説明

海洋鋼構造物の防食電着被膜施工方法及び装置

【課題】海洋鋼構造物の表面に均一な厚さの防食電着被膜を確実に形成し得る海洋鋼構造物の防食電着被膜施工方法及び装置を提供する。
【解決手段】直流電源4による通電時に海洋鋼構造物1側の電位測定を行う照合電極6を配設すると共に、該照合電極6で測定された海洋鋼構造物1側の電位が予め設定された電着基準電位範囲にある場合には、前記直流電流値を保持し、前記照合電極6で測定された海洋鋼構造物1側の電位6aが予め設定された電着基準電位範囲以下である場合には、前記直流電流値を減少させる一方、前記照合電極6で測定された海洋鋼構造物1側の電位6aが予め設定された電着基準電位範囲以上である場合には、前記直流電流値を増加させる制御信号4aを前記直流電源4へ出力する制御装置7を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海洋鋼構造物の防食電着被膜施工方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、岸壁等に護岸のために設けられる鋼矢板、橋梁や桟橋等に設けられる鋼管杭、或いはコンクリート構造物の表面を鉄鋼部材で被覆した鋼ケーソン等の海洋鋼構造物は、その一部が海水に水没した状態で設けられており、非常に錆が発生し易い環境に晒されている。
【0003】
従って、このような海洋鋼構造物では、長期間の使用により錆が発生し減肉して強度が低下するため、補強工事或いは取替工事等を行う必要が生じるが、該補強工事或いは取替工事には多大の費用が掛かるため、電気防食、電着防食、或いはこれらの併用により、前記海洋鋼構造物の寿命延長を図ることが行われている。
【0004】
図3は従来の海洋鋼構造物1への電着被膜形成の一例を示す概略図であって、海洋鋼構造物1の海水に水没した水没部2に対し所要の間隔をあけて陽極3を設け、該陽極3と海洋鋼構造物1との間に直流電源4を設けて直流電流を通電することにより、海水に溶存するカルシウムイオン(Ca2+)やマグネシウムイオン(Mg2+)等の陽イオンが陰極としての海洋鋼構造物1へ向かって海水中を泳動し、該海洋鋼構造物1において電子を得ることとなり、該海洋鋼構造物1の水没部2表面に、CaCO3 及びMg(OH)2 等を主成分とする防食電着被膜5(エレクトロコーティング層)が形成され、該防食電着被膜5により前記海洋鋼構造物1の水没部2が防食されるようになっている。
【0005】
そして、従来の場合、前記海洋鋼構造物1の施工面積及び電流密度条件に基づいて選定された通電条件で前記直流電源4から直流電流を通電することが行われていた。
【0006】
尚、前述の如き海洋鋼構造物の防食方法の一般的技術水準を示すものとしては、例えば、特許文献1、2がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4146637号公報
【特許文献2】特許第3799679号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、前述の如く、海洋鋼構造物1の施工面積及び電流密度条件に基づいて選定された通電条件で直流電源4から直流電流を通電するのでは、電着対象の海洋鋼構造物1と陽極3との距離の僅かな差異、配線抵抗の違い等によって通電時の電流密度にムラが生じ、高電流密度の箇所ではガス発生による膜の剥離が生じる等、均一な膜厚の防食電着被膜5を生成することは困難となっていた。
【0009】
尚、特許文献2には、防食被膜を形成させる際に、アノードから防食被膜処理を行う構造物鋼体へ流れる電流、照合電極と構造物鋼体間に加わる電位差、電解液の温度を計測することにより防食被膜処理が良好に行われているか否かの監視を行う点が記載されているが、これは単なるモニタリングに過ぎず、具体的な直流電流の制御に関しては特に開示されていない。
【0010】
本発明は、斯かる実情に鑑み、海洋鋼構造物の表面に均一な厚さの防食電着被膜を確実に形成し得る海洋鋼構造物の防食電着被膜施工方法及び装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、海洋鋼構造物の海水に水没した水没部に対し所要の間隔をあけて陽極を設け、該陽極と海洋鋼構造物との間に直流電源を設けて直流電流を通電することにより、海洋鋼構造物の水没部表面に防食電着被膜を形成する海洋鋼構造物の防食電着被膜施工方法において、
前記直流電源による通電時に照合電極により海洋鋼構造物側の電位測定を行い、該海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲にある場合には、前記直流電流値を保持し、前記海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲以下である場合には、前記直流電流値を減少させる一方、前記海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲以上である場合には、前記直流電流値を増加させることを特徴とする海洋鋼構造物の防食電着被膜施工方法にかかるものである。
【0012】
又、本発明は、海洋鋼構造物の海水に水没した水没部に対し所要の間隔をあけて設けられる陽極と、
該陽極と海洋鋼構造物との間に直流電流を通電することにより、海洋鋼構造物の水没部表面に防食電着被膜を形成する直流電源と、
該直流電源による通電時に海洋鋼構造物側の電位測定を行う照合電極と、
該照合電極で測定された海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲にある場合には、前記直流電流値を保持し、前記照合電極で測定された海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲以下である場合には、前記直流電流値を減少させる一方、前記照合電極で測定された海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲以上である場合には、前記直流電流値を増加させる制御信号を前記直流電源へ出力する制御装置と
を備えたことを特徴とする海洋鋼構造物の防食電着被膜施工装置にかかるものである。
【0013】
上記手段によれば、以下のような作用が得られる。
【0014】
前記直流電源による通電時には、照合電極により海洋鋼構造物側の電位測定が行われ、該照合電極で測定された海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲にある場合には、前記直流電流値を保持する制御信号が制御装置から直流電源へ出力されるが、前記照合電極で測定された海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲以下である場合には、前記直流電流値を減少させる制御信号が制御装置から直流電源へ出力される一方、前記照合電極で測定された海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲以上である場合には、前記直流電流値を増加させる制御信号が制御装置から直流電源へ出力される。
【0015】
この結果、従来のように、海洋鋼構造物の施工面積及び電流密度条件に基づいて選定された通電条件で直流電源から直流電流を単に通電するのとは異なり、電着対象の海洋鋼構造物と陽極との距離の僅かな差異、配線抵抗の違い等によって通電時の電流密度にムラが生じていた場合には、該電流密度のムラがなくなるように直流電流値が補正される形となり、均一な電流密度で通電を行えるため、高電流密度の箇所でのガス発生による膜の剥離が生じること等も避けられ、均一な膜厚の防食電着被膜を生成することが可能となる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の海洋鋼構造物の防食電着被膜施工方法及び装置によれば、海洋鋼構造物の表面に均一な厚さの防食電着被膜を確実に形成し得るという優れた効果を奏し得る。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施例における装置構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の実施例における制御の流れを示すフローチャートである。
【図3】従来の海洋鋼構造物への電着被膜形成の一例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を添付図面を参照して説明する。
【0019】
図1及び図2は本発明の実施例であって、図中、図3と同一の符号を付した部分は同一物を表わしており、基本的な構成は図3に示す従来のものと同様であるが、本実施例の特徴とするところは、図1及び図2に示す如く、直流電源4による通電時に海洋鋼構造物1側の電位測定を行う照合電極6を配設すると共に、該照合電極6で測定された海洋鋼構造物1側の電位が予め設定された電着基準電位範囲にある場合には、前記直流電流値を保持し、前記照合電極6で測定された海洋鋼構造物1側の電位6aが予め設定された電着基準電位範囲以下である場合には、前記直流電流値を減少させる一方、前記照合電極6で測定された海洋鋼構造物1側の電位6aが予め設定された電着基準電位範囲以上である場合には、前記直流電流値を増加させる制御信号4aを前記直流電源4へ出力する制御装置7を設けた点にある。
【0020】
本実施例の場合、前記海洋鋼構造物1に見立てた陰極としての試験片を用いて仮通電を行い、電流密度−電位の関係を求め、該仮通電において陰極電流密度が4[A/m2]となるような電位6aを電着基準電位の最小値とし、前記仮通電において陰極電流密度が3[A/m2](鋼矢板のような複雑形状のものに対しては2[A/m2])となるような電位6aを電着基準電位の最大値とし、前記最小値から最大値までの範囲を前記電着基準電位範囲として予め設定するようにしてある。因みに、前記照合電極6を例えば、銀−塩化銀電極とした場合、港湾のような静水環境での電着基準電位範囲は-1.3〜-1.1[V]となる。
【0021】
尚、図1には、便宜上、二個の直流電源4と、該直流電源4に接続された二個ずつ(合計四個)の陽極と、前記直流電源4に対応する二個の照合電極6とを図示しているが、各々の個数に関しては、電着被膜施工の対象となる海洋鋼構造物1の規模に応じて適宜選定されることは言うまでもない。
【0022】
次に、上記実施例の作用を説明する。
【0023】
先ず、図2のフローチャートに示す如く、初期設定された直流電流値で直流電源4による通電が行われ(図2のステップS1参照)、該直流電源4による通電時には、照合電極6により海洋鋼構造物1側の電位測定が行われる(図2のステップS2参照)。
【0024】
続いて、前記照合電極6で測定された海洋鋼構造物1側の電位6aが予め設定された電着基準電位範囲(例えば、-1.3〜-1.1[V])にあるか否かの判定が制御装置7において行われ(図2のステップS3参照)、前記電着基準電位範囲にある場合には、前記直流電流値を保持(図2のステップS4参照)する制御信号4aが制御装置7から直流電源4へ出力される。
【0025】
前記照合電極6で測定された海洋鋼構造物1側の電位6aが予め設定された電着基準電位範囲にない場合、それが前記電着基準電位範囲以下であるか否かの判定が制御装置7において行われ(図2のステップS5参照)、前記照合電極6で測定された海洋鋼構造物1側の電位6aが予め設定された電着基準電位範囲以下(例えば、-1.3[V]以下)である場合には、前記直流電流値を減少(図2のステップS6参照)させる制御信号4aが制御装置7から直流電源4へ出力される。
【0026】
一方、前記照合電極6で測定された海洋鋼構造物1側の電位6aが予め設定された電着基準電位範囲以下でない、即ち、前記ステップS5で「NO」と判定された場合には、前記照合電極6で測定された海洋鋼構造物1側の電位6aは必然的に、予め設定された電着基準電位範囲以上(例えば、-1.1[V]以上)となるため、この場合には、前記直流電流値を増加(図2のステップS7参照)させる制御信号4aが制御装置7から直流電源4へ出力される。
【0027】
尚、前記直流電流値の制御は、予め設定された通電期間(例えば、3〜7日)が満了するまで(図2のステップS8参照)繰り返される。
【0028】
この結果、従来のように、海洋鋼構造物1の施工面積及び電流密度条件に基づいて選定された通電条件で直流電源4から直流電流を単に通電するのとは異なり、電着対象の海洋鋼構造物1と陽極との距離の僅かな差異、配線抵抗の違い等によって通電時の電流密度にムラが生じていた場合には、該電流密度のムラがなくなるように直流電流値が補正される形となり、均一な電流密度で通電を行えるため、高電流密度の箇所でのガス発生による膜の剥離が生じること等も避けられ、均一な膜厚の防食電着被膜を生成することが可能となる。
【0029】
こうして、海洋鋼構造物1の表面に均一な厚さの防食電着被膜を確実に形成し得る。
【0030】
尚、本発明の海洋鋼構造物の防食電着被膜施工方法及び装置は、上述の実施例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0031】
1 海洋鋼構造物
2 水没部
3 陽極
4 直流電源
4a 制御信号
5 防食電着被膜
6 照合電極
6a 電位
7 制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海洋鋼構造物の海水に水没した水没部に対し所要の間隔をあけて陽極を設け、該陽極と海洋鋼構造物との間に直流電源を設けて直流電流を通電することにより、海洋鋼構造物の水没部表面に防食電着被膜を形成する海洋鋼構造物の防食電着被膜施工方法において、
前記直流電源による通電時に照合電極により海洋鋼構造物側の電位測定を行い、該海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲にある場合には、前記直流電流値を保持し、前記海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲以下である場合には、前記直流電流値を減少させる一方、前記海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲以上である場合には、前記直流電流値を増加させることを特徴とする海洋鋼構造物の防食電着被膜施工方法。
【請求項2】
海洋鋼構造物の海水に水没した水没部に対し所要の間隔をあけて設けられる陽極と、
該陽極と海洋鋼構造物との間に直流電流を通電することにより、海洋鋼構造物の水没部表面に防食電着被膜を形成する直流電源と、
該直流電源による通電時に海洋鋼構造物側の電位測定を行う照合電極と、
該照合電極で測定された海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲にある場合には、前記直流電流値を保持し、前記照合電極で測定された海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲以下である場合には、前記直流電流値を減少させる一方、前記照合電極で測定された海洋鋼構造物側の電位が予め設定された電着基準電位範囲以上である場合には、前記直流電流値を増加させる制御信号を前記直流電源へ出力する制御装置と
を備えたことを特徴とする海洋鋼構造物の防食電着被膜施工装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−111626(P2011−111626A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−265922(P2009−265922)
【出願日】平成21年11月24日(2009.11.24)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】