説明

海苔養殖用施肥器

【課題】海苔の養殖過程において、海水中の窒素濃度低下による栄養成分欠乏で発生する海藻の色落ち防止及びその回復に有用な、所定期間、持続・安定的に尿素を供給することができる尿素を封入した海藻養殖用施肥器を提供することを目的とする。
【解決手段】管径20〜70mm、管長0.5〜5m、管の肉厚0.1〜0.3mmの管状容器に、孔径0.1〜1mmの孔が2〜200個の範囲で設けられ、その全表面積が管状容器の全表面積に対し0.000002〜0.0002で、且つ尿素が封入された海苔養殖用施肥器であって、尿素の粒径が0.5〜5mmで、管状容器がポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニールから選ばれた材料で構成されているときに、上記課題を最も良く解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海藻養殖用施肥器に関し、とりわけ海苔の養殖過程において、海水中の窒素濃度低下による栄養塩欠乏で発生する海藻の色落ち防止及びその回復に有用な海藻養殖用施肥器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、下水道の普及、工場排水規制の強化などに伴い河川からの栄養塩の供給量が低下し、海藻の養殖に必要な窒素やリンが不十分となり、海苔やワカメなどの海藻でしばしば色落ち現象が発生するようになっている。栄養塩の供給不足に加えて、近年、海藻養殖時にユーカンピアなどの大型珪藻類が繁殖するなどの報告が相次いでおり、このような珪藻類が海藻よりも優先的に窒素やリンを消費するため、養殖海苔などの色落ち被害を拡大しているとの報告が多くなっている。この色落ち被害に対して、各県漁連からは栄養塩に関する情報や珪藻注意報といった情報は出されているが、有効な対策がないのが現状である。また、色落ちした海藻の品質は悪化しているため、販売単価の大幅低下あるいは廃棄処分を余儀なくされ、栄養塩の供給低下や大型珪藻類の繁殖によって、養殖を早期に打ち切らざるを得ないような状況となり、生産量の大幅減少という事態も発生している。
【0003】
海藻、特に海苔の養殖においては、栄養塩濃度が低下した場合には、養殖現場に粒状肥料あるいは液体肥料を散布したり、粒状肥料を網に入れて支柱に固定することも行われている。しかし、このような方法は、液体肥料は勿論、粒状肥料も海水中で瞬時に溶解し、希釈・拡散するため、海苔の色落ち防止には余り有効でなく、費用対効果の面でも推奨される方法ではない。このため、色落ち防止対策として、数多くの施肥方法が提案されてきた。
【0004】
例えば、特許文献1には、特定分子量のポリリン酸アンモニウムを有効成分とする海藻養殖用肥料が、また特許文献2には、海水に瞬時に溶解しない持続性のある特定粒度分布のポリリン酸アンモニウムが提案されている。しかし、このようなポリリン酸アンモニウムであっても溶解後には比較的短時間で海水中に拡散するため、色落ち防止効果は必ずしも充分なものではない。特許文献3には、海水に無機塩を溶解し、このpHを1.5〜4に調整した処理液に色落ちした養殖海苔を浸漬し、色落ちを回復する方法が開示されている。しかしこの方法は極めて煩雑な作業を伴うものである。また、特許文献4や特許文献5には、樹脂で肥料を被覆した溶出制御型の被覆肥料を細孔を有する容器に収納し、これを水面下に、また海藻養殖網の周囲及び/又は上部に設置して施肥する海藻養殖法が、また特許文献6には施肥容器を取り付けたロープまたはネットを、海苔養殖網の上部に設置して施肥する方法が提案されている。このような方法では窒素やリン濃度を海藻周辺で有意に高くすることで一定の色落ち防止効果は認められるが、前二者では肥料コストが高くなるに加えて、肥料成分が溶出した後の殻の処分が必要となる場合があり、後者に関しても実効を期待するには被覆肥料の使用が必要と考えられる。
【0005】
一方、非特許文献1によれば、西川らはアンモニア態窒素、硝酸態窒素、亜硝酸態窒素などの肥料塩が珪藻類によって消費されるのに対し、尿素は珪藻類が殆ど利用しないことを報告している。更に、非特許文献2によれば、Tylerらはノリ・ワカメなどが属する紅藻類は尿素を吸収することを報告している。
これら2報の非特許文献は、珪藻類が繁殖して窒素濃度が低下したような状況下に於いて、海苔やワカメは海水中の尿素を優先的に利用することを意味している。しかし、この有望な尿素に関しても、その有効な投与方法は開発されていないのが現状である。
【0006】
【特許文献1】特開平9−59079号公報
【特許文献2】特開平9−110572号公報
【特許文献3】特開2002−300819号公報
【特許文献4】特開平3−83529号公報
【特許文献5】特開平11−79876号公報
【特許文献6】特開2002−84904号公報
【非特許文献1】西川哲也、堀豊、日本水産学会誌、70 (1), 31-38 (2004)
【非特許文献2】Tyler, AC et. Al., Mar. Ecol. Prog. Ser., 294, 161-172 (2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、海藻養殖用施肥器に関し、とりわけ海苔の養殖過程において、海水中の窒素濃度低下による栄養成分欠乏で発生する海藻の色落ち防止及びその回復に有用な尿素を封入した海藻養殖用施肥器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討を重ねた結果、以下に詳記する海藻養殖用施肥器がこの課題を解決することを見出し、係る知見に基づき本発明を完成したものである。
即ち、本発明は(1)管径20〜70mm、管長0.5〜5m、管の肉厚0.1〜0.3mmの管状容器に、孔径0.1〜1mmの孔が2〜200個の範囲で設けられ、その全表面積が管状容器の全表面積に対し0.000002〜0.0002で、且つ尿素が封入された海苔養殖用施肥器に関する。
また、本発明は、(2)尿素の粒径が0.5〜5mmである(1)記載の海苔養殖用施肥器
更に本発明は、(3)管状容器がポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニールから選ばれた材料で構成されている(1)及び(2)記載の海苔養殖用施肥器に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の海苔養殖用施肥器は、上述のように特に色落ち防止及びその回復に有効な成分として尿素を用い、一定の孔径、孔数等後に詳記する構成を有する管状容器にこれを封入したものであるから、所定期間にわたり安定した窒素の供給が可能であり、良好且つ最適な養殖状態を維持することができる。更に言えば、本発明海苔養殖用施肥器は、珪藻類が大量に発生したような厳しい状況下において特に有効で、養殖現場に本発明海苔養殖用施肥器を設置するのみで、養殖海藻の色落ちを防止し、且つそれを容易に回復することができその意義は絶大である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の海苔養殖用施肥器について、更に詳細に説明を行なう。
本発明管状容器の材質は特に限定されるものではないが、軽量、加工性、経済性の観点から、ポリエステル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリ塩化ビニール樹脂、ポリアミド樹脂等の熱可塑性樹脂が望ましく、管状容器としては、特に市販のポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニール製の管状成形体が安価に入手使用できる。管状容器の管径は、20〜70mmであることが必要で、20mm以下では充填できる尿素量が少なくなるため実用性に乏しく、一方70mmを上廻ると養殖現場で使用時に海流の影響を強く受け、強度上の問題が発生し好ましくない。管長(尿素充填可能部の長さ)に関して云えば、管長は0.5〜5mであることが必要で、更に好ましくは0.5〜3mである。0.5m以下では、尿素を養殖現場に充分供給するために設置する本発明海苔養殖用施肥器の個数が多くなり、設置作業に多くの労力を要し好ましくない。また、5mを上廻ると養殖現場までの運搬や海苔網への設置作業が困難となり作業に支障をきたすこととなる。本発明海苔養殖用施肥器の使用態様の一つとして、これを複数連結して使用することも可能である。管状容器の管の肉厚は0.1〜0.3mmであることが必要で、0.1mm以下では強度が低いため実用的でなく、また0.3mmを上廻ると強度的には問題ないものの、材質が硬くなり取扱上で不便で、コスト的にも不利となるため好ましくない。
【0011】
次いで、本発明において使用する管状容器に設ける孔としては、尿素の強い吸湿性と高い溶解性を考慮し、孔径は0.1〜1mmであることが必要で、0.1mm以下では管状容器内への海水の流入が遅いため、初期溶出性が低すぎ実用的でなく、一方1mmを上廻ると海水が容易に流入するため溶出速度が大きくなり、溶出期間が短く本発明の効果を期待することができない。孔の数について云えば、2〜200個設けることが必要である。即ち、安定な溶出性を持たせるためには少なくとも2個以上必要であり、200個以下で十分所望する溶出制御が可能である。また、尿素の海水への溶出性を更に制御するため、孔の全表面積は管状容器の全表面積(尿素充填可能部の面積)に対し0.000002〜0.0002とすることが必要である。養殖現場では絶えず潮流や天候が変化し、尿素の溶出はこれらの影響を強く受けるため、可能な限りこれら自然の影響を小さくすることが重要である。即ち、この割合が0.000002以下になれば、どのような条件下でも溶出速度が低すぎるため実効を期待することができず、一方0.0002を上廻ると溶出速度が大きくなり所望する安定した溶出を期待することができない。これら孔径、孔数、孔の面積を調整することで、海苔の生育状態、海水の栄養塩濃度、海流状況等に応じて溶出速度等を調整することができ、また全て条件が異なる養殖現場での溶出性を制御することが可能となる。本発明管状容器の孔を作成する方法については特に制限はなく、例えば工業的に一般的に使用される針穴やレーザー照射等任意の作成方法を採用すればよい。
【0012】
次いで、本発明で使用する尿素について云えば、粒径0.5〜5mmの粒状尿素であることが必要である。粒状尿素であることは勿論、粒径がこの範囲を逸脱すると本発明の目的を達成することが困難となる。
本発明海苔養殖用施肥器は詳記した上記管状容器にこの粒状尿素を充填後、ヒートシールなどによって封入する。この管状容器については、上述のように管長0.5〜5mの範囲のものが使用可能であり、浮き流し式や支柱式等海苔養殖方法、漁場の形状・状態、設置場所、海水の栄養塩の状態、海苔の生育状況、海流の状況等を勘案して、適宜適切な管状容器を選択使用する。また、その固定方法に関しても特に制限は無く、海苔網補修用ロープ、フック、或いは結束バンド等で、別途支柱に固定してもよいし、例えば図2に示すような海苔網を固定しているロープ或いは海苔網に直接固定してもよい。
【0013】
本発明海苔養殖用施肥器は、これを海苔網やその周辺に設置することで、一定期間にわたり海苔に必要な窒素を供給し、海苔の養殖、とりわけ色落ち防止に有効に作用する。
【実施例】
【0014】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。尚、特に断らない限り%は全て質量%を示す。
【0015】
<海苔養殖用施肥器の作成>
本発明で使用した海苔養殖用施肥器の管状容器の材質、肉厚、管径、管長、孔径、孔数、尿素充填
量を表1に示す。尚、管状容器はポリエチレン管等各管の市販品を購入し、レーザーで孔を作成後、尿素を充填しヒートシーラーで封止作成した。また、尿素(三井化学(株)製)は粒径0.5〜3mm径の肥料用を使用した。この他、実施例14 は実施例1の海苔養殖用施肥器を2個連結したもので(図2を参照)、実施例13は実施例2の海苔養殖用施肥器を同様に3個連結したものである。
【0016】
【表1】

【0017】
次いで、試作した表1の海苔養殖用施肥器を、兵庫県播磨灘にある海苔養殖現場に設置し、尿素溶出性と共に耐久性についても評価を行った。管の肉厚について検討するため、表1に示した実施例1〜3と比
較例3、4による海苔養殖用施肥器各4本を、海苔網補修用ロープで養殖現場に1週間設置した。また、表1の実施例2の海苔養殖用施肥器を3個連結した実施例13、及び実施例1の海苔養殖用施肥器を2個連結した実施例14の海苔養殖用施肥器を、同様に養殖現場に設置した。次いで、毎日観察を行い、施肥器の破損状況などから耐久性を検討した。これらの結果を表2に示すが、実施例1〜3では施肥器の強度に問題はないのに対し、比較例3、4では施肥器強度や取扱上の問題があり適していないことが分かる。また、実施例13、14のように本発明海苔養殖用施肥器を連結して使用しても問題ないことが分かる。
【0018】
【表2】

【0019】
次いで、表1の海苔養殖用施肥器各5本を用い、海苔網補修用ロープで養殖現場に2週間固定設置した。所定期間ごとに海苔養殖用施肥器を回収し、管内の尿素残存量から、管径、管長、孔径、孔数、管の材質が溶出性に及ぼす影響を検討した。また、同時に管の形状変化を調べた。その結果を表3に示す。
【0020】
【表3】

【0021】
表3より、管径としては比較例2のように70mmを上廻るになると、潮流の影響を強く受けて管が破損しやすくなる。逆に、比較例1のように管径が20mm以下では同じ管長の場合充填可能な尿素量が少なくなるため好ましくない。一方、本発明海苔養殖用施肥器は管の破損等もなく、管の管径、管長、孔径、孔数等形状に応じて尿素がほぼ設計通り溶出していることが分かる。
【0022】
次に、管長に関しては、比較例6のように管長が5mを上廻るになると海苔養殖用施肥器は破損し易く、また取扱も難しい。これに対し、管長が0.5〜5m内である本発明海苔養殖用施肥器では、試験期間内に管の大きな破損はない。この他、管長が0.3mと短い比較例5では溶出性などに問題はないものの、設置本数が多くなることから好ましくない。
【0023】
孔径に関しては、0.1〜1.0mmの範囲内である本発明海苔養殖用施肥器では、前記の通り比較的安定した尿素溶出性を示す。これに対し、孔径が0.07mmと小さい比較例7では、特に初期の溶出性が低く、逆に孔径が1.5mmと大きい比較例8では、その溶出は短期間で終了し海苔養殖用施肥器としては不適であることが分かる。
【0024】
更に孔数に関しては、孔数が2〜200個の範囲にある本発明海苔養殖用施肥器では、孔数に対応して溶出を制御することができる。これに対し、孔数400個の比較例9では、初期の溶出性が高いため溶出期間は短く、また孔数1個の比較例10では、孔の面積比が範囲内であっても、その溶出性は低く、特に初期溶出性が悪く海苔養殖用施肥器としては不適であることが分かる。
【0025】
また、孔径、孔数、管長、管径は本発明の範囲内であり、孔の面積比のみが範囲外である比較例11、12では、溶出速度が極端に大き過ぎたり逆に小さ過ぎて海苔養殖用施肥容器としては不適であることが分る。
【0026】
管状容器の材質についてみた場合、材質だけが異なる実施例2(ポリエチレン)、実施例11(ポリプロピレン)、実施例12(塩化ビニール)を比較しても、いずれも耐海水性、耐候性、強度等遜色無く海苔養殖用施肥器として適していることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の海藻養殖用施肥器の概略図
【図2】本発明の海藻養殖用施肥器が2個連結した場合の概略図
【符号の説明】
【0028】
1 海藻養殖用施肥器
2 尿素充填部
3 固定用端部
4 海藻養殖用施肥器固定用ロープ
5 ヒートシール部位
6 連結部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
管径20〜70mm、管長0.5〜5m、管の肉厚0.1〜0.3mmの管状容器に、孔径0.1〜1mmの孔が2〜200個の範囲で設けられ、その全表面積が管状容器の全表面積に対し0.000002〜0.0002で、且つ尿素が封入された海苔養殖用施肥器
【請求項2】
尿素の粒径が0.5〜5mmである請求項1記載の海苔養殖用施肥器
【請求項3】
管状容器がポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニールから選ばれた材料で構成されている請求項1又は2記載の海苔養殖用施肥器

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−273424(P2009−273424A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−128957(P2008−128957)
【出願日】平成20年5月16日(2008.5.16)
【出願人】(000203656)多木化学株式会社 (58)
【出願人】(592216384)兵庫県 (258)
【Fターム(参考)】