説明

流体組成物

【課題】低せん断速度下において低粘度であり、低せん断速度下における粘度と高せん断速度下における粘度との比がより大きなダイラタント流体組成物を提供すること。
【解決手段】溶媒と、ナノ粒子と、高分子と、を有する流体組成物であり、そのナノ粒子の平均粒径は、3nm以上30nm以下の範囲内にあり、そのナノ粒子を、1vol%以上20vol%以下の範囲内で含み、そのナノ粒子は、シリカ、アルミナ、酸化チタン又は炭酸カルシウムの少なくともいずれかを含むとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体組成物に関し、特に低せん断速度下では低粘度となり、高せん断速度下では高粘度となるダイラタント流動を示す流体組成物(以下「ダイラタント流体組成物」という。)に関する。
【背景技術】
【0002】
低せん断速度下では低粘度となり、高せん断速度下では高粘度となるダイラタント流動を示す流体組成物については従来から検討が行われている。この現象を説明するために(1)せん断流動場において分散粒子が形成する二次元層状構造の破壊(例えば下記非特許文献1参照。)と、(2)高分子の可逆架橋により結合した凝集構造の伸長破壊(例えば下記非特許文献2参照。)、の二つの機構が提唱されている。なお上記(1)は粒子の含有量が45vol%以上の非凝集分散系に特徴的な機構であり、上記(2)は粒径が80nm〜250nmのラテックスで高分子と界面活性剤を併用した凝集分散系に特徴的な機構である。
【0003】
また従来の技術として、例えば下記特許文献1乃至3に、ダイラタント流体組成物の調整方法が開示されている。
【0004】
【非特許文献1】R.L.Hoffman、Trans.Soc.Rheol.、16、155(1972)
【非特許文献2】Y.Otsubo、Langmuir、8、2336(1992)
【特許文献1】特開平10−330627号公報
【特許文献2】特開2004−231768号公報
【特許文献3】特許第3568660号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記記載のダイラタント流体組成物は、いずれも実用上高粒子濃度とせざるを得ず、低せん断速度下であっても高粘度となってしまうといった課題がある。
【0006】
そこで本発明は、低せん断速度下において低粘度であり、低せん断速度下における粘度と高せん断速度下における粘度との比がより大きなダイラタント流体組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題につき鋭意検討を行ったところ、溶媒と、ナノ粒子と、高分子と、を有する流体組成物とすると、従来のダイラタント流体組成物よりも低せん断速度下における粘度と高せん断速度下における粘度との比の大きなものとすることができる点を発見し、本発明を完成するに至った。
【0008】
ここでナノ粒子において、平均粒径は3nm以上30nm以下の範囲内にあることが好ましく、ナノ粒子の含有量は1vol%以上20vol%以下の範囲内であることが好ましく、ナノ粒子はシリカ、アルミナ、酸化チタン、炭酸カルシウム、ポリスチレン、ポリアクリル酸エステル、ポリ酢酸ビニル、ポリウレタン、スチレン−アクリル酸エステル共重合体の少なくともいずれかを含むことが好ましい態様である。
【0009】
またここで高分子は、重量平均分子量として100,000以上3,000,000以下の範囲内にあることが好ましく、高分子の含有量は0.05wt%以上3wt%以下の範囲内であることが好ましく、高分子はポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリアクリルアミド、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース、カルボキシルメチルセルロースの少なくともいずれかを含むことが好ましい態様である。
【0010】
またここで溶媒は、水であることは好ましい態様である。
【発明の効果】
【0011】
以上本発明は、低せん断速度下において低粘度であり、低せん断速度下における粘度と高せん断速度下における粘度との比がより大きなダイラタント流体組成物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しつつ説明する。ただし、本発明は多くの異なる態様で実施することが可能であり、以下に示す実施形態に限定されるものではない。
【0013】
(実施形態1)
本実施形態に係る流体組成物は、ナノ粒子と、高分子と、溶媒と、を有することを特徴の一つとする。このような構成により、本実施形態に係る流体組成物はダイラタント流動を示すものとなる。
【0014】
本実施形態におけるナノ粒子の粒径としては、平均粒径が40nm以下であること、好ましくは3nm以上30nm以下の範囲内である。
【0015】
ナノ粒子としては、無機質粒子であっても、有機質粒子であってもよい。無機質粒子の場合、例えばシリカ、アルミナ、酸化チタン、炭酸カルシウムを挙げることができ、有機質粒子の場合、ポリスチレン、ポリアクリル酸エステル、ポリ酢酸ビニル、ポリウレタン、スチレン−アクリル酸エステル共重合体を挙げることができる。
【0016】
ナノ粒子の含有量としては、限定されるわけではないが、流体組成物全体に対して1vol%以上20vol%以下の範囲内で含まれることが好ましく、より好ましくは3vol%以上8vol%以下の範囲内であり、更に好ましくは5vol%である。
【0017】
本実施形態における高分子としては、溶媒に対して可溶性を示すものであれば限定されない。高分子の具体的な例としては、限定されるわけではないが、例えば溶媒が水である場合にポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリアクリルアミド、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース、カルボキシルメチルセルロースを挙げることができる。
【0018】
高分子の重量平均分子量としては、例えば100,000以上3,000,000以下の範囲内にあることが好ましい。
【0019】
また、高分子の含有量としては、例えば0.05wt%以上3wt%以下の範囲内であることが好ましく、より好ましくは0.5wt%以上3wt%である。
【0020】
また、本実施形態に係る溶媒としては、上記高分子を溶解、分散させることができる限りにおいて限定されず、例えば水、およびエチルアルコールやグリセリンなど水と相溶性のある有機系溶剤あるいはそれらの水溶液であることが好ましい。
【0021】
また、本実施形態に係る流体組成物は、上記構成のほか、高ダイラタント製を損なわない範囲で、分散剤や粘度調整剤などの添加剤、顔料等の粒子を加えることも可能である。
【0022】
本実施形態に係る流体組成物がダイラタント流動を示す原理としては不明な点もあるが、以下のように推察することができる。
【0023】
低せん断速度下において、高分子は絶えずその空間配座を変化させているが平均としてコイル状の形態を保って独立に存在していると考えられる。すなわち低せん断速度下において、高分子は互いにからみあうことなく独立に存在しているため、流体組成物は低粘度を示すと考えられる。なお、この状態においてナノ粒子は各高分子に内包され、当該高分子に吸着していると考えられる。一方、高せん断速度下において、高分子はコイル状から引き伸ばされた状態となり、他の高分子と接すると考えられる。高分子と高分子が接した場合、高分子に内包されるナノ粒子は高分子同士を吸着させる役割を担う。すなわち、高せん断速度下において、高分子はナノ粒子を介してネットワークを形成して存在しているため、流体組成物は高粘度を示すと考えられる。ここでナノ粒子ではなく、マイクロ粒子の場合は吸着及びこのネットワーク形成が強く不可逆となるが、本実施形態に係る流体組成物では40nm以下、望ましくは3nm以上30nm以下のナノ粒子を用い、重量平均分子量も100,0000以上のものを組み合わせて用いているため、ナノ粒子の吸着及びネットワーク形成を非常に弱くし、熱エネルギーによって容易に脱着させることができるようになる。つまりこのネットワーク構造の形成はせん断速度を下げると破壊されるため、流体組成物は再び低粘度状態にもとることができるのである。
【0024】
以上、本実施形態に係る流体組成物によると、低せん断速度下において低粘度であり、低せん断速度下における粘度と高せん断速度下における粘度との比がより大きなダイラタント流体組成物となる。
【0025】
本実施形態に係る流体組成物は、この性質により、様々な用途に幅広く応用することができる。用途の例としては、限定されるわけではないが、例えば塗料、シーリング剤、接着剤、印刷インキ、貼付剤洗浄剤、化粧品、医薬品、食品、飲料、吸収支持装置におけるダンパー材又は作動液、及び、トルク伝達装置の作動液として応用が可能である。塗料、シーリング材においてはダレを防止しながら高速供給が可能となり、接着剤の場合は塗布直後には高粘度状態にあるため目的とする位置、寸法に合致させて供給することが可能となり、ハンドリング製の向上を図ることができる。また印刷インキの場合は、にじみを防ぐことができるため高解像度の印刷物を実現することができる。また貼付剤洗浄剤、化粧品、医薬品においてはべたつき感のないさらっとした使用感を与えることができる。食品、飲料としては、粘度コントロールされた特殊用途において有用である。なおダンパー材又は作動液が用いられる吸収支持装置としては、靴底、防振・免振装置、自動車用の衝撃吸収装置を挙げることができる。特に、衝撃吸収装置においては、液体自体に外部刺激に合致させたダンピング性能を付加することができるため、インテリジェントショックアブソーバーの基盤とすることができる。
【実施例】
【0026】
ここで、上記実施形態に係る流体組成物を実際に作成し、その効果を確認した。以下に示す。なおもちろん、以下に示す実施例に限定されるわけではない。
【0027】
(実施例1)
まず、重量平均分子量約100,000のポリエチレンオキサイド(以下「PEO」という。)(和光純薬工業製PEG1,000,000)の0.5wt%水溶液に、平均粒径8nmのシリカナノ粒子(触媒化成製Cataloid−S Series)を分散させて流体組成物を作成した。なお流体組成物は、シリカナノ粒子の含有量が異なるもの(3〜8vol%)を複数作成した。
【0028】
これら各々に対し、粘度のせん断速度依存性曲線を求めた。測定は応力制御型レオメータ(独 Haake社製、RheoStress 75)を用い、外筒半径11mm、内筒10mm、高さ30mmの二重円筒型センサーにより定常せん断下における粘度を測定した。この結果を図1に示す。なお測定温度は25℃としている。
【0029】
この結果、全ての流体組成物において、低せん断速度でニュートン流動となり、あるせん断速度以上でダイラタント流動となることを確認した。なお複数の流体組成物中、5vol%のものが最も大きな粘度増加率を示していた。
【0030】
(実施例2)
実施例1で用いたPEO(重量平均分子量約100,000)とシリカナノ粒子(平均粒径8nm)を用い、PEO濃度が0.3wt%の流体組成物と0.5wt%の流体組成物をそれぞれ作成した。なお、これらにおいてナノ粒子の含有量はいずれも8vol%とした。
【0031】
本実施例においても、実施例1と同様の装置を用い、粘度のせん断速度依存性曲線を求めた。この結果を図2に示す。
【0032】
この結果、いずれの流体組成物においても低せん断速度においてニュートン流動となり、あるせん断速度以上でダイラタント流動となっていることが確認できた。特にPEO0.3wt%の流体組成物においては顕著なダイラタント流動となっていることを確認した。
【0033】
(実施例3)
重量平均分子量500,000のPEO(和光純薬工業製PEG500,000)の0.8wt%水溶液にシリカナノ粒子(触媒化成製Cataloid−S series)を10vol%分散させた流体組成物を作成した。なお、本実施例においてはシリカナノ粒子の平均粒径の異なる流体組成物を複数作成した。
【0034】
また本実施例においても、実施例1と同様の装置を用い、粘度のせん断速度依存性曲線を求めた。この結果を図3に示す。
【0035】
この結果、いずれの流体組成物においても低せん断速度においてニュートン流動となり、あるせん断速度以上でダイラタント流動となっていることが確認できた。特に平均粒径11nmのシリカナノ粒子を含有する流体組成物においては顕著なダイラタント流動となっていることを確認した。
【0036】
(実施例4)
PEOの0.5wt%水溶液に平均粒径8nmのシリカナノ粒子(触媒化成製Cataloid−S series)を8vol%分散させた流体組成物を作成した。なお、本実施例においてはPEOの重合平均分子量の異なる流体組成物を複数作成した。
【0037】
また本実施例においても、実施例1と同様の装置を用い、粘度のせん断速度依存性曲線を求めた。この結果を図4に示す。
【0038】
この結果、いずれの流体組成物においても低せん断速度においてニュートン流動となり、あるせん断速度以上でダイラタント流動となっていることが確認できた。
【0039】
(実施例5)
重量平均分子量500,000のPEO(和光純薬工業製PEG500,000)の0.5wt%水溶液に平均粒径8nmのシリカナノ粒子(触媒化成製Cataloid−S series)を12vol%分散させた流体組成物を作成した。
【0040】
また本実施例においては、貯蔵弾性率のひずみ依存性を測定した。装置としては上記実施例と同じ装置を用いたが、ひずみ振幅を増大させながら、そのひずみ依存性を測定した。この結果を図5に示す。なお図中、縦軸は正弦振動ひずみと制限振動応力との間の振幅比及び位相差から求められる貯蔵弾性率を表し、横軸は振動の周波数を表す。
【0041】
この結果、いずれの各周波数においても低ひずみでは貯蔵弾性率は一定の値をとるが、ある臨界ひずみを越えると貯蔵弾性率は急激に増大した。なお図中、各周波数が高くなるとひずみが減少しながら貯蔵弾性率が高くなる曲線部分もあるが、これは応力制御型のレオメータを用い、実際には印加応力の振幅を増大させながら求めているため、急激に貯蔵弾性率が増大する領域においてしばしばこのような曲線を得られることがあるものである。本実施例における流体組成物は、上記の通り架橋を形成する高分子鎖が高せん断速度下において伸ばされて他の高分子鎖のナノ粒子を吸着して一時的にネットワークを形成すると考えられるため、高分子鎖が伸ばされると高分子鎖に弾性エネルギーが貯蔵される。すなわち本実施例で測定するこの貯蔵弾性率はこの弾性エネルギーであると考えることができる。本実施例に係る流体組成物は、このように弾性的性質も歪とともに顕著になるという通常の分散系とは異なる機能を有する。つまり振動流動化においては発現する物理量に違いはあるが、与える変形の増大とともに流動抵抗が急増するという特性を有する。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、化粧品、塗工液、クラッチや衝撃吸収装置の作動液として産業上の利用可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】実施例1に係る流体組成物の粘度のせん断速度依存性曲線を示す図である。
【図2】実施例2に係る流体組成物の粘度のせん断速度依存性曲線を示す図である。
【図3】実施例3に係る流体組成物の粘度のせん断速度依存性曲線を示す図である。
【図4】実施例4に係る流体組成物の粘度のせん断速度依存性曲線を示す図である。
【図5】実施例5に係る流体組成物における貯蔵弾性率のひずみ依存性を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒と、ナノ粒子と、高分子と、を有する流体組成物。
【請求項2】
前記ナノ粒子の平均粒径は、3nm以上30nm以下の範囲内にある請求項1記載の流体組成物。
【請求項3】
前記ナノ粒子を、1vol%以上20vol%以下の範囲内で含む、請求項1記載の流体組成物。
【請求項4】
前記ナノ粒子は、シリカ、アルミナ、酸化チタン又は炭酸カルシウムの少なくともいずれかを含む、請求項1記載の流体組成物。
【請求項5】
前記ナノ粒子は、ポリスチレン、ポリアクリル酸エステル、ポリ酢酸ビニル、ポリウレタン、スチレン−アクリル酸エステル共重合体の少なくともいずれかを含む、請求項1記載の流体組成物。
【請求項6】
前記高分子の重量平均分子量は、100,000以上3,000,000以下の範囲内にある請求項1記載の流体組成物。
【請求項7】
前記高分子を、0.05wt%以上3wt%以下の範囲内で含む請求項1記載の流体組成物。
【請求項8】
前記高分子は、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリアクリルアミド、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース、カルボキシルメチルセルロースの少なくともいずれかを含む、請求項1記載の流体組成物。
【請求項9】
前記溶媒は、水を含む請求項1記載の流体組成物。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−214390(P2008−214390A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−49867(P2007−49867)
【出願日】平成19年2月28日(2007.2.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年10月4日 社団法人日本レオロジー学会発行の「第54回レオロジー討論会講演要旨集」の第228ページ及び第229ページに発表
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】