液体噴射ヘッド、及び液体噴射装置
【課題】環境負荷が小さく且つ新規な手法により比較的小さな電界で大きな圧電歪を得ることができる液体噴射ヘッド、及び液体噴射装置を提供する。
【解決手段】少なくともビスマス、バリウム、鉄、及びチタンを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物からなる圧電体層70と、圧電体層70に電界を印加する電極60,80と、を具備する圧電素子300を備えた液体噴射ヘッドIであって、圧電体層70は、引張り応力により菱面晶から単斜晶へ変化しており、駆動時において、電界を印加することにより圧電体層70が単斜晶から菱面晶へ変化する。
【解決手段】少なくともビスマス、バリウム、鉄、及びチタンを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物からなる圧電体層70と、圧電体層70に電界を印加する電極60,80と、を具備する圧電素子300を備えた液体噴射ヘッドIであって、圧電体層70は、引張り応力により菱面晶から単斜晶へ変化しており、駆動時において、電界を印加することにより圧電体層70が単斜晶から菱面晶へ変化する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電材料からなる圧電体層及び電極を有する圧電素子を具備し、ノズル開口から液滴を吐出させる液体噴射ヘッド、及び液体噴射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子としては、電気−機械変換機能を呈する圧電材料、例えば、結晶化した誘電材料からなる圧電体層を、2つの電極で挟んで構成されたものがある。このような圧電素子は、例えば撓み振動モードのアクチュエーター装置として液体噴射ヘッドに搭載される。ここで、液体噴射ヘッドの代表例としては、例えば、インク滴を吐出するノズル開口と連通する圧力発生室の一部を振動板で構成し、この振動板を圧電素子により変形させて圧力発生室のインクを加圧してノズル開口からインク滴として吐出させるインクジェット式記録ヘッドがある。
【0003】
このような圧電素子を構成する圧電体層として用いられる圧電材料には高い圧電特性が求められており、圧電材料の代表例として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が挙げられる(特許文献1参照)。しかしながら、チタン酸ジルコン酸鉛には鉛が含まれており、環境問題の観点から、鉛を含有しない圧電材料が求められているが、PZTほど高い圧電特性が得られないという問題がある。
【0004】
圧電特性の大小を表す指標として、一般的に圧電定数(d33)が使用される。下付きの数字は方位を表し、前記33であれば、圧力と電圧方位が同一方向であることを示す。圧電定数(d33)は、電気機械結合係数(k33)、比誘電率(ε33T)、及びヤング率(E)と以下の関係式で表されることが知られている。
【0005】
【0006】
式1によると、圧電定数は比誘電率の平方根に比例する。このため、比誘電率が1000〜2000と大きいPZTは高い圧電定数を示す。
【0007】
一方、鉛を含有しない圧電材料として知られている、鉄酸ビスマス(BF)とチタン酸バリウム(BaTiO3(BT))の混晶である(1−x)BF−xBTは、x=0.7〜0.8で比誘電率が極大となり、前記組成領域で高い圧電特性を示すことが報告されている(特許文献2、特許文献3参照)。
【0008】
しかしながら、種々検討した結果、上記組成範囲では、比誘電率はεr≦600であり、(式1)より、BF−BTの電気機械結合係数及びヤング率がPZTと同等と仮定した場合でも、BF−BTの圧電定数はPZTの約60%にとどまることがわかった。
【0009】
また、このような非鉛圧電材料について、強誘電体−反強誘電体相転移を利用した圧電素子(特許文献4参照)や、対称性の変化を伴う構造相転移(特許文献5参照)を利用した圧電素子、及び非180°ドメイン回転を利用した圧電素子(特許文献6参照)が報告されている。これらはいわゆる圧電効果/逆圧電効果、すなわち真性(intrinsic)圧電歪とは別現象であり、(式1)が成り立たない。すなわち、低い比誘電率であっても大きな圧電歪を示すことができる。このため、これらは総称して外因性(extrinsic)圧電歪と呼ばれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2001−223404号公報
【特許文献2】特開2009−242229号公報
【特許文献3】特開2009−252789号公報
【特許文献4】特開2011−097002号公報
【特許文献5】特開2009−242229号公報
【特許文献6】特開2004−363557号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述した外因性圧電歪を利用する方法では、それぞれにおいて組成が制限され、また、外因性圧電歪を起こさせるために大きな電界が必要になるなどの問題がある。よって、新たな手法により、できるだけ小さな電界で大きな圧電歪を得る技術が求められている。
【0012】
なお、このような問題は、インクジェット式記録ヘッドだけではなく、勿論、インク以外の液滴を吐出する他の液体噴射ヘッドにおいても同様に存在し、また、液体噴射ヘッド以外に用いられる圧電素子においても同様に存在する。
【0013】
本発明はこのような事情に鑑み、環境負荷が小さく且つ新規な手法により比較的小さな電界で大きな圧電歪を得ることができる液体噴射ヘッド、及び液体噴射装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決する本発明の態様は、少なくともビスマス、バリウム、鉄、及びチタンを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物からなる圧電体層と、前記圧電体層に電界を印加する電極と、を具備する圧電素子を備えた液体噴射ヘッドであって、前記圧電体層は、引張り応力により菱面晶から単斜晶へ変化しており、駆動時において、電界を印加することにより前記圧電体層が単斜晶から菱面晶へ変化する液体噴射ヘッドにある。
かかる態様では、鉛の含有量が少なく、且つ従来とは異なる組成で電界誘起相転移による駆動を行うことができ、また、比較的低電圧で比較的大きな歪を得ることができる液体噴射ヘッドを実現することができる。
【0015】
ここで、前記複合酸化物は、マンガンをさらに含むのが好ましい。これによれば、リーク特性に優れた圧電体層とすることができる。
【0016】
本発明の他の態様は、上記液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置にある。
かかる態様では、鉛の含有量が少なく、且つ従来とは異なる組成で電界誘起相転移による駆動を行うことができ、また、比較的低電圧で比較的大きな歪を得ることができるため、環境への負荷を低減し且つ信頼性に優れた液体噴射装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施形態1に係る記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図。
【図2】実施形態1に係る記録ヘッドの平面図。
【図3】実施形態1に係る記録ヘッドの断面図。
【図4】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図5】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図6】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図7】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図8】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図9】xBFO−(1−x)BTの各種組成に対する構造安定性を示す図。
【図10】x=0.75及び0.875における結晶歪に対する結晶の安定性の図。
【図11】転移歪の組成依存性を示す図。
【図12】x=0.85における各種外部応力における転移電圧の膜厚依存性の図。
【図13】実験例のP−E曲線を示す図。
【図14】一実施形態に係るインクジェット式記録装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図であり、図2は、図1の平面図であり、図3は図2のA−A′線断面図である。図1〜図3に示すように、本実施形態の流路形成基板10は、シリコン単結晶基板からなり、その一方の面には二酸化シリコンからなる弾性膜50が形成されている。
【0019】
流路形成基板10には、複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、連通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14及び連通路15を介して連通されている。連通部13は、後述する保護基板のマニホールド部31と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールドの一部を構成する。インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。なお、本実施形態では、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。本実施形態では、流路形成基板10には、圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15からなる液体流路が設けられていることになる。
【0020】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0021】
一方、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、例えば厚さ30〜50nm程度の酸化チタン等からなり、弾性膜50等の第1電極60の下地との密着性を向上させるための密着層56が設けられている。なお、弾性膜50上に、必要に応じて酸化ジルコニウム等からなる絶縁体膜が設けられていてもよい。
【0022】
さらに、この密着層56上には、第1電極60と、厚さが3μm以下、好ましくは0.3〜1.5μmの薄膜である圧電体層70と、第2電極80とが、積層形成されて、圧力発生室12に圧力変化を生じさせる圧力発生手段としての圧電素子300を構成している。ここで、圧電素子300は、第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。本実施形態では、第1電極60を圧電素子300の共通電極とし、第2電極80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。また、ここでは、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動により変位が生じる振動板とを合わせてアクチュエーター装置と称する。なお、上述した例では、弾性膜50、密着層56、第1電極60及び必要に応じて設ける絶縁体膜が振動板として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、例えば、弾性膜50や密着層56を設けなくてもよい。また、圧電素子300自体が実質的に振動板を兼ねるようにしてもよい。
【0023】
ここで、図3に示すように、本実施形態の第1電極60は、例えば、白金からなる配線層61と、配線層61上に形成されたニッケル酸ランタン層(LNO層)62との二層から構成されるものである。
【0024】
かかるニッケル酸ランタン層62は、酢酸ランタン5mmol、及び酢酸ニッケル5mmol、無水酢酸25mL、及び水5mLを混合し、60℃で1時間加熱還流することで作製した、LNO前駆体溶液を用いて形成されているものである。ニッケル酸ランタン層62は、結晶の配向面が(001)面に優先配向(自然配向)する。
【0025】
また、本実施形態では、配線層61は、白金からなる白金層としたが、これに限定されず、例えば、イリジウム、酸化イリジウムを含む酸化イリジウム層、白金層と酸化イリジウム層の積層構造等が挙げられる。
【0026】
配線層61の厚さは特に限定されないが、例えば、10〜300nm程度とすればよい。また、ニッケル酸ランタン層62の厚さも特に限定されないが、例えば10〜100nm程度とすればよい。本実施形態では、配線層61の厚さを100nmとし、ニッケルランタン層の厚さを40nmとした。
【0027】
そして、本実施形態においては、圧電体層70を構成する圧電材料は、ビスマス(Bi)、鉄(Fe)、バリウム(Ba)及びチタン(Ti)を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物である。ペロブスカイト構造、すなわち、ABO3型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっている。このAサイトにBi及びBaが、BサイトにFe及びTiが位置している。本実施形態では、圧電体層70は、(100)面に優先配向している。
【0028】
このようなBi,Fe,Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物は、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物、または、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体として表される。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマスや、チタン酸バリウムは、単独では検出されないものである。
【0029】
ここで、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムは、それぞれペロブスカイト構造を有する公知の圧電材料であり、それぞれ種々の組成のものが知られている。例えば、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムとして、BiFeO3やBaTiO3以外に、元素が一部欠損する又は過剰であったり、元素の一部が他の元素に置換されたものも知られているが、本発明で鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムと表記した場合、基本的な特性が変わらない限り、欠損・過剰により化学量論の組成からずれたものや元素の一部が他の元素に置換されたものも、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムの範囲に含まれるものとする。
【0030】
このようなペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70の組成は、例えば、下記一般式(1)で表される混晶として表される。また、この式(1)は、下記一般式(1’)で表すこともできる。ここで、一般式(1)及び一般式(1’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成のずれは勿論、元素の一部置換等も許容される。例えば、化学量論比が1とすると、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。
【0031】
(1−x)[BiFeO3]−x[BaTiO3] (1)
(0<x<0.40)
(Bi1−xBax)(Fe1−xTix)O3 (1’)
(0<x<0.40)
【0032】
また、圧電体層70を構成する複合酸化物は、Bi、Fe、Ba及びTi以外の元素を含んでいてもよい。他の元素としては、Mn及びCoからなる群から選択される少なくとも一種が挙げられる。勿論、他の元素を含む複合酸化物である場合も、ペロブスカイト構造を有する必要がある。
【0033】
圧電体層70が、MnやCoを含む場合、Mn、CoはBサイトに位置し、Mn、Coが上記Bサイトに存在するFeの一部を置換した構造の複合酸化物であると推測される。例えば、Mn乃至Coを含む場合、圧電体層70を構成する複合酸化物は、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体のFeの一部がMn乃至Coで置換された構造、又は、鉄酸マンガン酸ビスマス乃至鉄酸コバルト酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物として表され、基本的な特性は鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物と同じであるが、リーク特性が向上するものである。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウム、鉄酸マンガン酸ビスマス、鉄酸コバルト酸ビスマスは、単独では検出されないものである。
【0034】
このようなBi、Fe、Ba及びTiに加えてMn、Coも含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70は、例えば、下記一般式(2)で表される混晶である。また、この式(2)は、下記一般式(2’)で表すこともできる。ここで、一般式(2)及び一般式(2’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成ずれは許容される。
【0035】
(1−x)[Bi(Fe1−yMny)O3]−x[BaTiO3] (2)
(x=0.95、y=0.05)
(Bi1−xBax)((Fe1−yMy)1−xTix)O3 (2’)
(x=0.95、y=0.05)
【0036】
本実施形態の圧電体層70は、詳細は後述するが、引張り応力により菱面晶から単斜晶へ変化しており、駆動時において、電界を印加することにより単斜晶から菱面晶へ変化する。すなわち、圧電体層70は、本来、菱面晶になる組成であるが、基板から引張り応力(外部歪)を受けて単斜晶となっている。そして、かかる圧電体層70は、例えば、20Vの駆動電圧で駆動することにより、駆動の際に単斜晶から菱面晶へ相転移が生じる。すなわち、圧電体層70を含む圧電素子300は、通常では菱面晶になる組成であるが、引駆動状態において基板からの引張り応力を与えることにより単斜晶とし、駆動により電界誘起歪が生じるようにしたものであり、結果的に大きな歪が得られる。
【0037】
このような圧電素子300の個別電極である各第2電極80には、インク供給路14側の端部近傍から引き出され、弾性膜50上や必要に応じて設ける絶縁体膜上にまで延設される、例えば、金(Au)等からなるリード電極90が接続されている。
【0038】
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上、すなわち、第1電極60、弾性膜50や必要に応じて設ける絶縁体膜及びリード電極90上には、マニホールド100の少なくとも一部を構成するマニホールド部31を有する保護基板30が接着剤35を介して接合されている。このマニホールド部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100を構成している。また、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割して、マニホールド部31のみをマニホールドとしてもよい。さらに、例えば、流路形成基板10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部材(例えば、弾性膜50、必要に応じて設ける絶縁体膜等)にマニホールド100と各圧力発生室12とを連通するインク供給路14を設けるようにしてもよい。
【0039】
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封されていても、密封されていなくてもよい。
【0040】
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0041】
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔33内に露出するように設けられている。
【0042】
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路120が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。
【0043】
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってマニホールド部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、マニホールド100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0044】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、弾性膜50、密着層56、第1電極60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0045】
次に、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法の一例について、図4〜図8を参照して説明する。なお、図4〜図8は、圧力発生室の長手方向の断面図である。
【0046】
まず、図4(a)に示すように、シリコンウェハーである流路形成基板用ウェハー110の表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン(SiO2)等からなる二酸化シリコン膜を熱酸化等で形成する。次いで、図4(b)に示すように、弾性膜50(二酸化シリコン膜)上に、酸化チタン等からなる密着層56を、スパッタリング法や熱酸化等で形成する。
【0047】
次に、図5(a)に示すように、密着層56の上に、白金、イリジウム、酸化イリジウム又はこれらの積層構造等からなる配線層61をスパッタリング法や蒸着法等により全面に形成し、さらに、配線層61上にLNO層62をスパッタリング法や蒸着法又は化学溶液法などにより形成し、第1電極60とする。次に、図5(b)に示すように、第1電極60上に所定形状のレジスト(図示無し)をマスクとして、密着層56及び第1電極60の側面が傾斜するように同時にパターニングする。
【0048】
次いで、レジストを剥離した後、この第1電極60上に、圧電体層70を積層する。圧電体層70の製造方法は特に限定されないが、例えば、金属錯体を含む溶液を塗布乾燥し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる圧電体層(圧電体膜)を得るMOD(Metal−Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて圧電体層70を製造できる。その他、レーザーアブレーション法、スパッタリング法、パルス・レーザー・デポジション法(PLD法)、CVD法、エアロゾル・デポジション法など、液相法でも固相法で圧電体層70を製造することもできる。
【0049】
圧電体層70を化学溶液法で形成する場合の具体的な形成手順例としては、まず、図5(c)に示すように、第1電極60上に、金属錯体、具体的には、Bi、Fe、Ba及びTiを含有する金属錯体を含むMOD溶液やゾルからなる圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)を、スピンコート法などを用いて塗布して圧電体前駆体膜71を形成する(塗布工程)。
【0050】
塗布する前駆体溶液は、焼成によりBi、Fe、Ba及びTiを含む複合酸化物を形成しうる金属錯体を混合し、該混合物を有機溶媒に溶解または分散させたものである。また、MnやCoを含む複合酸化物からなる圧電体層70を形成する場合は、さらに、MnやCoを有する金属錯体を含有する前駆体溶液を用いる。Bi、Fe、Ba、Tiをそれぞれ含む金属錯体や、必要に応じて混合するMnやCoを有する金属錯体の混合割合は、各金属が所望のモル比となるように混合すればよい。Bi、Fe、Ba、Ti、Mn、Coをそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸ビスマス、酢酸ビスマスなどが挙げられる。Feを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸鉄、酢酸鉄、トリス(アセチルアセトナート)鉄などが挙げられる。Baを含む金属錯体としては、例えばバリウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸バリウム、バリウムアセチルアセトナートなどが挙げられる。Tiを含有する金属錯体としては、例えばチタニウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸チタン、チタン(ジ−i−プロポキシド)ビス(アセチルアセトナート)などが挙げられる。Mnを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸マンガン、酢酸マンガンなどが挙げられる。Coを含む有機金属化合物としては、例えば2−エチルヘキサン酸コバルト、コバルト(III)アセチルアセトナートなどが挙げられる。勿論、Bi、Fe、Ba、Tiや、必要に応じて含有させるMn、Coを二種以上含む金属錯体を用いてもよい。また、前駆体溶液の溶媒としては、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、オクタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、オクタン、デカン、シクロヘキサン、キシレン、トルエン、テトラヒドロフラン、酢酸、2−エチルヘキサン酸などが挙げられる。
【0051】
次いで、この圧電体前駆体膜71を所定温度(例えば、150〜200℃)に加熱して一定時間乾燥させる(乾燥工程)。次に、乾燥した圧電体前駆体膜71を所定温度(例えば、350〜450℃)に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。ここで言う脱脂とは、圧電体前駆体膜71に含まれる有機成分を、例えば、NO2、CO2、H2O等として離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。なお、塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を複数回行ってもよい。
【0052】
次に、図6(a)に示すように、圧電体前駆体膜71を所定温度、例えば600〜850℃程度に加熱して、一定時間、例えば、1〜10分間保持することによって結晶化させ、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体膜72を形成する(焼成工程)。この焼成工程においても、雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。
【0053】
次いで、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数の圧電体膜72からなる圧電体層70を形成することで、図6(b)に示すように複数層の圧電体膜72からなる所定厚さの圧電体層70を形成する。例えば、塗布溶液の1回あたりの膜厚が0.1μm程度の場合には、例えば、10層の圧電体膜72からなる圧電体層70全体の膜厚は約1.1μm程度となる。なお、本実施形態では、圧電体膜72を積層して設けたが、1層のみでもよい。
【0054】
このように圧電体層70を形成した後は、図7(a)に示すように、圧電体層70上に白金等からなる第2電極80をスパッタリング法等で形成し、各圧力発生室12に対向する領域に圧電体層70及び第2電極80を同時にパターニングして、第1電極60と圧電体層70と第2電極80からなる圧電素子300を形成する。なお、圧電体層70と第2電極80とのパターニングでは、所定形状に形成したレジスト(図示なし)を介してドライエッチングすることにより一括して行うことができる。その後、必要に応じて、例えば、600〜850℃の温度域でアニールを行ってもよい。これにより、圧電体層70と第1電極60や第2電極80との良好な界面を形成することができ、かつ、圧電体層70の結晶性を改善することができる。
【0055】
次に、図7(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の全面に亘って、例えば、金(Au)等からなるリード電極90を形成後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して各圧電素子300毎にパターニングする。
【0056】
次に、図7(c)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の圧電素子300側に、シリコンウェハーであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハー130を接着剤35を介して接合した後に、流路形成基板用ウェハー110を所定の厚さに薄くする。
【0057】
次に、図8(a)に示すように、流路形成基板用ウェハー110上に、マスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。
【0058】
そして、図8(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110をマスク膜52を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エッチング(ウェットエッチング)することにより、圧電素子300に対応する圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15等を形成する。
【0059】
その後は、流路形成基板用ウェハー110及び保護基板用ウェハー130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハー110の保護基板用ウェハー130とは反対側の面のマスク膜52を除去した後にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハー130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハー110等を図1に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIとする。
【0060】
ここで、LNO層62及び圧電体層70の成膜は以下の通り行った。
配線層61を設けた基板上に、LNO前駆体溶液を滴下し、2200rpmで基板を回転させてLNO前駆体膜を形成した(塗布工程1)。次に、180℃のホットプレート上で5分間加熱した後、400℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程1)。次に、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置を使用し、750℃で5分間焼成した(焼成工程1)。以上の工程により、厚さ40nmの(100)に配向したLNO層62を作製した。
【0061】
次に、LNO層62上にBFM−BT前駆体溶液を滴下し、3000rpmで基板を回転させてBFM−BT前駆体膜を形成した(塗布工程2)。続いて、150℃のホットプレート上で2分間加熱した後、350℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程2)。
【0062】
この塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2を3回繰り返した後に、RTA装置を使用し、650℃で3分間焼成した(焼成工程2)。また、塗布工程2から焼成工程2までを同様に2回繰り返すことで、厚さ541nmのBFM−BT膜からなる圧電体層70を作製した。
【0063】
ここで、本発明における圧電体層の組成を検討する。
(組成検討)
第一原理電子状態計算を、密度汎関数法に基づきLDA+U法により行った。図9にxBFO−(1−x)BTの各種組成に対する構造安定性を示す。xBFO−(1−x)BTは単斜晶と菱面晶の相境界であり、図9に示すように、BFO−BTは単斜晶と菱面晶のエネルギーが近接しており、特に、BFO比x=0.75及び0.875で近接していることがわかる。
【0064】
そこで、図10(a)及び(b)に BFO比x=0.75及び0.875における結晶歪に対する結晶の安定性を示す。図10の縦軸は、菱面晶(Rhombohedral)と単斜晶(Monoclinic)のエネルギー差であり、エネルギー差が小さい又はマイナス側(下方)では菱面晶が安定し、エネルギー差が大きい(上方)ほど単斜晶が安定していることを示す。また、横軸は面内の歪であり、マイナス側は圧縮歪、プラス側は引張り歪を示す。これにより、xBFO−(1−x)BTでは、ab面内に結晶が引き伸ばされた場合は単斜晶が、圧縮された場合は菱面晶が安定化されることがわかる。すなわち、このような組成では、歪による結晶歪により構造相転移が誘起される(歪誘起相転移)ことがわかる。ここで、歪誘起相転移に必要な結晶歪を、転移歪と定義する。
【0065】
図11に転移歪の組成依存性を示す。図11に示すように、x>0.848では引張り応力を、x<0.848では圧縮応力を印加することで、歪誘起相転移を誘起することができることがわかる。
【0066】
圧電体層の結晶歪は、電圧印加による逆圧電効果による歪(電界誘起歪)と、外部応力による変形(外部歪)があり、以下の関係が成り立つ。
(転移歪) = (電界誘起歪) + (外部歪)
【0067】
電界誘起歪は電圧で、外部歪は基板構成等で圧電体層に与える応力を変更することで制御可能である。加えて、前述の転移歪はab面内方位の歪であるため、電界誘起歪はd31モードを使用することが望ましい。
【0068】
BFO−BT薄膜の相境界近傍における圧電定数は、実験的にd33=50pm V−1である。加えて、(100)方位のBFO−BTのポアソン比は0.45である。このことから、d31は22.5pm V−1となる。
【0069】
したがって、例えばx=0.839、膜厚500nm、無電界状態での応力がゼロのBFO−BTにおいて20Vの電界印加で単斜晶から菱面晶への相転移が起こる。同様に、x=0.937、膜厚500nm、基板応力による外部歪が0.01であるBFO−BTでは、20Vの電界印加で単斜晶から菱面晶への相転移が起こる。
【0070】
図12に、x=0.85における、各種外部応力における転移電圧の膜厚依存性を示す。図12に示すように、外部応力、及び膜厚によって転移電圧を制御することができることが明らかとなった。
【0071】
従って、下記の関係式で表される転移電圧により、応力誘起相転移が誘起され、高い圧電歪を示す。
(|転移電圧|)={(転移歪)−(外部歪)}×(膜厚)/(d31)
【0072】
ただし、電界誘起歪は印加電圧に対しバタフライカーブの応答を示すため、上記式は(転移歪)−(外部歪)≧0においてのみ成り立つ。
【0073】
以上の結果より、通常、外部歪を無視して圧電体層を作製することができないが、『組成』及び『外部歪』を適正に制御することで、製造時の外部歪を相転移に利用することで、外部歪を転移歪とほぼ相殺することにより、結果的に相対的に低電圧で応力誘起相転移を誘起することができることになる。
【0074】
なお、BFOの鉄の一部をマンガンやコバルトで置換した組成においても、同様な相境界を示すことがわかっており、同様な設計が可能であることがわかっている。
【0075】
(実験例)
以下、実験例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。
【0076】
<LNO前駆体溶液合成>
酢酸ランタン5mmol、及び酢酸ニッケル5mmol、無水酢酸25mL、及び水5mLを混合し、60℃で1時間加熱還流することで、LNO前駆体溶液を作製した。
【0077】
<BFM−BT前駆体液合成>
2−エチルヘキサン酸を配位子に持つビスマス、鉄、マンガン、バリウム、チタンの液体原料を、溶解している金属のモル比でBi:Fe:Mn=100:95:5、且つBa:Ti=100:100、且つBFM:BT=95:5になるよう混合することで、BFM−BT前駆体溶液を合成した。
【0078】
<基板作製>
(110)単結晶シリコン(Si)基板の表面に熱酸化により膜厚1070nmの酸化シリコン(SiO2)膜を形成し、続いて、SiO2膜上にRFマグネトロンスパッター法により膜厚20nmのチタン膜を作製し、700℃で熱酸化することで膜厚40nmの酸化チタン膜を形成し、さらに、酸化チタン膜上にDCスパッター法により、(111)面に配向し膜厚130nmの白金膜(第1電極60)を形成したものを基板とした。
【0079】
<薄膜作製>
基板上にスピンコート法によりLNO膜、及びBFM−BT膜を形成した。
【0080】
まず、LNO前駆体溶液を基板上に滴下し、2200rpmで基板を回転させてLNO前駆体膜を形成した(塗布工程1)。次に、180℃のホットプレート上で5分間加熱した後、400℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程1)。次に、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置を使用し、750℃で5分間焼成した(焼成工程1)。以上の工程により、厚さ40nmの(100)に配向したLNO膜を作製した。
【0081】
次に、前記LNO膜上にBFM−BT前駆体溶液を滴下し、3000rpmで基板を回転させてBFM−BT前駆体膜を形成した(塗布工程2)。次に、150℃のホットプレート上で2分間加熱した後、350℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程2)。
【0082】
この塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2を3回繰り返した後に、RTA装置を使用し、650℃で3分間焼成した(焼成工程2)。また、塗布工程2から焼成工程までを同様に2回繰り返すことで、厚さ541nmの(100)優先配向のBFM−BT膜からなる圧電体層を作製した。
【0083】
<外部歪測定>
理学電気社製X線回折測定装置『ATX−G』を使用して、面直方向(out−plane)及び面内方向(in−plane)のX線回折パターンを測定し、結晶系を擬立方晶とみなしたときの(200)ピークから計算した格子定数から、結晶の外部歪を調べた。その結果、面内方向の格子定数は、面直方向の格子定数に対し1%大きいことが明らかとなった。すなわち、作製した圧電体層は、CSD法による体積収縮、及び基板とBFM−BTの線熱膨張係数差により、0.01の外部歪(引張り応力)を受けていることが明らかとなった。
【0084】
<P−E測定>
圧電体層について、東陽テクニカ社製「FCE−1A」で、φ=500μmの電極パターンを使用し、室温で周波数1kHzの三角波を印加して、分極量と電界の関係(P−E曲線)を求めた。このP−E曲線を図13に示す。
【0085】
図13に示すように、電圧により相転移を示す材料に特徴的なダブルヒステリシスが観測され、転移電圧は約20Vであった。これは、転移電圧により応力誘起相転移が発現していることを示す。
【0086】
この結果、x=0.937、膜厚500nm、外部応力(引張り応力)0.01の圧電体層においては、20Vの電界印加で単斜晶から菱面晶への相転移が起こることが確認され、上述した計算結果と非常に良い一致を示すことがあきらかとなった。
【0087】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明の基本的構成は上述したものに限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、流路形成基板10として、シリコン単結晶基板を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、SOI基板、ガラス等の材料を用いるようにしてもよい。
【0088】
さらに、上述した実施形態では、基板(流路形成基板10)上に第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を順次積層した圧電素子300を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、圧電材料と電極形成材料とを交互に積層させて軸方向に伸縮させる縦振動型の圧電素子にも本発明を適用することができる。
【0089】
また、これら実施形態のインクジェット式記録ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。図14は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。
【0090】
図14に示すインクジェット式記録装置IIにおいて、インクジェット式記録ヘッドIを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。
【0091】
そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラーなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8に巻き掛けられて搬送されるようになっている。
【0092】
なお、上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【0093】
また、本発明にかかる圧電素子は、液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子に限定されず、その他のデバイスにも用いることができる。その他のデバイスとしては、例えば、超音波発信器等の超音波デバイス、超音波モーター、温度−電気変換器、圧力−電気変換器、強誘電体トランジスター、圧電トランス、赤外線等の有害光線の遮断フィルター、量子ドット形成によるフォトニック結晶効果を使用した光学フィルター、薄膜の光干渉を利用した光学フィルター等のフィルターなどが挙げられる。また、センサーとして用いられる圧電素子、強誘電体メモリーとして用いられる圧電素子にも本発明は適用可能である。圧電素子が用いられるセンサーとしては、例えば、赤外線センサー、超音波センサー、感熱センサー、圧力センサー、焦電センサー、及びジャイロセンサー(角速度センサー)等が挙げられる。
【符号の説明】
【0094】
I インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、 II インクジェット式記録装置(液体噴射装置)、 10 流路形成基板、 12 圧力発生室、 13 連通部、 14 インク供給路、 20 ノズルプレート、 21 ノズル開口、 30 保護基板、 31 マニホールド部、 32 圧電素子保持部、 40 コンプライアンス基板、 50 弾性膜、 60 第1電極、 70 圧電体層、 80 第2電極、 90 リード電極、 100 マニホールド、 120 駆動回路、 300 圧電素子
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電材料からなる圧電体層及び電極を有する圧電素子を具備し、ノズル開口から液滴を吐出させる液体噴射ヘッド、及び液体噴射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子としては、電気−機械変換機能を呈する圧電材料、例えば、結晶化した誘電材料からなる圧電体層を、2つの電極で挟んで構成されたものがある。このような圧電素子は、例えば撓み振動モードのアクチュエーター装置として液体噴射ヘッドに搭載される。ここで、液体噴射ヘッドの代表例としては、例えば、インク滴を吐出するノズル開口と連通する圧力発生室の一部を振動板で構成し、この振動板を圧電素子により変形させて圧力発生室のインクを加圧してノズル開口からインク滴として吐出させるインクジェット式記録ヘッドがある。
【0003】
このような圧電素子を構成する圧電体層として用いられる圧電材料には高い圧電特性が求められており、圧電材料の代表例として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が挙げられる(特許文献1参照)。しかしながら、チタン酸ジルコン酸鉛には鉛が含まれており、環境問題の観点から、鉛を含有しない圧電材料が求められているが、PZTほど高い圧電特性が得られないという問題がある。
【0004】
圧電特性の大小を表す指標として、一般的に圧電定数(d33)が使用される。下付きの数字は方位を表し、前記33であれば、圧力と電圧方位が同一方向であることを示す。圧電定数(d33)は、電気機械結合係数(k33)、比誘電率(ε33T)、及びヤング率(E)と以下の関係式で表されることが知られている。
【0005】
【0006】
式1によると、圧電定数は比誘電率の平方根に比例する。このため、比誘電率が1000〜2000と大きいPZTは高い圧電定数を示す。
【0007】
一方、鉛を含有しない圧電材料として知られている、鉄酸ビスマス(BF)とチタン酸バリウム(BaTiO3(BT))の混晶である(1−x)BF−xBTは、x=0.7〜0.8で比誘電率が極大となり、前記組成領域で高い圧電特性を示すことが報告されている(特許文献2、特許文献3参照)。
【0008】
しかしながら、種々検討した結果、上記組成範囲では、比誘電率はεr≦600であり、(式1)より、BF−BTの電気機械結合係数及びヤング率がPZTと同等と仮定した場合でも、BF−BTの圧電定数はPZTの約60%にとどまることがわかった。
【0009】
また、このような非鉛圧電材料について、強誘電体−反強誘電体相転移を利用した圧電素子(特許文献4参照)や、対称性の変化を伴う構造相転移(特許文献5参照)を利用した圧電素子、及び非180°ドメイン回転を利用した圧電素子(特許文献6参照)が報告されている。これらはいわゆる圧電効果/逆圧電効果、すなわち真性(intrinsic)圧電歪とは別現象であり、(式1)が成り立たない。すなわち、低い比誘電率であっても大きな圧電歪を示すことができる。このため、これらは総称して外因性(extrinsic)圧電歪と呼ばれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2001−223404号公報
【特許文献2】特開2009−242229号公報
【特許文献3】特開2009−252789号公報
【特許文献4】特開2011−097002号公報
【特許文献5】特開2009−242229号公報
【特許文献6】特開2004−363557号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述した外因性圧電歪を利用する方法では、それぞれにおいて組成が制限され、また、外因性圧電歪を起こさせるために大きな電界が必要になるなどの問題がある。よって、新たな手法により、できるだけ小さな電界で大きな圧電歪を得る技術が求められている。
【0012】
なお、このような問題は、インクジェット式記録ヘッドだけではなく、勿論、インク以外の液滴を吐出する他の液体噴射ヘッドにおいても同様に存在し、また、液体噴射ヘッド以外に用いられる圧電素子においても同様に存在する。
【0013】
本発明はこのような事情に鑑み、環境負荷が小さく且つ新規な手法により比較的小さな電界で大きな圧電歪を得ることができる液体噴射ヘッド、及び液体噴射装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決する本発明の態様は、少なくともビスマス、バリウム、鉄、及びチタンを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物からなる圧電体層と、前記圧電体層に電界を印加する電極と、を具備する圧電素子を備えた液体噴射ヘッドであって、前記圧電体層は、引張り応力により菱面晶から単斜晶へ変化しており、駆動時において、電界を印加することにより前記圧電体層が単斜晶から菱面晶へ変化する液体噴射ヘッドにある。
かかる態様では、鉛の含有量が少なく、且つ従来とは異なる組成で電界誘起相転移による駆動を行うことができ、また、比較的低電圧で比較的大きな歪を得ることができる液体噴射ヘッドを実現することができる。
【0015】
ここで、前記複合酸化物は、マンガンをさらに含むのが好ましい。これによれば、リーク特性に優れた圧電体層とすることができる。
【0016】
本発明の他の態様は、上記液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置にある。
かかる態様では、鉛の含有量が少なく、且つ従来とは異なる組成で電界誘起相転移による駆動を行うことができ、また、比較的低電圧で比較的大きな歪を得ることができるため、環境への負荷を低減し且つ信頼性に優れた液体噴射装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施形態1に係る記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図。
【図2】実施形態1に係る記録ヘッドの平面図。
【図3】実施形態1に係る記録ヘッドの断面図。
【図4】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図5】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図6】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図7】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図8】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図9】xBFO−(1−x)BTの各種組成に対する構造安定性を示す図。
【図10】x=0.75及び0.875における結晶歪に対する結晶の安定性の図。
【図11】転移歪の組成依存性を示す図。
【図12】x=0.85における各種外部応力における転移電圧の膜厚依存性の図。
【図13】実験例のP−E曲線を示す図。
【図14】一実施形態に係るインクジェット式記録装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図であり、図2は、図1の平面図であり、図3は図2のA−A′線断面図である。図1〜図3に示すように、本実施形態の流路形成基板10は、シリコン単結晶基板からなり、その一方の面には二酸化シリコンからなる弾性膜50が形成されている。
【0019】
流路形成基板10には、複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、連通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14及び連通路15を介して連通されている。連通部13は、後述する保護基板のマニホールド部31と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールドの一部を構成する。インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。なお、本実施形態では、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。本実施形態では、流路形成基板10には、圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15からなる液体流路が設けられていることになる。
【0020】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0021】
一方、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、例えば厚さ30〜50nm程度の酸化チタン等からなり、弾性膜50等の第1電極60の下地との密着性を向上させるための密着層56が設けられている。なお、弾性膜50上に、必要に応じて酸化ジルコニウム等からなる絶縁体膜が設けられていてもよい。
【0022】
さらに、この密着層56上には、第1電極60と、厚さが3μm以下、好ましくは0.3〜1.5μmの薄膜である圧電体層70と、第2電極80とが、積層形成されて、圧力発生室12に圧力変化を生じさせる圧力発生手段としての圧電素子300を構成している。ここで、圧電素子300は、第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。本実施形態では、第1電極60を圧電素子300の共通電極とし、第2電極80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。また、ここでは、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動により変位が生じる振動板とを合わせてアクチュエーター装置と称する。なお、上述した例では、弾性膜50、密着層56、第1電極60及び必要に応じて設ける絶縁体膜が振動板として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、例えば、弾性膜50や密着層56を設けなくてもよい。また、圧電素子300自体が実質的に振動板を兼ねるようにしてもよい。
【0023】
ここで、図3に示すように、本実施形態の第1電極60は、例えば、白金からなる配線層61と、配線層61上に形成されたニッケル酸ランタン層(LNO層)62との二層から構成されるものである。
【0024】
かかるニッケル酸ランタン層62は、酢酸ランタン5mmol、及び酢酸ニッケル5mmol、無水酢酸25mL、及び水5mLを混合し、60℃で1時間加熱還流することで作製した、LNO前駆体溶液を用いて形成されているものである。ニッケル酸ランタン層62は、結晶の配向面が(001)面に優先配向(自然配向)する。
【0025】
また、本実施形態では、配線層61は、白金からなる白金層としたが、これに限定されず、例えば、イリジウム、酸化イリジウムを含む酸化イリジウム層、白金層と酸化イリジウム層の積層構造等が挙げられる。
【0026】
配線層61の厚さは特に限定されないが、例えば、10〜300nm程度とすればよい。また、ニッケル酸ランタン層62の厚さも特に限定されないが、例えば10〜100nm程度とすればよい。本実施形態では、配線層61の厚さを100nmとし、ニッケルランタン層の厚さを40nmとした。
【0027】
そして、本実施形態においては、圧電体層70を構成する圧電材料は、ビスマス(Bi)、鉄(Fe)、バリウム(Ba)及びチタン(Ti)を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物である。ペロブスカイト構造、すなわち、ABO3型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっている。このAサイトにBi及びBaが、BサイトにFe及びTiが位置している。本実施形態では、圧電体層70は、(100)面に優先配向している。
【0028】
このようなBi,Fe,Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物は、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物、または、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体として表される。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマスや、チタン酸バリウムは、単独では検出されないものである。
【0029】
ここで、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムは、それぞれペロブスカイト構造を有する公知の圧電材料であり、それぞれ種々の組成のものが知られている。例えば、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムとして、BiFeO3やBaTiO3以外に、元素が一部欠損する又は過剰であったり、元素の一部が他の元素に置換されたものも知られているが、本発明で鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムと表記した場合、基本的な特性が変わらない限り、欠損・過剰により化学量論の組成からずれたものや元素の一部が他の元素に置換されたものも、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムの範囲に含まれるものとする。
【0030】
このようなペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70の組成は、例えば、下記一般式(1)で表される混晶として表される。また、この式(1)は、下記一般式(1’)で表すこともできる。ここで、一般式(1)及び一般式(1’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成のずれは勿論、元素の一部置換等も許容される。例えば、化学量論比が1とすると、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。
【0031】
(1−x)[BiFeO3]−x[BaTiO3] (1)
(0<x<0.40)
(Bi1−xBax)(Fe1−xTix)O3 (1’)
(0<x<0.40)
【0032】
また、圧電体層70を構成する複合酸化物は、Bi、Fe、Ba及びTi以外の元素を含んでいてもよい。他の元素としては、Mn及びCoからなる群から選択される少なくとも一種が挙げられる。勿論、他の元素を含む複合酸化物である場合も、ペロブスカイト構造を有する必要がある。
【0033】
圧電体層70が、MnやCoを含む場合、Mn、CoはBサイトに位置し、Mn、Coが上記Bサイトに存在するFeの一部を置換した構造の複合酸化物であると推測される。例えば、Mn乃至Coを含む場合、圧電体層70を構成する複合酸化物は、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体のFeの一部がMn乃至Coで置換された構造、又は、鉄酸マンガン酸ビスマス乃至鉄酸コバルト酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物として表され、基本的な特性は鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物と同じであるが、リーク特性が向上するものである。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウム、鉄酸マンガン酸ビスマス、鉄酸コバルト酸ビスマスは、単独では検出されないものである。
【0034】
このようなBi、Fe、Ba及びTiに加えてMn、Coも含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70は、例えば、下記一般式(2)で表される混晶である。また、この式(2)は、下記一般式(2’)で表すこともできる。ここで、一般式(2)及び一般式(2’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成ずれは許容される。
【0035】
(1−x)[Bi(Fe1−yMny)O3]−x[BaTiO3] (2)
(x=0.95、y=0.05)
(Bi1−xBax)((Fe1−yMy)1−xTix)O3 (2’)
(x=0.95、y=0.05)
【0036】
本実施形態の圧電体層70は、詳細は後述するが、引張り応力により菱面晶から単斜晶へ変化しており、駆動時において、電界を印加することにより単斜晶から菱面晶へ変化する。すなわち、圧電体層70は、本来、菱面晶になる組成であるが、基板から引張り応力(外部歪)を受けて単斜晶となっている。そして、かかる圧電体層70は、例えば、20Vの駆動電圧で駆動することにより、駆動の際に単斜晶から菱面晶へ相転移が生じる。すなわち、圧電体層70を含む圧電素子300は、通常では菱面晶になる組成であるが、引駆動状態において基板からの引張り応力を与えることにより単斜晶とし、駆動により電界誘起歪が生じるようにしたものであり、結果的に大きな歪が得られる。
【0037】
このような圧電素子300の個別電極である各第2電極80には、インク供給路14側の端部近傍から引き出され、弾性膜50上や必要に応じて設ける絶縁体膜上にまで延設される、例えば、金(Au)等からなるリード電極90が接続されている。
【0038】
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上、すなわち、第1電極60、弾性膜50や必要に応じて設ける絶縁体膜及びリード電極90上には、マニホールド100の少なくとも一部を構成するマニホールド部31を有する保護基板30が接着剤35を介して接合されている。このマニホールド部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100を構成している。また、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割して、マニホールド部31のみをマニホールドとしてもよい。さらに、例えば、流路形成基板10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部材(例えば、弾性膜50、必要に応じて設ける絶縁体膜等)にマニホールド100と各圧力発生室12とを連通するインク供給路14を設けるようにしてもよい。
【0039】
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封されていても、密封されていなくてもよい。
【0040】
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0041】
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔33内に露出するように設けられている。
【0042】
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路120が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。
【0043】
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってマニホールド部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、マニホールド100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0044】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、弾性膜50、密着層56、第1電極60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0045】
次に、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法の一例について、図4〜図8を参照して説明する。なお、図4〜図8は、圧力発生室の長手方向の断面図である。
【0046】
まず、図4(a)に示すように、シリコンウェハーである流路形成基板用ウェハー110の表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン(SiO2)等からなる二酸化シリコン膜を熱酸化等で形成する。次いで、図4(b)に示すように、弾性膜50(二酸化シリコン膜)上に、酸化チタン等からなる密着層56を、スパッタリング法や熱酸化等で形成する。
【0047】
次に、図5(a)に示すように、密着層56の上に、白金、イリジウム、酸化イリジウム又はこれらの積層構造等からなる配線層61をスパッタリング法や蒸着法等により全面に形成し、さらに、配線層61上にLNO層62をスパッタリング法や蒸着法又は化学溶液法などにより形成し、第1電極60とする。次に、図5(b)に示すように、第1電極60上に所定形状のレジスト(図示無し)をマスクとして、密着層56及び第1電極60の側面が傾斜するように同時にパターニングする。
【0048】
次いで、レジストを剥離した後、この第1電極60上に、圧電体層70を積層する。圧電体層70の製造方法は特に限定されないが、例えば、金属錯体を含む溶液を塗布乾燥し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる圧電体層(圧電体膜)を得るMOD(Metal−Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて圧電体層70を製造できる。その他、レーザーアブレーション法、スパッタリング法、パルス・レーザー・デポジション法(PLD法)、CVD法、エアロゾル・デポジション法など、液相法でも固相法で圧電体層70を製造することもできる。
【0049】
圧電体層70を化学溶液法で形成する場合の具体的な形成手順例としては、まず、図5(c)に示すように、第1電極60上に、金属錯体、具体的には、Bi、Fe、Ba及びTiを含有する金属錯体を含むMOD溶液やゾルからなる圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)を、スピンコート法などを用いて塗布して圧電体前駆体膜71を形成する(塗布工程)。
【0050】
塗布する前駆体溶液は、焼成によりBi、Fe、Ba及びTiを含む複合酸化物を形成しうる金属錯体を混合し、該混合物を有機溶媒に溶解または分散させたものである。また、MnやCoを含む複合酸化物からなる圧電体層70を形成する場合は、さらに、MnやCoを有する金属錯体を含有する前駆体溶液を用いる。Bi、Fe、Ba、Tiをそれぞれ含む金属錯体や、必要に応じて混合するMnやCoを有する金属錯体の混合割合は、各金属が所望のモル比となるように混合すればよい。Bi、Fe、Ba、Ti、Mn、Coをそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸ビスマス、酢酸ビスマスなどが挙げられる。Feを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸鉄、酢酸鉄、トリス(アセチルアセトナート)鉄などが挙げられる。Baを含む金属錯体としては、例えばバリウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸バリウム、バリウムアセチルアセトナートなどが挙げられる。Tiを含有する金属錯体としては、例えばチタニウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸チタン、チタン(ジ−i−プロポキシド)ビス(アセチルアセトナート)などが挙げられる。Mnを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸マンガン、酢酸マンガンなどが挙げられる。Coを含む有機金属化合物としては、例えば2−エチルヘキサン酸コバルト、コバルト(III)アセチルアセトナートなどが挙げられる。勿論、Bi、Fe、Ba、Tiや、必要に応じて含有させるMn、Coを二種以上含む金属錯体を用いてもよい。また、前駆体溶液の溶媒としては、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、オクタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、オクタン、デカン、シクロヘキサン、キシレン、トルエン、テトラヒドロフラン、酢酸、2−エチルヘキサン酸などが挙げられる。
【0051】
次いで、この圧電体前駆体膜71を所定温度(例えば、150〜200℃)に加熱して一定時間乾燥させる(乾燥工程)。次に、乾燥した圧電体前駆体膜71を所定温度(例えば、350〜450℃)に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。ここで言う脱脂とは、圧電体前駆体膜71に含まれる有機成分を、例えば、NO2、CO2、H2O等として離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。なお、塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を複数回行ってもよい。
【0052】
次に、図6(a)に示すように、圧電体前駆体膜71を所定温度、例えば600〜850℃程度に加熱して、一定時間、例えば、1〜10分間保持することによって結晶化させ、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体膜72を形成する(焼成工程)。この焼成工程においても、雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。
【0053】
次いで、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数の圧電体膜72からなる圧電体層70を形成することで、図6(b)に示すように複数層の圧電体膜72からなる所定厚さの圧電体層70を形成する。例えば、塗布溶液の1回あたりの膜厚が0.1μm程度の場合には、例えば、10層の圧電体膜72からなる圧電体層70全体の膜厚は約1.1μm程度となる。なお、本実施形態では、圧電体膜72を積層して設けたが、1層のみでもよい。
【0054】
このように圧電体層70を形成した後は、図7(a)に示すように、圧電体層70上に白金等からなる第2電極80をスパッタリング法等で形成し、各圧力発生室12に対向する領域に圧電体層70及び第2電極80を同時にパターニングして、第1電極60と圧電体層70と第2電極80からなる圧電素子300を形成する。なお、圧電体層70と第2電極80とのパターニングでは、所定形状に形成したレジスト(図示なし)を介してドライエッチングすることにより一括して行うことができる。その後、必要に応じて、例えば、600〜850℃の温度域でアニールを行ってもよい。これにより、圧電体層70と第1電極60や第2電極80との良好な界面を形成することができ、かつ、圧電体層70の結晶性を改善することができる。
【0055】
次に、図7(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の全面に亘って、例えば、金(Au)等からなるリード電極90を形成後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して各圧電素子300毎にパターニングする。
【0056】
次に、図7(c)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の圧電素子300側に、シリコンウェハーであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハー130を接着剤35を介して接合した後に、流路形成基板用ウェハー110を所定の厚さに薄くする。
【0057】
次に、図8(a)に示すように、流路形成基板用ウェハー110上に、マスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。
【0058】
そして、図8(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110をマスク膜52を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エッチング(ウェットエッチング)することにより、圧電素子300に対応する圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15等を形成する。
【0059】
その後は、流路形成基板用ウェハー110及び保護基板用ウェハー130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハー110の保護基板用ウェハー130とは反対側の面のマスク膜52を除去した後にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハー130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハー110等を図1に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIとする。
【0060】
ここで、LNO層62及び圧電体層70の成膜は以下の通り行った。
配線層61を設けた基板上に、LNO前駆体溶液を滴下し、2200rpmで基板を回転させてLNO前駆体膜を形成した(塗布工程1)。次に、180℃のホットプレート上で5分間加熱した後、400℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程1)。次に、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置を使用し、750℃で5分間焼成した(焼成工程1)。以上の工程により、厚さ40nmの(100)に配向したLNO層62を作製した。
【0061】
次に、LNO層62上にBFM−BT前駆体溶液を滴下し、3000rpmで基板を回転させてBFM−BT前駆体膜を形成した(塗布工程2)。続いて、150℃のホットプレート上で2分間加熱した後、350℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程2)。
【0062】
この塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2を3回繰り返した後に、RTA装置を使用し、650℃で3分間焼成した(焼成工程2)。また、塗布工程2から焼成工程2までを同様に2回繰り返すことで、厚さ541nmのBFM−BT膜からなる圧電体層70を作製した。
【0063】
ここで、本発明における圧電体層の組成を検討する。
(組成検討)
第一原理電子状態計算を、密度汎関数法に基づきLDA+U法により行った。図9にxBFO−(1−x)BTの各種組成に対する構造安定性を示す。xBFO−(1−x)BTは単斜晶と菱面晶の相境界であり、図9に示すように、BFO−BTは単斜晶と菱面晶のエネルギーが近接しており、特に、BFO比x=0.75及び0.875で近接していることがわかる。
【0064】
そこで、図10(a)及び(b)に BFO比x=0.75及び0.875における結晶歪に対する結晶の安定性を示す。図10の縦軸は、菱面晶(Rhombohedral)と単斜晶(Monoclinic)のエネルギー差であり、エネルギー差が小さい又はマイナス側(下方)では菱面晶が安定し、エネルギー差が大きい(上方)ほど単斜晶が安定していることを示す。また、横軸は面内の歪であり、マイナス側は圧縮歪、プラス側は引張り歪を示す。これにより、xBFO−(1−x)BTでは、ab面内に結晶が引き伸ばされた場合は単斜晶が、圧縮された場合は菱面晶が安定化されることがわかる。すなわち、このような組成では、歪による結晶歪により構造相転移が誘起される(歪誘起相転移)ことがわかる。ここで、歪誘起相転移に必要な結晶歪を、転移歪と定義する。
【0065】
図11に転移歪の組成依存性を示す。図11に示すように、x>0.848では引張り応力を、x<0.848では圧縮応力を印加することで、歪誘起相転移を誘起することができることがわかる。
【0066】
圧電体層の結晶歪は、電圧印加による逆圧電効果による歪(電界誘起歪)と、外部応力による変形(外部歪)があり、以下の関係が成り立つ。
(転移歪) = (電界誘起歪) + (外部歪)
【0067】
電界誘起歪は電圧で、外部歪は基板構成等で圧電体層に与える応力を変更することで制御可能である。加えて、前述の転移歪はab面内方位の歪であるため、電界誘起歪はd31モードを使用することが望ましい。
【0068】
BFO−BT薄膜の相境界近傍における圧電定数は、実験的にd33=50pm V−1である。加えて、(100)方位のBFO−BTのポアソン比は0.45である。このことから、d31は22.5pm V−1となる。
【0069】
したがって、例えばx=0.839、膜厚500nm、無電界状態での応力がゼロのBFO−BTにおいて20Vの電界印加で単斜晶から菱面晶への相転移が起こる。同様に、x=0.937、膜厚500nm、基板応力による外部歪が0.01であるBFO−BTでは、20Vの電界印加で単斜晶から菱面晶への相転移が起こる。
【0070】
図12に、x=0.85における、各種外部応力における転移電圧の膜厚依存性を示す。図12に示すように、外部応力、及び膜厚によって転移電圧を制御することができることが明らかとなった。
【0071】
従って、下記の関係式で表される転移電圧により、応力誘起相転移が誘起され、高い圧電歪を示す。
(|転移電圧|)={(転移歪)−(外部歪)}×(膜厚)/(d31)
【0072】
ただし、電界誘起歪は印加電圧に対しバタフライカーブの応答を示すため、上記式は(転移歪)−(外部歪)≧0においてのみ成り立つ。
【0073】
以上の結果より、通常、外部歪を無視して圧電体層を作製することができないが、『組成』及び『外部歪』を適正に制御することで、製造時の外部歪を相転移に利用することで、外部歪を転移歪とほぼ相殺することにより、結果的に相対的に低電圧で応力誘起相転移を誘起することができることになる。
【0074】
なお、BFOの鉄の一部をマンガンやコバルトで置換した組成においても、同様な相境界を示すことがわかっており、同様な設計が可能であることがわかっている。
【0075】
(実験例)
以下、実験例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。
【0076】
<LNO前駆体溶液合成>
酢酸ランタン5mmol、及び酢酸ニッケル5mmol、無水酢酸25mL、及び水5mLを混合し、60℃で1時間加熱還流することで、LNO前駆体溶液を作製した。
【0077】
<BFM−BT前駆体液合成>
2−エチルヘキサン酸を配位子に持つビスマス、鉄、マンガン、バリウム、チタンの液体原料を、溶解している金属のモル比でBi:Fe:Mn=100:95:5、且つBa:Ti=100:100、且つBFM:BT=95:5になるよう混合することで、BFM−BT前駆体溶液を合成した。
【0078】
<基板作製>
(110)単結晶シリコン(Si)基板の表面に熱酸化により膜厚1070nmの酸化シリコン(SiO2)膜を形成し、続いて、SiO2膜上にRFマグネトロンスパッター法により膜厚20nmのチタン膜を作製し、700℃で熱酸化することで膜厚40nmの酸化チタン膜を形成し、さらに、酸化チタン膜上にDCスパッター法により、(111)面に配向し膜厚130nmの白金膜(第1電極60)を形成したものを基板とした。
【0079】
<薄膜作製>
基板上にスピンコート法によりLNO膜、及びBFM−BT膜を形成した。
【0080】
まず、LNO前駆体溶液を基板上に滴下し、2200rpmで基板を回転させてLNO前駆体膜を形成した(塗布工程1)。次に、180℃のホットプレート上で5分間加熱した後、400℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程1)。次に、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置を使用し、750℃で5分間焼成した(焼成工程1)。以上の工程により、厚さ40nmの(100)に配向したLNO膜を作製した。
【0081】
次に、前記LNO膜上にBFM−BT前駆体溶液を滴下し、3000rpmで基板を回転させてBFM−BT前駆体膜を形成した(塗布工程2)。次に、150℃のホットプレート上で2分間加熱した後、350℃で5分間加熱した(乾燥及び脱脂工程2)。
【0082】
この塗布工程2と乾燥及び脱脂工程2を3回繰り返した後に、RTA装置を使用し、650℃で3分間焼成した(焼成工程2)。また、塗布工程2から焼成工程までを同様に2回繰り返すことで、厚さ541nmの(100)優先配向のBFM−BT膜からなる圧電体層を作製した。
【0083】
<外部歪測定>
理学電気社製X線回折測定装置『ATX−G』を使用して、面直方向(out−plane)及び面内方向(in−plane)のX線回折パターンを測定し、結晶系を擬立方晶とみなしたときの(200)ピークから計算した格子定数から、結晶の外部歪を調べた。その結果、面内方向の格子定数は、面直方向の格子定数に対し1%大きいことが明らかとなった。すなわち、作製した圧電体層は、CSD法による体積収縮、及び基板とBFM−BTの線熱膨張係数差により、0.01の外部歪(引張り応力)を受けていることが明らかとなった。
【0084】
<P−E測定>
圧電体層について、東陽テクニカ社製「FCE−1A」で、φ=500μmの電極パターンを使用し、室温で周波数1kHzの三角波を印加して、分極量と電界の関係(P−E曲線)を求めた。このP−E曲線を図13に示す。
【0085】
図13に示すように、電圧により相転移を示す材料に特徴的なダブルヒステリシスが観測され、転移電圧は約20Vであった。これは、転移電圧により応力誘起相転移が発現していることを示す。
【0086】
この結果、x=0.937、膜厚500nm、外部応力(引張り応力)0.01の圧電体層においては、20Vの電界印加で単斜晶から菱面晶への相転移が起こることが確認され、上述した計算結果と非常に良い一致を示すことがあきらかとなった。
【0087】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明の基本的構成は上述したものに限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、流路形成基板10として、シリコン単結晶基板を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、SOI基板、ガラス等の材料を用いるようにしてもよい。
【0088】
さらに、上述した実施形態では、基板(流路形成基板10)上に第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を順次積層した圧電素子300を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、圧電材料と電極形成材料とを交互に積層させて軸方向に伸縮させる縦振動型の圧電素子にも本発明を適用することができる。
【0089】
また、これら実施形態のインクジェット式記録ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。図14は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。
【0090】
図14に示すインクジェット式記録装置IIにおいて、インクジェット式記録ヘッドIを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。
【0091】
そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラーなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8に巻き掛けられて搬送されるようになっている。
【0092】
なお、上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【0093】
また、本発明にかかる圧電素子は、液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子に限定されず、その他のデバイスにも用いることができる。その他のデバイスとしては、例えば、超音波発信器等の超音波デバイス、超音波モーター、温度−電気変換器、圧力−電気変換器、強誘電体トランジスター、圧電トランス、赤外線等の有害光線の遮断フィルター、量子ドット形成によるフォトニック結晶効果を使用した光学フィルター、薄膜の光干渉を利用した光学フィルター等のフィルターなどが挙げられる。また、センサーとして用いられる圧電素子、強誘電体メモリーとして用いられる圧電素子にも本発明は適用可能である。圧電素子が用いられるセンサーとしては、例えば、赤外線センサー、超音波センサー、感熱センサー、圧力センサー、焦電センサー、及びジャイロセンサー(角速度センサー)等が挙げられる。
【符号の説明】
【0094】
I インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、 II インクジェット式記録装置(液体噴射装置)、 10 流路形成基板、 12 圧力発生室、 13 連通部、 14 インク供給路、 20 ノズルプレート、 21 ノズル開口、 30 保護基板、 31 マニホールド部、 32 圧電素子保持部、 40 コンプライアンス基板、 50 弾性膜、 60 第1電極、 70 圧電体層、 80 第2電極、 90 リード電極、 100 マニホールド、 120 駆動回路、 300 圧電素子
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともビスマス、バリウム、鉄、及びチタンを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物からなる圧電体層と、前記圧電体層に電界を印加する電極と、を具備する圧電素子を備えた液体噴射ヘッドであって、
前記圧電体層は、引張り応力により菱面晶から単斜晶へ変化しており、
駆動時において、電界を印加することにより前記圧電体層が単斜晶から菱面晶へ変化することを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項2】
請求項1に記載の液体噴射ヘッドにおいて、前記複合酸化物は、マンガンをさらに含むことを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置。
【請求項1】
少なくともビスマス、バリウム、鉄、及びチタンを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物からなる圧電体層と、前記圧電体層に電界を印加する電極と、を具備する圧電素子を備えた液体噴射ヘッドであって、
前記圧電体層は、引張り応力により菱面晶から単斜晶へ変化しており、
駆動時において、電界を印加することにより前記圧電体層が単斜晶から菱面晶へ変化することを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項2】
請求項1に記載の液体噴射ヘッドにおいて、前記複合酸化物は、マンガンをさらに含むことを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2013−115387(P2013−115387A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−263084(P2011−263084)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
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