説明

浸透物質保持穀類

【課題】加圧にすることなく、種々の水溶性高分子物質を保持させた米を提供する。
【解決手段】アミロペクチン枝作り酵素(BEIIb)及びアミロース合成酵素I(GBSSI)の両者を欠損させた突然変異米(wx/ae米)に、難消化性デキストリン、アラビノガラクタン、ポリフェノールなどの水溶性高分子物質の水溶液に常圧、室温下で浸漬し、その後60℃以下、好ましくは50℃程度で乾燥させ、高分子物質を浸透・保持した米を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸透物質保持穀類及びそれを用いた加工食品並びにその製造方法に関する。より具体的には、非加圧状態で高分子などの被保持物質を内部に取り込んだ米、及び被保持物質を取り込ませた状態で炊飯ができる米に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1(特開2006−180806号公報)には、穀類中のアミロースと親和性が高い外来性アミロース親和性物質を含有させた穀類が開示されている。このような外来性アミロース親和性物質、例えば、難消化性デキストリンやローカストビーンガムなどの水溶性食物繊維を含有させることにより穀類中に存在する澱粉の老化作用が抑制され、炊飯後においても食感がよくなるだけでなく、冷蔵保存後の食感もよい状態に保たれる。また、水溶性食物繊維は消化されないので、食事後の急激な血糖値上昇を抑制する作用を発揮する。従って、このような水溶性食物繊維が有する種々の健康維持ないし疾患予防機能が付与された穀類が提供される。
【0003】
上記穀類は、外来性アミロース親和性物質を溶解させた水溶液中で穀類を高圧処理、具体的には約100〜約9000気圧に加圧することによって製造される。この際、穀類の食感が劣化するのを防止する意味で50℃以下の温度で加圧するのが好ましいとされている。
【0004】
一方、非特許文献1には、野生種のうるち米からアミロース合成酵素I(GBSSI)とアミロペクチン枝作り酵素IIb(BEIIb)の双方を欠失した二重変異体(wx/ae)米が開示されている。この二重変異体は、GBSSIを欠失したwx変異体とBEIIbを欠失したae変異体を交配して得られた株(変異体)の中から選抜されたものである。
【0005】
この二重変異体では、胚乳断面のヨウ素染色や米粒のX線回折の結果、アミロペクチンの分子構造が野生種やwx変異体のそれとは異なっていることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−180806号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Kubo, A., et al., Journal of Cereal Science (2007), doi:10.1016/j.jcs.2007.08.005
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、特許文献1に記載の方法では、穀物に水溶性食物繊維などを保持させるためには、高圧下で処理する必要がある。また、この処理で得られた穀類はひびや割れが生じやすく、処理された穀類の商品価値が低下することが懸念された。
【0009】
その一方、非特許文献1においては、二重変異体(wx/ae)米のアミロペクチンの構造について言及されているものの、その他の特性については報告がなく未知であった。そこで、本願発明者らは、前記wx/ae米の特性についてさらに研究を進めたところ、この米の吸水量(率)は、野生型のうるち米(WT米)やもち米(wx変異体米)に比べて高く、wx/ae米の全糖質の含有率がそれらに比べて低いが、ショ糖の含有率が高いという知見を得た。つまり、wx/ae米を水に浸漬すると野生型のうるち米やもち米(wx変異体米)に比べて多くの水を吸収するのはショ糖の高い含有率によるものであり、wx/ae米は高い浸透圧を有するものと考えられた。本願発明者らは、浸漬水中に米に浸透・保持させたい高分子物質を溶解させ、この高分子物質水溶液にwx/ae米を浸漬すれば当該高分子物質をこの米に浸透・保持させることができることを想起した。そこで、実際に高分子物質水溶液にwx/ae米を浸漬してみると、常圧の条件下でも浸漬液中の高分子物質を浸透・保持させられることが確認された。
【0010】
本発明は上記の背景技術に鑑みてなされたものであって、本発明は、加圧にすることなく、種々の被保持物質を保持させた穀類、特に米を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明では、被保持物質の水溶液又は分散液に穀類を非加圧下で浸漬して当該物質を穀類に浸透させ、その後に前記浸漬された穀類を乾燥することにより、被保持物質を保持させた穀類を製造する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、加圧されることなく被保持物質が保持された穀類が提供される。被保持物質は、特許文献1に開示された水溶性のアミロース親和性物質に限られるものではなく、米に保持させることができる物質の選択肢が広がり、健康の増進に繋がる機能性食品の用途が広がる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は膨潤による精白米体積の変化を示す画像である。(a)は浸漬前の、(b)は浸漬30分後の状態を示す。(a)(b)それぞれ左からWT米(うるち米)、wx変異体米、wx/ae米を示す。
【図2】図2は玄米における浸漬時間と吸水量との関係を示す図である。
【図3】図3は精白米における浸漬時間と吸水量との関係を示す図である。
【図4】図4は玄米におけるショ糖の浸透圧を示す図である。(a)は玄米100g当たりの浸透圧を、(b)は玄米100ml当たりの浸透圧を示す。
【図5】図5は本発明の方法によって精白米にアラビノガラクタンを保持させた米の染色顕微鏡画像である。(a)はWT米の画像、(b)はwx変異体米の画像、(c)はwx/ae米の画像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の浸透物質保持穀類は、穀物内外の浸透圧差を利用して、非加圧下で被保持物質が浸透・保持されたことを特徴とする。この穀類は、以下に述べるように、加圧することなく常圧下で高分子物質などの被保持物質の水溶液又はその分散液に穀類を浸漬して被保持物質を穀類内部に浸透させ、その後、必要に応じて60℃以下の温度で乾燥させて、当該物質を穀類に保持させることにより製造される。
【0015】
本発明において、常圧下とはいわゆる大気圧にある状態を意味し、特別な加圧操作を加えないことを意味する。もっとも、加圧下や減圧下で被保持物質を保持させてもよいが、本発明の穀類は、以下に述べるように穀類が有する高い浸透圧を利用するものなので、加圧操作又は減圧操作が保持に与える影響はほとんどない。
【0016】
本発明において用いることができる被保持物質は水溶性物質、水不溶性物質のいずれでもよい。その分子量も特に制約されるものではないが、被保持物質を含む浸漬水の有する浸透圧が穀物内部の浸透圧よりも大きくなる物質が好ましく用いられる。この被保持物質として、水溶性の高分子物質が例示される。本発明は穀物を被保持物質の水溶液に浸漬させたときに生じる穀物内・外の浸透圧の差を利用する。下に述べるように、本発明において保持体として用いられる穀物はショ糖の含有量が高いために、穀物自体が高い浸透圧を有すると考えられる。この穀物を、被保持物質を溶解させた浸透圧が小さい水溶液に浸漬させると、穀物内・外の浸透圧差によって穀物の外部にある水が穀物内部に移動する。この水の移動に伴い、浸漬水に含まれていた被保持物質が穀類中に浸透して被保持物質が穀類に保持されると考えられる。
【0017】
被保持物質が水溶性である場合、当該水溶性物質は高分子量の物質であることが望ましい。水溶性物資が低分子量だと当該物資を溶解した浸漬水に高い浸透圧が生じ、穀物内・外の浸透圧差が小さくなって、水及び当該物資の穀物内への浸透がなくなるからである。
【0018】
被保持物質が水溶性である場合、電解質物質でない限りその分子量は特に制限されない。しかしながら、分子量が小さい場合には、少量の物質を溶解しても浸漬液中のモル濃度が高くなるために穀物内部の浸透圧と浸漬液の浸透圧の差が大きくならず、水及び溶質の移動、ないしその結果としての被保持物資の保持量が少なくなる。従って、水溶性の被保持物質の分子量は、300以上、より好ましくは1000以上である。
【0019】
一方、溶質(被保持物質)が高分子の場合は低分子の場合と比較して同じ重量濃度であればモル濃度は低い。このため、穀物内部の浸透圧に比較して浸漬液中の浸透圧が低くなるので、穀物内外の浸透圧差が大きくなって、溶質が低分子の場合に比べて水及び溶質の移動量が多くなる。従って、低分子物質の場合に比べて、高分子物質の方が被保持物質の保持量が多くなる。これらの観点から、本発明の被保持物質は高分子物質であるのが好ましく、その分子量の上限も特に制限されない。しかしながら、分子量が大きくなれば分子サイズが大きくなる。そのため、穀類の空隙内に入らず、穀物に保持されにくくなる虞が高くなる。従って、水溶性高分子物質の分子量の上限は500万、好ましくは100万である。
【0020】
本発明において用いることができる高分子物質の具体例を挙げると、難消化性デキストリン、アラビノガラクタン、ポリフェノール、ポリペプチド、プルランなどの多糖類、ゼラチン等のタンパク質などが挙げられる。難消化性デキストリンとしては、例えば、焙焼デキストリンをα−アミラーゼ及びトランスグリコシダーゼで処理されたもの(特開平2−100695号公報参照)や有機酸若しくは無機酸を平衡吸着した多糖を湿熱処理して得られたもの(特開平8−41104号公報参照)などが例示され、具体的には商品名「パインファイバー」(松谷化学工業)が例示される。難消化性デキストリンはヒトや動物において消化性が悪く、血糖値の上昇を抑え血糖値を調整する効果、血清コレステロールや中性脂肪を低下させる効果、および整腸作用などがあると言われている。
【0021】
アラビノガラクタンは、アラビノースとガラクトースを構成糖とする水溶性多糖で食物繊維の一種である。アラビノガラクタンの中でも、国際公開WO2005/105852号公報や特開2008−208102号公報に開示されたアラビノガラクタンは、抗糖尿病作用や腸管免疫の賦活作用があると言われており、抗糖尿病剤や抗アレルギー剤として用いられる。また、プルランなどの水溶性多糖類も好適に使用できる。プルランはグルコースを構成糖とする多糖で、増粘剤や造膜剤などとして用いられる。プルランを保持させることにより、これまでにない機能を発揮させる可能性がある。
【0022】
また、難消化性デキストリン、アラビノガラクタン、プルラン等の水溶性多糖類に限らず、その他水溶性の高分子物質、例えばポリフェノールも良好に用いられる。ポリフェノールは、分子内にフェノール性の水酸基を多数有する植物起源の物質の総称である。ポリフェノールとして、カテキンやアントシアニン、イソフラボン、フラボン、エラグ酸、クロロゲン酸などが例示される。これらのポリフェノールは抗酸化効果など種々の作用、機能を有し、ヒト、動物の老化の予防や当該保持米から得られる加工食品の保存性を向上させる。これらの高分子物質は、本発明において保持可能な物質の一例にすぎない。
【0023】
被保持物質は水溶性でなくともよい。水に不溶である疎水性物質であっても被保持物質として用いることができる。浸透圧の差によって穀物内に浸漬液の溶媒である水が穀物内に移動する際に該疎水性物質も穀物内に浸透した後、乾燥によって穀物に保持されるからである。ここで疎水性物質とは水に不溶性の物質であって、常温で浸漬液に分散した場合にエマルジョンとなる物質を意味する。保持させる疎水性物質の分子量は低分子、例えば300未満であってもかまわない。疎水性物質は水に溶けないので低分子量の疎水性物資を分散させても浸漬液に浸透圧を発生させないからである。従って、本発明における被保持物質は常温で浸漬液に分散してエマルジョンになる疎水性物質でもよく、上記のように水溶性の高分子物質でもよい。また、疎水性物質の場合は分子量も特に制約されるものではないが、親水性物質の場合は水に溶解または分散させた浸漬液の浸透圧と穀類内部の浸透圧の差が大きくなる物質が好ましく用いられ、水溶性物質の場合には分子量が300以上の物質が好ましいと言える。
【0024】
本発明において保持するとは、単に穀類の表面に付着するのではなく、図5に示すように、穀類の空隙内や穀類内部に被保持物質が浸透して安定に維持される状態を意味する。従って、浸透物質保持穀類を再び水に浸漬しても、被保持物質がほとんど水中に溶出(放出)されることはない。また、被保持物質は細胞膜を通過して細胞質内に留まるものと考えられるが、被保持物質の種類によっては、細胞膜を通過せずに穀類の空隙中に浸透・保持される場合もある。本発明はこのような場合を排除するものではない。
【0025】
本発明において用いられる保持体は穀類である。穀類であればその種類は制約されるものではなく、米、麦、ひえや粟などが例示されるが、保持された穀類の応用範囲などを考慮すると、これらの中でも特に米が好ましく用いられる。被保持物質が保持された本発明による穀物を作製するためには、穀物内部の浸透圧が浸漬液のそれよりも高いことが必要である。穀物内外の浸透圧によって浸漬液が穀物の内部に移動し、この際浸漬液に溶解していた水溶性分子または浸漬液に分散していた疎水性分子が水と共に穀物の内部に移動して保持されるからである。
【0026】
具体的に言うと、本発明においては、前記wx/ae米が望ましく用いられる。もっとも、穀物内部のショ糖等糖類の含量が高いことによって浸漬液との間に浸透圧を生じせしめるものであれば、いかなる米であってもよい。通常のうるち米やもち米が有する浸透圧は小さいので被保持物質の保持量が少ない。それに比べて前記wx/ae米の浸透圧は高く、より多くの被保持物質を保持させることができるからである。このwx/ae米は、アミロペクチン枝作り酵素(BEIIb)及びアミロース合成酵素I(GBSSI)の両者が欠損した変異米(wx/ae米)である(非特許文献1参照)。この米はうるち米やもち米よりもショ糖の含有量が多い(表1参照)。ショ糖の含有量が大きいと、米の浸透圧が増大するので浸漬液中の被保持物資が多く保持される。本願発明では、前記wx/ae米以外にもショ糖含有量が高い米、具体的には玄米中のショ糖の含有量が1.5%以上、好ましくは2%以上、さらに望ましくは3%の穀類であれば、好ましく用いることができる。また、玄米よりも精白米(玄米を精米して胚芽や糠などの穀物表面層を除去した後の米)の方が浸透しやすく、精白米を用いる場合であれば精白米中の含有量が0.5%以上、好ましくは1.0%以上、望ましくは1.5%あればよい。精白米におけるショ糖含有量は重量精白歩合(玄米に対する精米後の重量比)が85%以上90%以下の精白米中の含有量である。もっとも、wx/ae米はショ糖含量が高いことが特徴であるが、本発明は穀類内外の浸透圧差を利用して被保持物質を浸透保持させることに特徴があるので、wx/ae米の他にも、ショ糖やその他の非電解質の存在により高い浸透圧を有する米も、保持米として用いることが可能である。なお、ここにおけるショ糖含有量は下記実施例に記載されたScofieldらの方法によって求められた値である。
【0027】
また、wx/ae米はショ糖の含有量が高く、米内外の浸透圧差によって水が米内部に移動するので、wx/ae米の有する吸水量が大きくなる。従って、吸水量を穀物内の浸透圧の指標とすることができる。すなわち、吸水力がうるち米やもち米よりも大きい米、具体的には15℃の水に浸漬させた際の吸水力が少なくとも1.5以上、好ましくは1.6、望ましくは2.0以上の米が本発明においては好適に用いられる。なお、この吸水力は、浸漬開始直後の穀類体積に対する浸漬後の穀類体積の比として定義される。
【0028】
米は脱穀した玄米、玄米を精米して胚芽や糠などの穀物表面層を除去した後の米(精白米)のいずれでも用いることができる。しかしながら、玄米は精白米に比べて吸水速度が低いため、限られた時間内に多量の被保持物質を保持させることが期待できない。従って、本発明においては精白米が好適に用いられる。もちろん、玄米においても吸水速度が高い場合には、多量の高分子物質を保持させることも可能である。また、米以外の穀類でも同様に脱穀して外側の殻を取り除いたものが使用される。殻が存在していると吸水できないからである。
【0029】
飽和保持量、つまり穀物が最大限保持できる被保持物質の量(穀物の保持能力)は、穀物が有する浸透圧と被保持物質の分子量に依存する。穀物の浸透圧と浸漬液の有する浸透圧が等しくなるまで水の移動が生じ、両者の移動速度が平衡になった時点でその移動が止まる。保持量は水の移動量に比例するので、穀物内部の浸透圧と浸漬液の浸透圧の差が大きいほど、移動量は多くなり、保持量も多くなる。穀物内部の浸透圧は、上記のとおり、穀物が有するショ糖や他の非電解質の存在によるものである。また、浸透圧は単位量当たり溶解している溶質のモル数(浸漬液のモル濃度)に比例するために、同一重量濃度であれば、被保持物質の分子量が大きくなればなるほど、浸漬液の浸透圧は小さくなり、浸漬水の移動量は多くなる。このように、穀物に対する飽和保持量は穀物が有する浸透圧及び被保持物質のモル濃度に依存する。
【0030】
被保持物質が高分子物質や水に不溶性の物質である場合には、保持穀物が有する浸透圧に比べて浸漬液の浸透圧は無視できるので、浸漬液の濃度が高いほど保持量が多くなる。例えば、前記アラビノガラクタンやプルランでは、WT米(精白米)では保持量は保持米の1%未満であるのに対し、wx/ae米(精白米)では1%以上、また浸漬液中の被保持物質の濃度を高めると2%以上の高分子物質が保持される。
【0031】
本発明の保持穀物は、上記被保持物質の水溶液又は分散液に常圧下で浸漬する工程と必要に応じて行われる前記浸漬された穀物を乾燥する工程とにより得られる。水溶液や分散液の濃度は適宜調整されるが、概ね1〜50%程度、好ましくは2〜20%程度である。浸漬液には、1種類の被保持物質だけでなく2種以上の被保持物質を溶解又は分散させてもよい。分散液を用いる場合は、超音波や高速攪拌などにより被保持物質をできるだけ微細な粒子として分散することが望まれる。
【0032】
浸漬時間を長くすると保持量が多くなるが、30分から1時間程度の間に急激に保持量が増加し、数時間程度で飽和に達する。従って、浸漬時間は、少なくとも30分程度、好ましくは1時間以上、望ましくは2時間程度であり、長くても5、6時間までである。もっとも、30分未満であっても保持させることができ、一方6時間を超えて保持させた方がよい場合もある。
【0033】
浸漬温度も特に制約なく、加温することなく室温(1〜30℃)下で保持すればよい。もっとも50℃程度までなら加温しても差し支えない。多少なりとも浸透速度が速くなり、平衡に達する時間が短くなる。これにより生産性が向上する。
【0034】
浸漬された穀類は、水溶液又は分散液から取り出された後に乾燥される。乾燥も常圧で行われ、乾燥温度は60℃以下、好ましくは50℃程度である。30℃未満の低温では乾燥不足に陥りやすく、60℃を越え、100℃近くで乾燥させると、米では炊飯状態に近くなる。この結果、米は糊化してその後に炊飯できなくなる虞がある。従って乾燥は60℃以下、好ましくは50℃以下の温度で乾燥するのが好適である。また、乾燥も常圧で行えばよいが、減圧乾燥することでも差し支えない。60℃以下の温度で乾燥された米は、割れやヒビも少なく、精米された精白米と同じような形態を保つ。この米は、長期間安定に保存される。もちろん、加温操作することなく自然乾燥させてもよい。
【0035】
得られた保持米は、通常の精白米や玄米と同じく、炊飯することにより米飯として食べることができる。また、米加工食品としては、炊飯物の他に、リゾットやかゆ、雑炊、これらをレトルトパックしたレトルト食品、冷凍食品などが挙げられる他、ご飯を加工して得られる団子やせんべいなどの米菓子が例示される。WT米を原料とした場合と同様、種々公知の方法に準じて加工して、米加工食品とすればよい。
【0036】
また、浸漬させた米を60℃を超える温度で加熱加工し、乾燥状態を経ることなく米加工食品に加工することもできる。つまり、浸漬後の米を加熱したり、蒸すなどした後、そのまま潰すなどの工程を加えればよい。さらに、浸漬させた後乾燥を経ることなく直接炊飯して米飯としたり、粥として食することができるのは言うまでもない。その他の穀類についても米の場合と同様に上記方法に準じて加工できる。
【0037】
次に本発明について、下記実施例に基づいてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は下記実施例に限られるものではない。
【実施例1】
【0038】
〔玄米及び精白米の調製〕
ジャポニカ米である金南風の受精卵細胞をN−メチル−N−ニトロソウレア(MNU)で処理して変異させたwx米EM21(GBSSI欠損株:Satoh and Omura 1979 らの方法による)と、ae米EM16(BEIIb欠損株)を交配して、ダブルミュータントwx/ae株であるAMF18株を得た。この株を大阪府立大学内にて栽培し、開花後30日後に収穫した。また、コントロールとして、野生種(WT米)の金南風、wx米であるEM21を用いた。これらの野生種及び変異体米を脱穀し玄米とした。また、玄米を試験用精白米器(山本電気社製 MB-RC71)にて精米し、重量精白歩合85%以上90%以下でぬかを取り去った精白米を得た。
【0039】
〔玄米の成分分析〕
WT米、wx米、wx/ae米の玄米について、食品分析で用いられる一般的な方法に従って栄養成分を分析した。その結果を表1に示す。表1に示すように、wx/ae米ではWT米やwx米よりも水分の含有量が多い。全糖質の含有量は、wx/ae米ではWT米やwx米より少ないが、ショ糖はWT米やwx米よりwx/ae米が多いことに特徴があった。そこで、各米のショ糖含量をさらに詳しく対比すべく、Scofieldらの方法(Graham N. Scofield et al., Journal of Experimental Botany Advance Access, p1-13, November 30,2006, "The role of the sucrose transporter, OsSUT1, in germination and early seedling growth and development of rice plants")により測定したところ、表2に示す結果となった。これによると、玄米のショ糖含量は、WT米では約1.1%、wx米では約1.3%であるのに対し、wx/ae米では約2.9%もあった。精白米では、WT米では約0.2%、wx米では約1.3%であるのに対し、wx/ae米では1.9%もあった。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
〔膨潤試験〕
精白米した野生種(WT米)、wx米並びにwx/ae米の同量をそれぞれ試験管に取り、水を加えて室温で浸漬した。その結果を図1に示す。図1から明らかなように、wx/ae米は他の米に比べて大きな膨潤性を示した。
【0043】
〔吸水量試験〕
野生種(WT米)、wx米並びにwx/ae米の吸水力を測定した。測定はそれぞれ玄米及び精白米について行った。各玄米及び精白米10gをそれぞれ100mのメスシリンダーに入れた。これに予め15℃にした水70mlを注ぎ、15℃の恒温槽中で保存した。その後20分経過ごとに恒温槽からメスシリンダーを取り出し、米粒部分の体積を測定した。保存開始直後と各浸漬時間経過直後の体積の比を吸水力とした。その結果を図2(玄米)及び図3(精白米)に示した。なお、結果はメスシリンダー6本の平均値である。
【0044】
WT米、wx米、wx/ae米のいずれも、始めの20分間で激しく吸水し、その後は緩やかに吸水するも、120分以降は給水はほぼ停止した。WT米とwx米における吸水力の変化はほぼ一致しており、平衡と認められたwx/ae米の吸水力は玄米で1.4、精白米で1.6と他の米と非常に良く似た変化を示した。一方、wx/ae米における最終的な吸水力は玄米で1.3とWT米やwx米に比べわずかに低かったのに対し、精白米では2.0でありWT米やwx米の1.25倍程度高かった。
【0045】
wx/ae米で玄米と精白米の吸水量に大きな差がみられたのは、玄米の表面にある糠が胚乳の吸水を制限したためと考えられる。wx/ae玄米の吸水量がWT米やwx米と比べ、わずかに低かったことから、wx/ae玄米において、糠の吸水を妨げる力(胚乳が膨らむのを妨げる力)は、WT米やwx米と比べて高いことが示唆される。wx/ae米が高い吸水量を示すことは、これらの変異体米から調整した精製デンプンを50℃で30分間浸漬しても、WT米やwx米から調製した精製デンプンと同様、体積変化がみられなかったことから(結果は示さず)、WT米やwx米とwx/ae米の吸水力の差はデンプンによるものではなく、ショ糖のような、WT米やwx米よりもwx/ae米に多く含まれている物質が寄与していることが示唆された。
【0046】
〔浸透圧について〕
次に、ショ糖の濃度から各米を水に浸漬させた場合に生じる浸透圧を算出した。その結果を図4に示す。wx/ae米の浸透圧は、WT米の約6倍、wx米の約4倍あると推定される。
【0047】
〔被保持物質の保持1〕
被保持物質として水溶性の高分子物質である甘藷由来のアラビノガラクタンと酵母の生産する多糖であるプルランを用いた。アラビノガラクタンは国際公開WO2005/105852号公報に開示されたもの、プルランは株式会社林原製の市販品である(分子量約28万)。
【0048】
(50℃における乾燥)
サンプル米(wx/ae精白米)を蒸留水で3回洗った後、拭き取り用ペーパー(商品名「キムワイプ」、日本製紙クレシア株式会社製)で米表面の水分を除去した。次に、表に示す各濃度のアラビノガラクタン溶液及びプルラン溶液の10mlを約3gの米を入れたバイアルに加え、軽く攪拌した。溶液を加えた時刻を開始時刻とし、30分経過ごとに軽く攪拌した。2時間の浸漬終了後、直ちに浸漬した米を蒸留水で3回洗い、拭き取り用ペーパーで米表面の水分を除去した後、50℃に設定した乾燥機で恒量となるまで乾燥した。コントロールとして、蒸留水に浸漬して乾燥したサンプル米を用いた。得られた乾燥後重量から、コントロールである蒸留水浸漬精白米の乾燥後重量に対するアラビノガラクタン溶液浸漬精白米およびプルラン溶液浸漬精白米の乾燥後重量の増加率を求め、その結果を表3に示した。
【0049】
【表3】

【0050】
(100℃における乾燥)
上記と同様にして、表に示す各濃度のアラビノガラクタン溶液及びプルラン溶液の10mlを約5gの米を入れたバイアルに加え、高分子物質を保持させ、その重量増加率を求めた。その結果を表4に示す。
【0051】
【表4】

【0052】
表3や表4から分かるように、5〜10%濃度の高分子物質の水溶液に2時間程度浸漬することで、保持前の米に対して、wx/ae米では1%以上、良好な場合には2%以上の高分子物質が保持された。一方、うるち米であるWT米は0.5%未満の量しか保持されず、常温、常圧下において、高分子物質がwx/ae米に保持されることが確認された。
【0053】
50℃において乾燥した後のwx/ex米は、表面にヒビがなく、かけたりすることもなった。また、通常の白米と同様に炊飯したところ、炊飯米として食することができた。一方、100℃において乾燥した場合には、米粒同士が互いにくっつき、いわばせんべいのようになったが、そのまま食することもできた。特にアラビノガラクタンを保持させた場合には、せんべい状のお菓子として非常においしく食べることができた。
【0054】
〔被保持物質の保持2〕
次に、被保持物質として、上記と同様の操作によって表5に示す高分子物質を保持させた。乾燥温度はそれぞれ50℃である。なお、常温ではゼラチンの水溶液はゲル化してしまい、ゼラチンとして浸透・保持させることができないために、50℃に加温した浸漬液に浸漬した。用いた被保持物質の平均分子量は、次のとおりである。DX:18,000、ゼラチン:5万〜10万、Cluster Dextlin:50万、難消化性デキストリン:2000(それぞれ製造元のデータによる)。表5に示したようにこれらの高分子物質についても良好に保持させることができた。
【0055】
【表5】

【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明によると、糖尿病の予防に寄与する難消化性デキストリンやアラビノガラクタンなど種々の高分子物質を保持させた米が提供される。この結果、健康の維持、疾病の予防等の各種機能を有する米及び米加工品が提供される。しかも、常圧、常温で保持させることができるので、生産性よく製造できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
穀物内外の浸透圧差を利用して、非加圧下で被保持物質を穀物内部に浸透させた後、当該穀物に被保持物質を保持させた物質保持穀類であって、前記被保持物質は、水溶性物質又は疎水性物質の何れか1種若しくは2種以上である物質保持穀類。
【請求項2】
ショ糖含量が脱穀した状態で1.5重量%以上である穀類に被保持物質を保持させた請求項1記載の物質保持穀類。
【請求項3】
脱穀した穀類を、重量精白米歩合が85%以上90%以下となるように胚芽や糠などの穀物表面層を除去した後、15℃の水に浸漬して透析平衡に達した時の吸水力が1.5以上である穀類に被保持物質を保持させた請求項1記載の物質保持穀類。
【請求項4】
前記穀類がアミロペクチン枝作り酵素(BEIIb)及びアミロース合成酵素I(GBSSI)の両者が欠損した二重変異体米(wx/ae米)である請求項1〜3の何れか1項に記載の物質保持穀類。
【請求項5】
前記被保持物質が分子量300以上の水溶性物質である請求項1〜4の何れか1項に記載の物質保持穀類。
【請求項6】
前記水溶性物質が難消化性デキストリン、アラビノガラクタン、ポリフェノールプルランのいずれかである請求項5に記載の物質保持穀類。
【請求項7】
前記被保持物質が水に分散可能である疎水性物質である請求項1〜4の何れか1項に記載の物質保持穀類。
【請求項8】
前記被保持物質が保持される前の穀類に対し1重量%以上の量で保持された請求項1〜7の何れか1項に記載の物質保持穀類。
【請求項9】
請求項1〜8の何れか1項に記載の物質保持穀類の製造方法であって、
被保持物質の水溶液又は分散液に穀類を常圧で浸漬する工程と、
前記浸漬された穀類を乾燥する工程を有する物質保持穀類の製造方法。
【請求項10】
前記浸漬は常温の被保持物質の水溶液又は分散液が用いられる請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
浸漬された穀類を60℃以下で乾燥する請求項9〜11の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項12】
請求項1〜8の何れかの物質保持穀類から得られた穀類加工食品。
【請求項13】
非加圧下で被保持物質の水溶液又は分散液に浸漬した穀類を加熱処理して得られた穀類加工食品であって、前記被保持物質は、水溶性物質又は疎水性物質の何れか1種若しくは2種以上である穀類加工食品。
【請求項14】
ショ糖含量が脱穀した状態で1.5重量%以上である穀類を被保持物質の水溶液又は分散液に浸漬した請求項13記載の穀類加工食品。
【請求項15】
脱穀した穀類を、重量精白米歩合が85%以上90%以下となるように胚芽や糠などの穀物表面層を除去した後、15℃の水に浸漬して透析平衡に達した時の吸水力が1.5以上である穀類を被保持物質の水溶液又は分散液に浸漬した請求項13記載の穀類加工食品。
【請求項16】
前記穀類がアミロペクチン枝作り酵素(BEIIb)及びアミロース合成酵素I(GBSSI)の両者が欠損した二重変異体米(wx/ae米)である請求項13〜15の何れか1項に記載の穀類加工食品。
【請求項17】
前記非保持物質は難消化性デキストリン、アラビノガラクタン、ポリフェノールプルランのいずれかである請求項13〜16の何れか1項に記載の穀類加工食品。

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図1】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2011−24448(P2011−24448A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−171634(P2009−171634)
【出願日】平成21年7月22日(2009.7.22)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【出願人】(504173600)有限会社 IPE (12)
【Fターム(参考)】