説明

消耗電極ガスシールドアーク溶接方法

【課題】定電流特性の溶接電源を使用した消耗電極ガスシールドアーク溶接において、アーク長を高く設定したときのアーク長制御性を良好にして良好な溶接品質を得ること。
【解決手段】本発明は、母材・溶接ワイヤ間の溶接電圧Vwを溶接電圧設定値Vsによって設定し、溶接中の溶接電圧Vwを検出し、この溶接電圧検出値Vdを移動平均して溶接電圧移動平均値Vraを算出し、前記溶接電圧設定値Vsが予め定めた高アーク長基準値未満のときは前記溶接電圧移動平均値Vraを溶接電圧制御設定値Vscとし、前記溶接電圧設定値Vsが前記高アーク長基準値以上のときは前記溶接電圧設定値Vsを前記溶接電圧制御設定値Vscとし、前記溶接電圧検出値Vdが前記溶接電圧制御設定値Vscと略等しくなるように定電流特性による溶接電流値Isc、Iwを変化させる消耗電極ガスシールドアーク溶接方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、定電流特性の溶接電源を使用してアーク制御性を向上させるための消耗電極ガスシールドアーク溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
以下の従来技術については、特許文献1及び特願2004−088631に記載されている。
図10は、アルミニウムMIG溶接における溶接ワイヤの溶融特性L1と溶接電源の外部特性CC1、CC2との関係を示す図である。同図の横軸はアークに通電する溶接電流Iwを示し、縦軸はアーク長Laを示す。溶融特性L1は、溶接ワイヤの送給速度を予め定めた一定値に設定し、溶接ワイヤ・母材間の溶接電圧Vwを変化させたときの溶接電流Iwとアーク長Laとの関係を測定したものである。Q1点においてアーク長La=2mm程度となり、これよりも下の溶融特性L1上の各点では溶滴移行形態が短絡移行形態になる。Q2点においてアーク長La=6mm程度となり、これよりも上の溶融特性L1上の各点では溶滴移行形態がスプレー移行形態になる。Q1〜Q2点の間の各点では溶滴移行形態はメソスプレー移行形態になる。このメソスプレー移行形態では、1ms以下の微小時間の短絡が発生しつつ溶滴はスプレー移行する。スパッタ、ビード外観、ブローホール等の溶接品質を考慮して実用上多く使用されるアーク長Laの範囲は、2〜5mm程度である。したがって実用上多く使用されるアーク長Laの範囲では、溶滴移行形態はメソスプレー移行形態となる。ただし、メソスプレー移行形態よりも高いアーク長で使用される場合もある。
【0003】
ところで、アーク長Laは溶接ワイヤの送給速度と溶融速度とのバランスによって定まる。溶融速度は溶接電流Iwの値に略比例する。溶融特性L1は送給速度が一定の場合であるので、各アーク長において溶融速度と送給速度とが等しくなるように溶接電流Iwの値が定まる。溶融特性L1において、アーク長La=6mmのQ2点の溶接電流値がアーク長La=2mmのQ1点の溶接電流値よりも大きいので、Q2点の方が単位溶接電流値当りの溶融量(以下,比溶融量という)は小さくなる。すなわち、メソスプレー移行形態においては、アーク長Laに反比例して比溶融量が小さくなる。このために、溶接電流Iwが一定値である場合(定電流特性の溶接電源を使用した場合)、送給速度の変動、給電チップ・母材間距離の変動等の外乱(以下、単に外乱という)によってアーク長Laが過渡的に長くなると比溶融量が小さくなり溶融速度が遅くなるために、アーク長Laは短くなる方向に制御される。逆にアーク長Laが外乱によって短くなった場合は、比溶融量が大きくなり溶融速度が速くなるために、アーク長Laは長くなる方向に制御される。このようにアーク長の変動を復元する作用を「アーク固有の自己制御作用」と呼んでいる。
【0004】
一般的に、アルミニウムMIG溶接を含む消耗電極ガスシールドアーク溶接には定電圧特性の溶接電源が使用される。これは、アーク長Laが溶接電圧Vwと比例関係にあることを利用してアーク長Laを溶接電圧Vwで検出し、その検出値が目標値(溶接電圧設定値)と一致するように定電圧制御することによってアーク長を制御するものである。アルミニウムワイヤの材質、直径、シールドガスの種類等の溶接条件が決まり、送給速度が設定されると溶融特性L1が定まる。このために所望のアーク長になるように定電圧特性を設定すればよい。しかし、アルミニウムMIG溶接においては、母材の酸化皮膜の状態によって溶融特性L1が変化するという性質がある。MIG溶接では、母材の酸化皮膜をアークによって除去(クリーニング作用)しながら溶接が行われる。この酸化皮膜のクリーニング状態は、母材表面の汚れ具合、母材の温度、シールドガスのシールド状態等の変動によって大きく影響される。しかもクリーニング状態は溶接中にも刻々と変化する。
【0005】
クリーニング状態が変化すると、溶融特性L1が変化する。これはクリーニング状態の変化によってアーク形状が変化しアークから溶接ワイヤへの入熱が変化し溶融速度が変化するためである。溶融特性L1のときにアーク長La=4mmの所望値に設定するために定電圧特性を設定する。この状態で溶融特性L1が変化したときに、アーク長Laを4mmに維持するためには定電圧特性の設定を変更する必要がある。すなわち、アルミニウムMIG溶接においては、クリーニング状態が変化するごとにアーク長を所望値に維持するためには定電圧特性の設定を修正しなければならなかった。上述したように、クリーニング状態は溶接中にも変化するために、定電圧特性も溶接中に設定変更する必要があった。このために、溶接作業者がクリーニング状態の変動によるアーク長の変動を目視で確認しながら手動で定電圧特性を調整することが現場では行われてきた。しかし、この方法では自動化が困難であり、かつ、アーク長を正確に所望値に維持することができないという問題があった。
【0006】
上述した問題を解決するために、同図に示す定電流特性によるアルミニウムMIG溶接が従来から実施されている。上述したように、横軸を溶接電流Iw、縦軸を溶接電圧Vwとして溶融特性を表わすと、クリーニング状態に影響されて溶融特性は変化する。しかし、同図に示すように、横軸を溶接電流Iw、縦軸をアーク長Laとして溶融特性を表わした場合には、クリーニング状態が変化しても溶融特性はL1のままでほとんど変化しない。したがって、アーク長Laが所望値4mmになるように定電流特性CC1を設定すれば、動作点はP1となり所望値のアーク長Laに制御することができる。この場合、クリーニング状態が変化しても溶融特性はL1のままであるので、動作点P1もそのままであり、アーク長La=4mmに維持される。この定電流特性によるアーク長制御を基本として、外乱によるアーク長の変動を抑制する制御を加味したのが、以下に説明する従来技術である。
【0007】
動作点P1の定常アーク状態において外乱が発生してアーク長Laが過渡的に長くなると、動作点はP1からP2へ移動する。従来技術では、溶接電圧Vw及び溶接電圧移動平均値Vraを検出し、これらの電圧誤差増幅値ΔV=G・(Vra−Vw)に応じて定電流特性による溶接電流値Iwを変化させる。ここでGは予め定めた増幅率である。すなわち、Iw2=Iw1+ΔVとなる。溶接電流Iw1は定電流特性CC1の電流値である。外乱によってアーク長Laが長くなると、溶接電圧Vwが溶接電圧移動平均値Vraよりも大きくなり、上記の電圧誤差増幅値ΔV<0となる。この結果、Iw2<Iw1となり定電流特性はCC2に変化する。これに応動して動作点はP2からP3へと移動する。動作点がP3になると溶接電流は減少するので、溶融速度が遅くなり、アーク長Laは短くなる方向へ制御される。すなわち、外乱によるアーク長Laの変動を上記の電圧誤差増幅値ΔVによって検出し、定電流特性を変化させて外部特性による自己制御作用を働かせている。上述したように、アーク固有の自己制御作用に比べて外部特性による自己制御作用の方がアーク長制御の過渡応答性が良くアーク長変動幅も小さくなる。
【0008】
次に、動作点P1の定常アーク状態においてクリーニング状態が変動すると、溶接電圧Vwが変化する。しかし、クリーニング状態の変動速度は上記の外乱による変動速度よりも緩やかである。例えば、外乱による変動速度は数ms〜十数ms程度であり、他方クリーニング状態の変動速度は数十ms〜数百ms程度である。そこで、溶接電圧移動平均値Vraを算出するための移動平均期間を、外乱の変動速度よりも長く、かつ、クリーニング状態の変動速度よりも短く設定する。これによって、クリーニング状態の緩やかな変動が発生した場合には、Vw≒Vraとなり定電流特性はCC1のままで変化しない。このために、クリーニング状態が変動してもアーク長Laは所望値のままである。他方、外乱が発生したときは上述したようにVa≠Vraとなり定電流特性がCC1からCC2等に過渡的に変化して外部特性による自己制御作用が働く。定常アーク状態に戻ると定電流特性はCC1に戻る。
【0009】
【特許文献1】特許第2993174号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
図11は、上述した図10においてアーク長Laを6mm超に設定する場合の溶融特性L1と定電流特性CC3との関係を示す図である。同図において、上述したように、アーク長Laが2〜6mm程度の範囲がメソスプレー移行形態の領域であり、この範囲内ではアーク固有の自己制御作用が働き、クリーニング状態の変動に対してアーク長Laを適正値に維持することができる。しかし、Q2点の6mm超では、溶融特性L1が略垂直になるために、定電流特性CC3を調整しても、アーク長Laを例えば6.5mmに設定することは困難であった。通常はメソスプレー移行領域で使用することが多いが、溶接継手、溶接姿勢、溶接速度等によってはメソスプレー移行領域外で使用する場合もある。このような場合に従来技術ではアーク長をメソスプレー移行領域外に設定することは困難であった。
【0011】
さらに、メソスプレー移行領域であっても、Q2点を境界値としてアーク固有の自己制御作用が働かなくなるのではない。上記の境界値よりも少し短いアーク長のときから少しずつアーク固有の自己制御作用の効果が小さくなり、境界値でほとんど働かなくなるのである。この領域を遷移領域ということにする。この遷移領域では、アーク固有の自己制御作用が弱くなるので、境界値Q2に近いアーク長に設定するほど、クリーニング状態の変化に伴ってアーク長の変動が少しずつ大きくなるという課題があった。
【0012】
ぞこで、本発明では、アーク長をメソスプレー移行領域を越える範囲又は遷移領域の所望値に正確に設定することができ、かつ、クリーニング状態及び外乱によるアーク長の変動を抑制することができる消耗電極ガスシールドアーク溶接方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、溶接ワイヤを予め定めた速度で送給すると共に、溶接電源の定電流特性によって予め定めた溶接電流をアークに通電して溶接する消耗電極ガスシールドアーク溶接方法において、
母材・溶接ワイヤ間の溶接電圧を溶接電圧設定値によって設定し、溶接中の溶接電圧を検出し、この溶接電圧検出値を移動平均して溶接電圧移動平均値を算出し、前記溶接電圧設定値が予め定めた高アーク長基準値未満のときは前記溶接電圧移動平均値を溶接電圧制御設定値とし、前記溶接電圧設定値が前記高アーク長基準値以上のときは前記溶接電圧設定値を前記溶接電圧制御設定値とし、前記溶接電圧検出値が前記溶接電圧制御設定値と略等しくなるように前記定電流特性による前記溶接電流値を変化させることを特徴とする消耗電極ガスシールドアーク溶接方法である。
【0014】
また、第2の発明は、前記溶接電圧設定値が前記高アーク長基準値よりも小さな値に予め定めた中間アーク長基準値未満のときは前記溶接電圧移動平均値を前記溶接電圧制御設定値とし、前記溶接電圧設定値が前記中間アーク長基準値以上でかつ前記高アーク長基準値未満のときは前記溶接電圧移動平均値と前記溶接電圧設定値とを予め定めた混合関数によって混合して前記溶接電圧制御設定値とし、前記溶接電圧設定値が前記高アーク長基準値以上のときは前記溶接電圧設定値を前記溶接電圧制御設定値とすることを特徴とする第1の発明記載の消耗電極ガスシールドアーク溶接方法である。
【0015】
また、第3の発明は、前記消耗電極ガスシールドアーク溶接がピーク期間中のピーク電流の通電及びベース期間中のベース電流の通電をパルス周期として繰り返す消耗電極パルスアーク溶接であり、前記溶接電流値が前記パルス周期ごとの溶接電流平均値であり、前記溶接電圧値が前記パルス周期ごとの溶接電圧平均値であり、前記ピーク期間又は前記ピーク電流又は前記ベース期間又は前記ベース電流の少なくとも1つ以上を変化させて前記パルス周期ごとの溶接電流平均値を変化させることを特徴とする第1又は第2の発明記載の消耗電極ガスシールドアーク溶接方法である。
【発明の効果】
【0016】
上記第1の発明によれば、高アーク長基準値Vth未満のアーク長では溶接電圧移動平均値Vraによって溶接電流を変化させ、高アーク長基準値Vth以上のアーク長では溶接電圧設定値Vsによって溶接電流を変化させることによって、アーク長を低い値にも高い値にも所望値に正確に設定することができる。さらに、外乱及びクリーニング状態の変動に対してもアーク長変動を抑制することができる。特に、アーク長がメソスプレー移行領域を超える高い範囲であっても、アーク長を所望値に正確に設定することができる。
【0017】
上記第2の発明によれば、上記第1の発明の効果に加えて、中間アーク長基準値Vtm以上で高アーク長基準値Vth未満の遷移領域の中間アーク長範囲において、溶接電圧移動平均値Vraと溶接電圧設定値Vsとを適切に混合した溶接電圧制御設定値Vscによって溶接電流を変化させる。このために、中間アーク長範囲でのアーク長制御性がさらに良好になる。
【0018】
上記第3の発明によれば、上記第1及び第2の発明の効果をパルスアーク溶接において奏することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0020】
[実施の形態1]
図1は、実施の形態1に係る消耗電極ガスシールドアーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0021】
電源主回路MCは、商用交流電源(3相200V等)を入力として後述する電流誤差増幅信号Eiに従ってインバータ制御、チョッパ制御等によって出力制御を行い、溶接電流Iw及び溶接電圧Vwを出力する。溶接ワイヤ1は、ワイヤ送給装置の送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を通って送給され、母材2との間にアーク3が発生する。
【0022】
溶接電圧検出回路VDは、上記の溶接電圧Vwを検出して溶接電圧検出信号Vdを出力する。溶接電圧移動平均値算出回路VRAは、上記の溶接電圧検出信号Vdを移動平均して溶接電圧移動平均値信号Vraを出力する。溶接電圧設定回路VSは、所望値の溶接電圧設定信号Vsを出力する。溶接電圧設定切換回路SWVは、上記の溶接電圧設定信号Vsの値が予め定めた高アーク長基準値Vth未満のときはa側に切り換わり上記の溶接電圧移動平均値信号Vraを溶接電圧制御設定信号Vscとして出力し、上記の高アーク長基準値Vth以上のときはb側に切り換わり上記の溶接電圧設定信号Vsを上記の溶接電圧制御設定信号Vscとして出力する。この回路の作用については後述する。電圧誤差増幅回路EVは、上記の溶接電圧制御設定信号Vscと上記の溶接電圧検出信号Vdとの誤差を増幅して電圧誤差増幅信号ΔV=G・(Vsc−Vd)を出力する。ここでGは予め定めた増幅率である。
【0023】
電流設定回路ISは、予め定めた電流設定信号Isを出力する。加算回路ADは、上記の電流設定信号Isと上記の電圧誤差増幅信号ΔVとの加算を行い、電流制御設定信号Isc=Is+ΔVを出力する。電流検出回路IDは、上記の溶接電流Iwを検出して溶接電流検出信号Idを出力する。電流誤差増幅回路EIは、上記の電流制御設定信号Iscと上記の溶接電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。この回路によって、電流制御設定信号Iscにより定まる定電流特性が形成される。上記の電圧誤差増幅信号ΔV=0の定常アーク状態においては、Isc=Isとなるので、電流設定信号Isにより定まる定電流特性が形成される。
【0024】
また、溶接電圧制御設定信号Vscが溶接電圧移動平均値信号Vraであるとき(Vs<Vthのとき)は、図10で上述した従来技術の消耗電極ガスシールドアーク溶接方法を実施することになる。すなわち、外乱による急速なアーク長変動に対しては電圧誤差増幅信号ΔVによって定電流特性を変化させてアーク長の変動を抑制する。クリーニング状態のような緩やかなアーク長変動に対しては、Vra≒Vdとなり電圧誤差増幅信号ΔV≒0となるので、溶接電流設定信号Isによる定電流特性は変化せず、アーク固有の自己制御作用によってアーク長の変動は抑制される。
【0025】
他方、溶接電圧制御設定信号Vscが溶接電圧設定信号Vsであるとき(Vs≧Vthのとき)は、定電圧特性による消耗電極ガスシールドアーク溶接を実施することになる。すなわち、アーク長がメソスプレー移行領域よりも長くなるとクリーニング状態の変動によるアーク長の変動幅は小さくなる。したがって、クリーニング状態の変動によるアーク長の変動は考慮する必要性が小さくなる。このために、アーク長は溶接電圧Vwと略比例になるために、溶接電圧設定信号Vsによって所望値のアーク長に設定し、電圧誤差増幅信号ΔVによって定電圧特性を形成してアーク長を制御することができる。
【0026】
図2は、本発明の実施の形態1に係る消耗電極ガスシールドアーク溶接方法の動作原理を説明するための特性図である。アルミニウムMIG溶接において、同図は、送給速度を所定値に固定したときの横軸に示すアーク長Laと縦軸に示す溶接電流Iw及び溶接電圧Vwとの関係を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0027】
上述したように、アーク長が2〜6mm程度のメソスプレー移行領域では、溶接電流Iw(定電流特性)を変化させることによってアーク長Laを設定することができる。特に、アーク長4mm程度未満では溶接電流Iwの特性の傾きが急であるために、アーク長の制御性に優れている。アーク長が6mmに近づくにつれて傾きは緩やかになり、アーク長の制御性は弱くなる。アーク長が6mmを超えると傾きは略水平になり、アーク長の制御性はほとんどなくなる。
【0028】
他方、溶接電圧Vwは、アーク長Laが6mmを超えると、上述したように、アーク長Laと略比例関係の特性となる。これは、クリーニング状態の変化によってアーク長Laがあまり影響されなくなるからである。アーク長が6mmよりも短くなるにつれ、同一アーク長Laとなる溶接電圧Vwの幅が大きくなる。これは、アーク長Laが短いとクリーニング状態の少しの変化でアーク長Laが大きく影響されて、その結果溶接電圧Vwが変化するからである。すなわち、アーク長Laが短い場合には、アーク長Laに対する溶接電圧Vwの変化幅は大きくなり、アーク長の制御性は弱い。アーク長Laが長くなると溶接電圧Vwとアーク長Laとは比例関係を示し、アーク長の制御性は良好になる。
【0029】
そこで、実施の形態1では、5mm、6mm等の高アーク長を予め設定し、溶接電圧設定値Vsをこの高アーク長に相当する値(高アーク長基準値Vth)と比較して、Vs<Vthのときは溶接電流Iwによるアーク長制御性を利用し、Vs≧Vthのときは溶接電圧Vwによるアーク長制御性を利用する。これは、アーク長Laの長さによって制御性を有するパラメータが異なることを利用したものである。
【0030】
[実施の形態2]
本発明の実施の形態2では、溶接電圧移動平均値Vraと溶接電圧設定値Vsとを予め定めた混合関数Vsc=fm(Vra,Vs)によって混合して溶接電圧制御設定値Vscを算出する。以下,詳細を説明する。
【0031】
図3は、実施の形態2に係る消耗電極ガスシールドアーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において、上述した図1と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図1とは異なる点線で示すブロックについて説明する。
【0032】
混合関数回路FMは、上記の高アーク長基準値Vthに加えてこれよりも小さな値の中間アーク長基準値Vtmを予め設定し、
(1)溶接電圧設定信号Vsが上記の中間アーク長基準値Vtm未満のときは溶接電圧移動平均値信号Vraを溶接電圧制御設定信号Vscとして出力し、
(2)上記の溶接電圧設定信号Vsが上記の中間アーク長基準値Vtm以上でかつ上記の高アーク長基準値Vth未満のときは溶接電圧移動平均値信号Vraと溶接電圧設定信号Vsとを予め定めた混合関数fmによって混合して上記の溶接電圧制御設定信号Vscとして出力し、
(3)上記の溶接電圧設定信号Vsが上記の高アーク長基準値Vth以上のときは溶接電圧設定信号Vsを上記の溶接電圧制御設定信号Vscとして出力する。上記の混合関数fmについては、図4〜5で後述する。
【0033】
上述した図2において、アーク長Laが2〜6mm程度の範囲はメソスプレー移行領域となり、例えばLa=6mmに対応する溶接電圧設定信号Vsの値を高アーク長基準値Vthとし、La=3mmに対応する溶接電圧設定信号Vsの値を中間アーク長基準値Vtmとして予め設定する。上記の中間アーク長基準値Vtm未満のアーク長では、溶接電流Iwがアーク長と強い相関関係を有するので溶接電圧移動平均値信号Vra及び溶接電流設定信号Isを使用する従来技術の制御を行う。上記の高アーク長基準値Vth以上のアーク長では、溶接電圧Vwとアーク長とは強い相関関係を有するために、溶接電圧設定信号Vsを使用する定電圧制御を行う。そして、中間アーク長基準値Vtm〜高アーク長基準値Vthの間のアーク長では、溶接電圧移動平均値信号Vra及び溶接電圧設定信号Vsとを混合して上記両制御を併用する。
【0034】
混合関数fmの例を下式に示す。
Vsc=Vra・(100-α)/100+Vs・α/100 (1)式
ここでαは混合率[%]である。また、図4及び図5は、この混合率αと溶接電圧設定信号Vsとの関係の一例である。両図は、アルミニウムMIG溶接において、直径1.2mmのアルミニウム合金ワイヤを使用した場合であり、図4は平均溶接電流が50Aのときであり、図5は平均溶接電流が150Aのときである。溶接電流設定信号Is(平均溶接電流)及び溶接電圧設定信号Vsの値によって混合率αが定まる。そして、上記(1)式によって溶接電圧制御設定信号Vscが算出される。
【0035】
[実施の形態3]
本発明の実施の形態3は、実施の形態1における消耗電極ガスシールドアーク溶接として消耗電極パルスアーク溶接を使用する場合である。図6は、パルスアーク溶接の電流・電圧波形を示す。同図(A)は溶接電流瞬時値iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧瞬時値vwの時間変化を示す。時刻t1〜t2のピーク期間Tp中は、同図(A)に示すように、溶滴を移行させるために大電流値のピーク電流Ipを通電し、同図(B)に示すように、溶接ワイヤと母材との間にピーク電圧Vpが印加する。時刻t2〜t3のベース期間Tb中は、同図(A)に示すように、溶接ワイヤを溶融させないために小電流値のベース電流Ibを通電し、同図(B)に示すように、溶接ワイヤと母材との間にベース電圧Vbが印加する。ピーク期間Tp及びベース期間Tbからパルス周期Tfが形成される。パルスアーク溶接においては、パルス周期Tfごとに1溶滴が母材に移行するいわゆる1パルス1溶滴移行となるのが通常である。したがって、アーク長Laは1パルス周期Tfごとに大きく変化する。このため、上述した実施の形態1における溶接電流Iw及び溶接電圧Vwとして、実施の形態3ではパルス周期Tfごとの溶接電流平均値Iwa及びパルス周期Tfごとの溶接電圧平均値Vwaを使用する必要がある。すなわち、実施の形態3では、上記のパルス周期溶接電流平均値Iwaが一定値になるように定電流特性が形成される。また、溶接電圧移動平均値Vraは、上記のパルス周期溶接電圧平均値Vwaを移動平均して算出する。したがって、電圧誤差増幅値ΔV=G・(Vra−Vwa)となる。同図(A)において、ピーク期間Tp、ピーク電流Ip、ベース期間Tb及びベース電流Ibを設定すると、パルス周期溶接電流平均値Iwaが所定値に定まる.したがって、パルス周期溶接電流平均値Iwaを変化させるためには、これらピーク期間Tp、ピーク電流Ip、ベース期間Tb又はベース電流Ibの少なくとも1つ以上を変化させれば良い。上記以外は実施の形態1と同様である。
【0036】
図7は、実施の形態3に係る消耗電極ガスシールドアーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において、上述した図1と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図1とは異なる点線で示すブロックについて説明する。
【0037】
パルス周期溶接電圧平均値算出回路VWAは、溶接電圧瞬時値vwを検出した溶接電圧検出信号Vdをパルス周期Tfごとに平均値を算出し、パルス周期溶接電圧平均値信号Vwaを出力する。溶接電圧移動平均値算出回路VRAは、上記のパルス周期溶接電圧平均値信号Vwaを移動平均して溶接電圧移動平均値信号Vraを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、溶接電圧制御設定信号Vscと上記のパルス周期溶接電圧平均値信号Vwaとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号ΔV=G・(Vra−Vwa)を出力する。ここでGは予め定めた増幅率である。
【0038】
ベース期間設定回路TBSは、予め定めたベース期間設定信号Tbsを出力する。減算回路SBは、上記のベース期間設定信号Tbsから上記の電圧誤差増幅信号ΔVを減算して、ベース期間制御設定信号Tbsc=Tbs−ΔVを出力する。ピーク期間設定回路TPSは、予め定めたピーク期間設定信号Tpsを出力する。タイマ回路TMは、上記のピーク期間設定信号Tpsによって定まる期間中はHighレベルになり、続く上記のベース期間制御設定信号Tbscによって定まる期間中はLowレベルになり、以後この動作を繰り返すタイマ信号Tmを出力する。すなわち、このタイマ信号TmがHighレベルのときはピーク期間となり、Lowレベルのときはベース期間となる。ピーク電流設定回路IPSは、予め定めたピーク電流設定信号Ipsを出力する。ベース電流設定回路IBSは、予め定めたベース電流設定信号Ibsを出力する。切換回路SWは、上記のタイマ信号TmがHighレベルのときはa側に切り換わり上記のピーク電流設定信号Ipsを溶接電流制御設定信号Iscとして出力し、Lowレベルのときはb側に切り換わり上記のベース電流設定信号Ibsを溶接電流制御設定信号Iscとして出力する。この溶接電流制御設定信号Iscに相当する図6で上述した溶接電流瞬時値iwが通電する。
【0039】
同図において定常アーク状態にあるときは電圧誤差増幅信号ΔV=0となるので、Tbsc=Tbsとなる。したがって、ピーク期間設定信号Tpsによって定まる期間中はピーク電流設定信号Ipsによって定まる電流が通電し、ベース期間設定信号Tbsによって定まる期間中はベース電流設定信号Ibsによって定まる電流が通電する。したがって、同図のベース期間設定信号Tbsが図1の溶接電流設定信号Isに対応する。
【0040】
定常アーク状態において外乱が発生してアーク長Laが過渡的に長くなると、電圧誤差増幅信号ΔV>0となる。したがって、Tbsc<Tbsとなり、ベース期間は定常アーク状態よりも短くなる。この結果、パルス周期溶接電流平均値Iwaは小さくなり、外部特性による自己制御作用を働かせてアーク長Laの変動を抑制する。
【0041】
上記においてはベース期間Tbを可変してパルス周期溶接電流平均値Iwaを変化させる場合を説明した。これ以外にもピーク期間Tpを可変する場合はTp=Tps+ΔVとすれば良い。同様に、ベース電流Ibを可変する場合はIb=Ibs+ΔVとすれば良い。さらにピーク電流Ipを可変する場合はIp=Ips+ΔVとすれば良い。
【0042】
溶接電圧設定信号Vsの値が高アーク長基準値Vth以上になると、溶接電圧制御設定信号Vsc=Vsとなる。このため、パルス周期溶接電圧平均値信号Vwa=Vsとなるように定電圧制御される。この結果、メソスプレー移行領域を超える範囲のアーク長の制御を行うことができる。
【0043】
[実施の形態4]
本発明の実施の形態4は、実施の形態2における消耗電極ガスシールドアーク溶接として実施の形態3で上述した消耗電極パルスアーク溶接を使用するものである。図8は、実施の形態4に係る消耗電極ガスシールドアーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図は、図7で上述したブロック図に図3で上述した混合関数回路FMを組み込んだものである。したがって、各ブロックの説明は図7及び図3の各ブロックと同一である。
【0044】
上記はアルミニウムMIG溶接について説明したが、母材に酸化皮膜が形成されるマグネシウム等のMIG溶接にも適用することができる。
【0045】
[効果]
図9は、本発明の効果の一例を示す上限電圧比較図である。同図は、直径1.2mmのアルミニウムワイヤを使用したMIG溶接において、横軸に示す平均溶接電流に対して安定した溶接が可能な溶接電圧の最大値(上限電圧)を測定したものである。上限電圧はアーク長と略比例するので、結局、同図は安定した溶接が可能なアーク長の最大値を測定していることになる。同図から明らかなように、本発明の上限電圧は従来技術よりも約2V大きくなっている。この結果から、本発明の方がより高いアーク長の範囲まで安定に制御することができることが分かる。これは、アーク長の高い範囲では定電流制御から定電圧制御に徐々に切り換えてアーク長の制御性を確保しているためである。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の実施の形態1に係る溶接電源のブロック図である。
【図2】本発明の消耗電極ガスシールドアーク溶接方法の動作原理を説明するためのアーク長Laと溶接電流Iw及び溶接電圧Vwとの関係図である。
【図3】本発明の実施の形態2に係る溶接電源のブロック図である。
【図4】実施の形態2における溶接電圧設定信号Vsと混合率αとの関係図の一例である。
【図5】実施の形態2における溶接電圧設定信号Vsと混合率αとの関係図の一例である。
【図6】パルスアーク溶接の電流・電圧波形図である。
【図7】本発明の実施の形態3に係る溶接電源のブロック図である。
【図8】本発明の実施の形態4に係る溶接電源のブロック図である。
【図9】効果の一例を示す平均溶接電流に対する上限電圧の比較図である。
【図10】従来技術の定電流特性による消耗電極ガスシールドアーク溶接方法を示すワイヤ溶融特性図である。
【図11】従来技術の課題を示すワイヤ溶融特性図である。
【符号の説明】
【0047】
1 溶接ワイヤ
2 母材
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
AD 加算回路
CC1〜CC3 定電流特性
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
EV 電圧誤差増幅回路
FM 混合関数回路
fm 混合関数
Ib ベース電流
IBS ベース電流設定回路
Ibs ベース電流設定信号
ID 電流検出回路
Id 溶接電流検出信号
Ip ピーク電流
IPS ピーク電流設定回路
Ips ピーク電流設定信号
IS 溶接電流設定回路
Is 溶接電流設定信号
Isc 溶接電流制御設定信号
Iw 溶接電流
iw 溶接電流瞬時値
Iwa パルス周期溶接電流平均値(信号)
L1 溶融特性
La アーク長
MC 電源主回路
SB 減算回路
SW 切換回路
SWV 溶接電圧設定切換回路
Tb ベース期間
TBS ベース期間設定回路
Tbs ベース期間設定信号
Tbsc ベース期間制御設定信号
Tf パルス周期
TM タイマ回路
Tm タイマ信号
Tp ピーク期間
TPS ピーク期間設定回路
Tps ピーク期間設定信号
Vb ベース電圧
VD 溶接電圧検出回路
Vd 溶接電圧検出信号
Vp ピーク電圧
VRA 溶接電圧移動平均値算出回路
Vra 溶接電圧移動平均値(信号)
VS 溶接電圧設定回路
Vs 溶接電圧設定(値/信号)
Vsc 溶接電圧制御設定(値/信号)
Vth 高アーク長基準値
Vtm 中間アーク長基準値
Vw 溶接電圧
vw 溶接電圧瞬時値
VWA パルス周期溶接電圧平均値算出回路
Vwa パルス周期溶接電圧平均値(値/信号)
α 混合率
ΔV 電圧誤差増幅(値/信号)


【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤを予め定めた速度で送給すると共に、溶接電源の定電流特性によって予め定めた溶接電流をアークに通電して溶接する消耗電極ガスシールドアーク溶接方法において、
母材・溶接ワイヤ間の溶接電圧を溶接電圧設定値によって設定し、溶接中の溶接電圧を検出し、この溶接電圧検出値を移動平均して溶接電圧移動平均値を算出し、前記溶接電圧設定値が予め定めた高アーク長基準値未満のときは前記溶接電圧移動平均値を溶接電圧制御設定値とし、前記溶接電圧設定値が前記高アーク長基準値以上のときは前記溶接電圧設定値を前記溶接電圧制御設定値とし、前記溶接電圧検出値が前記溶接電圧制御設定値と略等しくなるように前記定電流特性による前記溶接電流値を変化させることを特徴とする消耗電極ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項2】
前記溶接電圧設定値が前記高アーク長基準値よりも小さな値に予め定めた中間アーク長基準値未満のときは前記溶接電圧移動平均値を前記溶接電圧制御設定値とし、前記溶接電圧設定値が前記中間アーク長基準値以上でかつ前記高アーク長基準値未満のときは前記溶接電圧移動平均値と前記溶接電圧設定値とを予め定めた混合関数によって混合して前記溶接電圧制御設定値とし、前記溶接電圧設定値が前記高アーク長基準値以上のときは前記溶接電圧設定値を前記溶接電圧制御設定値とすることを特徴とする請求項1記載の消耗電極ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項3】
前記消耗電極ガスシールドアーク溶接がピーク期間中のピーク電流の通電及びベース期間中のベース電流の通電をパルス周期として繰り返す消耗電極パルスアーク溶接であり、前記溶接電流値が前記パルス周期ごとの溶接電流平均値であり、前記溶接電圧値が前記パルス周期ごとの溶接電圧平均値であり、前記ピーク期間又は前記ピーク電流又は前記ベース期間又は前記ベース電流の少なくとも1つ以上を変化させて前記パルス周期ごとの溶接電流平均値を変化させることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の消耗電極ガスシールドアーク溶接方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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