説明

液中プラズマを用いた成膜方法および液中プラズマ成膜装置

【課題】液中プラズマを用いて液体のみならず固体をも原料とした皮膜を基材の表面に成膜する方法において、成膜条件の大幅な変更を伴うことなく、所望の割合で固体の原料を含有する皮膜を成膜できる成膜方法を提供する。
【解決手段】本発明の液中プラズマを用いた成膜方法は、第一の原料を含む固体からなるターゲットTと基材Sとを互いに対向させて、第二の原料を含むまたは含まない液体L中に配設する配設工程と、液体L中にスパッタガスGを供給して少なくともターゲットTと基材Sとの間に気相空間Vを形成する気相空間形成工程と、気相空間Vに少なくともスパッタガスGのプラズマを発生させるプラズマ発生工程と、を経て、プラズマによりターゲットTをスパッタリングさせて基材Sの表面に少なくとも第一の原料を堆積させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体中で発生させたプラズマを用いた成膜方法および本成膜方法に用いられる成膜装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、プラズマを用いた成膜方法として気相プラズマによる蒸着が幅広く行われている。しかし、気相プラズマでは、原料を気体の状態で供給するため、物質密度が低く、成膜速度を向上させることが困難であった。そこで、原料を含む液体中でプラズマを発生させることで物質密度の高い液体の状態で原料を供給することができる液中プラズマを用いた成膜方法が、注目されている。
【0003】
液中プラズマを用いた成膜方法は、たとえば、特許文献1および特許文献2に開示されている。これらの特許文献では、常温常圧において液体状態で存在するドデカン(C1226)に超音波を用いて気泡を発生させるとともに、気泡が発生している位置に電磁波を照射して、気泡中に高エネルギーのプラズマを発生させている。このとき、ドデカンは、気泡の内部で気体の状態で存在し、プラズマにより励起される。そして、気泡を基材に接触させることにより、基材の表面に炭素が堆積し、非晶質炭素膜が高速成膜される。
【0004】
ところで、非晶質炭素膜にクロム、チタン、タングステン等の金属元素などを添加することで、非晶質炭素膜の特性が向上することが知られている。そのため、液体中で発生させたプラズマを用いる上記の成膜方法においても、金属を含有する非晶質炭素膜の成膜が望まれる。たとえば、特許文献3では、金属を含む固体の供給源を用い、供給源を溶融および/または蒸発させてその金属を気泡中に供給することで、金属元素を含有する非晶質炭素膜を成膜している。特許文献3には、気泡に生じたプラズマに含まれるイオンからの衝撃により供給源から原子を飛散させて、供給源を蒸発させる方法(スパッタリング)が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−297598号公報
【特許文献2】特開2004−152523号公報
【特許文献3】特開2008−308730号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献3の成膜方法におけるスパッタリングは、気体のメタノール(気泡)にプラズマを発生させ、そのプラズマにより供給源をスパッタリングさせるというものである。メタノール由来のプラズマでは、供給源は積極的にスパッタリングされ難く、そのため実施例においても、非晶質炭素膜に添加される金属元素の割合は2原子%程度に留まる。また、特許文献3には、それ以上の割合で金属元素を添加することができる具体的な手法について、明記されていない。特許文献3の記載に基づき、金属元素の添加量を増加させる方法として考えられるのは、基材と供給源との距離を近付けるといった装置の構成の変更、プラズマを発生させるために供給するエネルギーの増加、など成膜条件を変える方法である。ところが、プラズマ素性は、成膜条件、特に装置の構成に大きく依存するため、成膜条件の変更は、得られる皮膜の膜質の安定性の観点から最小限にしたいものである。
【0007】
そこで、本発明は、液中プラズマを用いて液体のみならず固体をも原料とした皮膜を基材の表面に成膜する方法において、成膜条件の大幅な変更を伴うことなく、所望の割合で固体の原料を含有する皮膜を成膜できる成膜方法および本成膜方法に用いることができる成膜装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の液中プラズマを用いた成膜方法(以下「本発明の成膜方法」と略記することもある)は、
第一の原料を含む固体からなるターゲットと基材とを互いに対向させて、液体中に配設する配設工程と、
前記液体中に少なくともスパッタガスを供給して前記ターゲットと前記基材との間に気相空間を形成する気相空間形成工程と、
少なくとも前記スパッタガスのプラズマを前記気相空間に発生させるプラズマ発生工程と、
を経て、前記プラズマにより前記ターゲットをスパッタリングさせて前記基材の表面に少なくとも前記第一の原料を堆積させることを特徴とする。
【0009】
本発明の成膜方法の原理は、次のように推測される。図1は、本発明の液中プラズマを用いた成膜方法の原理を模式的に示す説明図である。本成膜方法では、液体L中にスパッタガスGを供給して、液体L中に配設されたターゲットTと基材Sとの間に気相空間Vを形成する。気相空間Vには、電磁波を照射する等の方法により、プラズマを発生させることが可能である。気相空間Vでは、スパッタガスGがプラズマ状態で存在する(図1ではプラズマ状態のスパッタガスGを●で示す)。気相空間Vは、ターゲットTと基材Sとの間に形成されるため、活性化したスパッタガスGにより第一の原料を含む固体であるターゲットTがイオン衝撃され、ターゲットTから第一の原料が気相空間Vに飛散する(図1では飛散した第一の原料を斜線の入った○で示す)。飛散した第一の原料を含む気体が基材Sの表面に接触することで、第一の原料が基材Sの表面に付着して、基材Sの表面に第一の原料が堆積してなる皮膜が形成される。第一の原料は気相空間Vに直接供給されるため、固体の第一の原料を主成分とする皮膜を成膜することが可能となる。
【0010】
つまり、本発明の成膜方法によれば、ターゲットと基材とを対向させて配置し、それらの間にスパッタガスを含む気相空間を形成するだけで、固体を原料とした皮膜が容易に得られる。このとき、成膜装置の構成を変更したり、プラズマ状態とするために要するエネルギーを増大させたりといった成膜条件の変更を必要としない。さらに、気相空間の形成にスパッタガスを使用することで、気相空間にプラズマを発生させるエネルギーおよび発生したプラズマを維持するために要するエネルギーが低減される。その結果、アーク放電の発生が低減され、安定したプラズマが形成されやすい。つまり、本発明の成膜方法によれば、成膜に要するエネルギーが低減されるだけでなく、放電痕が残らない高品質な皮膜が得られる。
【0011】
また、本発明の成膜方法は、前記液体は、第二の原料を含み、
前記気相空間形成工程は、前記スパッタガスを供給して前記ターゲットと前記基材との間に前記気相空間を形成するスパッタガス供給工程および前記液体中に前記第二の原料を含む気泡を発生させて該気泡と該スパッタガスとで該気相空間を形成する気泡発生工程を含み、
前記プラズマ発生工程は、前記スパッタガスのプラズマおよび前記第二の原料のプラズマを前記気相空間に発生させる工程であってもよい。
【0012】
すなわち、本発明の成膜方法によれば、基材の表面に第一の原料および第二の原料を含む皮膜を成膜することが可能である。なお、第二の原料は、特許文献1および2等に記載の原理で、基材の表面に堆積する。図1を用いて説明すると、本成膜方法では、液体L中に発生させた第二の原料を含む気泡Bは、液体L中に配設されたターゲットTと基材Sとの間で、スパッタガスGとともに気相空間Vを形成する。気相空間Vにプラズマを発生させると、気泡Bでは第二の原料がプラズマ状態で存在する(図1ではプラズマ状態の第二の原料を○で示す)。つまり、気相空間Vでは、スパッタガスとともに第二の原料もプラズマ化され、スパッタガスにより飛散した第一の原料とともに第二の原料も基材Sの表面に堆積することで、基材Sの表面に第一の原料および第二の原料を含む皮膜が成膜される。
【0013】
また、本発明の成膜方法は、前記プラズマ発生工程の後に、前記スパッタガスの供給量を変更するガス供給量制御工程を有してもよい。上記の原理からも明らかであるように、スパッタガスの供給量が多い程、ターゲットから飛散する第一の原料の量は増加する、換言すれば、単位時間当たりに基材の表面に堆積する第一の原料の堆積量は増加する傾向にある。このため、基材の表面に堆積させる第一の原料と第二の原料との比率を調節するためには、スパッタガスの供給量を調整しさえすればよい。したがって、本発明の成膜方法のおいては、第一の原料の堆積量を調整することを目的として、成膜装置の構成を変更したり、プラズマを発生させるためのエネルギーを調整したりする必要はない。
【0014】
前記第一の原料は金属であり、前記第二の原料は有機化合物であり、前記スパッタガスは不活性ガスを含むのが好ましく、金属材料である第一の材料と、炭素を含む第二の材料からなる皮膜を基板表面に形成することができる。また、スパッタガスに不活性ガスが含まれることで、金属を含むターゲットが効率よくスパッタリングされ、プラズマを安定して発生させることができる。
【0015】
前記プラズマ発生工程が、前記気相空間に電磁波を照射して少なくとも前記スパッタガスのプラズマを発生させる工程であるとよい。また、前記配設工程が、少なくとも一部を前記液体に接触させて液中プラズマ用電極を配設する工程であって、前記気泡発生工程および前記プラズマ発生工程が、ともに、該液中プラズマ用電極に高周波電力を印加することで併行する工程であるとよい。いずれの場合においても、気相空間にプラズマを容易に発生させることができる。
【0016】
本発明の液中プラズマ成膜装置は、上記本発明の成膜方法に用いられる成膜装置であって、容器と、
第一の原料を含む固体からなり、液体中で基材と対向させて該液体とともに前記容器内に収容されるターゲットと、
前記ターゲットと前記基材との間に少なくともスパッタガスを供給して前記液体中に気相空間を形成する気相空間形成手段と、
少なくとも前記スパッタガスのプラズマを前記気相空間に発生させるプラズマ発生手段と、
を備え、前記プラズマにより前記ターゲットをスパッタリングさせて前記基材の表面に少なくとも前記第一の原料を堆積させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の液中プラズマを用いた成膜方法および液中プラズマ成膜装置によれば、液中プラズマを用いて液体のみならず固体をも原料とした皮膜を基材の表面に成膜する方法において、成膜条件の大幅な変更を伴うことなく、所望の割合で固体の原料を含有する皮膜を成膜できる。また、本発明の液中プラズマを用いた成膜方法および液中プラズマ成膜装置によれば、成膜に要するエネルギーが低減されるだけでなく、放電痕が残らない高品質な皮膜が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の液中プラズマを用いた成膜方法の原理を模式的に示す説明図である。
【図2】本発明の液中プラズマ成膜装置の一例を示す模式図である。
【図3】本発明の液中プラズマ発生装置に用いられる高周波回路の一例を示す回路図である。
【図4】本発明の液中プラズマを用いた成膜方法に用いられるターゲットが固定された基板を被成膜面側から見た平面図である。
【図5】実施例1におけるターゲットと基板との配置を模式的に示す断面図である。
【図6】本発明の液中プラズマを用いた成膜方法により作製された試料#01の皮膜の表面を観察した結果を示す図面代用写真である。
【図7】従来の成膜方法により作製された試料#C1の皮膜の表面を観察した結果を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明の液中プラズマを用いた成膜方法および液中プラズマ成膜装置を実施するための最良の形態を説明する。なお、特に断らない限り、本明細書に記載された数値範囲「m〜n」は、下限mおよび上限nをその範囲に含む。
【0020】
[液中プラズマを用いた成膜方法]
本発明の液中プラズマを用いた成膜方法は、主として、配設工程と、気相空間形成工程と、プラズマ発生工程と、を経て、スパッタガスのプラズマにより第一の原料を含むターゲットをスパッタリングさせて基材の表面に少なくとも第一の原料を堆積させる。以下に各工程を説明する。
【0021】
配設工程では、液体中に、ターゲットと基材とを互いに対向させて配設する。ターゲットは、第一の原料を含む固体からなる。第一の原料は、作製する皮膜の種類に応じて選択すればよい。具体的には、モリブデン(Mo)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、タングステン(W)、銅(Cu)、アルミニウム(Al)、銀(Ag)、白金(Pt)、金(Au)などの金属、珪素(Si)、炭素(C)、硫黄(S)等が挙げられ、第一の原料は、これらのうちの一種以上であればよい。すなわち、これらのうちのいずれかの単体、これらのうちの一種以上を含む合金または化合物からなるターゲットを用いることができる。特に、第一の原料は、スパッタリングされやすい材料であるのが好ましく、そのような材料として、モリブデンや、モリブデンよりも融点の低いチタン、クロム等が挙げられる。
【0022】
ターゲットの形状に特に限定はないが、厚さ方向に貫通する複数の貫通孔を有する板状体または網状体であるのが好ましい。すなわち、パンチングメタルまたは金網などである。ターゲットの形状として複数の貫通孔を有する板状体または網状体が好ましいのは、ターゲットにより基材の表面が覆われても、後に説明するスパッタガス供給工程または気泡発生工程において、貫通孔を通じてスパッタガスまたは発生させた気泡を基材とターゲットとの間に均一に供給することが容易となるためである。その結果、基材の表面には、皮膜全体に第一の原料、さらには第二の原料を均一に含む皮膜が形成されやすくなる。特に、網状体であれば、複数の貫通孔を有する板状体よりも基材と対向する表面積が広く、また、網を構成する細線はスパッタリングされやすいため、ターゲットとして好ましい。
【0023】
1つの基材に対して対向させるターゲットの数にも特に限定はなく、1つの基材に対して1つのターゲットを用いるほか、同一あるいは異なる原料を含む複数のターゲットを配列させてもよい。また、ターゲットが網状体であれば、網を構成する複数の細線が、異なる原料を含む材料からなってもよい。なお、1つのターゲットに対して複数の基材を対向させて配設してもよい。
【0024】
基材の種類や形状に特に限定はなく、金属製の基材はもちろん、セラミックスや樹脂からなる基材であってもよい。また、無機ガラス、ゴム材、木材、紙などにも成膜可能である。ただし、本発明の成膜方法では、基材とターゲットの間においてスパッタリングの原理を用いるため、基材に対するスパッタリングを抑制する必要がある。スパッタガスとの関係において、ターゲットよりもスパッタリングされにくい種類の基材を適宜選択することで、基材に対するスパッタリングが抑制される。たとえば、ターゲット材料にモリブデンが含まれる場合には、鉄、鋼などの鉄系合金、タングステンまたはタングステンを含むタングステン系合金からなる基材を使用するのが好ましい。
【0025】
液体は、必要に応じて第二の原料を含む。すなわち、単にプラズマを封じ込める役割のみならず、第二の原料の供給源としての役割をもたせてもよい。第二の原料を含まない液体とは、たとえば水である。なお、「第二の原料」とは、得られる皮膜中に第一の原料とともに含まれる原料であってもよいし、第一の原料を主成分とする皮膜を成膜する前や後に成膜される別の皮膜の原料であってもよい。たとえば、第一の原料からなる皮膜に炭素成分を添加したい場合、非晶質炭素膜に第一の原料を添加したい場合、あるいは、非晶質炭素膜の下地層として第一の原料を主成分とする皮膜を成膜する場合、などには、液体として常温常圧で液状である有機化合物を用いるとよい。有機化合物としては、ドデカン等の炭化水素、エチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル、メタノール、エタノール等のアルコール、フェノール(芳香族炭化水素核の1以上の水素原子を1以上の水酸基で置換した石炭酸(COH)以外の化合物も含む)等が挙げられる。これらの有機化合物は、単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。また、酸化珪素膜を成膜する場合には、珪素を含む有機化合物を用いればよく、具体的には、シリコーンオイル等のシリコーン化合物が挙げられる。なお、常温常圧で液状でない有機化合物であっても、水やアルコール、エーテル等に可溶であれば第二の原料を含む液体として使用可能である。
【0026】
気相空間形成工程は、液体中に少なくともスパッタガスを供給して、ターゲットと基材との間に気相空間を形成する工程である。なお、気相空間形成工程において、主としてスパッタガスにより気相空間を形成する工程を、特に、スパッタガス供給工程と記載することもある。スパッタガスは、液体中のいずれの位置に供給されてもよいが、供給されたスパッタガスがターゲットと基材との間に存在するときに、第一の原料を含む皮膜の成膜が行われる。そのため、少なくともターゲットと基材との間に気相空間を形成する必要があり、ターゲットと基材との間に直接スパッタガスを供給して気相空間を形成するとよい。しかし、直接供給できない場合には、液体を対流させるなどしてスパッタガスをターゲットと基材との間に送ることで気相空間を形成してもよい。また、貫通孔を有するターゲットを使用するのであれば、ターゲットの裏側からスパッタガスを供給して貫通孔を通じてターゲットの表側へとスパッタガスを送ることで、ターゲットと該ターゲットの表側の面に対向する基材との間に気相空間を形成することができる。
【0027】
スパッタガスは、第一の原料、すなわちターゲットの種類に応じて適宜選択すればよい。スパッタガスは、不活性ガスを含むのが好ましい。不活性ガスの具体例として、ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)などの希ガスが挙げられる。また、フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)などを含むハロゲン系ガスを含んでもよい。ハロゲン系ガスの具体例としては、F、Cl、Br、CF、C、C、C、CH、CHF、HCl、HBrなどが挙げられる。これらのガスは、プラズマ状態において極めて活性な原子や分子が形成されるため、ターゲットのスパッタ効率がよく、プラズマが安定して発生する。また、希ガスを使用すれば、スパッタガスの成分が皮膜に混入し難くなる。スパッタガスは、上記のガスのうちの少なくとも一種が含まれればよく、さらに、酸素ガス、水素ガスおよび窒素ガス等のうちの一種以上を含んでもよい。
【0028】
スパッタガスの供給量に特に限定はなく、ターゲットと基材との間に気相空間が形成されるのに十分な量であればよい。ただし、次に説明する気泡発生工程のように液体中に第二の原料を含む気泡を発生させる場合には、本成膜方法により得られる皮膜に含まれる第一の原料および第二の原料の含有量は、スパッタガスの供給量に影響される。
【0029】
気相空間形成工程では、液体中に第二の原料を含む気泡を発生させる気泡発生工程を行ってもよい。すなわち、気相空間形成工程では、スパッタガス供給工程と気泡発生工程とを併行して行ってもよい。このとき、スパッタガスと気泡とで気相空間が形成されればよいため、気泡発生工程は、スパッタガス供給工程を開始する前または後に、開始させるとよい。
【0030】
気泡を発生させる方法のひとつとして、第二の原料を含む液体を加熱する方法がある。液体を加熱することにより、液体を沸騰させて液体中に気泡を発生させる。その気泡により気相空間を形成すればよい。液体を加熱する具体的な方法としては、液体中に発熱体を設け、液体を加熱する方法が挙げられる。このとき、気泡は、必ずしも基材の表面に接触するわけではないため、液体を対流させるなどして気泡を所望の位置に移動させるとよい。一方、ターゲットおよび/または基材そのものを発熱体として利用することも可能であり、ターゲットおよび/または基材を昇温させて液体を加熱してもよい。ターゲットおよび/または基材は、通電加熱、誘導加熱などの方法で昇温させることが可能である。ターゲットおよび/または基材を昇温させる方法は、気泡がターゲットと基材との間に形成されやすいため望ましい。
【0031】
なお、液体中に発熱体が設けられていても、スパッタガスを供給して発熱体と液体との接触を妨げることにより、第二の原料を含む気泡の発生が抑えられる。つまり、第二の原料を含む気泡が形成される条件の下で成膜を行っても、スパッタガスの供給条件によっては第二の原料が基材の表面にほとんど堆積しないようにすることも可能である。
【0032】
また、気泡発生工程は、第二の原料を含む液体中に超音波を付与して発生させた気泡により気相空間を形成する工程であってもよい。あるいは、第二の原料を含む気体を、スパッタガスとともに液体中に供給してもよい。第二の原料を含む気体を供給することで、液体中に第二の原料が含まれない場合であっても第二の原料を含む皮膜を作製することができる。
【0033】
プラズマ発生工程は、スパッタガスのプラズマを気相空間に発生させる工程である。気相空間に第二の原料を含む気泡が含まれる場合には、プラズマ発生工程は、スパッタガスのプラズマおよび第二の原料のプラズマを気相空間に発生させる工程である。気相空間の内部では、少なくともスパッタガスが存在し、プラズマが発生しやすい状態にある。また、液体が加熱されて発生した第二の原料を含む気泡の内部でも、第二の原料が高温高圧の気体状態で存在し、プラズマが発生しやすい状態にある。そのため、プラズマは、気相空間に電磁波を照射することで、容易に発生する。電磁波としては、中波、短波、マイクロ波などの電波や赤外線、可視光、紫外線、エックス線などが望ましい。中でも、電波を用いるのが好ましく、望ましい電波の振動数の範囲は13MHz〜2.5GHzである。
【0034】
また、本発明の成膜方法は、少なくとも一部を液体に接触させて配設された液中プラズマ用電極に高周波電力を印加することで、気泡発生工程およびプラズマ発生工程を併行することができる。液中プラズマ用電極を用いた本発明の成膜方法については、[液中プラズマ成膜装置]の欄で詳説する。なお、液中プラズマ用電極を用いれば液体中に気泡を発生させられるが、上記の方法、すなわち、液体の加熱、超音波の付与などにより、予め、液体中に気泡を発生させておいてもよい。
【0035】
さらに、プラズマ発生工程の後に、スパッタガスの供給量を変更するガス供給量制御工程を有してもよい。本成膜方法が気泡発生工程を含む場合には、ガス供給量制御工程により、基材の表面に堆積させる第一の原料と第二の原料との比率を調節することができる。前述の通り、第一の原料の単位時間当たりの堆積量は、スパッタガスの供給量に影響される。そのため、たとえば、第二の原料を含む気泡を発生させつつ、スパッタガスの供給量を経時的に減少させて成膜することで、第一の原料の濃度が厚さ方向に傾斜(最表面側の濃度が低い)した皮膜が得られる。あるいは、第二の原料を含む気泡を発生させつつ、スパッタガスを十分に供給して第一の原料を主成分とする皮膜(第一層)を基材の表面に成膜した後、スパッタガスの供給を停止して第一の原料を含まず第二の原料を含む皮膜(第二層)を成膜することも可能である。
【0036】
上記の各工程を経て、スパッタガスのプラズマによりターゲットをスパッタリングさせ、基材の表面に少なくとも第一の原料を堆積させる。気泡発生工程を経た場合には、プラズマ状態に活性化された第二の原料が、第一の原料とともに基材の表面に堆積する。なお、第一の原料および第二の原料が基材の表面に堆積する原理は、従来のスパッタリング法およびプラズマCVD法と同様である。
【0037】
なお、本発明の成膜方法は、従来の液中プラズマを用いた成膜方法と同様に、液体中に高密度で高エネルギーのプラズマを発生させることができる。そのため、本発明においても、液体を保持できる程度の簡易な容器内にプラズマを封じ込めることができることは言うまでもない。また、本発明においても、局所的に高温高圧のプラズマが発生するが、熱容量の大きな液体中に閉じ込められており巨視的にみれば低温である。したがって、外部やプラズマに接触するものを加熱することがない。
【0038】
以下に、本発明の成膜方法に用いられる液中プラズマ成膜装置(以下「本発明の成膜装置」と略記)を説明する。
【0039】
[液中プラズマ成膜装置]
液中プラズマ成膜装置は、液体を入れる容器と、第一の原料を含む固体からなり液体中で基材と対向させて容器内に収容されるターゲットと、ターゲットと基材との間に少なくともスパッタガスを供給して液体中に気相空間を形成する気相空間形成手段と、スパッタガスのプラズマを気相空間に発生させるプラズマ発生手段と、を備える。
【0040】
容器としては、成膜処理中、液体を良好に保持できる容器であれば、その形状や材質に特に限定はない。また、液体および基材については、既に述べた通りである。
【0041】
ターゲットの材質、すなわち、第一の原料の種類についても、既に述べた通りである。ターゲットは、液体中で基材の表面と対向するように配設されればよいが、基材の配置位置よりも鉛直下方に配設されるとよい。気相空間がスパッタガスの気泡で形成されている場合には、ターゲット近傍でスパッタリングにより飛散した第一の原料は気泡とともに上方に移動しやすく、その結果、第一の原料が基材の表面に付着しやすくなるためである。しかし、ターゲットが基材の配置位置よりも鉛直下方にない場合であっても、第一の原料を含む気泡が基材の表面に付着できる構成であればよい。なお、1つの容器内に収容される基材およびターゲットは、いずれも、1つ以上であればよく、複数個を並べて配置してもよい。
【0042】
ターゲットと基材との距離に特に限定はないが、ターゲットと基材との間は、気相空間により連続して接続された状態(つまり、液体が存在しない状態)であると、飛散した第一の原料が基材の表面に付着しやすい。仮にターゲットが被成膜面に接触していても、ターゲットはスパッタリングされるため、ターゲット周辺への成膜は可能である。したがって、対向するターゲットの表面から基材の被成膜面までの距離は、短い方が望ましい。直径が100mm程度の気泡が形成可能であることから、対向するターゲットの表面から被成膜面までの最短距離を100mm以下とするのがよいが、さらに望ましくは、1.75mm以下さらには1.5mm以下である。しかし、ターゲットの表面から被成膜面までの距離が短すぎると、ターゲットと基材との間から気泡が抜けにくくなる。その結果、反応場へのガスの供給が少なくなり、成膜効率が低下するだけでなく不純物が生成されやすくなることも考えられる。そのため、対向するターゲットの表面から被成膜面までの最短距離は、0.005mm以上、0.05mm以上さらには0.1mm以上であるのが望ましい。たとえば、厚さ方向に複数の貫通孔をもつ板状あるいは網状のターゲットと板状の基材との間にスペーサを配し、スペーサの厚さを1.75mm以下とすることで、対向するターゲットの表面から被成膜面までを適切な距離に保つことができる。
【0043】
本発明の成膜装置は、気相空間形成手段として、スパッタガス供給手段を備えるとよい。スパッタガス供給手段に特に限定はなく、容器の一部にスパッタガスの供給口を設ければよい。また、必要に応じて、液体中に供給されたスパッタガスを所望の位置まで案内するガス流路、あるいは、液体を対流させる手段を具備するとよい。さらに、スパッタガスの供給量を調整するコントローラを具備してもよい。スパッタガスの供給量は、作製する皮膜に含まれる第一の原料の割合にもよるが、ターゲットと基材との距離が上記の範囲内であれば、1L/分以上さらには1〜5L/分とするのが好ましい。スパッタガスの供給量を1L/分以上とすることで、低エネルギーでの成膜が可能となる。
【0044】
本発明の成膜装置は、気相空間形成手段として、さらに、液体中に第二の原料を含む気泡を発生させる気泡発生手段を備えてもよい。気泡発生手段は、第二の原料を含む液体を加熱して液体中に気泡を発生させる液体加熱装置であるのが好ましい。液体加熱装置としては、液体中に設置される発熱体のほか、液体中に配設されたターゲットおよび/または基材を昇温させる昇温装置であるとよい。また、気泡発生手段は、第二の原料を含む液体中に超音波を付与して気泡を形成する超音波発生装置であってもよい。たとえば、ホーン型超音波発生ユニットを用いることで、液体中の所望の位置に気泡が形成される。
【0045】
プラズマ発生手段としては、気相空間中に電磁波を照射する電磁波照射手段であるとよい。使用可能な電磁波は、既に述べた通りである。また、プラズマ発生手段および気泡発生手段は、高周波電力が印加されることで、第二の原料を含む液体を加熱して気泡を発生させるとともに気相空間にプラズマを発生させる液中プラズマ用電極であってもよい。以下に、液中プラズマ用電極について説明する。
【0046】
液中プラズマ用電極(以下「電極」と略記)は、液体と接触する放電端面をもつ導電部材と、放電端面を少なくとも除く導電部材の外周に設けられた絶縁部材と、を有するのがよい。導電部材は、導電性の材料からなればその材質に特に限定はない。また、導電部材の形状にも特に限定はない。絶縁部材は、エポキシ樹脂、フェノール樹脂または不飽和ポリエステル樹脂などの樹脂製あるいはアルミナ、アルミナ−シリカまたはジルコニアなどのセラミックス製であるのが好ましい。
【0047】
高周波電源は、電極に電力を供給する。高周波電源は、たとえば、図3に示すような高周波回路により制御されるとよい。図3に示すように、高周波電源6から整合器61を通じて共振回路30へと電力が供給される。共振回路30はコイル31、32およびコンデンサ33からなり、共振回路30の接点Cおよび接点Dが、それぞれ導電部材および対極となる第二電極に接続されるとよい。共振回路30は、入力高周波の周波数に共振するよう設定されている。使用する周波数は、液体の種類やプラズマの用途に合わせて適宜選択すればよく、3MHz〜3GHzの範囲で使用するとよい。特に、液体として水または水溶液を使用する場合には、工業的に許可された13.56MHzや27.12MHzを使用すると、液体による吸収を受けにくい。
【0048】
共振回路は必ずしもこの形式である必要はない。直列共振でも構わないし、周波数が高い場合には線路共振器や空洞共振器を利用することもできる。
【0049】
容器に液体を入れ、高周波電源を作動させて電極に電力を供給すると、導電部材の先端部に集中した高周波により誘導加熱された導電部材が発熱して、液体に気泡が生じる。気泡の内部は気体状態の第二の原料が高温高圧で存在し、プラズマが発生しやすい状態にある。さらに、スパッタガスが供給され、第二の原料を含む気泡とともに気相空間を形成する。電力の供給と同時に気相空間に高周波が照射されることでプラズマが発生し、第一の原料はターゲットから飛散し、気泡の内部に第二の原料からなるプラズマが発生する。
【0050】
ただし、液中プラズマ用電極を用いて本発明の成膜方法を行う場合であっても、導電部材の先端部に第二の原料を含む液体が接触しないようにすることで、皮膜に含まれる第二の原料の割合を低減できる。たとえば、放電端面がスパッタガスで覆われるようにスパッタガスを供給すると、液体中に第二の原料を含む気泡が発生しにくくなる。また、ターゲットと基材との間だけでなく、液中プラズマ用電極の少なくとも先端部にスパッタガスを供給することで、気相空間にプラズマを発生させるエネルギーおよび発生したプラズマを維持するために要するエネルギーがさらに低減される。
【0051】
なお、本発明の成膜装置には、液中プラズマ用電極と既に説明した他の気泡発生手段とが併設されてもよい。すわなち、液中プラズマ用電極により液体中に気泡を発生させつつ、上記の液体加熱装置、超音波発生装置などにより、さらに気泡を発生させて気相空間を形成させてもよい。
【0052】
また、本発明の成膜装置は、さらに、容器を含む空間を減圧する排気手段を備えてもよい。減圧することにより、気泡およびプラズマの発生が容易となる。この際の圧力は、1〜600hPaさらには1〜300hPaが望ましい。なお、減圧は、気泡およびプラズマの発生の開始時に特に有効であるため、気泡およびプラズマの発生が安定したら、常圧にしても構わない。さらに、プラズマを維持するために必要な圧力を調整する制御機能を有してもよい。
【0053】
以上、本発明の液中プラズマを用いた成膜方法および液中プラズマ成膜装置の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0054】
以下に、本発明の液中プラズマを用いた成膜方法および液中プラズマ成膜装置の実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。本実施例では、以下に説明する液中プラズマ発生装置を用いた。用いた液中プラズマ発生装置を、図2および図3を用いて説明する。
【0055】
[液中プラズマ発生装置]
液中プラズマ成膜装置(図2)は、石英ガラス製で円筒形状である容器本体と、その下部開口端および上部開口端を閉塞するステンレス製で略円板状の閉塞部材と、からなる容器10を備える。下部開口端を閉塞する閉塞部材には、その中心部に液中プラズマ用電極50が固定されている。液中プラズマ用電極50は、その端部が容器10の内部に突出して配置されている。さらに、容器10の下部開口端を閉塞する閉塞部材には、スパッタガス供給口40が形成されている。スパッタガス供給口40は、ガス流路42を介して容器10の外部と連通する。
【0056】
液中プラズマ用電極50は、金属製の導電部材51と絶縁部材56とからなる。導電部材51は、直径3mmφのタングステン丸棒(放電端面5aはR1.5mmの半球面)からなる。また、絶縁部材56は、内径3mmの石英管であって、導電部材51に外嵌される。
【0057】
容器10の内部に液体Lが満たされている場合には、液中プラズマ用電極50の放電端面5aは、液体Lと接触する。液中プラズマ用電極50の上方には、基板Sが、放電端面5aと基材の被成膜面Sとが互いに対向するように保持されている。基板Sは、全体が液体Lの中に浸された状態で、容器10に固定された保持具11に保持される。保持具11は、容器10の上部開口端を閉塞する閉塞部材に絶縁体16を介して固定されている。
【0058】
液中プラズマ用電極50および基板Sはコイルやコンデンサ等に結線され、高周波が供給される共振回路30(図3)に組み込まれる。図3に示す接点CおよびDは、図2に示す接点CおよびDに対応する。なお、基板Sは、基板Sと電気的に導通する保持具11を介して共振回路30に結線される。このとき共振回路30は、コンデンサ33の容量は120pFで、コイル31を0.2μH、コイル32を0.7μH、コイル31とコイル32の抵抗の和を0.5Ωとした。
【0059】
容器10は、容器10よりも一回り寸法の大きな外部容器91の内部に納められる。外部容器91は、排気通路95を介して外部容器91と連結する真空ポンプ90を有する他は、容器10と同様の構成である。なお、基板Sを保持する保持具11は、絶縁体96を介して外部容器91に固定されている。
【0060】
また、液中プラズマ成膜装置は、ターゲット20を備える。ターゲット20は、スペーサ21(必要に応じて)およびカバー22からなる治具により基板Sの被成膜面Sに固定される。基板Sの表面Sと対向するターゲットの表面と背向する裏面から放電端面5aまでの距離(電極ターゲット間距離d)は、所定の長さに設定される。
【0061】
[実施例1]
上記の液中プラズマ成膜装置を用いて、基板表面に成膜を行った。
【0062】
液体Lにメタノール、基板Sにシリコンウェハ(30mm×7mm×厚さ0.68mm)を用いた。また、ターゲット20には、線径φ0.1mmのモリブデン金網(1インチ当たりに含まれる網目の数:20mesh/inch)を使用した。
【0063】
基板Sには、その被成膜面S側にターゲット20を固定した。ターゲット20が固定された基板Sを被成膜面側から見た平面図を図4に、断面図を図5に、それぞれ示す。基板Sの被成膜面Sには、その周辺部にリング状のスペーサ21を固定し、スペーサ21とカバー22とでターゲット20を挟持した。なお、本実施例ではスペーサ21を使用しなかったが、ターゲット20が金網であることから、表面Sとターゲット20との間には0.1mm程度の空間が部分的に存在する。
【0064】
はじめに、液体Lを、液中プラズマ発生装置の容器10に満たした。次に、電極ターゲット間距離dが1mmとなるように、ターゲット20が固定された基板Sを容器10内に配設した。
【0065】
その後、外部容器91の内部を減圧して、容器内圧力を240hPaとした。この状態で、スパッタガスとしてHeガスを3L/分の流量で、スパッタガス供給口40から容器10内に供給した。供給されたHeガスは、容器10内を上昇し、ターゲット20の網目を通過して、ターゲット20と基材Sとの間に気相空間を形成した。次に、高周波電源装置からの出力電力の周波数を27.12MHzとして、液中プラズマ用電極50への供給電力を80Wに調節した。このとき、導電部材51の先端部からは気泡が発生し、発生した気泡は容器10内を上昇し、ターゲット20の網目を通過して気相空間へと供給された。同時に、気相空間にはプラズマが発生した。プラズマ発生から50秒後に電力供給を停止して、成膜を終了した。得られた試料を#01とした。試料#01には膜厚3.5μmの皮膜が形成された。
【0066】
[比較例1]
Heガスを供給せず、液中プラズマ用電極50への供給電力(維持電力)を60Wとした他は、実施例1と同様にして基材Sの表面に成膜を行った。得られた試料を#C1とした。試料#C1には膜厚3μmの皮膜が形成された。
【0067】
[皮膜の評価]
試料#01および#C1の皮膜について、表面観察および表面分析を行った。表面観察および表面分析には島津製作所製EPMA−1600を用い、SEM(走査電子顕微鏡)観察およびEPMA(電子線マイクロアナライザ)による定量分析を行った。SEMによる観察結果を図6(#01)および図7(#C1)にそれぞれ示す。いずれの試料にも、皮膜が均一に成膜されていた。
【0068】
また、定量分析の結果、Heガスを供給しながら作製した試料#01の皮膜からはモリブデンが9mol%検出され、炭素は1mol%しか検出されなかった(残部は基材の珪素)。気相空間においてHeガスをプラズマ状態にしたことで、ターゲットから十分な量のモリブデンが飛散し、基材の表面に堆積したからであると推測される。
【0069】
一方、Heガスを供給せずに作製した試料#C1の皮膜からは、ターゲットを使用したにもかかわらず、モリブデンは全く検出されず、炭素は10mol%検出された。メタノールを加熱して発生させた気泡にプラズマを発生させても、気相空間にてターゲットのスパッタリングはほとんど起こらなかったからであると考えられる。
【0070】
[スパッタガス供給量と電力量の関係]
実施例1で使用した成膜装置を用い、Heガスの供給量が一定の条件の下で、液中プラズマ用電極50への電力供給量を変化させた場合のプラズマの状態を観察した。具体的には、Heガスの供給を開始してから、供給電力を0Wから連続的に上昇させ、プラズマが発生し始めたときの電力値(点火電力)を調べた。プラズマの発生後、供給電力を点火電力から連続的に低下させ、プラズマを維持できる最低の電力値(維持電力)を調べた。Heガスの供給量は、0L/分(比較例1に相当)、1L/分、2L/分および3L/分(実施例1に相当)とした。結果を表1に示す。なお、表1に記載の数値「A/B」は、A:投入電力値(液中プラズマ用電極50へ供給した電力の値)、B:反射電力値、をそれぞれ示し、AとBとの差(A−B)が実効電力である。
【0071】
【表1】

【0072】
Heガスを使用することで、気相空間にプラズマを発生させるエネルギー(点火電力)および発生したプラズマを維持するために要するエネルギーが(維持電力)低減された。特に、点火電力は、Heガスの供給により大きく低減された。また、Heガスの供給量を3L/分とすることで、プラズマ発生後の維持電力における投入電力を0〜5Wの低電力とすることができた。これは、Heガスなどのスパッタガスは、プラズマの発生に伴いエネルギーの高い活性種を形成しやすく、さらにはスパッタリングによりターゲットから活性種が飛散されるので、気相空間に含まれる原子の量が増大するためであると考えられる。
【符号の説明】
【0073】
,L:液体
,S:基材(基板) S:被成膜面
:ターゲット
:スパッタガス
:気相空間
10:容器
20:金網(ターゲット)
40:スパッタガス供給口
50:液中プラズマ用電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一の原料を含む固体からなるターゲットと基材とを互いに対向させて、液体中に配設する配設工程と、
前記液体中に少なくともスパッタガスを供給して前記ターゲットと前記基材との間に気相空間を形成する気相空間形成工程と、
少なくとも前記スパッタガスのプラズマを前記気相空間に発生させるプラズマ発生工程と、
を経て、前記プラズマにより前記ターゲットをスパッタリングさせて前記基材の表面に少なくとも前記第一の原料を堆積させることを特徴とする液中プラズマを用いた成膜方法。
【請求項2】
前記液体は、第二の原料を含み、
前記気相空間形成工程は、前記スパッタガスを供給して前記ターゲットと前記基材との間に前記気相空間を形成するスパッタガス供給工程および前記液体中に前記第二の原料を含む気泡を発生させて該気泡と該スパッタガスとで該気相空間を形成する気泡発生工程を含み、
前記プラズマ発生工程は、前記スパッタガスのプラズマおよび前記第二の原料のプラズマを前記気相空間に発生させる工程である請求項1記載の液中プラズマを用いた成膜方法。
【請求項3】
前記プラズマ発生工程の後に、前記スパッタガスの供給量を変更するガス供給量制御工程を有する請求項2記載の液中プラズマを用いた成膜方法。
【請求項4】
前記第一の原料は金属であり、前記第二の原料は有機化合物であり、前記スパッタガスは不活性ガスを含む、請求項2または3に記載の液中プラズマを用いた成膜方法。
【請求項5】
前記プラズマ発生工程は、前記気相空間に電磁波を照射して少なくとも前記スパッタガスのプラズマを発生させる工程である請求項1〜4のいずれかに記載の液中プラズマを用いた成膜方法。
【請求項6】
前記配設工程は、少なくとも一部を前記液体に接触させて液中プラズマ用電極を配設する工程であって、
前記気泡発生工程および前記プラズマ発生工程は、ともに、該液中プラズマ用電極に高周波電力を印加することで併行する工程である請求項2〜4のいずれかに記載の液中プラズマを用いた成膜方法。
【請求項7】
容器と、
第一の原料を含む固体からなり、液体中で基材と対向させて該液体とともに前記容器内に収容されるターゲットと、
前記ターゲットと前記基材との間に少なくともスパッタガスを供給して前記液体中に気相空間を形成する気相空間形成手段と、
少なくとも前記スパッタガスのプラズマを前記気相空間に発生させるプラズマ発生手段と、
を備え、前記プラズマにより前記ターゲットをスパッタリングさせて前記基材の表面に少なくとも前記第一の原料を堆積させることを特徴とする液中プラズマ成膜装置。
【請求項8】
前記液体は、第二の原料を含み、
前記気相空間形成手段は、前記スパッタガスを供給して前記ターゲットと前記基材との間に前記気相空間を形成するスパッタガス供給手段および前記液体中に前記第二の原料を含む気泡を発生させて該気泡と該スパッタガスとで該気相空間を形成する気泡発生手段を有し、
前記プラズマ発生手段は、前記スパッタガスのプラズマおよび前記第二の原料のプラズマを前記気相空間に発生させる請求項7記載の液中プラズマ成膜装置。
【請求項9】
前記第一の原料は金属であり、前記第二の原料は有機化合物であり、前記スパッタガスは不活性ガスを含む、請求項8記載の液中プラズマ成膜装置。
【請求項10】
前記プラズマ発生手段は、前記気相空間に電磁波を照射して該気相空間に少なくとも前記スパッタガスのプラズマを発生させる電磁波照射手段である請求項7〜9のいずれかに記載の液中プラズマ成膜装置。
【請求項11】
前記プラズマ発生手段および前記気泡発生手段は、高周波電力が印加されることで、前記液体を加熱して前記気泡を発生させるとともに前記気相空間に前記スパッタガスのプラズマおよび前記第二の原料のプラズマを発生させる液中プラズマ用電極である請求項8または9に記載の液中プラズマ成膜装置。
【請求項12】
前記液中プラズマ用電極は、前記基材および前記ターゲットの鉛直下方に配設されている請求項11記載の液中プラズマ成膜装置。
【請求項13】
前記ターゲットは、厚さ方向に貫通する複数の貫通孔を有し該基材の表面を覆う板状体または網状体である請求項7〜12のいずれかに記載の液中プラズマ成膜装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−504(P2011−504A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−143565(P2009−143565)
【出願日】平成21年6月16日(2009.6.16)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【Fターム(参考)】