説明

浸硫層被覆部材およびその製造方法

【課題】耐磨耗性および密着性に優れ、摺動特性を向上させて相手部材への攻撃性を低下させることができ、過酷環境下においても基材の損傷を防止することができる、浸硫層被覆部材およびその浸硫層被覆部材を低コストで製造する方法を提供する。
【解決手段】基材1上に浸硫層2を形成した後、最表面のに固体潤滑剤からなる皮膜3を形成する。このとき固体潤滑剤はフッ素系樹脂からなるものが好ましく、浸硫層の上に塗布し焼成することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸硫層被覆部材およびその製造方法に関し、特に、基材上に硬質層として浸硫層が形成された部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、耐摩耗性や耐焼き付き性が必要とされる自動車などの摺動部品や機械部材の他、高面圧下で使用される金型などの表面に、溶融塩電解などによって硫化鉄や硫黄化合物からなる浸硫層を形成して、耐摩耗性や耐焼き付き性を向上させる方法が知られている(例えば、特許文献1、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平6−220689号公報
【特許文献2】特開平10−204611号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来の方法では、自動車などの摺動部品、機械部材、金型などの表面に要求される耐磨耗性、密着性、摺動特性などの全てを満足する表面処理被覆を形成するのは困難であり、被覆としての能力を最大限に発揮させるためには、被覆を形成する基材の強化や、基材の表面形状の調整などが必須であった。
【0005】
また、特許文献1などに記載された硫化鉄及び硫黄化合物からなる生成層(浸硫層)は、耐焼付き、かじり性、初期なじみ製、耐磨耗性、耐疲労性に優れているが、より大きな荷重が加わったときの耐焼付き性、相手部材への攻撃性や、過酷環境下における生成層の破壊時の基材(母材)の損傷の問題がある。
【0006】
また、特許文献2などに記載された浸硫層は、耐磨耗性、耐焼付き性、耐磨耗性が高いが、より大きな荷重が加わったときの耐焼付き性、相手部材への攻撃性や、過酷環境下における浸硫層の破壊時の基材(母材)の損傷の問題がある。
【0007】
したがって、本発明は、このような従来の問題点に鑑み、耐磨耗性および密着性に優れ、摺動特性を向上させて相手部材への攻撃性を低下させることができ、過酷環境下においても基材の損傷を防止することができる、浸硫層被覆部材およびその浸硫層被覆部材を低コストで製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、基材上に浸硫層を形成し、この浸硫層上に固体潤滑剤からなる皮膜を形成することにより、耐磨耗性および密着性に優れ、摺動特性を向上させて相手部材への攻撃性を低下させることができ、過酷環境下においても基材の損傷を防止することができる、浸硫層被覆部材を低コストで製造することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明による浸硫層被覆部材は、基材上に浸硫層が形成され、この浸硫層上に固体潤滑剤からなる皮膜が形成されていること特徴とする。また、本発明による浸硫層被覆部材は、固定潤滑剤が、フッ素系樹脂からなるのが好ましく、ポリテトラフルオロエチレンからなるのがさらに好ましい。
【0010】
また、本発明による積層皮膜被覆部材の製造方法は、基材上に浸硫層を形成した後、この浸硫層上に固体潤滑剤を塗布して焼成することにより、浸硫層上に固体潤滑剤からなる皮膜を形成することを特徴とする。また、本発明による前記浸硫層が、基材を溶融塩浴中に浸漬し、溶融塩電解により形成されるのが好ましく、前記溶融塩浴はチオシアン酸カリウムとチオシアン酸ナトリウムからなる溶融塩を使用することが好ましい。また、固定潤滑剤が、フッ素系樹脂からなるのが好ましく、ポリテトラフルオロエチレンからなるのがさらに好ましい。
【0011】
なお、本明細書中において、「浸硫層」とは、溶融塩電解によって形成された基材表面の硫化鉄及び硫黄化合物からなる生成層をいう。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、耐磨耗性および密着性に優れ、摺動特性を向上させて相手部材への攻撃性を低下させることができ、過酷環境下においても基材の損傷を防止することができる、浸硫層被覆部材を低コストで製造することができる。この浸硫層被覆部材は、金型、機械部品、自動車部品などに使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明による浸硫層被覆部材の実施の形態の構造を示す断面図である。
【図2】実施例において使用した高速ファレックス摩擦磨耗試験機の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照して、本発明による浸硫層被覆部材およびその製造方法の実施の形態について詳細に説明する。
【0015】
図1に示すように、本発明による浸硫層被覆部材の実施の形態は、基材1と、この基材1上に浸硫層2が形成され、該浸硫層2の表面に形成された固体潤滑剤からなる皮膜3とを備えている。
【0016】
このように、浸硫層(機械的強度の高い硬質層)上にフッ素系樹脂などの固体潤滑剤からなる皮膜(低摩擦係数の層)を形成することにより、耐磨耗性および密着性に優れ、摺動特性を向上させて相手部材への攻撃性を低下させることができ、過酷環境下においても基材の損傷を防止する皮膜で被覆された浸硫層被覆部材を製造することができる。
【0017】
すなわち、基材上に硬質で機械的な強度の高い浸硫層を形成し、その上にフッ素系樹脂などの固体潤滑剤からなる低摩擦係数の皮膜を形成することにより、耐磨耗性および密着性に優れ、摺動特性を向上させて相手部材への攻撃性を低下させることができ、過酷環境下においても基材の損傷を防止することができる、浸硫層被覆部材を製造することができる。
【0018】
フッ素系樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、フッ化エチレンプロピレン(FEP),テトラフルオロエチレン(TFE)などを使用するのが好ましい。
【0019】
ここで、まず基材上に浸硫層を形成するには、基材の金属部材を160〜240℃に保持した溶融塩浴中に浸漬し、溶融塩電解により基材の表面に硫化鉄及び硫黄化合物からなる浸硫層(生成層)を得る。
【0020】
前記塩浴電解は、160〜240℃に保持したチオシアン酸ナトリウム(NaSCN)、チオシアン酸カリウム(KSCN)を主剤とした溶融塩浴中に、脱脂、酸洗浄等の前処理、さらには浸炭処理、焼入れ処理、焼き戻し処理、窒化処理などを行った基材を浸漬し、基材を陽極、塩浴槽を陰極として直流電解として行われる。
【0021】
その結果、陽極では下記1式のごとく、鉄イオンの生成が行われ、陰極では下記2式の硫黄イオンの生成反応が行われ、基材の表面近傍で行われる下記3式の硫化反応により、基材の表面に浸硫層が生成される。
【0022】
Fe → Fe2+ + 2e (1)
SCN + 2e → S2− +CN (2)
Fe2+ + S2− → FeS (3)
【0023】
本発明において前記同様の化学反応により浸硫層が形成される。
【0024】
なお、本発明の基材は表面が鉄または鉄合金である鉄計部材であり、通常ははだ焼き鋼もしくは浸炭鋼または特殊鋼等で作られたギヤ類、シリンダー類、ピストン類などの機械部品である。
【0025】
次に、浸硫層が形成された基材を、表面の浸硫層上にポリテトラフルオロエチレンなどのフッ素系樹脂などからなる固体潤滑剤をスプレーガンで噴射して所定の厚さにした後、260〜340℃の温度で0.1〜3時間程度加熱して焼成する。これにより、浸硫層上に固体潤滑剤からなる皮膜が形成される。この固体潤滑剤からなる皮膜の厚さは、1〜10μmであるのが好ましく、1〜6μmであるのがさらに好ましい。
【実施例】
【0026】
以下、本発明による浸硫層被覆部材およびその製造方法の実施例について詳細に説明する。
【0027】
[実施例1]
まず、基材として、鋼種SCM415に浸炭焼入れ焼き戻しを施した後に鏡面研磨した円柱形の直径6.5mmのファビリピンを用意した。
【0028】
溶融塩浴として、チオシアン酸カリウム(75質量%)、チオシアン酸ナトリウム(25質量%)のからなる組成であって、190℃に保持したものを用いた。前記基材を、前記塩浴中に浸漬し、基材を陽極、塩浴槽を陰極として電流密度3.2A/dmとして10分間直流電解を行った。
【0029】
前記直流電解により、基材上に厚さ約5μmの硫化鉄及び硫黄化合物からなる浸硫層を得た。
【0030】
次に、浸硫層が形成された基材を、乾式塗布焼成法に基づいて、最表面の窒素含有クロム皮膜の表面にポリテトラフルオロエチレンからなる固体潤滑剤を塗布し、300℃で2時間程度保持して固体潤滑剤を焼成することによって、浸硫層上に固体潤滑剤からなる皮膜を形成した。
【0031】
このようにして得られた浸硫層被覆部材(円柱形の浸硫層被覆ファビリピン)の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したところ、浸硫層の全面に形成された固体潤滑剤が確認された。また、得られた浸硫層被覆部材の断面をSEMで観察したところ、厚さ2μm程度の固体潤滑剤の層が確認された。
【0032】
また、得られた浸硫層被覆ファビリピンの耐荷重性能および摺動特性を評価するために、図2に示すような高速ファレックス摩擦磨耗試験機の回転駆動機112にピン113により浸流層被覆ファビリピン110の上部を固定し、その側面を一対の(SCM415に浸炭焼き入れ焼き戻しを施した)Vブロック(V溝付ブロック)111のV溝で挟み、回転駆動機112により浸硫層被覆ファビリピン110を回転させながら、Vブロックに加える(図中、矢印Lで示す)荷重を増加して、非潤滑で摩擦磨耗試験を行った後、試験終了後の浸硫層被覆ファビリピンとVブロックの外観を観察した。この試験では、すべり速度を0.1m/sとして、試験終了時の最大荷重を15000Nと設定した。摺動特性の評価として試験終了時の摩擦係数μは0.079であった。また、試験終了後のファビリピン(基材)の外観の観察では、焼付きや損傷などは認められず、浸硫層の損傷も観察されなかった。
【0033】
[実施例2]
電解時間を長くして浸硫層の厚さを7μmとした以外は、実施例1と同様の方法により、浸硫層被覆部材を作製した。
【0034】
この浸硫層被覆部材の表面をSEMで観察したところ、ほぼ全面に形成された固体潤滑剤が確認され、浸硫層被覆部材の断面をSEMで観察したところ、厚さ3μm程度の固体潤滑剤の層が確認された。
【0035】
また、得られた積層皮膜被覆ファビリピンの耐荷重性能および摺動特性を実施例1と同様の方法により評価したところ、試験終了時の摩擦係数μは0.081であった。また、試験終了後のファビリピンの外観の観察では、焼付きや損傷などは認められず、積層皮膜の損傷も観察されなかった。
【0036】
[比較例1]
浸硫層上に固体潤滑剤からなる皮膜を形成しなかった以外は、実施例1と同様の方法により、浸硫層層被覆部材(円柱形の浸硫層被覆ファビリピン)を作製して、耐荷重性能および摺動特性を評価した。この試験では、試験終了時の最大荷重は15000Nと設定していたが、7266Nで焼き付きが発生したので中断した。試験終了時の摩擦係数μは0.199であった。また、試験終了後のファビリピンの外観の観察では、塑性流動による変形が認められ、焼き付きが観察された。
【0037】
[比較例2]
実施例1と同様のファビリピン(鋼種SCM415に浸炭焼入れ焼き戻しを施した後に鏡面研磨した円柱形の直径6.5mmのファビリピン)の耐荷重性能および摺動特性を実施例1と同様の方法により評価したところ、試験終了時の最大荷重は15000Nと設定していたが、4837Nで焼き付きが発生したので中断した。試験終了時の摩擦係数μは0.336であった。また、試験終了後のファビリピンの外観の観察では、塑性流動による変形が認められ、焼き付きが観察された。
【符号の説明】
【0038】
1 基材
2 浸硫層
3 固体潤滑剤からなる皮膜
110 積層皮膜被覆ファビリピン
111 Vブロック
112 回転駆動機
113 ピン


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に浸硫層が形成され、この浸硫層上に固体潤滑剤からなる皮膜が形成されていること特徴とする、浸硫層被覆部材。
【請求項2】
前記固定潤滑剤がフッ素系樹脂からなることを特徴とする、請求項1に記載の浸硫層被覆部材。
【請求項3】
前記固定潤滑剤がポリテトラフルオロエチレンからなることを特徴とする、請求項1に記載の浸硫層被覆部材。
【請求項4】
基材上に浸硫層を形成した後、この浸硫層上に固体潤滑剤を塗布して焼成することにより、浸硫層上に固体潤滑剤からなる皮膜を形成することを特徴とする、浸硫層被覆部材の製造方法。
【請求項5】
前記浸硫層が、基材を溶融塩浴中に浸漬し、溶融塩電解により形成されることを特徴とする、請求項4に記載の浸硫層被覆部材の製造方法。
【請求項6】
前記浸硫層が、前記溶融塩浴として、チオシアン酸カリウムとチオシアン酸ナトリウムからなる溶融塩を使用することによって形成されることを特徴とする、請求項4または5に記載の浸硫層被覆部材の製造方法。
【請求項7】
前記固定潤滑剤がフッ素系樹脂からなることを特徴とする、請求項4乃至6のいずれかに記載の浸硫層被覆部材の製造方法。
【請求項8】
前記固定潤滑剤がポリテトラフルオロエチレンからなることを特徴とする、請求項4乃至7のいずれかに記載の浸硫層被覆部材の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−208215(P2011−208215A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−76701(P2010−76701)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(306039120)DOWAサーモテック株式会社 (45)
【Fターム(参考)】