説明

流行性耳下腺炎ワクチン

【課題】中枢神経病原性が軽減された流行性耳下腺炎生ワクチン及び該ワクチンの製造に有用なウイルス株を提供する。
【解決手段】 配列表の配列番号1に記載された塩基配列に対応するRNA配列を含む流行性耳下腺炎ウイルス(例えばY125株)、及び該RNA配列において1個ないし数個の塩基が置換、挿入、及び/又は欠失した塩基配列を有し、中枢神経病原性がY125株と実質的に同程度又はそれ以下に軽減された流行性耳下腺炎ウイルス、並びに継代された上記ウイルスを含む流行性耳下腺炎生ワクチン。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は流行性耳下腺炎のワクチン及び該ワクチンの製造に用いる新規なウイルス株に関するものである。
【背景技術】
【0002】
流行性耳下腺炎(ムンプス、おたふくかぜ)はパラミクソウイルスに分類されるムンプスウイルスによって引き起こされ、耳下腺の有痛性腫脹を特徴とする急性伝染性疾患である。流行性耳下腺炎の感染に対しては、感染力と抗原性を維持させたまま弱毒化した変異株ムンプスウイルスを用いた生ワクチンを接種することにより十分な予防効果を期待できることから、好発年齢である小児に対して生ワクチンの接種が汎用されている。生ワクチンは一般的には弱毒ウイルス株を含む凍結乾燥状態のワクチン製剤として提供されており、用時に溶解して注射により投与される(例えば「乾燥弱毒生おたふくかぜワクチン」、化学及血清療法研究所、北里研究所、武田薬品工業株式会社)。
【0003】
弱毒化したJeryl Lynn(JL)株を用いた生ワクチンが1967年にアメリカで提供されており、その他の弱毒株(Urabe株、Leningrad-3株、及びL-Zagreb株など)を用いた生ワクチンもいくつかの国で開発されている。これらの生ワクチンの接種により流行性耳下腺炎の患者数が劇的に減少したが、一方で、生ワクチンを用いた予防接種の後にワクチン由来と疑われる無菌性髄膜炎が高率に発生することが報告されている。MMRワクチン(乾燥弱毒性生麻疹おたふくかぜ風疹混合ワクチン)の接種後3週間前後で流行性耳下腺炎生ワクチン由来と疑われる無菌性髄膜炎が1,200人に1人程度発生するとの報告もある。従って、さらに毒性の少ない流行性耳下腺炎ワクチンの提供が求められている。
【0004】
流行性耳下腺炎生ワクチンに用いられる弱毒株は細胞培養物又はニワトリ胚中で野生株を継代することにより弱毒化されている。しかしながら、流行性耳下腺炎ウイルスは細胞培養物中で連続継代をすると容易にその免疫性を失うという問題を有しており、流行性耳下腺炎生ワクチンの継代数は麻疹生ワクチンの継代数よりも少ない。例えば、流行性耳下腺炎生ワクチンでは、JL株の継代数は17であり、Urabe株では16〜19、NK-M46株では14、S-12株では14、及びRubini株では13であり(非特許文献1〜5)、一方、麻疹ワクチンではEdmonston moraten株の継代数は122、Schwartz株で151、Edmonston Zagreb株で109、及びAIC-C株で85である。このように、流行性耳下腺炎ワクチンに用いる弱毒株を製造するための継代数には限界があり、継代数が少ないことで弱毒化が不十分になると考えられている。従って、中枢神経病原性が軽減された流行性耳下腺炎生ワクチンを製造するための新たな弱毒ウイルス株の提供が求められている。
【非特許文献1】Proc. soc. Exp. Biol. Med., 123, pp.768-75, 1996
【非特許文献2】Vaccines, 3rd Ed., edited by S.A. Plotkin et al., WB Saunders CO., pp.267-292, 1999
【非特許文献3】Develop. Biostandard, 65, pp.29-35, 1986
【非特許文献4】Clinical Virology, 13, pp.367-375, 1985
【非特許文献5】Biologicals, 19, pp.203-211, 1991
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は流行性耳下腺炎生ワクチンの製造に用いる新規な弱毒性の流行性耳下腺炎ウイルス株を提供することにある。より具体的には、無菌性髄膜炎などの中枢神経病原性が軽減された生ワクチンを製造可能な新規ウイルス株を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、臨床分離株から温度感受性を指標にしてワクチン候補株を選択し、中枢神経病原性が異なる複数の株を得た。また、本発明者らは、それらの株の温度感受性の違いを解析することによりウイルスの温度感受性の程度と中枢神経病原性とが相関することを見出し、温度感受性の高いウイルス株を生ワクチンの製造のために用いると中枢神経病原性のないワクチンを提供できることを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成されたものである。
【0007】
すなわち、本発明により、配列表の配列番号1に記載された塩基配列に対応するRNA配列を含む流行性耳下腺炎ウイルス、好ましくは流行性耳下腺炎ウイルスY125株が提供される。Y125株は配列表の配列番号1に記載された塩基配列を部分配列として含み、表1に記載された温度感受性を有することにより特定されるウイルス株である。
また、本発明により、配列表の配列番号1に記載された塩基配列に対応するRNA配列において1ないし数個の塩基が置換、挿入、及び/又は欠失した塩基配列を有し、Y125株と実質的に同程度又はそれ以下に中枢神経病原性が軽減された流行性耳下腺炎ウイルスが提供される。さらに、本発明により、配列表の配列番号1に記載された塩基配列に対応するRNA配列において1ないし数個の塩基が置換、挿入、及び/又は欠失した塩基配列を有し、Y125株と実質的に同程度又はそれ以上の温度感受性を有する流行性耳下腺炎ウイルス(以下、これらのウイルスを「本発明の改変ウイルス」と呼ぶ場合がある)が提供される
別の観点からは、継代された上記のウイルス、好ましくはY125株、又は本発明の改変ウイルスを含む流行性耳下腺炎生ワクチンが本発明により提供され、この発明の好ましい態様によれば、凍結乾燥形態の上記生ワクチンが提供される。
さらに別の観点からは、流行性耳下腺炎の予防方法であって、上記生ワクチンをヒトに投与する工程を含む方法、及び上記ワクチンの製造のための上記ウイルス、好ましくはY125株、又は上記改変ウイルスの使用が本発明により提供される。
また、本発明により、中枢神経病原性が軽減された流行性耳下腺炎ワクチンを製造する方法であって、Y125株と実質的に同程度又はそれ以上の温度感受性を有する流行性耳下腺炎ウイルスを選択して継代する工程を含む方法が提供される。
【発明の効果】
【0008】
本発明により提供される流行性耳下腺炎ウイルス、好ましくはY125株、及び本発明の改変ウイルスは中枢神経病原性が軽減されており、ワクチンの製造に好適に使用できる。特にY125株は高い免疫原性と培養における十分な増殖性を備えており、中枢神経病原性がほとんどないことから、安全で高い有効性を有するワクチンを製造するためのウイルス株として好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の流行性耳下腺炎ウイルスは配列表の配列番号1に記載された塩基配列に対応するRNA配列を含むことを特徴としている。配列表の配列番号1に記載されたDNA配列は本発明の流行性耳下腺炎ウイルスのRNA配列の部分配列から得たcDNA配列を示す(本明細書において「配列番号1に記載された塩基配列に対応するRNA配列」とは該RNA配列から塩基配列1に記載されたcDNAが取得できることを意味する)。好ましいウイルスはY125株であり、配列番号1に記載された塩基配列に対応するRNA配列をウイルスゲノムRNA配列として含み、かつ下記の実施例に記載された表1に示される温度感受性を有することにより特定されるウイルス株である。以下、このY125株について好ましい態様の一例として具体的に説明するが、本発明のウイルスはY125株に限定されることはない。
【0010】
このY125株は野外分離株(Y7株)から温度感受性を指標にして分離された。実施例にはその方法の具体的説明が記載されている。このY125株は中枢神経病原性が従来ワクチン材料として用いられているNK-M46株などに比べて中枢神経病原性が顕著に軽減されているという特徴を有している。また、このY125株は高い免疫原性と培養における十分な増殖性を有しており、ワクチン材料として極めて好適に使用できる。この軽減された中枢神経病原性並びに免疫原性及び培養における十分な増殖性については本明細書の実施例に具体的に記載された方法に従って当業者が容易に確認できる。
【0011】
また、本発明により提供される改変ウイルスは、配列表の配列番号1に記載された塩基配列に対応するRNA配列において1ないし数個の塩基が置換、挿入、及び/又は欠失した塩基配列を有し、かつ中枢神経病原性がY125株と実質的に同等又はそれ以下に軽減されており、及び/又はY125株と実質的に同程度又はそれ以上の温度感受性を有することを特徴としている。塩基配列における置換、挿入、及び/又は欠失は、好ましくは1個ないし20個程度、より好ましくは1個ないし15個程度、さらに好ましくは1個ないし10個程度、特に好ましくは1個ないし5個程度である。塩基配列への変異の導入方法については特に限定されないが、例えば、Y125株に対してニトロソグアニジンなどを用いたアルキル化やチミン二量化を惹起する紫外線照射など当業者に汎用の処理を行うことにより達成できる。ウイルス株のクローニング方法及び塩基配列の決定方法も当業者に周知の方法で行うことが可能であり、本発明の改変ウイルスの中枢神経病原性がY125株と同等若しくはそれ以下に軽減されていること、及び本発明の改変ウイルスの温度感受性がY125株と実質的に同程度又はそれ以上であることは、本明細書の実施例に具体的に説明された方法に従って当業者が容易に確認できる。
【0012】
例えば、ポリオ、麻疹およびワクシニアウイルスなどのウイルス株の弱毒化と温度感受性との間に相関性があることが知られている。本発明者らの研究によれば、Y125株は高い温度感受性を有しており、その温度感受性特性は継代を重ねても極めて安定的に保存されるが、流行性耳下腺炎ウイルスにおいても温度感受性と軽減された中枢神経病原性との間に相関があるものと考えられる。従って、温度感受性を指標としてクローンを選別することにより効率的に本発明の改変ウイルスを取得することができる。もっとも、本明細書の実施例に具体的に説明されているY213株のように、低い温度感受性を有するウイルスが強い中枢神経病原性を有する場合もあるので、温度感受性を指標としてウイルス株を選択する場合においても中枢神経病原性の確認は不可欠である。
【0013】
なお、Y213株は本発明のY125株と極めて類似した塩基配列を有しており、塩基レベルではNP遺伝子内に2カ所、P/V遺伝子内に1ヵ所、M遺伝子内に1ヵ所、F遺伝子内に2カ所、及びL遺伝子内に2カ所の合計8箇所のみが相違している。一方、これらの株はSH遺伝子及びHN遺伝子は同一の塩基配列を有している。従って、中枢神経病原性はNP、V、M、F、及びLのいずれかの遺伝子又はそれらの組み合わせにより引き起こされているものと考えられ、一方、SH及びHN遺伝子は中枢神経病原性に関与していないものと考えられる。
【0014】
本発明により提供される流行性耳下腺炎生ワクチンは、上記のウイルス、好ましくはY125株、又は本発明の改変ウイルスを含むことを特徴としており、ワクチン接種により流行性耳下腺炎に対して高い予防効果を達成できるとともに、従来の生ワクチンに比べて中枢神経病原性が軽減されているという優れた特徴がある。
【0015】
本発明のワクチンの製造方法は特に限定されないが、一般的には、上記のウイルス、好ましくはY125株、又は本発明の改変ウイルスを5ないし30回程度継代して培養したウイルス液を凍結乾燥状態でバイアル充填することにより製造できる。生ワクチンの製造方法については当業者に汎用される方法を適宜採用することができ、例えば、賦形剤、pH調節剤、安定化剤、溶解補助剤、無痛化剤などの製剤用添加物を1種又は2種以上使用することができる。1バイアル中に溶解時感染価が10,000 CCID50/ml以上となるように凍結乾燥ウイルスを充填することが好ましい。本発明のワクチンの使用方法は特に限定されないが、例えば用時に注射用蒸留水などを添加し、溶解して調製したワクチン溶液を0.5 ml程度上腕伸側に皮下注射することが好ましい。もっとも、投与量及び投与方法はワクチンの使用目的や患者の年齢、体重などに応じて適宜選択でき、上記の特定の態様に限定されることはない。
【実施例】
【0016】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1
従来、流行性耳下腺炎生ワクチンの中枢神経病原性はMacacus又はオナガザル属のサルへの大脳内の接種によって確認されているが、これらのテストでは生ワクチンのヒトにおける神経病原性を正しく再現することができない。そこで、マーモセットの発症モデル系を確立して病原性を調べた。
【0017】
(1)方法
(a)ウイルス
発熱、頭痛、脳膜炎、及び他の合併症が認められない片側性耳下腺炎を発症した4歳女児から咽頭スワブを採取してY7株を分離した。咽頭スワブをミドリザル腎臓(GMK)細胞上に播種して34℃又は37℃のいずれかでインキュベートした。細胞変性を示した細胞培養物を集め、Enders株で免疫したウサギ血清で中和されることを確認した。その後、Y7株をGMK細胞で1代継代して弱毒化に使用した。
【0018】
流行性耳下腺炎性の髄膜炎患者から分離した大館株は森田博士(秋田県立衛生科学研究所)から提供を受けた。市販ワクチンのウイルス株JL (Lot 0812K; 米国メルク社)、占部(Mu319; 大阪大学微生物研究所)、NK-M46 (Lot C-01; 千葉県血清研究所)は、ニワトリ胚(CE)細胞で1代の継代培養をした後に使用した。
【0019】
(b)突然変異の導入及びクローニング
GMK細胞において2代継代したY7株を等容量の200μg/mlニトロソグアニジン(NTG)溶液と混合して30℃で45分間インキュベートした。4℃で2時間透析した後、ウイルス液を15W 殺菌燈(GL15、東芝マニュファクチャーイング会社)から75 cmの距離に置いて紫外線を60秒間照射した。ウイルス液を30秒間超音波処理し(100W、10Kc)、直ちに6ウェルプレート中でGMK細胞上に播種した。ウイルスを37℃で1時間吸着させた後、細胞の単層を4 mlのアガロース培地(0.8%アガロース及び2%ウシ胎仔血清(FCS)を含むイーグル最小必須培地(EMEM)で覆い、5%炭酸ガス培養器中で35℃でインキュベートした。感染後7日目に0.01%のニュートラルレッドを含む2 mlのアガロース培地2 mlを添加して細胞を染色し、8日目に培地1 ml中にプラークを集めて1度凍結融解し、再度GMK細胞を用いて上記プラーク法によりクローニングを行った。
【0020】
(c)温度感受性試験及び遺伝的安定性
得られたクローンについて低温及び高温においてVero細胞中でのウイルス増殖に差があるか否かを検討した。ウイルスをコンフルエントな単層のVero細胞上に感染多重度0.1で播種し、ウイルスを吸着させた後に2% FCSを含むEMEMを加えて細胞を34℃又は40℃でインキュベートした。5日目に細胞を集めてウイルス感染価をアッセイした。ウイルスを40℃で増殖させた場合に34℃での増殖に比べてそのウイルス感染価が10-2倍以下であった場合にその株を温度感受性(ts)株と判定した。選択した温度感受性クローンの遺伝的安定性を調べるために温度感受性クローンを10代にわたり34℃のCE細胞中で連続継代し、得られた継代クローンについて温度感受性を調べた。
【0021】
(d)ウイルス感染価測定試験
5% FCSを含むEMEM中で12ウェルプレートで培養したコンフルエントな単層Vero細胞を用いてウイルス感染価測定を行った。10倍希釈したウイルス(0.1 ml)を2つずつのウェルに播種し、ウイルスを吸着させた後、細胞をアガロース培地で覆って5%炭酸ガス培養器中で35℃で10日間インキュベートした。アガロース層を除き、0.02% ニュートラルレッド溶液2 ml/ウェルを加えて1時間染色し、ニュートラルレッドを含む培地を除いて生成したプラーク数を計測してプラーク形成ユニット(pfu)としてウイルス力価を決定した。
【0022】
(e)新生ラット接種試験
ルビン(Rubin et al., J. Infect. Dis., 191, pp.1123-1128, 2005)らの方法に従って新生ラット接種試験を行った。水頭症の重篤度はヘマトキシリン-エオジンを用いた組織病理染色標本に代えて非染色脳断面を用いて計算することにより組織病理染色標本を作製する過程での脳室の大きさの人工的変化を排除した。生後24時間以内の新生ラット(Lewis/Seac、吉富生産場、1群10匹)の脳内にウイルス液0.01 ml(104.0 pfu/ml)を接種した。2群の同腹子をそれぞれの試験群に用いた。接種後25日目にラットを安楽死させて頭部を10%緩衝ホルマリン液で固定化し、頭部を正中線に沿って切断し、得られた頭部横切面画像をスキャナーでコンピューターに取り込んだ。神経病原性スコアは、小脳を除く全脳断面積に対する脳側室断面積のパーセンテージとして画像解析ソフトWin Roof(Mitani)を用いて解析した。
【0023】
(f)マーモセット接種試験
齋加ら(Bilogicals, 32, pp.147-152, 2004)の方法に従って約1歳の健康な雌マーモセット(Callithrix jacchus)の脊髄中に0.1 mlのウイルス液(103.0 pfu/ml)を接種した。動物はアイソレーターで別々に飼育して臨床症状を毎日観察した。RT-PCR及び中和抗体測定用に0.5 mlの血液を鼠径静脈から採取してEDTAを含む血液採取用チューブに入れた。また、RT-PCR用に喉及び尿スワブを1 ml溶解バッファー(Qiagen)中に浸漬した。接種後2週間目にマーモセットを深麻酔して安楽死させて剖検した。
【0024】
脳半球並びに耳下腺、腎臓、及び膵臓の小標本を採取し、9倍容量の5% FCSを含むEMEM中でホモジュネートして5000×gで10分間遠心し、ウイルスRNAアッセイ用に上清を採取した。アッセイを行うまで全ての試料を-80℃で冷凍保存した。他の臓器は10%緩衝ホルマリン液で固定し、固定組織切片をヘマトキシリン・エオシンで染色して顕微鏡下で組織病理学的に検査した。
【0025】
血液試料、咽頭スワブ、尿スワブ、及び組織ホモジュネートについてNested RT-PCRを行った。RNAをRNAミニキット又はRNA血液ミニキット(Qiagen)を用いて抽出した。ムンプス P遺伝子特異的cDNAをリバーストランスクリプターゼを用いて合成し、ワンステップRNA PCRキット(タカラバイオケミカルズ)並びにMuP273(5'-CACAATCATCCCTGGCGT-3')及びMuP724(5'-CACTCAAAGACCCGGACCT-3')をプライマーとして用いて1st PCRで増幅した。続いて1st PCT産物 1μlを内側プライマーとしてMuP1(5'-CTCATTGGCAATCCAGAGCA-3')及びMuP2(5'-ATGAACCTGTTGGTTGGATA-3')を用いてnested PCRを行い、プライマーに対応するDNA産物の分析をアガロース電気泳動で行った。
【0026】
(g)免疫原性試験
約2歳のカニクイザルの皮下に0.1 mlウイルス液(106.0 pfu/ml)を接種し、接種後4週目に採血してウイルス中和抗体価を測定した。
(h)ウイルス中和抗体アッセイ
菱山らの方法(Vaccine, 6, pp.423-427, 1988)に従ってムンプスウイルスの中和抗体を分析した。血清試料の希釈液をEnders株ウイルス及びモルモット血清の混合物を用いて中和してVero細胞単層上に播種した。中和抗体価はプラーク数を50%減少させる血清稀釈率で表した。
(2)結果
(a)温度感受性
温度感受性株として58のクローンが分離されたが、ほとんどのクローンは34℃のCE細胞で10代継代すると温度感受性を喪失したが、これらのうち2つのクローン(Y125株及びY213株)は安定な温度感受性を有していた。
【表1】

【0027】
(b)神経病原性
ラット大脳にウイルスを接種した場合の神経病原性の結果を図1に示した。図中の縦バーは95%信頼限界を示す。これらの結果から、Y125株は神経病原性を有さず、一方、Y213株は強い神経病原性を有することが示された。また、マーモセットの脊髄内にウイルスを接種した場合には、いずれの株においても特に臨床症状は認められなかったものの、中枢神経系(CNS)中の組織病理学的試験では占部株、NK-M46株、又はY213株の接種ではいずれも広範囲な脳炎及び脳膜炎を発症していた。一方、JL株又はY125株の接種ではほとんど組織病理学的な変化は認められなかった(図2)。中枢神経系の9組織で認められた組織病理学的変化の割合の平均は、NK-M46株で92%、Urabe株で85%、Y213株で74%、JL株で7%、及びY125株で4%であった。
【0028】
末梢血(PBL)、咽頭スワブ、及び尿中のウイルスRNAの検出率を図3に示す。また、脳、腎臓、膵臓、及び耳下腺中のウイルスRNA検出率を図4に示す。JL株又はY125株を接種した場合には占部株、NK-M46株、及びY213株を接種した場合に比べて咽頭スワブ及び尿中のRNA検出率は低かった。
中和抗体はJL株又はY125株を接種した2週後のマーモセットにおいて全く検出されなかったが、占部株又はY213株を接種したマーモセット(それぞれ3頭中の2頭)及びNK-M46株を接種したマーモセット(全3頭)においては中和抗体が検出された。これは中枢神経系中でのウイルス増殖の程度を反映しているものと考えられ、上記のY213株におけるウイルスRNAの高い検出率もそれと相関しているものと考えられる。
【0029】
(c)免疫原性試験
ウイルス株を皮下接種した後4週目のカニクイザルにおける中和抗体価を図5に示す。Y125株の幾何平均抗体価(GMT)はY7及びNK-M46株のものよりも高かった。
(d)ゲノム配列解析
Y125株とY213株の両端約20塩基を除くほぼ全領域の塩基配列を決定した(図6及び図7)。これらの株のゲノム配列には塩基レベルでNP遺伝子内に2カ所、P/V遺伝子内に1ヵ所、M遺伝子内に1ヵ所、F遺伝子内に2カ所、及びL遺伝子内に2カ所の合計8箇所に違いが見出された。これらの変異部位のうち、F遺伝子内の1ヵ所を除く7ヵ所はアミノ酸置換を伴う変異であった(図6)。特にY125株のL遺伝子後半部位には1塩基挿入によるフレームシフト変異によりY125株のL遺伝子のアミノ酸配列が挿入部位以降大きく変異しており、加えてL遺伝子のORFが274アミノ酸だけ短くなっていることが判明した(図8及び図9)。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】ラット大脳にウイルスを接種した際に引き起こされる神経病原性の結果を示した図である。
【図2】マーモセットの脊髄内にウイルスを接種した場合における中枢神経系(CNS)中の組織病理学的変化の割合を示した図である。図中、FL:前頭葉、OL:後頭葉、TL:側頭葉、TH:視床、MB:中脳、CE:小脳、PO:橋、MO:延髄、SC:脊髄を示す。
【図3】末梢血(PBL)、咽頭スワブ(Throat swab)、及び尿中(Urine)のウイルスRNAの検出率を示した図である。
【図4】脳(brain)、腎臓(kidney)、膵臓(pancreas)、及び耳下腺(parotid gland)中のウイルスRNA検出率を示した図である。
【図5】ウイルス株を皮下接種した後4週目のカニクイザルにおける中和抗体価を示した図である。
【図6】本発明のウイルス株(Y125株)とY213株の塩基配列を比較した結果を示した図である。
【図7】本発明のウイルス株(Y125株)とY213株の塩基配列の相違をゲノム上の分布として示した図である。
【図8】本発明のウイルス株(Y125株)とY213株のL遺伝子内の一部の塩基配列を示した図である。図中、矢印は挿入部位を示す。「・」は塩基配列が上の配列と同じであることを示し、両端の数字はゲノム上の塩基の番号を示す。
【図9】本発明のウイルス株(Y125株)とY213株のL遺伝子内の1塩基挿入によるフレームシフト変異をアミノ酸配列で示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列表の配列番号1に記載された塩基配列に対応するRNA配列を含む流行性耳下腺炎ウイルス。
【請求項2】
配列表の配列番号1に記載された塩基配列を部分配列として含み、表1に記載された温度感受性を有することにより特定される流行性耳下腺炎ウイルスY125株。
【請求項3】
配列表の配列番号1に記載された塩基配列に対応するRNA配列において1個ないし数個の塩基が置換、挿入、及び/又は欠失した塩基配列を有し、中枢神経病原性が請求項2に記載されたY125株と実質的に同程度又はそれ以下に軽減された流行性耳下腺炎ウイルス。
【請求項4】
継代された請求項1に記載のウイルスを含む流行性耳下腺炎生ワクチン。
【請求項5】
凍結乾燥形態の請求項4に記載の生ワクチン。
【請求項6】
中枢神経病原性が軽減された流行性耳下腺炎ワクチンを製造する方法であって、Y125株と実質的に同程度又はそれ以上の温度感受性を有する流行性耳下腺炎ウイルスを選択して継代する工程を含む方法。

【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−267681(P2007−267681A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−97980(P2006−97980)
【出願日】平成18年3月31日(2006.3.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年11月1日 日本ウィルス学会事務局発行の「第53回ウィルス学会抄録集」に発表
【出願人】(591014710)千葉県 (49)
【Fターム(参考)】