説明

液体クロマトグラフ質量分析装置

【課題】測定中に分析条件を変化させた場合でも、異なる条件間でマススペクトルを比較することができる液体クロマトグラフ質量分析装置を提供する。
【解決手段】本発明に係る液体クロマトグラフ質量分析装置では、LC/MS分析部10から取得される検出信号に基づいてマススペクトルを作成するマススペクトル作成部12と、作成されたマススペクトルの全イオン強度を各時刻毎に算出してトータルイオンクロマトグラムを作成するTIC作成部13と、TIC作成部13で作成されたTICからピークを検出するピーク検出部14と、各ピーク内に含まれる複数の時刻のマススペクトルを、全イオン強度を基準に正規化するマススペクトル正規化部15と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マススペクトル、MS/MSスペクトル、又はMSスペクトル(以下、これらをまとめて「マススペクトル」とする)を取得可能な液体クロマトグラフ質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフ(LC)と質量分析装置(MS)とを組み合わせた液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)では、エレクトロスプレイイオン化法(ESI)や大気圧化学イオン化法(APCI)などの大気圧イオン化法が一般に利用される。こうした大気圧イオン化質量分析装置への試料導入管は、目的試料を分析する際には、液体クロマトグラフのカラムの末端に接続され、カラムで成分分離された液体試料が試料導入管を通して質量分析装置の大気圧イオン源に導入されるようになっている。
【0003】
液体クロマトグラフ質量分析装置では、移動相を介して大気圧イオン化質量分析装置に液体試料が導入される。このような導入方法による分析は、フローインジェクション分析と呼ばれる。これに対し、移動相を介さずに液体試料を直接、大気圧イオン化質量分析装置に導入することで行う分析は、インフュージョン分析と呼ばれる。
【0004】
インフュージョン分析の1つとして、例えばシリンジ中に充填された液体試料をシリンジポンプの動作により送出して導入する方法が知られている(例えば特許文献1参照)。この方法は、液体試料の導入量を高精度で制御できるという特長がある。
【0005】
その一方で、一度にセットすることができる試料の数が限られるという問題がある。多成分の試料を分析する場合、インフュージョン分析では、試料が互いに混じらないように試料毎にシリンジや配管を用意しなければならない。しかしながら設計上の問題から、これらと質量分析装置との接続が可能な数は限られ、それより数が多い場合は、試料をセットし直すという手間と時間が必要となる。
【0006】
さらに、試料を連続して送液するために、フローインジェクション分析に比べてある程度の量の試料が必要であると共に、シリンジから質量分析装置までの配管のボリュームを、送液量に応じて適宜変更する必要がある。
【0007】
一方、液体クロマトグラフ質量分析装置によるフローインジェクション分析では、LCポンプによって移動相を送液している間に少量の液体試料を注入するだけで質量分析装置に液体試料を導入することができるため、インフュージョン分析に比べて消費する液体試料の量を大幅に削減することができるという特長がある。また、オートサンプラ等を用いて多くの種類の試料を連続して注入することができるため、結果としてインフュージョン分析よりも測定時間が短縮されるという利点もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平9−159661号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、フローインジェクション分析では、インフュージョン分析のように一定の流量で液体試料を質量分析装置に導入することができない(すなわち、質量分析装置に導入される液体試料の量は時間に対して一定でない)。そのため、測定中に分析条件を変化させた場合、マススペクトルの変化が、分析条件の変化によるものなのか、イオン量の変化によるものなのかを区別することができなくなる。
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、測定中に分析条件を変化させた場合でも、異なる条件間でマススペクトルを比較することができる液体クロマトグラフ質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明に係る液体クロマトグラフ質量分析装置は、
測定データに基づいてマススペクトルを作成するマススペクトル作成手段と、
前記マススペクトルの全イオン強度を各時刻毎に算出し、トータルイオンクロマトグラムを作成するトータルイオンクロマトグラム作成手段と、
前記トータルイオンクロマトグラムからピークを検出するピーク検出手段と、
前記ピーク内に含まれる複数の時刻のマススペクトルを、全イオン強度を基準に正規化する正規化手段と、
を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る液体クロマトグラフ質量分析装置は、クロマトグラム上でピークが現れている間に取得される複数のマススペクトルを、全イオン強度を基準に正規化するというものである。これにより、各々のマススペクトルが異なる分析条件で取得されたとしても、マススペクトル間のイオン強度の変化を容易に比較することができる。また、例えばLC/MS/MSでプロダクトイオンの自動探索を行う場合において、コリジョンエネルギーを変えて測定したプロダクトイオンスキャンスペクトルから強度の高いイオンを選択する際に、より正確に目的のイオンを探索することができ、得られる結果の信頼性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る液体クロマトグラフ質量分析装置の一実施例の要部構成を示すブロック図。
【図2】本実施例の液体クロマトグラフ質量分析装置で取得されるトータルイオンクロマトグラムの一例を示す図。
【図3】トータルイオンクロマトグラムから検出されるピークの正規化前の形状を示す図(a)、及び正規化後の形状を示す図(b)。
【図4】異なる条件で取得された正規化前のマススペクトルを示す図(a)、及び正規化後のマススペクトルを示す図(b)。
【図5】不安定なピーク形状のトータルイオンクロマトグラムを示す図(a)、及び該ピーク形状を正規化した後のトータルイオンクロマトグラムを示す図(b)。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0014】
以下、本発明の一実施例によるLC/MSについて図面を参照して説明する。
【0015】
図1は本実施例によるLC/MSの要部のブロック構成図である。このLC/MSは、分析対象である試料に対してLC/MS分析を実行して検出信号を取得するLC/MS分析部10と、この検出信号を受けて所定のデータ処理を実行するデータ処理部11と、を備える。データ処理部11の実体は汎用のパーソナルコンピュータであり、このコンピュータにインストールされた所定の制御プログラムを実行することでデータ処理部11としての機能が達成される。このデータ処理部11にはキーボードやマウスなどのポインティングデバイス等である入力部17と、液晶ディスプレイなどの表示部16とが接続されている。
【0016】
データ処理部11は機能として、検出信号に基づいてマススペクトルを作成するマススペクトル作成部12と、作成されたマススペクトルの全イオン強度を各時刻毎に算出してトータルイオンクロマトグラム(以下、「TIC」とする)を作成するTIC作成部13と、TIC作成部13で作成されたTICからピークを検出するピーク検出部14と、各ピーク内に含まれる複数の時刻のマススペクトルを、全イオン強度を基準に正規化するマススペクトル正規化部15と、を有する。
【0017】
図2に、TIC作成部13によって作成されるTICの一例を示す。図2のTICには複数のピークが現れており、ピーク検出部14はこのTICに対して所定の波形処理することにより、これらのピークを検出する。
【0018】
図3(a)は、ピーク検出部14によって検出されたピーク及びその周辺を示す拡大図である。このピークの中では、分析条件がa, b, c, d, eの5つの異なる条件で変化しながら、マススペクトルが取得されているものとする。このような場合、図4(a)に示すようなマススペクトル作成部12によって作成された直後のマススペクトルでは、最もイオン量が多い条件cのマススペクトルに現れる各ピークと、イオン量が少ない条件a又はeのマススペクトルに現れる各ピークと、をイオン強度で比較しても、それが条件の変化によるものなのか、イオン量の変化によるものなのか、を判別することができない。
【0019】
これに対し、本実施例のマススペクトル正規化部15は、各ピーク内に含まれる複数の時刻のマススペクトルを、全イオン強度を基準に正規化する。この正規化をTICにより示すと、図3(b)のような形状のTICが得られたことに相当する。このようなTICは、インフュージョン分析で得られる形状と同じであり、異なる条件間での比較が容易になる。この図3(b)に対応する、マススペクトル正規化部15によって正規化された後のマススペクトルを図4(b)に示す。図4(b)に示す正規化後のマススペクトルでは、それぞれの全イオン強度が同一であるとしているため、これらのマススペクトル間でのピーク強度の変化は、分析条件の変化に対応したものとなる。
【0020】
例えば、イオン強度の高い順番に上位3位までのイオンを選択する場合において、図4(a)に示す正規化前のa〜eのマススペクトルでは、イオン強度の高い順にm/z 200、m/z 500、m/z 100となるが、これはイオン量の変動によってaとeのスペクトルはcのスペクトルに比べてイオン強度が小さいように見えてしまうためである。一方、図4(b)に示す正規化後のa〜eのマススペクトル間でこれらを比較すると、実際にはm/z 500、m/z 100、m/z 200という順になる。従って、このピークのイオンの中からイオン強度の高い順に選択したい場合には、正規化後のマススペクトルで評価したほうが良いことが分かる。
【0021】
なお、本実施例では、ピーク内の最大の全イオン強度で正規化を行っている。例えば最大の全イオン強度がIcで、全イオン強度がIaの条件aのマススペクトルを正規化する場合、条件aのマススペクトル内のイオン強度をすべてIc/Ia倍すれば良い。
【0022】
本実施例のLC/MSは、図3(a)のような典型的なピーク形状のクロマトグラムに限らず、ピーク形状の悪いクロマトグラムや、脈動などによりイオン量が一定でないような場合でも同様に適用することができる(図4(a))。図4(a)のように不安定なピーク形状のTICが得られたとしても、これを図4(b)のように正規化することで、マススペクトル間での強度比較を常に安定して行うことができる。
【0023】
なお、上記実施例は本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜修正や変更を行っても構わない。例えば、本発明はMS/MSスペクトルやMSスペクトルに対しても同様に適用可能である。また、データ処理部11に、正規化後のマススペクトルに基づいて最適な分析条件を選択する条件選択部を設けることもできる。また、データ処理部11はLC/MS分析部10と一体であっても、LC/MS分析部10とは別体であって、LC/MS分析部10とは通信線を介して接続されていても、どちらでも構わない。
【符号の説明】
【0024】
10…LC/MS分析部
11…データ処理部
12…マススペクトル作成部
13…TIC作成部
14…ピーク検出部
15…マススペクトル正規化部
16…表示部
17…入力部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定データに基づいてマススペクトルを作成するマススペクトル作成手段と、
前記マススペクトルの全イオン強度を各時刻毎に算出し、トータルイオンクロマトグラムを作成するトータルイオンクロマトグラム作成手段と、
前記トータルイオンクロマトグラムからピークを検出するピーク検出手段と、
前記ピーク内に含まれる複数の時刻のマススペクトルを、全イオン強度を基準に正規化する正規化手段と、
を有することを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項2】
さらに、異なる分析条件の中から最適な分析条件を選択する条件選択手段を有することを特徴とする請求項1に記載の液体クロマトグラフ質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−127817(P2012−127817A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−279810(P2010−279810)
【出願日】平成22年12月15日(2010.12.15)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】