化学反応部20周辺の構成を示す断面図である。温度制御テーブル19上に、DNAチップ21がプローブ固定部を上側にしてセットされ、DNAチップ21を覆うように板状部材31が配置されている。図示しない加圧手段により板状部材31が加圧され、Oリング35が潰されて、DNAチップ21と板状部材31が密着して固定されている。板状部材31の側面41に設けられたポート37,38,39,40は、図示しないがOリングを介して流体制御装置と接続されている。
【0026】
図1は本実施形態の生化学反応装置の生化学反応部20および流体制御装置の動作待機状態のシステムブロック図であり、この図1には、分かりやすくするために板状部材31や温度制御テーブル19は図示されていない。流体制御装置は、洗浄液a,bが収容されている容器15,16と、切り替え制御手段を有している。切り替え制御手段は、主に、真空ポンプ1と、レギュレーター2と、密閉容器で構成された負圧室3と、バルブ手段を構成する弁4,5,7,8,10〜14と、シリンジポンプ6,9と、配管チューブからなる流路を有している。
【0027】
流体制御装置の各部材は配管チューブで連結されている。具体的には、三方弁4と二方弁5が配管チューブで接続され、その上流側は開口44に接続され、その下流側は負圧室3に接続されている。シリンジポンプ6が、開口44と二方弁5を繋ぐ配管チューブの途中に分岐する形態で接続されている。同様に、三方弁7と二方弁8が配管チューブで接続され、その上流側は開口45に接続され、その下流側は負圧室3に接続されている。シリンジポンプ9が、開口45と二方弁8を繋ぐ配管チューブの途中に分岐する形態で接続されている。三方弁4および三方弁7は、生化学反応部20と負圧室3をつなぐ流路を大気に開放する機能をもっている。二方弁10の下流側は開口42に接続されている。二方弁11の下流側は開口43に接続されている。二方弁10,11の上流側は配管チューブで一旦合流し、この合流点から上流側に向けて配管チューブは再び3つの系統に分かれており、これらの各系統の二方弁12,13,14がそれぞれ設けられている。二方弁12の上流側は洗浄液aを収容する容器15に接続されており、二方弁13の上流側は洗浄液bを収容する容器16に接続されている。二方弁14の上流側は大気に開放されている。
【0028】
図1に示す動作待機状態では、負圧室3の内部は真空ポンプ1およびレギュレーター2により所定圧力(例えば大気圧−30kPa)に制御され、各弁4,5,7,8,10〜14は閉じられ、ポンプ1,6,9は動作していない。この時点で流体の移動はない。
【0029】
本実施形態の生化学反応装置は、図1に示す動作待機状態から、図6〜11に示す各動作が行われる。図面中で流体の移動は太線で示している。
【0030】
図6は、反応室36にハイブリダイゼーション溶液を充填する動作を説明するシステムブロック図である。開口46の栓47(図1参照)が外されピペット(不図示)によってハイブリダイゼーション溶液が開口46内に注入される。このとき、シリンジポンプ6,9の吸引動作により、ハイブリダイゼーション溶液が反応室36内へ確実に注入される。シリンジポンプ6とシリンジポンプ9のどちらか一方のみを吸引させてもよいが、反応室36に空気を残さないでハイブリダイゼーション溶液を完全に充填するには、シリンジポンプ6,9の両方を吸引させることが望ましい。シリンジポンプ6,9は、吸引量が、反応室36にハイブリダイゼーション溶液を充填するのに相応しい体積に予め設定されていてもよい。あるいは、反応室36内をモニターするセンサー(不図示)によって反応室36内へのハイブリダイゼーション溶液の充填を検知したことを表す信号によりシリンジポンプ6,9の駆動が制御されてもよい。
【0031】
図7は、反応室36内に充填されたハイブリダイゼーション溶液を攪拌する動作を説明するシステムブロック図である。開口46は栓47が嵌められて閉じられる。二方弁14はONされて上流側は大気に開放される。この状態で二方弁10と二方弁11をONしてIN−OUTを連通させ、シリンジポンプ6とシリンジポンプ9を同時に押し引きすると、ハイブリダイゼーション溶液は反応室36内を図7の矢印Yの方向に、概ね一様に往復移動する。また、二方弁10をONしてIN−OUTを連通させ、二方弁11をOFFし、シリンジポンプ6はOFFしたままでシリンジポンプ9を押し引きする。すると、ハイブリダイゼーション溶液は反応室36内を、図7の矢印Yに対して傾斜した矢印Aの方向に往復移動する。また、二方弁10をOFFし、二方弁11をONしてIN−OUTを連通させ、シリンジポンプ9はOFFしたままでシリンジポンプ6を押し引きする。すると、ハイブリダイゼーション溶液は反応室36内を、図7の矢印Yに対して傾斜した矢印Bの方向に往復移動する。
【0032】
本実施形態では、ハイブリダイゼーション結合反応中に、各二方弁10,11のそれぞれのON/OFFと、各シリンジポンプ6,7のそれぞれのON/OFFを適宜に組み合わせて繰り返す。こうして、前記したハイブリダイゼーション溶液の矢印Y,A,B方向へのそれぞれの往復移動を任意に組み合わせて行う。ハイブリダイゼーション結合は、十数分から数十分程度、長い場合は数時間程度を要する反応であるが、その間に、前記したように3つの方向(矢印Y,A,B方向)への往復移動を組み合わせて行う。それによって、反応室36中のハイブリダイゼーション溶液は、矢印Y方向のみの往復移動の場合と比べて、多様な方向に攪拌される。
【0033】
図8は、プローブアレイ23,24,25,26に対するハイブリダイゼーション溶液の動きを説明する模式図である。この図8は、ガラス基板22に固定されたプローブアレイ23,24,25,26に対して、ハイブリダイゼーション溶液がどのような方向に移動させられるかをまとめて示している。前述したように、ハイブリダイゼーション溶液は矢印Y,A,B方向にそれぞれ往復移動させられる。
【0034】
ここで、プローブアレイ23,24,25,26の略中央に位置する1つのプローブ27に着目する。プローブ27は、ハイブリダイゼーション溶液の矢印Y方向の往復移動時に、図8に楕円で示した領域28内の生体高分子と遭遇する可能性がある。同様に、プローブ27は、ハイブリダイゼーション溶液の矢印A方向の往復移動時に、図8に楕円で示した領域29内の生体高分子と遭遇する可能性がある。さらに、プローブ27は、ハイブリダイゼーション溶液の矢印B方向の往復移動時に、図8に楕円で示した領域30内の生体高分子と遭遇する可能性がある。このように、プローブ27は、矢印Y方向のみの往復移動の場合と比べて、より広い範囲のハイブリダイゼーション溶液中に存在する生体高分子と、より速くかつより多く遭遇することになる。実際には、矢印Y方向、矢印A方向、矢印B方向のそれぞれの往復移動を、時間をずらして適当に組み合わせる。それによって、プローブ27は、領域28と領域29と領域30の総和よりも広い範囲のハイブリダイゼーション溶液中に存在する生体高分子と、より速くかつより多く遭遇することになる。その結果、ハイブリダイゼーション溶液中に当該プローブ27とハイブリダイゼーション結合可能な生体高分子が存在する場合に、互いに遭遇し損なうことなくハイブリダイゼーション結合が生じる可能性が高く、検出精度が向上する。
【0035】
図9は、ハイブリダイゼーション結合が終了した後の洗浄動作を説明するシステムブロック図である。反応室36内に充填されているハイブリダイゼーション溶液を排出し、容器15内の洗浄液aによって、反応室36内、特にプローブにミスマッチして不完全に結合した生体高分子やガラス基板22に付着した生体高分子を洗い流す。洗浄液aは、本実施形態では2xSSC/0.1%SDS溶液である。
【0036】
図7に示すハイブリダイゼーション溶液の攪拌状態と同様に、開口46は栓47によって閉じられる。洗浄工程に移行すると、真空ポンプ1はONされて、レギュレーター2によって設定された圧力で負圧室3の内部は一定の負圧に制御される。二方弁12,13,14のうち二方弁12のみがONされ、その上流側が、洗浄液aの容器15と連通する。この状態で二方弁10と二方弁11をONしてIN−OUTを連通させ、さらに三方弁4と二方弁5および三方弁7と二方弁8を同時にONすると、洗浄液aは反応室36内を図9の矢印Y方向に、概ね一様に流れる。また、二方弁10をONしてIN−OUTを連通させ、二方弁11をOFFし、三方弁4と二方弁5をOFFし三方弁7と二方弁8をONする。すると、洗浄液aは反応室26内を、矢印Y方向に対して傾斜した矢印A方向に流れる。また、二方弁10をOFFし、二方弁11をONしてIN−OUTを連通させ、三方弁7と二方弁8をOFFし三方弁4と二方弁5をONする。すると、洗浄液aは反応室26内を、矢印Y方向に対して傾斜した矢印B方向に流れる。
【0037】
数秒から数十秒程度を要する洗浄液aによる洗浄動作中に、矢印Y,A,B方向の流れを任意に組み合わせて行うことにより、洗浄液aは、矢印Y方向のみに流れる場合と比べて、反応室36内を多様な方向に流れる。その結果、反応室36内を満遍なく洗浄することができる。
【0038】
図10は、洗浄液aによる洗浄が終了し、引き続き洗浄液bによって洗浄する動作を説明するシステムブロック図である。基本的な動作は、前述した洗浄液aによる洗浄と同様であるが、二方弁12,13,14のうちONされるのは二方弁13のみで、その上流側が、洗浄液bの容器16と連通する点が異なる。その他の動作および効果については、前述した洗浄液aによる洗浄と同様であるので説明を省略する。なお、洗浄液bは本実施形態では純水である。
【0039】
図11は、洗浄液bによる洗浄が終了し、反応室36内に充填されている洗浄液bを排出する動作を説明するシステムブロック図である。図7に示すハイブリダイゼーション溶液の攪拌状態および図9,10に示す洗浄状態と同様に、開口46に栓47が嵌められて閉じられている。さらに、真空ポンプ1はONされ、レギュレーター2によって設定された圧力で負圧室3の内部は一定の負圧に制御されている。二方弁12,13,14のうち二方弁14のみがONされ、その上流側は大気と連通する。この状態で二方弁10と二方弁11をONしてIN−OUTを連通させ、さらに三方弁4と二方弁5および三方弁7と二方弁8を同時にONする。すると、洗浄液bは、反応室36内を矢印Y方向に概ね一様に流れ、開口44および開口45を通って、最終的に負圧室3内に回収される。このとき、三方弁4と二方弁5の組と三方弁7と二方弁8の組に意図的に時間差をつけてONさせると、開口44および開口45の近傍すなわち反応室36の下流側の隅部に洗浄液bを残すことなく確実に排出することができる。
【0040】
以上説明したように、本実施形態では、流体制御装置の切り替え制御手段によって、生化学反応部20の反応室36と3つ以上のポート42〜45の各々との間でそれぞれ流体の移動を行うことができる。特に、1つのポートから反応室を介して他のポートへ至る流体の連続的な流れが形成できる。そして、反応室36内の流体を一方向のみでなく2つ以上の方向に流動させることが可能であり、この流体の移動を利用して、反応室36内の流体の攪拌や、反応室36全体に流体を満遍なく行き渡らせることが可能である。例えば、反応室36内の流体がハイブリダイゼーション溶液である場合には、十分な攪拌によって、生化学反応部20のプローブアレイ23〜26の各プローブに、ハイブリダイゼーション溶液中の生体高分子をより確実に遭遇させ得る。その結果、プローブアレイ23〜26内の個々のプローブの位置に関わらず、ハイブリダイゼーション溶液中の生体高分子を均一に供給することができ、従来よりもハイブリダイゼーション結合をより効率よく行うことができる。すなわち、ハイブリダイゼーション溶液中の生体高分子の処理(例えば生化学反応の検出)における精度が向上する。
【0041】
また、反応室36内の流体が洗浄液である場合には、前記した流体の移動を利用して、反応室36全体に洗浄液を満遍なく行き渡らせ、プローブアレイ23〜26およびDNAチップ21の基板22に対して洗浄液をより均一に流せる。その結果、従来よりも効率よく均一に洗浄を行うことができる。
【0042】
このように、本実施形態では、ハイブリダイゼーション結合や洗浄を効率よく均一に行うことができる。それによって、処理時間の短縮や、反応後の信号のレベルアップおよび均一化や、プローブからの信号とプローブ周囲のノイズのSN比の向上が可能である。
【0043】
また、反応室36内の流体が洗浄液等の液体が充填されている状態で、前記した流体として空気等の気体を移動させる場合には、反応室36全体に気体を満遍なく行き渡らせて、反応室36内の液体を残すことなく排出できる。それによって、プローブの信号を検出する際に、反応室36内の残存液体が検出の妨げとなることが防げる。
【0044】
〔第2の実施形態〕
以下、本発明の第2の実施形態について図面を参照して説明する。
【0045】
図12は、本発明の第2の実施形態のDNAチップ51の平面図である。このDNAチップ51は、縦20mm×横20mm×厚さ1mmのガラス基板52上に、複数のプローブが固定されて、プローブアレイ53,54,55,56が構成されている。プローブアレイ53,54,55,56は全て同じものであり、その一部の詳細が図13に示されている。各プローブアレイ53,54,55,56は、縦16個×横16個、合計256個のプローブが行列状に配置されて正方形をなしている。個々のプローブの平面形状は、直径約50μmの円形である。プローブの配列ピッチは、縦横ともに180μmである。各プローブは、検出すべき生体高分子とハイブリダイゼーション可能なプローブ生体高分子を、インクジェット技術によってガラス基板51上に描画したものである。図12に示すように、4つのプローブアレイ53,54,55,56は、互いに360μmの間隔をあけて、2×2の行列状に並べられている。
【0046】
図14は、図12に示すDNAチップ51がカセット部材61と接着されて一体化した、生化学反応部であるカセット75の構成を示す図である。図14(a)はカセット75の平面図、図14(b)は図14(a)のA−A線断面図、図14(c)は側面図である。
【0047】
カセット部材61はポリサルフォンやポリカーボネート等の樹脂材料で形成されている。カセット部材61には、DNAチップ51を接着するための接着しろ62が設けられ、その内側の領域63は、接着しろ62よりも0.5mm凹んだ平面となっている。接着しろ62にDNAチップ51が接着されて、DNAチップ51と接着しろの内側の領域63が反応室64を構成している。反応室64の寸法は、縦8mm×横14mm×高さ0.5mmである。カセット部材61の側面60にはポート65,66,67,68が設けられている。各ポート65,66,67,68はカセット部材61内にあけられた流路(図14(a)に破線にて図示)を介して、反応室64に設けられた開口69,71,72,70と、流体が流入および流出できるように連通している。開口69,70は、反応室63の上流側の隅部近傍に位置している。開口71,72は、反応室64の下流側の隅部近傍に位置している。カセット部材61の上面には、開口69と開口70の中央付近に開口73が設けられている。この開口73は、反応室64に流体が流入および流出できるように連通している。開口73には栓74(図15に模式的に図示)が付属しており、開口73を任意に開閉することができる。
【0048】
図15は本実施形態の生化学反応装置のシステムブロック図であり、この図15には、分かりやすくするためにカセット部材61は図示されていない。本実施形態の生化学反応装置は、図14に示すようにDNAチップ51(図12参照)とカセット部材61が接着されて一体化した生化学反応部であるカセット75と、カセット75が着脱可能な流体制御手段を主な構成要素としている。そして、流体制御手段は、容器15,16と、切り替え制御手段とからなる。切り替え制御手段は、ポート65,66,67,68を介する、カセット75の反応室64内への流体の流入と、反応室64からの流体の流出との切り替え制御を行うものである。
【0049】
本実施形態では、生化学反応部として、流体制御装置に着脱可能であり、流体制御装置から取り外して取り扱うことが容易なカセット75を設けているため、生体高分子の検出などの作業が行いやすくなる。特に、多数の試料を次々に検査する場合に有効である。なお、それ以外の流体制御装置の構成および動作は、前記した第1の実施形態と基本的に同じであるので同一の符号を付与し説明を省略する。
【0050】
〔第3の実施形態〕
前記した第1の実施形態では、反応室36を含む生化学反応部20に対して、第2の実施形態では、反応室63を含むカセット75に対して、それぞれ流体制御装置によって流体を制御する例を説明した。この流体制御装置は、反応室36,64と別部材に構成されなければならない必要性はない。少なくとも一部がプローブ固定部により構成されている反応室を含む生化学反応部に流体制御装置が一体的に組み込まれた生化学反応ユニットも、本発明の生化学反応装置に含まれる。第3の実施形態では、このような生化学反応ユニットの例を示している。
【0051】
図16は、本実施形態の、ユニット化された生化学反応装置の構成を示す模式的斜視図である。基板81には、一部がプローブ固定部により構成されている反応室82が設けられている。反応室82の周囲にはウェル83,84,85が設けられて、これらは反応室82と、流体が流入および流出できるように連通している。各ウェル83,84,85に対して、マイクロポンプ等からなる流体制御装置86,87,88がそれぞれ設けられている。詳述しないが、各流体制御装置86,87,88は、反応室82への流体の流入と、反応室82からの流体の流出との切り替え制御を行う切り替え制御手段を含む。
【0052】
本実施形態では、各ウェル83,84,85のいずれか1つにハイブリダイゼーション溶液を注入する。そして、流体制御装置86,87,88によって、第1の実施形態と同じ原理で、反応室82に充填させるとともに、反応室82から各ウェルに向かう流れと、そのウェルから反応室82へ向かう流れを交互に発生させる。このようなハイブリダイゼーション溶液の往復移動を生じさせることによって攪拌作用を行う。反応室82と3つのウェル83,84,85とを結ぶそれぞれの方向に関する往復移動が組み合わせて行われることが好ましい。
【0053】
同様に、ウェルに洗浄液を注入し、流体制御装置86,87,88によって、反応室82に充填させ、さらに洗浄液を往復移動させることによって満遍なく洗浄する。
【0054】
また、ウェルから空気を導入し、流体制御装置86,87,88によって、反応室82内の洗浄液等の液体を、残存させることなく空気によって押し流すことができる。
【0055】
このように、本実施形態でも、ハイブリダイゼーション溶液の反応室への充填および攪拌や、反応室82内の洗浄や、反応室82内の液体の排出などの処理を、効率よく行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の第1の実施形態の生化学反応装置の動作待機状態を示すシステムブロック図である。
【図2】図1に示す生化学反応装置のDNAチップを示す平面図である。
【図3】図2に示すDNAチップのプローブアレイの拡大図である。
【図4】(a)は図1に示す生化学反応装置の板状部材の構成を示す図、(b)はその断面図、(c)はその側面図である。
【図5】図2に示すDNAチップと図4に示す板状部材を含む生化学反応部を示す断面図である。
【図6】図1に示す生化学反応装置において、反応室にハイブリダイゼーション溶液を充填する状態を示すシステムブロック図である。
【図7】図1に示す生化学反応装置において、反応室内に充填されたハイブリダイゼーション溶液を攪拌する状態を示すシステムブロック図である。
【図8】図7に示す状態における、プローブアレイに対するハイブリダイゼーション溶液の動きを説明する模式図である。
【図9】図1に示す生化学反応装置において、反応室の第1の洗浄状態を示すシステムブロック図である。
【図10】図1に示す生化学反応装置において、反応室の第2の洗浄状態を示すシステムブロック図である。
【図11】図1に示す生化学反応装置において、反応室から洗浄液を排出する状態を示すシステムブロック図である。
【図12】本発明の第1の実施形態の生化学反応装置のDNAチップを示す平面図である。
【図13】図12に示すDNAチップのプローブアレイの拡大図である。
【図14】図12に示すDNAチップとカセット部材を含む生化学反応部であるカセットを示す断面図である。
【図15】本発明の第2の実施形態の生化学反応装置の動作待機状態を示すシステムブロック図である。
【図16】本発明の第3の実施形態の生化学反応装置を示す模式的斜視図である。
【図17】従来の生化学反応装置を示す断面図である。
【図18】従来の生化学反応装置の板状部材を示す平面図である。
【図19】プローブアレイ内のプローブとハイブリダイゼーション溶液の関係を示す説明図である。
【符号の説明】
【0057】
1 真空ポンプ
2 レギュレーター
3 負圧室
4,7 三方弁(バルブ手段)
5,8,10,11,12,13,14 二方弁(バルブ手段)
6,9 シリンジポンプ
20 生化学反応部
21,51 DNAチップ
23,24,25,26,53,54,55,56 プローブアレイ
36,64,82 反応室
37,38,39,40,65,66,67,68 ポート
75 カセット(生化学反応部)
86,87,88 流体制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一部が、複数のプローブ生体高分子が固定されたプローブ固定部から構成されている反応室と、前記反応室に連通する3個以上のポートとを有する生化学反応部に対する流体制御方法において、
前記3個以上のポートのそれぞれに対して、前記反応室への流体の流入と、前記反応室からの流体の流出との切り替え制御を行うことを特徴とする流体制御方法。
【請求項2】
流体が前記3個以上のポートのうちのいずれかから前記反応室へ流入して該反応室から前記3個以上のポートのうちの他のいずれかに流出するような流体の連続した流れを形成する、請求項1に記載の流体制御方法。
【請求項3】
前記流体の連続した流れによって該流体を攪拌する、請求項2に記載の流体制御方法。
【請求項4】
前記反応室内で流体が少なくとも2つ以上の方向に向かう流れを形成する、請求項2または3に記載の流体制御方法。
【請求項5】
前記切り替え制御はバルブ手段によって行う、請求項1〜4のいずれか1項に記載の流体制御方法。
【請求項6】
前記流体として、前記プローブ生体高分子に結合し得る生体高分子を含んだハイブリダイゼーション溶液、または前記プローブ固定部を洗浄する洗浄液、または空気等の気体を用いる、請求項1〜5のいずれか1項に記載の流体制御方法。
【請求項7】
前記反応室内に前記ハイブリダイゼーション溶液を導入して生化学反応を生じさせる工程と、前記反応室内に前記洗浄液を導入して前記プローブ固定部を洗浄する工程と、前記反応室内に前記気体を導入して前記反応室内の液体を排出する工程とを含み、
前記各工程において、請求項6に記載の流体制御方法をそれぞれ行う、生体高分子の処理方法。
【請求項8】
少なくとも一部が、複数のプローブ生体高分子が固定されたプローブ固定部から構成されている反応室と、前記反応室に連通する3個以上のポートとを有する生化学反応部に付属する流体制御装置において、
前記3個以上のポートのそれぞれに対して、前記反応室への流体の流入と、前記反応室からの流体の流出とを切り替え制御できる切り替え制御手段を有することを特徴とする流体制御装置。
【請求項9】
前記切り替え制御手段はバルブ手段を含む、請求項8に記載の流体制御装置。
【請求項10】
少なくとも一部が、複数のプローブ生体高分子が固定されたプローブ固定部から構成されている反応室と、前記反応室との間で流体の流入および流出が可能に連通している3個以上のポートとを有する生化学反応部と、
請求項8または9に記載の流体制御装置と
を含む生化学反応装置。
【請求項11】
前記生化学反応部は前記流体制御装置に着脱可能なカセットである、請求項10に記載の生化学反応装置。
【請求項12】
前記流体制御装置は前記生化学反応部に一体的に組み込まれている、請求項10に記載の生化学反応装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2007−155390(P2007−155390A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−348012(P2005−348012)
【出願日】平成17年12月1日(2005.12.1)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】