説明

液体クロマトグラフ質量分析装置

【課題】
APCI用のイオン化インタフェイスの分解をせずに、分析対象物の融点等、物性に応じて有機溶媒の導入量や、加熱温度等によって、噴霧部22周辺に付着したすすを除去することを目的とする。
【解決手段】
すす除去作業時にすす除去装置41を取り付ける。噴霧部22から液体試料は噴霧せず、ネブライザガスのみを噴出し、噴出したネブライザガスを中空棒電極43に噴きつける。中空棒電極43に噴きつけられたネブライザガスは、噴霧部22の方へ逆流し、噴霧部22周辺に付着したすすをスプレー部から離し、浮遊させる。浮遊したすすは、中空棒電極43に発生した静電気に捕集される。分析時はすす除去装置41を取り外して分析を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ質量分析装置(以下「LC−MS」と称す)に関し、更に詳しくは、大気圧化学イオン化方法(APCI)のインタフェイスに発生・残留するすすの除去機構に関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフ(LC)と質量分析装置(MS)とを組み合わせたLC−MSでは、LCのカラムから流出する液体試料を気化し、溶媒を除去しつつ目的成分のイオン化を行うための専用のインタフェイスが用いられる。こうしたインタフェイスは、液体試料を加熱、高速気流、高電界等により霧化させることで気体イオンを生成するものであって、大気圧化学イオン化法(APCI)やエレクトロスプレイイオン化法(ESI)が最も広く使用されている。
【0003】
APCIでは、メタノール等の有機溶媒と共に分析対象化合物を霧化室に噴霧し、ヒータで霧化室を加熱することによって、ガスの噴霧と加熱によってそれらを気化する。霧化室内には、コロナニードルが配置されており、このコロナニードルに高電圧を印加してコロナ放電を生じさせ、それにより気化した有機溶媒をイオン化、有機溶媒イオンと分析対象化合物間のイオン‐分子反応により、分析対象化合物をイオン化する。
【0004】
分析対象物の融点等、物性に応じて有機溶媒の導入量や、ヒータの加熱温度の最適値は決まる。有機溶媒の絶対量が多くかつ、加熱温度が高い条件下でインタフェイスを使用すると、導入される有機溶媒の一部において、すすが生じることがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11‐213175号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記条件下で生じたすすは、インタフェイス内部に残り、ガス噴出口周辺に付着する。そのため、ガス噴出口の詰まりを起こし、インタフェイスの故障を引き起こしたり、残留したすすが後の分析に夾雑成分として検出され、分析結果に支障をきたす。従来、インタフェイスのすす処理は、インタフェイス自体を分解し、すすの付着した部分を清浄な布等で拭くことにより行われてきたが、これに要する時間は60分〜120分程度と見積もられ、非常に時間がかかる。
【0007】
また、LC−MSのインタフェイスには用いられていないが、一般的なすす除去の技術として、白金等の触媒を用いて排ガス成分を酸化し、すすを除去する方法やフィルタにより排ガス成分を捕集し、燃焼させることにより除去する方法(Diesel
Particulate Filter)がある。しかし、前者は、排ガス成分の中でも分子化された成分に対して有効であるが、すすの様なサイズの大きい成分に対して効果が低い問題があり、後者は、排ガス成分のサイズによらず効果的な除去が可能だが、排ガス処理装置のサイズが大型であるという問題があり、いずれもLC−MSのインタフェイスのすす処理の技術として適用することには問題がある。
【0008】
そこで、本発明においては、インタフェイス自体の分解が不要であり、効果の高いすす処理を可能とし、小型であるインタフェイスのすす処理の技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するためになされた請求項1に記載された発明は、液体クロマトグラフ部と質量分析部との間に、前記液体クロマトグラフ部から与えられる液体試料とネブライザガスを噴出するスプレー部と、前記スプレー部から噴出した液体試料をイオン化するためのコロナニードルを備えた液体クロマトグラフ質量分析装置において、前記スプレー部の噴出口前方に位置し、前記スプレー部から噴出したネブライザガスを前記スプレー部へ逆流させる着脱式又は移動式のネブライザガス逆流部材と、前記スプレー部の噴出口前方に位置する着脱式又は移動式のすす捕集用電極を備えたことを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置である。
【0010】
本発明において、すす除去は以下のように行う。スプレー部から、液体試料を噴霧せず、ネブライザガスのみを噴出する。そうすると、スプレー部から噴出したネブライザガスは、スプレー部の噴出口前方に位置するネブライザガス逆流部材に噴きつけると、スプレー部の方へ逆流する。逆流したネブライザガスが、スプレー部の噴霧口周辺に付着したすすをスプレー部から離し、浮遊させる。浮遊したすすは、すす捕集用電極から発生した電界により、すす捕集用電極に引き寄せられ捕集される。
【0011】
また、請求項2に記載された発明は、請求項1に記載された液体クロマトグラフ質量分析装置において、すす捕集用電極がネブライザガス逆流部材の役割を果たすことを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置である。
【0012】
本発明は、すす捕集用電極をスプレー部の噴出口前方に設置することで、すす捕集用電極がネブライザガス逆流部材の役割を果たすことができるものである。
【0013】
また、請求項3に記載された発明は、請求項1又は請求項2に記載された液体クロマトグラフ質量分析装置において、前記コロナニードルと前記すす捕集用電極を接触させ、前記すす捕集用電極の電源に前記コロナニードルの電源を用いたことを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置である。
【0014】
本発明は、一の電源をコロナニードルの電源とすす捕集用電極の電源とすることにより、従来のAPCI用イオン源にすす捕集用電極を設けた場合でも、すす捕集用電極用の新たな電源を設ける必要がなくなる。この場合、コロナニードルをすす捕集用電極に接触させることにより、コロナニードル用電源をコロナニードルを介してすす捕集用電極へ接続することができる。
【0015】
また、請求項4に記載された発明は、前記請求項1乃至請求項3のいずれかに記載された液体クロマトグラフ質量分析装置において、前記すす捕集用電極は、中空棒電極であり、前記中空棒電極の内部には、複数の中空板電極が配置されていることを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置である。
【0016】
逆流したネブライザガスによりスプレー部から離れ浮遊したすすは、内部に複数の中空板電極が配置された中空棒電極で捕集される。この場合、中空棒電極の内部に複数の中空板電極が配置されるため、すすを捕集することができる面積が大きくなる。また、すすは、中空棒電極の内壁か中空板電極に付着して捕集されるため、一度捕集されたすすが、すす捕集用電極から再び離れることを防止することができる。すなわち、すす除去のためにネブライザガスが噴出され続けても、ネブライザガスがすすに直接噴きつけることを中空板電極が遮るため、中空棒電極の内壁と中空板電極に付着したすすが再び離れることを防ぐ。また、すす除去作業が終了し、すす捕集用電極から静電気を発生させない状態にして、すす捕集用電極を取り外す際にも、捕集されたすすが、中空棒電極の内部に堆積し、金属板が中空棒からすすが出て行くことを防ぐため、取り外し作業を円滑に行うことができる。
【発明の効果】
【0017】
請求項1の発明によれば、従来は、スプレー部の噴霧口周辺に付着したすすを除去するためには、APCI用イオン源の分解・洗浄のみであったが、本発明を導入することにより、分析・測定対象噴霧部に付着したすすをガスの流れに巻き込むことで除去し、捕集することが可能になる。
【0018】
請求項2の発明によれば、すす捕集用電極がネブライザガス逆流部材の役割を果たことをできるため、部品点数を少なくすることが可能になり、コスト面や使用面において優れる。
【0019】
請求項3の発明によれば、コロナニードルの電源をすす捕集用電極の電源として用いることができるため、すす除去装置を設けた場合に新たな電源が不要となる。
【0020】
請求項4の発明によれば、すすの捕集面積を大きくし捕集できるすすの量を増やすと共に、捕集されたすすが再び、すす捕集用電極から離れることを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明のすす除去装置を適用するLC-MSの構成図。
【図2】本発明のすす除去装置をイオン化プローブに装着した構成図。
【図3】本発明のすす除去装置の構成図。
【図4】本発明の変形実施例のすす除去装置をイオン化プローブに装着した構成図。
【図5】本発明の変形実施例のすす除去装置の構成図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図1は本発明のすす除去機構を適用するLC-MSの構成図である。液体クロマトグラフ(LC)部10と質量分析部(MS)30との間には、LC部10のカラム14を通った試料を気化及びイオン化し、更に気化溶媒を除去してMS部30へと送り込むイオン化インタフェイス20が設けられている。
【0023】
LC部10では、送液ポンプ12は溶媒槽11に貯留されている溶媒(移動相)を吸引して、一定流量でカラム14に流す。試料注入部13はその溶媒中に所定量の試料液を注入する。カラム14を通過する際に試料液中の各試料成分は時間的に分離され、カラム14出口から順次流出して試料流路15を通り、イオン化インタフェイスにあるイオン化プローブ29によりイオン化される。噴射ガス流路16から流出したネブライザガスが、試料流路15から流出する液体試料を噴霧する。ネブライザガスは、ガスボンベ26に貯留されている所定のガスを流量調節器(又は圧力調整弁)27で所定流量に調節して供給される。
【0024】
イオン化プローブ29内にはすすが発生するため、すす除去作業を行う必要がある。そこで、すす除去作業を行う時はイオン化プローブ29にすす除去装置41を装着し、すす除去作業を行う。すす除去装置41は取り外し可能であるため、すす除去作業時に取り付け、分析時は取り外して、分析を行う。また、イオン化プローブ29自体を装置から取り外しすることができるため、一旦、イオン化プローブ29を取り外した上で、すす除去装置41を取り付けることにより、イオン化プローブ29を分解等することなく、すす除去作業を行う事が可能になる。イオン化プローブ29とすす除去装置41の詳細な説明は後述する。
【0025】
MS部30の分析室34内は、高真空状態に排気されており、霧化室21と分析室34との間に配設された2つの中間真空室32、33は、それぞれ小さな開口を有する隔壁により仕切られており、これにより、霧化室21から分析室34に向かって段階的に真空度が高くなっている。上述したように霧化室21内で発生した試料イオンは、差圧によって中間真空室32、33に引き込まれ、更に分析室34に引き込まれて、4本のロッド電極から成る四重極フィルタ35の中央の空間に送られる。四重極フィルタ35には交流電圧と直流電圧とが重畳された電圧が印加されており、この電圧に応じた特定の質量数(質量m/電荷z)を有するイオンのみが四重極フィルタ35を通り抜けてイオン検出器36に到達する。イオン検出器36では、到達したイオン数に応じた電流が取り出される。
【0026】
図2は本発明のイオン化インタフェイスの構成図である。本図を用いて本発明におけるすすの除去を説明する。試料流路15から流出する液体試料と噴射ガス流路16から流出するネブライザガスを噴出する噴霧部22の前方にはセラミック管42が設置され、セラミック管42の周りにはヒータ23が設けられている。セラミック管42とその内部が高温に熱され、噴霧部22により噴霧した試料はセラミック管42内にて気化される。気化された試料は、コロナ放電用高圧電源28に接続されたコロナニードル25に印加された高電圧(数kV程度)によって発生したコロナ放電によってイオン化される。
【0027】
しかし、分析対象物の融点等、物性に応じて有機溶媒の導入量や、加熱温度等によって、試料の一部がすすになることがあるが、生じたすすは噴霧部22周辺に付着し、また、噴霧部22の詰まりを引き起こすことがある。
【0028】
このすすを除去するために、着脱式のすす除去装置41をセラミック管42に取り付ける。分析時等はすす除去装置41は取り外されており、すす除去作業をする時に除去装置41を取り付ける。すす除去装置41は中空棒電極43を備え、すす除去用高圧電源44に接続されている。中空棒電極43には、静電気が発生する。
【0029】
すす除去作業は、噴霧部22から液体試料は噴霧せず、ネブライザガスのみを噴出し、噴出したネブライザガスを中空棒電極43に噴きつける。中空棒電極43は中空であるが、厚みがあるため、中空棒電極43の端には、ネブライザガスを噴きつける面が形成されている。この中空棒電極43の端面に噴きつけたられネブライザガスは、噴霧部22の方へ逆流し、噴霧部22周辺に付着したすすをスプレー部から離し、浮遊させる。この場合、ネブライザガスが噴きつけられる中空棒電極43の位置は、噴霧部22に近い方が、逆流するネブライザガスの量が多くなり、すすを除去する効果が高い。浮遊したすすは、中空棒電極43に発生した静電気に捕集される。
【0030】
図3は、本発明のすす除去装置の構成図である。本図を用いてすす除去の説明を行う。すす除去装置41は中空棒電極43と、着脱部48を備えている。すす除去装置41はセラミック管42に装着されるが、セラミック管42周辺にはコロナニードル25が設置されているため、コロナニードル25と接触しないように、すす除去装置41をセラミック管42に装着できるように、中空棒電極43と取付部48に切り欠き46を設けるとよい。中空棒電極43の材質は、ステンレス等の金属を用いるとよい。
【0031】
図4は、本発明の変形実施例を示すイオン化インタフェイスの構成図である。すす除去装置41の中空棒電極43の内壁には、中空板電極45を並べて配置した形状にする。本形状にすることにより、中空板電極45が、中空棒電極43内に付着したすすがガスの流れに巻き込まれ、再び中空棒電極43の内壁又は中空板電極45から離れることや、中空棒電極43内からすすが飛び出すことを防ぐ。また、浮遊したすすを中空棒電極43の内壁及び中空板電極45の表裏面で捕集することができるため、中空板電極45を設けない場合と比べてすすを捕集することが可能な面積が大きくなり、多くのすすを捕集することができる。
【0032】
図5は、変形実施例に用いるすす除去装置41を説明する図である。図2と共通する部分の説明は割愛する。中空棒電極43の内壁には、中空板電極45を並べて配置されている。また、着脱部48の材質は特に限定されない。しかし、着脱部48に導電性の材料を用い、コロナニードル25を着脱部48に設けられた針電源接点47に接触させれば、コロナ放電用高圧電源28を用いて中空棒電極43を帯電させることができるため、すす除去用高圧電源44を設けることが不要になる。
【符号の説明】
【0033】
10 液体クロマトグラフ(LC)部
11 溶媒槽
12 送液ポンプ
13 試料注入部
14 カラム
15 試料流路
16 噴射ガス流路
20 イオン化インタフェイス
21 霧化室
22 噴霧部
23 ヒータ
24 温度センサ
25 コロナニードル
26 ガスボンベ
27 流量調節器(又は圧力調整弁)
28 コロナ放電用高圧電源
29 イオン化プローブ
30 質量分析部(MS)
31 脱溶媒管
32、33 中間真空室
34 分析室
35 四重極フィルタ
36 イオン検出器
41 すす除去装置
42 セラミック管
43 中空棒電極
44 すす除去用高圧電源
45 中空板電極
46 切り欠き
47 コロナニードル接点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体クロマトグラフ部と質量分析部との間に、前記液体クロマトグラフ部から与えられる液体試料とネブライザガスを噴出するスプレー部と、前記スプレー部から噴出した液体試料をイオン化するためのコロナニードルを備えた液体クロマトグラフ質量分析装置において、
前記スプレー部の噴出口前方に位置し、前記スプレー部から噴出したネブライザガスを前記スプレー部へ逆流させる着脱式又は移動式のネブライザガス逆流部材と、
前記スプレー部の噴出口前方に位置する着脱式又は移動式のすす捕集用電極を備えたことを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載された液体クロマトグラフ質量分析装置において、
すす捕集用電極がネブライザガス逆流部材の役割を果たすことを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載された液体クロマトグラフ質量分析装置において、
前記コロナニードルと前記すす捕集用電極を接触させ、
前記すす捕集用電極の電源に前記コロナニードルの電源を用いたことを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれかに記載された液体クロマトグラフ質量分析装置において、前記すす捕集用電極は中空棒電極であり、前記中空棒電極の内部には、複数の中空板電極が配置されていることを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−13055(P2011−13055A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−156480(P2009−156480)
【出願日】平成21年7月1日(2009.7.1)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】