説明

流体系における物質成分の濃度推定方法、濃度分布推定方法、濃度モニタリング方法および溶融亜鉛めっきポット内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウム濃度管理方法、溶融亜鉛めっき鋼板ならびに流体系における物質成分の濃度推定装置

【課題】複雑な流れ場を有する流体系に対しても、濃度計測装置の配置に制約を与えることなく流体全体の濃度を推定できる流体系の濃度推定方法を提供することを目的とする。
【解決手段】物質成分が濃度分布を有する流体系における物質成分の濃度推定方法であって、前記流体系において設定された2以上の任意の濃度実測点において、該濃度実測点に配置した濃度計測手段により物質成分の濃度を計測する濃度計測ステップ(ステップS201)と、前記流体系において設定された任意の濃度推定点において、実験的にまたは数値流体シミュレーションにより求めた該濃度推定点における前記流体系の流れ場に関する指標を取得し、前記指標と前記濃度計測ステップで計測した物質成分の濃度に基づき、前記濃度推定点における物質成分の濃度を推定する推定ステップ(ステップS202〜S204)と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質成分が濃度分布を有する流体系における物質成分の濃度推定方法、濃度分布推定方法、濃度モニタリング方法および溶融亜鉛めっきポット内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウム濃度管理方法、ならびに流体系における物質成分の濃度推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
産業プロセスの流体設備や壁で区切られた空間などがある流体系において、該流体系内の流体を構成する物質成分の濃度分布をモニタするためには、濃度分布の特徴を捉えるのに十分な数・配置で濃度を計測する濃度計測手段を流体中に配置する必要がある。しかしながら、産業プロセスにおける流体設備や建造物内部などは複雑な形状をしていることが多く、濃度計測手段を配置できない場所も存在する。また、流体が高温な場合や高腐食性である場合も濃度計測が制限されてしまうことがあり、濃度分布を知るのに十分な数・配置で濃度計測手段を設置できないことが多い。
【0003】
濃度実測点の不足を補い流体系の物質成分の中の対象成分の濃度分布をモニタするためには、計測した数点の実測濃度値から流体系全体の濃度分布を推定・補間することが必要になる。対象が均一な固体において、スプライン補間などのよく知られた補間法を使用して濃度実測点と濃度推定点との幾何学的位置を考慮して比較的容易に濃度を推定し、補間されている。また、推定点と実測点との距離に基づき該推定点の濃度等を含む各種の値を推定し、補間する逆距離加重法と呼ばれる推定方法も提示されている(たとえば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Shepard, D.:A two-dimensional interpolating function for irregularly spaced data. Proc. ACM. Nat. Conf., 517-524, 1968.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1の推定手法は、実測点iの位置と推定点との距離lを算出し、距離lが大きい実測点ほど重みが小さくなるような重み付けをし、重み付き平均として推定点における値を推定する方法であり、距離の逆数(l/l)の累乗を重みとした下記式(1)を用いて濃度等の各種値を推定する。
【0006】
【数1】

式(1)において、Ceは推定点における推定濃度、lは濃度実測点iと濃度推定点jとの距離、uは正の値をとるパラメータ、Cは濃度実測点iで計測された実測濃度値である。
【0007】
しかしながら、非特許文献1の逆距離加重法は、濃度実測点iと濃度推定点jの距離lのみに基づいた重みを用い、重み付け平均によって濃度を推定する方法の為、得られる濃度推定結果には流体の流れの影響が反映されない。その為、実際の流体プロセスなど流体成分輸送に対する流動の寄与が非常に大きい流体系では、流速が大きい場合と小さい場合で濃度分布が大きく異なるにもかかわらず、同じ濃度分布が推定されてしまう。したがって、流体の流れによる流体成分の輸送が支配的となる流体系に対しては、適用することは困難である。
【0008】
本発明は、上記実情に鑑みて考案されたものであり、複雑な3次元の流れ場を有する流体系に対しても、複数点の限られた実測濃度のみから、濃度計測手段の配置に制約を与えることなく流体全体における対象成分の濃度を推定できる流体系における物質成分の濃度推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明は、物質成分が濃度分布を有する流体系における物質成分の濃度推定方法であって、前記流体系において設定された2以上の任意の濃度実測点において、該濃度実測点に配置した濃度計測手段により物質成分の濃度を計測、または前記濃度実測点において採取したサンプル中の物質成分濃度を計測する濃度計測ステップと、前記流体系において設定された任意の濃度推定点において、実験的にまたは数値流体シミュレーションにより求めた該濃度推定点における前記流体系の流れ場に関する指標を取得し、前記指標と前記濃度計測ステップで計測した濃度とに基づき、前記濃度推定点における物質成分の濃度を推定する推定ステップと、を含むことを特徴とする。
【0010】
また、本発明の流体系における物質成分の濃度推定方法は、上記発明において、前記指標は、前記流体が前記濃度実測点と前記濃度推定点との間で移動するのに要する時間であることを特徴とする。
【0011】
また、本発明の流体系における物質成分の濃度推定方法は、上記発明において、前記指標は、前記流体が前記濃度実測点から前記濃度推定点まで間を移動するのに要する下流側伝達時間と、前記流体が前記濃度推定点から前記濃度実測点まで移動するのに要する上流側伝達時間とであり、前記推定ステップは、前記下流側伝達時間と前記上流側伝達時間とに対し単調非増加関数となる重み関数を用いて前記濃度推定点に対する前記濃度実測点の重みを算出し、該重みと計測した物質成分濃度との重み付き平均を前記濃度推定点における物質成分の濃度として推定することを特徴とする。
【0012】
また、本発明の流体系における物質成分の濃度推定方法は、上記発明において、前記推定ステップは、前記濃度推定点に対する前記濃度実測点の重み関数の算出に際し、前記下流側伝達時間と前記上流側伝達時間の小さいほうの値を最小伝達時間として選択し、前記最小伝達時間に対し単調非増加関数となる重み関数を用いて前記濃度推定点に対する前記濃度実測点の重みを算出し、該重みと計測した物質成分濃度との重み付き平均を前記濃度推定点における物質成分の濃度として推定することを特徴とする。
【0013】
また、本発明の流体系における物質成分の濃度推定方法は、上記発明において、物質成分の供給および/または排出が非定常的に行われる流体系における物質成分の濃度推定方法であって、前記濃度推定点における濃度推定時間を指定する推定時間指定ステップと、を含み、前記濃度計測ステップは、前記濃度実測点における前記物質成分の濃度を時系列で計測し、前記推定ステップは、前記濃度推定時間と前記下流側伝達時間と前記上流側伝達時間とに基づき決定される抽出時間における前記濃度実測点の実測濃度と前記重みとの重み付き平均を前記濃度推定点における前記物質成分の濃度として推定し、前記抽出時間は、前記下流側伝達時間に対し単調非増加関数であり、かつ前記濃度推定時間および前記上流側伝達時間に対し単調非減少関数となることを特徴とする。
【0014】
また、本発明の流体系における物質成分の濃度推定方法は、上記発明において、前記抽出時間は、前記下流側伝達時間と前記上流側伝達時間のうち、下流側伝達時間のほうが小さい場合は、前記濃度推定時間から下流側伝達時間だけ以前の時間を前記抽出時間とし、上流側伝達時間のほうが小さい場合は、前記濃度推定時間から上流側伝達時間だけ以後の時間を前記抽出時間として、前記濃度推定点における前記物質成分の濃度を推定することを特徴とする。
【0015】
また、本発明の流体系における物質成分の濃度推定方法は、上記発明において、前記抽出時間において前記濃度実測点で前期物質成分の濃度が計測されていない場合は、計測された時系列濃度測定値から抽出時間における濃度を補間、補外したものを前記抽出時間における実測濃度として前記濃度推定点の濃度を推定し、または前記抽出時間に最も近い時間に計測された前期物質成分の濃度を前記抽出時間における実測濃度として前記濃度推定点の濃度を推定することを特徴とする。
【0016】
また、本発明の流体系における物質成分の濃度推定方法は、上記発明において、前記流体系は溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛であって、前記推定ステップは、前記溶融亜鉛めっきポット内の流体としての溶融亜鉛が前記濃度実測点と前記濃度推定点との間を移動するのに要する時間を前記指標として前記重みを算出し、前記濃度計測ステップで計測した溶融亜鉛中のアルミニウム濃度を前記物質成分濃度として前記溶融亜鉛めっきポット内の濃度推定点における溶融亜鉛中のアルミニウム濃度を推定することを特徴とする。
【0017】
また、本発明は、物質成分が濃度分布を有する流体系における物質成分の濃度分布推定方法であって、上記に記載の方法を使用して設定されたすべての濃度推定点における物質成分の濃度を推定し、該推定した濃度により実測濃度を補間して、流体系の物質成分の濃度分布を求めることを特徴とする。
【0018】
また、本発明は、物質成分が濃度分布を有する流体系における物質成分の濃度モニタリング方法であって、上記に記載の方法により推定した流体系における物質成分の濃度分布データから、任意の断面の濃度分布データを抽出し、抽出した物質成分の濃度分布データを可視化することを特徴とする。
【0019】
また、本発明は、溶融亜鉛めっきポット内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウム濃度管理方法であって、上記に記載の流体系における物質成分の濃度推定方法により推定した前記溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛中のアルミニウム濃度データから、前記流体系内の所定の領域における溶融亜鉛中のアルミニウムの濃度を抽出する濃度抽出ステップと、抽出した濃度が、所定の閾値範囲内であるか否かを判定する判定ステップと、前記判定ステップにおいて、前記濃度が閾値範囲外と判定された場合に、その旨を警告する警告ステップと、を含むことを特徴とする。
【0020】
また、本発明の溶融亜鉛めっき鋼板は、上記に記載の溶融亜鉛めっきポット内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウム濃度管理方法を用いて製造したことを特徴とする。
【0021】
また、本発明は、物質成分が濃度分布を有する流体系における物質成分の濃度推定装置であって、前記流体系において設定された2以上の任意の濃度実測点において、該濃度実測点における対象成分の濃度を計測するか、または前記濃度実測点において採取したサンプル中の物質成分濃度を計測する濃度計測手段と、実験的または数値流体シミュレーションにより求めた、前記流体系において任意に設定された濃度推定点における前記流体系の流れ場に関する指標を記憶する記憶手段と、前記濃度計測手段により計測された物質成分の実測濃度と、前記記憶手段に記憶された前記濃度推定点の流れ場に関する指標とに基づき、前記濃度推定点における物質成分の濃度を推定する濃度推定手段と、を備えることを特徴とする。
【0022】
また、本発明の流体系における物質成分の濃度推定装置は、上記発明において、前記指標は、前記流体が前記濃度実測点と前記濃度推定点との間で移動するのに要する時間であることを特徴とする。
【0023】
また、本発明の流体系における物質成分の濃度推定装置は、上記発明において、前記記憶手段は、前記濃度推定手段が推定した物質成分の濃度により実測濃度を補間した濃度分布データを記憶し、前記濃度分布データから、任意の断面の濃度分布データを抽出し、抽出した濃度分布データを可視化する濃度データ抽出手段と、前記濃度データ抽出手段により可視化された、任意の断面の物質成分の濃度分布データを表示する表示手段と、を備えることを特徴とする。
【0024】
また、本発明の流体系における物質成分の濃度推定装置は、上記発明において、前記濃度データ抽出手段は、前記濃度分布データから前記流体系内の所定の領域における物質成分の濃度を抽出し、抽出した濃度が、所定の閾値範囲内であるか否かを判定する判定手段を備え、前記表示手段は、前記判定手段が前記濃度が閾値範囲外と判定した場合に、その旨の警告を表示することを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、実験的にまたは数値流体シミュレーションにより求めた濃度推定点における流体系の流れ場に関する指標に基づき流体における物質成分の濃度を推定するようにしたので、流体の流れによる物質成分の輸送が支配的となる流体系に対しても精度よく濃度推定することができる。また、本発明では、単純な1次元流れの流体系のみならず複雑な3次元流れとなる流体系まで、幅広い流動状態の流体系に対しても適応することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、流体系のモデルの一例を示す図である。
【図2】図2は、図1の流体系における下流側伝達時間を説明する図である。
【図3】図3は、図2における下流側伝達時間を算出するための濃度と時間の相関図である。
【図4】図4は、図1の流体系における上流側伝達時間を説明する図である。
【図5】図5は、図4における上流側伝達時間を算出するための濃度と時間の相関図である。
【図6】図6は、数値流体シミュレーションを用いた重みWの算出手順を示すフローチャートである。
【図7】図7は、図6で算出した重みを用いた濃度推定処理にかかるフローチャートである。
【図8】図8は、図6で算出した重みを用いた、物質成分の供給および/または排出が非定常的に行われる流体系における濃度推定処理のフローチャートである。
【図9】図9は、本発明の適用対象となる水槽を概念的に示した側面図である。
【図10】図10は、図9の水槽の上面図である。
【図11】図11は、本発明の実施の形態1にかかる流体系の濃度推定装置の構成例を模式的に示すブロック図である。
【図12】図12は、図9の水槽の中央を通る水平断面における濃度分布を示す図である。
【図13】図13は、従来方法(逆距離加重法)を使用して推定した水槽の中央を通る水平断面における濃度分布を示す図である。
【図14】図14は、水槽内の濃度計の追加設置位置を示す図である。
【図15a】図15aは、水槽内の位置P―11で測定された食塩濃度の時間推移を示す図である。
【図15b】図15bは、水槽内の位置P―12で測定された食塩濃度の時間推移を示す図である。
【図15c】図15cは、水槽内の位置P―13で測定された食塩濃度の時間推移を示す図である。
【図15d】図15dは、水槽内の位置P―14で測定された食塩濃度の時間推移を示す図である。
【図15e】図15eは、水槽内の位置P―15で測定された食塩濃度の時間推移を示す図である。
【図15f】図15fは、水槽内の位置P―16で測定された食塩濃度の時間推移を示す図である。
【図16a】図16aは、図9の水槽の中央を通る水平断面における食塩濃度分布を示す図である(流入食塩水濃度変化より1分後)。
【図16b】図16bは、図9の水槽の中央を通る水平断面における食塩濃度分布を示す図である(流入食塩水濃度変化より2分後)。
【図16c】図16cは、図9の水槽の中央を通る水平断面における食塩濃度分布を示す図である(流入食塩水濃度変化より3分後)。
【図16d】図16dは、図9の水槽の中央を通る水平断面における食塩濃度分布を示す図である(流入食塩水濃度変化より4分後)。
【図16e】図16eは、図9の水槽の中央を通る水平断面における食塩濃度分布を示す図である(流入食塩水濃度変化より5分後)。
【図16f】図16fは、図9の水槽の中央を通る水平断面における食塩濃度分布を示す図である(流入食塩水濃度変化より6分後)。
【図17】図17は、本発明の適用対象となる溶融亜鉛めっきポットを概念的に示した側面図である。
【図18】図18は、本発明の実施の形態2にかかる流体系の濃度推定装置の構成例を模式的に示すブロック図である。
【図19】図19は、図17の溶融亜鉛めっきポットのシンクロール軸中央から所定の鉛直断面における溶融亜鉛中のアルミニウム濃度分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、添付図面を参照しながら本発明に係る流体系における物質成分の濃度推定方法、濃度分布推定方法、濃度モニタリング方法および溶融亜鉛めっきポット内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウム濃度管理方法、ならびに流体系における物質成分の濃度推定装置の好適な実施の形態について詳細に説明する。ここで、流体系とは、温度推定や濃度推定の対象となる流体と、対象流体の流動挙動や熱挙動や物質濃度挙動に影響を与える周囲の部位、たとえば流体容器、流体中の構造物、加熱装置、流体の流入出部位などを含む系である。なお、本明細書において、流体とは、液体、気体などの一定の形状を有しない液状態、気体状のものに加え、砂などの固体粒子群を例とする流動性を有する物質を含むものとする。
【0028】
本発明は、流体系の流れが特に重要となる対象、例えば、流体が流れる容器内が仕切り板で部分的に区切られている流体設備等に適用される。このような流体設備に対して、上述した非特許文献1のように濃度推定点と濃度実測点との距離という幾何学的な情報のみを指標として重みを算出し、重み付け平均により物質成分の濃度推定を行なうと、仕切り板の有無にかかわらず濃度推定点と濃度実測点の直線距離を指標として濃度推定を行うため、仕切り板を越えて連続となる濃度分布が推定されてしまう。しかしながら、現実の物質成分濃度は、前記流体設備では仕切り板により流体の流れがさえぎられて仕切り板を境に不連続となるため、現実の濃度分布と大きく異なる濃度分布を推定することになり好ましくない。
【0029】
そこで、仕切り板などによる濃度の不連続現象までうまく推定できる濃度推定方法について熟考した結果、流体系の流れに基づく指標を用いる本発明を思いついた。本発明では、移流拡散によって流体が濃度実測点iから濃度推定点jへ移動するのに要する時間τ1ij、および流体が濃度推定点jから濃度実測点iへ移動するのに要する時間τ2ijを濃度推定の指標として用いる。そして2つの指標値(τ1ij2ij)に対し、単調非増加関数となるような重み関数f(τ1ij2ij)を用い、濃度推定点jにおける濃度実測点iの重みをW(τ1ij2ij)として算出し、各濃度実測値Cと該重みを用いた重み付き平均によって濃度推定を行う。
【0030】
具体的には、濃度推定点jの推定濃度Ceと濃度実測点iの濃度Cとの関係は、式(2)にて表される。
【数2】

【0031】
τ1ijは濃度実測点iから見て流れの下流側の濃度推定点jの方向へ流体が移動するのに要する時間なので、下流側伝達時間と呼び、同様に、τ2ijは濃度実測点iから見て流れの上流側の濃度推定点jの方向から流体が移動するのに要する時間なので、上流側伝達時間と呼ぶ。また、以下、下流側伝達時間と上流側伝達時間の対(τ1ij、τ2ij)を伝達時間と呼ぶ。伝達時間は、移流拡散によって流体が濃度実測点iから濃度推定点jへ移動するのに要する時間および濃度推定点jから濃度実測点iへ流体が移動するのに要する時間と対応する指標であれば何でも良く、定義方法は特に限定されない。
【0032】
流体力学の原理によると、流体系において流体がある2点間を移動する時間は、流体中の熱エネルギーや流体中に含まれる物質成分が2点間を移動する際にかかる時間と等価であることが知られている。よって、伝達時間は、流体の濃度や流体中に溶解している成分の濃度や温度を実測したり、あるいは計算することにより算出することができる。したがって、移流拡散によって物質成分が濃度実測点iから濃度推定点jへ移動するのに要する時間を下流側伝達時間と、物質成分が濃度推定点jから濃度実測点iへ移動するのに要する時間を上流側伝達時間と定義することもできる。
【0033】
ここで、図1〜図5を参照して、流体系における濃度推定の指標となる下流側伝達時間τ1ij、上流側伝達時間τ2ijを熱の移動により算出する方法について説明する。図1は、上部が開放された容器に流体が収容された流体系のモデルの一例を示す図である。図2は、図1の流体系における下流側伝達時間τ1ijを説明する図である。図3は、図2における下流側伝達時間τ1ijを算出するための濃度と時間の相関図である。図4は、図1の流体系における上流側伝達時間τ2ijを説明する図である。図5は、図4における上流側伝達時間τ2ijを算出するための濃度と時間の相関図である。
【0034】
図1に示すように、流体系1は、上部が開放された容器2に流体4を収容し、容器2内部には、流体4の流れを妨げる仕切り板3が配置されている。容器2内の左側には黒丸で示す濃度実測点i、右側には白丸で示す濃度推定点jが配置される。容器2内の流体4は、破線で示すように、上部液面近辺は左から右に流れ、仕切り板3で一旦下降し、その後上昇した後、右側壁面で再度上部から下部に下降し、底面近辺において右から左方向に流れを変え、再度左側壁面で下部から上部に上昇するように流れている。
【0035】
流体系1において、黒丸で示す位置P−1に配置する濃度実測点iから白丸で示す位置P−2に配置する濃度推定点jへの物質成分の移動は、図2の破線矢印で示す流体4の流れとともに実線矢印のように移動する。物質成分が濃度実測点iから濃度推定点jへ移動するのに要する下流側伝達時間τ1ijは、図2に示すように、濃度実測点iである位置P−1で物質成分を供給し、位置P−1から流体4の流れとともに移動する物質成分(図2の実線矢印)を濃度推定点jである位置P−2で計測することにより行うことができる。図3に示すように、濃度推定点jにおいて初期濃度Cから閾値濃度Cまで濃度が上昇するのに要した時間を下流側伝達時間τ1ijとして算出できる。
【0036】
同様に、流体系1において、白丸で示す位置P−2に配置する濃度推定点jから黒丸で示す位置P−1に配置する濃度実測点iへの物質成分の移動は、図4の破線矢印で示す流体4の流れとともに実線矢印のように移動する。物質成分が濃度推定点jから濃度実測点iへ移動するのに要する上流側伝達時間τ2ijは、図4に示すように、濃度推定点jである位置P−2で物質成分を供給し、位置P−2から流体4の流れとともに移動する物質成分(図4の実線矢印)を濃度実測点iである位置P−1で計測することにより行う。図5に示すように、濃度実測点iにおいて初期濃度Cから閾値濃度Cまで濃度が上昇するのに要した時間を上流側伝達時間τ2ijとして算出できる。
【0037】
あるいは、流体に熱供給し、温度計で温度上昇を測定することにより、伝達時間を算出することが出来る。流体系の濃度実測点iと濃度推定点jを設定し、まず濃度実測点iの位置で発熱させ、濃度推定点jの位置で温度計を用いて温度を計測する。発熱させてから流体温度がある閾値を超えるまでにかかる時間τ1ijを計測する。さらに、濃度推定点jで発熱させ、濃度実測点iの位置で温度を計測し、閾値を越えるまでにかかる時間τ2ijを計測することにより、伝達時間(τ1ij、τ2ij)を実測することができる。
【0038】
なお、数値流体シミュレーションを用いて、上記実験と同様の数値シミュレーションを行うことによっても伝達時間を算出することができる。
【0039】
以下、数値流体シミュレーションを用いて伝達時間を算出する方法を例にして、濃度推定点jにおける濃度算出方法について説明する。まず、上述した式(2)における重みW(τ1ij、τ2ij)の算出方法の具体的な手順を、図6を参照して説明する。図6は、数値流体シミュレーションを用いた重みW(τ1ij、τ2ij)の算出手順を示すフローチャートである。
【0040】
まず、数値流体シミュレーションを用い、流体系の代表的な境界条件を設定した後(ステップS101)、設定した境界条件に基づいて流れ場を算出する(ステップS102)。
【0041】
流れ場計算は、対象の流体系の特徴にあわせて、2次元、3次元のいずれでも可能である。流れ場計算は、流体の流れ場と濃度場を計算することができる流体解析ソルバーならば、市販品を含め何を用いても良く、例えば、ANSYS FLUENT(登録商標)などにより流れ場計算を行うことができる。
【0042】
次に、流体系の濃度実測点i(i=1〜N)と濃度推定点j(j=1〜M)を設定し(ステップS103)、設定した濃度実測点i(i=1〜N)と濃度推定点j(j=1〜M)から重みWijを算出する濃度実測点iと濃度推定点jを指定する(ステップS104)。なお、濃度実測点の数Nは、少なくとも2以上設定するものとする。
【0043】
続いて、流体系全体に初期濃度C(mass%)を与えるとともに(ステップS105)、濃度実測点iの位置に物質成分供給量S(kg/s)を設定する(ステップS106)。この条件で濃度分布の非定常計算を行い(ステップS107)、濃度推定点jにおける濃度上昇挙動を計算する。濃度推定点jの濃度が閾値濃度C(mass%)に到達したら、濃度がCからCに到達するまでにかかった時間τ1ijを記録する(ステップS108)。τ1ijが下流側伝達時間となる。初期濃度C(mass%)は、伝達時間に影響を与えない値なので、どのような値を与えても良い。物質成分供給量S(kg/s)および閾値濃度C(mass%)に関しては、対象の流体系によって最適値が異なる。例えば、溶融亜鉛めっきポット、溶銑保持炉およびタンディッシュの一般的な場合、S=50(kg/s)、C=C+1(mass%)程度とすればよい。
【0044】
同様にして、流体系全体に初期濃度Cを与えた後(ステップS109)、濃度推定点jの位置に物質成分供給量S(kg/s)を与え(ステップS110)、濃度分布の非定常計算を行い(ステップS111)、濃度実測点iの位置の濃度がCからCに到達するまでにかかった時間τ2ijを記録する(ステップS112)。τ2ijが上流側伝達時間となる。
【0045】
以上のようにして、濃度実測点iと濃度推定点jとの間の伝達時間(τ1ij、τ2ij)を得た後、後述するガウス分布関数などの重み関数W(τ1ij、τ2ij)を用いて重みWijを算出する(ステップS113)。
【0046】
ここで、重み関数W(τ1ij、τ2ij)は、任意のτ2ijに対してτ1ijの単調非増加関数となり、かつ任意のτ1ijに対してτ2ijの単調非増加関数となるような関数である。すなわち、下式(3)となる関数である。
【数3】

【0047】
このW(τ1ij、τ2ij)は流体系の空間スケールや流速スケール、濃度実測点配置間隔などによって最適な関数形が変わってくるが、比較的幅広い対象に利用できる重み関数Wとしては、下式(4)に示す最小伝達時間を用いたガウス分布関数を用いるのが最も望ましい。
【数4】

【0048】
式(4)におけるτminは最小伝達時間であり、(τ1ij、τ2ij)のうち小さいほうの値として定義される。σはガウス分布の標準偏差であり、σを大きくして推定・補間すると空間的に平滑化した濃度分布となり、σを小さくして推定・補間すると急峻な濃度分布となる。対象となる流体系によってσの最適値は異なるが、一般的な溶融亜鉛めっきポットの場合はσ=60sec程度を用いると良い。
【0049】
また、濃度実測点iの近傍に物質成分供給源や物質成分排出源があり、かつ物質成分供給源や物質成分排出源が濃度実測点iから見て流れの上流側にある場合には、重み関数Wは、式(4)の代わりに下流側伝達時間τ1ijを用いたガウス分布関数(下式(5))を用いる。
【数5】

【0050】
同様に、濃度実測点iの近傍に物質成分供給源や物質成分排出源があり、かつ物質成分供給源や物質成分排出源が濃度実測点iから見て流れの下流側にある場合には、重み関数Wは、式(4)の代わりに上流側伝達時間τ2ijを用いたガウス分布関数(下式(6))を用いる。
【数6】

【0051】
上述のようにして重みWijを算出するが、流体系全体の濃度分布を推定し、可視化するためには、流体系全体に設定した濃度推定点j(j=1〜M)について各濃度実測点i(i=1〜N)との間の重みWijを算出し(ステップS114)、算出した重みWijをデータベースとして格納しておくことが好ましい(ステップS115)。
【0052】
以上のように、重みWijを求めた後、重みWijを用いて任意の濃度推定点jにおける濃度を算出する。続いて、濃度推定点jにおける濃度推定処理を、図7を使用して説明する。図7は、図6の処理により算出した重みWijを用いた濃度推定処理にかかるフローチャートである。
【0053】
まず、流体系において、設定した濃度実測点i(i=1〜N)において、濃度計測手段により濃度を測定し、濃度実測値C(i=1〜N)を取得する(ステップS201)。続いて、濃度を推定する濃度推定点jを指定し(ステップS202)、指定された濃度推定点jに対する濃度実測点i(i=1〜N)毎の重みWij(i=1〜N)をデータベースから取得する(ステップS203)。ステップS201で取得した濃度実測値C(i=1〜N)とステップS202において取得した重みWij(i=1〜N)とを、下記式(7)に当てはめて重み付平均処理を行い、濃度推定点jに対する推定濃度Ceを算出する(ステップS204)。
【数7】

【0054】
一方、同様の流体系において、物質成分の供給および/または排出が非定常的に行われ、経時的に変動する濃度を推定する場合は、濃度推定時間taを指定し、該濃度推定時間taと、流体系の流れ場の指標である下流側伝達時間τ1ijと上流側伝達時間τ2ijとにより抽出時間tbijを決定した後、濃度Ceを推定するのが好ましい。本発明では、下流側伝達時間τ1ijと上流側伝達時間τ2ijとに対し単調非増加関数となる重み関数W(τ1ij、τ2ij)を用いて濃度推定点jに対する濃度実測点iの重みWijを算出し、前記重みWijと実測濃度Cとの重み付き平均を濃度推定点jの濃度Ceとして推定しているが、非定常的に物質成分が供給および/または排出されている系では濃度実測点iの濃度Cも経時的に変動している。したがって、下流側伝達時間τ1ijおよび/または上流側伝達時間τ2ijが大きい場合、濃度推定時間taにおける濃度推定点jの物質成分の濃度を推定する際に、濃度推定時間taの実測濃度C(ta)をそのまま重み付き平均の算出に使用すると、流れ場を反映することができず、正確な推定を行うことができない場合がある。このため、物質成分の供給および/または熱排出が非定常的に行われる流体系において物質成分の濃度を推定する際には、濃度推定時間taに対し流体系の流れ場を考慮した抽出時間tbijの実測濃度C(tbij)を重み付き平均の算出に使用することにより、非定常的に物質成分が供給および/または排出される流体系において、濃度推定点jの経時的に変動する物質成分の濃度Ceをより正確に推定することができる。
【0055】
物質成分の供給および/または排出が非定常的に行われる流体系においても、上記したのと同様に、数値流体シュミュレーションを用いて、下流側伝達時間τ1ijおよび上流側伝達時間τ2ijを算出し、単調非増加関数となる重み関数W(τ1ij、τ2ij)を用いて重みWijを算出し、算出した重みWijおよび下流側伝達時間τ1ij、上流側伝達時間τ2ijは、データベースとして格納しておく。
【0056】
重みWijと抽出時間tbijにおける濃度実測値C(tbij)とを用いて濃度推定点jにおける物質成分の濃度を算出する。濃度推定点jにおける濃度推定処理について、図8を使用して説明する。図8は、図6の処理により算出した重みWijおよび抽出時間tbijにおける濃度実測値C(tbij)を用いた濃度推定処理にかかるフローチャートである。
【0057】
まず、設定した濃度実測点i(i=1〜N)において、物質成分の濃度Cの時間推移を測定し、時系列の濃度実測値C(t)[i=1〜N、tは測定された時間]を取得する(ステップS301)。続いて、物質成分の濃度を推定する濃度推定点jを指定するとともに(ステップS302)、濃度を推定する時間である濃度推定時間taを指定する(ステップS303)。そして、指定された濃度推定点jに対する濃度実測点i(i=1〜N)毎の下流側伝達時間τ1ij、上流側伝達時間τ2ijおよび重みWij(i=1〜N)をデータベースから取得し(ステップS304)、取得した下流側伝達時間τ1ij、上流側伝達時間τ2ijと濃度推定時間taから、濃度の抽出時間tbij=tb(ta、τ1ij、τ2ij)を決定する(ステップS305)。ここでtb(ta、τ1ij、τ2ij)は、下式(8)に示すように、τ1ijの単調非増加関数かつta、τ2ijの単調非減少関数となる。
【数8】

【0058】
この抽出時間関数tb(ta、τ1ij、τ2ij)はさまざまな関数系が考えられるが、比較的幅広い対象に利用できる抽出時間関数tbijとしては、下式(9)に示すものが望ましい。すなわち、下流側伝達時間τ1ijが上流側伝達時間τ2ijより小さければ、濃度推定時間taから下流側伝達時間τ1ijだけ以前の時間を抽出時間tbijとし、上流側伝達時間τ2ijが下流側伝達時間τ1ijより小さければ、濃度推定時間taから上流側伝達時間だけ以後の時間を抽出時間tbijとする。
【数9】

【0059】
ステップS305で決定した抽出時間tbijにおける濃度実測値C(tbij)[i=1〜N]をステップS301で求めた時系列の濃度実測値C(t)から取得し、ステップS304で取得した重みWij(i=1〜N)と濃度実測値C(tbij)とを、下式(10)に当てはめて重み付平均処理を行い、濃度推定点jに対する推定濃度Ceを算出する(ステップS306)。濃度推定点jが複数ある場合は、ステップS301〜ステップS306を繰り返し行い、各濃度推定点j(j=1〜M)における推定濃度Ceを繰り返し算出する。
【数10】

【0060】
もし抽出時間tbijにおける濃度実測値C(tbij)が未知の場合は、既知の濃度データから抽出時間における濃度を補間、補外する、もしくは最も抽出時間tbijに近い時間に測定された物質成分の濃度を濃度実測値C(tbij)とすればよい。たとえば、リアルタイムで濃度推定を行っている場合は現在時間より以後の時間における濃度実測値Cはすべて未知となる。このとき、ある濃度推定点iと濃度実測点jにおいて、上流側伝達時間τ2ijが下流側伝達時間τ1ijより小さくなったとき、抽出時間tbijは現在時間よりも以後の時間となるため、濃度実測値Cは未知となる。そのようなときは、たとえば現在時間tを抽出時間tbijとし、現在測定されている濃度C(t)を濃度実測値Cとして用いればよい。
【0061】
上述したように、流体系全域に濃度推定点j(j=1〜M、Mは複数)を配置し、各濃度推定点jに対してそれぞれ濃度実測点iとの重みWijを作成してデータベースに保存しておくことにより、図7に示すようにして、濃度実測値C(i=1〜N)と重みWijを読み込み、式(7)に代入するだけで、複数の濃度推定点jの濃度Ceを算出して、瞬時に流体系全体の濃度分布を推定することができる。また、各濃度推定点jに対する濃度実測点iとの重みWijに加えて、下流側伝達時間τ1ij、上流側伝達時間τ2ijとをデータベースに保存しておくことにより、物質成分の供給および/または排出が非定常的に行われる流体系において、流体系の流れ場を考慮した抽出時間tbijを、濃度推定時間taと下流側伝達時間τ1ijと上流側伝達時間τ2ijとにより決定し、図8に示すようにして、抽出時間tbijの濃度実測値C(tbij)と重みWijとを、式(10)に代入するだけで、複数の濃度推定点jにおける物質成分の濃度Ceを算出して、瞬時に流体系全体の物質成分の濃度分布を推定することができる。よって、リアルタイムの計算が不可欠な産業プロセスのオンラインモニタリングにも十分に活用でき、操業管理や制御機構に利用することが可能となる。また、本発明では、流体系の任意の位置における物質成分の濃度を推定することができるため、濃度計測が困難な部位の濃度をも取得することが可能となり、流体系において物質成分の高精度な濃度把握が可能となる。
【0062】
一方、上記した濃度推定結果を等値線図などで可視化する場合は、濃度推定点jは注目している現象を再現できる空間分解で配置するとよい。例えば、溶融亜鉛めっき浴の濃度分布をモニタリングする場合は、浴中ロールや鋼板などの流体内部の構造物形状が再現できるレベル以上の解像度が望ましい。ただし、本発明の濃度推定方法によれば、空間の推定点間隔を荒くしても各点の濃度推定精度は悪化しないので、必ずしも物理現象をすべて再現できる解像度は必要ではなく、必要に応じて濃度推定点の数を増減させて調整してもかまわない。また、可視化は、同一濃度の地点を曲線で結んだ等値線図として表すほか、等値線図に色彩を施したり、濃度を色分けのみで示してもよい。
【0063】
なお、モニタリング装置としては異なる2つの時刻tとt+Δt(Δt>0)における物質成分の濃度分布を用いて、上記手法でそれぞれ濃度分布を算出し、時刻t+Δtにおける濃度推定値から時刻tにおける濃度推定値を差し引いた値を計算して図示する方法も効果的である。この方法を用いると、時間の経過とともに濃度が上昇しているところでは正の値となり、濃度が下降しているところでは負の値となるため、濃度変化の分布を捉えやすくなる。最適な時間幅Δtは観測したい現象の時間スケールによって変わる。たとえば溶融亜鉛めっきポットでは、様々な時間スケールの現象が起こっているので、1分程度から1時間程度まで複数の時間幅Δtに対して濃度変化の分布を取得すると良い。なお上記の物質成分の濃度モニタリングを行う場合は、物質成分の供給および/または排出が非定常的に行われる流体系における物質成分の濃度を推定する、式(9)および式(10)の方法による濃度推定値Ceを用いることが好ましい。
【0064】
(実施の形態1)
本発明の実施の形態1として、水槽における物質成分の濃度推定および濃度分布の可視化について説明する。図9は、本発明の実施の形態1の適用対象となる水槽を概念的に示した側面図である。図10は、図9の水槽の上面図である。
【0065】
図9および図10に示すように、水槽100は、奥行方向1m、幅方向1m、深さ0.5mの直方体形状の容器110を有し、容器110中は食塩水で満たされている。水槽100の左側の両角にパイプ101、102が配置されており、水および食塩水がそれぞれ注入されるようになっている。パイプ101からは水、パイプ102からは濃度10mass%の食塩水が注入される。また、水槽100の右手側中央にもパイプ103が配置されており、パイプ101、102から流入した水の総量と同じ量の食塩水が流出するようになっている。
【0066】
また、水槽100には、水槽100の幅方向の半分だけを区切った仕切り板104が配置されており、水槽100の中央を通る垂直断面105に対し、0.2mだけパイプ101側に寄った配置になっている。電気伝導度計106(106−1、106−2、106−3、106−4、106−5、106−6)は、図9および図10に×で示した位置(P−11、P−12、P−13、P−14、P−15、P−16)に配置される。電気伝導度計106の深さ方向の配置は、水槽100のちょうど中央深さとなる位置とした。
【0067】
図11は、本発明の実施の形態1にかかる流体系の濃度推定装置200の構成例を模式的に示すブロック図である。以下、濃度推定装置200による図9の水槽100内の食塩濃度推定および濃度分布の可視化を説明する。図11に示すように、濃度推定装置200は、入力部201と、表示部202と、記憶部203と、制御部204とを備える。
【0068】
入力部201は、水槽100内の食塩水の濃度推定に必要な情報等を入力する。入力部201は、キーボード、タッチパネルまたはマウス等を用いて実現される。操作者が入力部201を介して入力した情報は、制御部204に入力される。
【0069】
表示部202は、後述する濃度推定部205が推定した濃度情報、および濃度データ抽出部206が水槽100の特定断面の濃度を抽出し、等値線図化した濃度分布情報を画面表示する。表示部202は、CRTディスプレイ等の各種ディスプレイを用いて実現され、制御部204によって表示制御される各種情報を表示する。
【0070】
記憶部203は、水槽100内に設定された濃度実測点iおよび濃度推定点j毎に算出した重みWijをデータベースとして格納する。また、濃度推定部205が推定し作成した濃度分布データも記憶し、格納する。記憶部203は、RAMまたはフラッシュメモリ等の各種ICメモリ、あるいはハードディスクと、フロッピー(登録商標)ディスク、CD(Compact Disk)またはDVD(Digital Versatile Disk)等の光ディスク、あるいは光磁気ディスクに対してデータの読み取りまたは書き込みが可能なドライブとを用いて実現される。
【0071】
制御部204は、濃度推定装置200の各構成部の駆動制御と各構成部に入出力される情報に対する入出力制御および情報処理とを行う。制御部204は、濃度推定部205と、濃度データ抽出部206とを備える。制御部204は、CPU等を用いて実現される。
【0072】
濃度推定部205は、水槽100に配設された電気伝導度計106により計測された濃度実測点iにおける食塩水の実測濃度Cと、記憶部203に記憶された濃度実測点iおよび濃度推定点j毎に算出した重みWijとを、制御部204を介して取得し、取得した情報に基づき濃度推定点jの濃度Ceを推定する。また、濃度推定部205は、水槽100全体に設定された濃度推定点jの濃度を推定するとともに、推定濃度に濃度推定点jの位置情報を加えた濃度データを作成し、該濃度データにより濃度実測点iの実測濃度Cを補間して濃度分布データとする。制御部204は濃度推定部205が作成した濃度分布データを記憶部203に格納する。
【0073】
濃度データ抽出部206は、記憶部203が格納する濃度分布データから、予め設定されるか、または操作者が入力部201を介して指定した水槽100の任意の断面の食塩水の推定濃度データを抽出し、等値線図化する。
【0074】
本発明の実施の形態1において、記憶部203に格納する重みWij算出用の伝達時間は数値流体シミュレーションを用いて算出した。数値流体シミュレーションは有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−ε乱流モデルを利用した。上述した図6のステップS102における流れ場計算では、パイプ101上端から流量0.765L/sで水が流入し、パイプ102上端から流量1.531L/sで水が流入し、パイプ103下端では圧力一定で流出することとし、水槽100の上面は滑り条件、側壁、底壁は壁の対数則を用いた壁境界条件として境界条件を与えて計算を行った。また、図6のステップS103〜S112による伝達時間の算出は、食塩水の初期濃度0mass%、食塩供給量45kg/s、閾値濃度1mass%として計算した。濃度推定点jは0.04m間隔で配置し、水槽内全域に配置した。
【0075】
重み関数W(τ1ij、τ2ij)は、標準偏差σ=60sの最小伝達時間τminを用いたガウス分布とした。ただし、計算を簡単にするためτmin>180sでは重みが0となるようにした。すなわち、重み関数W(τ1ij、τ2ij)は、下式(11)とした。
【数11】

【0076】
電気伝導度計106による水槽100内の各位置(P−11、P−12、P−13、P−14、P−15、P−16)における実測濃度を表1に示す。
【表1】

【0077】
濃度推定部205は、表1に示された濃度実測データと、式(11)で計算され記憶部203に格納された重みWijを用いて、水槽100全体に設定した濃度推定点jの濃度Ceを推定する。また、濃度推定部205は、推定濃度に濃度推定点jの位置情報を加えた濃度データを作成し、該濃度データにより電気伝導度計106により計測された濃度実測点iの実測濃度Ceを補間して濃度分布データとする。制御部204は該濃度分布データを記憶部203に格納する。ここで、水槽100の中央を通る水平断面における食塩水の濃度分布について、濃度データ抽出部206が記憶部203の濃度分布データから抽出し、等値線図化したものを図12に示す。図12は、本発明の実施の形態1の手法により推定した水槽100の中央を通る水平断面における食塩水の濃度分布を示す図である。
【0078】
また、比較例として逆距離加重法を使って重み関数Wを算出し、本発明の実施の形態1と同様の手順で濃度推定を行い、推定した濃度から水槽100の中央を通る水平断面における食塩水の濃度分布を抽出し、等値線図化したものを図13に示す。図13は、従来方法(逆距離加重法)を使用して推定した水槽100の中央を通る水平断面における食塩水の濃度分布を示す図である。
【0079】
なお、比較例としての逆距離加重法では、重みWij’として下式(12)を使用した。
【数12】

【0080】
ここで、lijは濃度実測点iと濃度推定点jの直線距離であり、uは補間パラメータである。今回u=2を与えた。本実施の形態1の場合と同様に、表1に示した濃度実測データと式(12)で計算した重みWij’を用いて、水槽100全体の食塩濃度を推定し、水槽100の中央を通る水平断面における食塩水の濃度分布を抽出し、等値線図化した。
【0081】
本発明の実施の形態1と比較例を比較すると、図12および図13に示すように、本実施の形態1では仕切り板104を境に食塩水の濃度分布が不連続となっており、仕切り板104によって整流された流れ場の影響を反映した濃度分布を構築できている。一方、比較例では仕切り板104を乗り越えて食塩濃度が連続に補間されており、仕切り板104によって整流された流れ場の影響を反映できていない。以上より、本実施の形態1は従来例である逆距離加重法よりも流れ場の影響を反映できることが確認された。
【0082】
また、水槽100内の食塩水の濃度推定精度を定量的に検証するため、図14に示すように、水槽100内に電気伝導度計106(106−7、106−8、106−9)を追加して配設し、電気伝導時計106を追加設置した各位置(P−17、P−18、P−19)において食塩水濃度を計測するとともに、本実施の形態1および比較例により、位置P−17、P−18、P−19の食塩水濃度を推定した。図14は、水槽100内の電気伝導度計106の追加設置位置を示す図である。なお、追加設置した電気伝導度計106の水槽100の深さ方向の配置は、水槽100のちょうど中央深さとなる位置とした。
【0083】
表2に、電気伝導度計を追加設置した位置P−17、P−18、P−19における実測濃度、本実施の形態1による推定濃度、および比較例による推定濃度を示す。比較例に対し、本実施の形態1では、位置P−17、P−18、P−19各点の食塩水濃度が実測値に近い値となっており、本実施の形態1による濃度推定精度が優れていることを確認できた。
【0084】
【表2】

【0085】
以上のように、本実施の形態1によれば、水槽100等を含む流体系の任意の断面で流体を構成する物質成分の濃度を可視化することができるため、所望する物質成分の濃度分布を視覚的に捕らえることができる。また、本実施の形態1では、流体系の任意の位置において所望の物質成分濃度を推定することができるため、サンプリングが困難な流体設備や壁で区切られた空間がある流体系においても、所望の物質成分の濃度について取得することが可能となる。さらに、以上の効果に加え、本実施の形態1では、極めて短時間で流体系全体の所望する物質成分の濃度分布を予測可能なため、オンラインで濃度分布を推定・可視化でき、流体設備の操業管理などに活用できる利点がある。
【0086】
(実施の形態1の変形例1)
本発明の実施の形態1の変形例1として、実施の形態1と同じ水槽で、食塩濃度が時間変化する場合の食塩濃度分布推定を行う。パイプ101からは常に水が流入する。パイプ102からは一定流量の水または食塩水が流入するものとし、最初は食塩の含まれない水が流入し、途中から濃度10mass%の食塩水が注入される。電気伝導度計106(106−1、106−2、106−3、106−4、106−5、106−6)は、実施の形態1と同じ位置(P―11、P―12、P―13、P―14、P―15、P―16)に配置される。
【0087】
本変形例1において、下流側伝達時間τ1ij、上流側伝達時間τ2ij、重みWijを実施の形態1と同様に数値流体シミュレーションを用いて算出した。数値流体シミュレーションは有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−ε乱流モデルを利用した。流れ場計算では、パイプ101上端から流量0.765L/sで水が流入し、パイプ102上端から流量1.531L/sで水または食塩水が流入し、パイプ103下端では圧力一定で流出することとし、水槽の上面は滑り条件、側壁、底壁は壁の対数則を用いた壁境界条件として境界条件を与えて計算を行った。また、伝達時間の算出は、食塩水の初期濃度0mass%、食塩供給量45kg/s、閾値濃度1mass%として計算した。濃度推定点jは0.04m間隔で配置し、水槽内全域に配置した。
【0088】
重み関数W(τ1ij、τ2ij)は実施の形態1と同じく、式(11)の標準偏差σ=60s、最小伝達時間τminを用いたガウス分布とした。電気伝導度計106による水槽100内の各位置(P―11、P―12、P―13、P―14、P―15、P―16)において測定された食塩濃度の時間推移を図15a〜図15fに示す。図15a〜図15fは、水槽内の各位置(P―11、P―12、P―13、P―14、P―15、P―16)で測定された食塩濃度の時間推移を示す図である。なお、図15a〜図15fにおいて、時間0分は、パイプ102から流入する水の食塩水濃度が変化した時間である。
【0089】
水槽100の中央を通る水平断面における食塩濃度分布について、上記P―11〜P―16において測定された濃度実測値C(t)の時間推移データと式(9)と式(10)を用いて、濃度Ceを推定した。濃度推定時間taとして、パイプ102の食塩水濃度が10mass%に変わった時間から1分後、2分後、3分後、4分後、5分後、6分後の6つの時点を考え、それぞれに対して等値線図化した。図16a〜図16fは、図9の水槽の中央を通る水平断面における食塩濃度分布を示す図であり、パイプ102から流出する食塩水の濃度が10mass%に変化した時間から1分後(図16a)、2分後(図16b)、3分後(図16c)、4分後(図16d)、5分後(図16e)、6分後(図16f)の食塩水濃度の等値線図である。パイプ102の食塩水濃度が0mass%から10mass%に変わると、パイプ102に近い位置から徐々に食塩濃度が上昇していく様子がうまく現れており、濃度分布の時間推移が有る場合でも濃度分布を推定することができた。
【0090】
(実施の形態2)
溶融亜鉛めっきポットによる溶融亜鉛めっきラインは、自動車や建材などに利用される亜鉛めっき鋼板を製造する鉄鋼プロセスのひとつであり、図17に示すような溶融亜鉛めっきポットが用いられている。溶融亜鉛めっきラインでは鋼板303は、スナウトからめっきポット301中の溶融亜鉛に浸漬し、シンクロール302で方向転換後、めっきポット301から引上げられ、図示しない付着量制御装置でめっき付着量を調整後、冷却され、所定の後処理を施され、所要のめっき鋼板になる。鋼板303に付着して減少するめっき金属を補うために亜鉛系固相金属のインゴット304をめっきポット301で溶解する。
【0091】
溶融亜鉛めっきポット300では、鋼板303がめっきポット301を通過する間に、鋼板303から溶出した鉄がめっき浴中の主成分である亜鉛や少量添加されているアルミニウムと反応して、亜鉛鉄アルミ等から構成される金属間化合物、いわゆるドロスを生成する。前記ドロスが溶融亜鉛系めっき鋼板に付着することにより生じるめっき鋼板の表面欠陥は、溶融亜鉛系めっき鋼板のうちでも最も深刻な問題である。特に深刻なのは鋼板から溶出した鉄と亜鉛の反応によって生じた金属間化合物(FeZnなど)でボトムドロスと呼ばれるものであり、その大きさは球形換算の直径で5〜300ミクロンである。ドロスは、溶融亜鉛浴の鉄やアルミニウムの濃度分布によって大きく生成挙動が変化するため、溶融亜鉛浴の鉄・アルミニウムの濃度分布の管理がきわめて重要となる。
【0092】
本発明の実施の形態2では、上記の課題を解決する溶融亜鉛めっきポット300内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウムの濃度推定および濃度分布の可視化について説明する。
【0093】
図17に示すように、溶融亜鉛めっきポット300においてめっきポット301内の溶融亜鉛の容量は250(t)であり、操業条件はライン速度130(mpm)、板幅1,500(mm)とした。鋼板303への付着によって消費される亜鉛およびアルミニウムは、インゴット304の投入により補給される。溶融亜鉛めっきポット300内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウムの濃度分布を推定するために、めっきポット301内8ヶ所のサンプル採取位置(P−21、P−22、P−23、P−24、P−25、P−26、P−27、P−28)でサンプル採取を行った。
【0094】
サンプル採取位置を表3に示す。サンプル採取位置(P−21、P−22、P−23、P−24、P−25、P−26、P−27、P−28)は、図17のシンクロール302軸中央をとおる鉛直断面からの距離(手前方向)を表す。
【0095】
【表3】

【0096】
本実施の形態2において、実施の形態1と同様に、流れ場および伝達時間τijは数値流体シミュレーションを用いて算出した。数値流体シミュレーションは有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−ε乱流モデルを利用した。伝達時間τijは、めっきポット301内のアルミニウム初期濃度C=0mass%、アルミニウム投入速度S=44kg/s、閾値濃度C=1mass%として算出した。濃度推定点jは0.2(m)間隔の格子状配置とし、溶融亜鉛浴内全域に配置した。
【0097】
重み関数W(τ1ij、τ2ij)は、標準偏差σ=60(s)、最小伝達時間τminを用いたガウス分布とした。ただし、計算を簡単にするためτmin>180(s)では重みが0となるようにした。すなわち、重み関数W(τ1ij、τ2ij)は、下式(13)とした。算出した重みWijは、図18に示す記憶部403にデータベースとして格納される。または、伝達時間τijを格納し、式(13)により都度計算してもよい。図18は、本発明の実施の形態2にかかる流体系の濃度推定装置400の構成例を模式的に示すブロック図である。
【数13】

【0098】
図17に示すサンプル採取位置で採取したサンプルについて、オフラインで高周波誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法などにより分析しためっきポット301内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウムの濃度実測値を表4に示す。
【表4】

【0099】
オフラインで分析した溶融亜鉛浴のアルミニウム濃度は、操作者により入力部401を介し入力される。濃度推定部405は、表4に示すアルミニウムの濃度実測データと、(13)式で計算し、記憶部403にデータベースとして格納した重みWijとを用いて、めっきポット301全体に設定した濃度推定点jのアルミニウム濃度を算出する。また、濃度推定部405は、推定濃度に濃度推定点jの位置情報を加えた濃度データを作成し、該濃度データによりサンプル採取位置(濃度実測点i)で採取され、分析された実測濃度Cを補間して濃度分布データとする。制御部404は該濃度分布データを記憶部403に格納する。濃度データ抽出部406は、記憶部403が格納する濃度分布データから、予め設定されるか、または操作者が入力部401を介して指定しためっきポット301の任意の断面の溶融亜鉛中のアルミニウム推定濃度データを抽出し、等値線図化する。あるいは、抽出した濃度データから溶融亜鉛浴のアルミニウム平均濃度を算出後、前記断面における平均濃度からの差分値を算出し、該差分値について等値線図化してもよい。
【0100】
図19に、めっきポット301のシンクロール軸中央から手前方向に1.5mmの鉛直断面における溶融亜鉛浴のアルミニウム平均濃度からの差分値の等値線図を示す。図19によれば、本実施の形態2の手法による溶融亜鉛浴のアルミニウム濃度分布結果は、溶融亜鉛中の流動の影響もよく反映しており、本実施の形態2は、溶融亜鉛の流動効果を考慮したアルミニウム濃度分布を構築することができる。
【0101】
また、本実施の形態2において、図18に示すように、制御部404は、濃度推定部405と、濃度データ抽出部406とに加え、判定部407を備える。判定部407は、めっきポット301内の所定の領域、たとえば、表面欠陥に影響を与える鋼板303の表面と溶融亜鉛が接触する箇所や、シンクロール302と溶融亜鉛が接触する箇所や、シンクロール302上部と鋼板303で囲われた領域における溶融亜鉛中のアルミニウム濃度が所定の閾値内であるか否かを判定する。アルミニウム濃度の閾値は予め判定部407に入力されるか、操作者により入力部401を介して入力され、判定部407は、濃度データ抽出部406が抽出した所定の領域における溶融亜鉛中のアルミニウムの濃度が、溶融亜鉛浴のアルミニウムの目標濃度として設定された閾値内であるか否かを判定する。判定部407が、所定の領域における溶融亜鉛中のアルミニウム濃度が閾値範囲外と判定した場合、表示部402は、所定の領域における溶融亜鉛中のアルミニウム濃度が閾値外である旨を表示して操作者に警告する。本実施の形態2によれば、該警告に基づき、操作者がアルミニウム供給量を増加または低減させることにより、めっきポット301内のアルミニウム濃度の制御が可能となる。
【0102】
さらに、本実施の形態2では、めっきポット301の任意の断面における溶融亜鉛浴のアルミニウム濃度を可視化することができるため、アルミニウム濃度分布を視覚的に捕らえることができる。さらにまた、本実施の形態2によれば、めっきポット301の任意の位置における溶融亜鉛浴のアルミニウム濃度を推定することができるため、サンプリングが困難な鋼板近傍やシンクロール近傍のアルミニウム濃度についても取得することが可能となる。以上の効果に加え、本実施の形態2では、予め伝達時間をデータとして格納しておくことにより、アルミニウムの実測濃度を入力後、極めて短時間でめっきポット301内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウムの濃度分布を予測可能となる。したがって、将来的にアルミニウム濃度などの添加金属濃度をオンラインで測定される技術が確立されれば、溶融亜鉛浴の各種添加金属濃度をオンラインで可視化し、操業管理に活用できる利点が見込まれる。
【0103】
本明細書において、実施の形態として、水槽および溶融亜鉛めっきポットを例とする物質成分の濃度推定方法、濃度分布推定方法および濃度モニタリング方法、ならびに溶融亜鉛めっきポット内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウム濃度管理方法について説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0104】
以上のように、本発明の流体系における物質成分の濃度推定方法、濃度分布推定方法、濃度モニタリング方法および溶融亜鉛めっきポット内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウム濃度管理方法、ならびに流体系における物質成分の濃度推定装置は、本明細書にて例示した水槽および溶融亜鉛めっきポットだけでなく、たとえば化学プロセスや水処理設備など流体中の物質成分の濃度が重要となる対象に幅広く活用できる。また、同様の原理で濃度以外にも流体の温度推定ができるため、鉄鋼プロセスにおける連続鋳造鋳型や取鍋の温度分布推定など幅広い流体系に適用が可能である。
【符号の説明】
【0105】
1 流体系
2 容器
3 仕切り板
4 流体
100 水槽
101、102、103 パイプ
104 仕切り板
105 垂直断面
106 電気伝導度計
110 容器
200、400 濃度推定装置
201、401 入力部
202、402 表示部
203、403 記憶部
204、404 制御部
205、405 濃度推定部
206、406 濃度データ抽出部
407 判定部
300 溶融亜鉛めっきポット
301 めっきポット
302 シンクロール
303 鋼板
304 インゴット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物質成分が濃度分布を有する流体系における物質成分の濃度推定方法であって、
前記流体系において設定された2以上の任意の濃度実測点において、該濃度実測点に配置した濃度計測手段により物質成分の濃度を計測、または前記濃度実測点において採取したサンプル中の物質成分の濃度を計測する濃度計測ステップと、
前記流体系において設定された任意の濃度推定点において、実験的にまたは数値流体シミュレーションにより求めた該濃度推定点における前記流体系の流れ場に関する指標を取得し、前記指標と前記濃度計測ステップで計測した物質成分の濃度とに基づき、前記濃度推定点における物質成分の濃度を推定する推定ステップと、
を含むことを特徴とする流体系における物質成分の濃度推定方法。
【請求項2】
前記指標は、前記流体が前記濃度実測点と前記濃度推定点との間で移動するのに要する時間であることを特徴とする請求項1に記載の流体系における物質成分の濃度推定方法。
【請求項3】
前記指標は、前記流体が前記濃度実測点から前記濃度推定点まで間を移動するのに要する下流側伝達時間と、前記流体が前記濃度推定点から前記濃度実測点まで移動するのに要する上流側伝達時間とであり、
前記推定ステップは、前記下流側伝達時間と前記上流側伝達時間とに対し単調非増加関数となる重み関数を用いて前記濃度推定点に対する前記濃度実測点の重みを算出し、該重みと計測した物質成分濃度との重み付き平均を前記濃度推定点における物質成分の濃度として推定することを特徴とする請求項2に記載の流体系における物質成分の濃度推定方法。
【請求項4】
前記推定ステップは、前記濃度推定点に対する前記濃度実測点の重み関数の算出に際し、前記下流側伝達時間と前記上流側伝達時間との小さいほうの値を最小伝達時間として選択し、前記最小伝達時間に対し単調非増加関数となる重み関数を用いて前記濃度推定点に対する前記濃度実測点の重みを算出し、該重みと計測した物質成分濃度との重み付き平均を前記濃度推定点における物質成分の濃度として推定することを特徴とする請求項3に記載の流体系における物質成分の濃度推定方法。
【請求項5】
物質成分の供給および/または排出が非定常的に行われる流体系における物質成分の濃度推定方法であって、
前記濃度推定点における濃度推定時間を指定する推定時間指定ステップと、を含み、
前記濃度計測ステップは、前記濃度実測点における前記物質成分の濃度を時系列で計測し、
前記推定ステップは、前記濃度推定時間と前記下流側伝達時間と前記上流側伝達時間とに基づき決定される抽出時間における前記濃度実測点の実測濃度と前記重みとの重み付き平均を前記濃度推定点における前記物質成分の濃度として推定し、
前記抽出時間は、前記下流側伝達時間に対し単調非増加関数であり、かつ前記濃度推定時間および前記上流側伝達時間に対し単調非減少関数となることを特徴とする請求項4に記載の流体系における物質成分の濃度推定方法。
【請求項6】
前記抽出時間は、前記下流側伝達時間と前記上流側伝達時間のうち、下流側伝達時間のほうが小さい場合は、前記濃度推定時間から下流側伝達時間だけ以前の時間を前記抽出時間とし、上流側伝達時間のほうが小さい場合は、前記濃度推定時間から上流側伝達時間だけ以後の時間を前記抽出時間として、前記濃度推定点における前記物質成分の濃度を推定することを特徴とする請求項5に記載の流体系における物質成分の濃度推定方法。
【請求項7】
前記抽出時間において前記濃度実測点で前期物質成分の濃度が計測されていない場合は、計測された時系列濃度測定値から抽出時間における濃度を補間、補外したものを前記抽出時間における実測濃度として前記濃度推定点の濃度を推定し、または前記抽出時間に最も近い時間に計測された前期物質成分の濃度を前記抽出時間における実測濃度として前記濃度推定点の濃度を推定することを特徴とする請求項6に記載の流体系における物質成分の濃度推定方法。
【請求項8】
前記流体系は溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛であって、
前記推定ステップは、前記溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛が前記濃度実測点と前記濃度推定点との間を移動するのに要する時間を前記指標として前記重みを算出し、前記濃度計測ステップで計測した溶融亜鉛中のアルミニウム濃度を前記物質成分濃度として前記溶融亜鉛めっきポット内の濃度推定点における溶融亜鉛中のアルミニウム濃度を推定することを特徴とする請求項1〜7のいずれか一つに記載の流体系における物質成分の濃度推定方法。
【請求項9】
物質成分が濃度分布を有する流体系における物質成分の濃度分布推定方法であって、
請求項1〜7のいずれか一つに記載の方法を使用して設定されたすべての濃度推定点における物質成分の濃度を推定し、
該推定した濃度により実測濃度を補間して、流体系の物質成分の濃度分布を求めることを特徴とする流体中における物質成分の濃度分布推定方法。
【請求項10】
物質成分が濃度分布を有する流体系における物質成分の濃度モニタリング方法であって、
請求項9に記載の方法により求めた流体系における物質成分の濃度分布データから、任意の断面の濃度分布データを抽出し、抽出した濃度分布データを可視化することを特徴とする流体系における物質成分の濃度モニタリング方法。
【請求項11】
溶融亜鉛めっきポット内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウム濃度管理方法であって、
請求項8に記載の流体系における物質成分の濃度推定方法により推定した前記溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛中のアルミニウム濃度データから、前記流体系内の所定の領域における溶融亜鉛中のアルミニウム濃度を抽出する濃度抽出ステップと、
抽出した濃度が、所定の閾値範囲内であるか否かを判定する判定ステップと、
前記判定ステップにおいて、前記濃度が閾値範囲外と判定された場合に、その旨警告する警告ステップと、
を含むことを特徴とする溶融亜鉛めっきポット内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウム濃度管理方法。
【請求項12】
請求項11に記載の溶融亜鉛めっきポット内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウム濃度管理方法を用いて製造した溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項13】
物質成分が濃度分布を有する流体系における物質成分の濃度推定装置であって、
前記流体系において設定された2以上の任意の濃度実測点において、該濃度実測点における物質成分の濃度を計測するか、または前記濃度実測点において採取したサンプル中の物質成分濃度を計測する濃度計測手段と、
実験的または数値流体シミュレーションにより求めた、前記流体系において任意に設定された濃度推定点における前記流体系の流れ場に関する指標を記憶する記憶手段と、
前記濃度計測手段により計測された対象成分の実測濃度と、前記記憶手段に記憶された前記濃度推定点の流れ場に関する指標とに基づき、前記濃度推定点における物質成分の濃度を推定する濃度推定手段と、
を備えることを特徴とする流体系における物質成分の濃度推定装置。
【請求項14】
前記指標は、前記流体が前記濃度実測点と前記濃度推定点との間で移動するのに要する時間であることを特徴とする請求項13に記載の流体系における物質成分の濃度推定装置。
【請求項15】
前記記憶手段は、前記濃度推定手段が推定した物質成分の濃度により実測濃度を補間した濃度分布データを記憶し、
前記濃度分布データから、任意の断面の濃度分布データを抽出し、抽出した濃度分布データを可視化する濃度データ抽出手段と、
前記濃度データ抽出手段により可視化された、任意の断面の物質成分の濃度分布データを表示する表示手段と、
を備えることを特徴とする請求項13または14に記載の流体系における物質成分の濃度推定装置。
【請求項16】
前記濃度データ抽出手段は、前記濃度分布データから前記流体系内の所定の領域における物質成分の濃度を抽出し、
抽出した濃度が、所定の閾値範囲内であるか否かを判定する判定手段を備え、
前記表示手段は、前記判定手段が前記濃度が閾値範囲外と判定した場合に、その旨の警告を表示することを特徴とする請求項15に記載の流体系における物質成分の濃度推定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15a】
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【図15b】
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【図15c】
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【図15d】
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【図15e】
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【図15f】
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【図16a】
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【図16b】
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【図16c】
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【図16d】
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【図16e】
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【図16f】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2011−179111(P2011−179111A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−2441(P2011−2441)
【出願日】平成23年1月7日(2011.1.7)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】