説明

流路洗浄方法

【課題】複雑な構造を持つ流路においても、流路の壁面に付着している異物を効果的に除去する流路洗浄方法を提案する。
【解決手段】流路1に液体状態の洗浄材4を注入する(注入工程)。次に、流路1に注入された洗浄材4を凝固点以下の温度に冷却する(冷却工程)。この冷却により流路1の洗浄材4は、固体成分4aを含む固液二相流となる。この固液二相流の洗浄材4を流路1において往復流動させ、流路1の壁面3をスクラブ洗浄する(洗浄工程)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体材料を使用する装置における流路の壁面に付着した異物を除去する流路洗浄方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、液体材料を用いたデバイス形成の分野は活発になってきている。例えば、インクジェット技術を利用し、金属材料を含んだインクを用いて、基板上にマイクロメートルサイズの配線を形成する技術などがある。ところで、このような液体材料を用いるために、装置には液体を搬送する流路が必要となる。ここでいう流路とは、流入口と流出口を持つ閉鎖空間を示す。例えば、インクジェット装置であれば、インクをインクタンクからインクジェットヘッドまで供給する配管や、ヘッド内部で、インクをノズルまで搬送するヘッド内の微細構造などのことである。
【0003】
通常、これらの装置は、使用しないときは流路内より液体材料を排出し、気体に置換して保存する。そして必要なときに再び液体材料を満たし、使用を再開する。ところが、液体材料を使用すると、使用後に流路の壁面に異物が付着することがある。このときの異物の種類は、流路の使用状況によって異なるが、主として液体材料に含まれる成分の一部である。このような流路の壁面に付着した異物は液体材料の正しい流れを阻害し、装置機能の効率低下を招く。また、壁面より脱落した異物が、流路の途中に引っ掛かり、流路を詰まらせることもある。さらには、異物が液体材料に対して可溶性を有していると、再溶解し、液体材料の濃度を変化させてしまう場合もある。したがって、液体材料を使用する装置においては、流路の壁面に付着した異物を、使用前に除去する洗浄技術が重要である。付着した異物を除去する手段として、固液二相流の洗浄液を用いる方法が提案されている(特許文献1参照)。この方法では、基板に純水か純水と薬液の混合液で形成した固液二相流の洗浄液を押し付けた状態で基板を往復運動させる。その際、固液二相流の洗浄液に含まれる固体成分によって基板表面がスクラブ洗浄され、付着した異物を除去できるものである。この方法によれば、ウェハーなどの基板表面に付着している異物を容易に除去できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−151467号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した従来の洗浄方法を流路の洗浄に適用することは困難である。その理由として、流路が流入口と流出口を有する閉鎖空間であることと、様々な機能を発揮するために流路が複雑な構成になっていることが挙げられる。例えば流路が屈曲している場合や、流れの方向に対して流路の径が変化する場合がある。このような複雑な構成をもつ流路に固液二相流の洗浄液を導入しようとした場合、洗浄液の固体成分が流路の途中で詰まってしまうことがある。また、流路の壁面に付着した異物が障害物となり、固液二相流の進入を阻害することもある。そのため、固液二相流の洗浄液を流路全体に行き渡らせることは容易ではなく、洗浄が不十分になってしまうという問題があった。
【0006】
そこで、本発明は、複雑な構造を持つ流路においても、流路の壁面に付着している異物を効果的に除去できる流路洗浄方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、液体が流れる流路の壁面に付着した異物を除去する流路洗浄方法において、液体状態の洗浄材を前記流路に注入する注入工程と、前記注入工程で前記流路に注入された前記洗浄材を、前記洗浄材の凝固点以下の温度に冷却する冷却工程と、前記冷却工程による冷却によって固液二相流となった前記洗浄材を、前記流路において往復流動させる洗浄工程と、を備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、注入工程で流路に注入される洗浄材が液体状態であるので、複雑な流路構造であっても付着した異物の状態によらずに、流路内を洗浄材で満たすことができる。また、冷却工程で流路内の洗浄材が固液二相流となり、洗浄工程で洗浄材に含まれる固体成分によるスクラブ洗浄効果によって流路の壁面に付着した異物が除去可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の実施の形態に係る流路洗浄方法を説明するための流路の概略断面図であり、(a)は注入工程、(b)は冷却工程及び洗浄工程、(c)は排出工程を示す図である。
【図2】実施例1〜3に係る流路洗浄方法を説明するための図である。
【図3】実施例4,5に係る流路洗浄方法を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明の実施の形態に係る流路洗浄方法を説明するための流路の概略断面図である。図1における流路1は、流出口9と流入口8を有した閉鎖空間であり、インク液等の液体が流れるように形成されている。この流路1の形状や流路1を形成する材質は特に問わない。本実施の形態における流路1は、インクジェットヘッドのインク流路である。流路1は流路壁2に囲まれて形成され、流路1を構成する壁面3は、流路1を流れる液体に接触する。壁面3に付着した異物sは、形状や材質、大きさが様々である。また流入口8及び流出口9は、洗浄材4の流れる方向に応じて決まり、流路1の形状や異物sの状態によって適宜選択すれば良い。この流路1を形成する流路壁2には、温調装置7が接触して設けられており、温調装置7により流路壁2を介して流路内の洗浄材4を温度調整することができる。流出口9は、インクが吐出されるノズルである。
【0011】
次に、流路洗浄方法について説明する。まず、図1(a)に示すように、洗浄材4を液体状態で流路1に注入する(注入工程)。洗浄材4は、所定の温度範囲内に凝固点を持つ物質であり、液体状態(つまり、凝固点を超える温度に設定された状態)で流路1の流入口8から注入される。このとき、流路1に注入される洗浄材4が液体状態であるので、流路1が複雑な構造であっても付着した異物sの状態によらずに、流路内を洗浄材4で満たすことができる。
【0012】
この注入工程で流路1に注入される洗浄材4は、凝固点が摂氏0度から摂氏50度の間の温度の物質であり、特に、純水、ターシャリーブタノール、ラウリン酸がよい。純水、ターシャリーブタノール、ラウリン酸のそれぞれの凝固点は、摂氏0度近傍、摂氏25度近傍、摂氏45度近傍である。ここに記載した以外の物質であっても、摂氏0度から摂氏50度の間に凝固点を有していれば、それを利用してもよい。本実施の形態では、固液二相流の洗浄材4の凝固温度が摂氏0度から摂氏50度の間の温度であるため、洗浄作業温度は室温に近くなり、洗浄対象が温度影響により破損するのを低減することができる。
【0013】
次に、注入工程において流路1を洗浄材4で満たしたところで、図1(b)に示すように、温調装置7により流路壁2を介して流路1内の洗浄材4を冷却するとともに(冷却工程)、洗浄材4を流路1において矢印f,f方向に往復流動させる(洗浄工程)。
【0014】
冷却工程では、洗浄材4を、温調装置7により洗浄材4の凝固点以下の温度に冷却する。ここで、凝固点以下の温度とは、洗浄材4が固液二相流となる温度である。この冷却工程により洗浄材4は、凝固した固体成分4aを含む固液二相流となる。したがって、流路1の形状や異物sの状態に依存せずに、流路1内に固体成分4aを分散させることができる。
【0015】
また、洗浄材として凝固点の異なる2種類の物質からなる混合物を用いることもできる。この場合、冷却工程では、洗浄材が固液二相流となるように、洗浄材におけるいずれかの物質の凝固点の温度以下に洗浄材を冷却すればよい。特に2種類の物質のうち、凝固点の温度が高い方の物質の凝固点の温度に冷却した場合、凝固点の温度が低い方の物質は液体のままであるため、より容易に固液二相流を得ることができる。例えば、エチレングリコールと純水の混合液を用いると、純水の凝固点ではエチレングリコールは液体のままであるため、より容易に固液二相流を得ることができる。これらは洗浄対象物や種々の使用環境などにより、自由に選択できる。
【0016】
洗浄工程では、流路1の流入口8又は流出口9に不図示のポンプが接続され、ポンプにより洗浄材4の流れる方向を切り替えさせて、洗浄材4を流路1に沿った矢印f,f方向に往復流動させる。なお、洗浄材4を往復流動させる方向は、流路1に沿った矢印f,f方向としたが、これ限定するものではなく、洗浄材4を、例えば超音波振動させて任意の方向に往復流動させてもよい。洗浄工程では、固体成分4aを含む固液二相流となった洗浄材4を往復流動させているので、固体成分4aが流路1の壁面3に付着した異物sに衝突し、異物sが壁面3から剥がれる。このように洗浄工程では、流路1の壁面3を固体成分4aを含む洗浄材4でスクラブ洗浄する。したがって、洗浄材4に含まれる固体成分4aによるスクラブ洗浄効果によって流路1の壁面3に付着した異物sが除去される。ここで、本実施の形態では、冷却工程と洗浄工程とを並行して実施している。この場合、洗浄工程を実施中に冷却工程で凝固する結晶の粒である固体成分4aが徐々に大きくなり、徐々に洗浄効果が増していくこととなる。次に、図1(c)に示すように、剥がれ落ちた異物sの混ざった洗浄材4を矢印f方向に流路1から排出する(排出工程)。
【0017】
なお、温調装置7は、流路壁2の外部にあっても、内部に埋め込まれていても構わない。また、流路壁2が温調装置7を構成する部材であってもよい。ただし、調整可能な温度については、使用する洗浄材4の凝固点の温度に応じて選択する必要がある。温調装置7は、洗浄材4を室温よりも冷却する必要があれば、つまり、洗浄材4の凝固点が室温よりも低い場合は、ペルチェ素子やチラーなどで構成され、冷却工程で洗浄材4を凝固点以下の温度に設定する。また、温調装置7は、室温よりも凝固点の高い物質を洗浄材4として使用する場合は、ヒータなどで構成され、注入工程では洗浄材4を凝固点を超える温度に設定し、冷却工程では洗浄材4を凝固点以下の温度に設定する。これにより、流路壁2を介して流路1内の洗浄材4の温度を調整可能となる。なお、室温よりも凝固点の高い物質を洗浄材4として使用する場合、温調装置7とは別に、不図示のヒータにより流路1に注入する洗浄材4を加熱して液体状態にしておいてもよい。
【0018】
以上、上記実施の形態に基づいて本発明を説明したが、本発明はこれに限定するものではない。上記実施の形態では、冷却工程と洗浄工程とを並行して実施した場合について説明したが、注入工程、冷却工程、洗浄工程及び排出工程を順番に実施する場合であってもよい。この場合も、流路1内の異物sが除去される。
【0019】
また、洗浄工程における洗浄材4の往方向(矢印f方向)の移動距離を復方向(矢印f方向)の移動距離よりも大きくしてもよい。この場合、洗浄工程において洗浄材4が往方向に徐々に移動され、流出口9からは洗浄材4が異物sと共に順次排出される。
【0020】
その際に、流出口9から排出する分、流入口8から洗浄材4を注入してもよい。つまり、注入工程、冷却工程、洗浄工程及び排出工程を並行して実行してもよい。流路1に洗浄材4が注入されることにより、流出口9からは注入された分の洗浄材4が押し出されて排出される。そして、流路1内に注入された洗浄材4は、冷却されて固液二相流となり、往復移動により壁面3に付着した異物sを剥離させて流出口9に向けて搬送される。以上の動作により、流路1内の異物sが効果的に除去される。
【実施例】
【0021】
[実施例1]
図2は本発明の実施例1に係る洗浄装置の構成を示す概略図である。流路1は、タイゴン樹脂のチューブで形成され、途中で内径が2ミリメートルから1ミリメートルに変化するものを使用した。ビーカー10には、温調装置としてチラーの冷媒チューブ7aを取り付けた。このビーカー10には、冷却液11として純水が満たされており、液温を温度センサー12及び温度モニター13によって計測した。チラーには、サイニクス社製の縦型密閉チラーCH−302wを用いた。また温度センサー12はOMEGA社製のSRTD−2を用い、温度モニター13としてグラフテック社製のデータロガーGL450を使用した。流入口8には、交流流速発生機構14が設けられ、交流流速発生機構14により流路1内に洗浄材が注入される。洗浄材の注入後は、交流流速発生機構14により洗浄材を往復流動させる。本実施例1では、交流流速発生機構14としてスポイトを用いた。スポイトによる加圧と減圧を繰り返すことで洗浄材に交流流速を発生させるものである。
【0022】
本実施例1では、流入口8から流出口9への流れを正の方向としたとき、正の方向に約2ミリリットル毎秒、負の方向に約1ミリリットル毎秒となる交流流速を約2ヘルツの周期で与えた。チューブは別の装置において銀ナノ粒子インク(大研化学工業株式会社、NAG−09HU)の供給に使用したものであり、流路1の壁面3が異物によって汚染されていることが目視で確認可能である。洗浄実施後に効果を確認するために、汚染の状態をチューブの外側からデジタルカメラで撮影し、イニシャル状態として記録した。洗浄材にはターシャリーブタノール(キシダ化学株式会社、特級tert−ブチルアルコールなど)を用いた。
【0023】
はじめに、冷却液11の温度が摂氏25度であることを確認した後、流路1にゆっくりと液体状態の洗浄材を注入した。そして洗浄材を注入した流路1を冷却液11中に浸した後、温調装置であるチラーの温度を5度に設定し、冷却を開始した。この間、洗浄材には交流流速発生機構14を用いて、往復流動をかけ続けた。やがて、冷却液11の温度が10度を下回ると、流出口9から出てくる廃液の一部に、洗浄材の成分が凝固した結晶が見られるようになった。また、排出された洗浄材には、結晶に混ざって異物があることを確認できた。洗浄を約5分間行った後、流路1から洗浄液をすべて排出し、流路1の写真を撮影した。初期状態の画像と比較を行ったところ、明らかに洗浄後の流路には異物がほとんど除去されていることがわかった。
【0024】
比較実験として、冷却をせずに交流流速のみで同様の洗浄を行ったところ、異物の除去効果は、冷却をしたものよりも小さかった。また、冷却もせず、交流流速もかけずに洗浄液を正方向に流しただけでは、異物はまったく除去できなかった。
【0025】
[実施例2]
実施例2では、実施例1で示した装置を用い、洗浄液として純水を使用して同様の洗浄検討を行った。ただし、ビーカー10には冷却液11としてエチレングリコールを満たした。この実施例2では、冷却液11の温度が0度を下回ったところで、廃液に結晶が混ざり始めたのを確認できた。効果として実施例1と同様に、流路の壁面の異物を除去できることを確認した。
【0026】
[実施例3]
実施例3では、実施例1で示した装置を用い、洗浄液としてラウリン酸(キシダ化学株式会社、1級ドデカン酸など)を使用して同様の検討を行った。ビーカー10には冷却液11として純水を満たしているが、初期温度は60度まで加熱しておいた。この実施例3では、流路1に洗浄液を満たした後、チラーの設定温度を下げ、液温が40度を下回ったところで、廃液に結晶が混ざり始めた。効果として、実施例1と同様に、流路の壁面の異物を除去できることを確認した。
【0027】
[実施例4]
実施例4では、流路1がインクジェットヘッドのインク流路の場合について説明する。図3は実施例4に用いたインクジェットヘッドの形態を模式的に示したものである特徴として、流路1がヘッド内部で複数の流路に分かれていることがあげられる。流路壁2は流路1を隔てる壁の役目と同時に、インクジェットヘッドの特徴である圧力発生機構も兼ねていることが一般的である。流入口8より液体状態の洗浄材を流路1に注入した場合、最終的に廃液は流出口9のすべてから排出される必要がある。本実施例4では、実施例1で用いたチラーを利用し、ヘッドの外側に温調装置7を取り付けた。また、実施例1〜3とは異なり、流路1の内部の汚れを外側から非破壊で観察することはできなかった。そこで、洗浄実施後に、インクジェットヘッドとして適正な吐出ができるかどうかを評価基準とした。その結果、実施例1と同様の流路洗浄方法を実行し、すべてのノズルから適正に液滴が吐出されることを確認した。
【0028】
一方、単純に洗浄材を流しただけのものでは、ノズルによっては適正な吐出がなされず、洗浄効果が得られていないことがわかった。以上のことから、インクジェットヘッドのような、内部に複雑な流路構造を持つものでも、異物を除去できる効果を確認することができた。
【符号の説明】
【0029】
1 流路
3 壁面
4 洗浄材
4a 固体成分
s 異物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体が流れる流路の壁面に付着した異物を除去する流路洗浄方法において、
液体状態の洗浄材を前記流路に注入する注入工程と、
前記注入工程で前記流路に注入された前記洗浄材を、前記洗浄材の凝固点以下の温度に冷却する冷却工程と、
前記冷却工程による冷却によって固液二相流となった前記洗浄材を、前記流路において往復流動させる洗浄工程と、
を備えたことを特徴とする流路洗浄方法。
【請求項2】
前記洗浄材の凝固点が、摂氏0度から摂氏50度の間の温度であることを特徴とする請求項1に記載の流路洗浄方法。
【請求項3】
前記洗浄材が、純水、ターシャリーブタノール及びラウリン酸のうちのいずれか1つであることを特徴とする請求項2に記載の流路洗浄方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−20235(P2012−20235A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−160306(P2010−160306)
【出願日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】