説明

液体噴射による脱離イオン化のための方法及び装置

本発明は、凝縮相のサンプルの成分から気体状イオンを発生させ、それを分析するための方法及び装置に関する。1つ又は複数の液体噴射が、調査するサンプルの表面に向けられ、そこで液体噴射をサンプル表面に衝突させることにより、液体の蒸発によって、又は必要に応じて蒸発後の後続のイオン化によって気体状イオンに変えられるサンプル粒子を運ぶ液滴を発生させ、得られたサンプル粒子を周知の方法で分析する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の主題は、凝縮相のサンプル成分を気体状イオンに変換し、それを分析するための方法及び装置である。
【0002】
本発明による方法の実施中、高速の液体噴射をサンプルの表面に衝突させる。液体がサンプルの表面に衝突する際に生成される液体の液滴が、サンプルの成分を運び去る(脱離ステップ)。溶媒の蒸発後に残るサンプルは、気体状イオン自体であるか、或いは熱的、電磁気的効果などの外部効果を使用することによって気体状イオンに変換できるものである(気体状イオンを提供するための任意選択のステップ)。得られた気体状イオンは、好ましくは質量分析又はイオン移動度分析によって分析される(検出ステップ)。
【背景技術】
【0003】
質量分析イオン化法は、従来から気体物質又は揮発性物質を分析するために開発されてきた。こうしたイオン化法の欠点は、不揮発性化合物の分析能力がないことである。この群の化合物には、例えばペプチド、タンパク質、核酸、炭水化物が含まれる。1970年代から、気体/固体の界面で凝縮相の分子を直接イオンに変換し、その後発生しようとしているイオンを気相へ移すことのできる、新しい系統のイオン化法が開発されてきた。こうしたイオン化法は、生成されたイオンの脱離と組み合わされるため、一般に「脱離イオン化」法と呼ばれる。最初の脱離イオン化法は、電界によって引き起こされる、いわゆる電界脱離イオン化であり、鋭い表面形態の縁部のまわりに形成される大きい電界勾配を利用して、表面に存在する分子のイオン化及び脱離を並行して行うものである(Beckey、H.D.、Organic Mass Spectrometry 6(6)、6558−(1972))(非特許文献1)。この方法の欠点は、サンプルをエミッタ針の縁部先端に堆積させなければならず、エミッタ先端の形状がイオン化効率に強い影響を及ぼすことである。
【0004】
次世代の脱離イオン化法は、イオン化のために、いわゆる分析ビームを利用することによる別のイオン化法に基づいている。この方法では、高エネルギーのイオン、原子又は光子を含むビームを、調査サンプルの表面に衝突させる。分析ビームが表面に衝突すると、調査サンプル由来の若干の気体状イオン又は分子が生成される。分析ビームを利用する最初の方法は、放射性崩壊によって発生した高エネルギー粒子を使用するプラズマ脱離イオン化であった(Macfarlane、R.D.他、Science、191(4230)、920−925(1976))(非特許文献2)。
【0005】
プラズマ脱離の場合にははっきりしないビームを利用していたが、同時に実用的に開発された二次イオン質量分析(SIMS)は、電位差によって加速された、はっきりした(well−defined)イオンの分析ビームを使用するものであった(Bennighoven、A.、Surface Science 28(2) 541−(1971))(非特許文献3)。SIMSはイオン・ビームの直径が小さいため、優れた空間分解能を実現するが、SIMSイオン化を受ける分子の分子量の範囲が制限される。この方法を深さ方向の分析に使用することもできるが、この場合、生成されるイオンが1個又は2個の原子しか含まないため、分子量の制限がより重大になる。SIMSイオン化の場合、最初に液体サンプルについての研究が発展した(液体SIMS;LSIMS、Aberth、W.、Analytical Chemistry、54(12):2029−2034(1982))(非特許文献4)。LSIMSは、元の方法に比べて範囲の制限が厳しくなく、例えばそれによって小さいタンパク質分子をイオン化することができる。LSIMSの欠点は、サンプルを、高い表面張力及び低い蒸気圧を有するグリセロールなどの溶媒に溶解させなければならないことである。このステップは、しばしば溶解度の問題を伴い、また固体サンプルを溶解するため、当然ながら、サンプル分子の空間的分布に関する情報が得られる可能性は排除される。
【0006】
さらに発展型のLSIMSが、「高速原子衝撃」(FAB)法である(Williams、D.H.等、JACS、103(19):5700−5704(1981))(非特許文献5)。その技術は、貴ガス・イオンの静電加速、それに続く中和に基づいており、イオン化に利用可能な依然として高いエネルギーを有する貴ガス原子の中性ビームを与える。FABイオン化は、液相サンプルの分析にも適している。
【0007】
SIMS技術の開発のもう1つの方向性により、従来から利用されてきた金イオンの代わりに多価帯電したグリセロール・クラスターを利用する、いわゆるマッシブ・クラスター衝撃(MCI)(マッシブ・クラスター衝撃;MCI、Mahoney、J.F.、Rapid Communications in Mass Spectrometry、5(10):441−445(1991))(非特許文献6)がもたらされた。この技術は固体表面の分析に利用することが可能であり、分析される分子の重量は実質上制限されない。この技術の他の利点は、SIMSに比べて、質量分析によってより効率的に分析できる多価イオンが生成されることである。
【0008】
上記の方法に共通する欠点は、厳密には、それらすべてが高真空の条件下で機能することである。したがって、サンプルは質量分析計の高真空領域に導入されるが、それはサンプルの組成及びサイズに対する強い制約を伴う。
【0009】
1980年代初期から、分析ビームとしてレーザを利用するレーザ脱離イオン化法が開発された(Cooks、R.G.等、JACS、103(5):1295−1297(1981))(非特許文献7)。単純なレーザ脱離イオン化はSIMSと同様に不十分なイオン化効率を示し、きわめて限られた範囲の分子の研究にしか用いることができない。レーザ脱離法の応用範囲は、いわゆるマトリックス化合物の利用によって劇的に広げられた。一般的には、きわめて過剰に存在するマトリックス化合物を溶液相中のサンプルに混合し、混合物を固体保持体上に共結晶化させ、得られた結晶化サンプルをレーザ脱離、すなわち分析ビームとしてレーザを用いることによって分析する。その新しい方法は、マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)と命名された(Karas、Hillenkamp、Analytical Chemistry、60(20):2299−2301(1988))(非特許文献8)。その技術は一般に、ポリマー、タンパク質、炭水化物及び核酸などの高分子化合物の分析に利用できる。MALDIの主な欠点は、この技術は検体分子をマトリックスの結晶格子に埋め込む必要があることであり、したがって自然表面の分析には問題がある。
【0010】
最近、大気条件下で機能する脱離イオン化法に対する要求が高まってきている。大気圧での脱離イオン化法の利点には、(1)サンプルを質量分析計の真空領域に導入しないため、分析手順が迅速化されること、(2)サンプルを真空に入れないため、揮発性成分の除去が不要になること、(3)この方法で任意の物体を調べることができること、(4)生体を直接調べることができることが含まれる。原子又はイオンの高速ビームを利用する脱離イオン化法は、高圧では気体分子と連続的に衝突するために粒子を適切な速度まで加速することができず、この現象が粒子ビームの発散の原因となるため、大気条件下で使用することができない。
【0011】
上記の方法の中では、レーザ・ビームが空気分子と相互作用しないため、MALDIイオン化のみが大気圧で計測器を変えずに実施することが可能である。大気圧でのMALDIは、2002年にLaiko等によって開発された。しかしながら、イオンの収量が低く、大気との界面でかなりのイオンが失われることによって収量がさらに減少すること、及び一般に開放的な実験設備でレーザを使用することに伴う作業場の安全の問題のため、その技術は広く普及しなかった。
【0012】
最近開発された脱離エレクトロスプレー・イオン化(DESI;Takats等、Science、306(5695):471−471、2004)(非特許文献9)は事実上、上記のMCI技術の大気圧向けのものであるが、液滴がエレクトロスプレー法によって生成され、静電界の勾配の代わりに超音速のガス流によって所望の速度まで加速されるという重要な違いがある。それにもかかわらず、DESIは大気圧での脱離イオン化法に関連するすべての期待を満足させ、任意の物体をその化学組成及びサイズに関係なく質量分析することを可能にした。DESI法の過程では、高速のエレクトロスプレーによる液滴がサンプルの表面に衝突する。衝突する液滴は表面に存在する分子を溶かし、やはり帯電した二次的な液滴を放出する。こうした帯電した二次的な液滴が、溶媒の完全な蒸発によって最終的にイオンを発生させる。
【0013】
DESI技術には、以前に開発された脱離法に比べていくつかの利点があるが、いくつかの応用分野では欠点も示す。第一に、DESIは厳密な表面分析法であり、したがって、ほとんどのサンプルの場合に深さ方向の分析能力がない。第二に、帯電した液滴の大気圧のビームは、本質的に帯電した粒子間のクーロン反発力によって発散するため、高分解能の化学イメージングを妨げる。さらに、分析の観点からDESIは生物組織に十分適合しているが、DESIの生体内での利用によって塞栓症が引き起こされることが様々な動物モデルにおいて示された。塞栓症は液滴の加速に利用される超音速の窒素の流れに関連付けられ、窒素の流れが気泡を組織内に送り込み、塞栓症を引き起こす。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】ベッキー(Beckey、H.D.)、有機質量分析(Organic Mass Spectrometry)、1972年、 6(6)巻、p6558
【非特許文献2】マクファーレン(Macfarlane、R.D.)他、サイエンス(Science)、1976年、191(4230)巻、p920−925
【非特許文献3】ベニンクホフェン(Bennighoven、A.)、表面科学(Surface Science) 1971年、28(2)巻 p541
【非特許文献4】アバース(Aberth、W.)、分析化学(Analytical Chemistry)、1982年、54(12)巻、p2029−2034
【非特許文献5】ウィリアムス(Williams、D.H.)他、JACS、1981年、103(19)巻、p5700−5704
【非特許文献6】マホニー(Mahoney、J.F.)、質量分析速報(Rapid Communications in Mass Spectrometry)、1991年、5(10)巻、p441−445
【非特許文献7】クック(Cooks、R.G.)他、JACS、1981年、103(5)巻、p1295−1297
【非特許文献8】カラス(Karas)、ヒレンカンプ(Hillenkamp)、分析化学(Analytical Chemistry)、1988年、60(20)巻、p2299−2301
【非特許文献9】タカツ(Takats)他、サイエンス(Science)、2004年、306(5695)巻、p471−471
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
これまでに列挙した問題に対する解決策を提供するために、高速の気体によって加速された液滴によって構成されたものではない、平行で高エネルギーの分析ビームを使用する別の大気圧での脱離イオン化法に対する要求が出てきている。我々の研究の目的は、サンプルの深さ方向の分析、高分解能の化学イメージング(画像化)、及び生体内での分析を行うことのできる大気圧でのイオン化法を開発することであった。
【課題を解決するための手段】
【0016】
我々の研究成果として、好ましくは電荷を運ぶ、高速で連続的な液体噴射を分析ビームとして利用する、大気圧で機能する新しい方法及び装置が開発された。電荷をもたない液体ビームの場合もイオンを生成できるが、液体噴射自体が帯電粒子を有する場合には、液体噴射の衝突によってはるかに多数の帯電粒子を得ることができることに留意しなければならない。正電位によって正に帯電したイオンが発生し、負電位によって負に帯電したイオンが発生する。
【0017】
発明は、十分なエネルギーを有する液体噴射(例えば水、水溶液、他の極性溶媒又はそれらの任意の組合せなど、任意の液体とすることができる)がサンプルから粒子を移動させることができ、それによって深さ方向の分析の可能性が確保されるという認識に基づいている。この方法の他の利点は、上記の高速液体噴射の発散性が低く、したがってマイクロメートル・スケールの分解能を有する化学イメージングを可能にすることに隠されており、さらにその方法を、生物系の生体内での研究に適用することができる。
【0018】
発明の主題は、凝縮相のサンプルのある特定の成分を気体状イオンに変換し、それを分析するための方法であって、イオン又はイオンに変換可能なサンプル粒子を、脱離ユニットから放出された分析ビームによってサンプルから移動させ、得られた気体状イオンを分析する。この方法は、分析ビームとして液体噴射を行う段階、液体が表面にあたる際に生成される液滴の液体を蒸発させる、又は蒸発させることができるようにする段階を含む方法である。必要に応じて前記分析の前に、液体の液滴又は液体の蒸発によって得られたサンプル粒子をイオン化する。
分析は、サンプルのイオンの電荷、サイズ、質量又は他の特性に基づいてサンプルの成分を識別する周知の方法によって行われる。質量分析又はイオン移動度分析を利用することが好ましい。
【0019】
本発明の好ましい具体例は、以下のとおりである:
水、水溶液又は他の任意の極性溶媒、或いはそれらの任意の混合物を、前記液体噴射の液体成分として利用する方法。
前記分析装置ユニットと、等電位の前記液体噴射及びサンプルとの間に電位差を加える方法。上記好ましい具体例では、前記液体噴射が好ましくは、例えば水などの導電性の液体であるため、前記サンプルが液体噴射と等電位になることが強調されなければならない。
前記分析装置ユニットとして、質量分析計又はイオン移動度分光計を利用する方法。
得られた前記気体状イオンを、この目的のために設計されたサンプル収集装置ユニットを通して前記分析装置ユニットへ移動させる方法。
前記液滴又は移動させたサンプル粒子を、前記分析装置ユニットとサンプルの間でイオン化させる方法。
分析前に、前記サンプルを表面体に被着させる方法。
前記サンプルの温度を、外部から冷却又は加熱によって制御する方法。
前記液体噴射から生じ、前記分析装置ユニットに移動されなかった過剰な液体を、この方法の間に吸引によって除去する方法。
前記液体噴射のまわりに高速のガス・マントル(覆い)を形成し、それによって液体噴射の摩擦及び発散を低減させる方法。
複数の液体噴射を利用する方法。
前記サンプルの組成の空間的分布を測定するために、1つ又は複数の前記脱離ユニットを前記サンプルに対して移動させる方法。
前記サンプルの組成の空間的分布を測定するために、前記サンプルを1つ又は複数の前記脱離ユニットに対して移動させる方法。
前記サンプルの組成の深さ方向の分布を測定するために、前記液体噴射を用いて前記サンプルに切り込む方法。
前記サンプルが生物組織である方法。
前記サンプルを、任意の周知の外科的方法によって露出させる方法。
前記液滴、及び前記液体噴射と前記サンプルとの相互作用により生成されたサンプル粒子を、必要に応じてイオン化後に、気体を流動させる方法によって前記分析装置ユニットへ移動させる方法。
前記サンプルの特定成分と反応する化合物を前記液体噴射に混合する方法。
大気とは異なる圧力条件下で実施される方法。
【0020】
本発明の他の主題は、凝縮相のサンプルの成分を気体状イオンに変換するための装置であって、
サンプル6を保持するための表面体5と、
サンプル6からイオン、又はイオンに変換可能なサンプル粒子8を移動させるための、少なくとも1つの脱離ユニットAと、
サンプル収集装置ユニット9と、
分析装置ユニット10と
を有し、前記脱離ユニットAが、液体噴射1を供給するノズル3、液体2を移動させるための管2Bを有し、前記管が前記ノズル3に接続され、前記ノズル3が、前記サンプル6を保持するための前記表面体5に向けられていることを特徴とする装置である。
【0021】
前記装置の好ましい具体例は、以下のとおりである。
前記液体噴射が、水、水溶液又は他の任意の極性溶媒、或いはそれらの任意の混合物である装置。
前記液体噴射1と前記表面体5との間に電位差を発生させるための装置4を備える装置。好ましい実施例では、前記液体噴射が好ましくは、例えば水などの導電性の液体であるため、前記サンプルが液体噴射と等電位になることに留意しなければならない。
前記分析装置ユニット10が、質量分析計又はイオン移動度分光計である装置。
前記サンプル収集装置ユニット9の出口9Aが、表面体5のすぐ近くに配置される装置。
前記液体を蒸発させるためのユニット2が、前記表面体5と前記分析装置ユニット10との間に配置される装置。
サンプル粒子をイオン化させるためのユニット8が、前記表面体5と前記分析装置ユニット10との間に配置される装置。
脱離ユニットAに対してサンプル6を移動させることができるように、少なくとも1つの脱離ユニットAが、前記サンプル6に対する位置制御装置を有する、又は前記サンプル6を保持するための前記表面体5が、前記脱離ユニットAに対する位置制御装置を有する装置。
【0022】
発明の他の主題は、サンプルに空洞を作る又はサンプルを切断するために用いることができる、凝縮相のサンプルの成分を気体状イオンに変換するための装置であって、
サンプル6からイオン、又はイオンに変換可能なサンプル粒子8を移動させるための、少なくとも1つの脱離ユニットAと、
サンプル収集装置9の一部であり、分析装置ユニットに接続される管20と
を有し、前記脱離ユニットAが、液体噴射1を供給するノズル3、および液体2を移動させるための管2Bを有し、管2Bが前記ノズル3に接続され、前記脱離ユニットA及び分析装置ユニットに接続された管20が、ホルダ19によって互いに固定されていることを特徴とする装置である。
【0023】
その装置の好ましい実施例は、以下のとおりである。
前記液体が、水、水溶液又は他の任意の極性溶媒、或いはそれらの任意の混合物である装置。
前記液体噴射1と、分析装置ユニットに接続された前記管20との間に電位差を発生させるための装置4を備える装置。好ましい実施例では、好ましくは前記液体噴射が、例えば水などの導電性の液体であるため、前記サンプルが液体噴射と等電位になることに留意しなければならない。
分析装置ユニットに接続された管20の出口20Aが、前記ノズル3のすぐ近くに配置される装置。液滴、及び前記液体噴射と前記サンプルとの衝突によって発生したサンプル粒子は、好ましくはイオン化後に、電位差だけではなく、粘性のあるガス流(吸引又は吹き込み)によっても前記分析装置ユニットに移動させることができることに留意しなければならない。
前記サンプル収集装置ユニット9、又は分析装置ユニットに接続された前記管20が、ヒータ21及び温度計22を備える装置。
前記サンプル収集装置ユニット9、又は分析装置ユニットに接続された前記管20が、サンプル粒子8をイオン化させるための装置を備える装置。
【0024】
サンプルの成分を直接気相へ移すことができない場合、又は望ましくない化学変化を伴わずにサンプルの温度を上昇させることができない場合、又は研究の目的が分析される成分の濃度の空間的分布を測定することである場合には、本発明による装置及び方法を利用することが特に好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の動作概念を示す図。
【図2】本発明の実施例を示す図。
【図3】本発明の実施例を示す図。
【図4】本発明の実施例を示す図。
【図5】装置を用いることによって得られた質量スペクトルを示す図。
【図6】装置を用いることによって得られた質量スペクトルを示す図。
【図7】装置を用いることによって得られた質量スペクトルを示す図。
【図8】装置を用いることによって得られた質量スペクトルを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
先の記述に関する重要な要素について以下に詳しく示す。定義されていない他の要素(例えば放出、成分)は、当分野の技術者には明らかである通常の意味で使われている。
【0027】
1.凝縮相のサンプル
本明細書に記載される方法及び装置(以下では「本発明による方法」)は、イオン化して気相のイオンを生成することのできる成分を含む、任意の固体物質又は液体物質の分析に用いることができる。サンプルは、均質な構造又は任意に不均質な構造を有することができる(例えばヒト又は動物の組織、骨、木材など)。
【0028】
本発明による方法は、有利には、溶液から堆積及び乾燥させたサンプル、好ましくは医療診断上の目的又は薬理学的な目的のために分析が行われる生物サンプルの分析に用いることができる。そうした生物サンプルの具体例は流体(すなわち、血液、尿、水薬など)である。当然ながら、こうして任意のサンプルからの抽出物を調べることもできる。
【0029】
他の重要な応用分野は、自然物(実際に存在する物体がサンプルになる)の研究であり、自然物は任意に選択することができる(例えば、土、岩、食料品、生体組織)。他の重要な応用分野は、以下のとおりである。
生体組織の代謝過程の研究。
例えば脳などの生きた生物組織における薬物分子(又はペプチド、脂質など)の空間的分布の測定。
外科的処置の間、組織除去の効率を高め、除去される健康な組織の全体量を最小限に抑えるための、切断中の組織に関する情報(例えばそれが癌細胞を含んでいるかどうか)の取得。
有機汚染物(例えば真菌)又は無機汚染物(例えば抗真菌剤)を検出するための木材物の調査。
消費された物質(乱用薬物、アルコール、薬剤、コーヒー、ニコチンなど)の皮膚からの測定。
例えば(環境汚染、及びバクテリア又は真菌の生物マーカのための)現地調査における土壌サンプルの分析。
ヒト及び動物の食料の消費に関する健康状態、並びに望ましくない化学薬剤(例えば抗生物質)のレベルの測定。
好ましくはICP−MS法との組合せによる、任意の物体の元素組成の空間的分布の測定。
【0030】
2.液体噴射/液体
本発明による方法では、液体噴射の液体として理論的にはあらゆる適切な液体を利用できるが、導電性の液体を利用することが好ましく、それは水、水溶液、水を含む溶媒系、任意の極性溶媒(メタノール、エタノール、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、アセトニトリルなど)、好ましくはこうした溶媒中でイオン解離を受ける添加物、例えば酢酸、ギ酸、テトラメチルアンモニウムブロミドなどを含むそれらの混合物とすることができる。すべての溶媒系の中で、水がきわめて好ましい。
【0031】
使用される液体に対してさらに要求されることは、噴射が崩壊して液滴にならないように十分高い表面張力を有することである。
【0032】
液体は、サンプルとの化学反応を起こす化合物を含むことができる。液体は懸濁液でもよく、深さ方向の分析の場合には特に懸濁液が好ましい。
【0033】
3.脱離ユニット
脱離ユニットは、適切な速度、直径、及び適切な方向への圧力を有する連続した液体を放出し、「サンプルからのサンプリング」を行うことができるものである。脱離ユニットは、ノズル3の中で終わる管2B又は11であることが好ましい。
【0034】
本発明による方法の好ましい実施例では、液体は、50〜1500バール、好ましくは100〜1000バール、より好ましくは200〜600バールの範囲の圧力で、1〜100μm、好ましくは1〜60μm、より好ましくは1〜5μmの範囲の直径を有するノズルに押し込まれる。
【0035】
4.粒子の脱離及びイオン化
液体噴射をサンプルに衝突させると、サンプルの粒子(サンプル粒子)を運び去る液滴が生成される。
【0036】
溶媒が蒸発すると、帯電した液滴が気体状イオンを発生させる。
【0037】
液滴は生成時に帯電させることができる、或いは後のステップにおいて、強い電位勾配の使用、又は他の帯電した液体の液滴との衝突、又は光イオン化、又はプラズマ(例えば誘導結合プラズマ、ICP)によってイオン化することができる。最初の3つのケースでは、イオン化された液滴が分子イオンを発生させるが、後のケースでは原子イオンが生成される。それに応じて、最初の3つのケースでは主に分子レベルの分析情報を得ることができ、後のケースでは元素組成を測定することができる。
【0038】
液体噴射の電位によって、生成時に前記液滴又は粒子を帯電させることが容易になるため、液体噴射と接地との間に1〜8kV、好ましくは2〜6kV、より好ましくは4〜5kVの範囲の高い電圧を印加することにより、導電性の液体噴射と接地電位との間に電位勾配を確立することが好ましい。
【0039】
5.蒸発
気体状イオンは分析装置ユニットに移動されるべきであるため、あらかじめ液滴から液体を完全に蒸発させなければならない。これは、自然な方法(すなわち、適用された温度で液体が蒸発すること)によって行うことができるか、或いは蒸発を加速する装置(例えばヒータや高温のガス流)を働かせることによって容易に行うことができる。
【0040】
6.分析装置ユニット
分析装置ユニットはイオンを検出することが可能なものであり、したがって分析装置ユニットは、質量分析計又はイオン移動度分光計であることが好ましい。
【0041】
7.収集装置ユニット
この方法によって生成された気体状イオンは、サンプル収集装置ユニット(内部に圧力差が生成される管であることが好ましい)を用いることによって分析装置ユニットに移動される。これは、上記の各ステップが直接分析装置ユニット内で行われない場合のみあてはまる(それが好ましい実施例である、以下参照)。
【0042】
8.サンプルを保持するための表面体
サンプルを保持するために利用可能な表面体は、加えられる液体噴射に耐えることのできる電気絶縁性の表面体であることが好ましい。サンプル保持体は、プレキシガラス、ガラス、セラミックス又は石英で製造されることが好ましい。サンプル保持体の表面が導電性である場合には、適切な電源によって、表面と分析装置ユニットの入口との間に電位差を発生させる必要がある。
【0043】
その他の好ましい具体例
1.この具体例では、分析ビームとして、高速の帯電した連続液体噴射が利用される。液体噴射が表面に衝突すると、液体が表面に蓄積され、前記液体は、真空に助けられ、衝突領域の近くに配置された管系を通して連続的に除去される。この構成により、時々発生する液体の蓄積によって引き起こされる表面の相互汚染、すなわち蓄積された液相によって分析物の分子がそれまで存在していなかった場所に移動することがなくなる。
【0044】
2.この具体例では、分析されるサンプル及び/又は液体噴射のノズルが、3次元(3D)の移動を可能にする保持体ステージに取り付けられる。この機器構成によって、位置に依存するサンプルの化学組成に関する情報を提供することができる。
【0045】
3.この具体例では、表面上の衝突点及び衝突角度が制御される。表面上の衝突点の制御された移動は、3D線形移動用の保持体ステージによって、サンプル及び液体を放出するノズルの互いに対する位置を制御するように行われる。液体噴射の衝突角度は、回転用の保持体ステージを用いて、サンプル又はノズルを所望の角度で回転させることによって制御される。
【0046】
4.この具体例では、高圧電源の出口と分析ビームとして用いられる導電性の液体噴射とを電気的に接続することによって、イオン生成に必要な電位勾配が確立され、脱離ユニットは対電極として用いられる。
【0047】
5.この具体例では、液体噴射は接地電位(<150V)又はその近くに保たれ、サンプル収集装置ユニットは、生成されるイオンの極性とは反対の極性を有する高い電位(>1000V)に保たれる。
【0048】
6.この具体例では、液体噴射はサンプル収集装置ユニットの入口に対して高い電位に保たれ、前記液体噴射は高速の気体噴射によって囲まれる。具体例は、噴射の減速を弱め、大気圧での噴射径の増大をも防ぐ。
【0049】
7.この具体例では、液体噴射はサンプル収集装置ユニットの入口に対して高い電位に保たれ、サンプルを保持するステージの温度は、−50〜+300℃の範囲に制御される。この具体例の利点は、周囲温度において液体であるか、又は柔らかいサンプルを、分析のために低温で固化できることである。この具体例の他の利点は、温度を高めると、ある特定の成分のイオン化効率を高めることができることである。
【0050】
8.この具体例では、イオン化のために複数の連続液体噴射が利用され、液体噴射は、サンプル収集装置ユニットの入口に対して高い電位に保たれる。この具体例の利点は、こうしてより大きい表面を調べることが可能になること、また、より高いイオン電流が得られることである。
【0051】
9.この具体例では、液体噴射は、サンプルのある特定の成分との速やかな化学反応を起こす化合物を含む。ある特定の場合には、前記化学反応の生成物が分析されるが、他の場合には、化学反応を利用して望ましくない成分のイオン化を抑える。
【0052】
10.この具体例では、低圧(p<1バール)が利用される。この場合、質量分析計の真空チャンバ内でイオン化を行うことができるため、生成されたイオンを、多量のイオンの損失を引き起こす質量分析計に対する大気のインターフェースを通して移動させる必要がなくなる。
【0053】
11.他の好ましい具体例では、液体噴射はサンプルに切り込むために用いられる(すなわち、液体噴射が切断装置として利用される)。この具体例は、切断中の物体の化学組成に関する実時間の情報を提供する。液体噴射の崩壊によって生成された液滴は、電位勾配を通って移動することにより帯電され、質量分析を用いて生成されたイオンを分析する。高圧電源を用いることによって、切断されるサンプルと質量分析計との間に電位差を確立する。
【0054】
12.他の好ましい具体例では、周知の外科用器具(電動式の外科用器具、外科用メス、レーザなど)を用いてサンプルに切り込み、こうして露出させたサンプルの各部分を、上記の方法を用いて分析する。このように、周知の外科的方法と本発明による方法を組み合わせることにより、前記液体から生成された液滴及び前記サンプルを電位勾配を通して案内し、結果として生じる気体状イオンを質量分析により分析することによって、切断中のサンプルの組成に関する情報が連続的に提供される。電位勾配は、サンプルと質量分析計との間に高圧電源を用いることによって確立される。他の具体例では、前記液滴及びサンプルの粒子を、好ましくはイオン化ステップ後に、ガス流(吹き込み又は吸引)を用いることによって分析装置ユニットへ移動させることもできる。
【0055】
図面は一定の縮尺になっていないが、それらの目的は本発明の好ましい実施例を示すことである。同じ番号は同じ構造の要素を指す。
【0056】
図1は、本発明による装置の動作概念を示している。本発明による方法の具体例では、ノズル3を通して導電性の液体2を送り込むことによって、高速の液体噴射1が生成される。液体2は、管2Bを通してノズル3へ運ばれる。高圧電源4を用いることによって、接地と液体噴射1との間に数キロボルト程度の電位差を生じさせる。表面体5に向けられた液体噴射1は液体の液滴7を発生させるが、表面体5が絶縁体であるか、又は導電性であるが接地から電気的に分離されている場合には、液滴7は帯電される。帯電した液滴7は、表面体5に堆積した液体2に可溶のサンプル6の粒子(例えば分子)を含む。帯電した液滴7から溶媒2を蒸発させると、サンプル6の液体2に可溶な成分の気体状イオン8が生成され、気体状イオン8はサンプル収集装置ユニット9(好ましくは大気のインターフェース)を通して、分析装置ユニット10(イオンを質量分析法によって分析することのできる質量分析計であることが好ましい)へ移動させることができる。この方法によって、表面体5、或いは表面5が不活性である場合には表面体5に堆積したサンプル6に関する情報を集めることができる。
【0057】
図2は、本発明による装置の好ましい実施例を示している。導電性の液体2、例えば0.1mMのHCl水溶液が、50〜1500バールの圧力でステンレス鋼の管11を通して送り込まれる。高圧電源4をステンレス鋼の管11に接続することによって、液体2と接地との間に1〜8kVの高い電位差を発生させる。液体2は、ステンレス鋼のコネクタ12、ステンレス鋼のシール13、及びねじを有していないねじ込み式ホルダ14によって保持されたステンレス鋼又はサファイアのノズル15を通して、100〜1000m/秒の線速度で管11から放出される。ステンレス鋼の管11は、ねじ込み式ホルダ12によって、回転及び3次元の線形移動用のステージに取り付けられる。移動システムによって、ノズル3、サンプル6及びサンプル収集装置ユニット9の相対位置、並びに衝突角度15及び収集角度16に対する適切な制御が行われる。ノズル3と表面体5との間の最適な距離の範囲は1〜20mmであり、最適な衝突角度15の範囲は60〜90度である。表面に時々堆積する過剰な液体は、その遠位端がポンプに接続された排液管17によって除去される。
【0058】
図3は、実施例2で説明する本発明による装置の好ましい実施例を示している。図2とは異なり、ノズル3は、溶接で外径1.5875mm(1/16’’)のステンレス鋼の管11の端部を塞ぐことによって作製され、端部の壁にレーザ・ドリルによって1μmの直径を有する長さ0.2mmの穴があけられる。表面18を深さ方向にすり減らすために、液体噴射1をサンプル6の表面と平行に移動させる一方、浸食された表面材料の、付加された液体に可溶なある特定の成分が気体状イオン8に変えられ、気体状イオン8がユニット9によって質量分析計へ運ばれる。適切なポンプを用いて表面に蓄積する過剰な液体を除去するために、ポリエチレンの排液管17が利用される。
【0059】
図4は、実施例3で詳しく説明する本発明による装置の好ましい実施例を示している。図2及び図3とは異なり、図4の装置は、毛管のプーラ(puller)装置を用いることによって製造された、溶融石英でできたノズル3を備えている。溶融石英のノズル3は、図2に示した実施例と同様に、コネクタ13によってステンレス鋼の管11に接続される。図2及び図3に示した実施例とは異なり、イオンは質量分析計の大気のインターフェースによって直接収集されるのではなく、分析装置ユニット(質量分析計)に接続された、長さ1m、外径3.175mm(1/8’’)、内径2mmの銅管20を用いることによって収集される。銅管20は、温度計22からの温度のフィードバックを用いて制御されるヒータ21によって加熱される。
【0060】
この装置は、その主な機能が物体を直接サンプリングすることであるため、表面5を含まず、外科用の切断装置として使用することもできる。装置の各要素は、ホルダ19によって確実に固定される。
【0061】
図2及び図3の装置の実施例と同様に、時々表面に蓄積する過剰な液体を除去するために、やはりポリエチレンの排液管17が利用される。装置の各要素の相対位置は、ホルダ19によって与えられる。図4に見られる装置の目的は、サンプル6の表面の分析ではなく、切断中のサンプルの組成に関する化学的情報の方法及び収集23によって、サンプル6を切断することである。
【0062】
図5は、図2に示した装置によって得られた質量スペクトルを示している。鶏卵の卵白のリゾチーム100ngを含む水溶液10μlを、ポリメタクリル酸メチルの表面に堆積及び乾燥させた。表面から脱離したリゾチームの気体状イオンを、Thermo Finnigan LCQ Duo質量分析計を用いて分析した。スペクトルでは、10価、9価及び8価のリゾチーム・イオン(10倍、9倍及び8倍にプロトン化された形)を確認することができる。
【0063】
図6は、図2に示した装置によって得られた質量スペクトルを示している。ブラジキニン10ngを含む水溶液10μlを、ガラス表面で乾燥させた。表面から脱離したペプチドの気体状イオンを、Thermo Finnigan LCQ Duo質量分析計を用いて分析した。スペクトルでは、2価及び1価のブラジキニン・イオン(1倍及び2倍にプロトン化された形)、並びにそれらのナトリウム付加生成物を確認することができる。
【0064】
図7は、図3に示した装置によって得られた質量スペクトルを示している。厚さ20μmの凍結切断したラットの脳の薄片を、ガラス表面に堆積させた。脱離イオン化によってサンプルの脂質タイプの成分の陰イオンが得られ、それをThermo Finnigan LCQ Duo質量分析計を用いて分析した。スペクトルでは、脂肪酸及びリン脂質のイオンを確認することができる。
【0065】
図8は、図4に示した装置によって得られた質量スペクトルを示している。外科的に露出させた心臓の表面から、水噴射法によってイオン化した成分の陰イオンを、Thermo Finnigan LCQ Duo質量分析計を用いて分析した。スペクトルでは、心臓の代謝過程に重要な役割を果たすイオンを確認することができる。
【実施例】
【0066】
以下の実用的な実施例及び図面の参照によって、本発明による方法について詳しく説明するが、特許請求の範囲をそれらに限定するものではない。
【0067】
「実施例1」
乾燥させた溶媒溶液の液滴を分析する質量分析のための水噴射用の脱離イオン源
1.1.質量分析のための水噴射用の脱離イオン源は、以下の部品を備えている。
HPLCポンプ(Jasco社)、
外径1.5875mm(1/16’’)および内径1mmのステンレス鋼の管(11)、
コネクタ(Swagelok社、Upchurch社)(13)、
シール(Swagelok社、Upchurch社)(14)、
内径5μmのサファイア・ノズル(3)、
3D線形移動用の2つの移動ステージ(Newport社)、
1方向の回転用の回転ステージ(Newport社)、
高圧電源(Bertan社)(4)、
外径1.5875mm(1/16’’)および内径1mmのHDPEの管(17)、
膜ポンプ、
質量分析計(Thermo Finnigan LCQ Duo)。
【0068】
1.2.質量分析のための水噴射用の脱離イオン源の構造
装置の概略図を図2に示す。ステンレス鋼の管11は、HDPEの管を通してHPLCポンプに接続され、ノズル3は図2に従って接続される。ノズルを有するステンレス鋼の管の端部は、適切なねじ込み式ホルダ12を利用して回転ステージに取り付けられ、前記回転ステージは、ステンレス鋼の管が移動ステージから電気的に分離されるように、3D線形移動用のステージ・システムに取り付けられる。前記移動用のステージ・システムは、適切なボルトを用いて、質量分析計の大気のインターフェース部分9に取り付けられた供給源の台に取り付けられる。高圧電源4の電気出口は、ステンレス鋼の管11に接続される。
【0069】
ポリエチレンで製造されたサンプルの保持体プレートが、ねじを用いて、もう1つの3D線形移動用のステージ・システムに取り付けられる。3D線形移動用のステージ・システムは、表1に示す値に従って図2に定める形状パラメータが設定されるように、やはり前記供給源の台に取り付けられる。
【0070】
過剰な液体を表面から除去するために用いられるHDPEの管17は、HDPEの管の端部がノズルから1mmの距離になるように、ステンレス鋼の管11に取り付けられる。HDPEの管17の遠位端(すなわちサンプルから遠い方)は、上記目的のために使用する膜ポンプに接続される。
【0071】
1.3.乾燥させた溶媒液滴を調べるための水噴射用の脱離イオン源の使用
溶液相のサンプルを滴下し、厚さ1mmのポリメタクリル酸メチルの表面5で乾燥させる。表面に向けられる液体噴射は、0.1%酢酸水溶液をHPLCポンプにより10μl/分の流速でノズルを通して送り込むことによって確立され、その場合、ノズル3から出る液体噴射が、サンプルの表面に対して70度の衝突角度を有するようにする。サンプル及びノズルは、図示した収集角度が20度になるように位置決めされる。他の実験の詳細を表1に要約する。
【0072】
【表1】

【0073】
表面で堆積及び乾燥させたサンプル6が、3D線形移動用のステージ・システムを用いることによって連続的に調べられる。図5は、溶液の小滴として表面に堆積させた100ngのブラジキニンの質量スペクトルを示し、図6は溶液の小滴として表面に堆積させた10ngのシトクロムCの質量スペクトルを示している。スペクトルは、エレクトロスプレー・イオン化によって得られる化合物のスペクトルと高い類似性を示し、スペクトルの解釈は同じ一般的な規則に基づいて行われる。噴射による脱離のスペクトルの特徴とエレクトロスプレーのスペクトルの特徴との間の類似性は、イオンの生成が事実上、多価に帯電した液滴から行われることに関連付けられる。エレクトロスプレーと比較した噴射による脱離イオン化の主な利点の1つは、高処理量の分析(1分あたり10を超えるサンプル)の場合の相互汚染が完全になくなることである。
【0074】
「実施例2」
サンプル内の特定化合物の濃度の空間的分布を決める質量分析のための水噴射用の脱離イオン源
2.1.サンプル内の特定化合物の濃度の空間的分布を決める質量分析のための水噴射用の脱離イオン源は、以下の部品を備えている:
HPLCポンプ(Jasco)、
外径1.5875mm(1/16’’)および内径1mmのステンレス鋼の管(一端が0.2mmの長さの溶接によって塞がれ、塞がれた部分にレーザ・ドリルによって貫通穴をあけ、直径1μmの円形断面のオリフィスを形成する)(11)、
コネクタ(Swagelok社、Upchurch社)(13)、
シール(Swagelok社、Upchurch社)(14)、
3D線形移動用のコンピュータ制御の2つの移動ステージ(Newport社)、
1方向の回転用の回転ステージ(Newport社)、
高圧電源(Bertan社)(4)、
外径1.5875mm(1/16’’)および内径1mmのHDPEの管17、
膜ポンプ、
質量分析計(Thermo Finnigan LCQ Duo)。
【0075】
2.2.サンプル内の特定化合物の濃度の空間的分布を決めるための水噴射用の脱離イオン源の構造
装置の概略図を図3に示す。ノズル3の中で終わるステンレス鋼の管11は、HDPEの管を通してHPLCポンプに接続される。ステンレス鋼の管の端部は回転ステージに取り付けられ、前記回転ステージは、ステンレス鋼の管が移動ステージから電気的に分離されるように、3D線形移動用のステージ・システムに取り付けられる。前記移動用のステージ・システムは、適切なボルトを用いて、質量分析計の大気のインターフェース部分に取り付けられた供給源の台に取り付けられる。高圧電源4の電気出口は、前記ステンレス鋼の管11に接続される。
【0076】
ポリエチレンで製造されたサンプルの保持体プレートが、適切なねじを用いて、他の3D線形移動用のステージ・システムに取り付けられる。3D線形移動用のステージ・システムは、図2に定める形状パラメータが設定されるように、やはり前記供給源の台に取り付けられる。
【0077】
過剰な液体を表面から除去するために用いられるHDPEの管17は、HDPEの管の端部がノズルから1mmの距離になるように取り付けられる。HDPEの管17の遠位端(すなわちサンプルから遠い方)は、前記目的のために使用する膜ポンプに接続される。
【0078】
2.3.サンプル内の特定化合物の濃度の空間的分布を決めるための水噴射用の脱離イオン源の使用
例えば生物組織の精査など、必要に応じてサンプル6をサンプルの保持体プレートに載せて固定する。装置に対して表2に挙げた動作パラメータを設定し、図3に19として示すように、サンプルをノズル及び質量分析計に対して10μm/秒の速度で相対的に移動させる。表面を走査する間、質量スペクトルが連続的に得られる。厚さ10〜50μmのサンプルの上層18は完全に切除されるため、サンプルが完全に使い尽くされるまで走査を繰り返すことができる。コンピュータ制御の移動ステージによって、収集されたデータを元の位置と対比して示すことができる。そのため、特定成分の空間的な濃度分布の測定が可能である。図7は、図示した装置によって得られたラットの脳部の質量スペクトルを示している。
【0079】
【表2】

【0080】
「実施例3」
水噴射による脱離に基づく外科用装置
3.1.水噴射による脱離に基づく外科用装置は、以下の部品を備えている(装置を図4に示す)。
HPLCポンプ(Jasco社)、
外径1.5875mm(1/16’’)および内径1mmのステンレス鋼の管(11)、
コネクタ(Swagelok社、Upchurch社)(13)、
シール(Swagelok社、Upchurch社)(14)、
1〜5μmの内径を有する引かれたシリカの毛管ノズル(3)、
高圧電源(Bertan)(4)、
外径1.5875mm(1/16’’)および内径1mmのHDPEの管(17)、
膜ポンプ、
質量分析計(Thermo Finnigan LCQ Duo社)。
【0081】
3.2.噴射による脱離に基づく外科用装置の構造
0.32mmの外径及び10μmの内径を有する溶融石英の毛管が、一端(3)において1μmの外径まで引かれ、その他端は、HPLCポンプに接続された1.5875mm(1/16’’)の外径を有するHDPEの管に接続される。1mの長さ、3.175mm(1/8’’)の外径及び2mmの内径を有する銅管(20)が、質量分析計の入口に接続され、銅管(20)は、ヒータ(21)及び温度計(22)を備えている。ヒータ及び温度計は、電子式の温度制御装置に接続される。
【0082】
ノズル、質量分析計に接続された銅管、及び過剰な水を吸引するためのHDPEの管が、PEEKポリマー材料で製造されたホルダ(19)に埋め込まれる。
【0083】
3.3.噴射による脱離に基づく外科用装置の使用
HPLCポンプのスイッチを入れると、装置は、例えば生物組織などの任意の柔らかい物体を切断できる。図4に示すように、液体噴射は、サンプル(6)の表面に時間の関数として深さが増大する空洞(23)を形成し、装置を横方向に移動させると、サンプルの物体が切断される。装置によって組織に関する適切な化学的情報を生成するためには、表3に挙げたパラメータが最適であることが分かった。図8は、外科的処置の過程におけるラットの心臓について、装置によって記録された質量スペクトルを示している。
【0084】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0085】
これまでに言及したように、本発明は、化学産業、環境分析、診断、生体液、組織、代謝、マーカ化合物、腫瘍マーカの研究、一般医療、外科学、バクテリア/ウイルス・マーカの研究、薬物レベルの同定、組織サンプルの研究、薬理学(ADME、毒物学)、職場の健康/安全、法医毒物学、製薬/食品業界の毒物学、組織学、生理学/生化学の研究、材料科学(プラスチック、複合材、冶金学上の用途)、考古学(年代測定、顔料の研究、起源測定)、微生物学(ヒト及び自然サンプルからのバクテリア、菌類の検出)など、様々な産業分野で利用することができる。
【符号の説明】
【0086】
A 脱離ユニット
1 液体噴射
2 液体
2B 液体を移動させるための管
3 ノズル
4 電位差を発生させるための装置
5 表面体
6 サンプル
7 液体の液滴
8 イオン又はイオンに変換可能なサンプル粒子
9 サンプル収集装置ユニット
10 分析装置ユニット
11 管
12 ねじ止め式ホルダ
13 コネクタ
14 シール
15 衝突角度
16 収集角度
17 排液管
18 サンプルの上面
19 ホルダ
20 分析装置ユニットに接続された管
20A 分析装置ユニットに接続された管の出口
21 ヒータ
22 温度計
23 サンプルにあけられた空洞


【特許請求の範囲】
【請求項1】
凝縮相のサンプルのある特定の成分を気体状イオンに変換し、該気体状イオンを分析するための方法であって、イオン又はイオンに変換可能なサンプル粒子を、脱離ユニットから放出された分析ビームによってサンプルから移動させ、得られた前記気体状イオンを分析する方法において、該方法が、
分析ビームとして液体の噴射を行う段階と、
前記液体が表面に衝突する際に形成される液滴の液体を蒸発させる、又は蒸発させることができるようにする段階とを含み、
必要に応じて、前記分析の前に、前記液体の液滴、又は前記液体の蒸発によって得られた前記サンプル粒子をイオン化させる、前記方法。
【請求項2】
水、水溶液又は他の任意の極性溶媒、或いはそれらの任意の混合物を、前記液体噴射の液体成分として利用する請求項1に記載された方法。
【請求項3】
分析装置ユニットと、等電位の前記液体噴射及びサンプルとの間に電位差を加える請求項1又は請求項2に記載された方法。
【請求項4】
分析装置ユニットとして、質量分析計又はイオン移動度分光計を利用する請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項5】
得られた前記気体状イオンを、サンプル収集装置ユニットを通して分析装置ユニットへ移動させる請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項6】
前記液滴又は移動させたサンプル粒子を、分析装置ユニットとサンプルとの間でイオン化させる請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項7】
前記サンプルを表面に堆積させる請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項8】
前記サンプルの温度を、外部から冷却又は加熱によって制御する請求項1から請求項7までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項9】
前記液体の噴射から生じ、分析装置ユニットに移動されなかった過剰な液体を、前記方法の間に、吸引によって除去する請求項1から請求項8までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項10】
前記液体の噴射のまわりに高速のガスの覆いを生成する請求項1から請求項9までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項11】
複数の液体噴射を噴射する請求項1から請求項10までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項12】
前記サンプルの組成の空間的分布を測定するために、1つ又は複数の前記脱離ユニットを前記サンプルに対して移動させる請求項1から請求項11までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項13】
前記サンプルの組成の空間的分布を測定するために、前記サンプルを1つ又は複数の前記脱離ユニットに対して移動させる請求項1から請求項11までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項14】
前記サンプルの組成の深さ方向の分布を測定するために、前記液体噴射を用いて前記サンプルに切り込む請求項1から請求項13までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項15】
前記サンプルが生物組織である請求項1から請求項14までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項16】
前記サンプルを周知の外科的方法によって露出させる請求項15に記載された方法。
【請求項17】
前記液滴、及び前記液体噴射と前記サンプルとの相互作用により生成されたサンプル粒子を、必要に応じてイオン化後に、気体を流動させる方法によって前記分析装置ユニットへ移動させる請求項1から請求項16までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項18】
前記サンプルの特定成分と反応する化合物を前記液体噴射に混合する請求項1から請求項17までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項19】
大気圧とは異なる圧力条件下で実施される請求項1から請求項18までのいずれか1項に記載された方法。
【請求項20】
凝縮相のサンプルの成分を気体状イオンに変換するための装置において、該装置が、
サンプル(6)を保持するための表面体(5)と、
サンプル(6)からイオン、又はイオンに変換可能なサンプル粒子(8)を移動させるための、少なくとも1つの脱離ユニット(A)と、
サンプル収集装置ユニット(9)と、
分析装置ユニット(10)と
を含み、前記脱離ユニット(A)が、液体の噴射(1)を供給するノズル(3)、および液体(2)を移動させるための管(2B)を有し、前記管が前記ノズル(3)に接続され、前記ノズル(3)が前記サンプル(6)を保持するための前記表面体(5)に向けられることを特徴とする装置。
【請求項21】
前記液体が、水、水溶液又は他の任意の極性溶媒、或いはそれらの任意の混合物である請求項20に記載された装置。
【請求項22】
前記液体噴射(1)と前記表面体(5)との間に電位差を発生させるための装置(4)を有する請求項20又は請求項21に記載された装置。
【請求項23】
前記分析装置ユニット(10)が、質量分析計又はイオン移動度分光計である請求項20から請求項22までのいずれか1項に記載された装置。
【請求項24】
前記サンプル収集装置ユニット(9)の出口(9A)が、表面体(5)のすぐ近くに配置される請求項20から請求項23までのいずれか1項に記載された装置。
【請求項25】
前記液体(2)を蒸発させるためのユニットが、前記表面体(5)と前記分析装置ユニット(10)との間に配置される請求項20から請求項24までのいずれか1項に記載された装置。
【請求項26】
サンプル粒子(8)をイオン化するためのユニットが、前記表面体(5)と前記分析装置ユニット(10)との間に配置される請求項20から請求項25までのいずれか1項に記載された装置。
【請求項27】
少なくとも1つの前記脱離ユニット(A)が、前記サンプル(6)に対する位置制御装置を有するか、又は
前記サンプル(6)を保持するための前記表面体(5)が、前記脱離ユニット(A)に対する位置制御装置を有する請求項20から請求項26までのいずれか1項に記載された装置。
【請求項28】
サンプルに空洞を作るか又はサンプルを切断するために用いることのできる、凝縮相のサンプルの成分を気体状イオンに変換するための装置において、該装置が、
サンプル(6)からイオン、又はイオンに変換可能なサンプル粒子(8)を移動させるための、少なくとも1つの脱離ユニット(A)と、
サンプル収集装置(9)の一部であり、分析装置ユニットに接続される管(20)と
を含み、前記脱離ユニット(A)が、液体噴射(1)を供給するノズル(3)、及び液体(2)を移動させるための管(2B)を有し、前記管が前記ノズル(3)に接続され、前記脱離ユニット(A)及び分析装置ユニットに接続された前記管(20)が、ホルダ(19)によって互いに固定されることを特徴とする装置。
【請求項29】
前記液体が、水、水溶液又は他の任意の極性溶媒、或いはそれらの任意の混合物である請求項28に記載された装置。
【請求項30】
前記液体噴射(1)と、分析装置ユニットに接続された前記管(20)との間に電位差を発生させるための装置(4)を有する請求項28又は請求項29に記載された装置。
【請求項31】
分析装置ユニットに接続された前記管(20)の出口(20A)が、前記ノズル(3)のすぐ近くに配置される請求項28から請求項30までのいずれか1項に記載された装置。
【請求項32】
前記サンプル収集装置ユニット(9)、又は分析装置ユニットに接続された前記管(20)が、ヒータ(21)及び温度計(22)を有する請求項28から請求項31までのいずれか1項に記載された装置。
【請求項33】
前記サンプル収集装置ユニット(9)、又は分析装置ユニットに接続された前記管(20)が、前記サンプル粒子(8)をイオン化させるための装置を有する請求項28から請求項32までのいずれか1項に記載された装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2009−539093(P2009−539093A)
【公表日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−512686(P2009−512686)
【出願日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際出願番号】PCT/HU2007/000049
【国際公開番号】WO2007/138371
【国際公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【出願人】(508355080)
【Fターム(参考)】