消化管運動促進物質の合成方法
【課題】ホルダチンAに関する4種類の異性体を高い収率で入手することが可能な合成方法を提供すること。
【解決手段】ホルダチンA前駆体9の合成方法であって、前記合成方法が、パラクマリン酸二量体15とアグマチン誘導体6aとを結合させる工程を包含するホルダチンA前駆体合成方法。
【解決手段】ホルダチンA前駆体9の合成方法であって、前記合成方法が、パラクマリン酸二量体15とアグマチン誘導体6aとを結合させる工程を包含するホルダチンA前駆体合成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホルダチンA前駆体もしくはベンゾフランカルボキシアミド誘導体を合成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ビール中に含まれるホルダチンA(HordatineA)及びそのシス体は、ムスカリンM3受容体への結合活性を有しており、消化管平滑筋を収縮させて消化管運動を促進
させることによりビールのドリンカビリティー(ビールを大量に飲んでもまだおいしく飲める性質)を向上させたり、あるいは消化管運動機能異常が原因で発症する様々な消化器系疾患(胃アトニー症、神経性消化不良、胃神経症など)を改善し得ることが報告されている(特許文献1参照)。
一方で、ホルダチンAは、抗真菌作用物質としても知られており、その合成方法についても開示されている(非特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】PCT WO2004/002978 A1
【非特許文献1】Canadian Journal of chemistry.Volume45,1745(1967)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記特許文献1に記載されるホルダチンA及びそのシス体は、麦芽根より単離されたものであり、図15に示されるように、その化学構造についても特定されている。尚、前記ホルダチンA及びそのシス体に代表される図15に示す化学構造を有する化合物類をベンゾフランカルボキシアミド誘導体と称する。
【0005】
図15からも分かるように、ベンゾフランカルボキシアミド誘導体は、2個の不斉炭素を有しているので、4種類の異性体(シス体及びトランス体の各幾何異性体についてそれぞれ一対の鏡像異性体(エナンチオマー))が存在し得ると考えられる。しかしながら、麦芽根より単離された天然体については、ホルダチンA及びそのシス体という、2種類の異性体(前記各幾何異性体(シス体及びトランス体)におけるそれぞれ片方のエナンチオマー)しか言及されておらず、残り2種類の異性体(以下、非天然体のエナンチオマー(シス体及びトランス体)と称する)については言及されていない。
また、上記非特許文献1に記載されるホルダチンAの合成方法では、ラセミ体しか得られず、収率(およそ35%)も低いものであった。
【0006】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであって、ベンゾフランカルボキシアミド誘導体に関する4種類の異性体を高い収率で入手することが可能な合成方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1特徴構成は、ホルダチンA前駆体の合成方法であって、前記合成方法が、パラクマリン酸二量体とアグマチン誘導体とを結合させる工程を包含するホルダチンA前駆体合成方法である点にある。
【0008】
〔作用及び効果〕
アグマチン(agmatine)誘導体とは、アグマチンのグアニジノ(guanidino)基を適当な保護基で保護したものをいう。アグマチン誘導体は、例えば市販されている1,4-diaminobutaneを出発物質として、保護基にtert.-butoxycarbonyl(Boc)基等を用いて公知の方法で合成することが可能である。また、パラクマリン酸二量体とは、2分子のパラクマリン酸を反応させたデヒドロ体(dehydrodi-p-coumaric acid)をいう。
図14は、従来のホルダチンA合成スキームである。この従来の合成スキームは、麦芽根などで行われている生合成経路と同じである。しかしながら、従来の合成スキームでは、4種類の異性体のうちの2種類(ホルダチンA(トランス体)のラセミ体(化合物1c及び1d))しか得られず、収率(およそ35%)も低いものであった。収率の低さの原因としては、図14にて示される2分子のp-Hydroxycinnamoylagmatine(3)による酸化的フェノールカップリング反応(Oxidative phenol coupling)がin vitroでは進み難く、五員環のフラン骨格が形成され難いことが挙げられる。
すなわち、従来の合成方法においては、図14に示されるように2分子のアグマチン(6)と2分子のp-Hydroxycinnamoyl-CoA(パラクマリン酸誘導体:7a)とを反応させて2分子のp−Hydroxycinnamoylagmatine(3)を得た後、その2分子の(3)による酸化的フェノールカップリング反応によって、フラン骨格を形成させていた。しかしながら、本発明においては、図1に示されるように、アシル部分(パラクマリン酸二量体:15)と、塩基部分(アグマチン誘導体:6a)とをそれぞれ別個に合成した後、両者を最終的に縮合させてホルダチンA前駆体(9)を合成している。
つまり、本発明では2分子のパラクマリン酸(7)を反応させてパラクマリン酸二量体(15)を合成することによって、より効率良くフラン骨格を形成させることができる。なお、ホルダチンA前駆体とは、アグマチン由来のグアニジノ基が適当な保護基で保護されている化合物をいう。
【0009】
本発明の第2特徴構成は、前記アグマチン誘導体が、アグマチンのBoc保護体である点にある。
〔作用及び効果〕
Boc基は、アグマチンを構成するグアニジノ基を確実に保護することができると共に、Boc基を脱保護した際の精製が容易である。
【0010】
本発明の第3特徴構成は、前記ホルダチンA前駆体の合成方法が、過酸化水素及びセイヨウワサビ由来ペルオキシダーゼを含有するpH7のリン酸緩衝液中で2分子のパラクマリン酸を反応させて前記パラクマリン酸二量体を合成する工程を包含する点にある。
【0011】
〔作用及び効果〕
過酸化水素及びセイヨウワサビ由来ペルオキシダーゼ(Horseradish peroxidase)を含有するpH7のリン酸緩衝液中で2分子のパラクマリン酸を反応させた場合、収率良くパラクマリン酸二量体を得ることができる。
【0012】
本発明の第4特徴構成は、請求項1〜3に記載のホルダチンA前駆体を用いてベンゾフランカルボキシアミド誘導体を合成する方法であって、前記ホルダチンA前駆体から保護基を脱保護する工程を包含するベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法である点にある。
【0013】
〔作用及び効果〕
保護基を有するホルダチンA前駆体から保護基を脱保護することにより、ベンゾフランカルボキシアミド誘導体を容易に合成することができる。尚、本発明においては、エナンチオマー(鏡像異性体)の片方のみを選択的に合成するといった不斉合成を行う工程等(例えば、金属触媒などを使用する工程)を構成要件としてないので、ベンゾフランカルボキシアミド誘導体に関する複数の異性体(シス体及びトランス体の各幾何異性体についてそれぞれ一対のエナンチオマー)が同時に合成され得る。
【0014】
なお、上述したように、麦芽根などの天然物から得られた2種類のエナンチオマー(ホルダチンA及びそのシス体)については、消化管運動を促進させるアゴニストとしての機能を有することが判明しているが、残り2種類の非天然体のエナンチオマー(シス体及びトランス体)の有する機能についてはまだ解明されていない。一般的に、生体を構成している分子には、一対のエナンチオマーのうち一方のみが有効に機能していることが多く、他方のエナンチオマーは逆の作用を引き起こしてしまうこともある。
つまり、非天然体のエナンチオマー(シス体及びトランス体)は、薬理作用としてはアンタゴニストとして機能し得る場合も考えられる。この場合、非天然体のエナンチオマー(シス体及びトランス体)は、ムスカリンM3受容体選択的拮抗剤として働き、アセチルコリンを介した平滑筋収縮を抑制することで、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、頻尿、尿失禁、過敏性腸症候群などに対する治療薬として有効であると考えられる。
【0015】
本発明の第5特徴構成は、前記保護基がBoc基であり、トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護する請求項4に記載のベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法である点にある。
〔作用及び効果〕
Boc基を保護基として有するホルダチンA前駆体に対してトリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護することにより、収率良く確実にベンゾフランカルボキシアミド誘導体の複数の異性体を合成することができる。
【0016】
本発明の第6特徴構成は、前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化1】
に示される化合物を合成する点にある。
〔作用及び効果〕
本発明によって、天然体(PCT WO2004/002978 A1における活性物質α;ホルダチンAのシス体)と同じ化学構造を有する化合物を合成することができる。
【0017】
本発明の第7特徴構成は、前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化2】
に示される化合物を合成する点にある。
〔作用及び効果〕
本発明により合成された化合物(非天然体のエナンチオマー(シス体))については、本発明者らによって、天然体(PCT WO2004/002978 A1における活性物質α)の有するムスカリンM3受容体への結合活性よりも約7倍ほど高い結合活性を有することが見出されている。従って、天然体よりも高い薬理効果が期待されるアゴニスト又はアンタゴニストを提供することが可能となる。
【0018】
本発明の第8特徴構成は、前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化3】
に示される化合物を合成する点にある。
〔作用及び効果〕
本発明によって、天然体(PCT WO2004/002978 A1における活性物質β;ホルダチンA)と同じ化学構造を有する化合物を合成することができる。
【0019】
本発明の第9特徴構成は、前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化4】
に示される化合物を合成する点にある。
〔作用及び効果〕
本発明により合成された非天然体のエナンチオマー(トランス体)については、本発明者らによって、天然体(PCT WO2004/002978 A1における活性物質β)の有するムスカリンM3受容体への結合活性よりも約20倍ほど高い結合活性を有することが見出されている。従って、天然体よりも高い薬理効果が期待されるアゴニスト又はアンタゴニストを提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
〔第1実施形態〕
図1は、ホルダチンA前駆体(9)を中間体として図15に示されるベンゾフランカルボキシアミド誘導体の各種異性体(4種類:1a〜d)を合成する全合成スキームである。尚、図1中に記載される各矢印(→)の上下に記載されている文言は、各種試薬及び反応条件であり、必ずしもこれらに限定されるものでなく、本スキームに従って合成することが可能であるならば、使用される試薬の種類や反応条件については任意に採用することができる。また、各符号(1〜15)は、化合物を示す。
【0021】
本実施形態では、アシル部分(7及び15)と、塩基部分(10〜14、6a)とを、それぞれを別個に合成した後、両者を最終的に縮合させてホルダチンA前駆体(N,N’
,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatine:9)を合成している。
【0022】
(I)塩基部分の合成については、まず1H−pyrazole−1−carboxamidine hydrochloride(10)から文献(B.Drake et al.,Synthesis,1994,579)に記載される方法に従ってN,N’−
di−Boc−1H−pyrazole−1−carboxamidine(11)を合成する(収率約74%)。
【0023】
また、市販もされている1,4−diaminobutane(12)の1個のアミノ基を図1に記載されるような反応条件下でcarbobenzoxy(Cbz)基で保護して4−Cbz−aminobutyl−amine hydrochloride(13)を得る(A.Graham etal.,Synthesis,1984,1032)。先に調製した(11)と(13)とを、トリエチルアミンの存在下で反応させると、4−carbobenzoxyamino−N,N’−di−Boc−agmatine
(14)が得られる(収率約87%)。
【0024】
(14)を水素気流中、5%パラジウム炭素存在下にhydrogenolysis反応に付すと、N,N’−di−Boc−agmatine(6a)が得られる。尚、(6
a)については、その塩酸塩が市販されているので、市販品を使用しても良い。
また、脱保護した際の精製の容易さから、アグマチンを構成するグアニジノ基の保護基としては、文献上Boc基あるいはCbz基(カルボベンゾキシ基)が汎用されているが、Boc基で保護することが好ましい。ホルダチンは分子内に二重結合を有するため、接触還元的に脱保護を行うCbz基は利用できないためである。Cbz基以外のアミノ基やイミノ基のN− protecting groupの保護基としての利用は理論的には可能と思われる。
【0025】
(II)アシル部分の合成については、例えば市販のパラクマリン酸(7)を用いて、図1に記載されるように、2%の過酸化水素(酸化補助剤)及びセイヨウワサビ由来ペルオキシダーゼ(Horseradish Peroxidase)を含有するpH7のリン酸緩衝液中で反応させて、dehydrodi−p−coumaric acid(15)を得る。なお、この(15)の1H−NMRにおけるジヒドロフラン環上の2個のプロトンは、7.2Hzの結合定数を示し、この結果は両プロトンがトランスであることを示唆するものである。また、上記酵素反応は、リン酸緩衝液(pH7)中で行うが、反応基質の溶解性がその収率を左右していると考えられる。同様の条件下での反応で、パラクマリン酸は相当するエステル(終夜反応)に比べ非常に早く反応が完結すること(5gスケールで40分程度)、また、反応終了後は直ちに酵素を失活させないと連続的なカップリング反応が進行することも見出された。尚、本実施形態で得た(15)は、相当するMethoxymethyl esterの加水分解で得たものとNMRでの一致を確認した。
【0026】
次いで、得られた(6a)及び(15)をHOBT,WSC存在下にて反応させN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatine(9)を得る(収率約
80%)。尚、WSCはペプチド結合を形成させる縮合剤のひとつであり、N−エチル−N’−3−ジメチルアミノプロピルカルボジイミド・塩酸塩の慣用名でありWSCI・H
Clとも略記される。WSCの慣用名は、Water Soluble Carbodiimideに由来している。この縮合剤は単独あるいは1−ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBT)等の添加剤と組み合わせて用いられる。このHOBTの存在は、縮合剤単独の場合よりも反応が早く進行し、縮合に伴う副反応を防止する働きがある。また、(9)については、1H−NMRにおいてシス体において認められる4.5ppm付近での9.5Hzのcoupling constantを示すピークが全く認められなかったことから、トランス体であることが判明している。
【0027】
(9)は、トリフルオロ酢酸中、脱保護(脱Boc化)した後、4N HCl/dioxane溶液を加え減圧下で濃縮する。なおトリフルオロ酢酸(TFA)を使用する理由は、Boc基の酸による脱離は、HCl/dioxaneやHCl/ethyl acetateなども使用されるが、反応基質の溶解性や反応速度に問題が多く、その点TFAは溶解性も高く、反応も早いことから汎用される。また、4N HCl/dioxane溶液を使用する理由は、Boc基は通常トリフルオロ酢酸(TFA)で脱離させるが、この際生成したトリフルオロ酢酸塩を塩酸塩に変換するために用いる。規定液を用いるのは、化学量論的に処理するため、また、ジオキサン溶液は脱離溶媒TFAと混和可能(miscible)なため選択される。
濃縮後の残渣はベンゾフランカルボキシアミド誘導体の4種類の異性体(化合物1a〜1d)を含み得、適当な分離条件下において、まず、そのシス体(化合物1a及び化合物1b)とトランス体(化合物1c及び化合物1d)とに分離される。以下に分離条件の一例(ゲルカラムクロマト)を示すが、これに限定されるものではなく、シス体とトランス体を分離可能な条件であるならば、任意の分離条件を設定し得る。
【0028】
濃縮後の残渣(ベンゾフランカルボキシアミド誘導体の4種類の異性体(化合物1a〜d)を含む)を、high porous stylene polymer MCI GEL CHP20P (75〜150μ)[Mitsubishi Chem. Corp.]カラムにチャージし、ポンプ加圧下に水のみで展開して酸性の画分が溶出したのち、展開溶媒を20%メタノール/水系に換え、溶出展開を継続すると、まずシス体のラセミ体(1a及び1b)(Rf=0.24)が先に溶出しついでトランス体のラセミ体(1c及び1d)(Rf=0.33)[TLC plate:Silica gel F254 MERCK,展開溶媒;nBuOH:AcOH:H2O(4:1:1)]が溶出する。それぞれの画分を凍結乾燥(Lyophilization)すれば、両者の塩酸塩が白色粉末として得られる(トランス体の収率:約64%、シス体の収率:約30%)。シス体およびトランス体のフリー体は、それぞれの塩酸塩のメタノール溶液を、非水系の塩基性イオン交換樹脂 Amberlyst(登録商標)A−21(Organo)で処理後、凍結乾燥(Lyophilization)して得られる。
最後に、得られたシス体のラセミ体及びトランス体のラセミ体をそれぞれキラルカラム(例えば、ダイセル化学社製のCHIRALCEL(登録商標)など)により光学分割して、図3及び図4に示されるような4種類のエナンチオマー(化合物1a〜d)を分離する。
【0029】
〔第2実施形態〕
図2は、ホルダチンA前駆体(9a及び9b)を中間体として、図15に示されるベンゾフランカルボキシアミド誘導体の各種異性体(4種類:1a〜d)を合成する全合成スキームである。尚、図2中に記載される各矢印(→)の上下に記載されている文言は、各種試薬及び反応条件であり、必ずしもこれらに限定されるものでなく、本スキームに従って合成することが可能であるならば、使用される試薬の種類や反応条件については任意に採用することができる。また、各符号(1〜16)は、化合物を示す。
図2に示す実施形態では、光学活性なアシル部分を合成した後、塩基部分を縮合させて光学活性なホルダチンA前駆体(N,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−H
ordatine:9aおよび9b)を合成し、それらを脱Boc化することで光学活性なベンゾフランカルボキシアミド誘導体の4種類の異性体(化合物1a〜1d)を合成している。
【0030】
(I)塩基部分の合成については、まず1H−pyrazole−1−carboxamidine hydrochloride(10)から文献(B.Drake et al.,Synthesis,1994,579)に記載される方法に従ってN,N’−
di−Boc−1H−pyrazole−1−carboxamidine(11)を合成する(収率約74%)。
また、市販もされている1,4−diaminobutane(12)の1個のアミノ基を図2に記載されるような反応条件下でcarbobenzoxy(Cbz)基で保護して4−Cbz−aminobutyl−amine hydrochloride(13)を得る(A.Graham etal.,Synthesis,1984,1032)。先に調製した(11)と(13)とを、トリエチルアミンの存在下で反応させると、4−carbobenzoxyamino−N,N’−di−Boc−agmatine
(14)が得られる(収率約87%)。
(14)を水素気流中、5%パラジウム炭素存在下にhydrogenolysis反応に付すと、N,N’−di−Boc−agmatine(6a)が得られる。尚、(6
a)については、その塩酸塩が市販されているので、市販品を使用しても良い。
また、脱保護した際のホルダチン精製の容易さから、アグマチンを構成するグアニジノ基の保護基としては、文献上Boc基あるいはCbz基(カルボベンゾキシ基)が汎用されているが、Boc基で保護することが好ましい。ホルダチンは分子内に二重結合を有するため、接触還元的に脱保護を行うCbz基は利用できないためである。Cbz基以外のアミノ基やイミノ基のN−protecting groupの保護基としての利用は理論的には可能と思われる。
【0031】
(II)アシル部分の合成については、1/15mMリン酸緩衝液(pH7.3)/dioxane中に、p−クマリン酸(7)、セイヨウワサビ由来ペルオキシダーゼ(horseradish−peroxidase)を加える。室温下で撹拌しつつ、0.5時間かけて1M 過酸化水素水溶液を滴下させる。
反応の進行をTLC(CHCl3:MeOH:AcOH=9:1:0.2)により確認し、反応液に酢酸エチル、クエン酸を加え撹拌した後、酢酸エチルにて3回抽出を行う。酢酸エチル層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸マグネシウムで脱水し濃縮乾固した。得られた黄色残渣をメタノールに溶解させSephadex(登録商標) LH20(メタノール)、Sephadex(登録商標) LH20(80%メタノール)、およびSephadex(登録商標) G15(80%メタノール)カラムクロマトグラフィーで順次精製し、dehydrodi−p−coumaric acid(15)を得る。
キラルカラムCHIRALPAK(登録商標) OJ−RH[Φ2.0×15cm、溶媒:30%MeCN 0.1%TFA、流速:5.0ml/min、波長:280nm]により、dehydrodi−p−coumaric acid(15)から光学活性な[S,S]−dehydrodi−p−coumaric acid(16a)および[R,R]−dehydrodi−p−coumaric acid(16b)を分取する。
次いで、得られた(16a)及び(16b)をジメチルホルムアミドに溶解し、WSCおよびHOBtを加えて、室温下撹拌する。その後、(6a)をジメチルホルムアミドに溶解し反応液に加え、さらに1時間攪拌する。反応の進行をTLC(CHCl3:MeOH:AcOH=9:1:0.2)で確認し、反応液に水を加え酢酸エチルで3回抽出し、得られた有機層を飽和食塩水で洗浄後、硫酸マグネシウムで乾燥し、濃縮した。得られた残査をSiO2カラムクロマトグラフ法[Φ1.5×10cm,Hexane:AcOEt=3:7→1:4]にて精製し、[S,S]−N,N’,N’’,N’’’−tetr
a−Boc−Hordatine(9a)および[R,R]−N,N’,N’’,N’’
’−tetra−Boc−Hordatine(9b)を得る(収率約80%)。夾雑物
を含むフラクションは更にSiO2(球状、中性)カラムクロマトグラフ法[CHCl3:MeOH=99:1→98:2]によって精製を行う。尚、WSCはペプチド結合を形成させる縮合剤のひとつであり、N−エチル−N’−3−ジメチルアミノプロピルカルボ
ジイミド・塩酸塩の慣用名でありWSC・HClとも略記される。WSCの慣用名は、Water Soluble Carbodiimideに由来している。この縮合剤は単独あるいは1−ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBT)等の添加剤と組み合わせて用いられる。このHOBTの存在は、縮合剤単独の場合よりも反応が早く進行し、縮合に伴う副反応を防止する働きがある。
【0032】
(9a)および(9b)にトリフルオロ酢酸(TFA)を加え、脱保護(脱Boc化)した後、1N HCl溶液を加え減圧下で濃縮する。なおトリフルオロ酢酸(TFA)を使用する理由は、Boc基の酸による脱離は、HCl/dioxaneやHCl/ethyl acetateなども使用されるが、反応基質の溶解性や反応速度に問題が多く、その点TFAは溶解性も高く、反応も早いことから汎用される。
また、1N HCl溶液を使用する理由は、Boc基は通常トリフルオロ酢酸(TFA)で脱離させるが、この際生成したトリフルオロ酢酸塩を塩酸塩に変換するために用いる。規定液を用いるのは、化学量論的に処理するため選択される。
上述のようにして、濃縮後に得られた2つの残渣には、それぞれ2種類の異性体が含まれ得る(9a由来の残渣には化合物1b及び1d、9b由来の残渣には化合物1a及び1c)。各残渣をSephadex(登録商標) G−15(Φ1.6×30cm,solvent=0.01N HCl,Vt=58cm3,Vi=29cm3,Vg=11.6cm3,Vo=17.4cm3,flow rate=250μL/min,collection volume=2.5ml/fr.)カラムにかけて、2種類の異性体を分離溶出させて、各溶出画分を採取して凍結乾燥することで、図3及び図4に示されるような4種類のエナンチオマー(化合物1a〜d)を得ることができる。なお、化合物1a〜dは、塩としての形態で得ることもでき、そのような塩としては、塩酸塩など、特に限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
〔実施例1〕構造解析
上記実施形態にて合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体のシス体(化合物1a及び1b)及びトランス体(化合物1c及び1d)について、核磁気共鳴スペクトルデータ、質量分析スペクトル測定による解析を行った。
【0034】
1.核磁気共鳴(1H−NMR、13C−NMR)スペクトル
上記シス体(塩酸塩)及びトランス体(塩酸塩)について、その核磁気共鳴(1H−NMR、13C−NMR)スペクトル解析を行った。溶媒としてDMSO−d6を用い、測定は、Bruker Biospin社 DMX-750(1H−NMR)または DMX-500(13C−NMR)で行った。
上記シス体及びトランス体の1H−NMRスペクトル解析データをそれぞれ第5図(シス体)および第6図(トランス体)に、また13C−NMRスペクトル解析データをそれぞれ第7図(シス体)および第8図(トランス体)に示した。その結果、天然体(ホルダチンA(トランス体)及びそのシス体)とほぼ同じスペクトルを示した。
【0035】
2.質量分析スペクトル
次に、上記シス体について、その質量分析を行った(図9)。
シス体を3−ニトロベンジルアルコールに溶解して、質量分析を行った結果を第9図として示した。その結果、分子イオンとして、質量/電荷(m/z)が、551(M+H)+となり、分子量は550を有するものであることが判明した。
【0036】
3.構造の決定
以上のように、合成した化合物について、核磁気共鳴スペクトルデータ、及び質量分析による解析の結果、それぞれの立体構造は、シス体については図3の化合物1a及び化合物1b、またトランス体については図4の化合物1c及び化合物1dで示される化学構造式を有するものであることが判明した。尚、化合物1c及び化合物1aは、それぞれ天然体のホルダチンA(トランス体)及びそのシス体と同じ化学構造式を有するものであり、化合物1b及び化合物1dが、上述の非天然体のエナンチオマー(シス体及びトランス体)である。
【0037】
〔実施例2〕キラル分析
天然体(ホルダチンA(トランス体)及びそのシス体)並びに合成した非天然体(上記化合物1a〜d)について、キラルカラムを用いて高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析を実施した。分析試料としては、天然体として(1)ホルダチンAのシス体及び(2)ホルダチンA(トランス体)を用意し、合成した非天然体として(3)シス体のラセミ体(化合物1a、1b)及び(4)トランス体のラセミ体(化合物1c、1d)を用意した。上記分析試料(1)及び(3)、並びに上記分析試料(2)及び(4)をそれぞれ共射出し、分析を行った。HPLCの分析条件は、カラム:CHIRALCEL(登録商標) OD-RH、カラムサイズ:0.46I.D×15cm、移動相:25%MeCNを含有する0.5M NaClO4の水溶液、流速:0.8ml/min、測定波長:280nm、チャートスピード:15cm/hである。結果を図10(分析試料(1)及び(3))及び図11(分析試料(2)及び(4))に示す。この結果から、キラルカラムを使用することにより、合成したシス体のラセミ体及びトランス体のラセミ体はそれぞれ単一のエナンチオマーに分離することが可能であり、その一方のエナンチオマーが天然体と同じものであると判断される。
【0038】
〔実施例3〕ムスカリンM3受容体結合性試験
ムスカリンM3受容体結合性試験法は、次の通りである。
ヒトのムスカリンM3受容体を発現させた組換えチャイニーズハムスター卵巣細胞株の膜標品の懸濁液に、検体(ビール乾燥物およびその分画物)と、リガンド:0.2nMの[3H]4−DAMP(ジフェニルアセトキシ−N−メチルピペリジン メチオダイド)を添加し、22℃で60分間インキュベートした。反応液をガラス繊維フィルター(GF/B:Packard社製)にて吸引濾過して反応を停止させ、氷冷した緩衝液で数回洗浄した。フィルターにシンチレーションカクテル(Microscint 0:Packard社製)を加え、フィルター上に残存する放射活性を液体シンチレーションカウンター(Topcount:Packard社製)で計測した。[3H]4−DAMPの特異的結合量は、[3H]4−DAMPの全結合量から1μMアトロピン存在下の非特異的結合量を差し引くことにより算出した。
【0039】
非天然体(化合物1b(シス体)及び化合物1d(トランス体))を第1図又は第2図に示す方法で化学合成し、得られたそれぞれの非天然体について、上記のムスカリンM3受容体結合性試験を行い、用量−作用曲線を求め、天然体(ホルダチンA及びそのシス体)と比較した。
その結果を、第12図(ホルダチンAのシス体、化合物1b)及び第13図(ホルダチンA、化合物1d)に示した。図中に示した結果から明らかなように、非天然体には天然体と同様の用量依存性が確認され、そのIC50はそれぞれ、シス体では0.08×10-6g/mL、トランス体では0.11×10-6g/mLであった。天然体と比較したところ、合成品のムスカリンM3受容体結合作用の強さは、化合物1b(シス体)で天然体の約7倍、化合物1d(トランス体)で天然体の約20倍に相当した。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】第1実施形態の全合成スキームを示す図
【図2】第2実施形態の全合成スキームを示す図
【図3】合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(シス体)の化学構造式を示す図
【図4】合成した合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(トランス体)の化学構造式を示す図
【図5】合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(シス体)に関する1H−NMRスペクトル解析データを示す図
【図6】合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(トランス体)に関する1H−NMRスペクトル解析データを示す図
【図7】合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(シス体)に関する13C−NMRスペクトル解析データを示す図
【図8】合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(トランス体)に関する13C−NMRスペクトル解析データを示す図
【図9】合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(シス体)についての質量分析スペクトル解析データを示す図
【図10】天然体(ホルダチンAのシス体)と非天然体(シス体のラセミ体)に対してキラルカラムを用いてHPLCを実施したクロマトグラムを示す図
【図11】天然体(ホルダチンA)と非天然体(トランス体のラセミ体)に対してキラルカラムを用いてHPLCを実施したクロマトグラムを示す図
【図12】天然体(ホルダチンAのシス体)及び非天然体(化合物1b)のムスカリンM3受容体結合性試験結果を示す図
【図13】天然体(ホルダチンA)及び非天然体(化合物1d)のムスカリンM3受容体結合性試験結果を示す図
【図14】従来のホルダチンAの合成スキームを示す図
【図15】ベンゾフランカルボキシアミド誘導体の化学構造式を示す図
【符号の説明】
【0041】
6a アグマチン誘導体
9 ホルダチンA前駆体
15 パラクマリン酸二量体
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホルダチンA前駆体もしくはベンゾフランカルボキシアミド誘導体を合成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ビール中に含まれるホルダチンA(HordatineA)及びそのシス体は、ムスカリンM3受容体への結合活性を有しており、消化管平滑筋を収縮させて消化管運動を促進
させることによりビールのドリンカビリティー(ビールを大量に飲んでもまだおいしく飲める性質)を向上させたり、あるいは消化管運動機能異常が原因で発症する様々な消化器系疾患(胃アトニー症、神経性消化不良、胃神経症など)を改善し得ることが報告されている(特許文献1参照)。
一方で、ホルダチンAは、抗真菌作用物質としても知られており、その合成方法についても開示されている(非特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】PCT WO2004/002978 A1
【非特許文献1】Canadian Journal of chemistry.Volume45,1745(1967)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記特許文献1に記載されるホルダチンA及びそのシス体は、麦芽根より単離されたものであり、図15に示されるように、その化学構造についても特定されている。尚、前記ホルダチンA及びそのシス体に代表される図15に示す化学構造を有する化合物類をベンゾフランカルボキシアミド誘導体と称する。
【0005】
図15からも分かるように、ベンゾフランカルボキシアミド誘導体は、2個の不斉炭素を有しているので、4種類の異性体(シス体及びトランス体の各幾何異性体についてそれぞれ一対の鏡像異性体(エナンチオマー))が存在し得ると考えられる。しかしながら、麦芽根より単離された天然体については、ホルダチンA及びそのシス体という、2種類の異性体(前記各幾何異性体(シス体及びトランス体)におけるそれぞれ片方のエナンチオマー)しか言及されておらず、残り2種類の異性体(以下、非天然体のエナンチオマー(シス体及びトランス体)と称する)については言及されていない。
また、上記非特許文献1に記載されるホルダチンAの合成方法では、ラセミ体しか得られず、収率(およそ35%)も低いものであった。
【0006】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであって、ベンゾフランカルボキシアミド誘導体に関する4種類の異性体を高い収率で入手することが可能な合成方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1特徴構成は、ホルダチンA前駆体の合成方法であって、前記合成方法が、パラクマリン酸二量体とアグマチン誘導体とを結合させる工程を包含するホルダチンA前駆体合成方法である点にある。
【0008】
〔作用及び効果〕
アグマチン(agmatine)誘導体とは、アグマチンのグアニジノ(guanidino)基を適当な保護基で保護したものをいう。アグマチン誘導体は、例えば市販されている1,4-diaminobutaneを出発物質として、保護基にtert.-butoxycarbonyl(Boc)基等を用いて公知の方法で合成することが可能である。また、パラクマリン酸二量体とは、2分子のパラクマリン酸を反応させたデヒドロ体(dehydrodi-p-coumaric acid)をいう。
図14は、従来のホルダチンA合成スキームである。この従来の合成スキームは、麦芽根などで行われている生合成経路と同じである。しかしながら、従来の合成スキームでは、4種類の異性体のうちの2種類(ホルダチンA(トランス体)のラセミ体(化合物1c及び1d))しか得られず、収率(およそ35%)も低いものであった。収率の低さの原因としては、図14にて示される2分子のp-Hydroxycinnamoylagmatine(3)による酸化的フェノールカップリング反応(Oxidative phenol coupling)がin vitroでは進み難く、五員環のフラン骨格が形成され難いことが挙げられる。
すなわち、従来の合成方法においては、図14に示されるように2分子のアグマチン(6)と2分子のp-Hydroxycinnamoyl-CoA(パラクマリン酸誘導体:7a)とを反応させて2分子のp−Hydroxycinnamoylagmatine(3)を得た後、その2分子の(3)による酸化的フェノールカップリング反応によって、フラン骨格を形成させていた。しかしながら、本発明においては、図1に示されるように、アシル部分(パラクマリン酸二量体:15)と、塩基部分(アグマチン誘導体:6a)とをそれぞれ別個に合成した後、両者を最終的に縮合させてホルダチンA前駆体(9)を合成している。
つまり、本発明では2分子のパラクマリン酸(7)を反応させてパラクマリン酸二量体(15)を合成することによって、より効率良くフラン骨格を形成させることができる。なお、ホルダチンA前駆体とは、アグマチン由来のグアニジノ基が適当な保護基で保護されている化合物をいう。
【0009】
本発明の第2特徴構成は、前記アグマチン誘導体が、アグマチンのBoc保護体である点にある。
〔作用及び効果〕
Boc基は、アグマチンを構成するグアニジノ基を確実に保護することができると共に、Boc基を脱保護した際の精製が容易である。
【0010】
本発明の第3特徴構成は、前記ホルダチンA前駆体の合成方法が、過酸化水素及びセイヨウワサビ由来ペルオキシダーゼを含有するpH7のリン酸緩衝液中で2分子のパラクマリン酸を反応させて前記パラクマリン酸二量体を合成する工程を包含する点にある。
【0011】
〔作用及び効果〕
過酸化水素及びセイヨウワサビ由来ペルオキシダーゼ(Horseradish peroxidase)を含有するpH7のリン酸緩衝液中で2分子のパラクマリン酸を反応させた場合、収率良くパラクマリン酸二量体を得ることができる。
【0012】
本発明の第4特徴構成は、請求項1〜3に記載のホルダチンA前駆体を用いてベンゾフランカルボキシアミド誘導体を合成する方法であって、前記ホルダチンA前駆体から保護基を脱保護する工程を包含するベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法である点にある。
【0013】
〔作用及び効果〕
保護基を有するホルダチンA前駆体から保護基を脱保護することにより、ベンゾフランカルボキシアミド誘導体を容易に合成することができる。尚、本発明においては、エナンチオマー(鏡像異性体)の片方のみを選択的に合成するといった不斉合成を行う工程等(例えば、金属触媒などを使用する工程)を構成要件としてないので、ベンゾフランカルボキシアミド誘導体に関する複数の異性体(シス体及びトランス体の各幾何異性体についてそれぞれ一対のエナンチオマー)が同時に合成され得る。
【0014】
なお、上述したように、麦芽根などの天然物から得られた2種類のエナンチオマー(ホルダチンA及びそのシス体)については、消化管運動を促進させるアゴニストとしての機能を有することが判明しているが、残り2種類の非天然体のエナンチオマー(シス体及びトランス体)の有する機能についてはまだ解明されていない。一般的に、生体を構成している分子には、一対のエナンチオマーのうち一方のみが有効に機能していることが多く、他方のエナンチオマーは逆の作用を引き起こしてしまうこともある。
つまり、非天然体のエナンチオマー(シス体及びトランス体)は、薬理作用としてはアンタゴニストとして機能し得る場合も考えられる。この場合、非天然体のエナンチオマー(シス体及びトランス体)は、ムスカリンM3受容体選択的拮抗剤として働き、アセチルコリンを介した平滑筋収縮を抑制することで、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、頻尿、尿失禁、過敏性腸症候群などに対する治療薬として有効であると考えられる。
【0015】
本発明の第5特徴構成は、前記保護基がBoc基であり、トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護する請求項4に記載のベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法である点にある。
〔作用及び効果〕
Boc基を保護基として有するホルダチンA前駆体に対してトリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護することにより、収率良く確実にベンゾフランカルボキシアミド誘導体の複数の異性体を合成することができる。
【0016】
本発明の第6特徴構成は、前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化1】
に示される化合物を合成する点にある。
〔作用及び効果〕
本発明によって、天然体(PCT WO2004/002978 A1における活性物質α;ホルダチンAのシス体)と同じ化学構造を有する化合物を合成することができる。
【0017】
本発明の第7特徴構成は、前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化2】
に示される化合物を合成する点にある。
〔作用及び効果〕
本発明により合成された化合物(非天然体のエナンチオマー(シス体))については、本発明者らによって、天然体(PCT WO2004/002978 A1における活性物質α)の有するムスカリンM3受容体への結合活性よりも約7倍ほど高い結合活性を有することが見出されている。従って、天然体よりも高い薬理効果が期待されるアゴニスト又はアンタゴニストを提供することが可能となる。
【0018】
本発明の第8特徴構成は、前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化3】
に示される化合物を合成する点にある。
〔作用及び効果〕
本発明によって、天然体(PCT WO2004/002978 A1における活性物質β;ホルダチンA)と同じ化学構造を有する化合物を合成することができる。
【0019】
本発明の第9特徴構成は、前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化4】
に示される化合物を合成する点にある。
〔作用及び効果〕
本発明により合成された非天然体のエナンチオマー(トランス体)については、本発明者らによって、天然体(PCT WO2004/002978 A1における活性物質β)の有するムスカリンM3受容体への結合活性よりも約20倍ほど高い結合活性を有することが見出されている。従って、天然体よりも高い薬理効果が期待されるアゴニスト又はアンタゴニストを提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
〔第1実施形態〕
図1は、ホルダチンA前駆体(9)を中間体として図15に示されるベンゾフランカルボキシアミド誘導体の各種異性体(4種類:1a〜d)を合成する全合成スキームである。尚、図1中に記載される各矢印(→)の上下に記載されている文言は、各種試薬及び反応条件であり、必ずしもこれらに限定されるものでなく、本スキームに従って合成することが可能であるならば、使用される試薬の種類や反応条件については任意に採用することができる。また、各符号(1〜15)は、化合物を示す。
【0021】
本実施形態では、アシル部分(7及び15)と、塩基部分(10〜14、6a)とを、それぞれを別個に合成した後、両者を最終的に縮合させてホルダチンA前駆体(N,N’
,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatine:9)を合成している。
【0022】
(I)塩基部分の合成については、まず1H−pyrazole−1−carboxamidine hydrochloride(10)から文献(B.Drake et al.,Synthesis,1994,579)に記載される方法に従ってN,N’−
di−Boc−1H−pyrazole−1−carboxamidine(11)を合成する(収率約74%)。
【0023】
また、市販もされている1,4−diaminobutane(12)の1個のアミノ基を図1に記載されるような反応条件下でcarbobenzoxy(Cbz)基で保護して4−Cbz−aminobutyl−amine hydrochloride(13)を得る(A.Graham etal.,Synthesis,1984,1032)。先に調製した(11)と(13)とを、トリエチルアミンの存在下で反応させると、4−carbobenzoxyamino−N,N’−di−Boc−agmatine
(14)が得られる(収率約87%)。
【0024】
(14)を水素気流中、5%パラジウム炭素存在下にhydrogenolysis反応に付すと、N,N’−di−Boc−agmatine(6a)が得られる。尚、(6
a)については、その塩酸塩が市販されているので、市販品を使用しても良い。
また、脱保護した際の精製の容易さから、アグマチンを構成するグアニジノ基の保護基としては、文献上Boc基あるいはCbz基(カルボベンゾキシ基)が汎用されているが、Boc基で保護することが好ましい。ホルダチンは分子内に二重結合を有するため、接触還元的に脱保護を行うCbz基は利用できないためである。Cbz基以外のアミノ基やイミノ基のN− protecting groupの保護基としての利用は理論的には可能と思われる。
【0025】
(II)アシル部分の合成については、例えば市販のパラクマリン酸(7)を用いて、図1に記載されるように、2%の過酸化水素(酸化補助剤)及びセイヨウワサビ由来ペルオキシダーゼ(Horseradish Peroxidase)を含有するpH7のリン酸緩衝液中で反応させて、dehydrodi−p−coumaric acid(15)を得る。なお、この(15)の1H−NMRにおけるジヒドロフラン環上の2個のプロトンは、7.2Hzの結合定数を示し、この結果は両プロトンがトランスであることを示唆するものである。また、上記酵素反応は、リン酸緩衝液(pH7)中で行うが、反応基質の溶解性がその収率を左右していると考えられる。同様の条件下での反応で、パラクマリン酸は相当するエステル(終夜反応)に比べ非常に早く反応が完結すること(5gスケールで40分程度)、また、反応終了後は直ちに酵素を失活させないと連続的なカップリング反応が進行することも見出された。尚、本実施形態で得た(15)は、相当するMethoxymethyl esterの加水分解で得たものとNMRでの一致を確認した。
【0026】
次いで、得られた(6a)及び(15)をHOBT,WSC存在下にて反応させN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatine(9)を得る(収率約
80%)。尚、WSCはペプチド結合を形成させる縮合剤のひとつであり、N−エチル−N’−3−ジメチルアミノプロピルカルボジイミド・塩酸塩の慣用名でありWSCI・H
Clとも略記される。WSCの慣用名は、Water Soluble Carbodiimideに由来している。この縮合剤は単独あるいは1−ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBT)等の添加剤と組み合わせて用いられる。このHOBTの存在は、縮合剤単独の場合よりも反応が早く進行し、縮合に伴う副反応を防止する働きがある。また、(9)については、1H−NMRにおいてシス体において認められる4.5ppm付近での9.5Hzのcoupling constantを示すピークが全く認められなかったことから、トランス体であることが判明している。
【0027】
(9)は、トリフルオロ酢酸中、脱保護(脱Boc化)した後、4N HCl/dioxane溶液を加え減圧下で濃縮する。なおトリフルオロ酢酸(TFA)を使用する理由は、Boc基の酸による脱離は、HCl/dioxaneやHCl/ethyl acetateなども使用されるが、反応基質の溶解性や反応速度に問題が多く、その点TFAは溶解性も高く、反応も早いことから汎用される。また、4N HCl/dioxane溶液を使用する理由は、Boc基は通常トリフルオロ酢酸(TFA)で脱離させるが、この際生成したトリフルオロ酢酸塩を塩酸塩に変換するために用いる。規定液を用いるのは、化学量論的に処理するため、また、ジオキサン溶液は脱離溶媒TFAと混和可能(miscible)なため選択される。
濃縮後の残渣はベンゾフランカルボキシアミド誘導体の4種類の異性体(化合物1a〜1d)を含み得、適当な分離条件下において、まず、そのシス体(化合物1a及び化合物1b)とトランス体(化合物1c及び化合物1d)とに分離される。以下に分離条件の一例(ゲルカラムクロマト)を示すが、これに限定されるものではなく、シス体とトランス体を分離可能な条件であるならば、任意の分離条件を設定し得る。
【0028】
濃縮後の残渣(ベンゾフランカルボキシアミド誘導体の4種類の異性体(化合物1a〜d)を含む)を、high porous stylene polymer MCI GEL CHP20P (75〜150μ)[Mitsubishi Chem. Corp.]カラムにチャージし、ポンプ加圧下に水のみで展開して酸性の画分が溶出したのち、展開溶媒を20%メタノール/水系に換え、溶出展開を継続すると、まずシス体のラセミ体(1a及び1b)(Rf=0.24)が先に溶出しついでトランス体のラセミ体(1c及び1d)(Rf=0.33)[TLC plate:Silica gel F254 MERCK,展開溶媒;nBuOH:AcOH:H2O(4:1:1)]が溶出する。それぞれの画分を凍結乾燥(Lyophilization)すれば、両者の塩酸塩が白色粉末として得られる(トランス体の収率:約64%、シス体の収率:約30%)。シス体およびトランス体のフリー体は、それぞれの塩酸塩のメタノール溶液を、非水系の塩基性イオン交換樹脂 Amberlyst(登録商標)A−21(Organo)で処理後、凍結乾燥(Lyophilization)して得られる。
最後に、得られたシス体のラセミ体及びトランス体のラセミ体をそれぞれキラルカラム(例えば、ダイセル化学社製のCHIRALCEL(登録商標)など)により光学分割して、図3及び図4に示されるような4種類のエナンチオマー(化合物1a〜d)を分離する。
【0029】
〔第2実施形態〕
図2は、ホルダチンA前駆体(9a及び9b)を中間体として、図15に示されるベンゾフランカルボキシアミド誘導体の各種異性体(4種類:1a〜d)を合成する全合成スキームである。尚、図2中に記載される各矢印(→)の上下に記載されている文言は、各種試薬及び反応条件であり、必ずしもこれらに限定されるものでなく、本スキームに従って合成することが可能であるならば、使用される試薬の種類や反応条件については任意に採用することができる。また、各符号(1〜16)は、化合物を示す。
図2に示す実施形態では、光学活性なアシル部分を合成した後、塩基部分を縮合させて光学活性なホルダチンA前駆体(N,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−H
ordatine:9aおよび9b)を合成し、それらを脱Boc化することで光学活性なベンゾフランカルボキシアミド誘導体の4種類の異性体(化合物1a〜1d)を合成している。
【0030】
(I)塩基部分の合成については、まず1H−pyrazole−1−carboxamidine hydrochloride(10)から文献(B.Drake et al.,Synthesis,1994,579)に記載される方法に従ってN,N’−
di−Boc−1H−pyrazole−1−carboxamidine(11)を合成する(収率約74%)。
また、市販もされている1,4−diaminobutane(12)の1個のアミノ基を図2に記載されるような反応条件下でcarbobenzoxy(Cbz)基で保護して4−Cbz−aminobutyl−amine hydrochloride(13)を得る(A.Graham etal.,Synthesis,1984,1032)。先に調製した(11)と(13)とを、トリエチルアミンの存在下で反応させると、4−carbobenzoxyamino−N,N’−di−Boc−agmatine
(14)が得られる(収率約87%)。
(14)を水素気流中、5%パラジウム炭素存在下にhydrogenolysis反応に付すと、N,N’−di−Boc−agmatine(6a)が得られる。尚、(6
a)については、その塩酸塩が市販されているので、市販品を使用しても良い。
また、脱保護した際のホルダチン精製の容易さから、アグマチンを構成するグアニジノ基の保護基としては、文献上Boc基あるいはCbz基(カルボベンゾキシ基)が汎用されているが、Boc基で保護することが好ましい。ホルダチンは分子内に二重結合を有するため、接触還元的に脱保護を行うCbz基は利用できないためである。Cbz基以外のアミノ基やイミノ基のN−protecting groupの保護基としての利用は理論的には可能と思われる。
【0031】
(II)アシル部分の合成については、1/15mMリン酸緩衝液(pH7.3)/dioxane中に、p−クマリン酸(7)、セイヨウワサビ由来ペルオキシダーゼ(horseradish−peroxidase)を加える。室温下で撹拌しつつ、0.5時間かけて1M 過酸化水素水溶液を滴下させる。
反応の進行をTLC(CHCl3:MeOH:AcOH=9:1:0.2)により確認し、反応液に酢酸エチル、クエン酸を加え撹拌した後、酢酸エチルにて3回抽出を行う。酢酸エチル層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸マグネシウムで脱水し濃縮乾固した。得られた黄色残渣をメタノールに溶解させSephadex(登録商標) LH20(メタノール)、Sephadex(登録商標) LH20(80%メタノール)、およびSephadex(登録商標) G15(80%メタノール)カラムクロマトグラフィーで順次精製し、dehydrodi−p−coumaric acid(15)を得る。
キラルカラムCHIRALPAK(登録商標) OJ−RH[Φ2.0×15cm、溶媒:30%MeCN 0.1%TFA、流速:5.0ml/min、波長:280nm]により、dehydrodi−p−coumaric acid(15)から光学活性な[S,S]−dehydrodi−p−coumaric acid(16a)および[R,R]−dehydrodi−p−coumaric acid(16b)を分取する。
次いで、得られた(16a)及び(16b)をジメチルホルムアミドに溶解し、WSCおよびHOBtを加えて、室温下撹拌する。その後、(6a)をジメチルホルムアミドに溶解し反応液に加え、さらに1時間攪拌する。反応の進行をTLC(CHCl3:MeOH:AcOH=9:1:0.2)で確認し、反応液に水を加え酢酸エチルで3回抽出し、得られた有機層を飽和食塩水で洗浄後、硫酸マグネシウムで乾燥し、濃縮した。得られた残査をSiO2カラムクロマトグラフ法[Φ1.5×10cm,Hexane:AcOEt=3:7→1:4]にて精製し、[S,S]−N,N’,N’’,N’’’−tetr
a−Boc−Hordatine(9a)および[R,R]−N,N’,N’’,N’’
’−tetra−Boc−Hordatine(9b)を得る(収率約80%)。夾雑物
を含むフラクションは更にSiO2(球状、中性)カラムクロマトグラフ法[CHCl3:MeOH=99:1→98:2]によって精製を行う。尚、WSCはペプチド結合を形成させる縮合剤のひとつであり、N−エチル−N’−3−ジメチルアミノプロピルカルボ
ジイミド・塩酸塩の慣用名でありWSC・HClとも略記される。WSCの慣用名は、Water Soluble Carbodiimideに由来している。この縮合剤は単独あるいは1−ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBT)等の添加剤と組み合わせて用いられる。このHOBTの存在は、縮合剤単独の場合よりも反応が早く進行し、縮合に伴う副反応を防止する働きがある。
【0032】
(9a)および(9b)にトリフルオロ酢酸(TFA)を加え、脱保護(脱Boc化)した後、1N HCl溶液を加え減圧下で濃縮する。なおトリフルオロ酢酸(TFA)を使用する理由は、Boc基の酸による脱離は、HCl/dioxaneやHCl/ethyl acetateなども使用されるが、反応基質の溶解性や反応速度に問題が多く、その点TFAは溶解性も高く、反応も早いことから汎用される。
また、1N HCl溶液を使用する理由は、Boc基は通常トリフルオロ酢酸(TFA)で脱離させるが、この際生成したトリフルオロ酢酸塩を塩酸塩に変換するために用いる。規定液を用いるのは、化学量論的に処理するため選択される。
上述のようにして、濃縮後に得られた2つの残渣には、それぞれ2種類の異性体が含まれ得る(9a由来の残渣には化合物1b及び1d、9b由来の残渣には化合物1a及び1c)。各残渣をSephadex(登録商標) G−15(Φ1.6×30cm,solvent=0.01N HCl,Vt=58cm3,Vi=29cm3,Vg=11.6cm3,Vo=17.4cm3,flow rate=250μL/min,collection volume=2.5ml/fr.)カラムにかけて、2種類の異性体を分離溶出させて、各溶出画分を採取して凍結乾燥することで、図3及び図4に示されるような4種類のエナンチオマー(化合物1a〜d)を得ることができる。なお、化合物1a〜dは、塩としての形態で得ることもでき、そのような塩としては、塩酸塩など、特に限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
〔実施例1〕構造解析
上記実施形態にて合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体のシス体(化合物1a及び1b)及びトランス体(化合物1c及び1d)について、核磁気共鳴スペクトルデータ、質量分析スペクトル測定による解析を行った。
【0034】
1.核磁気共鳴(1H−NMR、13C−NMR)スペクトル
上記シス体(塩酸塩)及びトランス体(塩酸塩)について、その核磁気共鳴(1H−NMR、13C−NMR)スペクトル解析を行った。溶媒としてDMSO−d6を用い、測定は、Bruker Biospin社 DMX-750(1H−NMR)または DMX-500(13C−NMR)で行った。
上記シス体及びトランス体の1H−NMRスペクトル解析データをそれぞれ第5図(シス体)および第6図(トランス体)に、また13C−NMRスペクトル解析データをそれぞれ第7図(シス体)および第8図(トランス体)に示した。その結果、天然体(ホルダチンA(トランス体)及びそのシス体)とほぼ同じスペクトルを示した。
【0035】
2.質量分析スペクトル
次に、上記シス体について、その質量分析を行った(図9)。
シス体を3−ニトロベンジルアルコールに溶解して、質量分析を行った結果を第9図として示した。その結果、分子イオンとして、質量/電荷(m/z)が、551(M+H)+となり、分子量は550を有するものであることが判明した。
【0036】
3.構造の決定
以上のように、合成した化合物について、核磁気共鳴スペクトルデータ、及び質量分析による解析の結果、それぞれの立体構造は、シス体については図3の化合物1a及び化合物1b、またトランス体については図4の化合物1c及び化合物1dで示される化学構造式を有するものであることが判明した。尚、化合物1c及び化合物1aは、それぞれ天然体のホルダチンA(トランス体)及びそのシス体と同じ化学構造式を有するものであり、化合物1b及び化合物1dが、上述の非天然体のエナンチオマー(シス体及びトランス体)である。
【0037】
〔実施例2〕キラル分析
天然体(ホルダチンA(トランス体)及びそのシス体)並びに合成した非天然体(上記化合物1a〜d)について、キラルカラムを用いて高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析を実施した。分析試料としては、天然体として(1)ホルダチンAのシス体及び(2)ホルダチンA(トランス体)を用意し、合成した非天然体として(3)シス体のラセミ体(化合物1a、1b)及び(4)トランス体のラセミ体(化合物1c、1d)を用意した。上記分析試料(1)及び(3)、並びに上記分析試料(2)及び(4)をそれぞれ共射出し、分析を行った。HPLCの分析条件は、カラム:CHIRALCEL(登録商標) OD-RH、カラムサイズ:0.46I.D×15cm、移動相:25%MeCNを含有する0.5M NaClO4の水溶液、流速:0.8ml/min、測定波長:280nm、チャートスピード:15cm/hである。結果を図10(分析試料(1)及び(3))及び図11(分析試料(2)及び(4))に示す。この結果から、キラルカラムを使用することにより、合成したシス体のラセミ体及びトランス体のラセミ体はそれぞれ単一のエナンチオマーに分離することが可能であり、その一方のエナンチオマーが天然体と同じものであると判断される。
【0038】
〔実施例3〕ムスカリンM3受容体結合性試験
ムスカリンM3受容体結合性試験法は、次の通りである。
ヒトのムスカリンM3受容体を発現させた組換えチャイニーズハムスター卵巣細胞株の膜標品の懸濁液に、検体(ビール乾燥物およびその分画物)と、リガンド:0.2nMの[3H]4−DAMP(ジフェニルアセトキシ−N−メチルピペリジン メチオダイド)を添加し、22℃で60分間インキュベートした。反応液をガラス繊維フィルター(GF/B:Packard社製)にて吸引濾過して反応を停止させ、氷冷した緩衝液で数回洗浄した。フィルターにシンチレーションカクテル(Microscint 0:Packard社製)を加え、フィルター上に残存する放射活性を液体シンチレーションカウンター(Topcount:Packard社製)で計測した。[3H]4−DAMPの特異的結合量は、[3H]4−DAMPの全結合量から1μMアトロピン存在下の非特異的結合量を差し引くことにより算出した。
【0039】
非天然体(化合物1b(シス体)及び化合物1d(トランス体))を第1図又は第2図に示す方法で化学合成し、得られたそれぞれの非天然体について、上記のムスカリンM3受容体結合性試験を行い、用量−作用曲線を求め、天然体(ホルダチンA及びそのシス体)と比較した。
その結果を、第12図(ホルダチンAのシス体、化合物1b)及び第13図(ホルダチンA、化合物1d)に示した。図中に示した結果から明らかなように、非天然体には天然体と同様の用量依存性が確認され、そのIC50はそれぞれ、シス体では0.08×10-6g/mL、トランス体では0.11×10-6g/mLであった。天然体と比較したところ、合成品のムスカリンM3受容体結合作用の強さは、化合物1b(シス体)で天然体の約7倍、化合物1d(トランス体)で天然体の約20倍に相当した。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】第1実施形態の全合成スキームを示す図
【図2】第2実施形態の全合成スキームを示す図
【図3】合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(シス体)の化学構造式を示す図
【図4】合成した合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(トランス体)の化学構造式を示す図
【図5】合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(シス体)に関する1H−NMRスペクトル解析データを示す図
【図6】合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(トランス体)に関する1H−NMRスペクトル解析データを示す図
【図7】合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(シス体)に関する13C−NMRスペクトル解析データを示す図
【図8】合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(トランス体)に関する13C−NMRスペクトル解析データを示す図
【図9】合成したベンゾフランカルボキシアミド誘導体(シス体)についての質量分析スペクトル解析データを示す図
【図10】天然体(ホルダチンAのシス体)と非天然体(シス体のラセミ体)に対してキラルカラムを用いてHPLCを実施したクロマトグラムを示す図
【図11】天然体(ホルダチンA)と非天然体(トランス体のラセミ体)に対してキラルカラムを用いてHPLCを実施したクロマトグラムを示す図
【図12】天然体(ホルダチンAのシス体)及び非天然体(化合物1b)のムスカリンM3受容体結合性試験結果を示す図
【図13】天然体(ホルダチンA)及び非天然体(化合物1d)のムスカリンM3受容体結合性試験結果を示す図
【図14】従来のホルダチンAの合成スキームを示す図
【図15】ベンゾフランカルボキシアミド誘導体の化学構造式を示す図
【符号の説明】
【0041】
6a アグマチン誘導体
9 ホルダチンA前駆体
15 パラクマリン酸二量体
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホルダチンA前駆体の合成方法であって、
前記合成方法が、パラクマリン酸二量体とアグマチン誘導体とを結合させる工程を包含するホルダチンA前駆体合成方法。
【請求項2】
前記アグマチン誘導体が、アグマチンのBoc保護体である請求項1に記載のホルダチンA前駆体合成方法。
【請求項3】
過酸化水素及びセイヨウワサビ由来ペルオキシダーゼを含有するpH7のリン酸緩衝液中で2分子のパラクマリン酸を反応させて前記パラクマリン酸二量体を合成する工程を包含する請求項1又は2のいずれか1項に記載のホルダチンA前駆体合成方法。
【請求項4】
請求項1〜3に記載のホルダチンA前駆体を用いてベンゾフランカルボキシアミド誘導体を合成する方法であって、
前記ホルダチンA前駆体から保護基を脱保護する工程を包含するベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法。
【請求項5】
前記保護基がBoc基であり、トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護する請求項4に記載のベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法。
【請求項6】
前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化1】
に示される化合物を合成する請求項5に記載のベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法。
【請求項7】
前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化2】
に示される化合物を合成する請求項5に記載のベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法。
【請求項8】
前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化3】
に示される化合物を合成する請求項5に記載のベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法。
【請求項9】
前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化4】
に示される化合物を合成する請求項5に記載のベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法。
【請求項1】
ホルダチンA前駆体の合成方法であって、
前記合成方法が、パラクマリン酸二量体とアグマチン誘導体とを結合させる工程を包含するホルダチンA前駆体合成方法。
【請求項2】
前記アグマチン誘導体が、アグマチンのBoc保護体である請求項1に記載のホルダチンA前駆体合成方法。
【請求項3】
過酸化水素及びセイヨウワサビ由来ペルオキシダーゼを含有するpH7のリン酸緩衝液中で2分子のパラクマリン酸を反応させて前記パラクマリン酸二量体を合成する工程を包含する請求項1又は2のいずれか1項に記載のホルダチンA前駆体合成方法。
【請求項4】
請求項1〜3に記載のホルダチンA前駆体を用いてベンゾフランカルボキシアミド誘導体を合成する方法であって、
前記ホルダチンA前駆体から保護基を脱保護する工程を包含するベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法。
【請求項5】
前記保護基がBoc基であり、トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護する請求項4に記載のベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法。
【請求項6】
前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化1】
に示される化合物を合成する請求項5に記載のベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法。
【請求項7】
前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化2】
に示される化合物を合成する請求項5に記載のベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法。
【請求項8】
前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化3】
に示される化合物を合成する請求項5に記載のベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法。
【請求項9】
前記Boc基を有するホルダチンA前駆体がN,N’,N’’,N’’’−tetra−Boc−Hordatineであって、前記トリフルオロ酢酸を用いて前記Boc基を脱保護し、以下の構造式:
【化4】
に示される化合物を合成する請求項5に記載のベンゾフランカルボキシアミド誘導体の合成方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2006−273842(P2006−273842A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−345985(P2005−345985)
【出願日】平成17年11月30日(2005.11.30)
【出願人】(000001904)サントリー株式会社 (319)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年11月30日(2005.11.30)
【出願人】(000001904)サントリー株式会社 (319)
【Fターム(参考)】
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