説明

液体クロマトグラフ質量分析計

【課題】 必要な測定データだけを効率よく採取できるだけでなく、LC部からの溶出試料の濃度や定性情報に応じてMS部の見かけ上のダイナミックレンジや動作条件を変更する操作を適切に実行できるようなLC/MSを提供する。
【解決手段】
試料を含むキャリア液がまず副検出器に入り、更にそれより所定時間後に主検出器(質量分析計)に入るようにLC/MSの流路を構成する。分析中、制御装置は副検出器の出力信号からクロマトグラムを作成し、その波形処理により各ピークの時間範囲ts0〜te0をリアルタイムで求める。また、制御装置は、前記時間範囲ts0〜te0より所定時間Δtだけ遅れた時間範囲ts1〜te1を設定し、その時間範囲における主検出器の測定条件を変更する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ質量分析計(LC/MS)に関し、特に、LC/MSの測定の自動制御に関する。
【背景技術】
【0002】
LC/MSを用いた分析においては、液体クロマトグラフ部(LC部)の送液条件、質量分析部(MS部)による測定の開始/終了条件、測定すべき質量数の範囲、測定モード(例:MSモード、MS/MSモード、MSnモードから選択)等の測定条件を、分析時間の経過に応じて適宜変更することがある。このような分析を行う場合、分析者は予め分析の内容に応じて測定条件の時間毎の設定(メソッド)を定め、制御装置に入力しておく。そして、制御装置は、そのメソッドに従って分析が行われるようにLC/MSの各部の動作を制御する。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
LC/MSを用いた分析において、例えば、分析対象の成分が既知の成分である場合、LC部による送液条件を定めれば、クロマトグラム上で目的成分のピークが現れる時間(保持時間)が求められ、更には、その目的成分がMS部に入る時間も求められる。そこで、そのピークがMS部を通過する特定の時間においてのみMS部により測定データを採取するようにすれば、不要なデータを採取することがなくなる。しかし、分析対象の成分が未知であるような分析(例えば、不純物の検出)の場合、ピークがどの時間に現れるかを予め知ることはできない。このような場合への対処方法として、長い分析時間に渡り広範囲の質量数について測定データをもれなく採取し、記憶装置(固定磁気ディスク等)に保存することが考えられるが、このようにすると、結果として不要なデータ(クロマトグラムにおいてピークの存在しない区間に対応するデータ)まで保存されてしまうため、大きな記憶領域が無駄に消費されるという問題が生じる(図5参照)。
【0004】
上記問題に鑑みて構成されたクロマトグラフ質量分析装置が特公平5−24458号公報(特許第1816212号)に開示されている。このクロマトグラフ質量分析装置では、測定により得られた全イオンクロマトグラム(TIC)のデータを別の記憶装置(半導体メモリ等)に一時保持し、そのデータを波形処理することによりクロマトグラムのピークが存在する時間範囲を求め、その時間範囲に得られた測定データのみを記憶装置に保存するようにしている。しかし、このような構成では、全イオンクロマトグラムの大量のデータを一時的に保持するための高速且つ大容量の記憶装置が必要となる。特に、MS部が飛行時間型(TOF型)である場合、1回の質量走査毎に数100キロバイト〜数メガバイトのデータが発生し、しかもクロマトグラム波形処理のためには波長走査を数回〜十数回実行しなければならない。このように大量のデータを保持するには高価な大容量の半導体メモリが必要であり、装置の製造コストがそれだけ増大してしまう。
【0005】
また、MS部がイオントラップ型である場合、次のような問題がある。すなわち、イオントラップ型質量分析計では、電極空間にトラップされたイオンによる空間電荷の影響があるため、電極空間内にトラップ可能なイオン量には上限が存在する。従って、直線性を以て定量の可能な濃度範囲(ダイナミックレンジ)はある程度限定されたものとならざるを得ない。そこで、LC部から溶出する試料の濃度に応じてイオントラップへのイオンの導入時間を適宜制限することにより、見かけ上のダイナミックレンジを大きくする(上限を高くする)ことが従来より行われている。例えば、前記のような操作を自動的に行う方法としてASC(Automatic Sensitivity Control)と呼ばれる手法が知られている。この方法では、1回前の質量走査で得られたデータに基づいて試料の濃度変化をモニタし、試料濃度が高いときには、図6に示したようにイオントラップへのイオンの導入時間を一時的に短くすることにより、電極空間内の空間電荷が過剰になることを防止する。しかし、この方法では、クロマトグラムのピークの立上りが急峻である場合にフィードバック処理が間に合わず、図7に示したような制御の遅れが発生し、クロマトグラムの波形が乱れてしまう。
【0006】
また、例えば、MSのイオン検出器の信号をA/D変換するA/D変換器の分解能が低い(量子化ビット数が小さい)場合、それに応じてダイナミックレンジも小さくなるが、このような場合でも、イオン検出器の信号強度に応じてアナログアンプの倍率を適切に切り換える(信号強度が高いときに倍率を下げる)ことにより、見かけ上のダイナミックレンジを大きくすることができる。しかし、TOF型のMSでは、500MHz〜数GHzという高速でA/D変換を行う必要があるため、測定中にリアルタイムでアナログアンプの倍率を切り換えようとしても、切り換え操作が間に合わず、図7に示したような制御の遅れが発生してしまう。
【0007】
本発明は以上のような課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、必要な測定データだけを効率よく採取できるだけでなく、LC部からの溶出試料の濃度に応じてMS部の見かけ上のダイナミックレンジを変更する操作を適切に実行できるようなLC/MSを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明は、主検出器たる質量分析計と、該質量分析計とは別に設けられた副検出器とを備え、液体クロマトグラフ部からの試料がまず前記副検出器に入り、それより所定時間だけ遅れて前記質量分析計に入るように流路が構成された液体クロマトグラフ質量分析計であって、前記副検出器の出力信号から得られるクロマトグラムを波形処理することにより該クロマトグラムのピークを検出するピーク検出部、及び前記ピークの前記クロマトグラムにおける保持時間に応じて前記質量分析計の測定動作を制御する制御部を備えることを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析計を提供する。
【発明の効果】
【0009】
以上のように、本発明によれば、質量分析計の測定データを全て記憶装置に保存するのではなく、試料成分のピークに対応する必要且つ十分な測定データのみ記憶装置に保存することができるため、記憶装置の記憶領域を効率的に利用できる。また、不要な測定データまで一時保存する必要がないため、比較的安価な小容量の記憶装置やメモリを利用して装置の製造コストを抑えることができる。また、従来は、カラムの状態やキャリア液の影響などで分析対象成分の保持時間が変化した場合、その変化に合わせてメソッドを修正する必要があったが、本発明によればそのような修正を行う必要がないため、メンテナンス性が向上する。また、質量分析計の見かけ上のダイナミックレンジをリアルタイムで自動的に変更することにより、装置の性能を飛躍的に向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明に係るLC/MSの実施形態について図面を参照しながら説明する。図1のLC/MS10は、キャリア液を流路に供給するための送液装置12、流路を流れるキャリア液に試料を導入するための試料導入部14、キャリア液中の試料を成分毎に分離するためのカラム16、キャリア液中の試料成分の濃度に応じた強度の信号を出力する2つの検出器18、20、及び、検出器の動作を制御する制御装置22を備えている。
【0011】
2つの検出器のうち、第1の検出器18は本発明にいう副検出器であり、第二の検出器20は主検出器(質量分析計)である。図1では副検出器18として紫外線(UV)検出器が用いられているが、この他にも、フォトダイオードアレイ(PDA)検出器等の非破壊型検出器が好適に利用できる。ただし、副検出器を非破壊型とすることは本発明にとって必須ではない。例えば、図1のLC/MS10において、カラム16から流出する液をスプリッタで2方向に分岐させ、一方の分岐路には副検出器18を配設し、他方の分岐路には主検出器20を配設するというように流路を構成した場合、副検出器18に非破壊型検出器を用いても、主検出器20による試料の測定を正常に行うことができる。なお、上記のように流路を構成する場合、スプリッタから副検出器18までキャリア液が流れるのにかかる時間は、同液がスプリッタから主検出器20まで流れるのにかかる時間よりも十分に短くなるように分岐路の長さや容量を設計しておく。
【0012】
図1のLC/MS10による分析手順は次の通りである。まず、分析者は分析目的に応じてメソッドを作成又は予め用意されたメソッドの一つを選択し、制御装置22へ分析開始を指示する。ここでは、分析対象成分を特定せず、試料に含まれる全ての成分を分析対象とするものとする。前記指示を受けた制御装置22は、送液装置12によるキャリア液の供給流量やカラム16の温度等をメソッドに従って設定し、十分な時間が経過した後、試料導入部14によりキャリア液中に試料を導入する。キャリア液に導入された試料はカラム16で成分毎に分離され、UV検出器18に入る。UV検出器18は各成分を検出し、その濃度に応じた信号を出力する。
【0013】
制御装置22は、上記のようにしてUV検出器18が出力する信号から得られる測定データを処理することによりリアルタイムでクロマトグラムを作成し、ピーク検出のための波形処理を行う。いま、図2のクロマトグラム中のピークAの波形処理を行うことを考える。この処理において、制御装置22は、まずピークAの開始時刻ts0及び終了時刻te0をメモリ(図示せず)に保存する。そして、ピークが完全に通過したら、制御装置22は、時間範囲ts0〜te0より所定時間Δtだけ遅れた時間範囲ts1〜te1を主検出器20による測定範囲と定める。ここで、上記所定時間Δtは、キャリア液の流量やUV検出器18から質量分析計20までの流路の長さ・容量等に基づいて予め算出しておく。なお、測定範囲の決定は極めて短時間で完了するが、測定範囲の決定前にピークAの成分が質量分析計20に到達しないよう、Δtが必要十分な長さになるように予め流路を構成しておく。
【0014】
上記のように測定範囲を決定した後、制御装置22は、時刻ts1に質量分析計20による測定(すなわち質量分析計20の出力信号から得られる測定データの採取)を開始し、時刻te1に同データの採取を停止する。このようにすると、ピークAに対応する測定データをもれなく採取することができる一方、それ以外の不要なデータは採取されないため、記憶装置(図示せず)の記憶領域を効率よく利用することができる。
【0015】
図1のLC/MS10による分析において、分析対象成分に応じてUV検出器18の測定波長を適切に選択すると、制御装置22は分析対象成分のピークをそれ以外の不純物のピークから区別することができる。また、副検出器18としてPDA検出器のような定性能力のある検出器を利用しても同様に成分の区別が可能である。このような場合、制御装置22は、分析対象成分を予め指定した測定モード(例えばMSnモード)で測定する一方、それ以外の成分(不純物)は別の測定モード(例えばMSモード)で測定するという制御を実行するような構成とすることができる。すなわち、図3に示したように、制御装置22は、ピークを検出する度に、先に説明したような手順で質量分析計20による測定の時間範囲を決定するとともに、そのピーク成分が分析対象成分であるかどうかを判定し、その判定結果に応じて測定モードを決定する。このようにすると、測定中に検出される成分に応じて分析モードをリアルタイムで変更することができるため、分析対象成分についての測定と不純物の測定を別個に行う必要がなくなり、分析効率が向上する。
【0016】
図1のLC/MSによる分析において、成分の濃度に応じて質量分析計の見かけ上のダイナミックレンジを大きくする手順について図4を参照しながら説明する。なお、ここでは、質量分析計20がイオントラップ型であるものとする。
【0017】
制御装置22は、副検出器18の出力信号から得られる測定データに基づく波形処理において、先に説明したように各ピークの開始時刻及び終了時刻を取得するとともに、ピーク検出中の各時点における信号強度を求める。そして、例えば図中の符号Xで示したように、信号強度が質量分析計20のダイナミックレンジの上限に対応する強度を超えている時間範囲が存在するとき、制御装置22は、前記時間範囲Xと同じ又はXより僅かに大きい時間範囲X0を設定し、更に、その時間範囲X0よりも所定時間Δtだけ遅れた時間範囲X1をダイナミックレンジ変更時間と定める。その後、制御装置22は、ダイナミックレンジ変更時間X1の間だけイオントラップへのイオン導入時間を短くする。このようにすると、図4の最下段に示したように、飽和した部分のない理想的な波形が得られる。
【0018】
なお、図4の例では、ダイナミックレンジの変更は2段階とし、ダイナミックレンジ変更時間X1の間だけイオン導入時間を2分の1にしているが、ダイナミックレンジの変更方法はこれに限られないことは言うまでもない。例えば、副検出器18のクロマトグラムの波形に応じてダイナミックレンジを連続的に変更することにより、質量分析計20のクロマトグラムが略一定になるようにしてもよい。
【0019】
なお、副検出器18から得られる測定データが成分の吸収スペクトルを表す場合でも、制御装置22により上記のような各種処理を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施形態におけるLC/MSの概略構成図。
【図2】副検出器から得られる測定データに基づいて質量分析計の動作を制御する方法の一例を示す図。
【図3】分析対象成分とそれ以外の成分との間で異なる測定モードを選択する制御の一例を示す図。
【図4】成分の濃度に応じて質量分析計の見かけ上のダイナミックレンジを大きくする制御の一例を示す図。
【図5】クロマトグラムにおける不要データの発生時間を示す図。
【図6】試料濃度に応じて質量分析計の見かけのダイナミックレンジを変更する制御の例を示す図。
【図7】図6の制御においてダイナミックレンジの変更制御に遅れが発生する様子を示す図。
【符号の説明】
【0021】
10...液体クロマトグラフ質量分析計(LC/MS) 12...送液装置 14...試料導入部 16...カラム 18...UV検出器(副検出器)
20...質量分析計(主検出器) 22...制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主検出器たる質量分析計と、該質量分析計とは別に設けられた副検出器とを備え、液体クロマトグラフ部からの試料がまず前記副検出器に入り、それより所定時間だけ遅れて前記質量分析計に入るように流路が構成された液体クロマトグラフ質量分析計であって、前記副検出器の出力信号から得られるクロマトグラムを波形処理することにより該クロマトグラムのピークを検出するピーク検出部、及び前記ピークの前記クロマトグラムにおける保持時間に応じて前記質量分析計の測定モードを変更する制御部を備えることを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析計。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2011−2469(P2011−2469A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−219749(P2010−219749)
【出願日】平成22年9月29日(2010.9.29)
【分割の表示】特願2000−385160(P2000−385160)の分割
【原出願日】平成12年12月19日(2000.12.19)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】